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蒼天恋歌 ４ 天空から
空が荒れている。
何故か、全て雲に覆われているのに、一部だけ綺麗に丸く開いており、日が差し込んでいる。何かが降り立つようなそんな雰囲気だ。
何かが、動き始めた。そう直感するあなた。
レノアの記憶はまだ確実に戻ってきてはいない。しかし、彼女は空の荒れ模様に怯えている。
「いや、いやぁ！」
あなたは彼女を落ち着かせるため、側にいる。
鬼鮫とディテクターは、鬼鮫の住んでいるぼろアパートで安酒を飲み、もやし“だけ”炒めをつついている。
「てめえ、何故放っておく？」
「様子を見ているだけだ」
ステテコ姿の鬼鮫がギロリと煙草を吸っているディテクターを睨んだ。
「もっとも、俺たちが保護する目標は絞られた。ただ、目標を保護すべきかの決定は、今の保護者の力による」
「とっととふんづかまえればいいじゃねぇか？ 力尽くでも」
鬼鮫は不満を口にする。
とっとと仕事を終わらせたいらしい。
「あの、目標は保護者に懐いている。説得するべきかどうかは俺も考えているところだ。ただ……」
「なんだ？」
「おまえも、思い出せ……家族や大切な」
ディテクターの口から“彼らしくない”言葉が出る。
一瞬だけ、“草間武彦”になったようだ。
「うるせえ、昔のことだ」
鬼鮫は苦い顔をしながらコップに入っている酒を一気飲みした。
「不味い」
「“時の砂”を生まれながらにして持つ、アレが必要だ」
女が言った。
目の前には男。
目の前に雰囲気は何もない刹那的なモノと、絶望。
「まえは、あの世界を育て上げることはできなかったが、時の砂を持つアレには抑止は働くことはない」
「捕まえるのは容易ではないが、我らの虚無のため……」
「あなたを知る男が動いています。主よ」
「なに、アレは関係がないわ。動けるわけがない。いくら“継承者”でも……ね」
女は笑う。
あちこちで時間のずれを観測する。高峰は神秘的な笑みを浮かべていた。
「あの子が泣いているのね」
自分も持っている“時の砂”。純粋な力の一つ。
界境線を作った後に出来たモノは、自分だけが持っているわけではない。
“界境現象”ではあらゆる可能性が起こるのだ。生まれながらにして“持っている”存在がいてもおかしくはない。この世界にもう一つあってもいいのだ。
「さて、巫浄・霧絵（ふじょう・きりえ）と、彼は……どうするのかしらね？」
レノアの周りには何かがつきまとっていることをあなたは知る。
また、狙われているのか？
彼女は怯えている。
「わたし、怖い。何かを思い出しそうなのに、思い出してはいけないと……おもうんです……。私はいったいどうしたらいいのでしょうか？」
彼女に思い出そうとする勇気と、その覚悟に手をさしのべることは出来るのはあなただけかもしれない。
空は、何かを求めているかのように、曇っていく。
〈安全な場所〉
レノアが怯えている。空を見てからだった。
「レノア？ レノア！？」
「いやああ」
彼女は結城二三矢にしがみつき、泣いている。
「大丈夫だから。落ち着いて」
二三矢は、彼女をなだめる。
そして、どうして空が怖いのかを尋ねた。
「わからないけど、けど、二三矢……わたし、あの空が怖いことが、何となく分かるの」
本能でそう感じていると思われる。
「大丈夫、俺の他に、長谷先輩や草間さんがいるから」
二三矢は、彼女を落ち着かせるために額にキスをした。
夏休みが終わる。
ずっと、彼女のそばには居られない。なので、人見知りの激しいレノアを安心して預けられる場所と言えば、長谷神社辺りではないかと、長谷茜に今までのことを話し、自分が学校に行っている間だけレノアを預ける事にした。考えてみれば、長谷茜は真剣にそのことを聞き、快諾してくれた。
「静香、彼女のことお願いね」
「はい、分かりました、茜」
二三矢は茜が空に話しかけている、と思ったが、よく話しに聞く、彼女が契約した精霊のことと、話しをしていると二三矢は分かった。
「この空も何かおかしいな、と思っていたから、私の方でも調べてみるね」
と、茜は真剣に答えてくれた。
二三矢は草間興信所にも訪れ、草間にレノアについて分かったことがないかも尋ねていた。
「数ヶ月も長い期間があったから、結構調べ上げられた。戸籍と状況だけは、な」
「彼女の身元は？」
