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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


不死鳥の歌

「このDVDを知ってるかしら」
 月刊アトラス編集部の応接スペースで、一枚のDVDを目の前にしながら編集長の碇 麗香(いかり・れいか)は、集まった皆を軽く微笑しながら見つめていた。
 それは「Phoenix」という名の、女性二人組のアーティストのDVDだ。
 「Phoenix」はここ最近急に流行始めたロックグループである。二人は「C」と「K」というイニシャルしか出さず、姿もCGだという秘密性により、連日スポーツ新聞やワイドショーなどを賑わせている。
 ただ、話題なのはそれだけではない。
 そのDVDを見ると正気を失い、自殺や犯罪に走るという噂があるのだ。その噂があまりにも大きくなりすぎたため警察が動きだし、DVDは発売禁止の上回収になっていた。一部ではサブリミナル効果があるとまで言われている。
 なのに何故麗香はそれを持っているのか。疑問に思ってそれを聞くと、麗香はふっと口元を上げる。
「編集部に直接送られてきたのよ。DVDの元データだって…このスクープに飛びつかないわけにはいかないでしょう?不死鳥の謎、調べてみたくない?」

「久々に遊びに来たと思ったら、また面倒事か…」
 麗香にそう言われた陸玖 翠(りく・みどり)は面倒そうにそう呟くと深く溜息をついた。毎度ここに来ると、何故か麗香が待ちかまえたように面倒事を押しつけてくる。
 そんな反面、占いの取材を受けていた紅葉屋 篤火(もみじや・あつか)と、桜塚 詩文(さくらづか・しふみ)はその話を興味深そうに聞いていた。
「私も気になっていることがあったんです」
 篤火の話では、最近道行く人に同じ相が見える事があるという。その時に「火の鳥に灼かれるな」という言葉が頭に浮かぶのだが、もしかしたらこの事を差していたのかも知れない。
「火の鳥なのに、『破壊と再生』の再生の部分が現れていないのは引っかかるわ〜」
 『Phoenix』の「不死鳥の歌」は詩文も知っていた。趣味でやっているスナックの客からのリクエストで歌ったこともあるし、実はCDも持っている。だがその事件に関しては気にはなっていたものの、特に自分が首を突っ込むことでもないと思っていたのだが、こうやって言われれば話は別だ。
 そうやって集まって話していると、麗香は遠くに見えた少女達を手招きで呼び寄せた。
「あら、丁度良かったわ。あなた達も協力してくれないかしら」
 そこにいたのは丁度用事があってアトラス編集部に来ていた榊船 亜真知(さかきぶね・あまち)と、暇つぶしに遊びに来ていたヴィヴィアン・ヴィヴィアンの二人だ。悪戯っぽく微笑むヴィヴィアンと清楚な亜真知は何だか正反対だが、二人とも素直に麗香の元に近づいてくる。
「皆様こんにちは。今日はどうなさったのですか?」
 亜真知の挨拶に、麗香は丁度良かったとばかりに前から調べてあった情報が書かれた紙を、その場にいる五人に手渡した。どうやらこの様子だと、全員に頼むつもりらしい。翠は思わず溜息をつく。
「これは、全員で調べろと言うことですか?」
「別に嫌なら抜けてもいいのよ。他の皆は協力してくれるわよね」
 そんな麗香の言葉に最初に手を挙げたのはヴィヴィアンだった。
「はいはーい、ヴィヴィアンで良かったら協力するー。だって面白そうだもん」
「私も協力しちゃうわよ〜。それにそのDVD見てみたいと思ってたところだから、丁度良かった♪」
 銀のブレスレットがはまった右手を、詩文はヴィヴィアンの真似をして挙げた。そしてお互い顔を見合わせてにっこりと笑う。そんな様子に篤火と亜真知も頷いた。
「わたくしでよろしければお手伝いいたしますわ」
「そうですね。私も自分の見た相が気になりますので…翠サンはどうします?」
 全員の目が翠をじっと見る。
「別に断ってもいいのよ」
 にっこりと意地悪く微笑む麗香に、翠は苦笑しながら溜息をついた。元々暇つぶしでここに来ているのだから、断る理由はない。
「やらせてもらいましょう」
 渡された紙にはこんな事が書いてあった。CDなどを聞いていて異常が起こったことはなく、ネットに流されているデータを見ても異常は起こらない。だが、DVDを見た者だけに異常が起こる。そして芸能会社は、この件について「警察の捜査結果を待つ」としかコメントしていない…。
 麗香は全員が目を通しているのを見ながら、説明をし始める
「皆にはこのDVDのディスクについてを調べて欲しいのよ。芸能会社の方はもう他の人たちに調査を頼んでいるんだけど、DVD自体を調べるならあなた達のように術とかに詳しい人が向いてると思って。見るための部屋とか、パソコンとかの機材は用意するから、とにかくこのDVDについて調べてちょうだい」
 そのケースをヴィヴィアンが受け取り、皆の方を見た。
「じゃあ、まずDVD見てみよ。見てもみんなダイジョウブだよね?」
 まずは見てみないことには何も始まらないだろう。それに全員が頷き、用意された一室へと移動していった。

