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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『デートをしませんか?』



■草間興信所にて

 いつものように興信所へとやって来た中国美人……黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)を目にして、草間・武彦はちょうど良かったとばかりに声を掛けた。
「よう、冥月。いつもみたいに暇なら、ちょっと一緒に出掛けないか……って、どうしたんだ、その格好?」
 長い黒髪をなびかせた彼女は、しなやかなデニムのジャケットに、エスニックな模様のあしらわれた透明感のあるティアードスカート。インナーは純白のキャミソールで、靴はシックな茶色のブーツ、服に合わせたビーズのロングネックレスと、秋に合わせたコーディネートになっている。
「なんだ? 私がこういう格好をしてはならないという法律でも出来たのか?」
「い、いや、そういうことじゃなくてな……」
 普段であれば、男物のスーツを思わせる漆黒の合わせばかりを着込んで、マフィアなスタイルのはずが、この日に限って突然、その服装をやめたらしい。余裕があればいつものように「女装か?」などとからかうことが出来るのだが、突然だったので狼狽してしまった。
 そもそも真面目に着飾った冥月は、元々の端整な顔立ちもあって、相当な美人に見える。
「私に依頼された仕事でな。簡単な尾行のようなもので、能力を使うほどでもない。腕を鈍らせたくもないから、街に溶ける格好にしただけだ。黒服じゃ目立つ」
 冥月はそう言いながら、ふと、自分の後ろで電話の対応をする零と目を合わせて、照れくさそうに笑った。零が電話対応をしながら親指を立てる。
「なんだ? お前ら、何かあったのか?」
 冥月はそれには答えなかった。軽くぽんと自分の肩を叩き、にやりと微笑んでみせる。
「ま、いい。ところでお前は暇なのか?」
「ああ、まあ……。今日は調査に出るつもりだったのが、いきなり依頼人からキャンセルが来てな。突然、暇になったんだ。それで、誰かと少し出掛けようかと思ったんだが、仕事があるんじゃ仕方が無いな」
「じゃあ、お前でいい」
「は? 何がだ?」
「今回の一件は、少々親馬鹿な金持ちが高校生の娘のデートを尾行して内容を報告しろとの依頼なんだが、恋人同士で行くようなところを独り身でうろつくのもどうかと思っていたところでな。娘は監視慣れしてるらしいし、尾行に気付かれたくはない。そこで、カムフラージュのためのデート相手を探していたんだが、ちょうど暇なようだしな。お前に付き合ってもらおう」
「おいおい、ちょっと待てよ! こっちはせっかくいきなり休暇になったんだから、愉しもうと……他人の仕事を手伝うような余裕は――」
「世紀の暇人が何を言ってる。その分の仕事料くらいは出してやるから、文句を言わずついて来い。探偵なんだから、尾行はむしろお前の本業だろう」
 言うなり、冥月は草間の襟を掴んだ。こうなればもう断りきれまい。草間は「わかったよ。じゃあ、ちょっと待ってろ」と言うなり、襟を引っ張る腕を振り解き、ヒゲを剃りに洗面所へと入った。
「身支度か? 珍しいな、そんな気を使うなんて」
「薄汚れた格好で、俺が目立っちゃ仕方あるまい。デートなんだろ、仮にも」
 言うなり草間は、よれたネクタイを放り投げた。



