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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夢のある場所



☆★☆


 窓から差し込んでくる日差しが日増しに穏やかになってきている、そんなある日の事。
 アンティークショップ・レンの店内には2人の人影があった。
 ゆるゆると紫煙を燻らせる碧摩 蓮は、目の前で大演説を繰り広げる男に迷惑そうな視線を向けていた。
 と言うのも、彼の主張していることは突っぱねた言い方をしてしまえばただの被害妄想でしかない。
 彼、大崎 武(おおさき・たけし)は先日レンである買い物をした。
 アンティークの壁掛け時計で、3時間毎に鐘の音と共に時計の下部分が開き、真っ白なドレスを着た女性が動物達に囲まれながら音楽に合わせて楽しそうに踊るのだ。
 武は一目でその時計を気に入り、衝動買いに近い形で買って行ったのだが・・・
「あの時計が来てからと言うもの、経営は上手く行かないし女の子は止めてっちゃうし・・・。この間なんて、お客さんがいるテーブルの上に照明が落ちて来て怪我をさせてしまったり・・・」
 延々と続く武の愚痴ともクレームともつかぬ言葉に、蓮は思わず溜息をついた。
「って、言われてもねぇ」
 別にあの時計には何もなかったはずだ。
 受け取った経緯にはそれなりに話がある。
 時計職人の男が、結婚間近の娘に贈るために作った時計だったのだが・・・結婚式場へと向かっていた車が事故に巻き込まれ、娘は儚く命を散らしてしまったのだ。
 蓮は最初受け取った時、なにかあるのではないかと思っていたのだが・・・時計はいたって大人しかった。定時にはカラクリが動き、娘が動物達と楽しそうに踊る、それだけだった。
「あの時計をお返ししようと思って外そうとしたら、外れないんです!!まるで壁にくっついてしまったみたいに」
「・・・それはおかしいねぇ」
 蓮は武の言葉に眉を顰めた。
 壁掛け時計は恐らく、柱に打たれた杭か何かに引っ掛けてあるのだろう。時計の後ろにはきちんと引っ掛けられるようになっていたはずだ。武がわざわざソレを無視して壁に固定するはずはない。
 ・・・結婚前に亡くなったんだ。それなりに未練があるんだろうねぇ・・・
「とにかく、どーにかして下さい!ぼ・・・僕には娘と妻がいるんです!このままじゃ・・・」
「・・・奥さんと娘さんがいるんなら尚の事、あのファミレスはやめた方が良いんじゃないかねぇ」
 レンの店からそれほど離れていない場所にある、彼の経営する“ファミリーレストラン・ドリーム”は、他のファミレスとは一味も二味も違っている。
 勿論、料理自体は他のファミレスとそれほど違ったものは出ないのだが・・・
「まぁ、ちょっと気になることもあるしねぇ、手伝ってあげなくもないけれど」
「本当ですか!?それでは、フロアの子とキッチンの子を誰か・・・」
「・・・でもねぇ、知り合いで“メイド”や“執事”をやってくれる人がいるかどうか・・・」
 そう。彼の経営する“ファミレス・ドリーム”はメイドさんや執事さんがお料理を運んで来てくれると言うおまけつきなのだ。・・・ちなみに、キッチンまでメイドさんや執事さんと言うようなことはないが・・・。
 キッチンはなんとか都合がつきそうな人がいるが、フロアは・・・
 考え込もうとした蓮の耳に、扉が開く音がか細く響いた。薄暗かった店内に一筋の光が差し、その中から見慣れた金色の髪をした男の子が顔を覗かせる。
「・・・京谷か・・・」
 ニヤリと笑った蓮の顔に、京谷 律が思わず後退るが・・・全ては後の祭りでしかない。
 タイミングの悪い律は、またしても蓮によって悲しい格好にさせられてしまうのだった・・・


