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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―END of KARMA 〜End of Immortal curse〜―



 蒸し暑い日だ。
 そんな土曜の深夜。待ち合わせ場所で浅葱漣を待ち受けていたのは草薙秋水だ。
 漣の呪を解くために、秋水は彼を呼び出したのである。場所はこの寂れた神社だ。
 境内で待っていた秋水は漣の姿を認め、立ち上がった。
「一方的な手紙だったから来なくて当然と思ってたんだが……来たのか」
「……来て悪いか」
 苛々したような漣の言葉に秋水はにたりといやらしく笑う。
「どういう心境の変化だ? 俺のお節介は嫌いなんだろ? 手は借りないとか散々言ってたじゃないかよ」
「……色々あったんだ。余計な詮索はするな」
「ほー。それが助けてもらおうってヤツの態度か?」
 秋水の言葉に「ぐっ」と漣は言葉を詰まらせた。彼は何か言いたそうな顔をし、眉根を寄せるが何も言わなかった。
(顔に全部出てるんだが……。気づいてないんだろうなぁ)
 そんなことを思いつつ、秋水は口を開いた。
「悪い悪い。ちょっとからかっただけだ。おまえが前と違うから、ついな」
「?」
 漣は気づいていないが、秋水にはわかる。生命力に満ちた瞳をしている。あの、全てを諦めてただ終わりを待つ眼ではない。
(何があったか知らねえが、前よりマシなツラになってるじゃねえか)
 半年の間に漣に何があったのか秋水は知らないし、知る気もない。それは自分に関わりのないことだ。
 ただ――自分のお節介が無駄にならない。それだけで満足だ。
 漣は一度視線を伏せ、それから真っ直ぐ秋水を見遣る。
「……草薙秋水、本当に俺の呪いは解けるのか?」
 漣はこのままでは死んでしまう。死期は間近に迫っているはずだ。確実性が欲しいのだろう。
 秋水は漣を見つめる。
「おまえはその気があるからここに来たんじゃねえのか?」
「……その気はある。呪いが解け、俺の未来が手に入るのなら……。でも、もう俺だけの問題じゃなくなってるから……」
 漣の呟きは秋水には理解できない。なにせ、漣の事情など知らないのだ。
 ふ、と秋水は笑った。
「おまえが諦めてないんだったら、なんとでもなるさ」
「…………」
 無言で秋水を見返す漣はしばし考えていたが、小さく頷いた。

 境内に漣は佇んでいる。秋水の指示に従ってのことだ。
 不安そうな表情を浮かべている漣。当然だろう。突然「そこに立って、用意できるまで待ってろ」と言われては、誰でも戸惑ってしまう。
 一方秋水はというと、目を閉じて緊迫した空気を纏わせていた。そして、瞼を開く。
「…………そこを動くなよ」
 静かに言う秋水が両手をぐっ、と合わせる。彼の両手に青白い光が集まってきた。
 漣が後退しそうになる気配がした。だが、実際は行動に移してはいない。
 集中力を高めている秋水は右と左の掌をゆっくりと離す。手に集まっていた光りがそれに合わせて左右に広がっていく。美しい光りの帯だった。
 一直線の帯は剣の大きさでそれ以上広がらなくなる。秋水は伸ばした光りを掴んだ。そして、まるで剣のように光りを構えた。
 「光の剣」と言うには、形が棒に近いので無理だろう。 
 近づいて来る秋水から漣が逃げるように身体を後ろへ遣ろうとするが……そこから動きはしなかった。反射的に逃げようとするのは本能のようなものだ。
 動かないでいてくれることが秋水には幸いである。逃げられては狙いが外れるかもしれない。
 秋水が剣を振り上げる。青白い光りの強さが増した。
(草薙家秘技――――天叢雲!)
「……ハっ!」
 気合い一閃!
 漣は咄嗟に瞼を閉じて、歯を食いしばった。その漣の身体を、秋水の剣が叩き斬る!
