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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SMN】Mission MO-2「No one loves IT」

依頼者:New Order
依頼内容:暴走した霊鬼兵の確保(生死問わず)
タイプ:オープン

依頼詳細:
 自分たちが研究している霊鬼兵に逃げられるとは、「Void」もずいぶんと焼きが回ったものだ。
 とはいえ、霊鬼兵の研究という点において「Void」が我々より数歩先を行っていることは、
 不本意ながら認めざるを得ない。
 当然、今回逃走したとされている暴走霊鬼兵にも、こちらにはない技術が使われている可能性が高い。

 我々としては、どうにかして彼女の身柄を確保したい。
 生け捕りにできればそれに越したことはないが、最悪持ち帰るのは機能停止した「死体」で構わない。
 どうせ実験体として使うだけだし、「死体」からでも相応のデータは得られる。

 とにかく、他の組織の連中、特に「Void」にだけは先を越されぬよう気をつけてくれ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「特に環境とかに注意を払う必要はないんだろ?
 だったら、いっそ林ごと焼き払って目標をあぶり出すってのはどうだ」

 霊鬼兵が逃げ込んだという山を見上げて、フィアー・ボルカニクスはそんな作戦を提案した。
 実際、彼が依頼を受けている「New Order」は「虚無の境界」由来の組織であるから、多少の破壊活動は恐らく黙認される可能性が高い。
 それならば、いちいちまどろっこしい山狩りなどをしなくても、相手が出てこざるを得ない状況を作ればいいのではないか、と考えたのである。

 ところが、同じく「New Order」から依頼を受けてきたもう一人の人物――デリク・オーロフは、その案を聞いてあまりいい顔をしなかった。
「私はその作戦には賛成できまセンね」
 小さくため息をついてから、デリクはその理由をこう説明する。
「考えてもご覧なサイ。
 今回の霊鬼兵騒ぎはすでに全ての組織の知るところとなっていマス。
 そして、そのうち二つは、実際に霊鬼兵を破壊すべく動いていル」

 確かに、今回のメールはオープンで送られている以上、他の組織も暴走した霊鬼兵がいること、並びに「New Order」がその確保を画策していることはすでに把握しているはずである。

「ここで下手に騒ぎを大きくすれば、敵がさらなる戦力を投入してくる可能性がある、と?」
「ええ。特に『Judgement』は、間違いなくそうするでショウ」

 霊鬼兵の破壊を狙う二つの組織のうち、「Void」は「New Order」と同じ「虚無の境界」由来の組織であり、霊鬼兵を破壊する目的もあくまで機密データの漏洩阻止だけであるから、恐らく霊鬼兵の破壊のためには手段を選ばないだろう。
 しかし、もう一つの「Judgement」が霊鬼兵を狙う理由は、その霊鬼兵が直接的、もしくは間接的に周囲に被害を出すことを阻止するためである。
 だとすれば、むやみに周囲に被害を出すような作戦を展開すれば、霊鬼兵のみならず、彼らも討伐対象とみなされ、結果的に「Judgement」にさらなる大部隊の投入を促す結果となりかねない。

「望むところだ。出てきたら出てきただけ、全部俺がぶっ潰してやる」
 フィアーはそう言いきったが、デリクは納得するどころか、いよいよもって呆れたような様子でこう返してきた。
「フィアーさン? 今回の作戦の目的、本当にわかっていマスか?」

 フィアー自身の目的は、ようやく使用可能になった戦闘形態のテストでしかない。
 けれども、依頼主の目的は、あくまで霊鬼兵の確保であり、そちらを優先するのであれば、確かにフィアーの作戦はあまりいい案とは呼べない。

「……じゃあ、貴様は一体どうするつもりなんだ?」
 炎と格闘術を用いて戦うのは得意だが、言葉で戦うのはどうも苦手だ。
 フィアーが渋々白旗を揚げると、デリクは不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「私に一つ考えがありマス」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「どうやら、彼女が問題の霊鬼兵のようデスね」
 山道を隠れるように進む一組の男女を見て、デリクはそう呟いた。
 先客がいたのは予想外だが、どうやら「Judgement」や「Void」の手のものではないらしい。
「男の方はどうする。仕留めるか」
「いえ、少し様子を見まショウ」
 戦いたくて仕方がないと言った様子のフィアーを手で制すると、デリクは自ら二人の前に姿を現す道を選択した。