★☆★


 黒いスカートが揺れる。
「いらっしゃいませお客様」
 蕩けるような愛らしい笑顔とともに現れた美少女に、客が思わず顔を緩ませる。
 ふわふわとした金色の髪を背に垂らした美少女の案内に従ってソファーに腰をかけ、出されたメニューを見詰める。
「・・・律君には悪いかなって思うけど・・・でも、正直スカートじゃなくて良かったよ・・・」
 痛ましい律の接客姿を見つめながら、菊坂 静が切ない笑顔を浮かべる。
 整った外見のために蓮にメイド服を勧められたのは言うまでもないが、断固拒否の構えでなんとか執事服に袖を通すことが出来たのは、ひとえに律と樋口 真帆のおかげだろう。
 2人もメイドさんがいれば十分だと言う事で、彼とシュライン エマはシックな執事服でピシっとキメている。
「静君ならメイド服も似合いそうだけれど・・・」
 モノクルを片目にはめたシュラインがそう言って、サラシを巻いてペタンコになった胸に手を当てる。
「シュラインさん、冗談キツイですよ」
 静が苦笑しながらそう言って、冗談で言ったわけではないのだけれどと呟くシュラインの言葉は聞こえていないフリをする。
 歳を誤魔化すために着用した度ナシの眼鏡を中指で押し上げ、位置を整える。
「いらっしゃいませお客様」
 新しくお客が扉を開き、フロアで忙しく動き回っている真帆と律に視線を向け、シュラインが歩み出る。
 真帆と蓮を相手に色々と声の高さを研究したため、女性が聞いて思わずうっとりとしてしまうようなよく響く低音のテノールでシュラインが声をかける。
 嬉々として男性声を研究していたシュラインは、なかなか楽しげだった。
 長い髪を1つに緩く結んで背に垂らした姿は、かなりの美青年に見えた。
「それにしても、まだ何もありませんね」
 フロアから帰って来た真帆がそう呟いて、店内の高い位置にかかっている時計を見上げる。
 アンティーク調の時計は可愛らしく、確実に刻んでいく時間はそろそろ12時を指し示そうとしていた。
 律よりも少し短くしたスカートの裾には可愛らしいフリルが施されており、黒のオーバーニーソックスにも真っ白で繊細なフリルが揺れている。
 可愛らしい格好をした真帆が、頭の高い位置で結んだツーテールを揺らしながら、首を傾げる。
「もしかして、何もないんでしょうか?」
「・・・それはないと思うけれど・・・」
 やや間を取ってから言葉を返した静だったが、店内では目立ったことはまだ起きていなかった。
「何が怪異が起こる原因なのかを探った方が良いかもね」
 フロアから戻ってきたシュラインがそう言って、店内を見渡す。
 律1人が動き回っている店内は、お昼近くだと言うのに空いていた。
「大崎さん・・・っと、店長、ね。店長に詳しくお話を伺いたいんだけれど」
「店長でしたらキッチンで奏都さんと何か打ち合わせをしていましたよ」
 真帆がそう言って、キッチンの方へと視線を向けた。
 蓮がキッチンにと指名したのは、沖坂 奏都だった。
 夢幻館での炊事を引き受けている彼は、和・洋・中、なんでも作れた。
「呼んで来ますね」
 真帆がそう言って、パタパタとキッチンに走って行く。
「・・・それにしても、何が原因なのかしら」
 事前に大崎から提示されていた“厄介事一覧”の紙をポケットから取り出し広げてみる。
 “時計”“墓地”“客”
「今の時点ではなんとも言えないですけれど、怪異が起こっている以上はお客さんの線は薄いですよね?」
「そうね。照明が落ちてきたにしても、事前に細工をしなければいけないわけだし・・・」
 そんな手の込んだ細工をするだろうか?もし、そうだとしたならばどんな理由があっての事なのだろうか?
