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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


不死鳥の歌

「このDVDを知ってるかしら」
 月刊アトラス編集部の応接スペースで、一枚のDVDを目の前にしながら編集長の碇 麗香(いかり・れいか)は、集まった皆を軽く微笑しながら見つめていた。
 それは「Phoenix」という名の、女性二人組のアーティストのDVDだ。
 「Phoenix」はここ最近急に流行始めたロックグループである。二人は「C」と「K」というイニシャルしか出さず、姿もCGだという秘密性により、連日スポーツ新聞やワイドショーなどを賑わせている。
 ただ、話題なのはそれだけではない。
 そのDVDを見ると正気を失い、自殺や犯罪に走るという噂があるのだ。その噂があまりにも大きくなりすぎたため警察が動きだし、DVDは発売禁止の上回収になっていた。一部ではサブリミナル効果があるとまで言われている。
 なのに何故麗香はそれを持っているのか。疑問に思ってそれを聞くと、麗香はふっと口元を上げる。
「編集部に直接送られてきたのよ。DVDの元データだって…このスクープに飛びつかないわけにはいかないでしょう?不死鳥の謎、調べてみたくない?」

「『とっても貴方向きのお話があるのだけど』って、こういう事だったんですね…」
 麗香に呼び出されたデュナス・ベルファーはそう呟きながら、同じように麗香に呼び出されていた友人のジェームズ・ブラックマンや、一緒に仕事をしたことのあるシュライン・エマ、真行寺 恭介(しんぎょうじ・きょうすけ)などに向かって困惑したように微笑んでいた。
 麗香がそういう物言いをするときは大抵何かがあるというのは分かってはいるのだが、仕事を選り好みしている余裕は全くない。それに気付いたようにシュラインがふっと溜息をつく。
「ナイトホークさんや鴉さん、ヒバリ嬢達といい、鳥の名前に最近縁ね…」
 何の因果か最近鳥の名前を持つ者達に縁がある。それが何か繋がっているのかどうかは分からないが、流石にこうも続くと何か裏があるように思えてならない。
「………」
 ジェームズは黙ったままそのDVDを見つめていた。普段テレビなどをほとんど見ないので芸能事情には疎かったのだが、「Phoenix」というグループ名と「C」と「K」という名前…まさかとは思うが『鳥たち』が表に出始めたのか。だがその事をあえて口には出さず、ジェームズは恭介の方を見た。
「ミスター真行寺は、ミス碇に呼ばれたのですか?」
「いえ、俺は上からこの調査に協力するようにと言われたんです。それにしても、このメンバーだといつかのゲームを思い出しますね」
 いつかのゲーム…それは一時期ネット上で話題になっていた『Night raid』というゲームの中で「ティンダロス」と呼ばれるプログラムと対峙した事だ。そのメンバーと全く同じ顔が揃っていることにシュラインは苦笑する。
「そう言えばそうね。で、私達は何を調べたらいいのかしら」
「察しが早くて嬉しいわ」
 そう言うと麗香はにっこりと微笑んだ。だが目は真剣だ。
「この『Phoenix』が所属している会社のことを調べて欲しいのよ。DVDの方は他の人たちに任せようと思ってるんだけど、会社関係はやっぱりそれなりにツテや情報収集能力がないと難しいし、こういうのはお互い協力し合った方が早いでしょ」
 前もってアトラス編集部で調べてあった情報などが印刷された紙を、麗香は四人に手渡した。そこには色々と気になることが書かれている。
 CDなどを聞いていて異常が起こったことはなく、ネットに流されているデータを見ても異常は起こらない。だが、DVDを見た者だけに異常が起こる。そして芸能会社は、この件について「警察の捜査結果を待つ」としかコメントしていない…。
「ツッコミどころ満載ですね」
 用紙を見ながら恭介とデュナスが呟いた。仮に本当にそれを見て自殺や殺人を起こすとしてもその目的や理由はいったい何なのか。あまりにも漠然としすぎていて全容が伺えない。
 すると恭介が机の上に置いてあるDVDを手に取った。
「これを一度全部見てみましょう。それから相談しませんか?」

