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藍玉 + そして +
☆★☆
葉が落ちかけた木を見上げ、沖坂 鏡花はふっと小さく溜息をついた。
持っていた鞄をベンチに置く。
毎日持って帰る必要のない教科書は重く・・・それでも、校内に置き去りにしていくことが出来なかった。
なんとなく・・・置いて帰るのが可哀想に思えてしまうのだ。
教科書に感情移入しても仕方がないとは思うのだが・・・。
「もう、夏も終わりですね・・・」
呟いた言葉がゆらりと宙を漂い消えて行く。
・・・楽しい時間はやがて終わってしまうことを知っていた。
楽しい時は永遠ではないことを、知っていた。
それなのに・・・
どうして辛い時間の到来を恐れたのだろうか?
楽しい時間が終われば悲しい時間が、辛い時間がやって来る。
それでも・・・それだって永遠じゃない。
鏡花はベンチに座ると、手に持っていたお弁当箱を隣に置き、1つ小さな欠伸を零した。
「全部私が作ったって言ったら、ビックリしちゃう・・・かな?」
徹夜で慣れないことをしたために、鏡花の意識は今にも睡魔に攫われそうだった。
片手で目を擦り・・・
ゆっくりと訪れた睡魔の甘い囁きに、鏡花の意識はすぅっと闇の中に引き込まれた・・・。
★☆★
浅葱色の羽織に袖を通し、着替えた制服は机の上に置いたままゆっくりと顔を上げる。
1週間・・・待った・・・
長いようで短い1週間だった。
今思えば、廊下で会っても視線さえ合わせてくれない鏡花の姿はなんだか可愛らしかった。
勿論、今思えば・・・であるわけであって、実際に視線をそらされた時は胸が痛んだりもした。
教室の入り口で立ち止まり、目を閉じて心を静める。
自分の気持ちをもう1度確かめる。
・・・この1週間、何度もやったことではあるけれども・・・
「よし、沖田奏。自らの気持ちに一点の曇りもなし!」
彼女が待っているあの中庭に・・・彼女との思い出が沢山詰まったあの中庭に・・・
さぁ、行こう。彼女の元へ・・・!
穏やかな日差しがさんさんと降り注ぐ中庭で、鏡花はグッスリと眠り込んでいた。
子供のように純粋で無垢な寝顔に苦笑しながら、羽織を脱ぐと肩に掛ける。
いくら日差しが暖かいと言っても、風はすでに北の匂いを纏っている。
開いているスペースにそっと腰かけ、すぅすぅと小さな寝息を立てる鏡花の顔を見詰める。
・・・本当に、随分と無邪気な寝顔だ・・・
思うに鏡花は、自覚のない小悪魔な気がしてならない。
手に届きそうになるとスルリと抜け出してしまう。けれど、追ってこないと分かるとすっと近寄ってきて、再び手を伸ばせばスルリと逃れてしまう・・・でも、今度こそ・・・
「覚悟決めてきたのに、寝ちゃってるしね・・・」
ポツリと呟き、その言葉に思わず笑みがこぼれる。
振り回されてばかり・・・でも、決してイヤじゃない・・・。
「・・・っ・・・んっ・・・」
鏡花が眉を顰め、小さく唸りながら起き上がる。
「あ、鏡花ちゃ・・・っと、鏡花・・・・」
約束を思い出し、言い直した瞬間――――――
鏡花がコテンと、奏の肩に頭を乗せて再びすぅすぅと寝息を立てる。
「えっと・・・」
どうしたら良いのか分からずに戸惑った奏だったが、起こすわけにもいかず動くわけにもいかず・・・
カァっと、顔が赤くなるのを感じた。
鏡花が好き・・・それは、紛れもない事実で、決して見失わない・・・奏の思いで・・・
けれど、こんなに・・・顔が近づいた、それだけで焦ってしまうほどに好きなのだと、奏は初めて気付いた。
鏡花の細く冷たい手が指先に触れ、恐る恐る・・・その手を握る。
ギュっと、力を入れてしまえば壊れそうな気がして、怖くて力は入れられない。
本当に、触れているだけ。それだけで、幸せだった。
・・・そう、幸せ・・・
幸せな時があれば、辛い時も確実に訪れる。
だけどそれは等分じゃない。
辛い時間を出来る限り短く、そして幸せな時間を最大限長くする事は努力次第で出来る。
例えこれから“辛”い出来事が彼女に・・・鏡花に起こっても、俺が“一”として加わり支えていけば、きっと“幸”せな方向へと向かうんだから・・・。
きっと、鏡花は辛くても言葉に出さない。
けれど、それならば分かってあげれば良い。
彼女は自分に正直だから、絶対に態度に出てしまう。
とても些細なSOSではあるけれども・・・見逃さない、そして・・・力になる。
それは、俺にしか出来ないこと。
「うぅん・・・」
鏡花の手がピクリと動き、ゆっくりと目を開ける。
パチリ、長い睫毛が動き、驚いたように目が見開かれる。
奏の肩から頭を上げ、戸惑ったように揺れていた鏡花の視線が、繋がれた右手に落ちる。
「あ・・・あの・・・えっと・・・その・・・」
淡い色をした頬がパっと色付く。
奏は繋いでいた手を離すと、鏡花の華奢な体を抱き締めた。
「やっとキミに届いたね。鏡花」
「・・・あっ・・・」
驚いたようなか細い声の後、戸惑ったように背に回された腕に、思わず力を込めて抱き締める。
やっと届いた。やっと、掴まえた・・・
「呼んで、くれたんですね。鏡花って」
「・・・うん」
「奏」
