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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「えーと、気まぐれランチとアルバイトをお願いしたいのですけど…」
 ランチタイムの蒼月亭に入ってきたデュナス・ベルファーは、注文と一緒に、張り紙を指さしておずおずとそう言った。従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)が水を出すよりも早く言ったので、香里亜は困ったように笑いながらデュナスの顔を見る。
「ナイトホークさんに変わりましょうか?」
「お願いします」
 普段からランチを食べに来ていたのに、今日は『アルバイト』をお願いしたいとは。香里亜がキッチンに入っていくと、店の奥で煙草を吸っていたナイトホークが灰皿を持ってデュナスの前に来た。
「どうした?俺からのバイトは『最後の砦』って言ってたのに」
 どういう理由だか分からないが、デュナスは纏まったお金が手に入ると、急に物入りになったりして必要最低限の以上金が残らない。最初にここに来たときも『塩スープとパンの耳』で食いつなぐという話をしていたので、意識して仕事を回そうとはしていたのだが、その度に『ここで仕事を紹介してもらうのは最後の砦にします』と、断っていたのだが…。
「お待たせ致しました、サラダ代わりの『白菜のおひたし』と『だし巻き卵』になります。メインは少々お待ち下さいね」
 香里亜がデュナスの目の前に小皿を置いてそっと去っていく。デュナスは「いただます」と両手を合わせてから、溜息をつきながら事の顛末をナイトホークに話し始めた。
「実は、暑さが峠を越したと思ったとたんに、エアコンが壊れてしまったんです…今は大丈夫ですけど、早急に修理するなり買い換えるなりしないと、冬に凍えてしまいますからねー。仕事を選んでる余裕がないのですよ」
「なるほど」
 確かにそれは大変だろう。今はまだ暖かい日が続くが、冷え込み始める前に何とかしないと凍えるのが目に見えている。ある程度の金額になる仕事となると、少し危険度は増すのだが…ナイトホークは短くなった煙草を灰皿でもみ消し、溜息をつく。
「デュナス、多少面倒で危険な仕事でもいいか?」
「仕事があるんでしたら贅沢言いません」
 一応仕事のあてはあった。誰に頼もうか悩んでいたところなのだが、デュナスだったら性格も温厚だしいいかも知れない。
「俺のお得意様から『ボディガード』の仕事が来てるんだけど、その相手がちょっと、ややこしいというか何というか…」
 ややこしい、とはどういう意味なのだろうか。だが怪奇関係の仕事は全く向いてないし、ボディガードは一応得意だ。デュナスは箸を置き、ナイトホークの顔を見る。
「ちょっとぐらい変わった人でも構いませんから仕事下さいー。エアコンがないと冬に凍えてしまいます」
「…その言葉後悔するなよ。じゃ、明日の午前十時にここに来い」
 取りあえずこれでエアコンを修理するか、買い換えるか出来るだろう。メインに出てきた肉じゃがを口にしながらデュナスはほっと一息ついた。

「デュナス君いょーぅ」
 約束の十分前にデュナスが蒼月亭に着くと、駐車場には黒い立派な車が止まっていた。そして店の前にはナイトホークと、眼鏡にスーツの青年と、黒いシルクハットと袖から白いフリルの着いたゴシック調の黒いスーツを着てステッキを持った青年が待っていた。
 自分に声をかけてきたのはそのステッキを持った青年だ。
「お、おはようございます…えーと、こちらの方々は」
 おずおずと頭を下げながら近づくと、ナイトホークが二人を紹介し始める。
「こっちの眼鏡の人が、俺のお得意様の篁 雅輝(たかむら・まさき)で、そのイカレた格好のがその兄の篁 雅隆(たかむら・まさたか)だ」
「よろしくお願いします」
 ナイトホークに紹介され、雅輝が名刺を出しながら挨拶をする。そこに書かれていた肩書きを見てデュナスは思わず怯んだ。
