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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


剣を取り戻せ 1

 それは命をかけた作業だった。
 十三歳という若さの少女が、それでも覚悟を決めてやってみせたのだ。

 五振りの剣を生み出すこと。

 葛織紫鶴[くずおり・しづる]。退魔の名門葛織家の、次代当主と目される少女である。
 その紫鶴が、本家から命令されて五振りの剣を生み出した。
 ――精神力による剣を。

 葛織の直系の人間は、基本的に精神力を物質化した剣を扱う。しかしその物質化は永続的ではなく、時間が経てば消滅する。
 その時間制限をなくせと、本家は紫鶴に言った。
 剣を、永続的に物質化させろ、と。
 紫鶴は従った。本家に逆らうとろくなことがない。それに彼女自身、己の力を誇示する必要があった。
 ……本家にないがしろにされていることは、自覚していたから。

 そして成功させた。五振りの剣――

 命をかけた戦いだった。一振り作るだけでも寿命を削ると言われている行為。
 しかし、紫鶴はやってみせた。
 紫鶴と、その世話役如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]は胸を張ってそれを本家に上納した。
 本家は何も言わずにそれを受け取った。
 褒め言葉は何もなかったが、嫌味を言われることもなかった。それだけで、「勝った」と思った。
 それなのに――

     **********

 浅海紅珠[あさなみ・こうじゅ]は、紫鶴の友人である。
 今日も紫鶴の別荘に行こうとしている途中だった。
 ちょうどそのとき、紫鶴の家の門から、やけに急いだ様子で紅珠も慣れ親しんでいる竜矢が出て行こうとするのが見えたのだ。
「おーい、竜矢! 何やってんだよ」
 紅珠は明るい声で言いながら手を振った。
 振り向いた竜矢は、険しい顔をしていた。そして相手が紅珠だと知ると一変、ほっと笑顔になって、
「姫に会いにきてくれたんですか」
「おう。……でもなんだ? 何か顔色悪いぞ?」
「ちょっとね……」
 竜矢がそわそわしている。
「急いでるのか?」
「ああ、まあ」
「――俺もついていっていいか?」
 何か危険信号が鳴って、紅珠は言った。
 竜矢は一瞬紅珠の目を見た後、
「……分かった。一緒に来てくれ」
 と言った。

 向かった先は、草間探偵事務所――

「何だ? 竜矢」
 事務所の主である草間武彦が、ものすごい勢いで飛び込んできた竜矢に驚いた顔で応対する。
 竜矢はバンと草間のデスクの上に手をつき、
「剣を取り戻してくれ!」
 と開口一番言った。

「元々はうちの姫が作った剣だったんだよ」
 と竜矢は言った。
「本家に言われて、作らされた、と言うのが正しいんだけれど」
「……それで?」
 草間はいつになく真剣な竜矢の表情に気おされながら、続きを促す。
「姫は五振りの剣を生み出した。精神力で生み出した剣の実体化を永続化させるには死ぬほどの力がいるんだ。それを五回もやったんだぜ」
「それも本家の命令か」
「そうだ」
 竜矢は憎々しげに吐き捨てる。
「本家に預けたのか? その剣は」
「当然だ。本家に上納する、という大義名分で作らされていたんだから」
「で」
 草間は煙草の灰を灰皿に落とした。「何をそんなに怒っている?」
「本家がその五振りの剣をなくした」
「…………はあ?」
「あげくに『作りが悪かったのだ。もう一度作り直せ』ときた。……わざと剣をどこかにやったに違いないんだ」
 竜矢は拳を固めた。「これ以上やったら、今の姫では死んでしまう」
「つまり今回のお前の依頼は」
「剣をさがしだしてくれ。俺は姫から離れられないから人手をさがしてここに来た」
 見当はついてるんだ――と竜矢は言った。
「作り主が姫だからな。姫の感覚が剣の居場所を感じ取っている。五振りのある場所は分かってる」
「……そうとう嫌な感じの捨てられ方をしているんだな?」
「ああ。だからまず――」
 人差し指を立てて話を続けようとしたそのとき、草間探偵事務所の扉が開いた。
「ん、お客さんか?」
 草間が立ち上がろうとする。
「客じゃありません」
 と、来訪者は言った。
 黒髪に、赤い瞳の映える美少女――
「あっれー、魅月姫じゃん」
 おとなしく竜矢と草間の話を聞いていた紅珠が、知った顔を見つけて声をかける。
 黒榊魅月姫[くろさかき・みづき]は紅珠に向かって「ごきげんよう」と言い、そして、
「何だか妙なご様子だけれど……何のお話?」
 と竜矢と草間の顔を見比べた。
 竜矢はことの次第を一から話しなおした。
「それで、依頼なんだけどな」
 まず――と竜矢は人差し指を立てる。
「一本目、エクスカリバーと名づけられた剣をさがしだしてほしい」
「それはどこにある」
「ある吸血鬼の館に」
「吸血鬼……?」
 草間が眉をひそめる。「吸血鬼がよくそんな清浄そうな剣に触れられるな」
「本家が何かやったに違いないんだよ」
「ああ、ああ、そうだったな――落ち着け」
 分かった、さがしてやるよと草間は竜矢をなだめた。
「俺ひとりじゃ無理そうだからな――助っ人を集めるよ」
「頼む」
 竜矢は頭をさげた。

「俺も行っていいか?」
 紅珠が真剣な顔で言う。
「あ? 子供が行く場所じゃないぞ」
 草間が片眉をあげると、「俺を子供扱いすんな!」と怒りの返事があった。
「紫鶴だって十三歳で命かけたんだろ! 十二歳の俺だってそのために命かけたっていいじゃんか!」
「君に何かあったら姫が悲しむんだが……」
 竜矢が困ったように言う。
「ひとりで行くわけないだろ。俺も友達呼ぶよ」
 紅珠は携帯電話を取り出した。そして誰かを呼び出したようだった。
 草間も事務所の電話に手をかけ、助っ人を呼び出す。
「私ももちろん行くわ、武彦さん」
 事務所の事務員をやっているシュライン・エマが真剣な顔で草間に言ってから、
「あなたはどうするの?」
 とさっきから何事かを思案している魅月姫に言った。
「吸血鬼……」
 魅月姫はその目を細めて虚空を見つめていたが、やがて、
「……私も協力します」
 とつぶやいた。

