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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Walkin' on the edge

「あの…もしよろしければなんですけど、今度の土曜日に父が東京に来るので案内のお手伝いをしていただけませんか?」
 その唐突な頼みを聞いたのは、ティータイム時間の蒼月亭でそれぞれがお茶やコーヒーを楽しんでいた時だった。従業員の立花香里亜が、ナイトホークが外に煙草を買いに行った隙にこう言ったのだ。
 一度娘の様子を見に北海道から来るといっていたのだが、香里亜の父曰く「ナイトホークにはギリギリまで内緒」にしておきたいらしい。ナイトホークがいれば大抵の場所は案内できるのだが、自分一人ではきっと迷うだろうし、親子二人というのも気恥ずかしい。
「で、それをお父さんに言ったら『香里亜の信頼できる友達を連れてくればいい』って。なので、本当に唐突なんですけどお願いできませんか?」
 香里亜が困っているのも珍しい。
 それに香里亜の父親がどういう人物なのかも興味があるし、一緒にいれば色々な話が聞けるかも知れない。
「お礼とか夕飯ご馳走するぐらいしかできないんですけど、お願いします」
「ええ、喜んでお手伝いしますよ」
 ぺこりと頭を下げた香里亜に向かって最初にそう言ったのは、カプチーノを飲んでいたデュナス・ベルファーだった。最近なかなか蒼月亭に顔を出せなかったのだが、香里亜の頼みを断る理由はない。それにデュナス自身もフランスからやって来ているので、東京を観光するのは少し興味がある。
 と同時に、香里亜の父が来るのならば、彼女の力について聞いてみた方が良いのかも知れないと思っていた。以前の事件でも何者かが香里亜を拉致しようとしたのだし、何も知らないよりは対策のしようもあるかも知れない…そんな事をぼんやりと考える。
 近くの席でコーヒーを飲んでいたシュライン・エマも、カウンターに肘をつきながら香里亜に向かってにっこりと笑った。
「ギリギリまでナイトホークさんには内緒なのね…じゃ、最後の案内場所は蒼月亭がいいかしら」
 きっと内緒ということは、いきなりやってきてびっくりさせたいという気持ちもあるのだろう。シュラインはバッグに入れていた手帳を見ながら、どの辺りが観光に良さそうか考え始める。
「どこがいいかしらね…東京小路スポットとかは意外かしら」
「私のお勧めは合羽橋道具街で食品サンプルを見て楽しむコースなんですけど…あの大きなコックさんが目印の」
 そんなシュライン達を見ながら、香里亜は少し離れた場所に座っていた黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき)と黒 冥月(へい・みんゆぇ)の方を見た。
 魅月姫はいつものように香里亜の入れた紅茶を飲みながら、香里亜の父親がやって来るという話に素っ気なく「そう」と相づちを打ち、冥月は顔を上げてこんな事を言った。
「土曜か…その日は仕事だな」
 すると香里亜はしょんぼりとした表情になる。
「はうーやっぱり急ですよね。冥月さんと魅月姫さんには特に仲良くしてもらってるので、是非紹介したかったんですけど…」
 そんな香里亜を見て魅月姫はくす…と微笑んだ。別に行かないと言っているわけではなく香里亜の父には興味があるし、ご馳走してくれるという夕飯も魅力的だ。それにそんなに残念そうな顔をされるほど一緒に行きたいというのは、ちょっと嬉しい。
「香里亜、私は行かないとは言っていないわ。土曜日は開いているから、一緒に行きましょう」
 冥月もコーヒーカップを持ちながら、ふっと香里亜に向かって笑う。
「そうだぞ、香里亜。私も『仕事だ』とは言ったが、すぐ終るようなものだ。駅で合流しよう」