■カフェにて

 ターゲットの高校生とその恋人は、特に変わったところもないカップルと言えた。別に言えば、目立つところが無い。娘は金には困っていないのだろうに、特にブランド物に身を固めるわけでもなく歳相応の可愛らしい服装に身を包んでいるし、相席している少年も穏やかそうで好感の持てる笑顔を見せる。
「何で、あんな乳臭そうなのの尾行なんか依頼したんだろうな」
 そう言ったのは、濁った茶色をした地味なジャケットと、ジーンズに身を包んだ草間。一緒に座っている冥月は、慣れないスカートに散りばめられたビーズを気にしながら、周辺視野で和む二人を見張る。
「まあ、親馬鹿とはそういうものなのだろう」
「金持ちの考えることは良くわからないな」
「だから私たちが食っていけるんだ」
「全く、仰るとおり」
 二人は口の端で笑い合うと、適当な注文を取った。会話さえ聞こえなければ、傍目にはカップルに見えるはずだ。
「しかし、警戒してるんじゃないのか、あの娘?」
 周辺視野で動向を探る冥月と違って、草間は彼女らに背中を向けている。それなのに、ちらちらと辺りを見回す娘の動きを察知できたのに、冥月は少々驚いた。どういうトリックかと思えば、草間はガラスに映った娘の動きを見ているらしい。
「……鏡面反射か。それなりにプロだな」
「あのな、仮にも探偵なんだぞ」
 娘はしばらくの間、周りを見渡した。一つ一つのテーブルに座る客を、いちいち確認するように眺め回している。相手の少年の方は、慣れた様子で苦笑を浮かべながらそれを見守っていた。あそこまで念入りに調べるのは、尾行の有無をどことなく察知したということか。
「察知力は熟練だな」
「全くだ。親御さんが今まで何度あの娘に監視をつけたか、よくわかるな」
「皮肉を言ってる場合じゃないぞ、草間。しっかりカップルのふりをしろ。二十歳と三十歳のカップルだと、多少浮くからな」
「はいはい」
 娘の視線がこちらに向く。言い終わるなり冥月は、草間が取り出したタバコをパッと奪い取ると、見せ付けるかのようにそれを銜えてしゅっと火を点けた。大きく息を吸って煙を吐くと、器用に裏返してぽかんとする草間の口にそれを戻す。吸い口に薄く紅がついたタバコを銜えさせられて、初めは狼狽していた草間も、鼻で笑った。
 まるでアクション映画のお色気シーンだ。
「こりゃまたハードボイルドな仕草だな。お前に俺と間接キスする趣味があるとは知らなかったよ。ちょっとは可愛げがあるじゃないか」
「阿呆。お前なんぞ、キスどころか肌を重ねても態度は変わらんよ」
「同衾するってことは態度を変えるってことだぜ」
「下らん揚げ足を取るな」
 娘たちと自分たちの距離では、声は届かない。冥月と草間は、互いに恋仲を思わせる微笑を浮かべながら愉しそうに話しているように見せつつ、口では際どい嫌味の応酬を繰り返す。自然と言うよりも行き過ぎた仕草に、娘と少年は慌てて視線を逸らした。
「やり過ぎだろ。照れてるぞ、あいつら」
「その代わり、仲のいいカップルという印象もついただろう。これであいつらが恋人同士で行くような場所について行っても、不審がられることはない」
「尾行しようってのに印象に残ってどうするんだよ」
「怪しまれずに隣を堂々と歩けるだろう。会話も多少は拾いたいからな」
「全く……この近くのデートスポットと言えば、水族館か?」
「そうだな。十中八九そこに向かうだろう」
「まあ、暗くて人がそれほど多くも無くて、遮蔽物も少ない空間で尾行するなら、その方がいいか。順路も決まってるんだし、どのみち視界に入らざるをえないだろうしな」
「だろう。……さて、あいつらはそろそろ出るようだな。打ち合わせたように交代でトイレに行った」
「じゃあ、先んじて出るか。続けざまに出るより怪しまれにくいだろう。……でもな、冥月。本当は尾行って八人がかりくらいでやるもんなんだぞ」
「知ってるよ。だが二人しかいないんだから仕方ないだろう」
 二人は苦笑しながら会計を済ませ、出てきた人間からは見えぬ位置で彼らを待った。



■水族館にて

 暗い水族館は、ともすれば自分の足元さえ見えなくなるような場所もある。薄ぼんやりと蛍光灯が壁を照らし、深い蒼を湛えた廊下にガラスがはめ込まれ、その向こうで大小さまざまな海の生き物が蠢いている。
「やっぱりここに来たか」
 冥月が言う隣で、紅いイソギンチャクがゆらりと流れに身を任せている。その様は、どこかエロティックだ。
「他人の選んだデートコースを歩くっていうのも、何だか妙な話だな。選ぶ場所が子供っぽくて、可愛げがあるが」
 蒼い光に薄く照らされた草間は、左の肘に冥月の腕を絡ませて、ゆったりと周りを見ながら歩いている。廊下の前方では、水槽を眺めながら何かを話す娘と少年。
「私は水族館が好きだがな。この薄暗さと静けさが」
「俺には不気味に見えるがね」
 話しながら二人はつかつかと自然に近寄り、娘カップルのすぐ隣に並んで水槽を眺めた。軽い会話で場を受け流しつつ、娘たちの会話を聞き取る。
「お父様の監視をいっつも警戒しながらのデートなんて、疲れるね」
「ごめんなさい。でも、監視されてるのに気付きながらデートを続けるのって、凄く神経が磨り減るんだもん。あの人が心配するのもわからなくはないんだけど……」
「うん。わかってる。僕もそっちに合わせるよ。ところで、もうすぐ門限じゃない?」
「そうだね。はあ……高校生にもなって、夕方五時までに帰宅しなさいだなんて、お堅いんだから……」
「心配してるんだよ、君のこと。僕がどんな人間かもわからないから。……今度、僕、お父様にご挨拶に行くよ。付き合ってもう半年だし。そうしたら少しは認めてくれるかもしれない」
「……ありがと。そろそろ帰るね。今日は監視ついてないみたいだし、心配させると悪いから」
「うん。家の前まで送っていくよ」
 二人がそう言って出口に向かうのをちらりと流し見て、冥月と草間は顔を合わせた。
「心配するほどの子達じゃないみたいだが。親御さんの親馬鹿もかなりのものなんだな」
「娘は素直で親思いだし、今どき珍しいほど純朴な二人だ。認められない父親は難儀だな」
「だが、そろそろ認めざるを得ないんじゃないのか? 今の子、挨拶に行くとも言ってたしな」
「今回の依頼は、それを見極めるためのものだったんだろう。表面だけ見ても不安だから、デート内容を知りたいわけだ。だがお前の言うとおり、父親も認めるしかないだろうな」
「で、あいつらは帰るみたいだが、これからどうするんだ?」
「帰り道まで見張るのが仕事だ。明日に調査内容を報告して、仕事は終わり」
「じゃあ、実務の最後まではお前に付き合うとするか」
 歩き始めた草間の肘に冥月が腕を絡ませる。あまり着慣れないティアードスカートをたなびかせて、冥月は外へ出た。



