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ウサギを追いかけて……
「中秋の名月は、今年は今日なんだろ?」
草間武彦は、零に話し掛ける。
掃除をしていた零は頷いた。
「お月見かぁ。いいよな、風流だな」
そういう静かな夜のほうが、好みだ。
だが、のんびりとしたその空気を台無しにする人物がやって来た。
「くーさーまーさぁぁんっ!」
泣き声の混じった大声と共に、ドアがバーン! と開いた。
だがドアの向こうに居たのは…………。
武彦は目をぱちくりとさせ、ズレたサングラスを押し上げる。
「……うさぎ?」
なんでウサギがいる?
びーっ、と泣くウサギは、なぜかススキを手に持っていた。
「やられちゃいましたよー! うわあぁぁんっっ!」
「……うさぎ、だよな?」
ちら、と零を見遣ると、彼女は頷いた。だが首を傾げる。
「声紋からすると、ステラさんです」
「はあ?」
どこがステラ? どう見てもウサギだろうが。
「姿を奪われちゃいましたーっ! 油断したぁぁぁぁっっ!」
ひーん、と泣きべそをかくウサギは、なんとも滑稽だった。なにせ二足歩行だ。気持ち悪い。
零はひょい、とウサギを抱き上げる。なんの変哲もないウサギだ。
「月見兎ですよ! 知ってますよね? あいつの仕業ですぅ」
「……なんだそりゃ」
当然ながら武彦はそういうものは知らない。というか、知りたくもない。関わりたくもない。
「ええー! 知らないんですかぁ? あ、人間の世界ではそうなのかも……。
とにかくですね、ヤツの仕業なんですぅ! 自分を奉る人を探してるんですよぅ!」
「待て待て待て。ゆっくり喋れ。意味がわからん」
「月見兎は、相手の姿を奪うんですぅ。複写された相手の姿はメモリーとして蓄積されて、色んな姿になれるんですけどね」
「それは、奪う、とは言わないだろ。単に複写するだけなら、害はないだろ?」
「大有りですぅ! 初期姿としてわたしの姿が設定されているので、わたしの姿だけは奪われたままなんですよう!」
「???」
「だからわたしの姿があいつの姿になってるんですよぅ! もうとにかくいいから、それで納得してくださいぃ!」
なんだかよくわからないが、そういうことらしい。
「……まあとにかく、おまえの姿をしたヤツを探せばいいんだな? 手がかりは?」
「簡単ですよ! あいつ……あいつ……ぅ!」
どばーっと涙を流すステラ。いや、ウサギ。
「たくさんの男を虜にするために、色んな女性の姿を複写してるんですぅ! 目立ちまくってるはずですから、すぐに見つかります!
それに……」
「それに?」
「……複写するのはいいんですけど、衣装までは変えられないのです……」
「衣装? ウサギの着ぐるみでもしてるのか?」
「…………バニーガールの格好をしてるのです。あいつの趣味なのです」
「………………」
しーん、と部屋の中が静まり返った。
ちょい、と武彦がステラを指差した。
「バニーガールの格好したおまえを探せばいいのか?」
「そうです!」
しーん、と……再び静まり返ったのだった。
***
買い物から戻って来たシュライン・エマと、興信所を訪ねてきた樋口真帆と菊坂静、草薙秋水は、わんわん泣く兎の姿に驚いた。
「ペット飼い始めたのか?」
呑気に武彦に尋ねる秋水の言葉に、兎がさらに音量をあげた。
――事情を零が語る。
シュラインは腕組みした。
「バニーガールかぁ、この時期だとちょっと肌寒そうな格好ね」
「そういう問題じゃないだろ」
と、武彦がツッコミを入れた。
零が抱いているステラ兎を見て、真帆がどきどきと胸を高鳴らせる。
「でも、ステラさんのその姿も可愛いですよ? あの、触っていいですか?」
「はい?」
ひくひく、と鼻を引くつかせるステラ兎。零がステラを真帆に渡す。
柔らかいし暖かい。
(か、可愛い〜)
ぎゅうっと抱きしめるとステラが「わぷぅ」と息を吐き出した。
「僕も手伝いますから元気出してください」
静も優しくステラの頭を撫でた。ふわふわしていて、気持ちいい。
秋水はそんなやり取りを眺めつつ不敵に笑う。
「要はバニー姿のちびっ子を捕まえればいいんだろ? ふっ、余裕だな」
「確かにね。ステラちゃんの姿で引っかかる男なんて、ロリコンくらいよ。
でもどこに居るのかしら? 人の多いところっぽいわよね」
シュラインの言葉に秋水はう〜んと唸る。武彦は、なんだかアホらしくてたまらない。
だってバニーだぞ? 崇める人間を集めるとか、何をトンチンカンな。
「馬鹿馬鹿しい……」
呆れたように呟いた彼はこの間、零が商店街の福引で当てた小型テレビにスイッチを入れる。イヤホンをつけようとした時、ぎくっとして手を止めた。
