コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「ジェームズさん、今日の夕方お暇ですか?」
 ジェームズ・ブラックマンが立花 香里亜(たちばな・かりあ)にそんな事を言われたのは、いつものように蒼月亭の奥のカウンターでナイトホークの入れたコーヒーを飲んでいたときだった。
 時間は丁度午後を回っていて、ランチの客も引け店内は静かな空気を漂わせている。
「どうしたんですか、香里亜くん。私に誘いとは珍しいですね」
 コーヒーカップを持ちながらジェームズがそう言って微笑むと、香里亜はナイトホークをちらっと見た後で自分の胸の前で指先を組み、照れくさそうに笑う。
「今日から私の好きなアクセサリーショップでフェアやってるんですけど、お守りがなくなってから遠出するのがはじめててちょっと不安なので、よろしければ一緒に行っていただけないかな…と思いまして」
 香里亜は結構大きな霊能力を持っていて、それを父親が作ったお守りで押さえていたのだが最近それを外したのだ。今のところ近所しか出かけたりしていないが、人が大勢いるところに行くのは本人が言うとおり不安なのだろう。
 そこにナイトホークが煙草をくわえてやってくる。
「アクセサリーショップって、いつでもいいだろ。日曜なら俺ついてってやるけど」
「それはそうなんですけど、やっぱり初日に行きたいなって。あー、こういう女心はナイトホークさん分かってくれないですよね」
 それを聞きジェームズはクスクスと笑った。
 確かにナイトホークは香里亜ぐらいの年頃の女性の気持ちに疎いかも知れない。仕事を休まないようにしつつも、それでもやっぱり初日に行きたいという話を聞くと、香里亜も年相応の女の子なのだなと思う。
「クロ、何その笑い」
「いえ…私で良ければお付き合い致しますよ」
 ジェームズが承諾すると、香里亜の表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。午後五時過ぎになっちゃうんですけど、よろしくお願いしますね…あ、キッチン見に行ってきます」
 キッチンの方からはバターの焼けるいい香りが漂ってくる。その後ろ姿を見送りながら、ナイトホークはふっと鼻で笑い、コーヒーミルに豆を入れた。
「なんか、いろいろ裏でやってるみたいじゃない、クロ。俺の依頼は請けてくれないの?」
 確かに最近ナイトホークが知らないところで色々と仕事をやって来た。多分その事を差しているのだろうと思いながらも、ジェームズもくす…と微笑し、中身のなくなったコーヒーカップをカウンターの奥に押しやる。
「正式な『仕事』として『依頼』するのなら考えますが?お互い、仕事の話には立ち入らない約束のはずです」
「そうだっけ?」
 煙草をくわえながらナイトホークがミルを挽く。その音と後ろでかかっているジャズが静かに重なる。
「ま、それはまた別の話としても香里亜のこと頼むわ。クロだったら安心だし」
「それはどうでしょう?」
 そう言いながら顔を上げたジェームズに、ナイトホークが渋い表情をする。冗談だとは分かっているのだが、時々こうやってあっさりととんでもないことを言うのでシャレにならない。
「…そういう事言うと、雑に挽いた豆でコーヒー入れる」
「プライドが許すならそれもいいですが」
「………」
 コーヒー豆を雑に扱うことなど出来ないくせに、こうやっていちいち細かい事に突っかかってくるのがナイトホークの面白いところだ。だがあまりからかっていると本気で機嫌を損ねそうなので、ジェームズは胸ポケットからライターを出しナイトホークに向かって笑う。
「冗談ですよ。ちゃんとエスコートしますから。ブレンドをもう一杯」

 午後五時にもなると、流石に夏の面影はなくなり冷たい風が吹き込んでくる。斜めになった日が地面に長く影を落とし、秋の景色と共に寂しげな印象を思い浮かばせる。
