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金目の鬼
オープニング
天から降り注ぐ銀の光。あたりは闇に包まれ、ただ風が川辺の柳を揺らしていた。
長屋の前に一人の男が立っていた。
男の年は二十二から二十四と言ったところだろう。白髪にも見える輝く銀の髪は、背中までもとどき、その病的にも見える白い肌には今、紅い液体が付着している。
……血だ。
その男を木陰から見ていた欄は思わず息をのんだ。彼は怪我をしているのだろうか？ 否、そうは見えなかった。なぜなら、彼の白い着物には血が付いていなかったし、怪我をしているにしては彼の表情が穏やかだったからだ。
今年、十歳になる欄は年の割には利発で美しい少女だった。遊女屋へと売られてしまったことも悲観せず、身売りするその日まで一生懸命働くことを心に誓っていた。そのために、お使いに出たまま、このような時間帯まで仕事をすることなど日常茶飯事だったのだ。だが、あのような男に出くわしたのは今日が初めてだった。
（……やっぱり、物の怪かな）
冷や汗が背中を伝う。京は華やかな都だが、あのような物の怪に出くわすことがあると聞いていた。身の凍るほどの恐怖が胸を貫く。震える足を必死に奮い立たせて、ここで、あの男が去るのを待とうと胸の前で手を握りしめた。目を閉じ、大きく息を吸い込み、吐き出す。
そして、瞼を開けたその瞬間。
「……あれ？」
幻だったのだろうか。そう思ってしまうほど、長屋の前には彼がいたという痕跡は何も残されていなかった。ただ、柳の木だけが揺れていた。欄はほっと息を吐き出して一歩足を踏み出した。
その時だった。
ぴちゃ……。
生暖かい液体が上からふってくる。欄の左頬を流れ落ちる。
「……え？」
「女、見ていたのだな」
上から、声がした。
どっくん、どっくん。
心臓がうるさいほど高鳴り、泣きたくなってくる。上を向けなかった。
こわい、こわい、こわい！！
黒い影が、自分の前に降り立った。後ろに座り込まなかったのは奇跡に近かっただろう。
それは、美しい男だった。
金の目。その目を見た瞬間、欄は男の正体を理解した。
この世で金の目を持つ生き物はたった一つだけだ。
鬼。
瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「……おや？ まだ子供だったか」
ニヤニヤと、鬼が笑う。欄は恐ろしくて動けなかった。殺されるのか。絶望にも似た思いが胸を締め上げる。短い人生だった。
「ま、ガキならいいか」
長い指が欄の輪郭をなぞる。
「ここで見たことは、誰にも言うな。話したその時は……」
欄はもう無我夢中で頷いた。鬼はそんな欄を満足げに眺め、そして……口づける。
「！？」
「契約だ……忘れるな」
その時欄は、金の瞳に、魅入られた。
＊＊＊
草間興信所の玄関ブザーがけたたましく鳴り響く。
「あ、はーい」
掃除途中の草間零がパタパタと玄関へ向かって走っていく。
扉を開くが、零の目線の高さに人はいない。零は不思議に思って視線を下に向けると、土下座する赤い着物の少女がそこにいた。
「あ、え？」
零はその姿に対して思考がついていかず、間抜けな声を上げた。
扉が開いたことに気がついたのか、それとも零の声によって人がいることを知ったのか、少女がゆっくりと顔を上げた。黒いおかっぱ頭に真剣な漆黒の瞳にぶつかって、零は目をぱちくりさせた。
「お願いがございます」
出し抜けに少女が言った。
「私ごときが人様にお願いするなど、厚かましいことだとわかっております。ですが、ですがどうか」
「ちょ、ちょっと待ってください。とりあえず立ってください」
零はあわててそういって、少女の腕を取った。少女は立ち上がるとうつむいたまま、零に手を引かれて興信所の中へと入った。周りを見ることもせず、ただうつむいている。
「大丈夫ですか」
「私ごときが敷居を跨ぐなどおこがましい」
「そんなことありませんよ」
「ありがとうございます」
妙に腰の低いその少女に首をかしげながら、零は草間武彦の下へ少女を連れて行った。草間は煙草を吹かしながら、ちらりと二人に視線を向ける。
「又怪奇か」
草間はげんなりしているとでも言うように、ため息を吐き出した。
「すみません」
少女が謝ると、草間は珍しいものでも見るように眉を上げた。
「まぁ、すわれよ。零、お茶」
「はーい」
「お構いなく、入れられても、飲めませんし」
「もてなしだ。それより、依頼があってここに着たんだろ」
「はい」
零はうつむいたままポツリポツリと話し出した。
「鬼を、止めてもらいたいんです」
「鬼？」
