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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


アンティークショップ・レン 全壊寸前!?

 がちゃん! ばきっどかっ!
 アンティークショップ・レンの中に派手な破壊音が響き渡る。
 暴れているのはひとりの青年。
 手に――木の枝を持っていた。
 驚いたことに、青年はその木の枝をもってしてショップ内のものを全て壊しているのだ。
 どかん! ごとっ! がっしゃん!
「困ったねえ……」
 店主の蓮はのんきに煙管をふかしながら、店が破壊されていく様子を見ていた。
「ミストルテイン……どうやら本物だったらしいけれど……」
 ――北欧神話、ミストルテイン。それはやどりぎの木の枝。
 悪戯と欺瞞の神ロキが、誰からも愛されし神バルドルを殺した枝だ。
「直接手に持つと破壊衝動が止まらなくなると……」
 どがっがしゃん!
「受け取ったときに聞いてたけどサ」
 ばきぃっ!
 価値のある壷も遠慮なく壊されて、蓮はため息をついた。
「……ガセじゃ、なかったんだねえ……」
 そして、これからどうしたものかと考えた。
 とりあえずあの青年を止めてくれる人物はいないものか――

     **********

 一軒の店が立っていた。
 時雨樹夜[しぐれ・きよ]はドアを開けて入ってみた。すると――
 がっしゃん!
「ああ、危ないよアンタ!」
 女の人の声とともに、何かの破片が顔まで飛んできて、樹夜は慌てて避けた。
 見れば目の前で、木の枝を手にした青年が店中のものを破壊しまわっている。
「わ、な、なに、これ……」
 樹夜は思わずつぶやいた。
「ミストルテイン、という木の枝をご存知ですか?」
 傍から声がして、「うわっ!」と樹夜は飛び上がった。
 そこに、盲人用の杖をついた、目を閉じた女性がいた。
「神話に出てくる有名な木の枝ですよ」
 とその女性はゆっくりとした口調で言う。目を閉じたままなのに、破壊されたものの破片が飛んでくるのを不思議と避けているので、樹夜はいぶかしく思ったりもしたが――
「あなたは……迷ってこられたのですか? でしたらお帰りになったほうが」
 とその盲人らしき女性は樹夜に言った。よく見ると、両腕に篭手をつけている。
「い、いえ、でもなんか……」
 樹夜は店の奥を見た。
 奥のほうで、煙管を持った色っぽい女性が、ため息をつきながら暴れる青年を見ている。
「――困っているように、見えるんですが」
「わたくしも困りますよ。放っておくと、物の流通が止まるので……」
 と篭手の女性は言った。
 奥から、煙管の女性が声をかけてきた。
「二人とも、危ないから今は店から出ていきなよ。それともこのコ、止めてくれるかい?」
「のんびり構えていらっしゃいますね」
 篭手の女性が微苦笑した。「物には執着のない方なのでしょうか、レン様」
 わたくしは手伝いますよ――と篭手の女性は言った。
「本物のミストルテインですか……制御できない力は害悪でしかありませんが、その流通方法に興味がありますよ」
 ともあれ。と篭手の女性は続ける。
「わたくしは俗物ですから、価値のあるものが目の前で壊されるともったいなく思うので、止めさせていただきます」
 レン様、と篭手の女性は奥に呼びかけた。
「シーツはございませんか。かぶせてみましょうじゃありませんか」
「シーツねえ……あったかな」
 レン、と呼ばれた煙管の女性は、奥に入っていこうとする。
「ま、待ってください!」
 樹夜は慌てて声をあげた。
「すみません、俺まだ状況把握できてない――んです――けど――どうな、された――のです、か?」
 合間合間に飛んでくる、破壊されたもの、その破片。
「そういえばあなた。まだお名前をお聞きしておりませんでしたね」
 篭手の女性が言った。「わたくしはパティ・ガントレットと申します」
「俺は、時雨樹夜です――」
 破壊された剣の破片が飛んできた。樹夜は慌てて避けた。
「ガ、ガントレットさん、失礼ですがお目が見えないのにこんなところにいちゃ危ないんじゃないでしょうか?」
 樹夜は当然のことを尋ねる。
 パティは目を閉じたまま微笑んだ。
「長年やっていると、他の四感が研ぎ澄まされるのですよ、時雨さん」
「そっちのボウヤも手伝ってくれるのかい?」
 蓮が樹夜に声をかけてくる。
「い、依頼内容は……っ!?」
 今度は盾の破片が飛んできて、樹夜はぎりぎりしゃがんで避けた。
「その枝、そいつをその暴れン坊の手から奪い返してほしいンだよ。ただし、直接触ると自分が暴れン坊になっちまうけどね」
「な、なるほど」
「ミストルテインらしい呪いですね」
 パティがのんびりと言った。
 と、そのとき――
「ミストルテイン!?」
 店に飛び込んできた少年がいた。
 彼は、早速飛んできた茶碗の破片をひょーいと避けると、
「何その格好いい響き! どれだよ!?」
 瞳をきらきらさせながら蓮に訊いた。
 少年は樹夜より大分年下に見えた。おそらく十五歳前後だろう。
 蓮が煙管で暴れている青年の手元を指す。
「――へ? あの木の枝?」
 少年は、明らかにがっかりした様子だった。
「拍子抜け〜〜〜」
 で、と少年は体を伸ばしながら蓮に訊いている。
「何かやることあんの? ついでだからなんかやってくぜ」
 ――蓮から話を聞いた少年は、
「ただ枝を奪うぐらいなら簡単だぜ!」
 と大見得を切った。
「あの、俺たちも手伝いだから……!」
 樹夜が声をかける。「俺は時雨樹夜……! 君は?」
「俺は天波慎霰[あまは・しんざん]だよ」
「わたくしはパティ・ガントレット――」
 パティは「蓮様」と店主を呼んだ。
「シーツのほうはどういたしましょう?」
「ああ、そうだったね。あいつにかぶせるシーツシーツ……」
 と奥に引っ込もうとする蓮を慎霰がつかまえて、
「待った待った、俺も協力する代わりに報酬くれな! どうせ使い物にならないならあれくれ、あれ」
 指差した先は、暴れる青年が手に持っている枝――
「ミストルテインが欲しいのかい? 変わったことを言うねえ」
「だって面白そうじゃねえか」
 ――そういう問題じゃないんじゃないかなと、樹夜は思った。
「全部解決してからの話だよ」
 蓮はそう言って、奥に入ってしまった。
 ちぇ、と慎霰は口をとがらせたが、すぐに樹夜とパティを見て、
「さぁーて、一発やってやろうじゃねーか!」
 と破壊物が飛び交う店内、笑顔で言った。