昼の生放送に、バニーガールが映っている。画面の隅を、プラカードを持って通り過ぎたのは間違いなくステラだった。
*
テレビで目撃した通り、商店街に『来たれ! 月見兎祭り!』と書かれた怪しげなプラカードを持った少女がいる。商店街の店からは物珍しそうに彼女を見ている人も大勢いた。
バニーガール姿の金髪少女は、高笑いをした。
「わはははは! 人間の男は阿呆よのぉ!」
がさつに笑う少女の周囲には、目をハートにしている男たちがひれ伏していた。異様な光景である。
商店街の人たちは皆、何かの撮影だと思っているらしかった。この異常さに理由をつけるとすれば、それが妥当だろう。
「ふむ。そろそろ次へ移動するかの」
そんなことを呟いていたところ、「あー!」と声が聞こえた。
「あー!」
と、悲鳴をあげたのはステラだ。シュラインに抱きかかえられていたステラが「はぅ〜」と泣いた。
「凄いわ……本当にステラちゃんの姿でバニーしてる……」
ごくり、とシュラインが息を呑み込んだ。
金髪のくるくるの髪。平坦な胸。黒のウサ耳をつけたバニー姿のステラは、眉を吊り上げて不機嫌そうな顔をした。どうやらアレが月見兎らしい。
「寒そうですね……」
「いや、そういう問題じゃねえだろ、だから」
武彦が静の呟きに突っ込んだ。
「わたしの姿を返してくださ〜いっ」
訴えるステラにフンと鼻息を放つことで返事をした月見兎は、にやりと笑う。 ドン! とプラカードを下ろした。
「この姿も意外に使えるからのう。最近の男は幼児体型も好みらしいのぅ。ロリコンには効果絶大じゃ。あと、妹キャラに弱いヤツにものう!」
「うわ〜ん! 返す気なしですぅ〜!」
びーびー泣くステラ。慌てて真帆が慰めた。
シュラインと真帆の姿に目をとめ、月見兎が薄く笑う。
「良い素材じゃの。……いただいたわ」
え? と驚くシュラインと真帆であった。どうやら月見兎は見ただけで相手の姿を奪えるらしい。
月見兎はシュラインを指差し、
「ジャンル・有能な秘書」
そのまま指を真帆に向ける。
「ジャンル・王道女子高生」
と、言った。二人は疑問符を浮かべている。
武彦が後ろでこそこそと秋水と静に指示を出していた。
「俺と草薙で一斉に取り押さえる。静はあいつを引き付けてくれ」
「わかりました」
「ああ」
静と秋水が頷く。
シュラインが月見兎から視線を外さず後ろのやり取りを聞いて、真帆に囁いた。
「じゃあ私たちもなるべく引きつけましょう」
「ですね」
真帆も同意した。
移動を開始した秋水と武彦に注目しないように、静が大声をあげる。
「事情はステラさんから聞きました! 写した姿で崇められて嬉しいんですか?」
「ああん?」
静が一歩前に出て諭す。だが月見兎が怪訝そうにし、すぐに高笑いをした。
「ははは! なにを言うかと思えば……! こうして男どもの阿呆な姿を眺めるだけでも一興よ! 言ってみれば、こいつらはわしの奴隷じゃ!」
「ははー! 月見兎さま〜っ」
と、周囲の男たちが一斉に頭を伏せる。まるでどこかのご隠居が印籠を見せた時のような光景だ。
その時だ。
「今だ!」
と武彦の声がした。取り巻きの男たちに紛れ込んでいた武彦と秋水は土下座状態から起き上がり、合図と同時に月見兎を捕まえようとする。
だが月見兎がにた、と笑う。
「男がわしに敵うものかっ! ジャンル・チェンジ!」
月見兎の姿があっという間に変化した。緩いウェーブの長い髪の美少女姿だ。年の頃は真帆と同じくらいだろう。
胸もわりと大きめで脚も長くバランスのとれた肢体。撮影かと思って眺めていた商店街の男たちが「おお……!」と感嘆の声をあげた。
「そんな姿が効くか!」
と、武彦が月見兎に抱きついて地面に押さえつけようとした瞬間、それを秋水が防いだ。武彦を突き飛ばしたのだ。
ごろごろごろ、と格好悪く地面を転がる武彦は八百屋の軒先で停止した。
唖然としたのはシュラインたちだ。今まさに捕まえようとした時、秋水が裏切ったのである。
「や、やめろ〜! 見るな〜!」
顔を赤くして、周囲の視線から月見兎を守るように立ち塞がる秋水の様子に、ぽかん、とした顔でいる仲間たち。
「わはははは! やはりな。こちらの男はジャンル・大和撫子に弱そうだと思うたのじゃ」
勝ち誇る月見兎は、高笑いをする。
「……なにやってるのあの人……」
「確かに美人ですけど。だからって……」
口々に言うシュラインと真帆に、ステラが説明した。
「あの姿……草薙さんの彼女さんですぅ。姿を奪われてたんですねぇ」
「ええっ!? 草薙さんの恋人なの!?」
仰天する静は、それでは無理だと納得するしかなかった。
もう、とシュラインが言う。
「それは月見兎なのよ! 草薙さんしっかりして!」
「やかましいわ! 男はエッチな姿をした女に弱いものよ!