「本名レノア・シュピーゲル。神聖都学園に編入予定。両親の仕事の都合で東京に引っ越し予定と言うところだったが、何かの手違いで其れが中断されている。不思議なことに、捜索願もない」
「……まさか、組織に」
「かも知れない。アトラスでネタになりそうな神隠しみたいなモノだとおもえ」
「……」
「問題は、彼女の神秘能力が、翼が生える程度では、その謎の男が何故あの娘を狙っているか分からないな」
と、草間は紫煙を眺めて言う。
「では、又なんかあれば教えてください。失礼します」
「ああ、がんばれナイト様」
草間は冷やかしながら、二三矢が出て行くのを眺めていた。
去っていくと、草間はおもむろに携帯を取りだし、どこかにかけた。
「……ディテクターだ。ナイトと姫の周辺警護、強化しろ。鬼鮫は俺が説得しておく。虚無の境界が動き出す前に姫の記憶が戻ればいいが……。」
二三矢が友人のつきあいをそこそこに長谷神社に寄ってから帰る。其れが次第に噂になるというのは必定だが、今は噂などであたふたしている状態じゃない。
校門で、長谷茜が待っていた。
「結城君、おそいぞ」
彼女は私服だが、実はすでに大学部。私服でも問題ない。
「すみません」
「謝るなら、レノアちゃんに」
「そ、そうですね」
二人は走って帰る。
これが噂になるわけで、“同棲しているのは金髪美人ではなく長谷茜では？”とか色々。それは、未だ結城の耳には入っていない。そんなことよりも、結界が常に張られている長谷神社が安全であるのだ。
二三矢がレノアを迎えに神社の奥に入って行くのを確認すると、茜は、
「あの空、まんまだね」
近くにいた精霊静香に話しかけていた。
「ですね、茜。だいたいのことは分かりましたか？」
「あれは、ヤバイよ。隣接次元界や同世界の時間門なら何とか閉じられそうだけど、アレはそう言う類じゃない」
「では？」
「そう、エルハンドが研究していた“アレ”だと思う」
茜は呟いた。
レノアは空を見上げて、唄っていた。
彼女が少し思い出していた歌のようだ。日本語やあらゆる人間が使う言語に訳せない言語だと、二三矢は知っている。
「あ、二三矢」
と、寂しそうな顔から一転、明るい笑顔なったレノア。
「遅れてごめん。レノア」
「二三矢、学校大変？」
「いや、普通だよ？」
「二三矢が居ないと寂しい」
彼女は少し拗ねた風に言う。
「ごめんごめん、今度は早く迎えに行くから」
怯えていたときのレノアとは違う、と二三矢は思った。
夏祭りにキスをしてから、レノアは二三矢を呼び捨てにしている。これも一つの変化だろう。そのほかに落ち着かせてからのレノアは、凛としていた。子犬みたいに怯えているわけではない。
「なにか、変わったことはない？」
「ううん、此処は静かだから。落ち着く」
と、少し会話してから。
「帰ろうか」
「うん」
レノアは、二三矢の腕に自分の腕を絡めて歩き始めるのだった。
雲の異常以外、変哲無い日常に思えるようだった。
〈変化〉
レノアの変化はあの雲の異変で変わっていく。
雰囲気が徐々に子犬から、凛とし、意志の強い少女に変わっているのだ。なにか、困難に立ち向かう勇気を感じられる。
「レノア、もしかして記憶が戻って？」
二三矢が尋ねるが、レノアは首を振る。
「いいえ、二三矢が居てくれることが、私にとって勇気をくれている。そして、私はいつもまでも怯え隠れているわけにも行かないと思っているのです」
彼女は答えたのであった。
「……そうか。今は草間さんがキミの事を調べて、警護もしてくれている。しかし、気をつけようね」
「はい。私が実は遠方から引っ越してきていたなんて信じられないですが」
彼女の身元はすでに話ししている。
最初は驚いていたが、そうなのであろうと、レノアはそのことを受け止めているようだ。
二三矢とレノアが帰宅中、何者かに付け狙われていると気づく。
「誰か追っている……」
「え？」
よく見ると、黒い影がちらほら見える。
つけられている？
二三矢は角を曲がり、レノアを隅に隠してから、
「“私とレノア”は“誰”にも“見えない”」
と、呟く。
徐々に彼は、風景にとけ込み完全に消えた。
影と思ったのは黒服で、いかにも怪しそうな集団だった。
「トラッカーからディテクターへ、目標を消失……え？ 何？ 彼も能力者？ 分かった、探してみる」
と、何やら話しているようだ。
「ばれた？ いったい誰なんだ？」
と、二三矢は考える。
「ナイトと姫は見ず知らずの人間には警戒する。ナイトは二人と面識有り。ディテクターか影斬お願いします」