 剣は漣の肉体を袈裟斬りにし、そのまま破裂するように弾けた。秋水の掌にその破裂の痛みが走る。
「いづっ……!」
 掌に火傷が走っていた。秋水は小さく息を吐いて顔をしかめたが、すぐに漣のほうへ視線を向ける。
 斬られたはずの漣は、血も流していない。傷もない。
 しばらく呆然としていた漣がカッと瞼を開け、ぐっと上半身を前に少し倒す。堪えるように。
「うぐっ……」
 うめき声は一言。漣から抜け出るように霧がじわ、と立ち上った。だがそれは一瞬のことで、すぐに霧の量は増え、辺りに一斉に広がった。
 秋水は周囲に素早く視線を走らせる。
 草薙家の技で、確かに漣の呪を断ち切ったはずだ。彼と繋がっていた鎖を、斬った。
(この霧……漣の身の内に宿っていた呪だな)
 視界が霧で占められ、何も見えない。
 浅葱家に受け継がれ続けていた不死と短命の呪……それが実体化しようとしている。
 霧が急速に引いた。波が引くのと同じように。
 一ヶ所に霧が収束して形をとる。だがそれを見届ける前に、霧が放った衝撃によって秋水は吹き飛ばされたのだった。
 まるで重い空気の塊がバン! と全身にぶつかったかのような痛み。身体を叩かれた秋水は無様に空中を一直線に飛び、境内にあった木のどれかにぶつかってやっと停止した。だが木にぶつかったせいで背中がひどく痛む。身体の内側にダメージが響いた。
「痛っ……。な、なんだ……?」
 爆発したように、霧から衝撃が放たれた。爆心地であろう場所へ秋水は霞む目を向ける。
 霧が完全に晴れたそこに、一人の女が立っていた。尼僧だ。瞼を閉じている尼を、秋水は怪訝そうに見遣った。
 アレが漣の呪? あの尼さんが?
 もっととんでもない化物が出現するのかと警戒していたので、意外だった。人間の姿をしていること自体が信じられない。
 尼はまだ若く、整った顔立ちをしている。だが少しやつれていた。細い、という印象を与える。
(あれ? 漣は?)
 きょろきょろと見回すと、同じように吹っ飛ばされて木にぶつかったらしい漣の姿があった。彼は地面にうつ伏せになったまま動かない。
(気絶してるのか!?)
 それはそうだろう。秋水よりも爆心地に近かった分、漣のほうがダメージは大きい。
 尼僧はゆっくりと瞼を開く。深い深い深海の色をした瞳だ。
 まずい、と秋水がぞくりと悪寒を感じる。形を成しただけで先ほどの衝撃。このまま放置しておけば大変なことになる。
 本当なら漣を担いでここから逃げたほうがいいのだろう。だがアレは浅葱家の呪。草薙とも無縁ではない。放っておけるものか!
「…………」
 尼僧は口を開き、何か囁く。だが言葉がわからなかった。歌うようでもあり、ただ乱雑に単語を呟いているようでもある。
 ぞぞぞ、と秋水の背中を寒気が駆け抜けた。
(まずい……しかし、どうすれば……っ!?)
 あんなワケのわからないものに対処する方法など……。
(月乃を連れてくれば……)
 そこまで考えてハッと我に返り、頭を激しく左右に振る。そして尼僧を睨みつけた。
(月乃を頼るな……! コレは俺が自分で決めたことだ)
 まずは見極めるのだ。アレの正体を。
 アレは漣の呪。漣の……。
(ん? 漣の呪は短命だが、同時に不死でもあった。なら……逆に考えて、不死のリバウンドが短命だったとすれば…………アレは不死を象徴する尼僧……?
 くそっ! そういう事か! ならばもう一度、天叢雲を使うしかねぇ!)
 尼僧は何かを求めるように囁き続けている。あの囁きが終わったら……きっと。
(あれが終わるまでに攻撃を仕掛けねえと……!)
 秋水は立ち上がり、深呼吸をする。集中しなければ。一気に集中力を高め、もう一度技を発動させる――!
(一日に何度も使える技じゃねえんだって……!)
 発現させられるのはぎりぎりあと一度くらいだ。今の体力などを考えれば。だがどうする!?