「本当ですか?良かったです」
 ぱぁっと明るい表情になった香里亜を見て、冥月と魅月姫は顔を見合わせた。このくるくると変わる表情や、素直なところが香里亜の可愛いところだ。妹のように感じるのはそのせいだろう。
「東京観光ですか…篤火はその日お暇ですか?」
 一番奥のカウンター席に座っていたジェームズ・ブラックマンは、香里亜達の話を聞きながら隣に座っていた紅葉屋 篤火(もみじや・あつか)に向かってそう話しかけた。香里亜の父親はおそらくナイトホークと知り合いだろう。それと共に香里亜がちらりと話した「ナイトホークさんは、何故かお父さんに頭が上がらないんですよ」という言葉がちょっと気になる。もしかしたら自分の知らない弱みとかがあるのかも知れない。
「あ…え、ええ…」
 ジェームズに話しかけられ、急に我に返ったように篤火は頷いた。
 実は先日ナイトホークが誘拐された事件の後から香里亜とまともに話をしていない。篤火はそれを少し負い目に感じていた。別に自分が何かしたわけではないのだが、何かをきっかけにして近くにいるのに話をしないというのは、ある意味遠縁になってしまうよりも怖いものがある。
 すると香里亜が二人の方に近づいてきた。そしてにっこりと笑いながらこう言う。
「ジェームズさんや篤火さんもよろしければ一緒にどうですか?お二人とも頼りにしてますし」
「そうですね…私は構いませんけど、篤火はどうします?」
 じっと二人が期待に満ちた目で篤火を見る。それを見て篤火は思わず苦笑した。香里亜からの頼みを受ける事で、少しは自分の事を許せるかも知れない。それに信頼できる友達…と言われた事もまんざらではない。
「分かりました。香里亜サンがそう言うのでしたら、ご一緒しましょう」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 土曜日の午前十時…。
「む、早く来すぎたか?」
 仕事の予定だったのだが予定よりもかなり早く終わってしまった冥月は、皆より先に待ち合わせ場所である「JR新宿駅みどりの窓口前」に近づいていた。
「何処かで暇を潰すか」
 待ち合わせは十時半の予定だ。とりあえずその辺を歩いたり、デパートにでも入れば時間は簡単に潰せるだろう。そう思ったときだった。
「肩がぶつかったって言ってるだろ!」
「それについては謝りましたよ」
 初老というにはまだ若いが白髪交じりの男性が不良達に絡まれている。こういうことは新宿ではよくあるのだが、それが何故か妙に気にかかる。普段ならやり過ごすところなのだがこういうときの勘はよく当たるので、冥月はそれを止めに近づいた。
「おい、やめろ」
 すると冥月の顔を見た不良達の顔色がさっと変わる。そして冥月の耳に信じられない言葉が入ってきた。
「あ、姉御!」
「総長の知り合いでしたか。申し訳ありません!」
「はい?」
 今まで男性に絡んでいたのに、不良達突然居住まいを正し丁寧な態度になる。なんだか気になると思ったが、どうやら先日躾けた族の下っ端らしい。冥月が唖然としていると、不良達は男性にも丁寧に挨拶をする。
「姉御の知り合いとは知らずすいませんでした!」
 そう言うと不良達は更に余計なことを言って去っていった。
「恋人のナイトホークさんとお幸せに!」
 いつの間にそんな事になっているのか。冥月が弁解する間もなく不良達が去っていく。
「ナイトホークの恋人?」
 しかも助けた男性が、訝しげにそう言いながら冥月をまじまじと見た。
「いや、違う。それは誤解…って、ナイトホークを知っているのか?」
「知ってるも何も…」
 その時だった。二人の間にパタパタという足音と共に、ピンクのキャミソールに白いカーディガンとスカート姿の香里亜が走ってくる。
「冥月さん、どうしてお父さんと一緒にいるんですか?」
