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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜魂の牢獄・前編〜


 異能力育成機関『アカデミー日本支部』の教頭を務めるレディ・ローズといえば、中世ヨーロッパから現代まで常に畏怖され続ける稀有な存在である。それが今やどうだ。魔女っ子アニメはひとつ残らず必ず録画、グッズは発売当日に買い漁るただのミーハーと成り下がっている。挙句の果てにそれだけでは満足できず、変身の魔法を駆使して非常にリアルなコスプレまでしてしまうという、大変結構なご趣味をお持ちなことで有名になりつつあった。
 しかし、その一面が彼女のすべてではない。本部に『転勤なんて絶対しないもんねー』と駄々はこねるものの、それなりの実績をあげているからこそ日本に居座ることができるのだ。それもこれも優秀な教師がいるからこそ。特に主任の紫苑はよくやってくれている。ローズも教頭の視点で「アカデミーの考えをよく理解している」といつも高い評価を与えていた。そんな教師たちのたゆまぬ努力がありながらも、最近では敵対する組織『絆』が能力者を確保する事例も多々あり、アカデミーに入校する者も徐々に減少傾向にある。苦境に立たされた現状を打破すべく、リィールもメビウスも片手間で有力な情報をつかもうと努力を惜しまない。

 そんなある日、ローズは巨大な書庫を有する教頭室である巻物を解読していた。ちなみに読んでいるのは魔導書の類ではない。今の彼女に現存する魔導書から手に入る知識などまったく必要としていない。普通の人間には気の遠くなるほどの時を過ごしているせいで、気まぐれに数十年単位で読書に没頭する時期があった。その時に術の内容はほとんどを覚えてしまっている。今さら魔法に関する極意など必要ない。なぜなら彼女自身がもはや『生ける魔導書』なのだから。
 今、読んでいるのは日本古来の絵巻物……鎌倉時代あたりに現在の東京近辺に存在したであろう村について書かれていた。この時代はご存知の通り、東京に関する情報や伝承が非常に少ない。ところが、これにはたんまりと情報が書かれていた。

 「起源は大和時代から続く蛇の神・キバツミを祭る密教で、『邪』という文字の語源になったともされる……ふーん。でもそのわりにあーんまり人気のないとこみたいじゃない。どんな村か見ておくのもいいかもしれないわね。もしかしたら能力者がたくさんいるかもしれないし」

 口では無関心を装いつつ、実は興味津々のレディ・ローズはさっそく村の視察を決めた。教師たちには頭の中に内容を叩き込んだ絵巻物を預け、どこに行くのかを口頭で伝える。その内容を紫苑が机の上に置いてあった紙にメモしたのを確認すると、自分はさっさとヴァリアブル・サークルを使って現地へと赴いた。


 見渡す限りの田んぼ。そのど真ん中にある集落。誰もが『ここが謎の密教が眠る土地なのか?』と疑うほど平凡な田舎の景色が目の前に広がる。さすがのローズもこれには参った。さすがに村を散策して終わるわけにもいかないので、とりあえず村人をひとり捕まえて話を聞いてみようとする。すると彼女の近くを通った青年が手ぬぐいで汗を拭きながら声をかけてきた。

 「あんれ。そのお姿は異人さんかね?」
 「その若さでその喋り方……ずいぶんと過疎の進んだ村なのね。感情の押しつけになるかもしれないけど、私は素直に同情するわ」

 相手の年齢を推測するにメビウスほどの若さだろう。しかし高齢化が進む農業に精を出していると、口調も年老いてしまうのかもしれない。相手はまったくそんなことも気にせず、珍しい訪問者を丁寧に迎え入れる。

 「俺は流介っつーんだ。何にもない村だけど、飯くらい出すよ。ま、おかずは漬物だがね。あはは」
 「それはまた豪勢なおもてなしね。ところで、あなたはこの村から出たことはないの?」
 「この村生まれのこの村育ちだ。村の者もみーんなそんな感じ。めったに外に出ようとはしないね」

 彼女は「そうでしょうね」と意味深なセリフと不敵な笑みをこぼした。この村の地下を流れる蛇行した地脈は禍々しくも魔性の匂いを保ち、今も地上にその影響をわずかながら及ぼしている。若者が都会を夢見て外に出ることなく生まれ故郷で農業にいそしみ、老人が余生をこの静かな村で過ごそうとする……それはすべて忌まわしき過去がそうさせているのだろう。村人を捕らえて離さないその力を見たくなったローズは目の前の青年に『先祖帰り』の秘術を施した。

 「この地脈はここで失われた魂を再びここで蘇らせる作用を持っている。だからあなたはずっとこの村の人間だった。それは間違いないわ。ということは過去の密教を知り得る人物であるかもしれない……悪いけど、ちょっと調べさせてもらうわね」
 「う……うぐぐ、う、うう……う。うう……っ!」

 ヴァリアブル・サークルが刻んだ複雑な魔法陣は、流介を知らぬ間に過去の人物へと変貌させていた。彼は一瞬、顔を下に落とすもののすぐさまローズの方を向く。そして突然、乱暴に彼女の右腕をつかんだ。さっきまでとは打って変わり、無作法なマネをする流介にさすがのローズも不快感を示す。しかし、すべてはここから歪み始めた。ここがどこかと知っていながら、なぜ彼女はこんな安易な行動をしたのか。それを反省する時間はほんのわずかしか残されていなかった。