と、トラッカーと名乗る男は、言う。
その男達は、二三矢の消えた地点から離れることはない。すると、一人見知った顔がやってきた。
「草間さん？！」
草間のようだが、雰囲気がいつものだらしない探偵とは違う。威圧感もあった。
「結城、隠れているならそのままで良い。誤解するな、お前のお姫様の警護強化で助っ人が増えているだけだ。そのまま、無事に帰ってかまわない」
「……」
と、そうか、草間さんの助手かと二三矢は理解した。しかし全員黒服というのは不思議である。
二三矢はレノアを連れて、そのまま帰ることにする。
その前に、言葉を使い……（だいたい“インカム”、“俺の声”“繋げる”を使った）
「草間さん。もう少し、調べたことを教えてくれますよね？」
と、彼が持っているインカムに直接声を送った。
「……ああ、約束しよう」
と、草間は頷いた。
「ナイトと姫は近くに居たのですか？」
「ああ、かなり近くにいた。ナイトのマンションには数人配置しろ。鬼鮫は待機だ。影斬は……動かないだろう。あれは、よほどのことがない限り、動けない」
ディテクターは他の黒服に伝えた。
〈曇の正体〉
二三矢がレノアを守ることは、色々な組織とどうやって折り合いをつけるか、どこと敵対するか問題になっている。確かに草間は信頼できる。しかし、彼を取り巻く黒服の組織は何者なのだろう？ と疑問が湧く。それに鬼鮫というのは何者なのだ？ そして、影斬は自分と顔見知りなのか？ 色々疑問が頭を駆けめぐった。それでも、レノアを守りたいという気持ちは揺るがなかった。
「二三矢？」
「大丈夫。レノアが心配することはないよ」
心配そうな顔をするレノアに笑みで返す。好きだから。彼女を守る。それ以上に何かを必要とするのか？ 様々な力がいる。今の自分では言霊で人を守るか、それでレノアと逃げるだけだ。
レノアは、空を見上げては、何か唸っている。
「どうしたの？」
「あの、何か思い出しそう……こう。でも、頭が痛くなって」
「無理に思い出さなくて良いから」
と、レノアの頭を撫でた。
「むぅ。二三矢頭撫でる癖あるの？」
「ないけど？」
二三矢は首かしげる。
「でも、暖かい♪」
レノアはにっこり微笑んだ。
セキュリティゲートからのインターフォンがなる。調べると草間のようだ。
「話しがあるから上がらせろ」
と、言うだけであった。
「はい、今開けます」
草間の隣には、何故か長谷茜もいた。
「で、突拍子の無い話しだけどね……あの曇り空は、パラレルワールドを“無理矢理こじ開ける”門なの」
と、長谷茜は言った。
「専門家の方が良いと思ってな。エルハンドの魔法方面の弟子、茜に来て貰ったわけだ」
草間は言う。
二三矢の方は呆然とする。もちろん、記憶のないレノアも。
「確かに、このせかいはifや想念で構築された不安定な世界と聞いていますが、繋がっていない世界を繋げるって……」
「平行世界は元々繋がらない。繋げようとするとまた帰昔線みたいな現象が起こる。１匹猫を入れた箱で、猫が死んでいるか生きているかあるでしょ？ どちらかが真でもあり、偽でもある。両方起こりえない。しかし、あの門は其れが同時に存在する荒技を可能にしてしまうのよ。そうすると、世界は矛盾となって、爆発する可能性があるって事。もしかすると、レノアちゃんは、それに関わる何かを背負っていることになるの」
と、茜は仮説を立て、レノアの背負った宿命を予想した。
「何となく分かりましたが、突拍子無いですね」
「まあ、爆発して、世界が崩壊するのは、虚無の境界にとっての最高の手段だからな」
草間が言う。
「雲……門……」
二三矢とレノアは呆然としている。
「では、どうすればいいのですか？」
「レノアの記憶が戻ればいいが、アレが徐々に開くというのはあり得る」
「……」
レノアは、二三矢の服の袖を掴んで震えていた。
「私そんな力があるのですか？ あの雲が何か良くないこととは思っていたけど……」
「変な天気で嫌な気分にはなるけど。でも、レノアちゃんは怯え方を結城君から聞くと、尋常じゃなかったから」
「……」
それだと、あの謎の男が狙ってくる理由はある。
では、なんだろうか？
レノアを狙う理由がまだ分からない。いったい何なのだろう？
まだ謎が残るのである。
〈光〉
茜はいきなり立った。すると、いきなり彼女の肩に女性が現れた。
「虚無が来ます！ 結界を！」
「うん！」
