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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下君は不眠症

 この頃、三下忠雄の顔色がすぐれない。
「どうしたんですか?」
 他の編集部員が尋ねると、
「この一週間ほど不眠症なんだ……」
 と三下は目の下にくっきりとしたくまを作った顔で答える。
「え? もしや幽霊に取り憑かれた?」
「むしろ碇編集長の生霊に取り憑かれた?」
「ちがっ……違うよ」
 三下は編集長に聞こえていなかったか慌てて周囲を見渡してから、小声で言った。
「病院行ったらただのストレスだって……睡眠薬で今耐えてるんだけどね」
 これからどうしたものかなあ――と三下は情けない声で言ってきた。
「誰か、不眠症に効くものとか何か、持ってないかなあ……?」

     **********

 その日、たまたま二人の女性がアトラス編集部を訪れた。
 ひとりはパティ・ガントレット。盲人用の杖をつきながら、菓子折りを持ってやってきた。
「アトラスさんにはお世話になっておりますし……近くに住んでいるもので」
「あら、ありがたいわ〜パティさん」
 編集長の碇麗香が嬉しそうに微笑む。「あとでみんなで美味しく頂きますね」
 そのとき、編集部の中でかわいらしい声があがった。
「どうなさったんですか、三下さん……!?」
 神崎美桜[かんざき・みお]。絹糸のように細く長く腰まであるストレートの髪に、大きく澄んだ瞳を持つ、神秘的でどこか儚い雰囲気を持つ少女である。
 パティが振り向く。
 三下が目の下にやたらと濃いくまを作って、
「いや、何でもないよ」
 と無理やりな笑顔を美桜に向けていた。
 しかし、三下の心配させまいという努力はあっけなく同僚に破られてしまう。
「三下はこのところ不眠症なんですよ」
「え……っ」
 美桜の憂いを帯びた顔に、心配の光がともる。
「おやおや、三下さん」
 パティが三下のところまで、杖をついて歩いてきた。
「お顔は見えませんが……きっと疲れたお顔をなさっているのでしょうね」
「い、いや。……パティさんまで……」
「不眠症。これはいけません」
 パティは深くうなずいた。「病院には行かれたのですか?」
「……ストレスだと言われてるんですが……」
「ストレスの他に、運動不足や生活習慣の乱れが関係することもあるのですよ?」
 パティは優しげな声で言葉を並べていく。
「睡眠薬も依存すると怖いものですし」
「本当に、怖い……!」
 美桜が胸の前で手を組んで悲痛な声をあげる。「三下さんを休ませてあげなければ……」
「そうですねえ……ここはストレス発散もかねて、ひとつずつつぶしてまいりましょう♪」
「麗香さん!」
 美桜が編集長のデスクへと走った。
「私も編集のお手伝いをします。明日だけでも三下さんを休ませてあげてください……!」
 美桜の純粋無垢な瞳には、さすがの鬼編集長も勝てなかった。
 麗香がたじたじしているところへパティがのんびりやってきて、
「碇様、この様子では仕事が身に入らず効率もよくないでしょうし、ひとつぱっと休憩を与えては? お世話はします。ぜひ」
「わ……分かったわ。とりあえず不眠症が治るまで休ませてあげるわよ」
 美桜の顔に、華が咲いた。
「ありがとうございます、麗香さん……!」
「わたくしも協力いたしますので……」
 パティが、美桜によろしくと挨拶をする。笑顔で「よろしくお願いします」と言ってくる美桜に笑顔を返しながら、内心の笑いは――腹黒い。

     **********

 次の日の朝。
 美桜はお弁当を手に、駅で三下とパティを待っていた。
 美桜は、高原に紅葉を見に行こうとしていた。三下にゆっくり休んでもらうために。
 しかし三下は――
 約束の時間に大分遅れてやってきた。
 ぜえ、ぜえ、と走ってきた三下は息をあげながら、「遅くなって、すみません」と謝ってきた。
 後ろからパティが、のんびりと杖をついてやってくる。
「ど、どうしたんですか?」
 美桜が、顔色の悪さがさらに悪くなった三下の背を必死で撫でる。
「ストレス発散作戦その一ですよ」
 パティがにっこりと言った。「朝に、二十キロほどのジョギング……運動不足も解消しませんとね」
「二十キロはひどすぎますよ!」
 三下は悲鳴をあげた。
「何を言っているんです。碇様は不眠症が治るまで休ませてくださるとおっしゃった。その日まで毎日の週間ですからね」
「ひへええええええ!?」
 変な声で不満を訴える三下に、
「あ、ちなみに夕方ジョギングももちろん取り入れますから」
 三下の口から白い玉が出た。
 三下の魂だ、とパティは思った。

「そんなに疲れさせてあげないでください」
 美桜は優しく三下の背を撫で続けたまま、「ね、三下さん。今日は紅葉を見てゆっくりしましょうね」
「あ、ありがとう……」
 そして三人は電車に乗った。
 ごとんごとん、ごとんごとん
 心地よい電車のゆれも、三下の眠りにはまだつながらないようだ。
 そして三人がたどりついた先は――
 空気のおいしい、ゆったりと広い高原――
「今日はお仕事のことは全部忘れてゆっくりしてください」
 お弁当を見せながら、美桜はにっこりと言った。
「景色を見てぼーっとしたり、芝生にねっころがってみたりしてみてはいかがでしょうか?」
 そのまま眠れるかもしれませんよ――と美桜は言う。
 パティは厳しく首を振った。
「まだまだ。三下さん、ここはひとつヨガの呼吸法を行いましょう」
「……は?」
「酸素をきっちり体に取り入れるのですよ」
「は?――い、いたたたたた!」
 パティに体を変な風に折り曲げられて、三下がまたもや悲鳴をあげる。
「あっ。あっ。パティさん!」
 美桜が慌ててそれをやめさせようとする。
 パティはにっこり微笑んで、
「あなたも覚えるとよいですよ。ヨガは健康と美容に最適です」
「い、今は三下さんの……!」
「いたたた、いたたたたたたた!」
 広い高原に、三下の悲鳴が響き渡る。
「もうやめてあげてください……!」
 美桜の何度目かのお願いで、パティはようやく三下の体を押さえつけるのをやめた。