「んー、お父さん不良に絡まれててこのお嬢さんに助けてもらったんだ。東京は怖いところだねぇ」
 嫌な会い方をしてしまった。しかも何か誤解されているような気がする。
 似たような笑い方をする二人を見ながら、冥月は頭を抱えた。

「いつも娘がお世話になってます。父の『立花 和臣(たちばな・かずおみ)』です」
 全員が集まった所で、香里亜の父である和臣は全員に深々と礼をした。髪は白髪交じりだが、眼鏡やジャケットのせいか、かなり若々しく見える。香里亜も童顔だが、父親も年齢不詳だ。
「初めまして、今日はよろしくお願い致します」
 シュラインが一番先に礼をした。香里亜はそれを見て一人ずつ父に紹介をし始める。
「こちらがシュラインさんと、デュナスさんです。お二人にはいつもお世話になってます」
 デュナスが握手のために右手を出すと、和臣もそっと手を出しにっこり笑った。
「デュナス君はあれだよね…あんパンが好きな人。お守りも頂いたそうで、香里亜がお世話になってます」
「お父さん、手紙に書いたこと何でも言わないで…」
 ここでもあんパンの人なのだろうか。まあ、デュナスが持っている袋の中には、新宿伊勢丹の木村屋で買ったあんパンがちゃっかり入っているのだが。
「いえ、本当のことですから…」
 香里亜は赤面しながら和臣を突き飛ばし、深呼吸した後で改めて紹介を続ける。
「こちらが仲良くしていただいている魅月姫さんと、お友達で師匠の冥月さんです」
 和臣が魅月姫の方を見て少し目を細めた。香里亜の話では、拝み屋をやっているということなのでもしかしたらその正体に気付いたのかも知れない。だが、魅月姫は礼をしながら一言こう言った。
「こんにちは、香里亜は大切な親友です」
 それを聞き和臣が香里亜に似た笑みを浮かべる。こうしてみると香里亜は結構父親似なのかも知れない。
「魅月姫さん、これからも香里亜と仲良くしてやって下さい。冥月さんには先ほど早速お世話になって」
「いや、あれは偶々…」
「冥月さんにはこれから鍛えてもらう約束をしてるんですよ」
「ほほう、香里亜をよろしくお願いします」
 すっかり忘れていると思っていたのに、まだ鍛える約束を忘れていなかったらしい。先ほどの「ナイトホークの恋人」含め、なんだか色々と誤解されているような気がするので、あとで訂正しなければならないだろう。冥月は溜息をつきつつ礼をする。
「で、こちらのお二人がジェームズさんと篤火さんです。ジェームズさんはナイトホークさんと仲良しで、篤火さんはジェームズさんと兄弟という噂があります」
 冗談っぽく紹介をする香里亜に微笑みながら、ジェームズと篤火が礼をする。
「ミスター立花、今日はよろしくお願いします」
「占い師をやっています、紅葉屋です」
 紹介が終わったところで、シュラインとデュナスが手帳を出した。日曜日であれば、篤火が「花園神社の骨董市」を提案していたのだが、今日は土曜日なので色々と観光スポットを考えていたのだ。
「今日は浅草観光をした後で下町をぶらりと歩いて、合羽橋道具街まで行ってから蒼月亭に帰るってルートにしたんだけど、それでよかったかしら」
 それを聞きジェームズがひょいと手帳を覗き込む。
「合羽橋道具街には何があるんですか?」
 浅草は分かるのだがその辺りのことはよく知らない。するとデュナスが嬉しそうに説明をし始める。
「製菓用品や調理用具だけじゃなくて、食品サンプルも売ってたりするんですよ。あれは素晴らしい職人芸ですよね」
 うっとりとするデュナスを見て、魅月姫がふっと笑う。
「もしかして、デュナスが欲しいのではなくて?」
「ばれましたか…」
「よし、案内は任せるが、移動は私が担当しよう。ここで話してるとキリがないからな」
 冥月はシュラインに場所を聞き、影の能力で全員を移動させたりする準備をし始めた。

 花の雲、鐘は上野か浅草か。