茜は、携帯用呪符と鋼糸を用いて窓に結界を張った。
「何？ もう来たのか？」
草間も銃を持って、窓際に立った。
「結城動くな！」
「え？ は、はい！」
「まさか！ 直接？」
窓に黒い雷がぶち当たり、ガラスを割ろうとしたが、茜が張った結界が、其れを遮った。
「此の力は本当に虚無だよ！ 力をすべて奪うモノ！」
「厄介だな……」
二三矢はレノアを庇い、その場で動かない。
「遠くからの攻撃……。こちらディテクター、距離絞れるか？」
草間は、インカムで他の連中に調べて貰っているようだ。
二三矢は目をこらす。言霊で視力を鋭くする。
「この先、５００ｍです！ ゆっくり近づいてきます！」
二三矢は叫んだ。
「くそ、かなり遠いじゃないか…… なに？ 鬼鮫が向かっている？ 無茶な！ 止めさせろ！」
草間は銃を持って怒鳴っている。
「結城逃げろ！ 長谷も！」
と、草間が言う。
茜は頷き、二三矢を誘導した。
「草間さんは？」
「これは俺の仕事だ。気にするな」
二三矢の問いに簡単に言う。
「結城君こっち！」
茜が宙に浮かぶ女性を連れて、呼ぶ。
二三矢と茜、レノアの３人は走った。
しかし、レノアが立ち止まってしまう。
「レノア？ どうした？」
「あたまが、い、いたい」
そう言ったとたん、二三矢は彼女を横抱きにして、走った。
「あの、うう」
「黙って！？」
黒い稲妻が、上から振ってくる！ 其れを茜が女性と連携してそらしていく。
「“ここ”と“長谷神社”を“つなぐ”“道”！」
二三矢は叫ぶ。
すると、茜と二三矢、レノアが走って居るべき道が、いきなり長谷神社の鳥居が現れた！
「……早く中に！」
滑り込むように、３人は入る。
「静香！ 完全封鎖結界を！」
と、茜が叫んだ。
鳥居に不可視の障壁が出来た。
「大丈夫か？ レノア？」
二三矢は息もせずにレノアを案ずる。
「あ、あああ。うああああ！」
彼女は、頭痛の苦しさに、絶叫した。
それに呼応するかのように、空から強い光が長谷神社を照らした。
二三矢のマンション周辺では、草間達と、謎の男が其れを見た。
「まさか、覚醒かよ！ ちくしょう！ しかも俺が行けないところまでいきやがって！」
男は悔しさの余り叫んだ。
其れが隙になり、鬼鮫の気配を察知できず……、
「……倒れろ！」
男は鬼鮫に切り裂かれた。
「……しまっ！？ しかしまだだ！」
それでも、謎の男は生きていた。
茜と静香、二三矢はレノアを見て、驚いていた。
三対の翼を羽ばたかせ、仄かに金色の光を輝かせる、レノアを。
「おもいだしました、ありがとう二三矢。いつも私を守ってくれて……」
「レノア、思い出したのか？ すべて」
二三矢は尋ねる。
レノアは悲しそうに頷いた。
「わたしは、あの門を閉じなきゃ行けない。そして、あの闇をまとった男、ヴォイドを倒さないと行けない……長谷さん、この結界を開けてくれませんか？」
「うん、わかった」
レノアが言うと、茜は結界の一部を開けた。
「レノア……！」
「二三矢さんあなたが好きです。だから、このまま忘れて欲しい……私のこと……ううっ」
と、彼女は悲しそうに二三矢に言う。
「レノア、言っている事がよく分からない！ どうして忘れろと！？」
二三矢は訊くが、レノアは首を振るだけだった。
「さようなら！」
そのまま、彼女は二三矢の居るマンションに飛んで向かっていった。
「レノア――！」
二三矢は叫ぶ。
なぜ、彼女は忘れろというのか？ 向かうときに見た涙とは？
結界の穴は、彼女が飛び去ったあとに、綺麗に閉じてしまった。
天は、未だ曇っていたが、雷鳴がとどろいている。
悲しみと、なにかに呼応しているかのようだった。
雨が降りそうであった。
５話に続く
■登場人物
【1247 結城・二三矢 15 男 神聖都学園高等部学生】
■ライター通信
滝照直樹です。
「蒼天恋歌 ４ 天空から」に参加してくださりありがとうございます。
少し悲恋モノになっていますが。いかがでしょうか？
なぜ、彼女は離れようと？ 謎が深まります（たいしたことではないと思いますが）。
５話から戦闘とレノアの説得になると思います。レノアに対しての思いの丈をぶつけてください。謎の男には絶対言語は効くでしょうけど、レノアには愛の力です。
では、次に機会にお会いしましょう。
滝照直樹
20060927
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