 あなたがいない世界なら、そのまま滅んでしまえばいい
 あなたがわたしを拒むなら、何度でも壊してあげる
 そしてわたしを受け入れるまで、破壊と再生は終わらない…

 そのDVDを全員は最初から最後まで見ていた。特に翠は映像が終わっても、それが切れるまで真剣に画面を見つめている。
「発症条件には、視覚的かつ聴覚的な条件が揃う事が必要なのかも知れませんわね」
 取りあえず今見ているぶんには、亜真知に異常は感じられなかった。ただ一回だけでは駄目なのか、それとも何か条件が揃わなければならないのかはもっと詳しく調べないと分からないだろう。
「ネットのは大丈夫でDVDは変になるの?圧縮方法の違い、とか?」
 ヴィヴィアンは椅子に逆向きで座りながら皆の方を見る。その言葉に詩文はきょとんとした顔でヴィヴィアンを見た。
「あっしゅくほーほー?ごめんね、お姉さんパソコンとかよく分からないのよ〜。でも、今見てて何か変だと思った人いる?」
 誰もそれには答えない。
 篤火が見ても良く出来たCGだとは思ったが、特に霊視をする右目に引っかかるようなこともなく異常を引き起こすようには見えない。翠もDVDを一度止め、皆の会話に入った。
「サブリミナルとかではないようですね…」
 映像に問題があるのだろうとは全員思っているのだが、だがDVDを見た者全てに影響があるわけではないという所を見ると、何か条件が揃わなければならないのだろう。これは結構大変な調査かも知れない。
「データの中に暗号が含まれてるかも知れないけど、さっきも言ったとおり、私パソコンには全く詳しくないの。だから、誰かそれが出来る人がいたらお願いしたいんだけど…」
 詩文の言葉に亜真知がにっこりと微笑む。
「それはわたくしが何とかいたしますわ。データ解析はこう見えても得意です。その代わり詩文様にはお願いがあるのですが…」
「お姉さんで良ければなんでも言って。結構顔が広いのよん」
 亜真知が言ったのは、実際に事件を起こした者に聞き込みをして欲しいということだった。解析には時間がかかりそうなので、それが短期間の影響なのかそれとも長期で影響があるのかを知りたい。
「お願いできるでしょうか」
 その言葉に詩文が頷く。
「任せてちょうだい、顔が広いって言ったでしょ。他の皆はどうするのかしら?」
「はーい、ヴィヴィアンはレコーディングスタジオに行ってくるね。ガードマンがいても、ヴィヴィアンがにっこり笑えばダイジョウブだから」
 レコーディングなどには専門的な機械が必要だ。きっとその辺りに行けば手がかりが掴めるはずだし、誰かがきっと『Phoenix』の二人に会っているだろう。全く無駄になるということはない。
「私はもう少し映像を見たいんですが、亜真知サンがデータを引きだした後、しばらくここで見ていていいでしょうか…一人だとちょっと怖いので、出来れば翠サンもご一緒に」
 ネットで流れている映像には効果がない、という事は、ディスク自体に何かしらの操作がなされているのではないか、篤火はそう考えていた。少し前に出会った事件で、篤火は『死者を招く音』に関わっていた。もしかしたら今回もそれが関係しているのかも知れないが、流石に一人で調べるのは危険すぎる。翠ならまかり間違って自分に何かあったとしても大丈夫だろう。
「私は構いませんよ。それにしても、紅葉屋殿とは一緒に行動することが多いですね」
「縁があるのかも知れませんね…なんて言ってみましょうか?」
 翠はまたDVDの再生ボタンを押した。幻覚であれば七夜で対処できるし、精神に直接訴えるならそれも翠は無効にできる。それに篤火なら自分が多少色々しても、特に何か言うこともないだろう。
「じゃ、何か分かったらまた戻ってくるね。行ってきまーす」
 元気に挨拶をして出て行くヴィヴィアンと詩文の後ろには「不死鳥の歌」がずっと流れていた。