 紅珠に呼び出されたのは、阿佐人悠輔[あざと・ゆうすけ]。前々から紅珠と同じように紫鶴の友人としてすごしている高校生である。
「剣捜しか……ああ、俺も手伝う」
「君まで来てくれたのか」
 竜矢が嬉しそうに微笑む。
「紫鶴のためだからな。なっ悠輔!」
「ああ」
 そこから――
 草間に呼び出された人物が次々と探偵事務所の扉を叩き始めた。

 黒冥月[ヘイ・ミンユェ]。
 樋口真帆[ひぐち・まほ]。
 人型退魔兵器・R―98J。
 加藤忍[かとう・しのぶ]。
 フランシス。
 ノイバー・F・カッツェ。

 そのうち真帆は竜矢と、冥月とフランシスは紫鶴と面識があった。
 これだけの人数の前で、竜矢はもう一度一から話をしなおした。
「相変わらずだな、本家とやらは」
 冥月が嘆息する。
「提案だ。嫌がらせに耐えるなどせず、本家をつぶしてしまったらどうだ。そのほうが面倒もない」
 ――聞いていた魅月姫がひそかに「私も本家を『絞め』に行こうかしら」と考えていたりもする。
「おいおい、騒ぎを大きくしすぎんのも問題だぜ」
 自身は悪魔であるフランシスが、ひらひらと手を振った。
「葛織は一応退魔の名門だかんな。退魔の一族たちの均衡が破れてヘンなことになっちまう」
「ただの内輪もめですからね……」
 竜矢がこめかみをおさえながらため息をつく。
「まったく」
 冥月は腕を組んで、「足かせがなかったら紫鶴を外に連れ出してやれるのに」
 とたんに草間と竜矢がそろって冥月を見て、
「まさか」
「デートに誘う気じゃ」
「ハモるな!!」
 冥月はすかさず竜矢の脇腹に蹴り、草間のこめかみに突きを叩き込んで二人の男性をノックアウトさせた。
「おやおや。どちらも急所に入りましたよ」
 静かな声がした。
 冥月が振り向くと、そこにはマントに帽子、仮面で全身を覆った奇妙な男がいた。
「誰だ? お前は」
 男は丁寧に体を折り、
「ノイバー・F・カッツェと申します。今回は探し物屋として依頼を受けました。以後よろしくお願いいたします」
「ふん……草間の知り合いには相変わらずおかしいのがいるな」
「草間さんの人徳ですよ」
 と笑ったのは、加藤忍だった。「ほら、こちらにも」
 忍に促されて見た先、外見が兵器だらけの少女がひとり――
「目標はどこですか!? 今すぐ破壊に参ります!」
 人型魔兵器・R―98Jと呼ばれる彼女は気合まんまんだった。
 そしてもうひとり、気合まんまんの少女が傍らに――
「ひどいですね、作らせておいて捨てちゃうなんて。しかも、また作れだなんてっ!」
 樋口真帆が憤然と肩をいからせた。「全部集めてつきつけてあげましょうっ!」
「……まあ、元気なのはいいことだな」
 一瞬固まった冥月は、しばらくしてからそうまとめた。
「私も草間さんの人徳で参りましたよ」
 本職が泥棒である忍が、静かに笑みを浮かべる。
「隠された物を捜し出すのは商売柄得意。お手伝い致しましょう。人が命をこめて作ったものを捨てる、というのも気に入らないですしね」
「……そうだ。紫鶴は命をこめて作ったんだ……」
 冥月は静かにそうつぶやいた。
「今のはききました、冥月さん……」
 のっそりと竜矢が起き上がってくる。
 冥月はふんと鼻を鳴らし、
「まあその気になったら言え。いつでも手伝ってやる。で……本題だが」
「剣だ……」
 シュラインの手を借りて起き上がった草間が、話を進めようと口を開く。
「エクスカリバーと名づけられた剣だ……吸血鬼の館にある……」
「なぜ本家は剣を破壊しない。必要になれば使う気なのか……?」
 冥月がつぶやいた。そしてふと気づいたように、
「ああ、“壊せない”とか?」
 あざ笑うように唇の端を吊り上げる。
「紫鶴の霊力に勝てないか……それにしても」
 と竜矢を見やって、
「お前が剣をさがすのを見透かして、容易ではないところに隠したのかもな。つたない嫌がらせだ」
「しかし、吸血鬼がどういうつもりで剣を預かったのかも気になるところ。清浄な吸血鬼なのか? 穢された聖剣なのか? 名前と違うことも?」
 忍が腕を組んでぶつぶつとつぶやく。
「まあ、簡単に考えるなら血で汚したってとこかな。水で流しちゃえば綺麗になるって」
 と紅珠が軽く言った。笑いながら、
「……剣揃ったら本家への仕返し、やっちゃってもいいよな?」
 爽やかだった。紅珠は爽やかな笑顔でそう言った。
 一瞬、う、と誰もが一歩後ろへ引いた。
「ま、まあ落ち着け紅珠さん」
 悠輔が慌てて場をとりなそうとする。「今は一本ずつ確実に取り戻すことを考えよう」
「そうよ……仕返しは後でね」
 魅月姫が静かに言った。
 ……紅珠の爽やかさよりも、さらに場が凍る静かな言葉だった。
「じ、自慢じゃねえがよっ」
 フランシスが、柄にもなく話を進めようと愛想笑いをする。
「俺探し物とか得意なのよ。理屈はわっかんないけどね」
「みんな破壊してしまえばOKです!」
 R―98Jが明るく言う。
「それじゃ剣まで壊してしまうだろ……」
 悠輔が頭を抱えた。
 フランシスが話を続ける。
「竜矢の話を聞く限り、吸血鬼は本家に懐柔されてるな。人ん家から勝手に物持ってきたら窃盗罪だし、できれば話し合いの方向で行きたいもんだねぇ」
「そうですね。吸血鬼本人に聞き、剣を返してもらいますか」
 忍がフランシスに同意する。
 草間が物珍しそうな顔で忍を見た。
「意外だな、お前がそういう直球な物のさがし方をするとは」
「おや、怪訝そうな顔ですね」
 忍は笑った。「私の父の教えのひとつで、盗みは心意気でするもの。とあるのですよ。第一、こちとら人類最古からの職業、吸血鬼ごときに恐れ入ってたまるかい!」
 たんかをきって、青年は場の空気の気合を入れなおす。
「そうだ、吸血鬼ごときに……だぜ」
 紅珠がうん、と手を叩き合わせる。
「吸血鬼さんには負けません!」
 真帆が力強く拳を握りしめ、
「私は私なりにお手伝いさせて頂きます」
 ノイバーが丁寧に頭を下げた。
「……吸血鬼をあまりなめないことね……」
 魅月姫は、気合の入ってきた場をさとすように、静かな声を紡ぎ出した。
「まあ……話し合いには賛成するけれど。竜矢さん」
「なんですか?」
「エクスカリバーの特徴など、教えていただけません?」
「そうですよ。その剣はどういった剣なんですか?」
 真帆が魅月姫に続いた。
 竜矢は思い出すように虚空を見て、
「姫の作ったエクスカリバーは……広幅の剣ですね。刀身は一メートル。けれど軽いです。たいまつ三十本に匹敵する輝きを放つ、持ち手には宝石を埋め込み、つばは金製。……吸血鬼には到底触れないシロモノのはずなんですが」
「そ、そんな剣が存在するんですか……!?」
 真帆が驚きで目を丸くする。魅月姫は落ち着いて、
「……まあ、伝説どおりのエクスカリバーね。紫鶴は本を読んだのかしら?」
「読書くらいしかさせてあげられませんから」
 竜矢は苦笑した。
 紫鶴は生まれてまもなく、結界に包まれた別荘地に閉じ込められ、そのまま竜矢と数人のメイドのみと過ごして生きている。「魔寄せ」の体質のため、外に出られないのだ。
 そんな少女が生み出した剣は――
「魔力的な付加は一切していない。誰かを斬るために作った剣じゃないからな」
 竜矢はそう言った。「だから、特殊効果のたぐいはない」
「それでも、その輝きと金と宝石というだけで、魔族には触りたくない一品でしょうね」
「俺もできりゃ触りたかねぇな……」
 魅月姫の言葉に、フランシスがぼやいた。
「とりあえず、剣はそういう形状ということで。如月さん、剣側で反応するようなものはある?」
 シュラインが話を次に進めようと口を出す。
「いや、だから魔力的な付加は一切ないんだ。それで……」
「そう。正面から捜しにいかなきゃだめなのね」
「形状が分かっているなら私の能力で一発で捜し出せるぞ」
 冥月がふふんと機嫌よさそうに竜矢を見る。
 どうかな、と竜矢は苦笑した。
「――その吸血鬼の館が、まともなところならいいけどね」
「まあまあ」
 忍が落ち着いた様子でその場の空気をなだめた。
「大丈夫ですから。竜矢さんは安心してお姫さんをお守りください」

