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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「ホークちゃん、遊びに来たよ♪」
 そう言いながら夕方の蒼月亭に入ってきたのは、黒いレースのビスチェに紫のジャケット、そして黒いミニスカートにハイヒールのブーツに身を包んだヴィヴィアン・ヴィヴィアンだった。
 ヴィヴィアンが入ってきたのを見て、カウンターの奥で常連客の松田 麗虎(まつだ・れいこ)と話をしていたマスターのナイトホークが顔を上げる。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
「あれ、今日は香里亜いないの?」
 カウンターに座り、すらりとした足を組みながらにっこりと微笑むヴィヴィアンに、ナイトホークはおしぼりを出しながら苦笑いをした。
「ああ、香里亜なら今日の夜のお勧めメニュー作りに自分の部屋行ってる。何なら呼ぼうか?」
 蒼月亭には何名かのアルバイトがいるが、基本的にはナイトホークと香里亜の二人で営業している。ヴィヴィアンはそれを聞き、小さく首を横に振った。
「ううん、この前ここに来たとき香里亜に『モデルさんですか』って聞かれたから、面白そうだと思ってモデルやってみたの。でも雑誌忘れちゃったから、今度持ってきてホークちゃんにも見せてあげるね」
 そう言った瞬間だった。
 カウンターの奥から二番目の席に座っていた麗虎が、ナイトホークと話をしているヴィヴィアンを見て思わず目を丸くする。そして自分が持っていた雑誌を指さす。
「モデルって、もしかして俺が今持ってるこの雑誌?」
 それは『Usas(ウシャス)』という大人の男性向きの雑誌だった。麗虎が開いたページには、まさに扇情的なポーズを取ったヴィヴィアンが載っている。
「そうそう、それー。ホークちゃんも見て見て」
「あ、うん…」
 載っている本人を目の前にすると、普段はわいわいと見られても、何というか感想が言いにくい。男二人のそんな心情を知ってか知らずか、ヴィヴィアンは楽しげに麗虎の隣に座る。
「雑誌ありがとう、お兄さんなんて名前なの?」
「あ、松田麗虎って名前っす。華麗の『麗』に『虎』って書いて麗虎」
「ふーん、何か格好いい名前ー。よろしくね、麗虎」
 笑われるかと思っていたが、無邪気に微笑むヴィヴィアンに思わず麗虎はたじろいだ。ある意味駆け引きなく、こうやってストレートにやってくる女性は珍しいかも知れない。
「ね、ね、ヴィヴィアンどう?可愛く載ってるでしょ」
「うん、今回のモデルの中で一番いいな」
 すっかり警戒心がなくなった麗虎は、自分がコラムを書いている雑誌ということもあり素直にグラビアを見ながら褒めている。だが、ナイトホークは流石にそこまで吹っ切れない…というか、やはり本人を目の前にして扇情的な写真を見るのは微妙な感じがする。
「ホークちゃんはどう?グッとくる?」
「ああ、可愛く映ってるよ」
 褒められたのが嬉しいのか、ヴィヴィアンはにっこりと微笑んだ。モデルも別に職業としてやろうと思っているわけではなく、香里亜にそう言われたのが面白かったのでやってみただけなのだ。退屈な日常は外からの刺激か、もしくは自分で破るかしかないと、ヴィヴィアンは思っている。今回もそれの一環だ。
「うれしー♪あ、香里亜だ」
「こんばんはー。今日のお勧めは『ロールキャベツ』です。あ、ヴィヴィアンさんいらっしゃいませ」
 自分が載ったページを思い切り見せようとしたヴィヴィアンを、ナイトホークと麗虎は必死で止めた。

「うわ、ヴィヴィアンさん綺麗ですねー」
「あーん、綺麗って言ってくれて嬉しーい」
 結局あの後ヴィヴィアンが「見てー雑誌のモデルやったのー」と大きな声で言ったので、他のページを見せないという条件で麗虎がそこだけを香里亜に見せると言うことになった。ナイトホークはカウンターの中でヴィヴィアンが頼んだ『ビトウィーン・ザ・シーツ』を作っている。
「香里亜も今度一緒にモデルやる?」
 無邪気にそう言ったヴィヴィアンに、ナイトホークはシェーカーを滑らせそうになり、麗虎は飲んでいたコーヒーを噴きそうになり、香里亜は思わず顔を真っ赤にする。
「い、いえっ、私は背も低いですし、そのっ…小さいんで…」
 だんだん小さな声になる香里亜に麗虎の方がいたたまれなくなる。
「か、香里亜ちゃん…チーズの盛り合わせちょうだい」
「はい、かしこまりました」
 ぺこりとお辞儀をしてキッチンに入っていく香里亜と入れ替わりにナイトホークがグラスを差し出した。
「お待たせいたしました。こちら『ビトウィーン・ザ・シーツ』になります…あー、びっくりした。シェーカー落とすと思った」
