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<東京怪談ノベル(シングル)>


人の流れ街の流れ

●知っているが知らない街
 東京に電気の街と呼ばれた町がある。
 秋葉原、以前はどこもかしこも電気街の名に相応しい姿をしていたこの街もすっかり様変わりをしてしまっていた。
 そして街の姿が変わればそこに集う人々もまた、変わっていくものだ。
 変わっていく人はまた以前からいた人との意識の差、それは確実にある物なのだった。
 今日は休日な為に平日よりも街を歩く人の数が多く、その中には普段ほとんどこの街に来ないような人達も多数含まれていた。
「なんだかしばらく来ない間にまた雰囲気が変わってしまったかしらね?」
 通りを歩いていた法条・風槻(のりなが・ふつき)は小さく呟く。
 少し前にこの街に来た時よりも更に、今までとは違う雰囲気を持った人間が数多いと感じたからだ。
 風槻はしばらく通りを歩いて行きゆっくりと角を曲がり路地裏に入って行った。
 風槻が目指したのは裏通りにあるとりたてて大きくもないパソコンショップ、そこはいわゆるパーツショップと呼ばれるパソコン自作組立て用のパーツを販売している店であった。
 その店は一階は中古やジャンクパーツを置いてあり、二回がいわゆる新品のパーツを扱っている店であった。
 馴染みのその店に入ろうとした風槻であったが、店からどなり声が聞こえてくるのに気が付いた。
「何かしら?」
 いつもは穏やかで気立ての良い馴染みの店員が珍しく声をはりあげているのを聞いて風槻は疑問に思い店の中をそっと覗きこんだ。
 店の中では店員とお客が話し合い、というには少々荒いやり取りをしていた。
「これは不良品じゃないかっ!?なんでこんな物をここでは売りつけるんだ!?」
「いえ、だからこれはジャンク品でして……」
「ジャンクだかなんだか知らないけど、動かない物を売りつけたんだからお金は返して貰いますよ」
 お客の男性は店員につめよっていた。
 そんな光景を見て風槻は小さく溜息をつく。
「やれやれ、ここにも判って無い人っていうのが来てたのね……」
 風槻は小さくそう呟き溜息をつくと店に入っていった。
 店に入った風槻は一階の奥に向かった。
 いつもここで、何か掘り出し物がないかを探すのがこの店に来た時の日課となっているからだ。
 しばらく、ジャンクパーツの山を漁っていたが特にこれといった物が見つからず、手に持っていた基盤を山にもどす。
 自分が探している間も先ほどのお客と店員のやり取りはまだ続いており、風槻が話掛けられる状況ではなかった。
 そんな店員に詰めよる客の様子を風槻は半ば呆れる様にして見つめた。
 しばらくやり取りを聞いていたが、客の方は根本的に判っていないらしく店員が最初から説明をしようとしていた。
 風槻はこのまま見ていても仕方ないといった表情を浮かべ、階段を二階へと上っていった。
 階段を上り二階についた風槻はカウンター越しに最近の動向や何かめぼしい物が入荷しなかったかを聞いた。
「うーん最近はメモリが少しずつ値上がってる位ですかね。新しいCPUが出たんで、それの影響もあるようなんですけど」
「新しいOSも出る予定になってるしね」
「そうそう、それも関係してるみたいですよ。っと、最近入った物で面白いといえばこれですかね?」
 そう言って店員が出してきたのは一見するとUSBメモリの用に見える物であった。
「これで今はテレビチューナーになるっていうんだかっら、面白いですよね」
 店員が出してきたのは今流行りのワンセグに対応したテレビチューナーであった。
「パソコンや携帯でTV見るのが普通になって来ている今の時代に昔ながらのパソコンショップというのはもう時代遅れなんですかね?」
 店員のその呟きに風槻はここに来るまでの事と、ここに来て一階で店員と口論していたお客の事を思い出す。
「確かにこの街は変わってしまっているけれど、だからって必要なくなったって事はないと思うわよ。あたしみたいなのがいる限りは」
「そうですかね?だったらいいんですけど」
 店員はどこかほっとした表情を浮かべる。
「なるようにしかならないけど、なんとかなると思うわよ」
 そう言って風槻はゆっくりと一階へと降りていった。
 一階では先ほどのお客は既に帰った後であった。
「どうやら災難だったみたいね」
「あ、風槻さんお久しぶりです。ってさっきの見ていたんですか?」
「ええ、全部という訳ではないけど見てたわよ」
「最近多いんですよね、ジャンク品の意味を判らずに買って行く人が」
 昔は来る人の中にあった共通認識、それが既に共通認識ではなくなって来ている。
 昔は街全体が一つの方向に向いていた為にあった物がなくなり、違う方向に向きはじめた結果起きる一つ一つは小さい摩擦を生んでいく。
 一つ一つは小さくてもそれはいずれ大きな軋轢となってどこかで現れるだろう。
 それがどういう方向に向くのかは判らない。
 ただそれが良き方向に向く事を祈るだけである。
「その摩擦がどこへ向かうかなんて誰にも判らないものね」
 風槻はふとそんな事を考えてしまう。
「それじゃ今日はそろそろ帰るわね。ああいうお客さんがもう来ないといいわね」
 風槻は店員にそう挨拶すると店を出る。
 一瞬、急な明るさの変化についていけず瞳を閉じる。
 瞳を開けた風槻の前に一瞬だけ昔のこの街の様子が飛び込んできた。
 そして瞬きをするとその風景は消え、今のこの街の様子が飛び込んでくる。
「幻覚を見るなんてね……。歳じゃないんだから、懐かしむにはまだ早いよね」
 風槻はそう呟くとこの慣れた、だがどこか慣れない街へと踏み出すのだった。


END

2006.09.19.
Written by Ren Fujimori