 「あなた、そういうアプローチはいただけないわ。レディーの扱いには気をつけなさ、う、うぐっ……うがぁっ! は、はあっ! こ、これっ、これは、これはっ?!」
 「あ……あ、あんたが封印されていた蛇神信仰を蘇らせた。キバツミ様の大いなる神官である、この流之介の記憶をもな。先祖帰りの秘術を平然とやってのけるあんたは相当な実力者らしい。だから我々の同志にしてやろうと……この蛇紋の右手で噛みついた。この爪は蛇神信仰を植えつける毒牙なのだ。これで村人たちも昔のようにキバツミ様を崇める従順な使徒となる。もちろん、今のお前もな!」

 まさかたまたま通りかかった流介が蛇神信仰を陣頭指揮する神官、さらには他者を使徒へ変貌させる能力者だったとは……レディ・ローズは激しく後悔したが何もかもが手遅れだった。彼女はいつかのように毒素の浄化を試みるが、明らかに侵食速度が勝っている。

 「わ、私はこの村で使われる身になるつもりは、うがあっ! か、回復が、ま、間に合わ、うぐ! し、しまったっ、キバツミの毒の回りが早……っ!」
 「あんたは魔女だ。今の魔法も実際には回復ではなく、時間を遡行して肉体を元の状態を戻すだけだろう。しかも1秒前に戻すのに3秒もかかっているようでは、我がキバツミの同志となるのも時間の問題だな」
 「う、あがっ……があぁぁぁっ!!」
 「まぁいい、あんたにはやってほしい仕事がある。キバツミ様の降臨だ。そのためには禍々しき地脈の流れを蘇らせ、信者たちの文言を力に変換するなど……この流之介とあんたがいれば簡単にできるよな?」
 「うがっ! うが……あがぁ……! り、りゅ、流之介……様。この、レディ・ローズ、仰せの通りに働きます。そっ、そしてこの地にキバツミ様をお迎えするために……!」

 神官と魔女は長く伸びた八重歯をあらわにし、すぐさま村中を狂気に変えていった。そして強力な魔法や多大な労働力で弱まっていた地脈を蘇らせんと、せっかく耕した畑などをいとも簡単に破壊していく。もはやこれを異様な光景と呼ばずしてなんと表現すればいいのか。村は一瞬にしてあの頃へとタイムスリップした。そう、最悪の過去へと……


 それから数時間後、アカデミー日本支部は断片的な村の情報を手に入れる。教頭であるレディ・ローズが自分たちの敵になってしまったこと、そして蛇神信仰を推進する流之介の野望も……とても厄介な情報を得た紫苑は主任として的確な指示を教師たちに下す。まずはメビウスを現地に派遣し、得意の隠密行動で詳細な状況を確認するように依頼。そして自分はリィールと共同で能力者たちに協力を仰ごうと受話器を手にした。
 この時の紫苑は迂闊だった。先祖帰りや蛇神の復活という断片的な情報から、メビウスが「あること」を連想することに見抜けずにいた。今の教頭は力ずくでも止めるべき相手……それを彼の能力である『反逆の楔』で操った瞬間、メビウスはまたいつかのようにアカデミーを裏切るかもしれない。部屋の中で響く電話の呼び出し音を耳にしながら、メビウスはなぜかひとりで不敵な笑みをこぼした。

 彼が教員室を出てから小一時間、ふたりの努力が実ったようでなんとか作戦のメドが立った。神の剣を振るう天薙 撫子に妖長刀と血桜を操る五降臨 時雨はレディ・ローズや流之介に対する戦力として参加する。さらに撫子は集合までに祖父から問題の蛇神信仰に関する情報を集めることを約束してくれた。紫苑は今からふたりへの報酬をどうするか、アカデミーが厳選した本年度版の贈答品リストを開いて吟味している。一方のリィールは時雨の説得を担当した。ところがなぜかふたりは電話の途中で意気投合し、彼女は近くにいた自分のメイドにたんまりと料理を作るよう指示する。

 「腹が減っては戦はできぬ、ですか。素直に感心していいものか悩みますね」
 「時雨とやら、まったく戦う前だというのに太い神経をしている。報酬は満足の行く食事を要求したのだ。だが、彼ひとりで食べさせるのは忍びない。私もそれに付き合うことにした」
  リリリリリリリリリリ……♪
 「ちゃんと戦いの時には、意地を張ってくださいね。もしもし、アカデミー日本支部でございます……」

