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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『デートをしませんか?』



■草間興信所にて

「どこかに一緒に出かけませんか?」
 突然、零が言った。草間興信所のソファに座ってのんびりと雑誌を読んでいた黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は、あまりの唐突さに、一瞬、自分に声をかけられたものだと気付かなかった。
「何だ、突然? 忙しいんじゃなかったのか?」
「あ、いえ、本当はお兄さんのお手伝いで、少し外に出るはずだったんですけど。急に予定がキャンセルになって……いきなり今日一日、暇になってしまって……」
 なるほど。忙しい合間に突然、暇な時間が出来てしまって途方に暮れた、というわけか。しかも、雰囲気から察するに一日分の予定だったらしい。
「失礼ですけどお暇そうでしたし……駄目、でしたか?」
 冥月は見ていた雑誌を机の上に放った。
「なら、服選びに付き合ってくれ。ほら、この間の依頼の報酬だ」
 零からは先日、とある依頼を受けた。正確には依頼を持ち込んできた人間は別にいて、零からはその依頼を遂行する上での『頼みごと』を引き受けたに過ぎないのだが、その時の約束が「服を買うのに付き合ってもらう」ということだった。
 零は一瞬ぽかんとした表情を作ると、思い出したように手を叩いた。
「ああ、先日の! そうですね、ちょうど良かった。喜んで、お供させていただきます」
 そう言って零が微笑んだとき、元暗殺者の超常能力者と、元旧日本軍の決戦兵器という異色の組み合わせのデートが始まった。



■都内デパートにて

 デパートの入り口からは、蟻の巣のように人が出たり入ったりする。無個性に見える蟻の中では、比較的目立つ格好をした二匹として、するりと二人は玄関を潜った。
「けれど、どうして突然、お洋服を?」
 蟻塚の入り口で、零がふとそう言った。
「いつも、同じお洋服を着てらっしゃるのに」
 彼女にしてみれば、自分はいつも同じ黒い服に身を包んでいるという印象があったのだろう。アニメのキャラクターではないのだし、実際には黒服にも色々と形や微かな色合いの違いがあって、その辺りで多少のお洒落はしているつもりだったのだが。冥月は思わず苦笑した。
「今度の仕事で使うんだ。尾行だが、この格好では目立つからな」
「仕事のため、ですか」
 そう言って、零が微笑んだ。頷きつつ、冥月は若干、浮かれている自分の気持ちを見透かされたような気がして、気恥ずかしさを感じた。と言っても、悪いことをするわけではないのだが。それに、理由も決して嘘ではない。
 まあ、私の能力を使えば、別に服装での偽装などいらないのだがな……。
 零もそれはわかっているだろう。しかし、彼女はそれ以上の追及はしてこなかった。
「それで、どんなお洋服にするんですか?」
「……まあ、今風の服がいいな。状況に応じて使い分けるから、数パターン欲しいところだが、基本は清楚なイメージで行くつもりだ」
「清楚、ですか?」
 冥月の口から漏れる言葉としては珍しい表現に、零がくすりと微笑む。また恥ずかしくなって、冥月は目を外に向けた。
「服装によっては、入れないところが出来たり、目立ってしまう場合があるからだ。そういうイメージの格好なら、大体、どこにいてもおかしくは無い」
 ごまかしがてら、冥月は話題を変えた。
「だが、私は流行には無知なんだ。そこで、お前の意見が欲しい」
「あ、え? わ、私の?」
「ああ。何か不都合があるか?」
「いえ、その……だって、私も流行なんてさっぱりわからないですよ? これでも、その、五十歳超えて……」
「まあ、そうは思ったが、二人いればどうにかなるだろう。それに、こういうときのために、適当にファッション雑誌を買っておいた。服装など、それを見ていればわかる」
 冥月は気楽にそう言うと不安そうに眉を下げる零を尻目に、エスカレーターへひょいと飛び乗った。