■ターゲット宅

 隣で聞いていなくても、娘と少年が「それじゃあね」と言い合っているのがわかる。物陰から様子を窺いながら、冥月と草間は時計を確認した。
「門限まで十分。まじめな娘と相方だな。昔の俺だったら、迷わずどっかに連れ込んでたが」
「誰もお前の過去のことなんか聞いてない」
 沈みかかった夕日の前で恋人たちは笑い合い、娘は家へ、少年は伸びた影を追いかけるように道を歩き去っていく。
「で、これで仕事は終わりか? あのボーヤの方はどうするんだ?」
「私が受けたのは娘のデートを調査することだけだ。ここまでだな」
 草間は長い息を吐いてシャツの首元を引っ張った。
「ようやく終わりか。全く、尾行なんて疲れることさせられるとはな。仕事が無くなって、のんびり出来ると思ったら、とんだ休暇になったもんだ」
 さすがに冥月は少しばかり立場の悪さを感じて、肩をすくめた。
「悪かったな。デート相手が私で」
「何だ? いきなり殊勝になって」
「いっつも野郎野郎と蔑んでいる相手とデートするのも迷惑だったろうと思っただけだ」
「何言ってんだ。お前だって、女物着れば女に見える」
「端から女だ」
 草間はしゅっと振りかぶった鉄拳を捻ってかわし、にやりと微笑みなおした。
「よう、本調子に戻ったな。服装に引っ張られて、性格まで弱々しくなられたんじゃ、こっちの調子が狂う」
「余計なお世話だ」
 ふんと鼻であしらって帰ろうとした冥月の背中に、声が掛かった。
「おい、待てよ。そろそろ食事時だろう。一緒にどうだ?」
「え?」
 意外な言葉に、思わず足が止まった。
「何を素っ頓狂な顔してる。折角のデートだろ。兼仕事だったが、その部分も終わったんだしな」
「いいのか? 私で」
「いいのかって、最初っから俺はお前を誘ったんだがな。行きたくないなら別に良いが」
 常日頃、自分に対してはからかい半分の態度以外とらない草間が、珍しいほど真っ直ぐに誘いを掛けて来たものだから、冥月の方が狼狽してしまった。思わず口篭もって、何を言えば良いのかわからなくなる。
「おいおい、良いのか? 良くないのか? ハッキリしてくれよ」
 照れくさそうに笑う草間に釣られて、冥月も笑った。ぎこちなく照れた笑いではあったが。
「まあ……奢りなら」
「安心しろよ。俺のポリシーは『女性には優しく』だ」
 差し出された手を、思わず握る。自分の格好を省みて、冥月は恥ずかしくなって少しだけ顔を横に逸らした。草間の方も若干照れくさいのか、頬を赤らめて視線を外に向ける。
 秋の夜風が若干の肌寒さを伴って二人の間を駆け抜けたとき、ふと、伸びた影が寄り添った。降りていく夜の帳が、それをゆるやかに覆い隠した。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】



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■         ライター通信          ■
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 冥月様、十度目の依頼参加、まことにありがとうございました。また、予想外の『同一の一名様×二』参加、まことにありがとうございます(笑)。
 時間軸上で後に当たる草間探偵とのデートを納品させていただきました。ただ、名目上それぞれの依頼に歴然とした整合性はつけてはならないため、話の繋がりなどは若干ぼやかしてあります。

 『恋仲にある娘と少年を追跡しながら、その気持ちに感化されるように二人の絆も一歩深まる』という雰囲気の作品に仕上げました。恋愛要素はありますが、若干、おぼろげにする感じで。ラストに影がくっつくのも、本当に二人が寄り添ったのか、冥月様のささやかな想いを能力で無意識に表現しただけなのかわからない雰囲気に。
 繋がっているのか繋がっていないのかわからない二人、という感じに仕立てましたがいかがでしたでしょうか。

 気に入っていただけましたら幸いです。それでは、また別の依頼で会えますことを、心よりお待ち申し上げております。