コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


なんとか心と秋の空

 シャラ、シャララン、と、窓から入る夕暮れの風に揺れて、それは鳴った。
「秋風か…。風流、ってやつだね」
 カウンターに肘をついて、このアンティークショップの店主、碧摩蓮がつぶやく。
 ガラス細工がいくつも重なり合ったような美しさ、その優しい音色…確かにその風鈴は芸術品と言って間違いないだろう。
「だけどそれも日が沈むまでさ。夜になればこの音が悪魔の歌声と化す…特にそう、アンタみたいな奴にとってはね。
ただ綺麗なだけの風鈴がこの店にあるわけないだろう? これもいわくつきの代物なんだよ。
何かの呪術でもかかっているのか…日が沈んでからこの風鈴の音を聞いた男は、一種の催眠状態になってしまうのさ。
朝になれば元に戻るけれどね。…どうして男だけに効果が出るのかって? 答えは簡単、その効果っていうのは、自分を『女性』だと思い込んでしまうものだからだよ。…なんて言っているうちに、ほら。
フフ、面倒に巻き込まれる前に、私はさっさと退散するとしよう」
 そう蓮が言い残して、店の奥に姿を消したのとほぼ同時。
 窓の外の太陽は完全に姿を隠し、『夜』に染まったショップの中にシャラ、シャララン、と風鈴の音が鳴り響いた。

 まさにその瞬間、その場に居合わせた者。
 それが、黒い長髪、黒い瞳、丸渕眼鏡、おでん大好きこの男…宇奈月・慎一郎、26歳であった。
 風鈴の音は店内に柔らかに響きわたり、もちろん宇奈月の耳にもすんなりと入り込む。宇奈月は一瞬の目眩を感じて、慌ててすぐ傍らのカウンターに手をついた。
(こ、これは一体…ぼ、僕は…? あれ? ぼ、僕? 違う、私? 私は何を…)
 次に宇奈月の意識がはっきりとしたとき…そう、蓮の言葉通り、宇奈月はその何とも摩訶不思議な暗示にかかっていたわけだが、本人はそれに気づくはずもない。
 その風鈴の催眠効果は完全に自分を女だと思い込む上、受けた者の『女性』のイメージを、表面へ引きずり出すようだった。
 かくして宇奈月慎一郎の、私は夜を駆ける女の子的一晩は始まったわけである。

 まず、宇奈月は手持ちのバッグから何の脈絡もなく、食パン…いわゆるトーストを取り出した。
 夜食にでもするつもりだったのか、コンビニで入手したと思われる未開封のそれをバリッと開けて、さも当然というように口に銜える。
 そして…ダッシュで夜の街へと飛び出した。
 それは彼の深層心理に眠る「少女」のイメージだったのか、それともこの疲れた世の中が生み出した「美少女の偶像」の典型的姿であったかは定かではないが、とにかく宇奈月は何の迷いもなく「遅刻、遅刻!」と言いながら夜の通りを走っていく。
 彼…いや、彼女?がいったい何に間に合おうと走っているのか…それは本人にすらわからない、笑えぬ催眠である。
 そんな宇奈月が十字路に差し掛かったとき、そのアクシデントは起きた。
 ここまでの流れから、説明には及ばないとは思うが、やはり状況の整理とは必要であると思われるのであえて言わせていただこう、つまり青年とぶつかったのである。
「きゃっ!!」
 26歳男性の容姿にそぐわぬ、か弱い叫びと共に宇奈月はぺしゃり、と転んだ。
 相手の青年も驚いたのだろう。いや、突然の衝突にもだが、軽い接触で簡単に倒れた宇奈月にぎょっとすると、慌ててそばへ駆け寄った。
「あ、あの?! 大丈夫ですか?!」
「ハ、ハイ…ごめんなさい、私ったら前方不注意で…貴方もお怪我はないですか?」
 相手の青年は、その女性らしい対応に、えぇ? という顔をしたが、宇奈月はまったく気にせず、ずれた眼鏡を直しながら青年の顔を見た。
 そのとき、宇奈月は…自分の胸がトクン、と高鳴るのを、確かにきいた。
「あ、はい。俺は平気ですけど、あの…?」
 自分の顔を見たまま硬直している宇奈月に、相手の青年はますます訝しげに声をかける。
 一方宇奈月は、返事も出来ずにただ青年の顔を見つめていた。
(…何かしら、この胸のドキドキ…? 顔が赤くなっちゃう)
「あの、もしもし? 本当に大丈夫ですか?!」
 相手の青年は、焦りを通り越して不安になってきたらしい。彼に肩を叩かれて、宇奈月はハッと顔を上げる。
「へ、平気です! やだ私ったら…すいません! 失礼します!」
 慌てて立ち上がってぺこりとお辞儀をすると、ポカーンとしたままの青年の視線から逃げるように、宇奈月はその場を後にした。
(あのドキドキは、何だったの…? まだ頬が赤いみたい…って、大変! 遅刻しそうなんだった!)
 再び走り出す宇奈月。
 しつこいようだが、彼…いや、彼女?がいったい何に間に合おうと走っているのかは、本人にも定かではない。
 そのままの勢いで次の十字路に差し掛かったとき、再びハプニングが宇奈月を襲った。
 キキキキーーーッ!! ダンッ!!
 いや、ハプニングどころではない。事故である。交通事故である。宇奈月は車にぶつかったのだった。
「っ?!?!!」
 叫ぶ暇もなく撥ねられた宇奈月は、青年とぶつかったときとは比べ物にならない衝撃で地面へと倒れた。
 周りの人々が集まってくる声、運転手が血相を変えて駆け寄ってくる足音、そして何処からか聞こえてくる救急車のサイレン…