「シーツじゃなくて、タペストリならあったよ」
 蓮が奥から出てくる。
 パティは落ち着いた声で、
「では、あれで彼に目隠しを……」
「俺がやってやるぜ」
 慎霰が胸を張るなり、蓮の手にあったタペストリが宙に浮いた。
 タペストリはまっすぐ飛んで、べたっと青年の顔にくっついた。
 青年の動きが乱れる。物を壊すよりも、タペストリを顔から離そうと、青年の破壊は少しの間止まった。
 次に慎霰は腰の巾着から何やら種を取り出し、青年の足元に撒いた。
 その間に、青年はタペストリをはがすのを諦めたらしい。無茶苦茶に暴れ始めた。
「うわっ! あっぶねー!」
 慎霰がミストルテインに当たりかけて、慌てて身をかわす。
 そのかわされた動きが気配となって青年に伝わってしまったのか、青年は慎霰に向かって何度もミストルテインを振り下ろした。
「うげっ! こらっ! 俺を狙うんじゃねえ!」
 と声を出してしまうからなおさら狙われる。
「仕方ねえな……!」
 慎霰は力をこめた。
 青年の足元に撒かれていた種から、一気に妖樹が生えた。青年の体中に巻きつこうとする。
 しかし無茶苦茶に振り回されたミストルテインがそれを阻止した。大量なはずの妖樹を次から次へと切っていく。
「しぶてぇ〜」
 慎霰が感心したような声を出した。
「まったくまったく……しかし物を壊すペースは落ちましたね」
 パティが店のドアのところで杖にもたれながら言った。
 たしかにタペストリの目隠しは効いているらしい。空振りが多くなった。ついでに言えば、今はひたすら慎霰を狙っている。
 慎霰はひょいひょい避けながら、どうやって敵をおとなしくさせるか考えているようだった。
「簡単に手放しゃしないんだろうしなあ」
 少年が困ったような声を出す。
 樹夜は――
 今が自分の出番だ、と気合を入れた。
 霊気で紡ぎ糸を紡ぎ始める。それに気づいた慎霰が、
「先に野郎の動きとめろよ!」
 と言ってくる。
 樹夜は戸惑った。彼は先に枝を奪うつもりだったのだ。
 しかし精神集中を乱してはいけない――
「気が乱れておりますよ。お気をつけて」
 パティに言われて、樹夜は赤くなる。
 女性に弱い彼は、女性に声をかけられるのが少しばかり苦手だ。
 照れ隠しに紡ぎ糸を思い切り放った。慎霰という名の少年の言うとおり、まず暴れている青年の胴体から。
 紡ぎ糸がからみつこうとする。しかしミストルテインはそれさえもちぎりとった。
 樹夜はいよいよ本気で霊気をこめて糸を紡ぐ。
 糸が光を帯びる。ミストルテインの威力を超える糸を紡がなければ。その一心で。
 やがて――
 糸は、青年の体を束縛した。
「よっしゃ!」
 慎霰は青年のミストルテインを握る手に、思い切り蹴りを放った。
 しかし青年はなかなか枝を手放さない。
 慎霰は真剣な目になって、ミストルテインを見つめた。
 ――何か、力をこめようとしている――
「念力ですね」
 パティが軽く言った。
 念力。最初にタペストリを操ったのも念力だったのだろう。
 青年の、ミストルテインを握る手ががくがく震える。
 指が、無視やりこじ開けられていく。
 慎霰の額に玉の汗が浮かぶ。
 ミストルテインが――
 床に、落ちた。
 かちゃんかちゃん、と破壊されたもので埋め尽くされた床の上に。
 とたんに、青年ががっくりとその場に座り込んで、壁にもたれた。疲れて眠ってしまったらしい。
「よし!」
 慎霰がにんまりと笑った。その視線が樹夜に向く。
 次の瞬間、ミストルテインは宙に浮き、樹夜に向かって飛んできた。