 あなたがいない世界なら、そのまま滅んでしまえばいい
 あなたがわたしを拒むなら、何度でも壊してあげる
 そしてわたしを受け入れるまで、破壊と再生は終わらない…

「それにしても良くできてますね…CGなんですか?」
 編集部の片隅でDVDを見ながら、デュナスは持っていたあんパンを食べるのも忘れそれをぼーっと見つめていた。背中に一枚だけ羽根をつけた少女が二人、古い建物の中で歌っている映像だが、それは全く実写と区別が付かない。シュラインもお茶を飲みながら、思わず感心したように呟いた。
「最近は映画でもよく使われてるけど、ここまで違和感ないのは珍しいわね」
 どうしてもCGを多用すると何処か映像に違和感が出る。それはリアルにしようとしすぎて現実にある歪みを作れないからなのだが、この映像にはそれが感じられない。相当腕がいい誰かが作ったのか、それとも実写をCGに加工したのか…その辺りにもこの事件の謎を解くきっかけがありそうだ。
「歌詞は『Phoenix』の名の通り、破壊と再生のキーワードが使われている…自殺や犯罪の増加を煽るDVDを目的をもって作ったのだとしたら、その目的、理由は何だろうか?」
 恭介はDVDのライナーノーツを見ながら考え込んでいた。
 これはPhoenixが初めて出した三曲入りのDVDで、値段は中高生でも手が届くぐらいの安いものだ。特にこの中の「不死鳥の歌」に人気があり、シングルだけでも結構売れている。もしかしたらDVD本体に仕掛けがあるのかも知れないが、何の目的を持ってそんな物が作られたのか、それとも全くの偶然でそうなってしまったのか、恭介はそれが知りたい。
「それぞれで調べた方がいいかも知れませんね。私は事務所の方に直に行ってみますが、皆さんはどうしますか?」
 大勢で動くのはあまり得策ではないだろう。相手の背後に何が潜んでいるか分からない。
 ジェームズがそう言うと、シュラインは自分の持っていたトートバッグをポンと叩いた。
「私は仕事絡みでの芸能裏伝手から、所属会社と繋がりある映像や芸能関係者から調べてみるわ。それに警察の捜査結果を待つだなんて、DVDでの実験結果の統計を見たい…そんな印象うけちゃって」
「じゃあ俺は基礎データから調べます。会社について一通りと過去のアーティストや作品。社長、社員、特に今回のプロデューサーや制作に関わった人物など、もしかしたら外部の誰かが制作に関わってるかも知れませんから」
 そう言いながら恭介はDVDをデッキからだし、ケースにしまい込む。これはDVD本体を調べる方に渡さなければならない。デュナスはまだあんパンを食べたまま椅子に座っている。
「『Phoenix』のデビューまでの経緯と、その仕掛け人は誰なのかが気になるんですよね…私はその辺りから調べた方がいいかも知れませんね。これを食べたら麗香さんから記者証を借りて、その辺りから聞き込みしてみます。お互い何か分かりましたら、またここに集まりましょう」
 不死鳥の名を持つ二人の後ろに、一体何が潜んでいるのか。
 そしてこれは『何かの終わり』なのか、それとも『何かの始まり』なのか…。