 話の途中で豪華な部屋を彩る調度品に合わせたアンティークの白い電話が品のいい音を奏でた。紫苑が受話器を取ると、相手は落ち着いた調子で上品に話す。撫子だ。どうやらある程度の状況を把握できたらしい。紫苑は話を黙って聞いた。
 なんでも蛇神はかつて邪なる存在として村に君臨していたこと、そして完全な復活を企てようとした最中に当時の能力者によって封印されていたことが判明した。さらに天薙の先祖がそれに協力しており、近隣の神社仏閣から発せられる神気を増幅して強大な浄化陣を作ったらしい。その秘伝は彼女ではなく祖父が知っており、その準備はすでに進行中だそうだ。ただ『封印を可能にしたのがそれだけとは思えない』というのが、撫子の見解である。いくつかの要素が重なって、キバツミを封印できるのだろうと紫苑に伝えた。
 紫苑の脳裏に教頭の姿がよぎった。よりによって欧州の魔女が東洋の蛇神の下僕となろうとはなんたる皮肉、今や彼女は撫子が示した条件を整えるための最大の障壁となっている。封じ込めることよりも解き放つことを得意とするレディ・ローズが敵に回ったのはアカデミーにとっても大きな誤算だ。撫子もすでにそれを察しており『あの方のお相手は自分が』と名乗りを上げる。彼はぐうの音も出なかった。現状では彼女に頼る以外に方法はない。紫苑は超人的な能力を持つが霊能力を所持していないし、リィールも小細工なしで戦うことを信条としている根っからの戦士だ。メビウスの能力は誰かをパワーアップさせるという特異なものである。もはや今の教師たちではレディ・ローズを止められないのだ。
 しかし撫子にすべてを任せると、今度は誰が結界を張るのかという問題にぶつかってしまう。紫苑は柄になく「臨機応変に行きましょうか」と自嘲気味に言った。すると、電話の向こうから『それくらいの心持ちがちょうどいいと思いますわ』と明るい声が返ってくる。彼はあえてお互いの、いやリィールの気持ちも和んだところで会話を終えた。ここから先は集合場所で聞けばいい。そう思った。


 稲刈りを終えた田んぼが並ぶのどかな田舎道は、ところどころがアスファルトで整備されている。緩やかに登る大きめの一本道……これを進めば問題の村にたどり着く。狂気に包まれた村の状況がどうなっているかは、今のところ誰も知らない。潜入捜査を依頼したメビウスから連絡がないだけならまだしも、ここは携帯電話の電波が届かないというとんでもない場所なのだ。これにはさすがの紫苑も頭を抱えた。このまま村に入れば、連絡手段を失ってしまう。
 その隣には一日に一度しか来ないバスの待合室があった。そこを我が物のように陣取り、呑気にランチを頬張っているのが時雨とリィールである。このふたり、なんと食を通してすっかり仲良くなってしまった。マスクを脱いだリィールの見事な食べっぷりに感心しつつ、時雨も一定のペースを崩さず食べ続ける。傍に控えるメイドはたくさんの盛り合わせを手に持ち、直立不動のまま笑みもこぼさずに立っていた。まるでその光景に魅入っているようにも見える。かなりの長身を誇る時雨はずいぶんと報酬を平らげてから、ふと思い出したかのように言う。

 「あの、ボクは別に……メイドさんたちと一緒に食べてもいいんだけど」
 「自分の食う分が減っても構わないというのなら、お前の意に添うようにするが?」
 「うーーーん。それはちょっとだけ……ちょっとだけなんだけどね、なんとなく……困る気がする」
 「だったら食えばいい。心配するな、彼女らもお前の気持ちはちゃんと受け取っている」

 リィールはサンドイッチからはみ出したであろうマヨネーズを口につけたまま、真剣な表情で時雨に接する。彼も『ボクの気持ちが伝わっているのなら安心だ』とばかりに、また一定の速度で食べ始めた。これには紫苑も撫子もただ呆然と見つめるばかり。端から見れば、実に呑気な連中である。どこをどう見れば戦う前のウォーミングアップとスキンシップであると理解できようか。いや、理解できるはずもない。
 そこに現れた突然の来訪者は、なんとロボットの従者を連れていた。本来ならものすごく驚かれてもいいはずなのだが、いかんせん隣で繰り広げられているのがこの光景である。あの撫子でさえも「ああ、どなたかいらしたんですね」程度の薄いリアクションを出すに留めた。しかし機械仕掛けの従者が寄り添うのが若き少女であるとわかると、さすがに誰もが我が目を疑う。

 「これはこれは、麗しきお嬢様ではありませんか。何か御用でしょうか?」
 「お久しぶりですね、リィールさん。私、アリス・ルシファールです!」
 「片田舎には不似合いな旋律を奏でるのはお前か、サーヴァント・マスター」
 「おふたりの食べっぷりはすさまじい戦慄に見えますけど……実際の状況もそれっぽいみたいですね」

 再会の挨拶もほどほどに、アリスは紫苑から一連の事情を聞き出した。実は彼女、すでにアカデミー以上に今の状況を把握している。それでも情報の誤差が少ないに越したことはないし、内容に実がなくとも調査そのものに支障はない。もちろん紫苑もそれを承知で説明しているのだ。このタイミングで合流を図るのは何らかの情報を持ってやってきたとしか考えられない。だからアカデミーとして知っていることをすべて白状した。その合間に撫子からのフォローも織り込んでの説明は決して短くはなかった。バス停のふたりが大皿をひとつ空けるだけの時間は軽く費やした。
 アリスは事の重大さを思い知らされ、自ら封印の手助けをすることを申し出る。最終的には蛇神の正体を見極めることが目的ではあるが、現時点では村の様子や地脈の状態などの広域捜査を行うと伝えた。紫苑はもっとも頭を悩ませていた部分を引き受けてもらえる安心感から表情を明るくする。

