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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


夏の終わり

『子供の頃、私はその場所で一人の男の子と出会いました。
 私には生まれつきの持病があって‥‥その療養のため、夏休みだけの滞在でした。
 積極性に乏しかった私は、同年代の子供達と遊ぶ事もできず、毎日、独りでした。
 そんな私を連れ出して、楽しい時間を過ごさせてくれた男の子‥‥

 滞在期間が終了し、自宅へ帰る時、私は彼と約束したんです。
 10年後に、また、ここで会おう――と。

 もし、あの男の子が約束を忘れていたとしてもかまわない。
 あの時言えなかった「ありがとう」を、私の代わりに、あの男の子に伝えてほしいんです。
 お願いします。




 その男の子は、全身が透けていました。
 半透明だったんです。』


 ◆

「この空気‥‥はじめての土地だけれど、懐かしく感じるな」
 深呼吸をした後、烏丸織は何とはなしに頬をほころばせた。
 背後にある駅は木造、しかも無人。乗ってきた電車も二両しかなく、車窓から見えた景色は山とトンネル内部の繰り返し。一度だけ鉄橋を渡ったが、その時眼下に広がった幅広の渓谷、あれは素晴らしかった。
「いい図案でも浮かんだか」
 小さい花壇からの熱烈な歓迎に耳を傾けていると、声がかかった。かけてきたのは誰か。見渡すまでもない、ここまで連れ立ってやってきた榊紗耶だ。
「そういうわけでは‥‥」
「覚え書きをしておく時間ならたっぷりあるぞ。弓弦達は次の電車になるそうだから」
 田舎中の田舎だけあって、電車の本数はお世辞にも多いとはいえない。彼らが乗る時もしばらく待たされた。
 それなのに、次の便に乗ってやってくる者達の到着をも待たなくてはならない。なんだか今日は待たされる日だ。
「‥‥いえ、ただ無為に待つというのもよいものです」
 待合室などという高尚なものはない。辛うじて置かれている、背もたれすらない木のベンチに腰を下ろす。すると花壇と向かい合う形になり、また嬉しそうな声が聞こえてくるような気がした。
 ――懐かしく感じるのも道理。幼い頃の織は体が弱かった。あの書き込みの少女のように、空気の澄んだ田舎で過ごす事が多かった。だから彼女の気持ちがわかる。外に連れ出してくれた手の温もり。木々の煌きや空の色が移り変わる様。それらを共に眺めてくれる人、感動を分かち合える人が居た事。すべてが、かけがえのない大切な思い出になった事だろう、と。
 彼女の願いを叶えて差し上げたい‥‥彼自身がそう願ったがゆえに、織はここにいる。

 ◆

 現地で集合して、最初にとった行動は海原みあおの調べてきた番号へ片っ端から電話をかけ、探りを入れる事だった。10年前の出生の記録を調べる為だというが、特に有力な報は出てこなかった。
 その次にしたのは、高遠弓弦がメモしていた住所へ、皆で行ってみる事だった。
「すみませーん」
 玄関の扉は開けっ放しだったので、とりあえず誰かいないかと呼んでみた。しかし返事はなく、試しにもう一度、今度はもっと大きな声で呼んでみれば、奥から腰の曲がった老婆が現れた。
「おやまあ‥‥珍しいねえ、こんな若いお客さんは」
 にこにこして、見るからに人のよさそうな老婆だった。皆が東京から来たと知り、わざわざ冷たいお茶を出してくれた。
「お婆さんはここで一人で暮らしてるの?」
「子供達は都会に行ってしまったからねえ。夫も数年前に死んでしもうたし」
 なかなか話を切り出すタイミングがつかめないうちに、ジェイド・グリーンが動き出した。少々不躾な質問かもしれないと織は思ったのだが、老婆は特に気にしていない様子で、ジェイドの質問に答えてくれた。
「昔、女の子が夏休みだけ病気療養に来てたりとか、しないかな。10年くらい前に」
「ああ、覚えておるよ」
 その記憶は老婆の中にも色濃く残っているのか、すぐに二、三度頷いて、語ってくれた。
「孫ではないが、確かに親戚の子が体を休めに来ておった。よく咳き込む子でねぇ‥‥村の子供達とは一緒に遊べんで、いっつも縁側で‥‥ほれ、そこの辺りで、膝を抱えておったよ」
 当時、父親に手を引かれてやってきた少女は10歳だったそうだ。「だから『10年後』なのか」と紗耶が呟いた。当時10歳だったなら、その10年後は20歳。成人だ。つまり少女は半透明の男の子に対し、大人になったらまた会おう、と約束したのだ。
 開け放たれた縁側から外を眺める。この家は地理的に少々高い位置にあるようだ。畑の間のあぜ道を数人の子供が走っていく姿が見えた。書き込みの彼女も、こうしてずっと他の子が楽しそうに遊ぶ様子を瞳に映していたのだろう‥‥半透明の男の子が現れるまでは。
「その子、途中からどこかへ出かけるようにならなかった?」
 茶菓子の袋を開けながらみあおが尋ねる。
「そういえば、服の袖や裾が塗れていたっけねぇ。靴の裏にも泥が張り付いていたし‥‥水辺に行ってたんじゃなかろうか」
「‥‥もうひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
 水辺。ピンと来て、織は綺麗な所作で湯呑みを置いた。
「その辺りで昔、男の子が亡くなられた事はありませんか」