 竜矢が地図でバツをうった場所に、早速出向いた一行――
 たどりつくなり、うっとフランシスがうめいた。
「なんだぁこりゃあ。ゆがんでやがる。空間がゆがんでやがるぜ」
「え? どうなさったのフランシスさん」
 普通の人間であるシュラインが不思議そうに尋ねる。
「私にも普通の館に見えますね」
「俺にもだ」
「……俺もだな」
 忍と悠輔、草間が順々に言いながら、館を見上げる。
 ――そこは東京でも土地がきわめて安い土地に、ちんまりと建つ洋館だった。思ったほどおどろおどろしくはない上に、小さいからなおさら攻略が簡単に思える。
 真帆がう〜とうなって、
「す、少し気持ちが悪いです、ここ……」
「俺もすっげぇ気持ち悪い」
 紅珠が鳥肌のたった肌をこすりながらうめく。
「私たち人外には苦しい場所のようね」
 魅月姫が落ち着いた様子で言った。ちらりと見るのはR―98Jとノイバー。彼らだけは体質的にはっきりとした反応を示していない。
 冥月は眉をひそめた。
「私には空間のゆがみとやらは分からんが……おかしい。影での探索ができん」
 目を閉じて精神集中する。すーと息を吸って、それから吐いて。
 そして呼吸を止めた。
 ――しばらくして瞼をあげた冥月は、険しい顔をしていた。
「誰かが持っているな」
「あ?」
 フランシスが聞き返す。
「だから誰かが――今、エクスカリバーに触れている」
「吸血鬼さんじゃないでしょうか!」
 真帆が勢いこんだ。「今手にしていらっしゃるなら話は早いです! お話に行きましょう!」
 R―98Jが、別の意味で意気込んだ。
「化け物屋敷の類は想定されやすい状況です。キルハウスでの訓練は重点科目です」
「……いやだから、破壊するな」
 悠輔がぐったりと少女型兵器につっこんだ。
「創造と破壊は一体です、隊長」
「俺がいつ隊長になったんだ?」
 R―98Jはなぜか悠輔になついたようだった。

 そのころ――

「へえ、面白い剣だね。ボクにも少し使わせてよ」
 ひとりの少女が、エクスカリバーに触れていた。
「んー、意外と軽いねっ。あれ? この剣、見覚えがあるような……?」
 長い黒髪に赤い瞳をした少女は、エクスカリバーを軽く振って小首をかしげる。
 背後にひとりの存在がいた。
 少女は振り向いて、明るく笑った。
「いいじゃないか別に。これがキミの分身を殺した剣でもさ――剣なんて剣でしかないよ」
 練習しよっと、と彼女は声を弾ませる。
「いつものレイピアと違うしねっ。ちょっと訓練しようかな? 地下室、使わせてね」
 少女は――ロルフィーネ・ヒルデブラントは、どこまでも笑顔でそう言った。

     **********

 ガンガン
 いつの時代の館か分からない扉の、古びたドアのノッカーを叩くと、
 キキ……ィ……
 きしんだ音がして、扉が内側から開いた。
「あっれえ、歓迎してくれんのかな」
 紅珠が近くのスーパーで買ってきたニンニクと教会でもらってきた聖水を手に、気の抜けた声を出す。
「こういうのはたいてい罠よ。気をつけて」
 シュラインが、聖水スプレーを魔族ではないメンバーに噴きかける。
 その作業を見ていた草間が苦笑して、
「なんというか……人と魔族と分かれて行動したほうがいいような気がしてきたな」
「まったく。姉ちゃん、他のやつらに聖水はひどいぜ」
 フランシスがシュラインに向かって苦笑した。シュラインが慌てて「ごめんなさい」と言った。