■カジュアルファッションのフロアにて

「……もう一回、読んでくれるか?」
 冥月は眉を寄せて、雑誌を読む零の言葉に意識を集中させた。
「残暑が厳しい初秋は、まだノースリーブのチュニックに七分袖のカーディガンなどのコーディネートでも大丈夫。可愛らしい和柄のチュニックが大ブレイクの予感……だ、そうです」
「……その次の項を頼む」
「少し肌寒いと思ったらボレロがお勧め。秋に合わせた色で落ち着いた演出を……とかなんとか」
 冥月はしばらく無言のまま顎に手を当ててから言った。
「チュニックは確か、中世ヨーロッパの男が普段着にしていた服装だな。甲冑の裏にも着ていた、丈の長い民族衣装だ。……そんなのが流行るのか?」
「さあ……」
「で、ボレロというのは何だ? どんな種類の服だ?」
「さあ……」
「写真載ってるだろう」
「だって、どれのことを言ってるのか……女の子は知ってて当たり前みたいな書かれ方なんですけど……」
「ファッション雑誌とはどうしてこんなにわかりづらいんだ? 服の名前が多すぎだぞ。別のを読んでみてくれ」
「……薔薇柄の綿レースが可憐な純白のブラウスはロリータスタイルに最適……えーっと、冥月さん、買うもの間違えてる気がします。これ、ゴスロリ系の本ですよ……」
 別にこういった格好をする人を卑下してはいないけれど、冥月さんが求める方向性とは違う気がしますが、と、零はどこまでも丁寧に、礼儀正しく指摘した。冥月としてはかくかくと頷くしかない。
「……表紙でなく、中身を見て買うべきだった」
「やっぱり、店員さんにお尋ねするのが一番ですよ」
「それが嫌だから、お前を呼んだのだけどな」
 苦笑しながらも、それ以外に方法はない。このフロアは平日の昼間ということもあってか、賑やかと言うほどでもなく、寂れていると言うほどでもない。聞くのは特に問題は無いだろう。恥ずかしい、という一点を除いては。
 やがて、冥月は服をたたんでいる店員を見つけて、声を掛けた。なんと言えば良いのかわからず適当に、
「私に似合いそうな服を探しているんだが」
 とだけ言った。
「ああ、はい。見立てましょうか?」
「頼んでいいか」
「もちろんです。本日のファッションをお見受けしますに、黒い色合いのお洋服がお好みですか?」
「……ああ、まあ、好きと言うか……」
「それでしたら、こちらなどいかがでしょう?」
「ん、そうだな……それは良いんだが」
「こちらのコートはシックな黒にダブルボタンになっていまして、今日のような合わせにも似合うと思いますよ、これからは秋口ですし、若干寒くなっていくと思えば、冬本番まで長らく着られると思いますが」
「あ、ああ……えーっと……」

 一時間後――

「良かったですね。似合う服が買えて」
「ああ、良かっ……じゃなくてだな」
 にっこり笑った零に、笑い返そうとして目的と結果の食い違いに気付く。
「よく考えてみたら、私は『似合う服』じゃなくて『仕事のための服』が欲しいんだ! 黒服ばっかり買ってしまったぞ。これじゃ、いつもと変わらないだろう。……まあ、好きだから、これはこれで良いんだが……」
「え? あ、ああ、そっか」
「聞いてみた店員たちに悉く乗せられた……超常能力でもなく、暗殺業でも学ばない技術だ。一般人でも恐ろしい技を持ってる奴がいるものだな……この私を誑かすとは」
「そ、そんな大それたものじゃないような気がしますけど……」
 零は苦笑したが、冥月は聞く耳を持たずに気合を入れなおすだけだった。
「よし、今度は負けるものか。そもそも、私は金ならあるんだ。安っぽい店に入る必要は無い。もっと高級な店で勝負を挑んでやる」
「勝負事じゃないような気がしますけれど……」
「さあ、行くぞ。第二ラウンドだ」
 そう言って零の背中を叩いた冥月の顔は、珍しく歳相応の娘のように口元を綻ばせている。先ほどから、走りに走る冥月のセリフに突っ込みを入れてきたが、歯を見せて遠くを見る冥月の表情に気付いて、零は思わず言葉を止めた。
 この顔と態度で対応すれば、誰も彼女のことを怖がったりしないのに。まあ、今日は楽しそうだし、コレでいいのかしら。
 零は微笑みなおして、先を進む冥月の後を追った。