 「紫苑さん。私が今回の調査をお引き受けする以上、隠し事はなしでお願いしますね?」
 「わたくしも先ほどから気になっておりました。なぜ紫苑様は斥候として潜入しておいでのメビウス様のお名前を口にしないのか……を」
 「お恥ずかしい話で恐縮ですが、私は今も動揺しております。第一報を聞いた時点から不安定な状態でして、それが大きく災いしたのでしょう。私は彼を甘い蜜の中へと投げ入れてしまったようなのです」
 「先祖帰りに神の復活。まさか……!」

 撫子が核心を突いても、紫苑は表情ひとつ変えずに凛とした声で言い放つ。

 「メビウスもまた、敵に回った可能性が高いです。もし発見した場合、怪しい素振りをするようなら攻撃しても構いません」
 「敵にした時に厄介……ですものね」

 情報を余すことなく提供した紫苑が最後に語った真実。リィールはすでに仲間の状況を悟っているのか、それとも戦闘態勢を整えるのに必死なのかわからない食べっぷりを続けている。しかし時雨はついその話を小耳に挟んでしまった。そして手に持ったサンドイッチを持ったまま固まり、哀愁を帯びた表情で静かに視線を地面に落とす。出会ってから今まで、その端正な顔立ちは笑顔でいっぱいだった。そんな彼がこんな表情をするとは、誰も思ってもいなかったのだ。相方のリィールは不意に「腹ごしらえは終わりだな」と一方的に告げ、メイドに後片付けを命じる。
 その頃、リィールは出発前に目を通した時雨の履歴を思い出していた。彼女にも思うところがあるのだろう。自らの能力を制御するマスクを勇ましく装着し、愛用の銀の槍を持って立ち上がった。その姿を見て、時雨も仕事の準備を始める。妖刀を身につける動作は誰が見ても手馴れたものだ。その姿に誰もが安心感を得たことは言うまでもない。
 一方、アリスは『紫苑が明らかに何かを隠している』ことを最初から知っていた。だからこそ、出発前にそれを言わせたのである。紫苑には身内の恥を隠すつもりなどなかったのかもしれない。しかし、要求されなかったら話さなかっただろう。もし行った先で見知らぬトラブルに直面すれば、身を張って戦っている者たちがパニックに陥る危険性があった。相手が相手だけに、今のような緊急の指示を戦闘中に出されても困るのだ。彼女は紫苑の心を軽くできたことに安堵すると共に、さらに状況が悪化するかもしれないことを頭の片隅にインプットする。ただ自分の広域捜査に限定して考えた場合、この情報は特に大きな問題を引き起こさないと判断した。もしかすると、その逆はありえるかもしれないが……


 名も知られぬその村はすでにレディ・ローズの秘術で大いなる蛇神への信仰を思い出した連中で埋め尽くされていた。誰もがキバツミへの祝詞を口にしながら、捧げ物の動物たちを捕らえに向かう。信者はほんのわずかな間に鍬や鍬を捨て、野蛮で無意味な狩猟を行っていた。村の自衛のために用意された猟銃は本来の凶暴さを取り戻し、轟音を打ち鳴らすたびに皆の心が踊る。この変化に対応できない者などいない。全員が偉大な神の祝福を得るために、誰もが身を粉にして働いた。
 アカデミーの教頭であった頃の自分と決別する意味もあってか、レディ・ローズはいつものドレスに蛇柄の着物を羽織って活動していた。今や彼女はこの村に欠かせない人物だ。神官の流之介とともにキバツミを現世に蘇らせる巫女として、すでにある秘術の準備は整いつつあった。あとは邪魔者を排除するだけ……とはいえ、ふたりが外に出れば使徒と化した村人が大名行列のように連なってしまう。流之介は皆に「自宅で祈りを捧げよ」と指示を出し、先を急ぐ魔女の後を追った。

 「混沌とした力を自在に操るとは……嵐の前の静けさとはまさにこのことか。ん?」

 村の上空を音もなく飛ぶ未知なる物体は、老人のような語り口で言葉を紡ぐ。これはマイニー・イルオーディンが持つもうひとつの姿である。三対の細い腕と一対の太い腕を持つその姿からは想像もつかないほどの高速飛行が可能で、今は飛行試験を行っている真っ最中である。
 ただ彼は遊覧飛行を楽しむだけでは飽きてしまうとばかりに眼下のふたりを監視し始めた。これは非常に危険な行為である。しかし近い未来、マイニーが困るような事態は起こらない。なぜなら彼は相手からケンカを吹っかけてくれることを望んだからだ。索敵された場合は妨害電波を発生させて煙に巻く実験もできるし、狙撃された場合は偏向ビーム砲を応戦する実験もできる。早い話が実戦的な行動をしたくてしたくてたまらないというわけだ。

 「あやつらは実戦テストには使えそうじゃな。しかし、村全体から発せられる狂気にはちと疑問が残るのぉ……」

 ある疑問が脳裏をよぎったマイニーだが、警戒を解くことはない。なぜなら自分の真下では、今まさに戦闘が始まろうとしていたからだ。その一言一句を聞き漏らすまいと少しずつ高度を下げていく。ところがレディ・ローズと流之介の目の前に現れたのは撫子や時雨ではない。ひとり……たったひとり、村の入り口で焔を宿した倭刀を持って長い黒髪をさらりと流した男が立っていたのだ。

 「ようこそ、キバツミ様の聖地へ。あなたは陸……震、だったかしら。ごきげんよう」
 「蛇が邪の意味を成すという理がいかなるものかとここまで足を運んでみたが、まさに文字通りといったところだな。その立場によっては正邪のあり方が変わってくると思っていたが、このキバツミなる神は歴史の闇に葬られるべき悪。魔女ごときが復活させるには荷が重いのではないか?」
 「なっ……! 我らが巫女に無礼な!」
 「人心を惑わすために禁忌を犯す貴様らを放逐するわけには……ん?」

 神官の言葉に陸は不快感をあらわにした。目尻を上げ、倭刀を振り上げんとする刹那である。漆黒の高級リムジンがカースタントのように跳ねたかと思うと、空中で扉を開いてさっそうと数人の男女が現れた!