 館の中は暗かった。
「まさに吸血鬼の館ですね……!」
 黒のノースリーブワンピース、箒を持って魔女衣装となった真帆が、緊張した声を出す。
「吸血鬼というからには地下にいるのでは?」
 忍が辺りを見渡しながら言う。
 シュラインがひそかに、ドアが完全にしまらないように大きな石をドアのところに置いた。
「今は昼間だな」
 草間がくわえ煙草でドアの外をたしかめる。
「昼間でこれだけ暗いなら……この館内にはほとんど窓がないな」
「大丈夫よ武彦さん、このドアがしまらなければ」
 シュラインは用意よく、手荷物からたくさんの鏡を取り出した。
「ドアから入ってくる光をこれで反射して進めるように配置していくわ」
「姉ちゃん頭いいねえ」
 フランシスが感心する。
「わたくしが捜索いたします!」
 R―98Jが突然分裂した。というより、彼女は元々量産型の兵器なのだ。
 三個分隊を十隊、計三十体がわらわらと館に入ってくると、小隊ずつ分散してあちこちの扉に向かってミサイルをぶちこみ始めた。
 ドガーン ドゴン ガシャッ ガッシャーン……
「やりすぎだー!」
 いつの間にかつっこみ役になってしまった悠輔が叫んだ。
 と――
 あるひとつの部屋の内側から、黒いもやの塊が飛んでくると、R―98Jの小隊ひとつをぶち壊した。
「あ……!」
 悠輔が走り寄る。
 かたかたと震える壊れたR―98Jのひとつが、悠輔に向かってにっこりと笑顔を作った。
「この部屋が……危険です、隊長……。わたくしは、お役に立てましたか?」
「充分だ! おい、しゃべるな――なあこいつを修理する方法ないのか!?」
 悠輔はぴしぴしと電子音をさせるR―98Jを抱き起こしながら、他の面々に叫ぶように言う。
 誰もしんとして答えなかった。悠輔が歯ぎしりをした。
 R―98Jがそっと悠輔の顔に手を伸ばし、
「隊長、わたくしは量産型……作り直される必要はないのです……」
「ばか、そんな――」
 そのとき、
「悠輔!」
 鋭く紅珠が叫んだ。
 悠輔ははっと横を向いた。
 今まさに悠輔に、あの黒いもやの塊が当たろうとしているところだった。
 悠輔の腕の中から、ばっとR―98Jが立ち上がった。
 そして両手を広げて、もやを受け止めた。
 バチィッ!!
 ――今度こそ、R―98Jは跡形もなく吹き飛んだ。悠輔をかばうようにして……
「………」
 悠輔が呆然と、からになった腕の中を見下ろす。
「阿佐人、早く移動しろ!」
 草間に呼ばれてようやく我に返り、悠輔はよろりと立ち上がると、ふらふらとみんなの元へ帰ってきた。
「悠輔、気を落とすなよ」
 紅珠が一生懸命悠輔を励まそうとする。
 やれやれ、とフランシスが頭をかいた。
「――こりゃまともに言葉が通じる相手じゃなさそうだねえ」
「ミサイルをぶちこめば誰でも反撃するだろうよ」
 冥月がふんと鼻を鳴らし、「だが居場所は分かった。――充分な仕事だ」
「相手が怒ってないことを祈るしかありませんわね」
 魅月姫がつぶやいた。

 R―98Jの一斉射撃が終わる。
 反撃のあった部屋はひとつきり……
 全員が一歩そちらへ向かうと、
 ぎぎ……い……
 館の扉が閉じようとした。
 はっと面々が振り返る。しかしドアは、シュラインが置いた石によって、完全に閉じずに終わった。
 光が差し込んでいる――
「あの部屋に……光が入るように……と」
 シュラインは光が反射するように、鏡を配置した。
 部屋の中に光が差し込み、再び黒いもやが発生してメンバーたちに向かって飛び込んでくる。
 冥月が、こんと靴の先で床を鳴らした。
 ――暗い足場に、黒いもやがあっという間に吸い込まれた。
 悠輔がうらめしそうに冥月を見る。
「さっきもそうしてくれればよかったじゃないですか……」
「二、三回見てから、こうできるかどうか判断するんだ。文句を言うな」
 冥月はそっけなく言って、
 そして真っ先に――『その部屋』に踏み込んだ。

 想像通りと言えば想像通りだったかもしれない。
 爆撃されてもドア以外みじんもダメージを受けていなかったその部屋の中央には、円卓が置かれていた。

「アーサー王と円卓の騎士……」
 魅月姫がつぶやく。「でも椅子が六つしかないわね……」
「しかも座っているのは四人だけ、と。どうしたんでしょうねえ」
 忍がのんびりと、円卓に座っている四人を眺める。
 ――耳がとがり、瞳の外側が赤く、牙を持った青白い顔の男たち――
 みな、そっくりな顔をしていた。
『……まぶしいな』
 吸血鬼のひとりが、差し込んできたシュラインによる外の光に反応する。
『爆撃の次は太陽光か。おまけに聖水やニンニクの気配までさせて……お前たちは何をしにきた』
「いやね、ちょっと話し合いたいことがあってねぇ」
 フランシスが前へ出る。
 しかし吸血鬼たちは、聞く耳を持たなかった。
『帰るがいい……話すことなど何もない』
「!? ちょっと待っ――」
 誰もが何も言い切る前に、全員は浮遊感を感じた。そして、
 気がついたときには、館の外にいた。
「あっちゃー……」
 フランシスが頭をかく。「参ったねこりゃ」
「何度でも入ればいいことだわ」
 魅月姫がつぶやく。
 しかしいつの間にかシュラインの置いていた石は破壊され、扉はきっちりとしまってしまっていた。
「くそ……っ。あの子が頑張った意味がない……!」
 悠輔はいまだにR―98Jのことを引きずっている。
「この私がまんまと追い出されるとはな……」
 冥月はプライドが傷つけられたようだった。「次に入ったら容赦はしない」
「おいおい、余計に殺気だっちまってるじゃねぇか」
「紫鶴の作った剣……まだ無事かなあ……」
 冥月をなだめるフランシスの横で、紅珠が心配そうな声を出した。
 草間は吸い終わった煙草の吸殻を携帯灰皿に押し込み、
「そうだったな。――ノイバー、頼めるか」
「お任せください」
 マントに仮面の怪しい男は、懐から金色のカードを取り出した。
 しゃっ――
 マジシャンのように空中に広げたカードたちの中から、一枚を取り出し、それをかざして適度な魔力をこめる。
 ふわ……
 目の前に、木製のドアが現れた。
「皆さん、どうぞ」
 ノイバーが優雅なしぐさでドアを開けるようにメンバーを促す。
 ノイバーを知らない面々は躊躇した。しかし草間が真っ先に、
「やれやれ……吸血鬼殿の機嫌が直っていればいいんだが」
 とあっさりとドアを開け、中に入っていってしまった。
「あ、武彦さん!」
 続いてシュラインが、続いて残りのメンバーが、慌てて草間のあとに続く。
 ノイバーは最後にドアに入り、内側からドアを閉めた。

