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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【鳳仙花】



 夏休みが終わるという頃、十種巴は遠逆陽狩がバイトをしているプールに再び行っていた。
 色々聞きたいこともあったし、彼のことが知りたかったのだ。
「よぉ。また来たのか?」
 こちらに気づいて声をかけた、監視員姿の陽狩に巴は照れる。何を意識しているのだろうか。彼はこちらを全く気にしていないというのに。
「もうすぐ夏休みも終わるから、最後にって思って」
「そっか。学生は大変だな」
「大変って、陽狩さんも学生じゃない!」
 もう、と頬を膨らませる巴のセリフに、陽狩は一瞬反応が遅れる。そして、苦笑した。
「いや……オレ、学校通ってねーんだよ」
「はあ?」
 え。だって、学生服姿だったのに?
 出会った時のことを思い出している巴に、陽狩は申し訳ないような、後ろめたそうな表情を浮かべる。
「動き易いし、あれ……オレの退魔用の衣服なんだ。ああ見えて、特殊な加工がされてんだぜ?」
「学生服が、仕事用の衣服なの?」
 驚く巴に彼は頷く。
 陽狩はサンバイザーを少しさげて、目元を隠すようにする。
「ま、学校にはマトモに行ってみたいって気持ちはないでもないんだが……」
 言葉を濁す陽狩は、ニッと笑顔を見せた。まるで、気持ちを切り替えるように、だ。
 巴は思い出したように慌てて口を開き、続けた。
「あのね、質問!」
「いいぜ? どーんと来な」
「気になってたんだけど……どうして陽狩さんは憑物を倒してるの? お金の為? でも、それじゃあバイトしないよね」
「…………」
 少し驚いたような陽狩だったが、彼はすぐにくすくすと小さく笑う。片手を腰に当てた。
「いや? 金、じゃないな……。金のためにやるんだったら、もっとうまくやってるさ」
「じゃあ、どうして?」
 きょとんとして軽く首を傾げる巴を見遣り、彼は嘆息する。
「……人助けだよ。そーいうことで納得してくんねーかな?」
「ボランティアってこと?」
 無償で危ない仕事をするものだろうか? バイトをしてお金を稼ぐくらいなら、退魔の仕事で稼いだほうが効率がいいし、稼ぎもいい。それなのに。
「そういうことだな。ほら、依頼があってから動いたんじゃ、後手に回っちまうことだってあるだろ? 困ってる連中は待てないもんだし」
「困ってる人の為にしてるの?」
「世の中、金のある連中ばっかりじゃねーし……」
 顔をしかめる陽狩は、はぁ、と再び溜息をついた。なんだか色々思い出しているようで、彼は憂鬱そうな表情を浮かべる。
 はっとして巴は持っていたトートバッグからあるものを取り出す。そうだった。今日はこれを渡すのが目的でここに来たのだ。
「陽狩さん、コレ、持ってて」
 ずいっと巴は彼にそれを押し付ける。筒状に巻かれた、小さな和紙だ。実はこれ、治癒符である。
 不思議そうにする彼は少し戸惑ったような態度だったが、受け取った。
「なんだこれ?」
「お守り! 怪我しても身代わりになってくれるから……。
 あっ、べ、別に陽狩さんが弱いからとかじゃなくて……心配なのよ! だって……!」
 巴は自分でも驚くほどオーバーな身振り手振りで説明していたが、徐々に言葉を萎める。
 だいたいなぜ自分は治癒符を彼にあげているのだろうか? 心配なのは確かだが……どうして?
 もやもやする胸の内をきちんと言葉にできず、巴は眉間に皺を寄せた。ええい、もういい!
「とにかく持ってて! あと、絶対無理しないでね!」
「あ……いや、オレ……」
「いいから! 好意は素直に受け取って!」
 なぜか真っ赤になって怒鳴ると、巴は慌ててきびすを返し、走り去ってしまった。
 残された陽狩は治癒符を眺めてから複雑そうな顔をする。



 夏休みも終わり、巴は普段の生活に戻っていた。学校に行き、授業を受け、家に帰る毎日。
(あれから陽狩さんにも会ってないなぁ……。今頃、どこにいるんだろ……)
 ぼんやりと歩く。家に帰っても、なんだかつまらない。
(そういえば数学、なんか宿題出てたっけ……)
 そんなことを思い出しつつ顔をあげた。夕陽が見える。
 それを綺麗とは思えなかった。逆に不吉な感じすら、おぼえる。
(……なんか、気持ち悪い……)
 空に溶ける朱色の絵の具のようだ……。べったりとつけられた、ような。
 その時だ。
 リーン、と辺りに響き渡った鈴の音に巴はすぐさま反応した。
(この音……)
 聞き覚えはある。この甲高い音は、陽狩と出会った時に聞いたものだ。
(まさか……)
 近くに陽狩さんがいる!?