「うわあっ!?」
 樹夜は思わず避けた。「な、な、なにするんだよっ!?」
「いいから手に持ってみろって。おまえなら違う効果発揮するかもしれねえだろ?」
「そそそそんな」
 念力で動かされた木の枝が、樹夜の手元を狙って執拗に狙ってくる。
 樹夜は必死で逃げた。
「何やってんだか……」
 蓮は煙管をふかしてため息をついた。
「慎霰坊や。あまり遊んでると報酬にそれやらないよ」
「えー」
「その枝は、危険ですゆえ……」
 パティにもいさめられ、慎霰はしぶしぶとミストルテインにかけていた念力を解いた。
 ほっとした樹夜は、再び霊気で紡ぎ糸を紡ぎあげ、今度は木の枝を束縛する。
 結界の術式を組み込む。
 詠唱が始まる。
 ――術式が輝きだした。
「ほほう……」
 パティが感心したような声をもらす。
 詠唱が終わった、その瞬間に術式が発動する。
「霊糸結界・蚕の繭!」
 しゅんっ
 ミストルテインが糸でぐるぐる巻きに――蚕の繭のように包まれた。
「なるほど。それで内部と外部を遮断しているのですね」
 パティがうんうんとうなずく。
「あ、あなたにはバレバレなんですね」
 樹夜は頬を染めてパティを見た。パティは少し笑んだ。
 床に落ちた蚕の繭。それを拾い上げ、樹夜は店主の蓮に近づく。
「これ……この繭は、お姉さんの判断で開きますので」
 女性相手なのを必死で耐えながら、「お、お姉さん、何かまた困ったことがあったら、俺に、言ってくださいね♪」
 頬を染めて蓮を見つめて言った後、樹夜は店を出ようとした。
「待て待て待てー!」
 慎霰の大声が追いかけてくる。
「おーい! いいからお前がこのミストルテインってヤツ持ってみろよー!」
「で、できるわけないじゃないかっ!」
「いいじゃん面白いんだからー!」
「できれば……破壊するもののないところでお願いしますよ」
 パティが慎霰に言う。
 慎霰は唇をとがらせて、
「それじゃ面白くないっつーの」
「面白い面白くないの問題じゃないー!」
 樹夜は慌てて逃げ出した。
 ――せっかく仕事を成功させたのに、これでは台無しである。
「仕方ねえなあ。なあ、お前が持ってみる?」
「わたくしは遠慮いたしますよ……この通り、目が不自由なもので」
「嘘つくなよ」
「互いに隠し事は隠し事のままで……」
 パティはにっこりと慎霰に向かって微笑んだ。
 慎霰はむっつりしたまま、蓮の手の中の繭を見つめていた。
 蓮は深いため息をついて、
「さぁて、次は掃除を手伝ってくれる人、さがしてこなきゃねえ……」


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1928/天波・慎霰/男/15歳/天狗・高校生】
【4538/パティ・ガントレット/女/28歳/魔人マフィアの頭目】
【6752/時雨・樹夜/男/22歳/人形師】


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■         ライター通信          ■
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時雨樹夜様
初めまして、ライターの笠城夢斗です。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。糸で戦う人は大好きなので、書いていてとても楽しかったです。
よろしければ、またお会いできますよう……