 「ここまでの運転、ありがとうございます。ここは危険ですから早くお逃げになって!」
 「結構……居心地よかったんだけどなぁ。もう少しでボク……食休みできたのに」
 「三食は保証したが、昼寝まで契約した覚えはないぞ?」
 「あの蛇柄のドレスを着たのがローズさん、そして隣が蛇神の神官となった流介さんですか。あ、失礼しました。今は流之介さんですね」

 撫子は登場と同時にいきなりの天位覚醒、さらに戦闘態である『戦女神』へとパワーアップする。これには流之介だけでなく陸も驚いた。幾重にも重なった翼を彷彿とさせる部分装甲、さらに三対の翼を持った彼女からは底知れぬ神々しさを感じる。霊能力を一切持たぬ紫苑でさえも、その肌や心で偉大なる力を理解できるほどだ。
 リィールにせっつかれた時雨は慣れた手つきで妖長刀を抜く……姿すら見せず、誰よりも早く地面に着地していた。相方はすぐにその特性を見抜き、刺青が隠されたマスクの奥で小さく笑う。
 アリスはサーヴァントの『アンジェラ』と共に静かに地面へと降り立つ。少女の冷静さには驚くべきものだ。しかしそれよりも恐ろしいのが、情報の分析である。紫苑はこの少女があっさりと相手を見破ったことに驚いた。まだ誰も名乗りを上げていないというのに……まさにこちらも文字通り「底知れぬ」面子が揃ったところで、陸が構えた刀を下ろしながら口を開く。

 「立ち位置を見聞する必要もなくなったか?」
 「ローズ様、あなたのキバツミの呪縛から解放いたしますわ」
 「私は好きでやってるのよ! 出でよ、ヴァリアブル・サークル! 運命の輪舞曲を奏でよ!」

 レディ・ローズはそう吐き捨てると『ラプラス・ロンド』が発動し、彼らの周囲を大小さまざまなサイズのオリハルコンリングが飛び交う。戦女神の撫子やアカデミーの教師からすれば、もはやこの魔法も使い古した技に映っているかもしれない。以前の脅威をまったく感じないまま、蛇神復活を巡る戦いは火蓋を切った。いつものようにリングは不協和音を奏でながら、目前の敵を切り刻まんと飛びかかる!

  ギィン!!

 金属がこすれ合う音が響いた。間違いなく誰かがリングを弾いたはずなのだが、その景色はひとつも姿を変えていない。誰もが首を傾げたが、その音から一呼吸おいてすぐに攻撃は広範囲に向けられた。陸はリングの動きを瞬時に把握し、防御の手段を持たないと思われるアリスの傍へと悠然と近づく。そしてある人物に視線を向けた。不意にその先を見たリィールが思わず声を上げる。

 「やはり。時雨……お前は紫苑と同じような能力を持っているな?」
 「これってバイトでね……赤ちゃんがやってたよ。ビー玉遊び……かな。そんな感じで……いい?」
 「いつもより個々の動きが鈍いですわよ。一気に決めます! ローズ様、お覚悟!」

 女神も魔女に負けてられない。神速のごとく特攻する姿は見る者に安堵の気持ちすら与える。その身に触れるリングは攻防一体の6枚の光の盾『光翼盾』ですべて弾き返し、いとも簡単にレディ・ローズの目の前へとたどり着いた。この勢いのまま御神刀『神斬』を振るうのかと思いきや、彼女は迷うことなく後ろを向く。その刹那、撫子は自分が神の力を得た人間であることを改めて思い知らされた。
 レディ・ローズまであと少しのところで、彼女は躊躇した。これではあまりにも芸がなさすぎる。あまりにもあっけなさすぎる。流之介が望むことを考えれば、ローズが簡単にやられるような真似をするだろうか。衣服にまで信仰の象徴を掲げている魔女が術に嵌った振りをする余裕などない。裏で繋がっているのなら、紫苑があんなに困るわけがない。紫苑、紫苑……撫子の脳裏にその響きだけが木霊するようになっていた。まさに一瞬の出来事である。なんと紫苑はあっさりとリタイアした!