「お待たせいたしました。よろしくお願いします」
 香里亜は襟ぐりの開いたピンクの薄手のモヘアに、黒いレースがついたピンクのスカートをはいていた。カーディガン代わりの黒のストールにはスワロフスキーのブローチがついている。
「行きましょうか。今日のルートはどのような予定ですか?」
 ジェームズは自分が車道側に歩きながら、香里亜の歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。香里亜は小柄なので長身の自分といると身長差がはっきりと出てしまうが、それを気にさせないようにエスコートする。
「えーと、まず新宿のお店に行ってアクセサリーを見たいです。その後は…ご、ごめんなさい、お店に行くので頭がいっぱいで考えてませんでした」
 ちょっと恥ずかしそうに答える香里亜を見てジェームズが微笑む。
「では、香里亜くんが嫌でなければ、その後食事でもご一緒しませんか?」
「嫌だなんてとんでもないです。私、お店とかよく知らないのでお願いしますね…何か楽しみです」
 新宿までの道のりは、何事もなく無事に到着した。
 香里亜が言っていたアクセサリーショップは、スワロフスキービーズや磨りガラスなどを使ったネックレスなどが売っている店で、華やかな感じの品物が揃っている。フェア初日と言うこともあり店内は割と賑わっていた
「ごゆっくりご覧下さいね」
「はい。あ、でもあんまりゆっくりだとジェームズさんお待たせしちゃいますね」
「いえ、気にしないで下さい。これなんか香里亜くんに似合いそうですよ」
 自分に気を使いながらも気になる物を手に取ったり、じっくり見たりしている所が可愛らしい。ジェームズは人の買い物を待つのを嫌というタイプではない。迷っていればどちらがいいかアドバイスしたりするのは楽しいし、何より嬉しそうなのがいいと思っている。
「うーん、イヤリングもいいけどネックレスも可愛い…どっちにしようかな」
 香里亜は今日着ている服に合わせた、黒とピンクのネックレスとイヤリングで迷っているようだ。おそらく自分で決めた予算があるのだろう。
「ジェームズさん、どっちがいいと思います?」
 本気で迷っている香里亜を見て、ジェームズはそっと手を出した。似合っている物を身につけるのはいいことだし、それにその時に手に入れなければなくなってしまうかも知れない。
「両方ともプレゼントしましょう。そのどちらも香里亜くんによく似合ってますから」
「えー…えっ?そ、それは悪いです…」
 慌てる香里亜を尻目に、ジェームズは店員の方に向かってふっと笑う。
「こんなに似合うところを見せられたら、男としてプレゼントしないわけにいきませんよね」
「そうですね、どちらともお似合いなのでセットはお勧めですよ。プレゼント用に包装しますか?」
「お願いします」
 包装している間、香里亜は指輪などを見ながらジェームズを心配そうに見上げた。
「すいません…後でどちらかのお金は払いますね」
「いいんですよ、香里亜くんへのプレゼントなんですから」
「そうですか…あ、じゃあその代わりに、私からもジェームズさんに何かプレゼントします。それだったらいいですよね」
 そう切り返してくるとは。
 確かに普通に『お金を払う』と言われればそれを断ることは出来るが、『プレゼントする』と言われて断るのは失礼だ。ジェームズはそれに苦笑しながら香里亜の顔を見る。
「それは断れませんね」
「ふふっ…そう言われるとちょっと嬉しいです。じゃあそれを選んでからご飯にしましょう」
 その後香里亜は紳士服売り場で色々と迷ってから黒いマフラーを買い、それをジェームズにプレゼントしてくれた。
「では行きましょうか」
 そう言って食事に行こうとしたときだった。
 何処かで何者かが自分達を見ている…その張り付くような視線にジェームズは気付いた。隣にいた香里亜もその気配に気付いているようで、ジェームズのスーツの裾をぎゅっと掴む。
「香里亜くん、走れますか?」