「大丈夫かい、弓弦ちゃん。きついなら背負ってくけど」
「これくらいなら平気です」
 彼らが列を成して向かう先は、山の中腹ほどにあるという滝。
 老婆の話では、そこで行方不明になった男の子がいたらしい。彼女の幼き日、よく遊んでいた友人だったから大層衝撃を受けた、と。
 子供でも進んでいける道はさして急ではないが、きちんと道として整備されているわけでもないので、枝葉や石ころに足をとられないよう、気をつけなくてはならなかった。
 木々の作る日陰が夏の終わりの暑さをやわらげてくれている。度々漏れ入る日差しは、むしろ心地よく感じられるほどだった。
 やがて、激しい音が聞こえてくる。高所から水が落ちる音だ。目的地がすぐそこにあるとわかれば自然と足も軽やかになり、彼らは走るようにしてたどり着いた。
「うっわぁ〜‥‥」
 目を輝かせて滝を見上げるみあお。周囲の木々の緑の中で、飛沫をあげて流れ落ちる滝の白さが、やけに際立って見える。
「これは」
 小さな石碑に気づいたのは弓弦だった。古い石碑だ。刻まれた文字は磨り減っている上に古い字体と文体で、読み取る事は困難なように思われた。
「多分、行方不明になったっていう男の子の慰霊碑だ」
 弓弦の横から覗き込んで、ジェイドが言った。
「10年後の約束をした相手も、この男の子なのでしょう。どうにかして姿を現してくれるといいのですが‥‥」
 織はうーんと唸っていたが、紗耶はあらぬ方を見ていた。
 こちらを観察している、半透明の男の子の方を。

『なんだぁ、アイツ、来られないのか。これでも楽しみにしてたんだぜ?』
 唇を尖らせた少年は、浮遊霊に近い地縛霊なのだという。村の中なら結構自由に動けるそうだ。それでも大抵の村人は忙しくて気づかないのだが、あの時あの少女は、何もする事がなかったから自分に気づいたのだろう、というのが彼の見解だった。
「彼女は今、入院されているのです。それで私達が代わりに」
『一度咳するとなかなか止まらなかったからな。病気だってのはわかってたさ。それよりも俺は、アイツが俺の事を覚えててくれたことが嬉しいね』
 寂しげな笑顔は、彼の孤独を表していた。おそらく10年前と同じであろう少年の姿に、成長していないのだな、と紗耶は思った。
 その視線を受けて、少年にはわかったのだろう。滝壺を示した。『俺の本体はここ』
「ともかく、覚えていてくれてよかった。これでお礼の言葉を伝えられるな」
『お礼?』
「彼女は、あなたにありがとうと言いたかったんです。楽しい時を過ごさせてくれたあなたに、とても感謝しているんです」
『お礼なんて言われる筋合ねぇよ。俺だって最初は暇つぶしだったんだし』
 照れてる照れてる、とジェイドとみあおでくすくす笑う。
『‥‥むしろ俺の方が言いたいくらいさ』
 停滞していた「時」を、短い間ながら動かしてくれた事に。彼も彼女に感謝しているのだ。
「伝言があるならばお預かりします」
「いっそ、直接会っちゃえばいいんだよ」
 弓弦がメモ帳を開いたが、みあおは大胆な意見を提示した。
「じょぶじょぶ、霊羽を媒介にすれば連れて行けるって」
 曇りのない笑顔に、地縛霊のはずの少年も、ここから離れられるような気がしてきた。そしてそれは他の皆も同じ事。手術の前には間に合わないかもしれないが、せめてその後にでも。お見舞いを兼ねて。
「そうと決まれば、お二人の遊んでいた場所を案内していただけますか。守り袋と栞を贈ろうと思うのですが、その為の草花も見繕いたいですし」
 てきぱきと採集の準備をする織。元からそのつもりだったようだ。カメラまで出して、風景をも持って帰ろうとしている。折角だから思いきり遊ぼうとしているのは弓弦とジェイド。
「よかったな、遊んでくれるそうだ」
 紗耶が少年にこう言うよりも早く、少年は今にも泣きそうなほどくしゃくしゃになっていた。

 夏が終わるまで、あともう少し――





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・0322 / 高遠・弓弦 / 女性 / 17歳 / 高校生
・1415 / 海原・みあお / 女性 / 13歳 / 小学生
・5324 / ジェイド・グリーン / 男性 / 21歳 / フリーター…っぽい
・6390 / 烏丸・織 / 男性 / 23歳 / 染織師
・1711 / 榊・紗耶 / 女性 / 16歳 / 夢見

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■         ライター通信          ■
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発注いただきありがとうございました。言の羽です。

もう見るからに素敵なお兄さんで、恥ずかしながら目の保養をさせていただきました!
ご指定のノベルも参照しまして、その方面の知識に詳しくない事がとても残念なくらいでした。