 人で賑わう仲見世通りを抜けながら、香里亜達は色々な店を覗き込みながら浅草寺へと歩いていた。和臣はその後ろをゆっくりとつかず離れずの速度で歩き、その近くにジェームズやシュライン達がついている。
「香里亜が一番はしゃいでるなぁ」
 楽しそうに冷やし抹茶を買ったりしている香里亜を見ながら、和臣は皆に向かって苦笑する。だがその笑顔が妙に嬉しそうなので、魅月姫はそっと和臣に向かって話しかけた。
「香里亜は昔から明るかったのかしら」
 いつも笑顔で接してくれる香里亜が一体どのように育ってきたのかが、魅月姫は気になっていた。それを聞くと和臣は少し天を仰いだ後、ふっと小さく溜息をついた。
「いや、香里亜はああいう体質だから、子供の頃はあまり遠くに行ったりしなかったんだ。泊まりがけの旅行も、高校になって修学旅行にやっと行ったぐらいでね…だから、東京が合ってるようで良かった」
「そう…香里亜は優しいから、感情移入してしまうものね」
 魅月姫が呟く。
「小さい頃は『見える』事が当然と思っていたせいか、よく神隠しに遭ってたりしてずいぶん心配させられてたよ。香里亜はけろっとしてるんだけどね」
 神隠しに遭っているのに、けろっとしているというのは香里亜らしいかも知れない。でもその口調からは色々と苦労した様子がうかがえる。多分東京に来るまでは、香里亜自身も色々と苦労したのだろう。
 それを聞きながら、シュラインがふふっと微笑む。
「あ、おせんべいとかお好きかしら?焼きたてのおせんべいとても美味しいから、買って食べません?」
「せんべいか…食べ歩けるって何か新鮮ですね」
「じゃあ買ってきます。香里亜ちゃーん、一緒におせんべい食べましょう」
 前を歩いていた香里亜をシュラインが呼び、デュナスや篤火を連れせんべい屋に入っていく。その近くで日本手ぬぐいなどを見ながら、和臣は笑いながらジェームズや魅月姫、冥月に話しかけた。
「香里亜は東京でどんな感じにやってますか?」
 それに三人は顔を見合わせた。香里亜が東京に来てから、ずっとその様子を見たりしているが、まさか『花泥棒に好かれた』とか『誰もいない街に引きずり込まれた』とか、挙げ句の果てに『何か狙われてる』とは言えない。特に冥月は「鍛えてください」などと言われているので、余計正直なことを言いにくい。
「元気にやってますよ。毎日笑顔で楽しそうです」
 ジェームズが言った言葉に、魅月姫が頷く。
「ええ、香里亜の入れた紅茶はとても美味しいし、お菓子も楽しみなの。皆に好かれてるから心配しなくてもいいわ」
「もし何かあったとしても、私達がいるから安心してくれ」
 冥月がきっぱりと言ったその言葉に、和臣がふっと笑った。

「浅草寺のおみくじは、なかなか大吉が出ないって。お父さんひいてみない?」
 本堂で参拝を済ませた後、おみくじ箱の前で香里亜がニコニコしながらそう言った。和臣はそれを聞き首を横に振る。
「大吉が出ないって前振りで『ひけ』って、それはむごいんじゃないかな?」
「じゃあ私ひいちゃおうっと。誰か一緒にひきませんか?」
「挑戦します…何か凶が出そうな気がしますが」
「私もひいてみようかしら」
 デュナスと魅月姫がそう言って財布を出し始める。篤火はシュラインとジェームズに、本堂の天井に描かれている「天人散華」と「竜」について説明をしている。
 そんな皆の様子を見ている和臣に、冥月はそっと近づいた。なかなか二人になる機会がなかったが、是非とも聞いてみたいことがあったのだ。
「…聞きたいことがある。何故東京行きを許した?」
 別に非難するつもりではない。ただ香里亜の能力では、人の多い街で苦労するのは自明なのに、何故それをすんなり許したのかそれが冥月からは不思議で仕方がなかった。妹の様に可愛く思うし守る気でいるが、その理由だけは聞いておきたかったのだ。
 和臣は遠い目をしながらふうっと溜息をつく。