 秋の味覚と言えば栗にまつたけ、香り高いものばかり。
 美桜の作ったお弁当は、開くだけでそこが天国になりそうなほど三下を喜ばせた。
「実はわたくしも持っているのですよ」
 パティは懐からお酒を取り出した。
「ささ、お酒を呑んで仕事の愚痴でも聞きましょうか」
「し、仕事の愚痴……!?」
 三下は青ざめた。焦ったようにきょろきょろとあたりを見渡す。
「誰もおりませんよ三下さん。さあさあ」
「ぼぼぼ僕は愚痴なんかありませんよ!」
「何を怖がっていらっしゃるのですか。さあさあどうぞ一杯」
 三下に愚痴を言うような度胸などないことを知っていての意地悪である。パティは杯にお酒をさらりと注いで、「さ、遠慮なく」と三下に押しつけた。
 三下は、酔うことで自分が何を言い出すかが怖くて、お酒を口にできないらしい。
「あの……無理強いはやめてあげてください」
 美桜が傍から三下の手の杯を取って、パティにそっと訴えた。
 パティは内心、ちっと舌打ちをしながら、笑顔で「あなたはお優しい方ですね」と美桜に言った。

 パティの作戦もいったんは打ち止めになり、ようやく三下に幸福の時間が訪れる。
 三下とパティは、美桜のお弁当をつついていた。
 美桜は近くで本を取り出して、自分ものんびりとしようとしていたが、ふと虚空を見た。
「……そうだわ、昔兄さんが……」
 ――美桜には従兄がいる。彼に寝付けないときに膝枕してもらってぐっすり眠れたことを思い出し、
「三下さん、膝枕してあげましょうか……!」
「えっ」
 赤くなる三下の頭を膝に乗せ、額に手を乗せて。
 彼女の能力である精神感応で精神を癒してあげながら、美桜は子守唄を歌った。
 それを聞いていたパティ、
「三下さん。眠るのは二十一時きっちりですよ」
「へ? そ、それは子供の眠る時間では……」
 三下が思わず美桜の膝から頭をあげる。
「何を言っているんです。人間はいつだって子供。二十一時きっちりに眠ることこそ不眠症改善と言えるのです」
「そんなあ……」
「もちろん、夕方のジョギングを忘れずに」
「ひ、ひいいいいいい」
「三下さん、休んでください」
 美桜が一生懸命、三下の頭を膝に乗せなおそうとする。
 しかし三下の意識は、どうしてもパティの地獄の特訓に向けられてしまうようだった。
「ま、まさかヨガも……?」
「もちろん、毎日。一日三回は必要ですね」
「ひいいいいいい」
 三下は頭を抱えてうずくまってしまい、そこから動かなくなった。
 パティはそ知らぬ顔で、
「不眠症を治すためです……三下さん」
 美桜が、そっとうずくまった三下の背中に手を当て、精神感応を試みた。
「このままでもいいです。安らげますように……」
 二人の女性の言っていることはまるで反対だった。それが余計に三下を混乱させることを美桜は知らず、パティは確信犯で。
 ちなみに三下はそのとき――
 眠るのではなく、失神していた。

 高原から帰ってきてからもパティの特訓は続く――
「ほら、ジョギング二十キロ往復!」
「ヨガの呼吸法はこうです! そうじゃありません!」
「ほらお酒を呑んで!」
「就寝は二十一時!」

 ――……

     **********

 はたして、パティのしごきが効いたか美桜の優しさが効いたか。
 三下の不眠症はわずか三日で治った。
 ……三日ぶりに出勤してきた三下の顔色がますます悪かったことは言うまでもない。
「約束どおり、編集のお手伝いします」
 美桜はモンブランを手土産に編集部へやってきた。
 パティもなぜかついてきて、
「わたくしはお手伝いはできませんが……三下さんのお元気な様子が見られれば」
「……は、はい……おかげで元気になりました……」
 まったくもって元気ではない声で、三下は言った。
 パティは笑顔になって、「よかったよかった」とうなずいた。
 美桜はまだまだ心配そうだったが、
「あの……これからも三下さんを大切にしてあげてくださいね、麗香さん」
 言われて、麗香は「大切?」と不思議そうな顔をした。
 そして数秒間。
 やがてようやく、
「あ、ああ大切にね。大切にするわよ、もちろんよ」
 美しき編集長はにっこりと微笑んだ。
 そのとき、編集部の誰もが思った――
 碇麗香の辞書に、「三下を大切にする」という言葉は載っていないのだろうということを。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0413/神崎・美桜/女/17歳/高校生】
【4538/パティ・ガントレット/女/28歳/魔人マフィアの頭目】

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■         ライター通信          ■
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神崎美桜様
初めまして、笠城夢斗と申します。
今回は依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
美桜さんはどこまでもやさしくて、書いていて優しい気持ちになれました。ありがとうございますv
よろしければ、またお会いできますよう……