「直に行かなくても、調査が出来ればいいのよねん」
 詩文は自分の家に戻って『ガンド』と呼ばれる幽体離脱の魔法を使い、事件を起こした者に聞き込みをすることにした。直に会いに行っても良かったのだが、そうなると色々と手続きが面倒だし、この方が深く調べることが出来る。
 詩文は自分の肉体を家に置き、精神だけを飛ばした。
「さて…と、どこにいるのかしらね〜ふふふ〜ん♪」
 精神だけの存在であればどこにでも入り放題だ。そうやって警察の拘置所などで資料を見て事件を起こした者を探し出す。どうやらここには家族に重傷を負わせて逮捕された若い女がいるようだ。
「女同士なら話が楽そうだわ〜」
 拘置所にある硬そうなベッドの上で、その女は膝を抱えて座っていた。髪の毛などの手入れをしていないのか、ずいぶんやつれたように見える。
「ねえ、ちょっとお話聞かせてくれるかしら」
 いきなり声をかけた詩文にも彼女は驚かなかった。膝を抱えたまま床の一点を見つめ、何かを呟いている。
「あなたがいない世界なら、そのまま滅んでしまえばいい…あなたがわたしを拒むなら、何度でも壊してあげる…」
 それは「不死鳥の歌」の歌詞だった。それに詩文は肩をすくめ溜息をつく。
 やはり『Phoenix』なのに、破壊の部分だけが精神に作用しているようだ。だが、この歌詞には続きがある。詩文はその彼女に語りかけるように歌詞の続きを歌い始めた。

 あなたがいない世界でも、わたしはそのまま生き続ける
 あなたがわたしを拒んでも、わたしはあなたを愛してる
 わたしが受け入れられなくたって、世界が終わることはない…

 その時だった。
 今までずっと何かに憑かれたように一点を見ていた彼女が、ふと顔を上げ詩文を見た。
「あ…私、どうして…」
「正気に戻ったのね。良かったわ」
 詩文が微笑むと、彼女の目から涙がつーっとこぼれる。
「私…DVDを見てて…」
 彼女が話すのを詩文は黙って聞いていた。
 DVDは三曲入りの短いもので、それをいつものように自分の部屋で再生にかけていた。それはまだ残暑が残る日で、外からの日差しが眩かったのを覚えている。
 クーラーの温度を下げようか…そう思ったときだった。
「DVDを見ていたら急に『世界を壊せ』って…それで私、暑かったせいもあってぼーっとして、気が付いたら包丁を持って立ってた…私、なんて事を…」
 トン…と詩文は彼女の額に手を当てた。すると彼女の目がスッと閉じ、ベッドの上に倒れていく。眠りは精神に安らぎを与えてくれる。きっとこのまま起きているよりは、一度ゆっくりと眠りに身を任せて落ち着くことが必要だと詩文は思ったのだ。
「おやすみなさい」
 どうやらDVDは長期で精神に作用するらしい。だが、詩文が歌った部分でそれが元に戻ったと言うことは、やはり再生の部分が欠けているのか…そう思うと、余計に気にかかる。
「もしかしたら、本当は二人じゃないって事なのかしら?かしらかしら、どうなのかしら」
 とにかくデータを見てみた方がいいだろう。詩文は自分の部屋に戻り、大きく伸びをした。