「獅子は千尋の谷に子を落とすって言うけど、やっぱり落とすのは怖かったですよ。北海道にいたときにも結構大変だったのに、東京で上手くやっていけるのかとか…だけど香里亜の決心が固かったのと、ナイトホークが『来い』って言ったのを信じてみようと思ったんです」
「………」
「最初は心配で心配で仕方なかったけど、香里亜が自分から『助けて』っていうまでは絶対手を出さないって思ってね。電話や手紙で楽しそうにやってるみたいだったから一度様子を見に来たんだけど、皆さんを見て安心しました」
 どうやらデュナスが予想通り凶をひいたらしく、香里亜達が「悪いおみくじは結んで置いていっちゃうんですよ」と言っているのが聞こえる。おそらく父親としても心配はしていたのだろう。だが、ずっと安全なところに置いておくよりも、ここに来させる事に賭けたのだろう。その気持ちは冥月にもよく分かる。
「そういえば、冥月さんはナイトホークの恋人とか…」
 やっぱり聞かれた。
 冥月はこめかみに指を当てながら、何とか誤解を解くべく説明をした。このまま何も言わずに蒼月亭に行った時のことを考えると恐ろしい。
「…そんなわけで、あれは誤解であって、私がナイトホークの恋人というわけではない。そもそもあり得ん」
 あまりにもきっぱりと否定したせいか、冥月の話を聞き和臣は吹き出した。
「何か変だと思ってたらそんな事ですか。ナイトホークに恋人が出来たなんて知ったら、香里亜が絶対手紙に書いてきそうなのに、それがないからおかしいと思った」
 そしてひとしきり笑った後溜息をつき、おみくじ売り場で声を上げている香里亜を見る。
「それにしても香里亜は人気者だねぇ…上手くやっていけるかよりも、何かそっちの方が心配になってきました」
 それを聞き、冥月がニヤッと笑った。確かに香里亜は色々な者に好かれるが、妙に純真なところがある。騙されたり泣かされたりしないように目は光らせてやりたい。
「…悪い虫がついたら徹底的に排除するが良いか」
「それはもう徹底的に」
 同じように笑い、何故か二人はがっちりと握手をした。

「お昼は釜飯屋さんにしたの。ここ、釜飯の老舗なのよ」
 あらかじめシュラインが予約していたのか、すんなり広い座敷に通されてゆっくりと座ったり足を伸ばしたりしながら皆はくつろいでいた。
 やって来た水とおしぼりを全員に回しながら、篤火が和臣の隣に座る。
「そういえば、夜サンとはどうやってお知り合いに?」
 香里亜を助けてもらったことで知り合ったというのは、ナイトホークが誘拐された時、蒼月亭で待機していた者は聞いていたのだが、篤火はその場にいなかった。和臣はおしぼりで手を拭きながら、話をし始める。
「ああーナイトホークがふらっと北海道に来た時に、香里亜を地滑りから助けてもらっちゃったんだ。それから仲良くしててね…彼、色々弱みがあるから面白いよね」
 ナイトホークの弱み…香里亜が「ナイトホークさんはお父さんに頭が上がらないんです」と言ったことに関係があるのだろうか。なんだかそれはちょっと気になる。
「夜サンはお店では背筋伸びてますから、弱みとかなさそうですけど…」
「そうね、私も気になるわ」
 篤火と魅月姫がそう言うと、和臣が人懐っこく笑う。
「あんまり喋ると怒られちゃうけど、ナイトホークって納豆を死ぬほど憎んでるんだよね」
「納豆?」
 全員が素っ頓狂な声を上げた。確かに蒼月亭のランチで納豆が出るようなことは全くない。あまりに皆が驚いたので、香里亜は肩をすくめる。
「もしかして、皆さん知らなかったんですか?」
「ナイトホークとは付き合いが長いですが、それは初耳でした」
 メニューを全員に見せながらジェームズが呟く。ナイトホークとはこのメンバーの中で一番付き合いが長いが、納豆に関する話をしたことはない。というか、あまり話をするようなことでもないが。