まあ、わしもこの姿はなかなか気に入っておる。胸もデカいし、スタイル抜群じゃからのう!」
「うるせぇ! その姿をやめろ!」
真っ赤になって叫ぶ秋水が振り向いた。月見兎の姿を直視し、ぎくっとしたように硬直した。
「ほれほれ。どうじゃ?」
自身の胸を両手で掬い上げるようにする月見兎に、秋水がよろよろと後退する。本物は絶対にしない行為だけに刺激が強い。
赤い顔でじりじりと後退していく秋水を追いつめるように近づく月見兎はとどめとばかりに悩殺ポーズをとる。秋水はそのまま気を失ってぶっ倒れてしまった。
「お? なんじゃ? もっとヤバいポーズもできるのに、これでダウンかえ?」
「捕まえた!」
後ろから武彦に抱きつかれて月見兎が「あん?」と声を出す。
「まだおったか。ではおまえにはこちらじゃ」
月見兎の姿がシュラインに変わる。ぎょっとした武彦だったが、手の力を緩めなかった。
シュライン本人は恥ずかしがるどころか妙にしみじみと観察していた。
「私が着るとああなるのね……」
「感心している場合ですか! 僕たちも加勢に行きましょう」
静の提案に真帆が頷く。
月見兎が身を捩じらせ、フンと鼻息を出す。
「こういう女がタイプかと思うたが、違うのかの?」
「そんな手に引っかかるか!」
「ほう。ではこれでどうかの。
あぁん! き、きつ……っ、手を放してぇっ」
鼻にかかった色っぽい声を出す月見兎の行動に、シュラインがずっこけた。
思わず空中に放り投げられたステラを、真帆がキャッチする。
静がなんとも言えない表情をした。
「あの……とんでもなくヤバイ光景になってますけど……」
嫌がるシュラインに無理やり抱きついている武彦、の図。
思わず手を緩める武彦に、月見兎が後頭部をぶつけて離れる。痛みに武彦はうずくまった。鼻に直撃したのである。
月見兎はぎろっと静たちを見遣った。
「さっきからウロチョロと……!」
姿がまたも変わる。真帆の姿だ。
「ひゃああ〜!」
真帆が悲鳴をあげた。シュラインと違って真帆は恥ずかしいらしい。
「恥ずかしいポーズをされたくなければ、邪魔するな!」
「そんな脅しに乗ると思うの!?」と、シュライン。
「そうですよ。残念ですけど、僕たちには脅しは通用しないですよ! 僕には色仕掛けも通じません」と、静。
「えええ〜? ま、待ってください。あれは私の姿ですけど……!」
全く動じない二人と違い、真帆はあたふたする。自分の姿で恥ずかしいポーズだと? 冗談ではない。
「なにぃ!? おまえたち、仲間がエッチなポーズをしてもいいというのか!?」
ガーンとショックを受ける月見兎に、シュラインは勝ち誇ったようにふふっと笑った。
「偽者とわかっているんだから、動じるわけないでしょう?」
「おまえも反応しないというのか? 男だろうが」と、月見兎は静に視線を向ける。
「残念ですが、僕は……」
「ホモなのか?」
「違います!」
「なんと! ではナルシストか!」
「それも違います!」
「なんじゃ? おまえ本当に健康な男児なのか?」
月見兎は静が理解できないらしい。疑問符を頭の上に幾つも浮かべていた。
月見兎はプラカードを持ち上げる。
「おまえらみたいな不感症に構っていられるか! さらばじゃ!」
「いやぁ〜! 私の姿をやめてください〜っ!」
真帆が真っ赤な顔で叫ぶが月見兎は無視した。ひれ伏していた男たちが起き上がり、走り去る月見兎に続いた。
逃げられてしまうことに慌ててシュラインが怪しげなテープレコーダーを取り出し、大音量にしてスタートボタンを押した。
何も聞こえないが、月見兎だけがその場でぶっ倒れる。
静と真帆がシュラインのほうを見遣った。シュラインはちょっと驚いたような顔をしていた。
「……やっぱり兎って、耳がいいのね。万が一と思って持ってきて良かったわ」
どうやら人間には聞こえない音域の音を大音量で流したらしい。そういえば遠くで犬や猫などが悲鳴じみた声をあげている……。
*
草間興信所では、その夜ささやかなお月見会がおこなわれていた。
皆が月見兎捕獲をおこなっている間、留守番をしていた零が団子を買ってきていたのだ。
興信所の窓を全開にし、全員でお団子を食べながら月を眺めている。ソファの上にはススキを抱えた兎がぶつぶつと文句を言いながら団子をつついていた。
「くそー。わしの夢が……」
「男を集めてどうするつもりだったんだ?」
武彦の声に月見兎はヘッと馬鹿にしたように笑った。
「月見御殿を作るのよ! ハーレムじゃ!」
全員が呆れる。
だが団子は美味しいし、月は綺麗。とりあえず騒動はおさまったし、めでたしめでた……。
「くそぅ! 次こそは……!」
月見兎がガッツポーズをとる。
…………前言撤回。めでたくない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
月見兎捕獲成功。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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