「・・・まぁ、店員さんが辞めて行ってしまう理由はなんとなく分かる気がするのだけれど」
 シュラインの言葉に、静がはっと顔を上げる。
 ・・・律がお客に絡まれている・・・!
「ちょ・・・ちょっと、僕行ってきます!」
 今にも泣きそうになっている律に向かって歩き出す静の背後から、颯爽とした足取りで誰かが追い抜いていった。
 律の腕を取っている男性に真っ直ぐな瞳を向け、にっこりと微笑むと毅然とした態度で口を開く。
「お客様、メイドにはお手を触れぬようにお願いいたします」
「あ!?こっちは客だぞ!?メイドに触れようと・・・」
 すごんだ男性にひるむ様子も無く、真帆はポケットにさっと手を突っ込むとその中から小さな小ビンを取り出した。陶器で出来た真っ白なビンには銀色の小さなスプーンが入っており、真帆が蓋を開ければそこからはふわんと良い香りが広がった。
 これは・・・紅茶だ・・・
 スプーンひと匙の茶色い液体を男性に振りかければ、雫が弾け消える。
 まるで夢のようなその光景の後に残ったのは、甘い紅茶の香りだけで・・・
「瞬きの間、刹那の夢を・・・」
 真帆の呟くような細い声が響く。
 その途端に男性の顔から凄みが消え、トロンとした瞳で大人しく席に着く。
「ごゆっくりお寛ぎ下さい」
 ペコリと頭を下げると、呆けた顔をしている律の腕を取って引き返す。
「凄いわね」
 シュラインがそう言って、真帆の頭を撫ぜ・・・
「あれは?」
「魔法です。香りを媒介に精神に影響を与える・・・少し、大人しくしていただきました」
 真帆がにっこりと微笑んだ時、壁に掛かっていた時計が丁度12時を指し示した。
 時計の下部分がゆっくりと開き、真っ白なドレスを着た女性と動物達が下りて来る。
 明るい旋律は、この時計が辿った哀しい過去を知らなければとても心躍るようなもので・・・
「切ない旋律ですね」
 静の言葉に、誰もが口を閉ざす。
 本当に嬉しそうな女性の顔は美しく、祝福している動物達も・・・本当に、楽しそうで・・・。
「そう言えば真帆ちゃん、大崎さんは?」
「店長なら連れて・・・あれ?」
 真帆が首を傾げれば、大崎が隅っこで震えているのが見える。
「大崎さん?」
「くる!くるくるくるっ!!!」
 ・・・回っている様を擬音語したわけではない言葉に思わず顔を引き締めた時、キッチンからガシャンと言う、なにかが派手に壊れた音が響いた。
「奏都さん!?」
「きゃぁぁぁぁっ!!!!」
 ホール内から悲鳴が響き、キッチンに走ろうとしていた静の足を止める。
「静君は奏都さんをお願い!私と真帆ちゃんでホールは何とかするから!」
「お願いします!」
 静が頭を下げてキッチンへと走り・・・
 ホール内はとんでもないことになっていた。
 カップが宙を飛び、入っていた液体が揺らめきながらお客へと降り注ぐ。
 店内に置いてあった鉢植えが動き出し、宙を飛びまわっている!!!
「ドアが開かない!!」
 焦った男性が近くにあった椅子を振り上げガラスを壊そうとするが、ガラスは割れるどころかヒビさえも入らない。まるで強化ガラスにでもなってしまったかのようだった・・・。
「皆さん、落ち着いてください!」
 真帆があらかじめ大崎から受け取っていた避難経路の紙を片手に大声を出すが、パニックに陥っている客達には届かない。どうにかして外へ出ようと躍起になっている。
「落ち着いてください!」
 シュラインの透き通った優しい声が響き、ふっと・・・騒がしかった店内に静寂が戻る。
「彼女の指示に従って避難して下さい」
 真帆が背伸びをしながら手を振って、客達を先導していく。
 シュラインはポケットに入っていた塩を取り出すと、サっと店内に撒いた。