 秋水は一歩分、尼へと近づく。相手を自分の間合いに入れるためだ。
 尼僧はす、と目を細めて袖の内に隠していたらしい扇を取り出す。美しい凝った扇だ。椿の絵柄が描かれたそれを、尼僧が無造作に一振りする。
 破壊が――押し寄せた。
 ぎょっと目を剥いた時は遅い。両腕で顔を庇うが自身が木の葉のように軽々と浮き上がったと思われた刹那、またも吹き飛ばされた。
「がっ……!」
 またも木にぶつかって、なんとかそれ以上吹き飛ばされずに済んだ。だが痛い。どさ、と地面に落ちた秋水は唾を吐き出す。口の中を切ったらしく、血が混じっていた。
(おいおい……洒落になってねぇ……! 天叢雲を使う以前に、近寄れもしねぇぞ!)
 近づけば自動的に攻撃する感じだった。
 両手両足に力を込め、再度立ち上がる。ここで諦めるわけにはいかない。技を使用しなければ、あの女は永遠に存在し続ける。呪という目に見えないカタチとなって。
(いって……。くそ……腕をぶつけたな。なんとか動くようだが……)
 弱音を吐くな。やると決めたのは自分。ならば立て。そして、敵を討て!
――「秋水さん、敵を討つのに必要なのはタイミングだけです。一撃必殺の、そのタイミングを逃がしてはなりません」
(ああ。そうだな月乃、わかってるさ……!)
 もう一度集中し、剣を作り上げる……! 秋水にできることはそれしかないのだ。
 間合いに入れてからの攻撃では遅すぎる。では、近づきながら技を発動させるしかない。
(ヤツの攻撃の前に討つしかない……!)
 できるか!? いいや、やるしかないのだ!
 深く息を吐き出して秋水は両手を合わせる。尼僧の呟きだけが境内に響いていた。まるで呪いの言葉だ。
 扇の動きにも注意を払い、尚且つそれより早くこちらの攻撃を届かせなければならない。難しい。かなり難しいことだ。
 じりじりと歩いて近づく秋水は両手を左右に離す。青白い光りが再び剣として出現した。
 緊張に秋水は笑う。走るべきか。歩いてもう少し距離を詰めるか……。
(前者だ!)
 だっ、と一気に駆け出した。
 尼僧が扇を顔の前に遣り、秋水のほうをちらりと見た。扇を振り上げる。
 ――――来る!
(まだだ……遠い!)
 扇が振られた。まずい、と思うが突撃を仕掛けた秋水には止まることもできない。無防備のままだ。
 刹那、秋水の眼前に楯状の結界が出現し、扇の攻撃を遮る。秋水は目を見開いた。
(これは結界!?)
 振り向くと、立ち上がって剣指を作っている漣の姿が視界に入った。彼の前にも楯状の結界がある。
「……へっ、ようやくお目覚めか。これで心置きなくぶった斬れるぜ!」
 秋水は剣を構えて一気に距離を詰めた。尼僧が再び扇を構える。
「その不死性、斬らせてもらうっ!」
 扇が振られるよりも速く、秋水の剣が尼僧に届いた。一閃された刃が、弾け飛ぶ。
 掌を再び灼熱が走り、秋水が顔をしかめた。
 ず、と尼僧の身体が真っ二つにされた。少しずつズレていく切り口。血は零れはしないが、代わりに黒い霧が洩れ出ていた。
「………………」
 尼僧は何が起こったか理解していないようで呆然としていたが、ゆっくりと姿を消していく。
 秋水はやれやれと息を吐いた。とりあえず、これで終わったのだ……。
(終わった……。帰るか。また月乃、怒るかな〜……)
 想像して秋水は青くなる。怖い彼女を持つと本当に苦労する。
「草薙」
 呼ばれて秋水はそちらを見遣った。視線の先――木に体をぶつけた痛みに耐えて佇む漣が少し目を伏せ、あげる。
「世話になった。この借りは、必ず返す」
「…………」
 ぽかーんとした表情の秋水に、漣がむっ、と顔をしかめた。
「なんだその顔は」
「……いやー……おまえ可愛くなったなあと思って」
「なっ……! 誰が可愛いだと!?」
 赤くなって眉を吊り上げる漣に、秋水は耐え切れずに吹き出して笑う。だが身体中の痛みが響き、すぐに笑いを止めた。
「てて……。おまえが礼を言うとは……たいした進歩だ」
「失礼だぞ! 俺だって、礼儀くらいは……って、どこへ行くんだ!?」