 データ解析と称して亜真知はパソコンのある部屋に入っていた。
「データが取り出せましたので、DVDはお返しします。わたくしはここで解析作業をしてますので、御用がありましたらお呼び下さい」
 そう言ってDVDを篤火と翠に渡したが、亜真知は自分の理力創造の力を使ってそのディスク本体に直接アクセスしながら解析を行っていた。
 それはDVDのクオリティも要素の一つかも知れないので、コピーしたものでは効果がないのではないかと思ったことと、出来れば本体自身をじっくり調べたかったからだ。
「………」
 DVDの解析をデータ単位で慎重に亜真知はやっていった。その映像データは全てCGで作られたようだが、その音声データの方に亜真知は違和感を感じた。
「肉声は一人だけのようですわ…」
 その声は普通に聞けば全く違和感がないだろう。だが、データにすると違うのだ。
 Cの声は肉声だが、もう一人…Kの声は何か録音された音声データなどから複製したようで、それがやけに上滑りする。
「他の細工はしばらく動かさないと出てこないようですわね」
 どうやら何度か再生を繰り返さないとならないらしい。亜真知はそれを伝えるべく、一度篤火達に声をかけることにした。

「何度か再生しないとダメだとは、時間がかかりそうですねぇ」
 亜真知から聞いた情報に、翠は溜息をついていた。篤火は口元に手を当てながら考え込んでいる。
「やはりディスク自体に何か仕掛けがあるようですね。もしかしたらDVD自体の回転音などにも問題があるのかも知れません…かといって、自分達で見るのには危険がありそうです」
「そうですわね。見ている途中で麗香様が入ってきたりする可能性もありますわ。わたくしは解析を進めたいですし…」
 溜息をつく亜真知と篤火を見て、翠は天を仰ぐ。二人とも自分の力に気付いているのだとしたら、相当の役者だ。だが篤火の言う通り、いくら自分に効果がないとはいえ一人で見るわけにもいかないし、まかり間違って篤火に影響が及んだときのことを考えると恐ろしい。
「仕方ありませんねぇ…何も抵抗をつけない人型の式を作って、その目と私の目を同調させますか。その間私達は外に出ていることになりますが」
 本当はおおっぴらに術を行使したくないのだが、見る者がいないのであれば仕方がない。翠は懐から札を出してDVDがかかっている部屋の中に式を作り出した。それを椅子に座らせ、部屋の外に出る。
「紅葉屋殿、式が暴れるようでしたらお願いしますよ。榊船殿も解析の方を頼みます」
 それを聞き、篤火と亜真知がにっこりと微笑む。
「それはもちろん。亜真知サン、大変でしょうがお願いします」
「ええ。ではまた後で」

「この辺のスタジオなら知ってる人いるかな?」
 ヴィヴィアンはあるレコーディングスタジオに行き、にっこりと笑いながら中へと入っていった。サキュバスであるヴィヴィアンの微笑みは、男女関係なく警戒心をなくしてしまう。そうしながら、スタジオの中で色々と声をかけた。
「ねぇ、『Phoenix』の二人のこと知ってる人いない?ヴィヴィアン、二人のファンだから会ってみたいの」
 丁度レコーディングの休憩中だったスタジオの中に入ると、そこにいたスタッフがヴィヴィアンに缶ジュースを渡しながら笑った。
「ああ、『Phoenix』なら一度見たことあるけど、その時は一人だったよ」
「本当?どんなだった、どんなだった?」
 それは右目に眼帯をし、松葉杖をついた髪の長い少女だったという。隣にはそのプロダクションの社長が着いていて、レコーディング中はずっと側にいたらしい。
「ねぇ、それってアイジンとかって事?」
 そう聞くと、スタッフが首を横に振る。
「そんな感じじゃなくて、何か嫌々歌ってるって感じだったよ。『Phoenix』がレコーディングしたのもその日一回だけだったし、その後は見てないなぁ…それに、何か変だっんただよね」
 話はこうだった。
 レコーディングは「チドリ」と言う名の松葉杖の少女が来ただけだった。そして、その側には常にプロダクションの社長が、見張るかのように側に着いていた。
 二人ユニットの歌だと聞いていたのだが、もう一人の歌は別の場所で録音した物を使い、それに合わせると言う話らしく、リハーサルも少なめで、チドリは始終機嫌悪そうに歌を歌っていたという。
「ふーん、二人別々に録音するなんて変だよね」
「あと、チドリちゃんが帰りに変な事言ってたんだよね…『鳥の羽が隅に書かれたDVDは見ない方がいい』って」
 DVDの話が出たのでヴィヴィアンが思わず身を乗り出すと、他のスタッフ達も話をし始める。
「ああネットとかでは有名な話だよな。『Phoenix』のDVDには二種類あって、その片方を見ると気がおかしくなるって」
「それ!それ、ヴィヴィアンに詳しく聞かせて。出来れば見せて!」
 ヴィヴィアンが手渡されたのは、見た目が同じDVDだった。ジャケットの隅に書かれているマークに羽の絵が描かれているぐらいしか違わない。
「なんか工場が違うのを区別するのに、羽の絵を付けてるって…確か都内で作ってたんじゃないかなぁ」
 ビンゴだ。
 その二枚のDVDを持ち、ヴィヴィアンはにっこりと微笑んだ。ここが一番の力の使い時だ…証拠があるのにそれを持ち帰らないわけにはいかない。
「ねね、このDVDヴィヴィアンにちょうだい。それと、その工場の場所も教えてくれる?」