「何だか不審な会社ね…」
 シュラインは集めた資料を前にそんな事を呟いていた。そこには会社の社長や社員などの戸籍のコピーが置かれているが、それに共通点があるのだ。
 ほとんどの人間が、戸籍を新しくして本籍を会社の住所に変えている。
 本籍というのは基本的にいつでも変えることが出来るが、特に変えなかったからといって何か不都合があるわけでもなく、既に存在しない住所が本籍になっている人も多い。なのに何故わざわざ会社の住所にする必要があるのか。
「もしかしたら社員や社長が、誰かの戸籍を乗っ取ったりした可能性があるわね」
 やはり何か裏にある。
 『DVDを見ると正気を失い、自殺や犯罪に走る』という話も単なる噂ではない。
 武彦に調べたもらった話では、最近起こった通り魔事件や殺人事件などでも「DVDが自分にそう命令した」と証言している者達がおり、その為に警察も動かざるを得ないという話なのだ。
 一体何が目的なのか…そんな時だった。
 シュラインの携帯電話が鳴り、そこから聞き慣れない声が聞こえる。
「もしもし、シュラインさん?」
「そうだけど、どちら様?」
 すると電話の向こうでくすっと笑う声が聞こえる。
「麗香さんから『Phoenix』のこと調べてるって聞いたんだ。電話やパソコンは漏れる可能性があるから、興信所の郵便受け見て。じゃあ」
「ちょっと待って…」
 電話は一方的に切れた。画面に出ていた番号をリダイアルしてみたが「この番号は現在使用することが出来ません」という、無機質な機械のメッセージが聞こえてくるだけで、窓から外を見ても人影は見あたらない。
「一体誰なのかしら」
 もしかしたら何者かが調べていることを邪魔に思っているのかも知れない。誰かが潜んでいたりしないか聴音の能力で確認しながら、シュラインは慎重に事務所の郵便受けへ向かう。だが、辺りには人の気配すら伺えない。
 いささか拍子抜けしながら郵便受けを見ると、宅配ピザや不動産のチラシと共に一枚の茶封筒が入っていた。思わずその場で封筒を開けると、中には一枚のメモが入っていた。

 『Phoenix』のDVDは、何者かがあるCGを改ざんしたものです。
 元データには特に何も入れてないので、もしかしたら改ざんしたときに細工されたのかも知れません。
 P.S. ネットでやり取るすると漏れる可能性があるので、直便で。

「…麗香さんに確認しておかなくちゃ」
 その情報が本物か偽物か確かめるためには、まず本人に聞いてみるのが確実だろう。シュラインはポケットから取り出した電話のボタンを素早く押す。ややしばらく話すと、どうやら麗香自信で取材した中に元のCGを作った者がいるのは確実のようだ。メモを投げ込んだのはおそらくその本人だろう。
 手に入れた情報は素早く知らせないと二度手間になる。今度はメール画面に切り替え、シュラインは親指で素早くメールを打った。
『例のCGには元があるみたいなので、データを作った人に接触できたらそのあたりを確かめて』

「元々車のCMソングだったんですね…」