「篁コーポレーションの社長さん…ですか?で、そちらがお兄さん?」
 驚かれ慣れているのか、雅輝が眼鏡の奥でふっと微笑む。格好のせいか、落ち着き具合のせいか、雅輝の方が年上に見える。
「祖父から継いだ会社なので、社長といっても大したものではありません。今日は兄の護衛をお任せします。本当は会社の方でボディガードを付けたいのですが…」
「雅輝の所のボディガードは、冗談が通じないから嫌なんだよぅ」
 そんな事を言いながら雅隆は地面にしゃがんで何かいたずら書きをしている。下手な絵を描いているのかと思ったが、それはよく見ると化学式だ。
「そこの浮かれポンチは一応天才科学者で、それなりに敵が多い。デュナス、一日おもり頑張れよ」
「デュナス君一日よろしくねー。まあ百年経てば大抵皆死ぬから、気軽にね」
 これはとんでもないことになったかも知れない。
 ニヤニヤ笑うナイトホークと、じっと自分を見ている雅輝、そして無邪気に右手を差し出す雅隆を見てデュナスはそんな事をひしひしと考えていた。

 雅隆が出したオーダーは、本当に天才科学者なのか考え込むようなルートだった。
 まず秋葉原のフィギュアの店に行き、その後執事喫茶で休憩し、本屋に行った後で駄菓子の問屋に行く…フィギュアの店を見ながら、デュナスが思わず雅隆に話しかける。
「えーと…何とお呼びしましょう」
「うーん、研究所では『ドクター』って呼ばれてるからそれでいーよ」
 それなりに敵が多いのであれば、出来ればじっとしていて欲しいような気もするがどうもその気はないらしい。見慣れない店内のディスプレイに戸惑いながら、デュナスは雅隆の後ろを着いて歩いた。
「ドクターは怖くないんですか?」
「何が?」
「敵が多いって事は、命を狙われてるんじゃありませんか?普通怖くて出歩けないような気がしそうですが…」
 組み替えをして遊べる女の子のフィギュアを一生懸命選んでいる雅隆に、デュナスはそう問いかけた。その問いに雅隆はブリスターを持ったまま考える。
「でも百年経ったら悪あがきしても死ぬしねぇ。命狙われてるからって、外に出ないまま人生終わったら後悔するでしょ。僕、そういう生き方するぐらいなら前に出ちゃいたいんだよね…雅輝は『大人しくしろ』って言うけどさ」
「それも一つの考えですね」
 その話し方や、態度はデュナスにとって嫌なものではない。確かに普通の人間であれば百年したら死ぬだろうし、狙われているからといって籠もっていなければならないという道理もない。だが、危なっかしいので放っておけないというか、つい守りたくなるような感じはする。
「さて、新作も見たしレジ言った後お茶しようか。執事喫茶すいてるといいねぇ」
 フィギュアの箱が入ったカゴを持ちながら、雅隆はそう言って笑った。
 今のところボディガードというよりはほぼ荷物持ちのような気がするが、それでもいいかも知れない。話し相手がいるのが楽しいのか、雅隆もなんだか嬉しそうだ。
「ドクター、どうしてメイド喫茶でなくて執事喫茶なのでしょう」
 雅隆が行きたいと言った執事喫茶はやはり多少混んでいた。並んでいるのがほとんど女性なので、金髪のデュナスとゴシックな服の雅隆は妙に目立っている。
「デュナス君分かってないなぁ」
「なんか分からない方が幸せな気がしますが」
 しばらく一緒にいて何となく雅隆の扱い方が分かってきた。彼は無視されることが嫌いで、とにかく返事をしてもらいたいらしい。それが突っ込みでも感心でも、一言返せば笑顔でまた返事が返ってくる。
「メイドはね、その気になれば十人でも二十人でも雇えるけど、執事は基本的に『一家に一人』なんだよ。そんな執事がわんさかいるってちょっとカオスじゃない?」
「はっ、言われてみればそうですね。執事は一家に一人です」
 デュナスがいたフランスでは、時々執事の資格を持った者を家に雇っている友人などがいたが、確かに執事を何人も雇ったりしていなかった。全然考えてもいなかったことを言われデュナスが感心していると、雅隆はふっと溜息をつく。