 「う、ぐ……し、神速の脚をもってしても、よ、避け切れないとは……! がはっ!!」
 「し、紫苑様っ! こ、これはいったい、いったいどうしたというのですかっ?!」
 「撫子さん、そこから離れてっ! このリングはオリハルコン製ですが、まるで蛇のように湾曲……いいえ、ゴムのような柔軟性を兼ね備えています!」
 「さては油断したな、撫子。この魔女と戦った経験があると見るが、それが仇になったな。修行が足らないのではないか?」

 自分の愚かさを呪いながら逃げ惑う女神に向かって、あえて陸は辛辣な言葉をぶつけた。アリスの分析結果から推測するに、撫子が弾き返したリングは直線的な反射をせずに紫苑だけを狙って湾曲して飛んだ。超加速で逃げようとした紫苑もまた、普段よりリングの動きが遅いので油断したのだろう。それが仇となり背後から迫る凶器に気づけず、そのまま自慢の髪と背中をすっぱりと切られたのだ。幸いにも髪を硬質化していたため、背中のダメージは致命傷にはならなかったが、別のリングに切り刻まれた彼は地に伏したままピクリとも動かない。戦闘不能となった紫苑を守るべく時雨が傍に立ち、とどめを刺さんとする楕円を妖長刀と血桜で一気に破壊した……これもまた、ほんの一瞬の出来事だった。

 「ビー玉なのに……輪ゴムみたいな感じもする」
 「こ、これでは村の調査に入れません!」
 「アリス、今から俺の刀が飛ぶ方向へ全力で走れ。それが村に入る唯一の道だ。行くぞ! たりゃあぁぁぁーーーっ!」

 まさか村の入り口で一歩も動けなくなるとは思わなかったアリスの弱気を陸が支えた。焔を宿した刀『炎皇』を指差した方向へと投げる……すると倭刀は巧みに回転しながら、行く手を阻むヴァリアブル・サークルをすべて消滅させていった。この瞬間、村へ進入する道ができ上がったのである。アリスとアンジェラは全力で刀を追って走り抜けようとした。ところが、それをレディ・ローズ自らが阻む!

 「あんたたちを中に入れると後が厄介だからねぇ。そうはさせないよ……?」

 まさに蛇蝎のごとき所業。自らの魔力で生み出した蛇のような鞭を操り、ふたりまとめて捕らえてしまおうと自信に満ちた笑顔で牙の生えた口を大きく開く。そこに現れたのが、今の今まで上空で物見湯山をしていたマイニーである。なんと偏向ビーム砲を乱射しながらのド派手な登場だ。そしてレディ・ローズとアリスたちを煙に巻くと、自らもその中に入って瞬時に人間形態へと変形する。そしてアリスとの接触を図った。

 「魔女とやらの能力を考えると非常に危険な賭けではあるが、今はこれしかあるまいて。行くか、それとも引くか?」
 「悩んでる暇はありません! 行きます!」
 「若いのぉ……しかし今はその判断が正解じゃな。ワシも同行す……は、背後からリングが迫ってくるぞ!」

 陸が導いた道の方角を見失うことはなかったが、いかんせん土煙で視界が悪くなっていた。そこに魔女は闇雲にリングを飛ばしたのである。ふたりは背後から追われることになってしまった。これで潜入の道が断たれたかと思われたが、そのリングをリィールが叩き割る!

 「迷わず行け! この村には地の底から湧き出る禍々しき邪念が信仰を助長してい! うぐうぐ、がががが、がは……っ!」
 「リ、リィールさ……ん! まさか今、深手を追ったのでは……?!」
 「お、お、お前しか、いない。この村の秘密を一番知る、お前が、先へ行くべきなのだ。はっ、早く行けぇぇぇ!」

 もう迷わない。陸が、マイニーが、そしてリィールが作った道で立ち止まるわけにはいかない。ふたりと一体は村の中へと消えていった。しかしリィールもまた紫苑と同じくレディ・ローズの術中に嵌る。彼女の身体を覆っている白い布には、びっしりと蛇の鱗を象ったリングの欠片が突き刺さっていた。すでにそれは自分の血で染め始めている。今までリングを渾身の力で叩き割ることで能力を解除できた。しかし今回は最後の最後で規則正しく砕け散り、蛇の鱗のように破片が襲いかかったのである!

 「し、時雨も、リ、陸も……だから、ヴァリアブル・サークルを消滅させていた、のか……」
 「よく見なければわからないが、あの輪のひとつひとつには蛇の文様がかすかに見えた。だから俺は最初からあれを消し去るつもりでこの刀を投げていたのだ。時雨は偶然にしてそういう能力を発揮したおかげで九死に一生を得たと言えよう」
 「そ、そうか。し、時雨、お前は……無事に、うぐっ」

 ついにリィールまでもが地に伏した。すでに持ち主の元へと戻ってきた炎皇を鞘に収めながら、彼はリングの結界をまたしてもいとも簡単に潜り抜けていく。いかにリングが普段と違う動きをしようとも、陸にとっては関係のない話だ。いつもその場の状況だけを見極めて動くことを信条にしている。
 しかし状況は圧倒的に不利になった。時雨は紫苑を、撫子はリィールをかばいながらリングを中途半端に壊さぬよう、そして不用意に弾かないよう戦わなければならない。陸は傷ついたふたりの中央に立ち、両手を開いて方術を施す。すると地面には瞬時に印が刻まれ、小さな結界が生まれた。

 「調査が終わるまでの辛抱だ。撫子、時雨……今はその場を離れればいい。これ以上、連中が傷つくことはない」
 「高度な結界ね。あなたはいったい何者なの?」
 「魔女。お前は自らを見失った愚かな存在であるというのに、この俺にそんな問いができるのか?」