 そんな事を考えながらデュナスは近所の図書館で集めた『Phoenix』に関する記事を見ていた。 実はデュナスがいるのは、その自動車メーカー『TOYODA』の応接室だ。デビュー経緯を調べるうちに気になったので、この会社が裏で関わっているのかどうかを知るためにアトラスの名を使って取材と称してやってきたのだが、まさかその事実を先日まで全く知らなかったとはとても言えない。
 『Phoenix』自体は最初からグループではなく、自動車のCMソングに使われていたのが話題になり、そこからデビューしたユニットらしい。最初はCD化したりするつもりはなかったのだが、あまりに話題になり携帯の着信、そしてCD…という経緯でデビューしている。
「お待たせいたしました。TOYODA広報担当の佐々木です」
 応接室に入ってきたスーツの青年にデュナスは立ち上がって礼をし、前もって作っておいたアトラス編集部名義の名刺を見せる。
「月刊アトラス記者のデュナス・ベルファーです。お忙しい中お時間取らせてしまってすみません。早速ですがお話よろしいでしょうか」
 ソファーに座り、デュナスは『Phoenix』の曲をCMソングに選んだ経緯などを質問した。TOYODAは日本で一番売り上げのある自動車メーカーだが、そこが裏と繋がりがあるのなら話は一筋縄ではいかない。
 だが、話はそうでもなさそうだった。
 新しい自動車を売るにあたって、各芸能会社に『新人の女性が歌う曲のプロモーションを作って欲しい』と頼み、何本かやってきた中からその『Phoenix』の曲が選ばれたという。曲のタイトルが「不死鳥の歌」だったので、そこからユニット名が決まったという話だった。
「TOYODAさんはお二人にお会いしたことはあるんですか?」
 デュナスの質問に、佐々木は首を振る。
「いえ、こちらも曲が話題になったので、お二人が出演するCMを作りたいと打診したんですが、秘密性が壊れるということで許可して頂けなかったんですよ。こちらもお二人はCGでいいと言ったのですが…」
 プロデューサーの名前をデュナスはメモに書き付ける。
「今はCMソングは変わってますよね」
「ええ。元々三ヶ月の契約だったんです。話題にもなったのでタイアップしての契約延長を申し出たんですけど、プロダクションさんの方から却下されちゃいまして…でも、その矢先の噂でしたから、こちらとしてはどうとも言い難いのですが」
 三ヶ月…曲が話題になる時間としては悪くない。車のCMはテレビを付けていればよく目や耳にすることもあるし、大手メーカーならスポンサーになっている番組も多い。
「プロデューサーの方にお会いしたことは?」
 佐々木はまた困ったように首を横に振る。
「プロデューサーが決まったりしたのもこちらとの契約が終わる頃でしたから、社長さん
としかお会いしたことがないんです」
「そうですか。では『Phoenix』の話は横に置いて、そのハイブリッドカーについてお聞かせ下さい…」
 デュナスは他にも当たり障りのない話をして、TOYODAを後にした。
 どうやらそのプロデューサーとプロダクションに何かあるようだ。それらがきっとこの事件に関わっていて、この会社はその戦略に利用されたのだろう。時間関係なくあちこちで流されるCMで曲の反応を見るのなら、大手であればあるほど流される時間も長い。
 もしかしたら裏には大きな力があるのかも知れない…そんな事を考えながら、デュナスは溜息をついた。