「………」
 どれほどDVDのリピートを繰り返しただろうか。
 篤火と翠はいつでも部屋の中に入れるように用意をしながら、廊下に座って部屋の様子をうかがっていた。まだ式には変化はなく、翠が見ている映像も特に変わりはない。
「流石に何度も見ると飽きてきますね…」
 そうぼやく翠に、篤火が苦笑する。
「私は見る物がないので、見ても平気な翠サンが羨ましいです」
「紅葉屋殿にも見せてよろしいですよ。その気になれば出来ますが」
「いえ、音に関してはちょっと先日トラウマが…」
 その時だった。翠の目に妙な物が入る…それは先ほどまで見えなかったもので、それが自分の脳に直接語りかけてくるように歪んだ画像を映し出す。
『あなたがいない世界なら、そのまま滅んでしまえばいい…?』
 翠が思わず呟くのと同時に、部屋の中で椅子をなぎ倒すような大きな音がした。
「翠サン!」
 篤火は扉を蹴り開け中に躍り込む。
 すると式は椅子を持ったまま篤火に向かって振り返った。翠は今、式が見ている物を見ている。ここで暴れられ、DVDのディスク自体を壊すわけにはいかない…自分に向かってその椅子を押さえつけ、篤火は体術で式を押さえ込もうとする。
「くっ…」
 流れていたDVDが突然切れた。それは別の部屋で解析をしていた亜真知が、篤火の安全のために強制介入したのだ。それと共に翠の式が元の札に戻っていく。
「紅葉屋殿、大丈夫ですか?」
「何とか大丈夫です…それにしても、音関係がトラウマになりそうです」
 翠の言葉に、篤火は椅子を持ったまま頷いた。