■レディースファッションのフロアにて

 二時間後――

「最初っから、目的の服を説明するべきだったんだな。ようやくわかってきたぞ」
 愉しそうに紙袋を抱えながら冥月は抑え切れない様子で笑みを零した。
「清楚で今風な感じにイメージを変えてみたいと言えば、店員さんはそっちを選んでくださいますから。良かったですね」
「それでも結局、買い漁ってしまったな。双方、目的を達成したとなれば、勝敗は引き分けと言ったところか」
 あくまで買い物を勝負に例える冥月に苦笑しつつ、しかし零はそこには突っ込まなかった。
「結局、今度の仕事にはどれを着ていくおつもりなんです?」
「まあ、このデニムのジャケットと……このスカートは何と言ったかな。店員は何か専門用語を……」
「ティアードスカートとかなんとか言ってましたね。どういう意味かはよくわからないですけど」
「それだ。まあ、それでインナーにキャミソールでも着れば良いだろう。足はブーツかな」
「わあ、多分、その辺に普通にいる女の子みたいになりますよ。派手でもないし、可愛らしいと思います」
 冥月はその後も「当日、残暑が厳しければ七分袖のカーディガンで行くのもいい」とか「秋口だからな。暖色系の柔らかい色合いの方が良いだろう」と、しばらくの間は聞いてもいないのにファッション談義を続けた。
「何だ、冥月さん、素敵にお洒落できるんじゃないですか」
「え? あ、ま、まあ、それくらいはな」
 照れたように彼女は言葉を濁すと、話題を変えた。
「ところで、お前にも随分長いこと付き合ってもらったからな。今日の礼に一着買ってあげよう。好きなのを選ぶといい」
「え? 私に? いや、いいですよ。だって今日は冥月さんへの『報酬』として来ているんですし」
「義務感だけで来てくれたのか?」
「い、いや、そうじゃなくて……愉しかったですけど、でも買っていただくのは……」
「妹が綺麗に着飾ったら兄は喜ぶぞ」
 今度は自分がうろたえる番か。零は苦笑しながら、ユーモアで切り替えした。
「こんな事すると兄さんに『零を口説く気か』とか言われますよ?」
「それは……まあ、言われそうだが、言われたら殴ってやる。ともかく私としても、報酬として予定していた以上に付き合わせてしまったからな。何か礼をさせてもらいたい」
 ここまで言われては、断り続けるのも悪い。渋々、しかしまんざらでもない気持ちで、零は肩をすくめて視線を外に逸らした。
「じゃあ、アクセサリーだけ、ちょっと……良いですか?」
「無論だ。私もそっちに手を伸ばそうかと思っていたところだしな」
 そう言って、冥月は愉しそうに微笑み、やっぱり零よりも一歩先を歩くのだった。


■帰り道、ケーキショップにて

「やっぱり、体を動かした後は、美味いものを食べるのに限るな」
 美味しそうにもごもごと口を動かして、冥月がガトーショコラを平らげるのを、零は若干、驚きながら見詰めていた。
「どうした? お前も食べたらどうだ?」
「いえ、その……私は食べる必要はありませんし……」
「『必要が無い』と『出来ない』は違うだろう。ケーキバイキングは食べなければ損だぞ」
 言いつつ冥月はモンブランを二皿持ってくると、自分の前にも置いた。仕方なく自分もそれをつまむ。
「冥月さん、ケーキ好きだったんですね」
「いや……ん、まあ……嫌いではないな」
 素直になれない様子で、冥月は余計なことを喋りそうになった口を塞ぐように、モンブランを押し込んだ。突然、「腹が減ったな」と言われて、ケーキ屋に連れ込まれたときは何事かと思ったが、要するに一人では入りにくいので、自分をダシに入りたかったということらしい。
「……昔の仕事をしている時は、節制の日々だったからな。ここならそれは気にしなくていい」
 ほろりと本音を漏らした冥月に微笑ましいものを感じながら、零は相槌を打った。
 何やら今日は、最初の予定以上に愉しい日になったようだ。そして冥月も予想以上に愉しんでいるらしい。たまには、こういう日もいいだろう。
 下手に考え事をするのをやめて、零もモンブランを頬張った。その胸には、先ほど冥月に買ってもらったペンダントが、日の沈み始めた外からの光に反射して、柔らかく輝いていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】



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■         ライター通信          ■
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 冥月様、九度目の依頼参加、まことにありがとうございました。また、予想外の『同一の一名様×二』参加、まことにありがとうございます(笑)。
 今回は、時間軸上では先に当たる零ちゃんとのデートの方から、先に納品させていただきます。草間探偵とのデート依頼は、もう少々お待ちください(一作品ずつ仕上げる必要があるため、ご了承ください)。

 『まともに服を買ったことのない冥月様が、不慣れながらもショッピングを愉しむ』という雰囲気の作品に仕上げました。なので、重点も服飾のショッピングにおいています。購入する服に関しては「尾行用だし、清楚と言ってもドレスみたいなのじゃ目立つかな……」と考えて、落ち着いた雰囲気ながらもカジュアルに攻めてみましたが、小説では雰囲気を伝えづらいですね。草間探偵の方でその服を使いたいとのことなので、そちらで精進してまいります。
 またプレイングにおける零ちゃんの行動指定は特に性格との不一致が無かったため、ほぼそのまま採用いたしました。

 気に入っていただけましたら幸いです。それでは、草間探偵との依頼の方も頑張ってまいります。