 ふうっと一息つきながら、ナイトホークがシガレットケースを出す。だがヴィヴィアンはグラスを持ってくすっと笑うだけだ。
「だって香里亜も可愛いから、一緒にモデルやったら楽しいだろうなって思ったの」
「香里亜の親父にばれたら怖いからやめて」
 煙草をくわえたナイトホークを見て、ヴィヴィアンが目の前にあったマッチをする。
「火つけてあげる、ホークちゃん」
「サンキュー」
 マッチの先に灯った炎に、ナイトホークはスッと煙草の先を近づけてきた。煙草の先がほんのりと赤くなり、慣れたように煙を吐く。
「香里亜怒ったかな?」
 そうやって悪戯っぽく笑うところを見ると、何故か怒る気がなくなってしまう。悪気があったわけではなく、本当に楽しいと思って言ったのだろう。まあ、聞いたときにはかなりびっくりしてしまったが。
「大丈夫だ。んな事で怒ってたらやってられない…でも麗虎、そろそろその雑誌片づけて」
「あ、俺もう帰るよ、締め切りあるし。チーズの盛り合わせはヴィヴィアンに奢りって事で出してちょうだい」
 麗虎が雑誌をしまい込みながら立ち上がった。そして自分の名前が書かれた名刺をヴィヴィアンに渡す。
「今度締め切りがないときにでも電話して。その時はまた酒の一杯でも奢るよ」
「ありがとー。またね」
 そのさりげなさはある意味羨ましい。ナイトホークはそんな事を思いながら精算をする。
「ごちそうさまでしたー。香里亜ちゃん『チーズの盛り合わせ』ヴィヴィアンに出してあげて。金はもう払ってあるから」
「はーい。またのお越しをお待ちしてます」

 夜も更け始めると、蒼月亭の中には客が入り始めてきた。
 仕事帰りで軽く食事をするものや、同僚と仲良くビールを飲んだりするものなど、そんな人たちを観察しているのもヴィヴィアンは楽しい。
「何か忙しくて悪いな」
 ナイトホークや香里亜はカウンターの中で立ち回りながらも、ヴィヴィアンが退屈していないかちゃんと気を配っていた。グラスが少なくなるとおかわりがあるか聞き、小さなケーキなどをサービスしてくれる。そうやって働いている姿を見るのもまた楽しい。
「ねね、このお店ってお休み日曜日だけなの?」
 少し注文の間隔が開き、煙草を吸っているナイトホークにヴィヴィアンが聞いた。ナイトホークはそれに軽く頷く。
「そうだよ。日曜日は客少ないし、たまに休まないとな」
 出会ってからまだ日は浅いが、ナイトホークがカウンターにいない姿を想像出来ない。一体どんな休日を過ごしているのだろう。そう思ってヴィヴィアンが質問しようとしたときだった。
「ごめん、注文だ」
 注文を取りにナイトホークが離れたので、ヴィヴィアンは近くにいた香里亜をちょいちょいと呼び寄せた。香里亜ならナイトホークがどんな休日を過ごしているか知っているかも知れない。
「香里亜、香里亜はお店がお休みの日は何してるの?」
 いきなりナイトホークのことを聞き出すのはおかしいので、まず香里亜がどんな休日を過ごしているのかを聞くことにした。香里亜は洗い終わったグラスを拭きながらヴィヴィアンに向かってにっこりと笑う。
「お休みですか?家でお洗濯したり、お菓子作ったり、あとちょっと出かけたりしてますよ。でも私方向音痴なので、いまだに駅で迷ったり電車の乗り換え間違うんです…だけど好きなお店がいっぱいあるので、お出かけするの楽しいですよね」
 それは香里亜らしい過ごし方かも知れない。電車の乗り換えに迷いながらも、元気に歩いている姿が目に浮かぶようだ。
 飲んでいた『キス・オブ・ファイヤー』のグラスを置き、ヴィヴィアンは香里亜越しにナイトホークを見た。
「ふーん、ヴィヴィアンもお出かけするの好きだよ。ホークちゃんはお休みの日何してるのかなぁ」
 すると香里亜がナイトホークの方を振り返った。そして何かを考えるように視線を宙にやる。
「えっ…そう言われると、ナイトホークさんお休みの日何してるか聞いたことないです」
「そうなの?お休みの日はご飯一緒に食べないんだ」
 先ほど香里亜がロールキャベツを持ってきていたが、その味見がてらに昼と夜の営業の間に二人は一緒に夕飯を取っていた。なので休日も同じなのかと思っていたが、香里亜は首を横に振る。
「休みの日は全然顔合わせないんですよ。ナイトホークさんのお部屋って店から繋がってるんで…私は夜は早く上がるから、土曜の夜の閉店の時とかどうしてるか分かりませんし…」
 どこか泊まりに行ったり、誰かを呼んだりしているのだろうか。
 ナイトホークの私生活が全く見えないので、休日の過ごし方にヴィヴィアンはますます興味がわいた。
「香里亜、『ロールキャベツ』お願い」
「かしこまりました」
 ナイトホークの言葉に、ちょっとお辞儀をして香里亜がキッチンに入っていく。その姿を見送りながら、ヴィヴィアンはグラスに口を付けた。砂糖のスノースタイルが、口に甘さを残す。