 ノイバーのドアの向こう側は、吸血鬼の館の中だった。
「うわー! すっげー!」
「すごい魔法ですね! 私もこれくらいできればいいんですけど……」
 紅珠と真帆がノイバーの技に感心する。
 辺りをよく見渡すと、そこは吸血鬼の館に入ったばかりの場所で、中に残っていたR―98Jがすべて破壊され、シュラインの鏡も割れていた。
「よくも……っ」
 R―98Jの残骸を見た悠輔が唇を噛む。
「ここまでされると悔しいな……」
 紅珠もR―98Jのかけらを見ないように目をそらしながらつぶやいた。
 しかし、R―98Jはひとつの光明を残してくれていた。
 ――吸血鬼の部屋のドアは、まだ破壊されたままだったのだ。
「今度こそ、話し合いです」
 忍が言う。
「さて、気合入れていくか」
 草間が全員を促した。

『また来たか……しつこいやつらめ』
『話すことなど何もないと言ったはず……』
『邪魔者め。消えるがいい』
『待て』
 部屋に入るなり次々と飛んでくる吸血鬼たちの拒絶の言葉。しかしひとりだけ違うことを言った吸血鬼がいた。
『我々にはアレが必要だ……。来訪者たちよ、話を聞こうじゃないか』
 円卓の上座に座っている吸血鬼の言葉だった。
 草間は少し迷ったあげく、
「――ここに、エクスカリバーという名の剣があるだろう?」
 直球で尋ねた。
『やはりあの剣が目的か』
『あの災厄を呼ぶ剣か』
『我々の同胞を殺した、あの剣か』
『――あの剣をどうされる』
 次々に放たれてくる吸血鬼の声に、一行は驚いて目を見開く。
「同胞を……殺した?」
「だから円卓の二つの席が空いているのかしら」
 魅月姫が静かに言う。
 そこで初めて魅月姫に気づいた吸血鬼たちが、ひいと縮み上がった。
『……そうだ、我らが同胞よ』
 ひとりだけ、魅月姫の姿にも動揺しなかった上座の吸血鬼が答える。
「あなたたちに同胞と呼ばれたくはないわね。……エクスカリバーは私たちには大切な剣。お返しなさい」
『それはできぬ』
 上座の男は即答した。
『あの剣には、殺された我らが同胞の魂が封じこめられている。この空いている二つの席にかろうじて残留思念が残っているのはあの剣がまだこの館にあるためだ……』
「六つの席……ヘキサグラムですか」
 ノイバーが吸血鬼たちの席の位置をたしかめるように見て、
「なるほど。この館の空間がゆがんで思えるのはヘキサグラムが崩れかかっているからなのですね」
『……それが分かるなら、立ち去るがよい』
『そうだ。我々は眠るとき以外は常にこの部屋で席に座っている』
『この館を壊す気はない。今すぐ立ち去るがよい』
『それとも――』
 上座の男の目が、きらりと光った。
『おぬしらの誰か二人が吸血鬼となって、代わりにこの二つの席に座るか』
 見つめる先は魅月姫――
「無礼な。この私にお前たち程度の吸血鬼の手伝いをしろと?」
 魅月姫は鋭い声で言い放つ。
「あ……あの、血が欲しいんでしたら、少しくらいならいいですから」
 真帆がおそるおそる口を出した。「でも美味しいかどうかは分かりませんけど」
 上座の吸血鬼はちらりと真帆を見て、
『お前には魔力があるな……仲間にするにはちょうどいい』
「およしなさい!」
 魅月姫が一喝した。
「あなたも。吸血鬼に血を与えるなどと軽々しく言うのではありません」
 魅月姫に叱られ、真帆はしょぼんと落ち込む。シュラインが何も言わず真帆の肩を抱く。
 しばらく黙っていた冥月が、呆れたように口を出した。
「お前らはな、小賢しい大人たちがひとりの娘をいじめるためだけに利用されているんだぞ。吸血鬼ともあろう存在が情けない」
『利用されていることは知っている……』
 上座の男は静かに言った。『だが、ヘキサグラムを崩せない以上仕方あるまい』
 フランシスは何事かを考えていたが、
「――つまり、剣に封じられたあと二体を解放すりゃあいいんじゃねぇかい? 俺らがそれをやってやると言ったら?」
『我らは誇り高き一族……解放されただけで許すものか』
「っかー。そうくるかい。そうだなあ……それじゃあなあ」
 フランシスはひょこひょこと長い足で上座の男のもとへ歩いていき、何事かを耳打ちした。
 上座の吸血鬼の片眉があがった。
『ふむ……』
「どうだい? いい条件だろう」
『悪くはない。アレはいい剣だ』
「フランシスさん! 何を条件に出したんですか!」
 悠輔が焦った声で呼びかける。
 フランシスも上座の吸血鬼も答えない。悠輔が歯噛みしていると、
「まあまあ……ここはフランシスさんを信用しましょう」
 と忍が悠輔をなだめに回った。
「とにかく、あの剣は返してほしいのよ」
 フランシスは続けて言う。
『ふん……我らが自ら剣を差し出すとでも?』
「いえ……ですので、館の中をさがす許可をいただけませんか?」
 ノイバーが丁寧に言った。
『お前たちが本当に、剣から我らが同胞を解放してくれるとは限らぬのでな』
「しつこいんだ、お前たちは!」
 冥月が突然、暗い影から何十本もの影槍を生み出し、四体の体の動きを封じた。
「渡せと言えばすぐに渡せ! このまま胸にくいでも打ち込んでやろうか!」
 冥月の挑発に、吸血鬼たちが吼えた。
 大量のコウモリが発生した。
 紅珠がすぐさま反応した。コウモリの可聴音域の超音波をそののどから放つ。
 コウモリたちは感覚を狂わされ、ぼとぼとと床に落ちた。
 追い討ちをかけるように、シュラインがひくひくとけいれんしているコウモリに、ニンニク成分抽出エキススプレーを噴きかける。
「お前たちは敵だ。そうだな?」
 冥月が低い声音で吸血鬼たちに囁く。
「むやみに殺すのは賛同しかねますが」
 ノイバーが殺気まんまんの冥月の後ろから、さとすようにおだやかな口調で言う。
 冥月はノイバーを見てちっと舌打ちしてから、
「なら剣を捜させろ。……私たちに勝てると思うな」
「ええ、本当に」
 魅月姫が凍りつくような微笑を浮かべる。
「これ以上だだをこねるようなら、しつけしなおしてあげましょう」
 吸血鬼たちが震え上がった。
 ――魅月姫は吸血鬼の『真祖』。吸血鬼の中でも最高クラスの力の持ち主だ。
 彼女を怒らせたら……その『しつけのしなおし』は熾烈きわまりないだろう。
 上座の吸血鬼は、それでも毅然とした態度で草間一行を見渡した。
『よかろう。見つけられたら剣を渡そう。必ず我らの同胞の魂を解放すること』
 そしてフランシスを見て、
『それから……あの約束を破らないで頂きたい』
「わぁーってるって」
 フランシスは両手で吸血鬼の視線をさえぎった。
「私はこいつらの見張りでここにいる」
 と冥月は言った。
「私もいざというときのためにこちらにいますから、皆さんは剣の捜索をお願いします」
 ノイバーが続く。
「やれやれ……」
 フランシスがため息をついた。
「もっと穏便に済ませたかったんだがなあ。最近のヤツは血の気が多いやな」