「ちなみに雅輝にそれを言ったら『そうだね』で会話が終わったよ。ところで、イギリスでは執事を名乗るためには学校を出なきゃならないんだけど、ここの人たちはどうなのかなぁ」
「流石にそれを求めるのは酷なのではないでしょうか」
「そだねー。そもそもフレンチメイドだって、フランスのメイドって意味じゃなくて、ミニスカートが『下品だ』って意味で付けられたもんだしねぇ…あ、そろそろ入れるかな」
 こうして話しているとなんだか博識に聞こえるから不思議だ。何も見ずにすらすら話せると言うことは、やはり知識の賜物なのだろう。
 デュナスは雅隆が持っていたステッキをそっと横から取りドアを開ける。
「お先にどうぞ」
「何かデュナス君の方が僕の執事みたいだね」
 目の前に執事喫茶の店員がいるにも関わらず、雅隆ははっきりそう言ってデュナスを慌てさせた。

「んー、やっぱり執事は一家に一人に限るねぇ…あと、メニューはやっぱり銀のトレイに乗せてきて欲しかった…っ」
「こだわりがあるんですね」
 執事喫茶の雰囲気はなかなか悪くなかったが、あちこち留学していたという雅隆からすると気になるところがあるのだろう。感想を話しながらデュナス達は本屋に向かって歩いていた。
「でもあそこにいた若い執事よりも、デュナス君の方が絶対執事っぽかったね。それはちょっと優越感だったね。席に座ってた女の子とか、デュナス君の事見てたしー」
「えっ?全然気付きませんでした」
 雅隆がきょろきょろしたり、メニューをめくってみたり、はたまた買ったばかりのフィギュアを組み替えたりするのに気を取られていて、デュナスは全くそんな事に気付かなかった。それどころかアップルパイを食べながら「香里亜さんが作ったやつの方が美味しい…」などと思っていた。
 その言葉に戸惑うようにデュナスは言葉を返す。
「ドクターは『ご主人様』とか『旦那様』って感じでしたよ」
「そう?雅輝には『少しは落ち着いたら』って言われるよ。自慢じゃないけど、僕今まで雅輝に口で勝ったことないんだよねぇ…」
「それは本当に自慢になりませんね」
 そう言いながら本屋に向かって歩いているときだった。
 自分達の後ろを着いてきている者がいる…人数は二人だが、執事喫茶を出たあたりから一定距離を保ちながら自分達に向けられている視線にデュナスは気付いていた。これは少し格闘することになるかも知れない。そんな事を思いながら、デュナスは小声で呟いた。
「ドクター、尾行されてます」
「えっ?本当」
 振り返ろうとした雅隆をデュナスは引っ張った。気付かないふりをしていて欲しいのに、どうも本気で危機感がないらしい。振り返りたそうにうずうずしながら、雅隆が話しかけてくる。
「どんな人、どんな人?ライバル者の人かな、それとも…あ、モスバーガー秋の新しいメニュー出てる。デュナス君、食べたくない?」
 ……もう少し落ち着きとか、危機感とかを持って欲しい。
 だがメニューに気を取られ立ち止まっている間に、相手が男二人ということは分かった。デュナスは雅隆の背を守るように少し歩きを遅くする。
「次の角に行ったら、右に曲がって何処かに隠れてください。分かりましたか?」
 歩きながらそう言うと雅隆がにっこりと笑う。
「それはデュナス君の仕事だから、ちゃんと従うよ。でも本屋に行く前で良かったねぇ…本屋に行ってたら、荷物が重くて走れない」
 デュナスが持っていた紙袋を雅隆が横から取った。そしてその代わりにステッキを渡す。
「じゃ、あとよろしくねー」
 角に来た所で雅隆がいきなり走った。デュナスはそこを少し曲がった所でステッキを持ったまま立ち止まる。尾行されていることに気付いたのが分かったのか、その後ろから男達が二人走ってきた。
「ドクターには指一本触れさせません」
 ある程度長いステッキは棍として役立つだろう。だが、近接されると今度はそれが邪魔になる。その距離を測りつつデュナスはステッキを構えた。
