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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【鳳仙花】



 本当はお弁当でも持って出かけようと思っていた。だが、残念ながら遠逆和彦は本日仕事で出かけてしまった。
 彼とは色々あったけれども、少しは本心が聞けたので神崎美桜は心にゆとりを取り戻していた。
「和彦さんの為にも、夕飯は腕を振るって用意しなきゃ」
 ということで、買い物にでかけることにした。
 そういえば気づいたのだが、最近の自分は外に出ても狙われることがない。一人で出歩いても安心なのだ。
 せっかく用意したのだしと、自分の分の弁当はカバンに入れてある。途中でどこかへ寄って、食べるとしよう。
 ああ、今日はいい天気だ。青空が綺麗に広がっている。



 昼を回った頃、ちょうどいいということで立ち寄った公園。
 あまり人もいない、平均的な場所だ。広さもそれほどではない。
 昼時なので、ベンチに座っている老人や、のんびりと過ごしている若者もいる。平和な光景だった。
 美桜は空いているベンチを探して視線をあちこちに動かす。
 どこも空いていない。これは困った。
 仕方なしにどこか座れる場所はないかと公園内を歩き回る。その時だ。
 視界を、誰かがよぎった。
 日曜だというのに学生服姿をした……あの、見覚えのある黒髪の――。
(遠逆さん?)
 慌てて振り向いたが、遠逆陽狩の姿はない。公園内のどこにも見えない。
 美桜は陽狩が見えた場所へと行き、辺りを見回した。ふと、視界に花が入る。誰も立ち入らない公園の奥のほうに、トラユリが群生しているのが見えた。
(あんなところに……?)
 気になってそちらに向けて歩き出す。手入れされていないようで、こちらは草が伸び放題だ。確かに、普通の人はこちらには来ないだろう。
 奥へ奥へと進んだそこに、誰かが立っていた。黒い学生服姿の、細身の。
(遠逆さん?)
 やはり先ほど見た彼は見間違いではなかったのだ。
 声をかけようとした美桜は、彼の足もとにうずくまっていた女性が立ち上がり、こちらに突進してきたのに驚く。
「助けてぇ! おねがいよぉ!」
 美桜に縋りつくようにする女性は涙を流し、目が泳いでいる。
 こちらを振り向く陽狩はなんとも言い難いような、複雑な表情をしていた。
「え? あの?」
 わけがわからない美桜の肩を掴み、彼女は揺さぶる。
「助けて! ねえ助けてったら!」
「え? え? と、遠逆さん?」
 救いを求めるように陽狩へ視線を遣るが、彼は冷たい目をして嘆息しただけだ。
 だいたいこんな昼間に陽狩が、こんな場所に居るほうが珍しいような気がする。何かあるのだ。
 風が吹き、トラユリの花が揺れた。
「あっ! ひぃ!」
 女が悲鳴をあげた。その足に、手形がついている。手形というにはかなり小さい。
 手形の痣が足に点々と増えていく。まるで、足もとから登ってきているように。
「いやああぁ! ちょっとあんた、ぼーっと突っ立ってないでなんとかしなさいよ!」
 美桜の肩を強く掴むと、女は更に強く揺さぶってくる。困惑している美桜は戸惑ったように見ているだけしかできない。
 美桜はそもそも精神感応能力の持ち主であるが、霊感が備わっているわけではない。目に見えるものでなければ視界に映ることはないのだ。幽霊だろうがなんだろうが、波長が合わなければ美桜には見えないのだ。どうやら今回は波長が違うようだ。
「ほら早く! 早くしなさいったらあっ!」
 広がっていく痣。
 悲鳴をあげる女。
 こんなに騒いでいたら、公園に居る人たちがびっくりするだろう。陽狩はそちらを気にしているようで、何やら思案していた。
「遠逆さん!」
 とうとう陽狩に向けて叫んだ。
「彼女に害を及ぼしているのはどういう霊ですか!?」
 美桜にしがみつく女を見遣り、彼は平然とした顔で呟く。
「その女が堕ろした赤ん坊」
「えっ」
 刹那、美桜の視界にそれらが映った。
 女に群がる水子の霊。どれも人間としての形がきちんとない。どこかが欠けていたり、赤ん坊の大きさもあったり、または……ほんの小さなサイズのものもあったり。
 ぎょっとして目を剥く美桜は慌てて彼女と一緒にその場から離れた。陽狩のほうへ逃げる。
 水子たちは半透明の姿で地面を這いずり、波のように押し寄せる。求めるように、こちらへと。
「ちょっと! なんとかしてよ! ねえ!」
 激しく女に揺さぶられながら、美桜は周囲を見回す。
 陽狩が水子たちを眺めている。この場は陽狩に任せたほうがいい。きっとそうだ。
 だが、美桜は自身の立っている場所のすぐ背後に咲き乱れるオニユリの存在が気になった。
 花言葉は。
(私を、愛して……!)
 そうだ。きっとそうだ。
「水子たちはただ愛して欲しいだけ……! きっとそう!」
 美桜の言葉に女は顔を歪める。なにをトンチキなことを言ってるんだという顔だ。
 美桜は水子に自分の姿を重ねる。自分も同じだ。
 ただ愛して欲しくて。
 陽狩は美桜を見て、どこか呆れたような表情で軽く息を吐き出す。
 美桜は屈み、迫ってくる水子たちに手を伸ばした。そして、一人抱きしめる。冷やりとした、妙な感覚。重さも何も感じはしない。
「大好きだよ」
 と、笑顔で言う。抱きしめる手に力を込めた。
(私もあなたたちと同じ。同じなの。ただ愛して欲しいだけ)
 テレパスで気持ちを伝える。ここに居る、水子たちに伝わるように。自分の気持ちが、伝わるように。
 そんな美桜の行動を、女と陽狩がぽかんとした表情で見ていたのだが、彼女は気づかなかった。
「この子、アタマ大丈夫なの!?」
 女が困惑した表情で陽狩に言う。美桜は水子たちに同調しているため、聞こえてはいない。
「なにが『大好き』よ……! 自分の子供じゃないでしょ!? 頭イカれてんの?」
「さあ?」
 陽狩が肩をすくめて応える。
「なんなの……? 子供がいるのかしら……この若さで」
「いや? いないと思うぜ?」
「はあ?」
 本気で驚愕した女は、不気味なものでも見るように美桜を見下ろす。己を抱きしめて一歩後退した。
「……マトモじゃないわ」
 女の言葉に陽狩は視線を遣っただけで、何も応えはしなかった。
「見知らぬ相手を『大好き』!? なにそれ。自己満足? 理解できないわ」
 徐々に女の視線が泳ぎ出す。
「子供の父親もね、同じこと平気なツラして言ってたのよ!」
 射抜くように陽狩を見遣り、女は薄く笑う。
「大好きっていっつも言ってた……。ふふ。何が大好きよ……上辺だけそんなこと言ったって……どうしようもないじゃない。ねえ?」
 前髪を掻き揚げる彼女はその場に座り込む。そのままぶつぶつと呟き続けた。
 陽狩はやれやれという顔をして、水子を抱きしめている美桜の肩を叩いた。彼女はハッと意識を取り戻す。
「遠逆さん……?」
「……あんたさ、『好き』って意味……ちゃんとわかって使ってねえだろ」
 本当に小さく囁いた陽狩は水子たちを見遣る。水子たちは美桜の身体に沈みかけていたのだ。同化しようと、していた。
 そのことに気づいて美桜は「えっ」と驚いた。
「……『受け入れる』ってのは、そういうことだ。放っておいてもいいんだけど、そういうわけにもいかねーから、助けてやるよ」
「封印はしないでください!」
「封印?」
 陽狩が片眉をあげ、それから苦笑する。
「そんなもん、なんでするんだよ。大丈夫。ちゃんと浄化はしてやる」
 屈んだ彼は美桜をじっと見つめる。
「お嬢さんさ…………何を根拠に大好きなんて言ったんだ? 自分の子供でもないし、いま見たばかりの子供なんだぜ?」
 自然と出た言葉だったのだ。だから、美桜はわからない。
「言って欲しいと思ったから……」
「ふぅん」
 興味がないような陽狩はそれだけ洩らし、水子たちを見遣った。ずぶずぶと美桜の身体に侵入してくる彼らを、引き剥がしにかかる。
「…………その女はおまえたちの母親じゃねえよ」