 キッチンへと走りこんだ静が見たものは、トンデモ芸の数々だった。
 飛んできたお皿を上手くキャッチし、燃え上がる炎には笑顔で消火・・・炎なんて、ガスがなければ生きていられませんものね。はは・・・と言う、不気味な笑い声が聞こえそうな気がした。
 勿論、気がしただけで実際には奏都は黙々とそれらの作業を行っていたのだけれども・・・。
「奏都さん・・・?」
「あぁ、静さん。どうしました?」
「や、どうしましたって・・・キッチンで凄い音が聞こえて来たんですけれど・・・」
「ちょっとした襲撃に遭ってしまいまして。本当、折角料理を作っていたのに、迷惑極まりないですよね」
 笑顔で言う事ではない。
「それより、ホールの方はどうですか?」
「シュラインさんと樋口さんに任せてあるから大丈夫だとは思うけれど・・・」
「律さんは?」
「・・・え・・・?た・・・多分、ホールにいると思うけれど・・・」
 曖昧な記憶に、静は口を閉ざした。
 真帆がからまれていた律を助けた後、律の姿を見た記憶がなかった。
 記憶を逆に辿る・・・
 ホールを任せて走り出す、キッチンから音がする・・・その前、時計が・・・
「時計が鳴った時、律君はいましたっけ・・・?」
「俺にきかれても・・・」
 困ったようにそう呟いた奏都が、危険物を全て戸棚にしまった後で静に声をかける。
「いったん、皆さんと合流しましょう」