 陸の挑発的な言葉にローズは再び身構える。また激しい戦闘が始まろうとしていた。この時、陸は柄にもなく鼻で笑う……その理由は目の前にあった。3人の相手をするのはなぜかレディ・ローズだけ。いつの間にか流之介がいなくなっていた。アリスを村内へ導いた時には確かにいた。しかし、今はいない。そう、彼は倒れたふたりを使徒にすべく蛇紋の右手で噛みつこうとしたのだ。しかし結界が邪魔で身体に触れることができない。ふたりもようやくそれに気づき、怒りをあらわにした。

 「流之介様、倒れたおふたりを下僕として操ろうとは……どこまでの外道ですの?!」
 「くっ、陸とやら! ふ、ふざけたマネを! この結界さえなければ、この蛇紋の右手で使徒を増やせたものを……」
 「それって……リィールさんにも……するつもりだったの? そうだよね……きっと」

 どこまでも卑劣な流之介に対し、時雨の怒りが顔中に広がっていく……それはまるでリィールの『女戦士の刺青』に似ていた。血化粧で高潮したまま動き出した時雨は行く手を阻むリングを瞬時に消滅させ、目にも止まらぬ速さで流之介の目の前に立ちはだかる!

 「もう……ボクは……許さないよ」
 「な、い、いつの間に! わ、私はまだ死ぬわけには……ま、待ってくれ!」
 「苦しまないから……大丈夫。痛みも全然……感じないから」

 蛇神に遣えし者の血を浴び、その顔面を真紅に染め抜く覚悟ができたのだろうか。時雨は流之介の首をつかんで持ち上げた。そして一瞬の斬撃を発揮しようとする……!


 リィールが戦闘不能になるという大きな代償を払ったが、なんとか村の潜入に成功したアリスとマイニーはそれぞれの方法で調査を開始した。
 少女は最初からこの村の地脈の流れを気にしていた。おそらく流之介が何らかの方法で蛇神信仰の長になったのだろうが、ここまで村人の信心が発展するのにはいくつかの条件をクリアーする必要がある。その大きな要因のひとつが地脈なのだ。幸いにも村人は神官の指導で家の中にこもっている。調査を行うのは簡単だった。
 そしてすぐさま決定的な証拠を発見する。地面に埋められていた何かが人為的に撤去、もしくは破壊した跡があった。彼女はこのために用意したプリントを見る。やはりそうだ。これが蛇神信仰の根底にある大いなる力なのだ。

 「龍脈ならぬ蛇脈、ですね。昔からこの地は特異な場所で、負の力を蓄積してしまう場所だった。だから過去にも蛇神信仰が興り、このような形で封印された。つまり交じり合った龍脈を支流にすれば、自然と信仰は薄まるというわけですね」
 「最初からその情報を知っておれば、無理やり信者を捕らえることもなかったのだがの。こやつらはキバツミの復活、いや正確には出現を願っておる。その昔もキバツミは精神体までしか構築できなかったようじゃな。さて……この不要な敵兵は処分してもよいか?」

 マイニーは言いつけを守らずに集落を徘徊していた村人の会話を息を潜めて聞いた後、電磁波を浴びせることで精神系を狂わせてひとり残らず昏倒させた。今は木陰でぐったりとした老若男女がピクリともせず転がっている。さすがのアリスも「処分するのだけはやめてください」と懇願すると、マイニーは実につまらなさそうに「そこまで言われれば仕方ないのぉ」とつぶやき、彼らをその場に放置した。

 「龍脈の支流を作ることでキバツミの力を削ったのなら、過去の記録もしくは現在の破壊跡が存在するはずじゃ。そちらさんにそのデータは入っておらんのか。それさえあれば、今すぐにでも掘削工事くらいやっても構わんぞ?」
 「アンジェラにはすでに地脈の楔となる場所が転送されています。データが必要でしたらご一緒に村を巡ることになると思いますが、ご足労をお願いしてもよろしいのですか?」
 「もういい。データはすでに読み取った。あとはお主が駆動体を駆使して楔を打てばよいだけだ」

 アンジェラに触れることでそのデータを一瞬にして読み取ったマイニーは再びロボ形態になり、空高く舞い上がったかと思うと複数の場所をロックオンして一気に砲撃を開始する! さらに第二撃、第三撃……新たに楔を打つ場所がきれいに掘削されていく。もちろんこの砲撃は威力テストも兼ねていた。

 「これくらいの深さがあれば十分じゃて。第一撃は掘りすぎの感もあるが、その辺は気にするでない」
 「ありがとうございます! 楔は簡単に破壊されるような素材では心許ないですから、所属チームに依頼して丈夫なものを用意してもらいます!」
 「戦闘も一段落……か?」

 抜けるような青空から村の入り口を見渡すと、すでに先ほどの戦闘は収まっていた。攻めたアカデミー側も一時撤退したらしい。このままでは自分たちに身の危険が襲ってくる可能性がある。マイニーもそのまま退却する意志を彼女に伝えると、レディ・ローズたちに襲われないうちに逃げた。アリスも村人が動き始める前にこの場を離れる。その後、いずこからか封印の楔を打ち込む作業を指揮し、天使型駆動体を駆使して蛇脈の弱体化を計った。その作戦は大きな成果を上げたことは言うまでもない。