 両肘をカウンターにつき、指を組んだ上に顎を乗せ、ヴィヴィアンは色々と想像した。
 彼女はいるのだろうか。休みの日はどこか出かけているのだろうか。それとも家でゆっくりと過ごしているのだろうか…洗濯や掃除をしているようには見えないけれど、もしかしたら店でしっかりしている反動で、家でだらしない格好をしているのだろうか。
「何か作ろうか?」
 グラスが少なくなっているのに気付き、ナイトホークがやって来る。ヴィヴィアンはメニューをめくり『キッシー・ローズ』の所を指さした。
「『キッシー・ローズ』と…ヴィヴィアン、ホークちゃんともっとお話ししたいな」
 それに苦笑しながらナイトホークがシェーカーを用意する。
「かしこまりました。今のところ暇だから…何話そうか?」
 氷やウオツカなどをシェーカーに入れているナイトホークに、ヴィヴィアンは身を乗り出すようにこう言った。
「ねえ、ホークちゃんはお休みの日何してるの?」
「俺の休み?聞いてもすっげぇつまらないよ」
 全ての材料がシェーカーに入ると、素早く中身が攪拌される。その背筋を伸ばし、凛とした様子からは本当に生活感が見えない。本当にずっと休まずにカウンターの中にいるのではないかとさえ思う。
 カクテルグラスにピンクの液体を注ぎ、ふっと笑いながらナイトホークが話し始める。
「俺、休みの日は基本的に仕事しないことにしてるから、適当な時間に起きてコンビニ行ったり、煙草買いに行くぐらいしか出かけないな」
「そうなの?」
「うん。たまに友達が来るけど、そうじゃなければずっと家にいる。結構引きこもり気味なのかもな…っと『キッシー・ローズ』お待たせいたしました」
 そう言われてヴィヴィアンは気付いた。
 この店全体がナイトホークの縄張りなのだ。だからあまり外に出ないし、そこにいることが当然のように感じるのだろう。だが、それははたしてナイトホークにとっていいことなのだろうか…そう思うと、ヴィヴィアンの口から自然に言葉が出る。
「ホークちゃん、次のお休みは何か予定あるの?」
「ん?ないけどどうかした?」
 煙草をくわえ、ナイトホークがふっと笑う。だが、次の言葉を聞いた途端煙草を吸う手が止まった。
「じゃ、今度ヴィヴィアンとデートしよ?」
「………」
 店をやっているのでたまにはこういうこともあるが、こう来られるとは思ってもいなかった。煙草の煙を吐きながらナイトホークが困ったように天を仰ぐ。
「たまにどこか遊びに行ったらきっと楽しいよ。ね?」
「あー…でもヴィヴィアンはお客様だから、ビジネスと道楽は一緒にしたらダメだろ、やっぱ」
 思った以上にガードは堅いらしい。だがそんな事でヴィヴィアンは諦めるつもりはなかった。座っている椅子からひょいと降り、ヒールのかかとを鳴らしながら店の中を歩く。
「ヴィヴィアン?」
 そしてカウンターの入り口を開け、あっけにとられているナイトホークの手を取った。
「ちょっとの間ホークちゃん借りるね」
 座っている客やそっと二人が歩くのを避ける香里亜に手を振り、ヴィヴィアンは手を引いたまま店の外へと出て行く。そしてドアが閉まると悪戯っぽく振り返った。
「もう店の中じゃないからマスターとお客さんじゃないよね。だったらヴィヴィアンと遊びに行こ?」
 そう言って無邪気に微笑むヴィヴィアンに、ナイトホークが煙草の煙を吐きながら苦笑する。こうやって誘われるのは嫌ではないし、流石にここまでされて断れるほど色男でもない。
「ヴィヴィアンには負けたよ。分かった、今度どこか遊びに行こうか」
 退屈な日常は外からの刺激か、もしくは自分で破るかしかない。それが上手く行ったことに、ヴィヴィアンは素直に喜び、ナイトホークに抱きつく。
「わーい、ホークちゃん大好きー」
「うわっ!抱きつくな、あと胸を押しつけるな!」
「ぎゅー♪ふふ、ホークちゃんかわいーい」
 カウンターの中ではつれなかったのに、店から出るとこんなに可愛くなるものなのか。
 慌てるナイトホークに両手でしっかりと抱きつきながら、ヴィヴィアンは幸せそうに今度ナイトホークをどこに連れ出そうかと考えていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4916/ヴィヴィアン・ヴィヴィアン/女性/123歳/サキュバス

◆ライター通信◆
二度目のご来店ありがとうございます、水月小織です。
前回の話を引っ張りつつ、ナイトホークをデートに誘いたいということで、このような話にさせていただきました。いつもはクールに見えて、直球に弱いところが出てますね。
カクテルとかは、ちょっとお誘いモードな注文になってます。
リテイク・ご意見はご遠慮なく言ってくださいませ。
またよろしくお願い致します。