耳元で、凛と良く響く声が名前を呼んだ。
呼ばれ慣れている自分の名前のはずなのに、何故か違う名前みたいに感じる。
とても、不思議な感覚だった。
「・・・奏って、呼んでも良い・・・?」
「うん」
「何だか、心臓がくすぐったい」
クスクスと高い笑い声を上げながら、スルリと鏡花が奏の腕から抜ける。
ザァっと、吹いた風に髪が靡き、やけに大人っぽい笑顔を浮かべた鏡花がすっと、奏の手を握る。
「とっても、素敵な格好。どうしたの?」
「あ・・・これは、その・・・。気合いを入れようと思って」
そう呟くと、ふと心に浮かんだ言葉を口に出す。
「そう言えば、もしかして鏡花、寝不足じゃない?」
「え??どうして??」
「寝てたから、そうなのかなぁって・・・」
「あー・・・お弁当作ってみたんだけど、慣れないことはするものじゃないなって」
苦笑しながら傍らに置いてあったお弁当箱を取り上げ、奏に差し出す。
「食べて良いの?」
「胃薬はもって来てないけれど・・・」
「従兄妹の人、料理上手いって言ってなかった?」
「あ、酷い!私が作ったって信じてないでしょう!?」
「そうじゃなくて・・・従兄妹の人が上手いなら、その遺伝子が鏡花にも・・・」
「・・・残念ながら、従兄妹とは確実に遺伝子が違うの、分かってるんだぁ」
鏡花がふてくされたように、むぅっと口元を引き締める。
「どうして?」
「・・・水泳・・・できないんだもん」
「もしかして、カナヅチ?」
「えーっと・・・ち・・・違うよ・・・」
そう言いつつあさっての方角に視線を向ける鏡花に、苦笑しながらお弁当の蓋を開ける。
玉子焼きにウィンナー、色とりどりのおかずは美味しそうだった。
「美味しそうだよ?」
「見た目は・・・。玉子焼きなんて、全然上手く出来なくて、いっそ粘土で作ろうかと思ったもの」
「・・・あはは、思いとどまってくれて助かったよ」
乾いた笑い声に、鏡花が口元を手で隠して笑い声を上げる。
手渡された朱色の箸で玉子焼きを掴み、口の中に入れる。
・・・きっと、鏡花の家では玉子焼きは甘く焼くのだろう。
ふわりとした柔らかい卵は仄かな甘みを纏っていた。
「うん、美味しい」
「本当?良かった」
「・・・味見しなかったの?」
「奏にしてもらおうと思って」
酷い言いようだ。
味見ならぬ、毒見の可能性もゼロではなかったわけだ・・・
「・・・何だか奏、お母さんみたい」
ポツリと呟いた鏡花の一言に、危うく口の中のものを吹き出しそうになる。
「おか・・・!?」
「あ、そうじゃなくて・・・お父さんでも良いんだけど・・・」
どうせならお父さんの方を先に言ってほしかった。
お母さんだと、性別的な問題が絡んでくるし・・・と、そう言う問題でもない。
「俺は鏡花にとって、そんなに年上なのかなぁ・・・?」
「え!?んっと、違くって・・・なんて言ったら良いんだろう。一緒に居て、安心する」
ニコリと、無防備な笑顔を向けられて・・・奏は照れたように視線をそらせると空を見上げた。
茜に色付き始めた空は高く澄んでおり、幸せに色がついていたとしたならば、こんな色なのかもなと、ふと思った。
隣にチョコンと座る鏡花と、これから先に歩んでいくであろう道はきっと・・・
穏やかで、優しい、こんな空の・・・
「って、鏡花?」
「なにか??」
「スカートなのに体育座りしちゃダメでしょっ・・・!」
「えぇぇっ!!??」
奏の指摘を受けて、鏡花が慌てて足を折りたたむ。・・・ベンチの上で正座とは、少し変わった趣向だ。
・・・鏡花は小悪魔なんかじゃない・・・ただの、天然・・・天然なのだ・・・
きっと、これから先に歩んでいくであろう道は、穏やかで優しく、そしてちょっぴり騒がしい・・・
様々な色が混ざり合った、夕暮れ時の空の色のような
明るくも心落ち着く、そんな道 ―――――――
≪ E N D ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6078 / 沖田 奏 / 男性 / 16歳 / 新撰組隊士・神聖都学園生徒
NPC / 沖坂 鏡花
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『藍玉 + そして +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
ついに藍玉も最終話・・・なんだか鏡花が随分と不思議な子になってしまいました(苦笑)
奏君に心を許した鏡花、最後は砕けた口調で・・・!
と思いつつ“です・ます”口調が抜けなくて苦戦しました・・・。
ちょっと奏君がペースを乱され気味になってしまいましたが・・・
きっと、可愛らしいツインになるのだろうなぁと思いました。
気を張っていない限り、鏡花は酷い天然ですので、恐らく奏君の受難はこれからなのだと(笑)
なにはともあれ、最後までお付き合いいただきましてまことに有難う御座いました。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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