☆★☆


 数人の客は今回の騒ぎに少々驚きはあったものの、真帆の魔法によって何とか穏便にことは進んだ。
 中には「今回も大変でしたね」などと苦笑しながら声をかけてくれる常連の人も居て・・・けれどその中に、律の姿は見当たらなかった。
「私はてっきりキッチンに行ったと思っていたんだけれど・・・」
 シュラインがそう呟きながら、困ったように眉を顰める。
「一応と思って店内も見回ったんですけれど、どこにもいませんでした」
「律さんも、それなりの力のある方ですから・・・大丈夫だとは思うのですけれど・・・」
 奏都がそう言って言葉を濁す。
 確かに律には特殊な力がある・・・だが、逆を言えば“だからこそ”危険なのだ・・・
「・・・大崎さん、幾つかお話を伺いんだけれど」
「なんでしょう?」
 考え込んでいた様子のシュラインが顔を上げ、疲れたように目を伏せていた大崎が視線を上げる。
「怪異が起きるのは、いつも時計が定時を指し示した後なのかしら?」
「えぇ。9時、12時、15時、18時、21時です。24時、3時、6時の間は鳴りません」
「特定の性別や年齢のお客様の来店時や、大崎さんの女性接触時などで怪異が出る時間が変わったりするのかしら?」
「いいえ。それはありません」
「時間ごとに怪異が出る位置が違うなど、あるかしら?」
「いえ・・・位置などはないです。今日はああやって大騒ぎになりましたけれど、今まではもっと・・・小規模なものでした。お皿が突然テーブルから落ちたり、店内にかけているCDの音がとんだり・・・そんな程度です」
「どうやら、時計自体は関係なさそうですね」
 静の言葉に、大崎が驚いたように目を見開く・・・
「けれど、怪異はああやって時計が鳴った後に起こるんですよ!?」
「そう。時間的には時計のせいもあるかも知れない。けれど、怪異と時計が結びつかないのよ」
「どう言う事ですか?」
「つまり、もし・・・時計が贈られる予定だった女性が今回の事件に関係しているならば、怪異には理由がなくてはならないでしょう?例えば、大崎さんが女性の結婚相手に似ているからとか、もしくは・・・お客さんの中に似ている人がいるとか」
「・・・私、思うに、なんだか・・・悪戯しているみたいな気がするんです」
 真帆が控え目にそう呟き、どう言ったら良いものかと視線を揺らす。
「なんて言うか・・・その・・・。楽しんでやってるって言うのかな?困らせてみようって感じで。だって・・・嫌な感じとか、しなかったです。むしろ、本当に・・・遊んでるみたいって言うか・・・」
「そうですね。なんだか、特別な理由があったからと言うよりも、その場に居る人を困らせて遊ぼうって言う雰囲気でしたよね。・・・あ、そうだ。大崎さん、今回の怪異がらみで大きな怪我をされた方はいらっしゃるんですか?」
「照明が落ちて来た時に、慌てて立ち上がって足を捻ってしまった方はいますが、他は・・・」
「・・・つまるところ、怪異は人に危害を与えようとはしていないのね」
「そうですね」
 足首を捻ってしまった人にしても、慌てて立ち上がってしまったからそうなってしまったわけであって、照明が落ちてきた時に直接怪我をしたと言うわけではなさそうだった。
「大崎さん、その・・・この場所には昔、墓地があったとお聞きしましたが」
 シュラインが心持声を低くする。
「えぇ・・・」
「私が思うに、直接的な原因はそっちなんじゃないかと・・・」
「けれど、あの時計が来るまではなんともなかったんですよ?」
「・・・そこのところが不明なのよね」
「時計が来た時期と前後するような形で、なにか他に変化はありませんでしたか?」
 静の言葉に、大崎が必死に記憶を辿る。
 ・・・何か・・・
「あ・・・」
「何か思い出しましたか?」
「このファミレスの後ろに、木が1本あったんですよ。結構大きい・・・花も咲かない木だったんで、伐ってしまったんですよ。もしかして、それが原因なのでしょうか・・・?」
 大崎が縋るような瞳を向け、3人は顔を見合わせると、代表して静が口を開いた。
「まだなんとも言えませんけれど・・・可能性の1つとしては・・・十分考えられるのではないかと」
「その木があった場所に案内してもらえるかしら?後・・・そう、蓮さんにも聞きたいことがあるのだけれど・・・」
「俺が連絡しておきます」
 奏都がそう言って、ポンと静の肩に手を置いた。
「律さんのことは任せました」
 不思議な笑顔を残して、レンのある方角へと走って行く。
「・・・そう、律君も探さないと・・・」
「多分・・・その木のあった場所にいるんじゃないでしょうか」
「どうしてそう思うんですか?」
 真帆が小首を傾げ・・・サラリと、長い髪が揺れる。
「奏都さんの、含んだような言い方が・・・なんだか、そう言っているみたいで・・・」
 付き合いのある静には、あの笑顔が、言葉が、なにか引っかかりを持っている気がした。
「私、思うんですけれど・・・」
「何をですか?」
 真帆の言葉に、静が考えを中断する。
「あの、ただ思うってだけで、確証とか・・・そう言うのは何も無いんです。でも・・・」
 口を閉ざした真帆の横顔を見ながら、辛抱強くその先を待つ。
「なんだか、時計はむしろ・・・ここを守ろうとしているような気がして・・・」


