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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


タイム・ベンダー

……時空を歪めるという噂の、自動販売機。

 その前に、パティ・ガントレットは立っていた。側には、雫の姿がある。
 古びていて、塗装があちこちはげている。曇ったガラスケースの中には、ラベルのない缶が二つ、飾られているだけだ。
なんとも、どんよりとした雰囲気の、自動販売機だった。
「妙な……気配を感じますね」
 愛用の杖に手をかけ、パティは静かに呟いた。
「見えなくても、分かっちゃう? すっごい不気味だよね」
 これはアタリかも、と雫は続けた。
 パティはゆっくりと、自動販売機に近付いた。
するとゴトリ、と重い音がして、取り出し口に缶が落ちてきた。
「お金、入れてないのに……。ボタンも、押してない、よね……?」
 雫が、息を呑む気配がする。
 パティは身体を屈め、取り出し口から缶をつかみ出した。ひんやりとした感触が、指先に伝わってくる。
「これも、魔……ですか」
 滅却の対象ではありますが……と、パティは息をついた。
 しかし、この缶からは悪意は全く感じられない。しかし確実に、この世のものではない気配がする。
「何だか、気が抜けますね」
 パティは、缶を振ってみた。何の音も、聞こえなかった。
「パティちゃん、開けてみようよ!」
 早く早くと急かす雫に、そうですねと頷き、パティはプルトップを起こした。

 その瞬間、飲み口から凄まじい勢いで冷気が吹き出した。
冷気はパティの口から、耳から彼女の体内に入り込み、瞼の裏にも侵入してきた。
瞼の裏の冷気が、やがてひとつの像を結ぶ。

 最初に、青いふたつの光が見えた。何処までも深く、ひんやりとした青色が闇に浮かんでいる。
青い炎のような、それでいて氷のような、ふたつの瑠璃。
その一対の瑠璃は、パティの瞳だった。
今のように、常に瞼を閉ざす必要もなかった、魔眼を持たない頃の自分だ。



 ……闇の中で、鳩は誰かに呼ばれたような気がした。
「……鳩は、ここにいます」
 吐息に乗せて、鳩は囁いた。
 数秒の後、闇の中から手が伸びてきた。しなやかな、男の人の手。
鳩の師であり愛人であり首領である……男の手だ。
その手は、鳩の頬にそっと触れた。あたたかさが、心地いい。

 ……ころしなさい。

 闇が震え、あの人の声が聞こえてきた。
 鳩は一瞬、息を呑んだ。驚いたからではない。ついにこの時が来た、と思ったからだ。
腕のガントレットが、きしりと冷たく軋んだ……ような気がした。
 彼の手が頬から離れ、今度は髪に触れた。高い位置でまとめた髪を、梳くように撫でる。
 彼は常々、鳩のことを美しいと言ってくれた。この髪を銀糸だと言い、瞳を瑠璃だと言った。
 だけど、こうも言っていた。『お前はまだ、完成していない』と。
何故完成していないのか、彼は教えてくれなかった。
でも、鳩は薄々感づいていた。
 鳩に、足りないモノ。
 鳩を完成させるために、必要なモノ。

 ……ころしなさい。

 もう一度、そう聞こえた。
 鳩の師であり、首領であり、そして……愛する彼。
彼の脈動する心臓を止め、生命の炎を吹き消す。
彼を殺して、全てを自分のものにする。
その力も、神魔滅却の意志も、心も…。そして、愛も。
 そうすれば……。

「そうすれば、鳩は完成する……」

 鳩は呟いた。それはとても、心の躍ることだった。
 闇の中で、彼が頷く気配がする。
 鳩は、懐に忍ばせていた短刀に、手を掛けた。
胸が高鳴る。
短刀を取り出すと、磨き上げられた刃に、自分の顔が映っているのが見えた。
刃の中から見返す鳩の顔は、笑顔だ。
自分でも少し驚いてしまうくらい、満ち足りた微笑。

 鳩は、短刀の柄をしっかりと握った。

 あの人が待っている。
 はやく、はやく。
 ころしなさい、と。

 鳩は体重を乗せて、短剣をあの人の胸に突き立てた。
手に伝わる感触は、固く、そして柔らかく。
短剣を引き抜くと、真紅の飛沫が鳩の身体を濡らした。

「これで……、鳩は……」

 力を失った彼は、鳩の胸に倒れてきた。
 その重みに、鳩は地面に膝をついてしまった。だけど、手は離さない。
彼から失われていく体温が、鳩の体内に入ってゆくように思えた。
鳩は充足感で胸がいっぱいになってゆくのを感じながら、そっと眼を閉じた。

「……いいの」
 
 何処からか、女性の声が聞こえた。
ふわり、と。
誰かが鳩を背後から抱きしめた。
 鳩は眼を開いて、後ろを振り返った。
背後の人物の両腕には、銀色のガントレット。銀糸の髪が、微かに揺れていた。
瞳を閉じた、きれいな女性。
 ……このひと、は。

「無理をしなくて、いいの」

 女性がそう言った瞬間、鳩は心臓をわし掴みにされたような気持ちになった。
 無理をしている? 鳩が? なぜ?
そう問おうとしたけれど、声が上手く出て来なかった。
喉から出てきたのは、震えた息だった。
 女性は、力を込めて鳩を抱きしめた。
 ぽたり、と。
 鳩の眼から、透明なしずくがこぼれた。



 パティの手から、缶は消えていた。そして、あの自動販売機も。
「な、何? 何があったの?」
 雫のうろたえた声が聞こえる。
「……パティ、ちゃん……? 何か見えた……?」
 うつむいていたパティは振り向き、微笑んだ。

「……いいえ、何も」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4538 / パティ・ガントレット / 女性 / 28歳 / 魔人マフィアの頭目】




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■         ライター通信          ■
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初めまして、水野ツグミと申します。
この度は、ご参加下さいまして、誠に有難うございました。
そして納品が遅くなってしまい、大変申し訳ございませんでした。
パティさんの過去の、非常に重要な思い出を書かせて頂くということで、
大変ドキドキと緊張しながら書きました。
またご縁がございましたら、よろしくお願い致します。