 芸能プロダクション『シヴァ』
 元々「周防プロダクション」という演歌中心の小さなプロダクションだったのだが、今年の春に所属していた演歌歌手を解雇して、新しく若者向けに生まれ変わった…。
 昼下がりの喫茶店で、パソコンの画面に映るその文字を見て、恭介は眉間に皺を寄せながら考えていた。
 今のところ所属しているアーティストは『Phoenix』しかおらず、自社でオーディションや若手の育成をやっているわけでもない。いくら今話題になっているとはいえ、芸能界は水物の世界だ。上り詰めるのも早ければ落ちていくのも早い。たった一つのアーティストで長続きしないのが分かっているから若手を育成するのだが、その様子が全く見られない。社長や社員達の戸籍がおかしいということは、シュラインからの連絡で聞いている。
 だが妙なことに色々な方面から調べても、『Phoenix』のメンバーである「C」と「K」の情報が出てこない。
「もしかしたら実在しない人物達なのか…」
 イニシャルしか出さず、その姿さえCGという秘密性。だが声まで全てコンピューターで作れるとは思えない。技術がいくら進歩しているとはいえ、人の声とコンピューターでは、出せる音にまだ違いがありすぎる。
 他にも恭介が調べていておかしいと思うところはいろいろあった。
 まず資金の流れ…裏で色々と出資を受けているようだが、そのほとんどがペーパーカンパニーだ。中にはテロが背後にいると噂のある会社までもが含まれている。
「もしかしたら芸能会社を隠れ蓑にして、何かを行うつもりかもしれないな」
 DVDを見ると正気を失い、自殺や犯罪に走るという噂…それが新手のテロだとしたら、どう対処すればいいのか。そんな事を考えていると、いつの間にか恭介の前に一人の女性が立っていた。周りを気にするように深めに帽子を被り、眼鏡をかけているその女性に恭介は顔を上げる。
「あの…真行寺恭介さんは…」
「俺です。貴女がDVDの元データを送ってきた方ですね」
 喫茶店にいたのには理由があった。
 麗香の元にDVDを送ってきた者を調べているうちに、この女性が元データをアトラス編集部に送ったということが分かったのだ。最初はその話を拒んでいたのだが、安全を保証するという言葉で、やっと会うことが出来たのだ。
「私が、あのCGの人物データを改ざんしました…お願いです、あのDVDを全部回収してください」
 ウエイトレスが水を置きにも来ないうちに、女性はそう言って話をし始めた。
 元々あのDVDの映像データは別の者が作ったという話はシュラインからのメールで聞いている。彼女が元データを送りCGを改ざんしたと言うことは、かなり確信に近い場所にいたという話になる
「貴女が改ざんしたのは人物CGだけですか?」
 恭介の言葉に女性が一つ頷く。
「曲やバックはプロデューサーの『RYU』さんが作るという話でした。私も最初は精巧に出来た元CGの着せ替え感覚だったんです。でも…」
 おかしくなったのはそれからだった。
 まず、そのデータを作っていた仲間が一人自殺した。元々ふさぎ込むことも多かったので気にもしていなかったのだが、彼女に決意をさせたのはプロモーションが出来、その上映をしていたのを見たときだった。
「私は別室でその様子を見ていたんです。発売前の反応を見るって、街で集めた人たちを呼びあるクラブで上映会をしました…」
 彼女はその光景を思い出すのか、時々軽く頭を振り、絞り出すようにその光景を語り始めた。それはバックにDVDを流したままのパーティーで、異変が始まったのは始まってから一時間ほど経った頃だった。
 最初は些細な喧嘩だった。肩がぶつかったとかそんな他愛もない話で、お酒も入っていたせいだったのかも知れない。だが、それがエスカレートするのはすぐだった。
「全然その喧嘩と関係ない人が、急に『世界を壊してやる』ってカッターを取り出して暴れは始めたんです。私は警察を呼ばなきゃって言ったんですけど、RYUさんが『放っておいてもいい』って…」
 それを合図にその中では暴力の宴が始まった。自らを傷つける者、辺りに物を投げつけ壁を壊し、人を殴る…何度も「警察を」と言ったのだが、それは取り合ってもらえなかったばかりか、彼女はこう言われたのだ。
『この事は他言無用だよ。あの宴に君が入りたくなければね…』
「………」
 恭介は思わず絶句していた。これは元から予定されていた事だったのか。
 これは情報媒体を利用したテロだ。一体何が目的なのかは分からないが、それだけは確実だ。女性は震える手で水の入ったコップを持ちながら、時々鼻をすすりながら話を続けた。
「それで怖くなって、元データの入ったDVDを持ち出して送ったんです。でもその時には発売も決まっていて…ごめんなさい、もっと早く気付いていれば…」
「いえ、貴女がそれを送ってくれたことで、これ以上同じような被害を出さずにすむ。貴女の安全は保証するから、もう心配しなくても大丈夫…」
 涙を流しながら頷くだけの女性に、恭介はハンカチを差し出した。