「お迎えにあがりまシタ」
 あくまで友好的にそう声をかけるデリクに、しかし、二人は露骨に警戒した態度を見せる。
「なんだ、あんたは?」
 霊鬼兵の少女をかばうように、青年が一歩前に進み出る。
「私はデリク・オーロフ。彼女の噂を聞いて参りまシタ」
「で、どこの手の者だ? いずれにせよ彼女は渡せない」
 まあ、二人の様子を見た時からこの対応はある程度予期していたが、このままでは埒があかない。
「そう警戒しないで下サイ。我々は彼女を助けに来たのデスから」
「そんな話を『はいそうですか』と信用するとでも思ったのか?」
 そんな会話を続けていると、デリクに続いて姿を現したフィアーが苛立たしげな様子を見せる。
「この野郎……人が下手に出ていれば」
「よしなサイ。彼女を傷つけるようなことになっては本末転倒デス」
「……ちっ」
 再びフィアーを制すると、デリクは少し困ったような表情を作ってこう尋ねた。
「我々は彼女を安全な場所まで逃がしてあげたいと思っているだけデスが……どうすれば信用してもらえマスか?」
 その一言は、かたくなになっていた青年の心を動かすには至らなかったが、彼の後ろで怯えたようにこちらを見つめていた霊鬼兵の少女には、それなりの効果があったらしい。
「……キバ……?」
 青年を宥めるように、少女が彼の名を呼ぶ。
 その様子に、キバと呼ばれた青年は少し驚いたような顔をしていたが、やがて一度小さくため息をついた。
「わかった、話を聞こう……と思ったが、どうもそれどころじゃなさそうだな」

 そう。
 彼らがそんな話をしている間に、近くにまた別の気配が生まれていた。
 デリクたちが知らない相手ということは、恐らく「Judgement」か「Void」のどちらか。
 そして、そのどちらであれ、目標は霊鬼兵の破壊と見てほぼ間違いない。

「……そのようデスね」
 これはピンチでもあるが、逆に考えれば彼らの――というより、霊鬼兵の信頼を勝ち得る最大のチャンスでもある。
 あくまでやむをえずを装って戦闘態勢を取るデリクの横で、フィアーが嬉しそうな声を上げた。
「へっ、ようやくお出ましか……どこの連中か知らないが、さっさと片づけようじゃねえか」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「どうやら、先客がいるみたいね」

 火宮翔子(ひのみや・しょうこ)と「ヤシキ」が目標を発見した時には、目標の周囲に三つの人影があった。

 一人はすらりと背の高い金髪の男。
 一人はそれよりもさらに背の高い、深紅の甲冑を纏った何者か。
 そして最後の一人は、短い黒髪の青年だった。

 その黒髪の青年が、ヤシキを見てこう呟く。
「……『ヤシキ』……ということは、『Judgement』か」
 それを聞いて、ヤシキは意外そうな顔をした。
「『キバ』? 『Peacemaker』が動いているという話は、聞いていないが……」

 どうやら、この二人には面識があるらしい。
「知り合いなの?」
 翔子が尋ねてみると、ヤシキはこともなげにこう答えた。
「ああ、IO2時代の部下だ」

「例えあんたが相手でも、彼女は渡せない。俺が守ると誓ったんだ」
 真っ直ぐな瞳で、翔子を、そしてヤシキを見据えるキバ。
 その強く素直な想いが、翔子には眩しく見える。
 しかし、ヤシキの目には、それはただの若さと映ったようだった。
「相変わらず短絡的な行動だ。彼女の全てに責任を持てるとでもいうのか」
 冷静にそう指摘されて、キバは一度唇を噛む。

 と、そこで金髪の青年――デリクが口を開いた。
「……キバさん、というのデスね。
 見たところ、彼らは話し合いでどうにかなる相手ではなさそうデスが……」
「だろうな。あのカタブツが目こぼししてくれるとも思えない」
 その会話に、今度は甲冑――フィアーが加わる。
「なら、戦ってどうにかするしかない。俺たちは貴様の側につく」
「それはありがたい。感謝するぜ」