★☆★


 切り株だけが残るその場所で、律は知らない女性に手を引かれていた。
 真っ白な着物を着た女の人の力は強く、律の細く白い腕にはクッキリと赤いあざがついた。
 トロリとした眠気にも似た甘い感覚が襲い・・・ゆっくりと、引き込まれていく。
「律君っ!!」
 遠くから声が聞こえた気がして、律はゆっくりと目を開けた。
 向こうから誰かが走ってくる・・・3人、4人・・・?
「あの霊は・・・時計の人とは違うわよね?」
「顔立ちが全然違います。それより、律君が・・・」
 かけていた眼鏡を外し、胸ポケットに入れる。
 相手が霊の類ならば、無理矢理成仏させると言う手段も持っている静だったが・・・律を人質に取るような形で立ち尽くしている霊に手荒な事は出来なかった。
「貴方は誰なの?」
 シュラインの言葉に、律の背後に浮かんでいる女性の霊がかすかに唇を動かし・・・クスっと、自嘲気味な笑顔を浮かべると細い手をスルリと律の首にかける。
「!!!止めてくださいっ!!!」
「律君!!律君、しっかりっ!!」
 真帆と静が叫ぶ・・・だが、虚ろな律の瞳は何も見ていないようだった。
「答えなさい!貴方は誰なの!?どうしてこんな事をするの!?店内で悪戯していたのも貴方なの!?」
『私を、低級霊と一緒にするな』
 ややあってから紡がれた言葉は、やけにゆっくりとした口調だった。
「・・・店内の事と、今回の事は違うと言うんですか?」
『そもそも、霊達の眠りを覚ましたのはその男だ。木に施されていた封印を破った、その男の責任だ』
「貴方は誰なの?」
『名前などない。そんなもの、とうの昔に忘れた』
「どうして律君を連れて行こうとしているの!?」
『お前如きに、分かるはずもない』
 女性の霊がそう言って、律の首にかけていた手に力を・・・
「これはこれは・・・ややこしいことになってるねぇ」
 ゆっくりとした口調とともに現れた蓮は、その場の状況を暫く見詰めた後で髪を掻きあげた。
「蓮さん!!」
「・・・あんた、伊藤 水鳥(いとう・みどり)って名前じゃないのかい?」
 蓮の言葉に、女性の幽霊・・・水鳥がビクリと肩を震わせる。
「蓮さん、知っているんですか?」
「知ってるもなにもねぇ・・・この子の両親がお得意様だったんだよ」
『違う・・・そんな名前じゃない』
「凄く可愛いお嬢さんだったらしいんだけどねぇ、18の時に行方不明になっちまって・・・シュラインも覚えてないかい?親御さんに頼まれて、そっちに依頼をまわしたはずなんだけどねぇ」
「えぇ・・・覚えているわ・・・。行方不明時から随分時間が経ってからの依頼で、足取りを追うのが大変だったのだけれど・・・。確か、交際していた男性に殺されてしまって・・・けれど、遺体もキチンと見つかったし・・・。彼は既に亡くなっていたけれども、でも・・・」
 シュラインが言葉を濁す。
「確か、彼女のお墓は別の場所にあるはずよ?殺された場所も、此処とは違うわ」
「・・・どうしてこの場所にいるのか・・・その理由は1つだ」
『ウルサイ・・・』
「その亡くなった男の入ってる墓が、この場所にあったんだよ」
「そうだったの・・・?」
「そこまでは調べてなかったかい?」
『ウルサイ!ウルサイっ!!!』
「その彼って言うのがねぇ、当時20だったんだけどねぇ、西洋の血が入っていたらしくてねぇ。金髪で細身で・・・童顔で・・・そうそう、丁度京谷みたいな容姿の美少年でねぇ」
『違うっ!!!』
 蓮の言葉に、水鳥が目尻を吊り上げる。
 取り乱した様子の水鳥はそれでも、律の首から手を放していた。
「・・・水鳥さんは、未だに彼が好きなんですか?」
 なるべく、責めるような口調ではなく優しい声で・・・
 そう思いながら紡いだ声は、自分が思っていたよりもずっと優しい口調だった。
 静は穏やかな笑みを浮かべると、ゆっくりと・・・水鳥と律の方に近寄った。
『違う、もう好きじゃない・・・』
「だから、似たような外見の律君を連れて行こうとしてるんですか?」
『違う・・・』
「でも、律君は彼じゃないんですよ?」
 静の手がすっと伸び、律の腕を強く引っ張る。
 よろめいた律の体を何とか受け止めると、真帆に視線を向けた。
「樋口さんなら、どうしますか?」
「へ!?私ですか!?」
「何か、優しい魔法がないかなって思ったんですけれど・・・」
「うーん・・・魔法・・・」
 せわしなく動いていた真帆の視線がピタリと止まると、何かを思い出したようにパァっと輝く。
「煌く夢の欠片よ、その儚き光りを持って、玉響の幻燈を映さん」
 呪文が真帆の口から零れるたびに、キラキラとした音となって広がっていく。
 優しい色を帯びた光が水鳥を包み込み、ふわりと・・・その前に律に良く似た容姿の男性の姿を形作る。
『嘘・・・』
 水鳥が感極まったように口を閉ざし、男性が何か言葉をかける・・・だが、その声は聞こえてこない。
「これは?」
「夢うつしです。夢や、想いを現に映し出す魔法・・・」
「男性の声が聞こえないけれど・・・」
「水鳥さんの中に・・・あの人の声は、もう・・・記憶されてないからだと思います」
「姿はあんなに鮮明なのに」
 水鳥が男性に抱きつき、優しく頭を撫ぜられる。
 本当に嬉しそうな水鳥の姿が、ふっと・・・掻き消える。
「成仏・・・ですかね」
「なんだか、哀しいことを・・・してしまった気がします」
「・・・でも、この場に留まり続けるよりは・・・ずっと良いことなんだと思うわ」
 気落ちした様子の真帆に、シュラインがそう告げ・・・
「なんだかしんみりしてるところ悪いんだけどねぇ、まだ根本的なものは解決してないんじゃないのかねぇ」
「え?」
「別に、あの霊は今回の事とは関係ないんだろう?店内の霊騒ぎを起こしているのは誰なんだい?」
「あ・・・」
 何時の間にかそれていた依頼の内容に苦笑しながらも、一同は店内へと舞い戻った。