『プロデューサーのRYUに秘密があるらしい』
 恭介からの短いメールを受け取って、ジェームズはプロダクションがあるというビルを眺めていた。自分以外の全員が色々と調べてから訪れようと思っていたので行動が最後になってしまったが、ジェームズの耳に入るのは聞けば聞くほど眉をひそめるようなものばかりだ。
 CGの改ざん、戸籍のクリーニング。大手自動車メーカーを利用したプロデュースに、見ると正気を失うDVD…『Phoenix』の名前と「C」と「K」というイニシャル。
 そして『RYU』いう名のプロデューサー…。
「では行ってましょうか」
 そう呟きジェームズはビルへと入っていった。一番上のフロアがプロダクション『シヴァ』のようだが、それにしてはずいぶんとさっぱりとしている。芸能プロダクションがあるビルであれば、プロモーション用のポスターなどが貼ってあってもよさそうなものなのだがそれもない。
「こんにちは。社長はいらっしゃるでしょうか?」
 中に入るとそこもとても芸能プロダクションには見えなかった。社員はほとんどおらず、皆外に出ているのか人も少ない。ジェームズが名刺を出すと、受付にいた女性はそれに目を通しながらこう言った。
「申し訳ございません、社長はただいま出ております」
「では、『Phoenix』のプロデューサーはこちらにはいらっしゃらないのですか?」
 ジェームズはそう言いながら社内にいる人間の反応を見た。こうやって聞かれたくないことをストレートに聞くと、よほど訓練されている者でもない限り素の反応が出る。それを聞きつけて、後ろのオフィスの方から人が出てきた。
「あの、どちら様でしょう?」
 ある程度内情に詳しそうな者が出てきた。ジェームズが軽く会釈をするとそれを合図にしたかのように黒蝶がスッと飛んだ。
 いつもならゆっくりと交渉をする暇もあるだろう。だが今回はそう悠長にもやっていられない。本来このような強引なやり方は好きではないのだが、調査している間に逃げられるぐらいなら真実に迫る方がいい。
 その蝶を見た途端、受付に座っていた者とやってきた者が催眠状態になった。ジェームズはそれを確認したかのように、スッと目を細める。
「私の質問に答えて頂いてもよろしいですか?この会社には『綾嵯峨野研究所』が関わっているでしょうか?」
 それは今まで鳥が関わった事件を追ってきて出てきた名前だった。今までは自分だけが知っていたのだが、まず核心に触れる事にしたのだ。
「はい。綾嵯峨野がこの会社のスポンサーです」
 やはりそうか。ならばCとKと言う名も関係があるはずだ。更にジェームズは質問を続けていく。
「『Phoenix』の二人はコマドリとチドリですね」
「…コマドリは知りませんが、チドリさんは見たことがあります」
 見たことがある…。その言葉にジェームズは息を飲んだ。生きていれば百を超えるほどの年齢のはずの者がここにいる。笑いがこぼれそうになるのを押さえるが、口の端がつい上がるのは真実に近づいた手応えからかも知れない。
「それはどんな方ですか?」
 その時だった。ジェームズの背後で声がした。
「それは私よ」
 ジェームズの横に立っていたのは、松葉杖をついた少女だった。右足は義足なのか、歩きづらそうに松葉杖をつく少女にジェームズは手を貸す。
「こんなに堂々と来るとは思っていませんでした。ミスチドリ」
 出された手を素直に受け取り、チドリはくすっと笑う。長い黒髪に白い肌、赤い目と唇…右目には眼帯がしてあり、そこに「C」と書かれている。ゴシック調の黒と白の服が不思議と似合っていた。
 チドリは微笑みながらジェームズの顔を見る。
「別に私が隠れる理由はないもの。これが罠かどうかはあなた自身が決めてちょうだい」
「それは、貴女は私と敵でも味方でもないということですか?」
 その言葉にチドリが笑う。
「そうね。DVDに関しては出来れば何とかして欲しいけど、私自身に関して詮索はして欲しくないという所かしら…っと、ごめんなさい。もう戻らないと怪しまれちゃう。お手洗いに行くって言ってここまで来たから」
 そう言うとチドリは松葉杖を器用に操り向きを変えた。そしてジェームズに向かって名刺大のメモを渡す。
「研究所とこの会社には関係があるわ。詳しく知りたければ、今日の深夜にこのスタジオに来てちょうだい。ここの社長に詳しく話が聞けると思うから」
 この誘いが罠なのかどうかは分からないが、とにかく行ってみるしかないだろう。そうしなければ、何故人を狂わせるようなDVDを作ったのかも分からない。
「ミスチドリ、最後に質問をよろしいでしょうか…ミスコマドリはどうしたのですか?」 ジェームズの言葉に、チドリが振り返る。それと同時にエレベーターが着き、その中に乗りながらチドリは寂しそうに微笑んでこう言った。
「……今は私一人なの」