 そして殴りかかってきた男を身を低くして避けその腹に突きを入れる。
「ぐっ…!」
 休んでる暇はなかった。足下を払おうと振り回されたキックを避け、少し下がって姿勢を整える。ナイフなどを見せていない相手は厄介だ…下手に近づくと隠し持っていた刃物で怪我をさせられるかも知れない。それが一人であればいいが、今日の仕事は「ボディガード」だ。全てを終える前に怪我をして役立たずになるわけにはいかない。
「ドクターはどこに隠れてるんでしょう…」
 チラと振り返ると、雅隆は海賊版ビデオを売る店の看板に隠れていた。あまり距離がないので後ろに下がっていく事も出来ず、デュナスは思わず考える。
 フォローはない。
 そして相手はおそらくプロだ。銃などを隠し持っていたらステッキで立ち向かうのは難しいだろう。相手を倒したり捕縛するのが目的なら別だが、とにかく安全にこの場を切り抜けなければならない。
 だとしたら自分が取れるのは一つだ。デュナスは自分の手に光を集め始める。
「本当は使いたくないんですが仕方ありません!」
 相手が怯む前にその光がフラッシュのようにぱっと光った。手元に集めた光を敵に向かって投げ、一気に発光させたのだ。時間稼ぎにしかならないだろうが、とにかく今は安全なところに行かなければならない。
「デュナス君、こっちー」
 その発光に気付いたように雅隆が看板から顔を出した。その手を引っ張りながらデュナスは人がいる方へ向かって走る。
「人がいるところに行きますよ、ドクター」
「らじゃー。すごいね、さっき光ったのデュナス君ぱぅわー?」
「そ、それに関しては落ち着いてからにしてください」
 人の多い通りまで出ると、相手はもう追ってこないようだった。それに安心したようにデュナスがしゃがみ込む。
「デュナス君、大丈夫?」
 心配そうに覗き込む雅隆に、デュナスはか細い声でこう言った。
「お腹が空きました…」

 その後あらかじめ持っていた非常食のあんパンを食べ、何とか一日の予定をこなすことが出来た。気付かれた後は流石に尾行を続けることはやめたらしく、本屋や駄菓子の問屋にも行き、帰りには雅隆お勧めのパン屋であんパンをたくさん買ってもらった。
「今日は楽しかったぁ。デュナス君すごいねぇ、なんか発電とか出来そうだねぇ。ちょっと興味津々ー」
 蒼月亭で紅茶を飲みながら、雅隆が無邪気に笑う。
「はぁ…一応光を操ったり出来るんですが、それをやるとすごい勢いでお腹が空くからあまりやらないんです」
 デュナスは雅隆からもらったふ菓子を食べながら、カプチーノを飲んでいる。すると雅隆は隣でフィギュアを組み立てながらとんでもないことを言った。
「あのさ、また遊びに行きたいときデュナス君指名していーい?雅輝の所でボディガード頼むより、デュナス君の方が楽しいから、今後ともよろしくねー」
「えっ…ええーっ!」
 そんな話は聞いていない。
 唖然としているデュナスにナイトホークが鼻で笑った
「俺は最初に『その言葉後悔するな』って警告したからな」
「ここにかかってくるんですね、それ…」
 まあ確かにややこしい相手だが、根は悪くないし一緒に話をしたりするのは楽しい。ボディガードと言うよりはお守りのような気がするが。
 これからも彼とは縁があるのだろうか。デュナスはふ菓子をかじりながら、これからのことを考え溜息をついた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
「エアコンが壊れて仕事を求めに」というアプローチから、新NPCのボディガードということになりましたが、ボケ突っ込みでなかなか楽しい一日を過ごせた模様です。デュナスさんは面倒見がいい感じがするので、こう危なっかしい人を見るとついお守りをしてしまう気がします。
リテイク、ご意見はご遠慮なく言ってくださいませ。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。