「だから頼み事をする時に『納豆食べるか、頼みを聞くか』って言ったら、大抵頼み事を聞くよ。後は、意外と猫好きなんだよね…店やってるから飼ってないけど、猫見せたら子供みたいに喜ぶよ」
 それぞれ釜飯を注文し、それが炊けるまで皆は色々と香里亜の様子を和臣に教えたりした。香里亜が最近ランチの時に和食を作ったりしていることや、デザインカプチーノの練習をしていることなどを話すと、それを聞きながらニコニコと微笑む。
「ナイトホークさんから月を連想したのは何故なのかしら。私はね、彼見ると蜜柑思い出しちゃうの。オレンジ色が似合いそう…ってのが初印象で」
 湯気を上げ始める釜を見ながら、シュラインがそう問いかける。
「ああ、それはね、彼って自分で光るタイプじゃないと思うんだよね。太陽があって初めて生きる…みたいな。『NOT DEAD LUNA』って言ったのは、多分月のようにずっと静かに光りながら変わらずに『そこにある』んじゃないとか思ってそう言ったんだ」
 それを聞きながら香里亜は頬に手を当てそっと天井を見た。
「そういえば、ナイトホークさんってほとんど黒しか着ませんよね。浴衣の時も黒かったので、いつか他の色の服着てるの見たいと…あ、ジェームズさんもです」
 昼間は白いシャツを着ていることもあるが、ナイトホークやジェームズは大抵黒い服ばかり着ている。急にその話をされ、ジェームズは苦笑した。
「私は黒が一番落ち着くんですよ」
 月のように静かに光りながら変わらずに『そこにある』
 それはもしかしたらナイトホークの本質なのかも知れない。だがそれに関してはナイトホークのいない所で話すようなことではないだろう。真実はそれぞれで掴むべきだ。
「さて、もうそろそろ炊けたみたいだからいただきましょ」
 シュラインの合図で木の蓋を取ると、柔らかい湯気がそっと立ち上った。

 たぬき通りや伝法院通りをそぞろ歩いた後で合羽橋道具街にやってくると、案の定喜んだのは香里亜だった。ここには料理道具や厨房設備などの店が色々揃っているので、店を眺めるだけでも楽しいのだろう。
「食品サンプル!これ憧れだったんですよ。デュナスさん、あんパンありますよ。あんパン」
「えっ?本当ですか」
 楽しんでいる香里亜を見て、和臣が隣にいたジェームズに呆れたように笑った。
「なんか皆に案内させて香里亜が喜んでるね」
 他の皆も香里亜と一緒に食品サンプルを見たり、近くにある店を覗いたりしている。
「ナイトホークとはずいぶん親しいのですか?」
 ジェームズがそう聞くと、和臣は陳列棚にあったタルトをつつきながら、ショーウインドーに映ったジェームズを見た。
「親しいと言っても、多分あなたほどじゃないです。でも友人であるとこは確かですね」
「…私のことを聞いてそうですね」
 自分ほど親しくない。その言葉からナイトホークが自分のことを言っていることが伺えた。それは悪いことではないのだろうが、何を言われているのかは少し気になる。すると和臣はジェームズの方に振り返る。
「実はね、香里亜を助けてもらった時に『このまま北海道で暮らしたら』って言ったことがあるんだ。香里亜も懐いてたし、何か背負ってるような気もしましたから。でも、『東京には大事なものがたくさんある』って断られました」
 「大事なもの」の中には、蒼月亭だけではなく自分も入っているのだろう。ジェームズはそんな事を思いながらスーツの胸ポケットに手を当てた。そこはライターの指定席になっていて、しっかりとした重みを感じさせる。
「どれだけ大事なものがあるのか不思議だったけど、今日ここに来てよく分かりました。『東京』じゃないと、ナイトホークは多分上手く生きていけない」
「そうですね…『東京』は全てを受け入れる街ですから」
 それはナイトホークだけではない。