「これからどうしましょうか…」
 ジェームズからの電話でアトラス編集部に集まった四人は、デュナスの言葉に溜息をついていた。調べれば調べるほど怪しいことばかりが増えていく。麗香も皆からの報告を見ながら頬杖をつき短く息をつく。
「怪しすぎて記事にしにくいぐらいね…DVDの調査は進めてもらってるから、その目的の方も是非聞いてみたいわ」
「そうね、情報を利用したテロなんてどう考えても許せないもの。これを報道しなければ、また同じ事が起こりかねないわ」
 シュラインの言葉に恭介も頷いた。元々DVDによって異常が起こることは分かっていたのだ。それなのにそのまま販売したということは、やはり裏に何かがあるのだ。それは決して許されるものではない。
「罠かも知れませんが、接触できる機会を与えてくれたのですから飛び込んでみましょうか」
 チドリが言った『罠かどうかはあなた自身が決めてちょうだい』という言葉。それが本当に罠であるのなら、わざわざそんな前置きをするだろうか…ジェームズはそんな事を考えながらメモを見た。

 あなたがいない世界でも、わたしはそのまま生き続ける
 あなたがわたしを拒んでも、わたしはあなたを愛してる
 わたしが受け入れられなくたって、世界が終わることはない…

 深夜のスタジオでは、チドリがマイクの前で椅子に座っていた。
「私が歌うのは三曲だけって決まっていたはずよ」
 曲が流れ初めても歌い始めずに、チドリはマイクに向かって凛とこう言い放った。その言葉にスタジオの機材室にいるスーツ姿の高齢の男が音楽を止め、ガラス越しにチドリを見る。
「それは困る。あのDVDが人を狂わせることが分かったのだから、もっと歌ってもらわなければ」
「だったら私の歌じゃなくてもいいはずだわ。勝手に音声でも何でも作ればいいじゃない…大体竜之介が言うから歌っただけよ」
 その会話を四人は音声室の前で聞いていた。見張りの者達がいたが、それはデュナスや恭介だけでも簡単に排除できる人数だった。チドリの声は聞こえにくかったが、それはシュラインの聴音で聞き取り、皆に伝えている。
「竜之介…と言うのが『RYU』のことでしょうか」
「だろうな」
 デュナスと恭介は小さくそう話す。少しずつ糸が繋がり始め、真実に近づこうとしている。
 社長はガラスの向こうにいるチドリに、笑いを抑えながら話をし続けていた。
「音声だけでは駄目だってのはお前も分かっているだろう。歌ってもらわないと困るんだ…この世界は既に壊れ始めている。それを再生させるには、不死鳥のように一度破壊しないと駄目なんだ」
「そんなの勝手な言い分じゃない。でも、もう終わりよ」
 その瞬間ピュルル…と鳥の鳴き声がした。チドリがマイクに向かってその声を出している。それを合図にジェームズ達は飛び込んだ。
「話は全て録音させてもらいました」
 デュナスの手には小さな録音機が握られていた。それを見て男の顔色が変わる。スタジオの方に逃げようとする男を見て、ジェームズが回り込みその退路を塞いだ。
「何故人を狂わせる映像を作ったんです?」
 ジェームズが目を細めてそう言うと、男はガラスの向こうに向かって声を荒げた。
「チドリ!裏切ったな!!」
 その時だった。スタジオの方に眼鏡をかけた細身の男が入り、それを見てチドリが声を上げる。
「裏切ってなんかいませんよ。元々最初から三曲だけの約束ですし、歌だけならコマドリの音声データだけでも作れるはずですよ」
 ジェームズはその顔に見覚えがあった。
 磯崎 竜之介…綾嵯峨野研究所に関係がある男。それがガラス越しに全員を見上げ、にっこりと微笑む。
「曲やDVDのデータを作ったのはお前か?」
 恭介はガラス越しに銃を構えてそう言った。竜之介は両手を上げながらチドリの横に立ち、ふっと微笑みながらこう言う。
「そうです。そこの社長に言われて作りました」
「何故そんな事を?」
 シュラインの言葉に竜之介が首を振る。
「私はしがない研究所の雇われ所長なので、上から言われたことに逆らう力はないんです。そうしないと私も危険ですから…でも、約束は守って頂かないと」
 それを聞き、男が膝を折った。後はいくらでも話を聞くことが出来るだろう…だが、まだ終わってはいない。ジェームズはスタジオへのドアを開ける。
「ミスチドリ、貴女はどうしてその男の所にいるのですか?」
 ジェームズはそれが知りたかった。明治時代から歴史の闇で続いている研究所、鳥の名が付いた名前の人間達…その言葉に、チドリは竜之介の肩を使って立ち上がりながら、寂しそうに微笑む。
「信じてもらえないかも知れないけど、私クローン人間なの。でも、何度再生してもコマドリが戻ってきてくれない…コマドリが戻るまでは籠から出られない。だって私とコマドリは、生まれたときから繋がってたんだもの…声のデータだけは残ってるけど、それだけじゃ私は欠けたままなの」
 生まれたときから繋がっていたという言葉。チドリとコマドリはシャム双生児ということか。シュラインは話の全容が分からないまま、ジェームズとチドリの顔を見た。
「なにか理由とか秘密があるのね?もしかして、最近縁のある『鳥の名前』の人たちと関係があるのかしら」
 ジェームズの代わりに、竜之介が答える。
「そうですね、関係あると言えば関係あります。例えば『ヨタカ』とか…」
 その名を聞き全員が竜之介の顔を見た。ヨタカ…呼び方は違うが、その名を確かに自分達は知っている。だが、ジェームズはふっと溜息をついた。自分達が今やることはDVDを販売した会社の謎を解くことだ。私情を挟むわけにはいかない。
「今日は見逃してあげましょう。ただ、またこのようなことに協力したり、私の友人に手を出すなら、その時は…」
 無言で竜之介は会釈をして立ち去った。その後ろをチドリが松葉杖をついて行く。
「ごめんなさい…」
 コツン、コツン…と音を立てながら去っていくそれを、四人は見送ることしかできなかった。