「はい、大丈夫です」
 人の多い場所で仕掛けられてはたまらない。ジェームズは香里亜の手を引くようにしながらデパートの中を急いで移動し、駅の出口から外に出る。
「何かすごい嫌な気配がします…」
 小走りに走りながら香里亜が怯えるような声を出した。ジェームズもその気配には気付いている。
 香里亜の大きな力は狙われる原因になるだろう。見えている世界が違うだけでなく、その力の使い方を間違えれば何が起こるか分からない。現に香里亜が綾嵯峨野研究所から狙われていることを、ジェームズは知っている。
 人気のない路地に入ると、ジェームズは香里亜を後ろに庇った。そこに自分達を追っていた者達が現れる。
「その娘を渡してもらおうか」
 ジェームズの前にいた男が一言こう言った。その陳腐な言葉に笑いながら、ジェームズは首を横に振る。
「女性を誘うにしてはずいぶんなやり方ですね…お断りします」
 そんなジェームズの後ろから香里亜が震える声で問いかけた。
「一体何者なんですか?私なんか捕まえても、何も面白くないですよ」
「それはこっちが決めることだ…」
 そう言った瞬間、目の前にいた男が跳躍した。ジェームズはスーツの裏ポケットから素早く鞭を出し、その攻撃を退ける。相手は四人…三人までは相手出来るだろうが、残り一人が何らかの能力を持っていれば、今の状態では上手くかわせるかどうか。だが、ここで香里亜に指一本触れさせるわけにはいかない。
「………!」
 そうしていると相手が一斉に懐に手を入れた。サイレンサーがあるとはいえ、街中で銃を撃とうとするとは相手もよほど必死のようだ。だが、それを見た香里亜が目を閉じ小さく叫ぶ。
「いやっ!」
 それと共に辺りの空気が揺れた。まるでスローモーションのように相手が動くのが見える。そして撃ち出された銃弾が、全て自分達に届く前に何かに遮られるようにコトリ…と音を立てて落ちた。
 それを合図にジェームズが前に走り出す。相手が怯んでいる今がチャンスだ…鞭を短めに持ち、相手の目元めがけて振り下ろす。
「香里亜くん!私がいいと言うまで目を開けないでください」
「はい」
 香里亜は肩をすくめしゃがんでいた。はっきりと自覚していないようだが、自己防衛本能が香里亜の回りに結界を作っているらしい。香里亜の方に近づこうとした者が、感電したかのように弾かれているのが見える。
 しかしこの場をこれ以上長引かせられなかった。誰か人が来たら被害が及ぶであろうし、香里亜の力がどこまで続くかも分からない。何処かでこれを監視している者がいるのかも知れないが、そんな事は大した問題ではない。
 とにかく安全に香里亜をエスコートすること。それが今のジェームズにとって一番の目的だ。
「さて、本気で行かせていただきましょう」
 ヒュン!と鞭を伸ばすと、それが剣のように真っ直ぐ伸びる。そしてジェームズは迷わずそれを横から襲いかかってきた者に振り下ろした。その刃が真っ直ぐ体に吸い込まれる。
「私を失望させないで下さい。それが貴方達の本気ですか?」
 くっとジェームズの口元が上がる。
 自分達を狙うのであれば、本気で、もっと血湧き肉躍るほどの高揚感と恐怖感を持ってきてもらわねば。たとえそれが相手の牽制だとしても、容赦する気は全くない。その罪を贖うのは、己の命だけだ。
「………!」
 一人が倒れたのを見て、三人が一気に飛びかかってきた。三人…ワルツのリズムでジェームズは動き回る。連携で攻撃されないように、とにかく動き回るしかない。そうしていけばそのうち焦った相手が、一人ずつ攻撃してくる。
「かかった…」
 ジェームズの一番近くにいた者が、横から飛びかかろうとした。それを剣でなぎ払い、残りの二人を見て笑いながら剣を繰り出す。
「貴方達は退屈しのぎにもならない…」
 風を切る音がして残りの二人が地面に倒れても、ジェームズは汗一つかいていなかった。斬りつけたのは肉体ではなく精神の方なので、誰かが気付けば救急車でも呼んでもらえるだろう。その前にショックで死んでしまうかも知れないが。