「はい。実は、私、平安時代の花魁をしていた欄というものです。私が見習いのとき、鬼が私の前に姿を現しました。私たちは契約を結び、それから五年後私はなぞの熱病で死に、幽霊の身になってから、ずっと眠る鬼を見守り続けてきたのですが、その鬼が先日目覚めたのです」
草間は煙草の煙を吐き出した。
少女はなおも言い募る。
「鬼は目覚めたら人を襲うでしょう。被害が大きくなる前に、鬼を止めてもらいたいんです」
「んー」
草間は考えるよう天井を見た。
どうしようか悩んでいるようだ。欄は零が持ってきたお茶にお礼を言って、心配そうに草間の姿を眺めた。
沈黙の重い時間が続き、その沈黙を破ったのはその空間にいた三人ではなかった。
「その話、私がお受けいたします」
玄関のほうから突然聞こえてきた声。
草間、零、欄の三人はそちらに顔を向けた。
そこにいたのは、盲目人用の杖を突いて立っているツインテールのパティ・ガントレットだった。静かな微笑を顔に浮かべ、三人の下へ近づいてくる。
「勝手にお話を聞いてしまってすみません。ですが、その鬼のこと私に任せてはくれませんか？」
欄の真摯な瞳がパティを捉える。
じっとパティを眺めてから、彼女は深いため息と共に言った。
「お願いします」
「よろしいですね、草間様」
「ああ」
草間は異存などないとでも言うように肩をすくめて頷いた。
欄はこらえきれなくなったようにパティに言った。
「あの人を、お願いします」
パティはその言葉に、ただ静かに頷くことで答えた。
＊＊＊
欄に指定された場所は、ただの並木道だった。街路樹の葉がこすれる音が耳へと入ってくる。伸びすぎた街路樹は、まるで自然のトンネルのように、葉を広げている。その葉の隙間からは、月さえも見えない。
パティはその並木道を一人でゆったりと歩く。
時折もれてくる悪意が心地よくて、パティは微笑をもらす。
不意に、大きな風が吹いた。
葉を地上に落とすほど大きな風に気をとられた、その瞬間。
悪意の気配が、殺意に変わった。
パティは後ろの上から迫ってきた者を軽い足取りでよける。とん、とその男はパティの前に着地した。銀の髪が風に揺れる、長いまつげが印象的で、まぶたは開いていない。地が白で鮮やかなもみじの絵が描かれている着物を着ているその男は、ゆっくりとまぶたを上げた。
鮮やかに輝く、金色の瞳が姿を現した。
彼は鬼だ。
「女、お前何者だ？」
パティの力をわかっていながらも、鬼は態度を崩さない。長い髪が、風に揺れた。
パティは微笑んで口を開く。
「私は、パティ・ガントレット。魔人マフィアの頭目をやっております」
「ほぉ。じゃあ、俺が何者かもわかってるってわけか？」
「あなたが何者かはよく存じておりますよ」
「おもしれぇな」
鬼はからからと笑った。そして、ふと何かを思い出したかのように真顔になる。
「俺のことは誰から聞いた？ まだ起きてそれほどたってねぇから、知ってる奴なんて……」
「それは、あなたがよくご存知では？」
鬼は考えるように下唇に指を添えた。
そしてふっと自嘲気味な微笑を浮かべる。
「欄か」
「はい」
鬼はそう言って視線を下に向ける。彼が何を考えているかパティにはうかがい知れなかった。
「鬼よ。わたくしは心も体も鬼とよばれる、その悪意を求めています」
凛とした声が夜の空へと吸い込まれていく。
鬼は一度まぶたを閉じ、深く息を吐いてから、パティへ顔を向けた。
「いいぜ、女。お前と行ってやる。面白そうだしな」
「賢明な判断だと思いますよ」
パティが手を伸ばした。
鬼はパティの白い手に己の手を重ねた。
＊＊＊
草間興信所の扉をくぐる人影があった。
パティだ。
草間武彦は、彼女が来ることを前々から知っていたとでも言うように、声をかける。
「終わったんだろ」
「はい、鬼は私のところにいます。あの方は？」
「よろしく頼むって言って成仏してった」
「そうですか」
パティは頷くと、もう興信所には用がないとでも言うように、くるりと背を向けて歩き出した。
エンド
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【4538 / パティ・ガントレット / 女性 / 28歳 / 魔人マフィアの頭目】
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■ ライター通信 ■
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金目の鬼、完成しました。
つたない文章で申し訳ありません。
少しでも満足して下さったらうれしいです。
これからもよろしくお願いいたします。
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