 どうやら、彼らとの戦いは避けられないらしい。
「かくなる上はぜひもなし、か。
 残りの二人は不明だが、キバのヤツは風の技を使う。警戒を怠るな」
 ヤシキの言葉に、翔子は一度小さく頷いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(……ちっ)
 フィアーは不満だった。

 せっかく自らの能力を試す機会を得たというのに、デリクからの指示は「戦いを五分の状態で可能な限り引き延ばせ」だったのである。

 幸い、敵の二人はどちらも炎の術者であり、フィアーがそれによってダメージを受ける心配はない。
 そしておそらく、フィアーが本気で戦えば、二人を倒すことも、恐らくそう難しくはないだろう。

 けれども、それではダメだ、というのである。

 フィアーとキバが、二人の襲撃者と五分で戦う。
 その隙に、デリクが霊鬼兵をなだめすかして「New Order」の研究所まで連れて行く。
 それが、デリクの考えた作戦であった。

 確かに、霊鬼兵の味方を装いつつ、うまくキバをまくにはこの方法しかない。
 その理屈はわかる。作戦遂行という点でいえば、彼の作戦が最善に近いであろうこともわかる。
 だが、だからこそフィアーは不満だった。

(俺が求めているのは、こんな茶番じゃねえ!)

 翔子の鎧の隙間を狙ったと思われるナイフでの攻撃を盾で弾き返し、キバを狙ったヤシキの攻撃を自らを盾にして防ぎ止める。

「おらっ!」
 そのキバの攻撃方法は、高速で敵へと向かう切れ味鋭い風の刃。
 とはいえ、発動に腕の動きが伴う上、動きが直線的なため、落ち着いて見られればタイミングも軌道もバレバレで、とても当たるものではない。

(ええい、まどろっこしい!)

 フィアーにとっての唯一の救いは、「デリクと霊鬼兵が無事にこの場を離脱したら、そこからは全力で戦っていい」という言質。
 その時が来るのを待ちながら、フィアーは申し訳程度の反撃をして敵を下がらせた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(ふむ、フィアーはうまくやってくれているようデスね)

 戦いの様子を見ながら、デリクは内心でほくそ笑んだ。
 ここまでですでに相当苛立っていたフィアーが、はたして作戦通りに動いてくれるか否か。
 それが最大の懸念だったのだが、その心配もどうやら杞憂に終わったようだ。

 となれば、後はどうにかして霊鬼兵をここから連れ出すのみ。
「さあ、ここはあの二人に任せて、早く避難しまショウ」
 しかし、デリクのその言葉に、霊鬼兵の少女は小さく首を横に振った。
「……ダメ……キバをおいては行けない……」
「心配いりまセン。あの二人なら大丈夫デスよ」
「……でも……」
「キバさんの力と、フィアーの力を信じて下サイ。
 彼は多少乱暴なところもありマスが、戦うことに関しては超一流デスから」
「…………」
 少女の拒絶の言葉が、だんだんとトーンダウンしていく。

 もう一押し。
 そう思った時、不意に、デリクの背後から声が聞こえてきた。

「何処へ行くのですか?」

 声の主は、中学生か高校生くらいの黒髪の美少女。
 けれども、彼女が見た目通りの存在ではないことは、デリクにはすぐにわかった。

 その小さく華奢な身体から放たれる、圧倒的なまでの威圧感。
 彼女の素性まではわからないが、とにかく戦っていい相手でないことだけは確かである。

 かくなる上は、三十六計、逃げるに如かず。

 そう考えて、デリクはすかさず自分の横に次元の断裂を作り、異空間へと撤退しようとした。

 が。
「……逃げられるとお思いですか?」
 デリクが作ろうとした異空間への門は、同等、ないしはそれをはるかに上回る別の能力によって、彼の目指す異空間とは全く違った「闇」へと通じる門に「上書き」されてしまった。
 そのことに気づかず、うかつに飛び込んでいれば、デリクは霊鬼兵もろとも彼女の「闇」に囚われていたことだろう。