「ジェームズさん、まだですか…?」
 電柱の所で香里亜が紙袋を二つしっかりと抱えて目を瞑っている。そこに近づき、ジェームズはそっと肩を叩いた。
「もう大丈夫ですよ。さて、食事に行きましょうか」
 倒れている者達が見えないように、ジェームズは庇い気味に香里亜の後ろを歩く。いつもと変わらぬ様子に香里亜はホッとしたようだが、心配そうにジェームズを見上げた。
「…ジェームズさんは怪我とかしてませんか?」
 これぐらいで怪我をするほど腕は鈍っていない。香里亜を安心させるようにジェームズは微笑みかける。
「大丈夫ですよ。それより香里亜くんこそ大丈夫でしたか?」
 すると香里亜はまだ紙袋を胸に抱えたままで少し俯いた。それがなんだか寂しそうだ。
「やっぱり、私あんまり外とか出ない方がいいんでしょうか。なんかジェームズさんにご迷惑もかけてしまいましたし」
 やはり気にしているのだろうか。だが、そのまま籠もってしまってはいつまで経っても籠の鳥だ。香里亜は一人で飛び立てる力があるのだから、もっと外に出て行くべきだ。
 俯く香里亜の頭に、ジェームズはそっと手を乗せる。
「香里亜くん、これから私のとっておきの場所に行きましょう。そこで話をしませんか?」

 ジェームズが香里亜を連れて行ったのは代官山にある西郷山公園だった。
 ここは斜面に沿って作られており、高台からは目黒の街が一望できる。その夜景を見ながら、香里亜は声を上げた。
「うわぁ…綺麗…」
 高台の柵を乗り出すように見ている香里亜に、ジェームズは自分が来ていたスーツの上着をそっとかける。
「東京はお好きですか?」
 そう言った瞬間、風が鳴った。
 その冷たい風に目を細め、香里亜が街灯の下で笑う。
「今日みたいに怖いときもあるけど…でも、やっぱり好きです。だから、本当はもっともっと出かけたいんです…」
 その隣にジェームズはすっと立った。マンションの一戸一戸に灯りがついている。
「だったら、恐れずに踏み出した方がいいですよ。香里亜くんのお父様も言ってましたが、香里亜くんは自分を守る力に気付いているはずです」
 今日も香里亜はちゃんと自分を守っていた。それをもっと上手く使えるようになれば、一人で外出も容易いはずだ。ただ雛がなかなか巣を飛び立てないように、香里亜もまだ上手く飛べないだけで…。
 それを聞き、香里亜が小さく頷いた。
「怖がってたら東京に来た意味がないですね…また、一緒にお出かけしてくれますか?」
「ええ、もちろんです」
 無論そのつもりだ。上手く飛び立てるように見守る義務が自分にはある。そしていつか自分やナイトホークの助けを必要としない日が来るのだろう。
「もう少し夜景を見たら、どこか食事に行きましょう。この近くは色々レストランなどがありますから、きっと喜んでいただけると思いますよ」
「ふふっ、楽しみです。あ、私上着借りっぱなしですね…寒くないですか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
 揃えられた芝生から立ち上る、緑の香りを風が運ぶ。
 眩しそうに夜景を見つめる香里亜の姿を、ジェームズは微笑みながら見つめていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
香里亜からの依頼ということでしたが、最初ほのぼのとしつつ途中でシリアス…と言うプレイングを元に執筆させていただきました。ジェームズさんはお買い物で迷っている香里亜を見ると、スマートに「プレゼントしましょう」と言えそうです。そんな格好良さがあります。
戦闘シーンでは冷酷に、その反面香里亜達には優しく…という所が出ていたらなと思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
またよろしくお願い致します。