 ここは水子たちの棲家では、と美桜は思ったが違ったようだ。
 オニユリの下には、子供の骨が埋まっていた。あの女の、子供だったものだ。ここに埋めていたのだ。
 そしてオニユリを植えたのは、あの女だった。
 あの女の子供……水子の霊に、他の水子の霊が引き寄せられ、あっという間に数が増えたという。
 それが、陽狩が語った、事の真相だった。
 女は探しに来た家族が連れて行った。残された陽狩と美桜は、その光景を見ているだけだった。
 公園内は何事もなかったように、いつもの日常を繰り広げている。
 女は精神を病んでいたと判断したようで、公園内に居た人々は先ほどの叫び声をそれだと認識したらしい。そのおかげか、美桜も陽狩も妙な目で見られることはなかった。
 美桜は真っ直ぐ陽狩を見た。どうしても言わなければならないことがあるのだ。
「遠逆さん」
「ん?」
 彼は美桜のほうへ視線だけ遣る。もうそろそろ去ろうとしていたのだ。
「私は、遠逆さんとお友達になりたいと思っています。それが、私の本心です」
 そう告げると陽狩は少し目を見開くが、すぐさま不愉快そうな、何かを堪えるような表情を浮かべた。
「……悪ぃ。気持ちはありがたいんだが……そういうの、いらねぇし、作る気もねえよ」
 彼はすぐに苦笑する。
「それに……お嬢さんと友達になったら大変そうだし」
「大変? なにがですか?」
 不思議そうにする美桜に、言っていいものかなと思案した陽狩が口を開いた。
「……自覚ないみたいだから言うけど……ちょっとっつーか、かなり…………その、重たい、あんた」
「え?」
「さっき、大好きって水子に言ってたけど、母親代わりになる気持ちはなかったんだろ? 単に、同じ気持ちがわかるって伝えようとしたんだよな?」
「はい……」
「……子供が愛されたいって思う相手は、誰だと思う?」
 突然陽狩に問われて、美桜はきょとんとする。
「……親、ってのがフツーだろ? 赤の他人に、しかもいきなり現れたヤツに好きだって言われても、ピンとこねーと思うんだが……。ま、あんたが女だから母親と勘違いしたんだけど、あいつら。
 あのままだと、水子はあんたに永遠にくっついてたけど……そうなる覚悟があったわけじゃないよな。あのさ……余計なことかもしれねーけど、あんたもうちょっと考えて行動したほうがいいぜ?」
 それから困ったように陽狩は「すまん」と片手を挙げる。
「友達が欲しいなら、他を当たってくれ。ワリぃな」
「あ、遠逆さん!」
 走り去っていく陽狩に声をかけるが、彼は振り向かない。あっという間に、彼の姿は見えなくなってしまった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 すみません……なってくれと言われても簡単に友達になることはできませんでした。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!