「再生を繰り返すと歪みが出るディスクですか?」
 詩文やヴィヴィアンがアトラス編集部に戻ってきた後、全員は亜真知が解析した結果を聞いていた。
 ヴィヴィアンが持ってきた二種類のDVDからも分かるとおり、『Phoenix』のDVDには再生を繰り返すと本体の熱などで歪みが出て、破壊衝動を促すような作用がある映像が流れる仕掛けになっているらしい。
 ただ普通に一度二度見ているだけなら問題はないだろう。だが、このDVDは三曲しか入っておらず、物足りなく感じたら何度も繰り返す。それに、話題になり始めたのは丁度夏の暑い盛りを過ぎた頃で、環境によっては短い再生でもその作用が働くかも知れない。
「破壊の力だけが働くのも、亜真知ちゃんやヴィヴィアンちゃんが調べたみたいに、一人だけの声しかちゃんと入ってないからなのかも知れないわね…にしても、一体何が目的なのかしらん」
 そんな危険な物を世に出したのは一体何故なのか…それを考えていると、部屋の外で靴音とノックの音がする。
「入ってもいいかしら」
 それは麗香だった。
 麗香は手に資料を持っており、軽く溜息をつきながら部屋に入り空いている椅子に座り足を組む。
「DVDの調査は進んだ?」
 その質問に、全員がおのおので調べた情報を麗香に話した。あまりにも怪しすぎるその話を聞き、麗香が頭に手を当てる。
「どこから記事にしていいか悩みそうね。でも、それについてプロダクションを調べている側から情報よ。『Phoenix』が所属する芸能プロダクションのスポンサーに、テロに関係する組織が関わってるって。しかも、情報を利用するテロの一環らしいわ…」
 情報を利用するテロという言葉に、全員が眉をひそめた。
 確かに多かれ少なかれ話題になれば、DVDを買って見てみようという者や見てみようという者も出てくるだろう。ネット上の映像では効果がないのだから、借りたりコピーしたりしてそれは出回っていく。
「そんな…それって無差別テロって事じゃないですか」
 呻くように篤火が吐き出した言葉に、亜真知も真剣な表情をする。
「誰もが見る可能性がある物に細工をするなんて許せませんわ。そのプロダクションだけではなくて、おそらく工場にもテロ組織の繋がりがあるのでしょう」
「…でしょうね。それにしても恐ろしいことを考えるものです」
 翠はヴィヴィアンが持ってきた二枚のDVDを見比べていた。わざわざ隅にあるマークを確認してDVDを買ったりはしないだろうが、それに似た話を翠は知っていた。お菓子の当たりが印刷されている物は、よく見ると箱の一部に区別するための切れ目がある…そんな感覚で、無差別にDVDを売っているのだろう。
「ねえねえ、その工場に行ってみよ。麗香もそれを頼みに来たんでしょ?」
 逆向きに椅子に座ったヴィヴィアンが、麗香に向かって緊張感を解くようににっこりと笑った。その笑みを見て少し肩から力を抜き、麗香がくすっと微笑み返す。
「その通りよ。プロダクションの方は別組が行ってるから、その工場に行ってくれないかしら。回収になったとは言っても、そこに行けばきっと事情を知る人がいるはずよ。第二の事件が起こる前に、それを阻止しないとね」

 そのDVDの製造元は工場…と呼ばれてはいるものの、実際は小さな工房のようだった。外から見ただけでは中で恐ろしい物が作られているようにはとても見えない。
「こんな所で作成できちゃうのね〜。私、DVDってもっと大げさな工場で作ってるのかと思ってたわ」
 詩文がその建物を見ながら呟くと、隣にいた亜真知と篤火がが説明をしてくれる。
「データさえ出来てしまえば、コピーコントロールなどの面倒な事をしないのなら意外と簡単に量産できるという話を聞いたことがあります。でも、精密機器を扱うにしてはずいぶん小さすぎますわね」
「多分ここで作られた少数が、本ラインで生産された物に紛れて流通されているのでしょうね」
 加工されていないDVDはもっとちゃんとした場所で作成されているのだろう。全員でそこに突入するのはあまりにも危険なので、まず翠とヴィヴィアンがそこに近づき、中の様子をうかがうことにした。その様子は翠の式である黒猫の七夜が皆に伝えてくれる。
「何かお喋りしてるのー」
 ヴィヴィアンがそう呟くと、翠はそっと聞き耳を立て中の音を聞いた。そこでは何か機械が動く音と共に、ヴィヴィアンが言ったように人の会話が聞こえてくる。それは五、六人ほどの男達が話している声だった。

「…このDVD、回収になってるのにまだ作るのか?」
「実験はある程度成功したから、後は映画のDVDとかに紛れさせて全世界にばらまけばいい」
 しばらくの沈黙に、機械音が重なる。
「でも日本語の歌で破壊衝動を起こさせるような効果があるのだろうか…」
「映像と一緒になれば、言語は関係ないようだ。歌よりも映像の方の影響の方が大きいらしいしな。中東方面から、このDVDをテロ組織の者に見せて利用するって話も出ている。世界中で大きな花火が上がることになる…」
 花火、という言葉にクスクスと笑う声が聞こえた。

