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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『デートをしませんか?』



■草間興信所にて

「少し、一緒に出かけるか?」
「……へ?」
 暇を潰しに興信所へ遊びに来ていた梧・北斗(あおぎり・ほくと)は突然の一言に、一瞬、言葉が見付からなかった。なんだ、突然。先ほどまでは忙しそうにしていたから、帰るべきかと思っていたのだが。
「いや、いきなり予定がキャンセルになってな。今日一日、暇になっちまったから、たまにはお前の遊びにでも付き合ってやるかなと思ってな」
 そう言って、草間・武彦は北斗の座っていたソファの隣に腰掛けた。わざわざ自分を誘ってくるとは、本当に突然のキャンセルだったのだろう。
「珍しいなー。あ、いや、武彦が暇なのは珍しくないんだけど」
「放っとけ。どうせお前も宿題があるんだろうに、何故か暇なんだろ」
「ひっでえ言い草……」
「なんだ、珍しくも暇じゃないのか?」
「いや、まあ、言う通り、暇なんだけどさ」
 そう言って、北斗は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「じゃ、せっかくのお誘いだし……どっか行くか」
 そう言いつつもこちらにしても突然の誘いだ。行く当てを考えなければなるまい。
「おう。で、どこかいい候補でもあるか?」
「んー……そういえば、最近、近くに水族館が出来ただろ? 一度行ってみたかったんだよな! ちょうど良いからさ、今から行ってみねー?」
「おいおい、大の男が二人揃って水族館か? 子供っぽいな」
「何だよ、水族館嫌いか? いいじゃん、俺は好きなんだから。っていうか、じゃあ『大の男が二人揃って行く場所』ってどんなところだよ」
「ん……いや、まあ……そうだよな、良く考えたらお前、高校生だもんな。行けないよな。そういうところには」
「だから、どういうところだよ?」
 しつこく問いただすと、草間は困ったように笑みを浮かべて答えをはぐらかした。
「健全な青少年の育成のために、俺は口をつぐむとするよ」
「なんだよ、変な奴だな」
 言いながらも、もう『そういうところ』の内容は気にせず、北斗は大きく伸びをした。
「じゃ、さっそく行くか! 楽しめるときに、楽しんでおかなくちゃな! なんせ、武彦の奢りだし?」
「俺が一方的に奢るのかよ。まあ、この年齢差で割り勘も大人気ないとは思うが……」
「嫌なのか?」
「いや、そういうわけじゃないが……『間違われる』と少し困るなと思っただけだ」
「間違われる? 何に?」
「いや、何でもない」
「……? 変な奴だな」
 にやけて笑う草間は、どうやらこちらのことをからかって楽しんでいる風だったが、しかしその内容はよくわからなかった。



■水族館・屋外展示場にて

 水族館と動物園は、室内と屋内の割合が真逆だ。大抵の場合、割合が少ない方の展示はおざなりになりがちだが、さすがに出来たばかりということもあって、この水族館は屋外施設も中々だった。
「おい、武彦! ペンギンいるぞペンギン!」
 氷を模した大きなハリボテの中で、気だるそうに蠢く鳥の親戚を指差して、北斗がはしゃぐ。草間には何が愉しいのか良くわからないが、少なくとも彼の目には(というよりも周りではしゃぐ子供やカップルなどには)、あの生き物が非常に愛くるしく映っているようだ。
「俺には、デブな鳥にしか見えないんだがな……」
「可愛いじゃんかよ」
「俺みたいなハードボイルドで格好のいい大人には、わからないもんなのさ」
「あの可愛さがわからなくなるなら、大人になんてならなくてもいいかもな」
 そう言って、北斗が笑う。
 ペンギンがぺたぺたと腕(羽?)を振って、ひょいと水に飛び込んだ。まだ、気温は暑いが、しかし泳ぎたくなるほどではない。全く、こんな気温で水に入るなんて気違い沙汰だ。見ているだけで寒々しくなるのだが、北斗をはじめ、周りの連中はそれが可愛らしい動作に見えて仕方が無いらしい。
「お、飛び込んだ。いいなあ、ペンギン。やっぱ、可愛いよ」
 北斗が飛び込んだペンギンを指しながらにこやかに言う。草間は苦笑しながら呟いた。
「お前って幸せだよな」
「は? どういう意味だよ?」
「どっちかって言うと、お前を見てる方が可愛らしいってこったよ」
「なんだよ、それ。気持ち悪いな」
 北斗はただ、きょとんとした顔をしただけだった。こうも真っ直ぐな性格をされると、なんだか弟が出来たような気がしてくる。
「さあ、鳥を見終わったら飯を食おうぜ。腹が減ってきた」
「お、いいねえ。もちろん、奢りだよな?」
「そうだよ。いちいち、確認するな」