「心配しなくても、私が用があるのはそちらの霊鬼兵だけです」
 その少女の言葉は、意訳すれば――「邪魔をするな、さもなければ消す」。

 デリクにできることは、もはや白旗を揚げること以外にありはしなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 デリクが大人しくなったのを確認して、黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)は霊鬼兵の方に向き直った。

「それで、あなたはどうして脱走したりしたのですか?」
 魅月姫のその問いかけに、霊鬼兵はおそるおそるといった様子でこう答える。
「外の世界……見てみたかった、から……。
 ……普通に……暮らしたかった、から……」

 なるほど、まあここまでは予想通りだ。
 その返答に満足しつつ、魅月姫は次の質問をする。

「では、あなたに複数の組織から破壊依頼が出ていることはご存じですか?
 このままいれば、あなたは常に追っ手に狙われ……恐らく、そう遠くないうちに破壊されるでしょう」
「……キバが言ってた……私を狙ってる人がいるって……。
 でも……キバは、私を守ってくれるって……そう言った……」

 そう言いながら、彼女はちらりちらりと視線を森の方へと走らせる。
 どうやら、あの森の中で戦っている青年がその「キバ」らしい。
 どうして彼女がそこまで彼に懐いているのかはわからないが、とにかく彼女はあの青年のことを誰よりも信頼しているらしい。

 ――が、そんなことは、まあどうでもいいことだ。

「私はあなたが気に入りました。私の使い魔になりませんか?」

 この誘いに応じればよし。
 応じないなら――ひとまず闇の中に沈めておき、「Void」には「約束通り破壊した」と報告しておけば、後は時間をかけて彼女をしつけていけばいい。

 チェック・メイト――の、はずだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 皮肉にも、デリクにとって全く予想外であったはずの魅月姫の乱入が、杞憂に終わるはずだったデリクの心配を現実のものとした。

 一向に撤退する様子を見せないデリクに業を煮やしたフィアーが、こちらの異変を察知して戦線を離脱し、デリクたちの方に突っ込んできたのである。

「デリク! 一体これはどういうことだ!?」
「フィアー!?」

 その動きを、撤退しようとしているものと解釈してか、翔子が大急ぎで後を追ってくる。

 ところが、ヤシキはそれに続かず、キバとの決着をつける道を選んだ。

 キバの風の刃が、ヤシキの腕をかすめる。
 しかし、ヤシキは怯むことなくキバの懐に飛び込んで――。

「……終わりだ!」





 腹部に風穴を開けられ、全身を炎に包まれたキバが、こちらに向かって吹き飛ばされてくる。

 どう見ても――即死だ。

「……嘘……キバ……?」
 愕然とした様子で、霊鬼兵が彼の方へと駆け寄っていく。
「嘘……嘘だよね?」
 もう動かない彼の横に跪き、炎に包まれたままのその手を握る。

 木々がざわめく。
 何かが起ころうとしている。

「……これは……?」
 あの魅月姫の顔にすら、微かな驚きの色が浮かぶ。





 そして。





「嘘だ……うそだ……うそだうそだうそだうそだウソダウソダウソダウソダァぁァっ!!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「伏せろ!」

 そう叫んだのは、一体誰だったのか。
 それはわからないが――その声が一瞬でも遅れていたら、翔子は、そして恐らくその場にいたものの多くは命を落としていたことだろう。