「さて……どこから捜す?」
 部屋を出て、草間が一行の顔を順繰りに見る。
 真帆、魅月姫、忍、悠輔、フランシス、紅珠、シュライン……
 悠輔が口を開いた。
「あまり吸血鬼のいる場所から離れすぎても、竜矢さんが簡単に剣を回収してしまうから、いやがらせの意味がないと思う。だから、放置するとしたら吸血鬼のいる場所の近辺だと思うんです」
「そうですねえ。ヘキサグラムを崩さないために、近場におきたがるでしょうし」
 忍が同意した。
「部屋の捜索なら簡単だぜ」
 紅珠が言った。「さっきの人間型兵器が、全部のドアぶち壊したみたいだし」
「……そうだな」
 草間はまだ放置されたままのR―98Jの残骸を見つめながらうなずいた。

 怪しい部屋はすぐに見つかった。
 二人ずつ分かれて捜索したところ、壁に妙な亀裂が入っている部屋を発見したのだ。
「ここ、ここ!」
 見つけた悠輔と紅珠が、他のメンバーを呼ぶ。
 その壁の亀裂は、いかにも何かを挿してあったような形状をしていた。
 ――伝説のエクスカリバーの持ち主、アーサー王は、岩に突き立ったエクスカリバーを抜いて王位継承権を示したという。
 まさかこの館の中に岩を持ってくるわけにもいかないから、代わりに壁に突き刺したのだろう。
「これだわ……吸血鬼の残留思念がある」
 魅月姫が亀裂に手をかざして目を閉じる。「おそらく、エクスカリバーで殺された二体の思念ね」
「剣はどこだ?」
 悠輔が焦りのこもった声を出した。
 忍が部屋を見渡す。そして、
「どこにも隠せそうな場所はありませんねえ……どこへやったのでしょう」
「やっぱ地下じゃね? 吸血鬼だしよ」
「うーん吸血鬼と言えば地下! 雰囲気たっぷり〜」
 フランシスの言葉に、真帆が感激だか恐怖だかで打ち震えた。
「地下に行くには灯りがないと……危ないわね」
 シュラインはR―98Jが壊していったもうひとつの部分、わずかな窓から差し込む光を残っていた鏡で反射させていく。
 八人は慎重に慎重に地下に降りていった。そして――

 はっと悠輔が紅珠を抱えて横に飛ぶ。
「あ〜、避けちゃ面白くないじゃないかー」
 ぶーぶーとぶーいんぐをしてきたのは、血塗れの剣を手にした赤い瞳の少女……

「誰だよ!?」
 紅珠が悠輔から離れて、大声をあげた。
「あれだわ」
 魅月姫が指を指した。「あれがエクスカリバー……」
 少女の持つ長剣。しかしそこからしたたり落ちるものは――
「血で……濡れてる?」
 真帆が震えて箒を抱きしめた。
「わっ。光!」
 少女はシュラインが鏡で反射させてきた光から逃げて、
「もう、邪魔!」
 影を爆破させ、鏡を破壊した。
 光がなくなり、地下が近くもろくに見えない暗さになる。
 しかしその中で、少女の赤い瞳と血濡れの剣だけがやけに映えていた。
「あなたも……私のお仲間かしら?」
 魅月姫が問う。
 少女は――魅月姫を見て、嬉しそうに笑った。
「ほんとだっ。この館の吸血鬼じゃないね、どこの人?」
「私は魅月姫。あなたは?」
「ロルフィーネだよ」
 ロルフィーネ・ヒルデブラントがにこにこしながら草間一行を見た。
「嬉しいなあ。そろそろ試し切りしたかったところなんだよね」
「うお? 何か嫌な言葉が聞こえた気がしたんじゃねぇか?」
「やだなっ楽しいことだよ? ね、実験台になってね!」
 言うなり、
 ロルフィーネはひゅっとエクスカリバーを振り下ろした。
「………っ!」
 草間とその横にいたシュラインの腕に赤い線が走る。
「いたっ……! た、武彦さん、大丈夫!?」
「俺はいい! お前のほうが――」
「何て……間合いの広い剣なんだ!」
 悠輔は紅珠と真帆をかばいながら声をあげた。
 そして次の瞬間、悠輔は目を見開いた。
 体が動かない――
「じゃ、まず君からね☆」
 影縛り。そう呼ばれる技を悠輔にかけたロルフィーネは、とんと軽い音で床を踏み悠輔に肉薄した。
 悠輔が動かない体を何とか動かそうとする。しかし、
 エクスカリバーが悠輔の体に触れようとした瞬間。
「おいたはそこまでにしなさい、小娘」
 魅月姫の冷めた声がして、ロルフィーネの動きが止まった。
 エクスカリバーの間合いは止まらず、悠輔の体に軽い傷跡を残していく。
 ロルフィーネは憤然として、魅月姫に迫った。
「もうっ! 邪魔しないでよっ!」
「あなたも立場をわきまえることね……『深淵の魔女』の恐ろしさをご存知?」
「そんなのどうだっていいよ!」
 魅月姫の別名を出されても、ロルフィーネはじたばたと子供のように暴れるだけ。
 魅月姫はロルフィーネを冷めた目で見ながら、
「あなた……紫鶴と面識があるようね。紫鶴の気配が残っているわ」
「紫鶴?」
 ロルフィーネはきょとんとしてから、そして唐突に思い出したように自分の手の中の剣を見下ろした。
「そっか、この感じ、紫鶴かぁ♪ 同じ物じゃないけど、同じ感じがするんだ」
「……紫鶴は今、自分の一族ともめているわ。その剣を返してやらないと紫鶴が救われないのよ」
 魅月姫は紫鶴の過去や現在をロルフィーネに話して聞かせた。
 ロルフィーネは一瞬、同情するような表情を見せたが、
「だから、ボクと一緒に吸血鬼になればいいって言ったのにさ」
「ロルフィーネ」
「君たちを倒したら、紫鶴を迎えに行かなくちゃ。この剣があれば、今度は仕損じないよ♪」
「……そんなことはさせない」
 ロルフィーネが先手の一撃をエクスカリバーにのせる。
 魅月姫はその手に魔導師の杖を生み出した。
 すっと一振り。それだけで、エクスカリバーの威力すべてをかき消す。
 ロルフィーネが目を見開いた。
「そんな……っ。この剣なら……!」
 言いかけたその瞬間、魅月姫の体がロルフィーネに下から肉薄していた。
 魅月姫の右掌の硬い部分がロルフィーネのあごを打つ。
 ロルフィーネがよろめいた。魅月姫は続けてロルフィーネのみぞおちにも一撃をくれた。
「か……ふっ……」
 苦しげに呼吸を乱されたロルフィーネは、しかしそれでも剣を手放さない。
 魅月姫は見た。エクスカリバーから黒い影が伸び、ロルフィーネの手首にからみついているのを。
「あーあー。どうやら封じられてる二体とやらが、その嬢ちゃんと同化しちゃってるみたいだねぇ」
 荒事は苦手なフランシスは、忍の陰に隠れてそうつぶやく。
「魅月姫さんのほうが優勢ですが、さて……」
 忍はフランシスをかばいながら、つぶやいた。