 すたすたと歩き出した秋水が、漣に背中を向けたままひらひらと手を振った。そしてそのまま、この境内へと上がってくるための石の階段を降りていく。
(俺の役目は終わった。後は、おまえ次第だ)
 振り向くことはしなかった。秋水は階段を全て下りてから大きく息を吐いた。肩も痛いし、ぶつけた腕も痺れている。なにより背中がかなり痛い……。
「ぜってー月乃に怒られるなぁ……。寝ててくれればいいんだが、この時間はまだ起きてそうだよな〜」
 どうしよう。
 秋水は夜の町へと歩き出す。早く家に帰りたいような、帰りたくないような……そんな複雑な心境で。



 玄関のドアに手をかける。鍵を開けてゆっくりとゆっくりとノブを回し、こそこそと中に入り、開けた時と同じように静かに閉めた。よし、と思った瞬間――。
「こんな夜中にどこへ行ってたんですか、秋水さん?」
 底冷えのする声が背後からかかり、秋水はドアを閉めた体勢のまま硬直して冷汗を流した。
 この声は……月乃だ。
「帰ってくるのが遅いので、てっきりどこぞで女遊びでもしているのかと思ってしまいましたよ。フフフ」
 こっ。
(怖いッ!!)
 一気に全身の穴から汗が出た。彼女の言葉は嘘だ。浮気や女遊びをして回れるほど、秋水の性格が器用ではないと知っているだろうに!
 月乃はわかっていてわざと言っている。…………それほどご立腹なのだろう。
「ま、待ってたのか……月乃。ね、寝てて良かったのに」
「前のように誰かさんが帰宅途中の道端で倒れていてはいけないと起きていました。不満でも?」
 氷の棘のような声と言葉。
(悪いことしてねえのに、なんだこれは……。いや、心配させたから怒ってるんだろうが……)
 針のむしろに座らされ、裁きが下るのを待つ罪人のような気分である。た、たすけてだれか……。
「また血の臭いがしますね……。何をしていたんですか」
「ちょ、ちょっと人助け……を……」
「ほう。人助け。それはそれは」
 がたがたと秋水が震え出す。なんだ今の嫌味な言い方は。振り向けないままの秋水は、このままドアを開けて外の世界に逃亡したくなってきた。
「とても素敵なことじゃないですか。ねえ?」
(ひぃー! 声は明るいけど絶対すっげー怒ってる……!)
 も、もうダメだ。逃げよう。怒りが収まるまでとりあえず時間をおこう。うん、そうしよう。
 ノブを捻ろうとした秋水が次の瞬間には玄関に転倒し、仁王立ちをしている月乃を見上げる格好になっていた。どうやら一瞬で月乃に転ばされたようだ。
 腕組みしている寝巻き姿の月乃は……怖い笑みだ。背中の痛みなど、この笑みの前では吹き飛ぶ。
 思わず真っ青になる秋水は、もはや蛇に睨まれた蛙の如く、転がって腹を見せた犬のような格好で停止していた。
「また外へ行くんですか? なんです、今度は? ビールでも買いに行くんですか? お酒は身体によくないので、控えるようにとあれほど言った私の言葉を、聞いていなかったんですかね?」
 真上から見下ろされて、秋水はとうとう涙目になっている。追いつめられて体が勝手に反応したようだ。
「あ、あう……」
「…………秋水さん、反省はしてますか?」
「し、してま、す……」
「心配させないでください、とついこの間言ったはずですが」
「憶えて……ます」
「あら。てっきり忘れていると思いました。ふふふ」
「つ、月乃……もう勘弁してくれ……」
「…………そうですね。ケガもしているようですし、手当てをしましょうか。思いっきり染みる薬で」
「そんな……!」
「文句があるんですか!?」
 ぎろり、と睨まれて秋水は口を噤む。彼女はきびすを返して薬箱を取りに行った。だが途中で足を止めて振り向く。冷たい瞳で告げた。
「秋水さん、いつまでそうしてるんですか。手当てしますからこっちへ来て下さい!」
「は、はぃ……」
 秋水はのろのろと立ち上がり、よろめく足取りで月乃の元へ向かったのである――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 草薙様大活躍です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!