 辺りの木々が、一瞬にして寸断されて、バラバラに崩れ落ちる。

 切り裂いたのは――無数の怨念の刃。
 その破壊と殺戮の風を巻き起こしたのは――あの霊鬼兵の少女だった。

「ゆルさなイ……みンなゆるサない……」

 その顔にはすでに表情はなく、その瞳は闇よりもなお暗く深く濁り。
 無数の怨霊と怨念が、その身を取り巻いていた。

「面白い……これでこそ来た甲斐があるってモンだ!」
 全力での戦いに飢えていたフィアーが、起きあがりざまにそう叫んで突撃する。

 が。
 剣の間合いに入るどころか、ほんの五、六歩で、彼の突撃は失敗に終わった。
 一人でいきなり飛び出したせいで、全方向からの集中攻撃を受けたのである。

「っきしょう……ば……化け物め……!」
 一瞬でボロボロにされた身体のあちこちから、黒い煙、もしくは霧のようなものが微かに立ち上っている。

 想像を遙かに超えた強さに、その場にいた誰もが息を呑む。

 怒り、恨み、悲しみ、そして絶望。
 暴走した負の感情が、彼女の内蔵する怨霊機によって生み出された無数の怨霊たちと共鳴し、付近の一帯を瘴気で包んでいく。

 そして……その強すぎる力に耐えられず、焼けただれた両の腕がゆっくりと崩れ落ちていく。

「こうなってはもう止めようがありません。恐らく、近いうちに彼女の肉体は崩壊するでしょう」
 魅月姫が呟く。
 確かに、彼女の肉体は、そう長い間は保ちそうにない。
 けれども、それが崩壊したとしても、無数の怨霊を巻き込み、巨大な負の感情の塊となった彼女の「亡霊」は残るだろう。
 万一、それが山を下りて市街地へ向かうようなことがあれば――大惨事になる。





「止めようがあろうと、なかろうと――ここで止めるしかないわね」
 意を決して、翔子はそう言い切った。

「同感だ。命に替えてもこいつはここで食い止める」
「そうですね……一度関わりを持ってしまった以上、後始末はしなければなりませんね」
 ヤシキが、そして魅月姫がそれに続く。

「俺だって……このままやられっぱなしで終わってたまるか」
 まだ微かにふらつきながら、フィアーがその場に立ち上がる。

「全く、揃いも揃って無謀なことデスね。
 それでは、私はお先に失礼……というわけには、いかないでショウね」
 苦笑いを浮かべながら、デリクも改めて戦闘態勢を取った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……行きます」
 どこからか取りだした杖――「真紅の闇(ナイト・オブ・クリムゾン)」を構え、魅月姫が霊鬼兵の少女――いや、かつて霊鬼兵だったモノと対峙する。

「みンな……みんナきラいだ……!!」
 襲い来る無数の刃を、魅月姫は闇の結界でことごとく受け止める。
 それでも、その攻撃は止むどころか、激しさを増すばかりで。
 解放されている力の全てを防御に回してなお、それを完全に防ぎ止めることは容易ではない。





 一方その頃。

 翔子、デリク、フィアー、そしてヤシキの四人は、デリクの作り出した異空間にいた。

 魅月姫が敵の気を惹いている間に、デリクが異空間へのゲートを作って味方の移動を支援し、残りの三人が敵の真後ろから最大の攻撃を叩き込む。

 現時点で考えられる、もっとも成功率の高い方法である。

「相手の攻撃はオールレンジ。後方だから安全ということは多分ないでショウ」 
 作戦決行前に、デリクがもう一度確認する。
「門を長く開けていレバ、それだけ狙われる危険も増えマス。
 それを防ぐためにモ、カウント・ゼロで門を開いた瞬間に仕掛けて下サイ」
 その言葉に、一同は一度だけ頷き――そして、カウントダウンが始まった。





「5」

 翔子が周辺にありったけの符を展開する。

「4」

 ヤシキが両の目を閉じ、精神をとぎすます。

「3」

 いつでも飛び出せるように、フィアーが入り口付近で身構える。

「2」

 門を開いた瞬間に狙われぬよう、デリクが小さな門を開いて表の様子を確認する。

「1」

 門の外では、魅月姫が霊鬼兵の攻撃と注意を惹きつけている。
 特にダメージを受けている様子はないが、少なくともこれまでのような余裕の色は見えない。





 そして。





「0!」

 その合図と同時に、まずは翔子が動く。
 無数の符から放たれる炎は、いずれも霊体にも攻撃できる特殊な炎となっている。

 そこへ、さらにヤシキが炎を重ねる。
 フェニックスのジーンキャリアである彼の炎はいわば神聖な炎。
 二つの炎が混ざり合ってさらにその勢いを増し、霊鬼兵に背後から直撃する。

 そして、彼女がバランスを崩した隙に、フィアーがその炎の横を駆ける。
 彼の炎は二人のように特殊な力は持たないが、火力だけなら二人を大きく凌駕する。
 その圧倒的な火力の炎を凝縮したサーベルに、フィアーは翔子とヤシキの炎の力を上乗せし、霊鬼兵が体勢を立て直すより一瞬早く、思い切り振り抜いた。