「情報って恐ろしいわね…」
 出来上がった月刊アトラスの最新号を眺めながら、麗香は皆の前でそう呟いた。その表紙には今回の事件のスクープが大きく書かれている。ただチドリと磯崎竜之介の話を記事にすることは、全員で話し合いやめてもらうことにした。
 あの後芸能プロダクションの社長は逮捕され、その背後にいたテロ組織やペーパーカンパニーなども芋づる式に捜査の手が回った。だが、そこに綾嵯峨野研究所の名が出ることはなかった。
 あれは一種の無差別テロだった。発売された物の中に、何枚かに一枚再生し続けると温度で歪む物が混ぜられていたという。短いDVDを再生し続けることによって熱でDVD自体が歪み、目に入ってくる映像と耳に入る音の波長が変わりそれが破壊衝動を起こす…その法律を改正するために、国が動くほどの騒ぎになっている。
「人間って不思議なもので、見るなと言われると、余計に見たくなるものね。自分は大丈夫だって誰もが思うし…何年か前にそんな事件があったわね」
 DVDは正式に発売禁止と回収の処置がとられたが、まだ全てが回収されたわけではない。その噂や真実にプレミアが付き、裏では高い値段で取引されいるという話もある。シュラインが溜息をつくと、恭介も雑誌をめくりながら考え込む。
「今回は物が限られていたから良かったが、もしこれが電波ジャックなどで行われていたらと思うと背筋が寒くなるな」
 そうなったとき、果たして自分はそれに抗えるだろうか…だが、デュナスとジェームズはお互いの顔を見合わせてふっと笑う。
「そうなったときは、また私達が阻止するだけですよ」
「破壊の後には必ず再生がありますから」
 そう言う二人の後ろには映像を別の物に変えた「不死鳥の歌」が流れていた。

 あなたがいない世界なら、そのまま滅んでしまえばいい
 あなたがわたしを拒むなら、何度でも壊してあげる
 そしてわたしを受け入れるまで、破壊と再生は終わらない…

 あなたがいない世界でも、わたしはそのまま生き続ける
 あなたがわたしを拒んでも、わたしはあなたを愛してる
 わたしが受け入れられなくたって、世界が終わることはない…

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
2512/真行寺・恭介/男性/25歳/会社員

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます。水月小織です。
「不死鳥の歌」の「プロダクションを調べる組」ということで、皆様には事件の目的などの方に深く関わって頂きました。こちらの話は別の「DVDを調べる組」とも繋がっておりまして、ここで得た情報はお互いのPC様が知ることになります。
研究所や鳥の話はあちこちに点在していますが、その中でも今回は「チドリとコマドリ」に焦点が当たっています…オープニングでばれていたようで、皆様のプレイングにそれが出ていました。
また彼女は現れるのでしょうか…それは別の話で語らせていただきます。
リテイクなどはご遠慮なくお願いします。
また機会がありましたら是非ご参加下さいませ。皆様に精一杯の感謝を。