「…翠、ヴィヴィアンが先に入って皆の気を引くから、その間に皆を呼んでくれる?」
 翠の返事もそこそこに、ヴィヴィアンは立ち上がり建物に続くドアを大きく開けた。中にいた男達が一瞬警戒する気配が伝わってくる。
「誰だ!」
 カチャ…と銃を構える音がしたが、ヴィヴィアンはそれに構わずにこっと微笑んだ。男達は六人…これぐらいならわざわざ強い力を使わずとも、警戒心を解くことが出来る。
「えっ、みんなヴィヴィアンのこと忘れちゃった?」
 スッと赤い瞳が細くなり、その微笑みに全員が惑わされたように顔を見合わせた。
「あ、ああ…そうだったっけ」
 そう言って男達が警戒を解いた瞬間だった。翠が離れた場所にいた皆を呼び寄せ、その中に全員が躍り込む。
「銃を持っていますから、気をつけてください!」
 そう皆に伝えながら、翠は中の方へと入っていった。建物自体を壊してもいいのだが、それでは証拠がなくなってしまう。まだ動いている機械も止めなくてはならない。
「わたくしはデータを捜しますので、翠様は機械をお止め下さい」
「分かりました」
 亜真知も翠と共に奥へと入っていく。戦闘は他の者でも出来るだろうが、おそらくここにはこの恐ろしい計画のデータが揃っているはずだ。それを押さえなければ、また同じような計画を起こす者が出るに違いない。それに、何故このようなことをしようとしたのかというのも知りたい。
「なっ…」
 ヴィヴィアンに気を取られていたせいで、男達の動きが遅れた。そこに素手の篤火と長いスタッフを持った詩文が飛び込み、容赦ない一撃を浴びせていった。
「何だかよく分からないけど、テロなんて起こされちゃ困るのよね〜」
 詩文は踊るように軽やかな動きで、男達の足下をスタッフでなぎ払った。そうやってバランスを崩したところに、篤火がこれ以上抵抗できないようにみぞおちや喉元に容赦なく掌底を入れていく。
「計画を全て話していただきましょう…じゃないと、貴方達ごとここを焼き払ってしまうかも知れませんよ」
「はいはーい、ヴィヴィアン皆のこと縛っちゃうね。丁度ガムテープ見つけちゃったし」

 『不死鳥の歌計画』
 温度により歪みが出るディスクを使い、映像から人の神経に作用する物を無差別にばらまきその反応を見る。
 映像と音声を合わせることで言語などに関係なく破壊衝動を起こすことが出来るので、大きな会場で上映などをすることにより、見たもの達全てに影響を及ぼせることが確認されている。
 中東などからの要請に応えるべく、ディスクを映画パッケージに紛れ込ませ輸出。生産増加中。
 協力:シヴァプロダクション・綾嵯峨野研究所。

「………」
 パソコンの画面に現れた計画を見て、亜真知は思わず黙り込んでいた。
 今までコンピュータ絡みの事件には何度も関わっていたが、ここまで悪意があるものは珍しい。
「ハイテクが人の心に作用するとは、恐ろしい世の中になったものですね」
 翠はそれを見ながらそっと溜息をつく。
 いくら技術が進化しても、人の心や精神がそれに着いていけるとは限らない。そこにつけ込んだというところに、翠は空恐ろしい物を感じていた。
「ねえ、お姉さん質問してもいいかしらん。『Phoenix』って、破壊と再生の象徴よね。なのにどうして破壊だけなのかしら。まさか世界を破壊することで再生させるなんて、陳腐な事言わないわよね…」
 微笑んではいるが、詩文は目が笑っていない。男達はその言葉に何も言い返せず、黙り込んでいる。テロという思想は大抵こんな一方的なものだ。自分以外を敵だと思い、相手のことは考えたりしない…自分達が世界の代弁者だと思いこんでいる。
「ねぇねぇ、二人グループなのにどうして一人なの?『チドリ』って子のことはきいたんだけど、それだと『K』がいないことになっちゃうの。それ、詳しく教えて欲しいな」
「…『K』の方は、遙か昔に録音されたデータを元に作った虚像だ。だが、二人一緒の音と映像を合わせないと精神に影響を与えられないらしい。他は俺達は知らない…」
 二人一緒の音。それがこのDVDにおけるポイントなのだろう。
 亜真知が調べた「一人だけの肉声」
 ヴィヴィアンの聞いた「一人だけのレコーディング」
 そして、詩文が考えていた「破壊だけをもたらす欠けた不死鳥」…。
「どうしましょうか、この人達。本当なら酷い目に遭わせてやりたいところなのですが、そうすると証拠がなくなってしまいますし…」
 篤火がそう言うと、翠と亜真知がふっと微笑んだ。
「紅葉屋殿、私達が麗香から頼まれたのは『DVDの調査』であって、あとは何も言われていませんよ」
「そうですわ。社会的制裁を受けていただく前に、制裁は受けていただきませんと」
 その後に懇願の声が聞こえたが、誰もそれを止める者はいなかった。