 あまりにも衝撃的な光景だった。
 巴が駆けつけた時、まるで決着がついたかのような静けさがあったのだ。
 子供を庇っている陽狩の腹部が裂け、そこから血が大量に落ち、地面に大きな黒い染みを作っていた。
 彼と対峙しているのは剣を持っている子供だった。目が血走っている。口元から垂れている涎を、拭こうともしない。
 堰を切ったように、庇われて呆然としていた子供が泣き声をあげた。まるで、時間停止を解除する合図のような、大音量で。
 近くに小学校があったのを巴は思い出していた。そういえばここは通学路。彼らは私服。そうか。あの子供たちはもう家に帰るはずだったのだ。
「ごほっ」
 陽狩が耐え切れなかったように咳を、いや、血を吐き出す。喉に詰まっていた血を全部吐き出す前に、彼は背後の子供を抱えて距離をとるべく後方に跳躍した。
 彼を逃がすまいと、剣を振るう少年。小柄な体躯ではあれほど素早く、的確に剣は振れないはずなのに、軽々と操っている。いいや……操られているのは少年のほうだ。
 動きが少し鈍っていたのか、陽狩のふくらはぎの部分に大きく亀裂が入る。そこから血が飛び散った。
「っ!」
 喉の奥で悲鳴をあげる巴は、そこから動けなかった。
 陽狩が劣勢になるなど、想像もしていなかった。これは本当に現実なのだろうか?
 あの子、あんなに大声で泣いてるのに。どうして誰も助けに来てくれないの?
 どうして彼を助けてくれないの?
 どうして!?
 早くしないと――。
(死んじゃう……!)
 もっとも恐ろしい結末を想像し、巴は完全に腰が抜けた。彼を助けに走るべきだろうが、巴は己の無力を知っている。
 いつもなら感情に任せて走っていくことだろう。だがそれができない。できないのだ!
 座り込んだ巴は、寒さに震えていた。おかしい。まだ冬ではないし、今日は晴れだ。気温はさがっていないのだから、寒いはずもない。
 なのに。
 汗が……冷たい汗が背中を流れている。
 怖くて顔をあげられない。だが巴はゆっくりと顔を……あげた。
 刹那、座り込んだ巴の腹部に手を回して誰かが掬い上げるようにその場から後ろへと引っ張った。
「ったく、どいつもこいつもしゃあねえなあ!」
 どこか投げやりに言う陽狩の声。巴を脇に抱えているのは彼のようだ。反対側の脇には泣きじゃくる子供の姿。
 追いかけてくる、剣。それを持った子供。
 巴はぼんやりとしていたが彼の顔を、体を捻って見上げた。額からも血が流れている。
「泣いてるガキ! 黙ってねーと、舌噛むぞ!
 十種巴! おまえもだっ!」
 そう言い放つや、ぐん、と陽狩は前に少し屈む。まるで、大きく跳躍しようとしているかのような。
 だが陽狩は力を足に溜めて、それを一気に爆発させたのだ。後ろ向きになっていることが幸いした。前を向いていたら、その速度に息もできなかったはずだ。
 数十メートル進んだところで陽狩は急停止した。靴底が摩擦で煙をあげる。
 巴と、あまりのことに泣き止んでいる子供をどさっと地面に下ろした。気づけばそこは公園だった。誰も居ない、夕暮れの公園。
「いつつ……臓物がはみ出しそうになるぜ。ったくよ」
 苦笑しつつ言う陽狩はきびすを返す。ちら、と肩越しに巴を見遣った。
「悪ぃけど、そっちのガキのこと頼んだぜ」
「や、やだあ! お兄ちゃん行っちゃやだよお!」
 突然声をあげた子供が陽狩に手を伸ばす。腰が抜けて立てない少年は、それでも必死になって陽狩を求めていた。
「怖いよお! やだよぉ、一人は!」
 成り行きを見守ることしかできない巴の横で喚く少年。陽狩はくるりとこちらに全身を向け、それからニカッと笑った。
「任せとけって! おまえの友達、助けてくるから!」
 清々しい笑みだった。
 彼は少年の頭にぽんと手を置くと、乱暴に髪を掻き乱す。
「あっという間さ! みてな!」
 任せろとばかりに胸を軽く叩き、今度こそ陽狩は元来た道を疾走して行った。
 残された巴は彼の後ろ姿をただ呆然と見守ることしかできなかった。なにも、言葉にできなかったからだ。



 気絶した少年の襟首を左手で掴んで、猫のように持ち上げた陽狩が現れたのは数分後のことだった。
「ほら、あっという間だったろ?」
 笑顔で戻って来た陽狩は、右腕が血まみれだった。
 気絶した子供をゆっくりと下ろすと、涙を堪えていた子供が駆け寄った。彼に陽狩は言う。
「今日のことは忘れろ。な? 悪い魔法にかかっちまってたんだよ、こいつは」
「うん……お兄ちゃん、血が……」
「これくらい平気平気!」
 ははっ、と笑うものの、彼の右腕はぴくりとも動かない。
「こんなもんすぐに治っ」
 どん、と誰かにぶつかられて陽狩は「へ?」と声を洩らす。気づけば巴がすぐ目の前に居た。彼女がぶつかってきたらしい。
「陽狩さん、治療しなきゃ……」
 俯いたまま小さく言う巴に、彼は困ったような表情をする。
「あー……いや、いいんだ。オレ、超回復があってさ」
「超回復……?」
「ああ。すぐに治っちまうんだよ」
「…………」
 押し黙る巴を不審そうに見ていた彼は、胸に巴の拳を受けて驚く。
「それでも! それでも痛いでしょう!?」
「十種巴……?」
「怪我して、陽狩さんが死んじゃうって思って……怖かったんだからっ! 馬鹿ぁ!」
 再度、強く拳で陽狩の胸を叩いた。涙を堪えていたのに、零れた。唇を噛んでも、無理だった。
 何度も何度も、陽狩は巴の成すがままに叩かれた。彼はきょとんとしている子供に目配せし、苦笑してみせる。
(馬鹿は、私だ……。だって、陽狩さんのこと……)
 気づいてしまった。もう、戻れない。
 陽狩は小さく、本当に小さく囁く。
「痛いほうがいいんだ。…………だから、気にすんな」
 それに。
「オレのこと、心配しなくていいぜ? …………おまえに関係ねーし」
 彼の言葉が胸を抉る。だってそう。
(私……好きなんだ……!)
 今さら、好きだって気づくなんて! 彼のことが、好きなんて――――!



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
 気持ちを自覚ということでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!