■水族館・屋内展示場にて

 ラウンジにて昼食を取った後、屋内施設へ入る。暗い部屋の中にぼんやりと浮かび上がる水槽群は幻想的で美しかったが、単純な北斗は大きな生き物が堂々と泳いでいる屋外水槽の方が好みであるらしかった。
 そんな中、ふと、その泣き声を一番最初に聞きつけたのは、北斗だった。といっても、人がほとんどいない展示室にべそをかきながらやって来た少年に気付くことが出来る人間は、そもそも限られていたわけだが。
「よう、こっちの方がペンギンよりはまだ見ごたえあるな。綺麗なもんだ」
 草間がイソギンチャクの水槽を眺めながら言う。返事が返ってこないため振り返ると、北斗はちょうど正反対の方向をぼんやりとした視線で眺めている。
「どうした?」
「あの子……」
 視線を辿れば、部屋の隅で蹲ってしくしくと泣く少年が見えた。一見すれば、暗い部屋の影に隠されて見えなくなってしまいそうだ。
「迷子かな?」
 一瞬、目を合わせた後、北斗が歩み寄る。草間は仕方ないとばかりにその後を追った。
「坊や、どうしたんだ?」
 しゃがみ込んだ北斗に対して、少年が顔を上げる。年の頃は六歳くらい。低く見積もれば四歳で通りそうな小さな子だ。彼は子供特有の泣き方で息を詰まらせつつ、何度もしゃくり上げてから、どうにか口を開いた。
「お、おに、おにー、ちゃん……誰?」
 質問に対する答えが返ってくるものと思っていたのだが、当てが外れた。子供はいつもマイペースだから付き合うのに困る。北斗も困った様子で「誰って言われてもな……」としか言えなかった。仕方なしに、質問を変える。
「坊や、迷子なのかい?」
 少年は喋ろうとして息を詰まらせ、それを諦めてこくこくと頷いた。
「そっか。ほら、泣かない。すぐに見付かるよ。お母さんと来たのかい?」
 少年が頷く。草間は周りを見渡したが、母親らしき者も係員らしき者もいない。少年は怯えたように膝を抱えて、二人に先んじて言った。
「ぼ、僕、ついて行かないもん。おかーさんが、知らない人には……つ、ついて行っちゃ駄目、って言ったんだもん」
 そう言いながら俯いてしまう。草間は、北斗が困り果てて顔をしかめている後ろから「と言っても、せめて係員のところまでは連れて行かないとな。放っておくわけにもいかないだろ」とだけ囁く。彼は無言で頷くと、しばらくして口を開いた。
「えっとな……俺の名前は梧・北斗。で、こっちのおじさんが草間・武彦。俺は学生。このおじさんは探偵だ」
 少年はぽかんと北斗を見ている。
「人探しは得意なんだ。お母さんを探すなら、俺達に任せてくれないか? 名前も教えたんだから、もう『知らない人』じゃないだろ?」
「おじさん、名探偵なの?」
 どう答えていいかわからず、草間はただ頷いて「まあな」とだけ答えた。
「おにーちゃんたち、おかーさん見付けてくれる?」
「もちろん。任せておけよ」
 北斗の言葉に、少年はしばし提案を吟味すると、やがて頷いた。
「じゃあ、おにーちゃんたちと一緒に行く」
「よし、商談成立! で、どうする、武彦?」
「どうするって……まずは係員に預けるしかないだろ」
 そういうと、気難しそうな少年は、ひしっと北斗の足元にしがみ付いて、再び目に涙を溜める。要するに一緒がいい、と言いたいらしい。北斗が、困った顔でそれを眺める。
「……いきなり、随分なつかれたみたいだな」
「おにーちゃんたちと一緒がいい」
「……困ったなぁ」
「仕方ない。しばらく一緒に探すか。親御さんも、水族館から外に出ちゃいないだろうしな。それで見付からなかったら、係員に頼めばいいだろう」
「ん、わかった。じゃあ、坊や、お兄さんたちと一緒に、お母さんを探そうか」
 少年は涙目のままこくりと頷くと、大きく手を広げて抱っこを求めた。眉を寄せて笑いながら、北斗がそれに応える。
「なあ、俺達、人攫いに間違えられないよなあ?」
「さあな」
 草間も苦笑しつつ、少年が母親とはぐれた場所を聞き出して、そこへ歩を進めた。