 そのころ、円卓の部屋では四体の吸血鬼が全身コウモリとなって冥月の影槍から抜け出そうとしていた。
「させんっ!」
 冥月は影槍をさらに細かく檻状にする。
「失礼」
 ノイバーが再び空中にさあっとカードを流して一枚のカードを抜き放つ。
 流れる水の図柄が刻まれた金属のカード――
 冥月の檻の中が、流水に満たされた。
「吸血鬼は流水を越えられない、でしょう?」
 吸血鬼たちがコウモリから実体に戻って、悔しそうに檻を形成する槍にしがみつく。
 ノイバーは流水を消した。
「いつでも作り出せますので、そのおつもりで」
 言いながら、カードを懐にしまう。
 冥月はそんなノイバーをしばらく見つめていたが、
 やがて吸血鬼に向かって囁いた。
「――逃げられると思うな。私たちから」
 それは、彼女がノイバーを認めた瞬間だった。

 地下では、魅月姫とロルフィーネの戦いが続いていた。
 草間はシュラインをかばいながら、シュラインに囁かれるままにじりじりと動いていた。とある方向へ。
 悠輔はロルフィーネの意識が魅月姫に行っている間に、紅珠に回復の呪歌をハミングしてもらい、傷を癒してもらっていた。
 真帆は真剣に魅月姫とロルフィーネの戦いを見つめていた。箒を持つ手が震えないよう、ごくりとつばを飲み込んで我慢しながら。
 魅月姫は容赦がなかった。
 上空に思い切り杖を放り投げると、ロルフィーネの襟元をつかまえ下に引き、さらにもう片方の腕をロルフィーネの腹に当てて腹を持ち上げる。
 ――背中から、地面に叩きつけるために。
 床に仰向けになったロルフィーネの呼吸が、数瞬完全に止まった。その隙に魅月姫は、ロルフィーネの武器を持つ手を踏みつけた。
 ちょうどそのタイミングで、上空に放り投げてあった杖が魅月姫の手に戻ってきた。
 魅月姫はエクスカリバーに杖の先端を向ける。
「ダメ……だよ」
 ロルフィーネはもう片方の手で魅月姫の足につかまり、体を起こしてきた。
「この剣……ボクの……」
 しかし魅月姫は聞く耳持たず、
「剣に宿る不浄なる魂に完全なる死を」
「やめろおおおお!」
 ロルフィーネが魅月姫の足に爪をつきたてる。
 魅月姫はロルフィーネを蹴り飛ばした。

 ぷつん

 エクスカリバーとロルフィーネのつながりが、糸を切るように切れる。
 魅月姫の杖の先端に魔力がこもっていく。とてつもなく大きな魔力が――
「黒榊! 壊すなよ――」
 草間が声をあげる。
「そんなミスを私がするとお思いですか」
 魅月姫は淡々と言い、そして――

 ぱぁん!

 何かに叩き出されるかのような音を立てて、黒いもやが二つ剣から飛び出した。
 すかさず魅月姫は二つのもやをからめとり、
「逝くべきところへ、還れ!」
 黒い光が魅月姫の杖からほとばしった。
 二つの黒いもやは、光にのみこまれてやがて消えていった。

 すううぅ……

 細い息は魅月姫が吐き出したもの――
「くそう、くそう……っ」
 地面に転がったロルフィーネが悔しそうに床を叩く。
 起き上がったロルフィーネは、その手に己の愛剣レイピアを生み出し、
「全員、殺してやる!」
 枯れた声で叫んだ。
 忍が駆け出した。床に落ちていたエクスカリバーを取り上げ、ロルフィーネと相対する。
「小野流の剣の冴えとエクスカリバーの切れ味を見せてさしあげましょう」
 す……と足をすり足で前に進ませたかと思うと、
 次の瞬間にはロルフィーネの服が袈裟懸けに裂かれていた。
 本来ロルフィーネに通常武器は効かないのだが、エクスカリバーはさすがに別らしい。
「女性相手にこんなことはしたくありませんが……」
 ロルフィーネの体から血が流れる。
 ロルフィーネは殺気をますます増加させて、
「殺してやる!」
 レイピアを突き出してきた。
 忍はちらりと草間のほうを見る。草間の動きをたしかめながら――ロルフィーネの攻撃を受ける。一歩退き、また一歩退き、右に避け、左に避け……
 そしてある瞬間、
 ロルフィーネは悲鳴をあげた。
 シュラインに囁かれ壊れた鏡の場所に移動していた草間――
 新しい鏡をそこに置いていた。ロルフィーネに太陽光が当たるような角度で――
「ひどい、ひどいっ……!」
 太陽光から逃げ惑いながらロルフィーネは泣きそうな声で叫んでいた。
「絶対仕返しするからね! ボク、許さないんだから……!」
 そしてロルフィーネは、すっとその場から姿を消した。
 魅月姫が「愚かね」とつぶやいた。
「これからは、深淵の魔女の名を忘れないといいわ」