☆★☆


 陽気な幽霊は、なんだか話していてとても楽しくなる。
 静はそんな事を思いながら、目の前でニコニコと笑顔を見せている女性・・・橘 穂積(たちばな・ほづみ)に柔らかい笑顔を向けた。
「つまり、貴方は成仏できないんではなくて・・・していないと、そう言う事なんですよね?」
『そうよー!確かに、結婚前に若くして死んじゃったのは残念だし、凄く哀しい。でもね、もう・・・それは仕方ないかなって、そう思うことにしたの。うじうじしてたって仕方ないし、私の意識はまだ、ここに残ってるわけだし』
 時計が3時を指し示し、ゆっくりと・・・ウェディングドレス姿の人形が下りて来る。
『さてと、悪戯小僧たちが目覚めるわ。私はいったん消えなくちゃだけど・・・貴方達なら大丈夫よね』
 穂積が苦笑すると、すぅっと白い靄となって下りて来るウェディングドレス姿の人形の中に取り込まれる。
 それとは逆に、動物達から白い靄が飛び出し、人の形になっていく。
 少年少女、まだ幼い彼らは何かをコソコソと相談すると、そこらにあったものを持ち上げて・・・
「あらあら、元気そうな子達ね」
 シュラインが苦笑しながらそう言うと、子供達が驚いたような顔をしてさっと物陰に隠れる。
「この子達が遊んでたんですね」
「遊んでると言うにはちょっとやりすぎだけれどね」
「真帆ちゃんが思ったとおりだったわ。とりあえず、穂積さんのお人形だけ中に戻して固定しましょう。それじゃないと、皆一斉には話を聞けないんだもの」
 シュラインが困ったようにそう呟き、蓮がそそくさとその作業に取り掛かった。