 ここにいる者達全てがそうかも知れない。どんな傷があっても、どんな力があっても、それを等しく受け入れ許容する街、東京。古いものと新しいものが入り交じって街を形成していくように、人と人でないものが一緒に暮らしている…。
「さて、私達も香里亜の所に行きましょうか。何かさっきから呼んでますし」
 篤火は店をぶらぶらと眺めながら、ふと和臣の方を見た。
「少し良くない相が出てる…」
 このまままっすぐ歩くと、何かよくないことが起こるかも知れない。そんな気がする。
「まだ時間がありますし、少し遠回りしませんか?」
 そう言うと篤火は和臣を連れ、少し強引に別の小路に入っていく。
「どうかしました?」
 そう聞いた瞬間、かなり近くで何かがぶつかるような鈍い音がした。
 どうやら自分達が通るはずだった道からそれは聞こえたらしい。その音が収まると、和臣から見えていた悪い相が消える。和臣はその心遣いに気付いたのか、篤火に向かってにっこりと笑った。
「あのまま歩いてたら大変だったね。ありがとう」
「いえいえ、お父サンに何もなくて良かったです」
 これで少しは香里亜に対する負い目を何とか出来ただろうか…追いかけてくるように走ってきた香里亜を見ながら、篤火はそんな事を思っていた。

「いょーう、NOT DEAD LUNA。遊びに来たよ」
「いらっしゃい、そろそろ来ると思ってたよ」
 蒼月亭にはナイトホークと草間 武彦(くさま・たけひこ)の二人しかいなかった。そこへ香里亜や他の皆がぞろぞろと挨拶をしながら入ってくる。
「来るって分かってた?」
 気さくに右手を挙げカウンターに和臣が近づいていくと、ナイトホークは下に置いてあった紙袋を三つ並べた。
「『白い恋人』と『マルセイバターサンド』と『函館チーズオムレット』を別々に送ってくるな。あと、ギリギリまで俺だけに内緒にするな。どうりで今日は客が全然来ないわけだ」
 どうやらそれらが送られてきたことで、ナイトホークは和臣が東京に来ることを知ったらしい。客が来ない…という様子では、今日はどうやら暇だったようだ。
 それに笑いながら、和臣が包みを指さす。
「別々に送る方が送料高いんだよ。それ皆さんで頂いてね」
「あ、私カウンター入ります。ご注文お決まりになりましたらお願いしまーす」
 カウンターが丁度満席になり、香里亜は慣れた手つきでエプロンを付け手を洗う。
「で、何しに来た?」
「うん。香里亜の様子を見に来たのもあるけど、そろそろ香里亜の力のことを話しておこうかなとか思って」
 和臣はさらりと言ったが、それはある意味爆弾発言だ。デュナスもそれを聞きたかったのだが、香里亜のいる前で聞くのもどうかと思い言いあぐねているうちに蒼月亭に着いてしまった。
 まさかそんな事を突然言われると思っていなかったので、思わずカウンターから身を乗り出す。
「それはどういう事でしょう、お父さん」
「デュナス君にお父さんと呼ばれると思ってなかったなぁ」
 デュナスの気持ちを知ってか知らずか和臣が意地悪く笑うと、デュナスは突然狼狽え始めた。だが、香里亜はきょとんとしている。
「い、いえっ、そう言う意味じゃなくてっ…」
「お父さん、他の人にも『お父さん』って呼ばれてたのに、デュナスさんに意地悪しない」
 その様子を見ながら冥月や魅月姫が苦笑する。
 だがこれから話されることは重要だ。緊張を解くためにそんな事を言ったりしたのだろうが、自ずと全員の間に緊張感が走る。
「香里亜サンの力とは、どういう事ですか?」
 そっと篤火が質問すると、和臣は出された水を一口飲んでこう言った。
「うん、香里亜の力はね…」
 その力とは見える世界が違うだけでなく、その身に持つ力を暴走させれば別の世界を作り出してしまうほどの大きな能力。今は何事もなく暮らしているが、その力を狙ってくる者がいるかも知れない。それら全てを含めて「刃の上を歩く」ように危ういもの…そう和臣が語る。
「皆を集めてまで言うって事は、何か考えがあって来たんだろ」