 時はわずかに遡る。
 時雨が流之介にトドメを刺そうとした瞬間、自分の意志に反して身体が硬直した。超加速で動けるはずの彼が身動きひとつできない……すぐに撫子とローズがある男の名を呼ぶ。

 「メビウス様!」
 「あ、あなた……キバツミ様の信徒となったんじゃなかったの?!」
 「バカ言うな。誰があんな得体の知れない宗教なんかに入るかよ。あ、教頭。懇切丁寧に説明してもらって悪りぃな。ということで時雨、とりあえず落ち着け。今すぐに血化粧を解除するんだ。今、流之介を殺せば機が熟さないうちにキバツミの器が完成しちまうからな。それじゃ困るんだ」
 「キバツミの……器?」

 裏切ったと思われていたメビウスは、実は紫苑の言いつけ通りスパイ活動を遂行していたのだ。そして『反逆の楔』の能力で時雨の自由を奪い、まずは暴走寸前の彼を元に戻すことから始める。その隙に陸はレディ・ローズの目前まで迫り、指で神庭に突きを食らわせた。ここは人体の急所であり、ローズは不意に大きくよろめく。さらに彼は方術で一時的に魔力を封印。その瞬間、虚空を舞うヴァリアブル・サークルはすべて地面へと墜落した。流之介は時雨の束縛を力任せに振り切り、巫女を肩に担いで村の奥へと逃げていく。

 「無駄だ、メビウス。巫女は魂砕きの術を私に施す手はずになっている。明後日にはその準備がすべて整う。その時こそ、キバツミ様のご生誕なのだ。私の身体はキバツミ様の魂の牢獄となり、現世に蛇神が生まれる! はっはっはっははは!!」
 「ということなんだよ。現世に現れるキバツミを宿すのは流之介と決まっている。蛇紋の右手を有するものが『魂の牢獄』になる資格を持っているんだ。ちなみに『魂の牢獄』とは人間全般のことを指す。そこから魂だけを抜き取れば、キバツミを収めることができるって意味だろうな。だから封印もままならない状態で器ができちまうと困るんだ。それにうちのバカ教頭の治し方もわからないままだしな。申し訳ないんだが、ここはいったん引いてもらえないか。紫苑もリィールもこのザマだ。本当に申し訳ねぇ。だが、面子は揃える」

 圧倒的な力を持つ撫子、陸、時雨ならキバツミを倒せるかもしれない。だが、それは「何も気にせず実行に移せる」というのが条件だ。メビウスの言う通り、重傷者をふたりも抱えたままでは難しいだろう。敵がいなくなったところで誰もが剣を鞘に収め、しばしメビウスの情報に耳を傾けた。もちろんその間で疑問に思ったことはスパイに聞く。

 「キバツミは伝承と同じく霊体のような存在を確立し、その上で肉体を求めているというわけか」
 「先ほど調査に入ったアリス様たちが気になりますわ……ご無事だといいのですが、メビウス様は何かご存知ではないのですか?」
 「ご存知も何も、あいつが一番状況を把握してんじゃねーのか? てっきりみんなそのつもりで中に入れたんだと思ってたんだけどもよ」
 「あの子が……全部知ってるの?」
 「剣さばきと喋りがミスマッチ過ぎるぜ、時雨よぉ。一発で名前と顔と性格を覚えてもらえるって便利だよな。ホントにうらやましいよ」

 時雨は自分の影から抜け出してきたメビウスに一礼すると「よく……言われます」と答える。思わず撫子がその姿を見て微笑んだ。陸は皆に背を向けながら言う。

 「宗教の傾向はよくわかったつもりだ。一応の目的は果たした、と言っておこう」
 「あさってまでに魂砕きの術を阻止し、さらにローズ様を元に戻す方法を探さなければなりませんね」
 「でも今のアカデミーには……誰もいないよ。みんな……傷ついちゃった。リィールさんも……紫苑さんも」
 「こうなったのは俺の責任だ。情報収拾にかまけて、こっちに気が回らなかったせいだ。だが時雨、心配するなって。あさっては久々にあいつとやるからよ。」

 キバツミは復活してしまうのか。レディ・ローズは元に戻ることができるのか。メビウスのいう『あいつ』とはいったい誰なのか。魂砕きの儀式まで、あと2日しか残されていない。アリスとマイニーのおかげで蛇脈の弱まったこの村での最終決戦は近い。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子        /女性/ 18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
5085/陸・震          /男性/899歳/天仙
1564/五降臨・時雨       /男性/ 25歳/殺し屋(?)
6047/アリス・ルシファール   /女性/ 13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者
6380/マイニー・イルオーディン /男性/ 85歳/実体化データ

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第13回です!
しかも今回は前編です! それでも盛り上がりはいつもと同じように仕上げました!
次々と倒れていくアカデミーの教師……いったい後編はどうなってしまうのか?!

陸さんは別のご依頼以来ですね〜。以前とは違い、今回は歯ごたえのある敵ですね〜。
今回はもう強さを前面に押し出して、それでも心根のやさしい部分を描写しました。
これで陸さんの興味が尽きるのか、それとも最後まで見守るのか……楽しみです!

今回は本当にありがとうございました。後編はついにキバツミとの対決となるのか?!
それでは次回、『CHANGE MYSELF!〜魂の牢獄・後編〜』でお会いしましょう!