■出口・土産物屋

 少年の母親から「ありがとうございました、本当に」という、言葉を聞いたのが二十分ほど前。泣きじゃくる坊やの頭を撫でて、親子と別れた後、二人は水族館の出口の土産物屋に来ていた。
「といっても、買う物も何も無いな。わざわざ水族館土産を欲しがるような奴もいないだろうし。とっとと出るか」
 そういう草間を、北斗が止めた。
「おい、ちょっと待てよ」
「なんだ? 誰か、買いたい奴でもいるのか? ひょっとして、お前にもようやく春が訪れたとかか?」
「からかうなって。まあ、学友とか色々といるし……それに、武彦も、零にお土産買って行ってやった方がいいんじゃないのか?」
 そう言われて、ようやく草間は零のことを思い出した。
「ああ、零か……そうだな。あいつなら喜ぶか。たまにはいいこと思いつくんだな、お前も」
「何だよ、たまにはって……」
「気にするな。こういう時は、都合のいい表現だけを受け止めればいいんだ。それが大人ってモンさ」
「そ、そういうもんなのか?」
「ああ、そうだ。細かいことを気にしてるようじゃ、まだまだ子供だな」
「……なんか、釈然としないんだけど、その理屈」
 そういう北斗を無視して、草間は話題を変えた。
「しかし、土産といっても何が良いかな」
 ショップは大して広くないとは言え、お菓子から文房具、ぬいぐるみや食器など、取り扱っている商品は多々ある。白っぽい壁に囲まれた中に、いくつもの棚が並んでいて、草間としてはいちいち見る気も失せてくる。
「やっぱり、ぬいぐるみじゃねー? ほら、零ってよく妙なぬいぐるみ持ってるじゃん」
「ぬいぐるみか……そうだな。アイツ、ちょっと精神年齢低いもんな。こういう時は役に立つな、お前って」
「何だよ、こういう時はって……」
「さっきも言ったろ。都合のいい表現だけを――」
「はいはい、汚い大人理論はもういいから、ぬいぐるみ見ようぜ」
 ぬいぐるみの棚には言うまでもなく大量のぬいぐるみが、それこそ死体のようにぐったりとしな垂れて犇めいている。草間にはえげつない光景を連想させるが、他の人間には別にそうでもないらしい。
「しかし、男二人で水族館ってのもどうかと思ったが、それ以上に男二人でぬいぐるみ売り場ってのも絵にならんな……」
「別に俺達が欲しいわけじゃないじゃないか」
「ま、そうだが。しかし、どれが気に入ると思う? 年齢も近いんだから、お前の方が良くわかるだろ? 頼むよ、専門家さん」
 北斗は少し眉を寄せて口を結び、じろりと草間を見た。ちょっとは自分で考えろよ、と言いたがっているかのようだったが、すぐに棚に向き直って、ぬいぐるみを物色し始めた。カラフルな熱帯魚や、貝、亀、ヒトデ、さらにはエイやウツボ、草間にとっては人間に喰われるために生まれてきたとしか思えない、食卓に並ぶような魚群などが、異様にデフォルメされて勢ぞろいしている。
 しばらく、その棚に視線を走らせた後、何か凄いことを閃いたかのように北斗が言った。
「意外にも、ウツボぐるみが可愛いと見た!」
「そうなのか? 俺には良くわからないんだが……どの辺がだ?」
 草間の目には、どれもこれも似たり寄ったりに見える。もこもこしたクッションのような感触に、目として縫い付けられた黒丸が申し訳程度に輝く。ぽかんと開いた口は、赤ん坊のように力ない。
「この長ったらしい体と、ぼけっとした顔つきに、俺は愛嬌を見た」
「そうなのか……真に見識高く、素敵な解説をありがとう、専門家さん。さっぱり、理解は出来ないが」
「何か、嫌味っぽく聞こえるなぁ、それ」
「都合よく解釈しろ。それが大人ってモンだ」
「俺は今日、武彦のせいで、大人ってもんがよくわからなくなったよ」



■帰り道

 水族館を見終わって、のんびりと外に出てみれば、すでに夕日が赤々と輝いているような時刻になっていた。なんだかんだ言って、楽しんでしまったようだ。
「今日は愉しかったなー! また一緒にどこか行こうな?」
「おいおい、また男二人でむさいデートかよ」
「悪いかよ? 愉しかったじゃんか」
「……ま、そこは否定しないでおく。また、暇が出来たら、付き合ってやるさ」
「ホントか? 頼むな! あ、今日の分も色々とありがとうな。見学料とか昼食代とか」
「いいさ。高校生に自腹切らせるわけにも行かないだろ」
「それが大人ってもん?」
「そういうことだ。わかってきたじゃないか」
 二人はにやりと笑って顔を合わせると、声を立てて笑った。
「もしもまた暇が出来たら、今度は零も連れて、三人で出かけるのも悪くないな」
「あ、それもいいなー! でも、武彦いっつも暇なんだから、またすぐに行けるんじゃねー?」
「俺にとって暇があるってことは、金が無いってことなんだよ、坊や」
「う……世知辛いな」
 それが大人ってモンさ。そう思って、草間は小さく苦笑した。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17歳/退魔師兼高校生】



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■         ライター通信          ■
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 北斗様、初めての依頼参加、まことにありがとうございました。また、納品の遅延、まことに申し訳ございません。お待たせして、すいませんでした。

 真っ直ぐな性格の高校生の少年と、ハードボイルドを目指す貧乏探偵、という異色のコンビで、描くのは大変ながら非常に愉しく描写させていただきました。年齢も十七と三十というかなり離れた設定だったので、歳の離れた兄弟や従兄弟、という雰囲気で描写いたしました。
 二人に歳の差を意識させつつ、面白い休日を過ごす、という感じに仕立てましたがいかがでしたでしょうか。

 気に入っていただけましたら幸いです。それでは、また別の依頼で会えますことを、心よりお待ち申し上げております。