 ナイトホークがそう言いながらシガレットケースを出した。ジェームズはそれを見て胸ポケットからライターをそっと出す。
「今日香里亜が一人で私の所に来たら、無理矢理にでも北海道に連れて帰ろうと思ってたんだ。でもこれだけ友達がいるなら大丈夫だって安心した…香里亜、お父さんが渡したお守りを渡してくれないか?」
「えっ、これ?」
 香里亜が首に下げていたお守りを外して渡す。
 すると和臣はそれを持ち立ち上がり、武彦がカウンターの上に置いていたライターを手に取った。
「ちょっと待って…」
 シュラインがそう言うと同時に、和臣の手のひらで火が上がった。布袋が不思議な色の炎を出しながら燃えていく。
「香里亜、自分の力に不安を持つことがあるかも知れないけど、もうこれがなくても大丈夫だ。多分ちゃんと気付いているんだと思っているけどね」
 ゆっくりと話す和臣を香里亜は真っ直ぐ見つめている。そして火が消えていくのを確認したように静かにはっきりとこう言った。
「お父さん…まだちょっと怖いけど、それがなくても私、頑張れると思う。だからここにいさせて下さい」
「当たり前じゃないか。皆さん、うちの娘をよろしくお願いします…」
「安心して、香里亜のことはちゃんと守るわ。だって、親友だもの」
 魅月姫がふっと微笑みながら頷く。
「香里亜サンはしっかり者ですから大丈夫です。夜サンや私達もいますし」
「そうですね…香里亜くんはナイトホークよりもしっかりしてるかも知れません」
「待て、俺だって店ではしっかり者だぞ」
 篤火の言葉にジェームズは、ナイトホークの煙草に火を付けながら笑った。それを聞いたシュラインもクスクスと笑う。
「そうね、香里亜ちゃんのことはお任せ下さい。ね、デュナス」
 いきなり自分に話を振られたデュナスは、思わずカウンターから立ち上がって深々とお辞儀をした。
「は、はい。安心してください、お父さん」
「デュナス君にお父さん言われると複雑だなぁ…」
「いや、だからそういうわけではっ…」
 おそらく和臣も本当は心配なのだろう。それは皆分かっていた。
 だがあえてそうやって突き放さなければならない事もあるし、香里亜ならきっと大丈夫だ。香里亜の友人はここにいるだけではないのだから…。
「私に任せておけ。香里亜につく悪い虫共々、全部追い払ってやる」
「悪い虫の方を是非よろしくお願いします」
 冥月に礼をしようとする和臣を見て、武彦がそっと耳打ちした。
「いや、冥月は実は男で娘さんを狙って…」
「誰が狙うか!」
 いつものように見事な蹴りが入り、皆が賑やかに笑う。
 まだ誰が香里亜の力を狙っていたりするかの謎はあるが、こうやって笑っている限り皆の力で何とかなるだろう。何故かは分からないが、そんな気がしていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
6577/紅葉屋・篤火/男性/22歳/占い師
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
今回は「香里亜の父と東京観光」ということで、少し話をしたり観光したりほのぼのとした後で、ちょっとした出来事が…という感じになっています。
香里亜の父はちょっと突き放しているように見えて、もしかしたら心配で仕方がないのかも知れません。お守りがなくなったことでちょっとした出来事は起こるかも知れませんが、それはまた後日の話ということで。ナイトホークの弱点は当たり障りのないところを皆さん聞かれたので、軽いところを出しました。PC情報ですので、あまり広めずにこっそりいじめてやってください。
リテイク、ご意見はご遠慮なく言ってくださいませ。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。