 エクスカリバーは、光を取り戻さなかった。
「でも、これが本物なのはたしかですよね」
 真帆がおそるおそる尋ねる。
「ええ、本物よ」
 魅月姫が答えた。
「さぁて、あとは残りの吸血鬼連中になんて説明するか……面倒だねえ」
 フランシスが、丸めていた長い体をうんと伸ばしてから、ため息をついた。
「なあ魅月姫、今二つの魂あの世にやっちまったんじゃないのか?」
 紅珠が心配そうに言う。
 魅月姫はちらりとフランシスを見やり、
「……最初から交換条件は成立してないわ。いいのよ」
「わ、バレてた?」
「あなたも私をなめているの?」
「はっはー。いや、食いつきいいと思ってさ。超ごめん」
「何のことですか?」
 悠輔が話が見えないといった様子で口を出す。
 フランシスがごにょごにょ言うので、代わりに魅月姫が冷めた声で説明した。
「こちらの方は、交換条件に紫鶴の血をあげると言ったのよ。エクスカリバーを生み出した娘の血ですもの、吸血鬼だって欲しがるわ」
「な……っなんてこと条件に出しやがったんだよ!」
 紅珠がかみつきそうな勢いでフランシスに迫る。
「紫鶴さんを条件に出したんですか!? そんなばかなことを!」
 続けて悠輔が。
「……まったく」
 草間が煙草を取り出して、はあとため息をついた。
「そんなじゃ、これからどう交渉するんだ……?」
「あのう……」
 真帆が、控えめに手を挙げた。
「私の能力で、何とかできるかもしれません……」

 地下から一階へ戻ってきた一行は、まずR―98Jの残骸を集めた。悠輔の希望である。
 しかるところに行けば、復活してくれるはずだ、と。
 そして問題の吸血鬼との交渉――
 真帆は夢魔の家系の魔女だ。幻惑ならば得意である。
「本物を見つけてきたか」
 ずっと吸血鬼四体を見張っていた冥月が、あくびをしながら草間一行に訊いてきた。
「はい。あの、これ……」
 真帆が一振りの剣を差し出す。
 そしてもうひとつ、しょうゆ皿に入れた赤い――血を。
「それはどなたの血でしょう……?」
 ノイバーが不思議そうにしげしげとそれを見る。「ん? これは……」
 草間たちは慌てて、しーっと唇に指を立てた。
 すべてを察した冥月はため息をついて、
「やっぱりこいつらを殺したほうが早くないか」
「それじゃあ私の努力も無になります」
 魅月姫が淡々と言った。
「二体分の吸血鬼と同じ質量と能力の物体……生み出すのにそれほど時間はかかりませんでしたけど」
「……それじゃあこいつらを解放するぞ」
 冥月は嘆息しながら、影槍を引っ込めた。
 四人の吸血鬼が姿勢を崩しながら、慌てて真帆の手にある剣と血を手にして――
「じゃ、交渉成立ってことで、さいなら」
 フランシスを筆頭に、十人は慌てて外へ飛び出していった。
 念のため、入口のところに紅珠が用意していた聖水とニンニクを放り出して置きながら……

     **********

 R―98Jは、館からすぐにしかるべきところへ運ばれ、修理された。

「それで、なんだ?」
 如月竜矢は面白そうにことの顛末を聞いていた。
「幻惑で作った剣に、魅月姫さんの生み出した二体の偽吸血鬼魂を封じて、血も幻惑で作り出して渡したって?」
「わざわざ説明ありがとう」
 魅月姫が静かにお茶を飲みながらふうと一息つく。
「エクスカリバーがあの吸血鬼に預けられたのは、あの吸血鬼たちが『円卓の吸血鬼』なんていうふざけた名前で呼ばれていたからよ。……嫌がらせが稚拙にもほどがあるわ」
 竜矢は手に持った、光を失ったエクスカリバーを見て、
「姫が手に取ればまた光は戻ってくるだろう……本当にありがとう」
「ま、まず一本目だな」
 草間が煙草を灰皿に押しつける。
「ところでよ、竜矢」
 フランシスが興味深そうに竜矢を見て、
「お嬢が当主になったらお嬢が葛織のトップになるわけだから、今のうちから心象悪くしたらメリットないどころか自殺行為だぜ? その辺どうなん?」
 竜矢が一瞬目を伏せた。そのままゆっくりと閉じ……やがて開いて、
「……“当主”が必ずしも“トップ”とは限らないということですよ」
「………」
「それでも姫は当主になるつもりでいます。今までのようにお飾りではなく、本当に何かをするために……」
「この剣集めは、その紫鶴の助けになるんだよな」
 紅珠が竜矢の手にあるエクスカリバーを見つめながら、
「絶対集める。待ってろよ、紫鶴」
「ああ……待っててくれ、紫鶴さん」
 悠輔が紅珠の言葉に重ねる。
「お嬢の人徳も、大したもんだねえ」
 とフランシスが笑った。

 いつもよりぎゅうぎゅう詰めの草間探偵事務所の中。
 その中央で、ひとりの少女が命がけで作った剣が一瞬、光ったような気が、した。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント/女性/183歳/吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】
【4958/浅海・紅珠/女性/12歳/小学生/海の魔女見習】
【5515/フランシス・―/男性/85歳/映画館”Carpe Diem”館長】
【5745/加藤・忍/男性/25歳/泥棒】
【5973/阿佐人・悠輔/男性/17歳/高校生】
【6139/ノイバー・F・カッツェ/700歳/人造妖魔/『インビジブル』メンバー】
【6458/樋口・真帆/女性/17歳/高校生/見習い魔女】
【6691/人型退魔兵器・R−98J/女性/8歳/退魔支援戦闘ロボ】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も細かいお気遣いのおかげで色々と助かりました。戦術的にもひそかに重要なひとりとなっています。気にいっていただけたら幸いです。
よろしければまたお会いできますよう……