 まず最初、穂積がこの場所に来た部分は大崎が言った通りだった。
 なまじ性格が明るい穂積は、この場所でゆっくりと日々を過ごそうと思っていた・・・
 だがしかし、封印の施されてあった木を伐ってしまった為に長年眠っていた霊達が起き出してしまったのだ。
 大部分の霊達は空へと向かったのだが、数人の霊はこの場に残ることを望んだ。
 水鳥の霊と、子供達の霊である。他の何人かは別の場所へと向かったのだが・・・
 水鳥の霊は何をするでもなくその場に佇んでおり、大人しかった。
 問題は子供達の霊のほうだった。
 あまりにも酷い悪戯の数々に怒った穂積が、子供達を時計の中に引き入れ、動物の人形の中に入れてしまったのだ。
 そうすることによって、3時間毎にしか外に出られなくなった。
『ただねぇ、私は逆に時計が開くと中に入らなくちゃいけなくって』
 穂積は3時間毎、人形が下りて来ている時にその中に入らなくてはいけない。
『ぜーったい私が人形に入ってるとき、この子達なんかするだろーなーと思って・・・』
 姿を見えなくするように手を尽くしていたのだが、逆に子供たちが派手に遊ぶ原因になってしまったらしい。
『だって・・・皆で遊べるの、楽しいんだもん』
 三つ編みの少女がそう言って、しゅんと肩を落とす。
 この場に居る子供の霊は、元から体が弱かった子ばかりで・・・友達と外で遊ぶと言う事が出来ずに亡くなった子なのだと言う。皆と一緒に外で遊びたい、思いっきり遊びたい・・・そんな思いは痛いほど良く分かるのだが・・・。
「でもやっぱり、物を壊したりするのはよくないわね」
『ごめんなさい・・・』
 長い髪を肩の部分で緩く結んだ女の子がそう言って、目を伏せる。
「ただね、人に怪我をさせないって言うのは偉いと思うわ」
 あまりにもシュンと落ち込んでしまった子供たちに、フォローのつもりでシュラインが声をかける。
『人に迷惑をかけないようなコトをして遊びなさいって言ってるんだけど・・・全然聞いてくれなくって』
 心底困ったと言うように穂積が呟き・・・チラリと、大崎に視線を向ける。
 ファミレスで起きていた事件の理由が明らかになり、大崎としては霊達にどこかに行ってほしい気持ちだろう。
 霊達がいなくなりさえすれば、ここはただのファミレス・・・いや、一風変わったファミレスと言うだけだ。
 ・・・しかし、そんな周囲の推測とは違い、大崎はまったく別の事を考えていた。
「私・・・姉を、幼い頃に亡くしまして・・・なんだか、ダブルんですよ。姉も、外で元気に遊ぶ私を見ては、羨ましそうにしてましたから」
 苦笑しながらそう呟き、半透明な子供たちに視線を向ける。
「お客さんの迷惑になるようなことをしないって約束してくれるなら、ここに居ても良いよ。・・・いや、居ても良いなんて・・・元はキミ達の場所だったんだもんね。ここに、居てくれるかな?未練がなくなるくらい、いっぱい遊んで良いから」
 大崎の言葉に、子供達がパっと顔を明るくさせる。
「穂積さん・・・でしたか?子供たちを時計の外に出してくださって構いません」
『けれど、この子達はいたずらっ子ですから、お客さんに迷惑をかけるかも知れませんよ?』
「その時はその時ですよ。いっそ、そこを売りにしても良いですし・・・。あ、勿論、霊払い師さんなどは入店拒否ですけれどもね」
 大崎の言葉に、穂積がクスクスと笑い出す。
 その場面を見ていた子供達の表情にも笑顔が戻り・・・
 日没間近の時間帯、空は鮮やかな茜色に染まっていた。


「結局・・・」
 真帆が大崎からゼヒにと貰い受けたメイド服を右手に、隣を歩くシュラインと静に声をかける。
「結局、あの場所は皆さんの夢が詰まった場所なんですね。大崎さんはお店自体が」
「子供達は、皆で遊びたいと言う夢・・・ですか?」
「それにね、穂積さんの夢もあるわ」
 真帆同様、大崎から貰い受けた執事服を右手に、シュラインがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「穂積さんは、保育士を目指してたらしいの」
「・・・子供が好きって仰ってましたね、そう言えば・・・」
 静が右手に持った袋を左手に持ち替える。
 他の2人よりも袋が大きいのは、蓮が無理矢理メイド服まで入れたせいだ。
 執事服ですらも受け取りを拒んだ静だったが、大崎にゼヒにと言われては断れない。
 ・・・蓮にいたっては、逆らえない理由がある・・・。
「それに、水鳥さん・・・あの人の夢も、あそこにあったのよね」
 シュラインがポツリと呟く。
 灯り始めた街灯の明かりが淡く周囲を染め上げる。
「ただの夢ではなく、本当に・・・なれば良いですね。水鳥さんも・・・」
 くすんだ赤レンガの上に落としていた視線を、誰ともなしに空へと向ける。
 雲ひとつない空には無数の星が散りばめられており、ポッカリと浮かんだ月は、満月だった・・・。



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0086 / シュライン エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


  5566 / 菊坂 静 / 男性 / 15歳 / 高校生、「気狂い屋」


  6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『夢のある場所』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 今回、優しいお話にしよう、優しいお話にしよう・・・と思いながら執筆いたしました。
 夢のある場所と言う題なのに、内容が夢がなくては悲しいですし(苦笑)
 水鳥に穂積に子供、そして大崎・・・それぞれの夢を優しく、切なく描けていればと思います。
 律は毎回お荷物キャラになっていますね(笑)


 シュラインさん
 今回もご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 キビキビとしたお姉さんな雰囲気を描けていればと思います。
 決して“姉御”ではなく“お姉様”な雰囲気で描けていればと・・・!(何)


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。