「はっ?!」
 宇奈月が目を開けたとき、そこは真っ白なベッドの上。
「あっ、気がつきましたか? ここは病院ですよ!」
 看護婦が近寄って声をかけてくれるが、宇奈月はぼーっとしていた。一体何がどうなったのであったか…と朦朧とする。
「先生! 患者さんが目を覚ましました!」
 看護婦の呼びかけに、ドクターも傍へと駆けつける。
「おい宇奈月! しっかりしろ、大丈夫か?! 幸い命に別状はないし、怪我も大したことない。運が良かったな!」
「…え? あの…?」
「どうしたんだ、俺が判らないのか? 小学校から一緒じゃないか。それとも意識がまだはっきりしていないか?」
 小学校から一緒? つまり自分の幼馴染…? とぼんやり考えながら、宇奈月は一生懸命ドクターの顔を見ようとする。
 その様子に気づいてか、ドクターは端正な顔を宇奈月に近づけた。
「宇奈月? どうした、どこか具合が悪い?」
 顔を近づけられて、ドキュン、と胸が音をたてる。見る見るうちに、宇奈月の顔は真っ赤になった。
(や、やだ、どうしてこんなときに。私、なんでドキドキ…、あ、あれ? 私、私…? 私、は…?)
 しばらくの沈黙。そしてようやく宇奈月は小さな声を出した。
「えっと、あの、その」
「うん? 思い出したか?」
「いえ、逆で…お、思い出せないんです。その、ごめんなさい、貴方のこと…も、私、のことも…」
「……え?」
 ドクターと看護婦の目が、点になった。
「あの…私、って誰なんでしょうか…?」
「なっ…! …き、記憶喪失…!!」
 流石の医者も一瞬言葉を失ったらしい。口をぱくぱくとさせたが、すぐに冷静さを取り戻して深呼吸をした。
「お、落ち着こう、宇奈月。大丈夫だ、一時的な記憶の混乱だからな。すぐに思い出すさ。そうだ、いつまで眼鏡をかけっぱなしなんだ? 様子を見るからとりあえず、眼鏡を外して…」
 かちゃ、とドクターの手が宇奈月の眼鏡を外す…が。
「って、ぇええぇぇえ?! なんで眼鏡を外したら急に美少女顔なんだお前!!」
「はい?」
 きらきらと効果音の付きそうな眩いばかりの美少女な雰囲気、長い睫毛、瞳の中のハイライト。
 風鈴の催眠効果とは本人の意識を操るだけではなかったのか? それとも、催眠状態に事故が重なったことにより相乗効果が現れたのか? はたまた、宇奈月の記憶の混乱が、容姿までも自分は女だと勘違いしたことによって摩訶不思議な力が働きこのような…
「というか、どう見ても骨格変わってるとしか思えないだろう、なんなんだこれは?!」
「せ、先生落ち着いて下さい! しかし患者さんはどこの骨も折れていないようですし…」
「あのーどうかしたのでしょうか? 私、おかしいですか? それから、私は一体どこの誰なんでしょうか…?」
「何がどうなっているんだ! とりあえず宇奈月を集中治療室へ運び込むべきか、それとも」
「先生! 患者さんの脳波の検査をしますか? 先にテレビ局へ連絡を入れた方が良いでしょうか?!」
「いやいや君も落ち着きたまえ、テレビ局とか! とりあえず他の先生達も呼んで、それからナース達も」
「あのー? 私はどうしたら良いんでしょう? それから、先生、貴方のお名前も思い出せなくて…」
「待て、やはり先に記憶の混乱を何とかすべきか? とりあえず検査をしてから、いや、こんな稀なケースは学会に発表する必要があるかもしれない! 君、レポートの準備だ!!」
「はい先生!!」



 …その翌朝。
 大騒ぎになっていた病院から、宇奈月慎一郎は逃げるように飛び出した。
「いったい、何がどうなっていたんでしょう? 僕はどうして病院に…」
 宇奈月は記憶を辿るが、どうしても思い出せない。しかもいつの間にか、あちこちにかすり傷が出来ている。
「こんなかすり傷で病院に運び込まれたんでしょうか? 昨日、アンティークショップにいたところまでは覚えているんですが…」
 首を何度も捻ってみるものの、アンティークショップで蓮の話をきいたあたりから、記憶はぷつりと途切れている。
 しかも病院は自分のことで大騒動になっているし、眼鏡がどうしたとか、記憶がどうしたとか…
「うう〜ん? さっぱりわかりません…。しかし考えたらお腹が空いてきました、おでんが食べたいなあ…」
 黒い長髪、黒い瞳、丸渕眼鏡、おでん大好きこの男…宇奈月・慎一郎、26歳。
 朝には蓮が言った通り風鈴の催眠は解け、いつも通りの彼に戻っていたのであった。
 1晩のうちに、どんなドラマを繰り広げたのか…当の本人はさっぱり忘れている、というオチつきで。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2322 / 宇奈月・慎一郎 / 男性 / 26歳 / 最近ちょっと錬金術師な召喚師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

今回はこの依頼に参加して下さってありがとうございました!
完全にどたばたギャグのような展開になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
宇奈月さんは本当に素敵なPCさんで、私も楽しく書くことが出来ました。
愉快なプレイングを、ありがとうございました!