「くたばりやがれっ!」

 斬撃の軌道上にいた怨霊をなぎ払いつつ、両腕を失った霊鬼兵の細い胴を両断する。
 次の瞬間、霊鬼兵は内蔵されていた怨霊機もろとも、一瞬で消し炭と化した。





 しかし。

「来るぞ!」

 そのヤシキの叫び声とほとんど同時に、再び刃の嵐が吹き荒れる。
 威力は確実に落ちていたが、それは、未だ「彼女」が消えていない事を意味していた。

 おそらく、彼女の一部は、周囲の怨霊と共鳴して、すでに彼女の肉体を離れていたのだろう。
 弱体化したとはいえ、実体もなく、視覚で捉えることも困難な相手は、ある意味ではかえって危険である。

「上か!?」
 今度はどうにか防ぎきり、気配のした方――頭上へと顔を向けるフィアー。
 その上空には、霊鬼兵本体と比べれば幾分落ちるとはいえ、決して侮れない規模の邪気の塊が浮かんでいる。
「厄介な事になったわね」
 今の彼女はすでに五感を用いておらず、先ほどのような形で不意をつくのは難しい。
 こちらも全員一連の戦闘で消耗しているが、かくなる上は真っ向から戦うより他ないか。

 そう、一同が覚悟を決め始めた時だった。





 小さな身体が、ふわりと空を駆けた。

 魅月姫である。

 敵の弱体化により、守りに専念している必要がなくなった彼女が、このタイミングでしかけたのだ。

 敵の攻撃を結界で防ぎ止めつつ、まるで重さなどないかのように手にした巨大な剣を軽々と振るう。
 その一振りごとに、確実に邪気は薄れていき――やがて、完全に消滅した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……終わった、みたいね」
「それ」の気配が完全に消えたのを確認して、翔子が一度大きく息を吐く。

 この場にいる者は、もともとは敵同士。
 共通の敵が消えた今、再び争いあう事になってもおかしくはない。

 けれども、少なくともデリクたちにそうするつもりはないようだった。

「そのようデスね。では、私たちはそろそろ退かせてもらうとしまショウ」
 デリクがそう言うと、おとなしくフィアーもそれに続く。
「仕事は終わった、もはや戦う理由はない、ということか」
 ヤシキがそう問いかけると、デリクは軽く笑って一度首を縦に振った。
「では、いずれまた会う事もあるでショウ」
 そう言い残して異空間へと去っていく二人に、翔子は一言こう答えた。
「そうならない事を願ってるわ」





「さて、では我々も引き上げるか。少なくとも当初の任務は達成された」
 異空間の門が閉じるのを見届けて、ヤシキがそう呟く。
「……あの子は?」
 翔子はふと気になって辺りを見回してみたが、いつの間にか魅月姫の姿は忽然と消えていた。
「立ち去ったようだ。彼女もこれ以上の長居は無用と踏んだのだろう」

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From: 「レヴ」
Subject: ご苦労だった

 あの霊鬼兵にあそこまでの力が備わっているとは、さすがにこちらも想定外だった。

 ともあれ、そちらが持ち帰ってくれた戦闘データ、及び霊鬼兵の腕の断片は貴重な資料として使わせてもらう。

 今回はご苦労だった。

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結果:戦闘データ、及びやや損傷した断片の入手に成功(部分成功)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3432 /  デリク・オーロフ   / 男性 /  31 / 魔術師
 6377 / フィアー・ボルカニクス / 男性 /  25 / 実体化データ
 3974 /    火宮・翔子    / 女性 /  23 / ハンター
 4682 /    黒榊・魅月姫   / 女性 / 999 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で十二のパートで構成されております。
 そのうち、いくつかのパートにつきましては、勢力ごとに違ったものになっておりますので、もしよろしければ他の方に納品されているノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(デリク・オーロフ様)
 はじめまして、撓場秀武です。
 今回はご参加ありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。 
 デリクさんには、「New Order」側の作戦担当のような感じで動いてみていただきましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 なお、最終パートで語られている「腕の断片」については、最後の怨念との戦闘中にこっそりと拾ってきたということで(なんとなく、抜け目がなさそうな感じでしたので……)。
 ともあれ、もし何かございましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。