「情報って恐ろしいわね…」
 出来上がった月刊アトラスの最新号を眺めながら、麗香は皆の前でそう呟いた。その表紙には今回の事件のスクープが大きく書かれている。ただ、DVDの見分け方などについては面白半分で捜したりする物が出そうなため、皆で話し合って記事にすることはやめてもらったが。
 あの後翠の提案で、全員を警察に突き出す前に男達に無理矢理あのDVDを何度も見せた。自分の精神が冒される恐ろしさを知るためには、これが一番の方法だ。きっと自分達のやっていた事の恐ろしさを嫌と言うほど味わったに違いない。
 そして、芸能プロダクションとその工場の関係者は逮捕されたが、そこに「チドリ」という少女の名が出ることはなかった。
 あれは一種の無差別テロだった。CMソングとしてまずその音楽を多くの耳に入れ、それから徐々に話題を盛り上げていくという情報などを利用し、秘密性によってそれを知りたいと思わせる販売戦略…。発売された物の中に、何枚かに一枚再生し続けると温度で歪む物を混ぜ、短いDVDを再生し続けることによって熱でDVD自体が歪み、目に入ってくる映像が変わりそれが音声と合わさることで破壊衝動を起こす…その法律を改正するために、国が動くほどの騒ぎになっている。
 DVDは正式に発売禁止と回収の処置がとられたが、まだ全てが回収されたわけではない。その噂や真実にプレミアが付き、裏では高い値段で取引されいるという話もあり、まだ尾は長引きそうだ。
「まったく、人というものは恐ろしいことを考えますねぇ…」
 ページをめくりながら翠が溜息をつく。すると詩文とヴィヴィアンは顔を見合わせてこう言った。
「でも、麗香がヴィヴィアン達に頼んでくれたから、ここで食い止められて良かったと思うの。悪いことばかりじゃないよ」
「そうよね〜再生の歌さえ聞かせれば正気に戻ることが分かったし、悔やんでいても仕方ないもの」
 その通りかも知れない。誰かが元DVDをここに送り、それを調べることによって事件はここで食い止められた。その方はプロダクションを調べていた者達が何とかしたらしい。
 しかし、これがもし紛争の止まない地帯に輸出されたら世界を巻き込むような大きな戦争が起こっていたかも知れない…そう思うと篤火は背筋が寒くなる。
「でもまた同じような物が作られ、それが世界に流れるようなことがあれば…」
 溜息をつくように吐き出した篤火の言葉に、亜真知が凛とこう言う。
「その時は、またわたくし達で阻止すればいいことですわ。詩文様もおっしゃってましたが、破壊の後には必ず再生がありますもの」
「そうよ。悪事は必ず暴かれる事と決まっているわ」
 そう言う麗香の後ろからは「不死鳥の歌」が流れていた。

 あなたがいない世界なら、そのまま滅んでしまえばいい
 あなたがわたしを拒むなら、何度でも壊してあげる
 そしてわたしを受け入れるまで、破壊と再生は終わらない…

 あなたがいない世界でも、わたしはそのまま生き続ける
 あなたがわたしを拒んでも、わたしはあなたを愛してる
 わたしが受け入れられなくたって、世界が終わることはない…

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6577/紅葉屋・篤火/男性/22歳/占い師
6625/桜塚・詩文/女性/348歳/不動産王(ヤクザ)の愛人
6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師
1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
4916/ヴィヴィアン・ヴィヴィアン/女性/123歳/サキュバス

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます。水月小織です。
「不死鳥の歌」の「DVDを調べる組」ということで、皆様にはDVDの仕掛けや、その目的などに関わって頂きました。こちらの話は別の「プロダクションを調べる組」とも繋がっておりまして、ここで得た情報はアトラスの記事にもなっていますので、麗香を通してお互いのPC様が知ることになります。
情報を利用した無差別テロの話は前から考えておりましてそれを話にしたのですが、この話にはまだ解明されていない謎があります。それは別の話に続きますが、ご容赦下さい。
リテイクなどはご遠慮なくお願いします。
また機会がありましたら是非ご参加下さいませ。皆様に精一杯の感謝を。