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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―END of KARMA 〜End of Immortal curse〜―



 浅葱漣はアパートのドアを静かに開ける。なるべく、眠っている彼女を起こさないように。
 そっ、と部屋を振り返った。電気の消されたそこはしん、と静まり返り、漣はよくわからずに微かに震えた。
 帰って来るべき場所。帰ってきたい場所。
 漣は憂いを断ち切るように一度目を伏せ、顔をあげた。決意の表情だった。
 ドアが閉まる音が、ただ……夜闇に小さく響いた。



 蒸し暑い日だ。
 そんな土曜の深夜。待ち合わせ場所で先に待ち受けていたのは草薙秋水だ。
 漣に差出人不明の手紙を寄越したのはコイツである。漣はム、と腹立たしくなる気持ちを抑え込んだ。自分の呪いを解く鍵をコイツが握っているらしいのだから、無闇に態度を硬質にしてはまずいだろう。
 寂れた神社の境内で待っていた彼は漣の姿を認め、立ち上がった。
「一方的な手紙だったから来なくて当然と思ってたんだが……来たのか」
「……来て悪いか」
 苛々したような漣の言葉に秋水はにたりといやらしく笑う。
「どういう心境の変化だ? 俺のお節介は嫌いなんだろ? 手は借りないとか散々言ってたじゃないかよ」
「……色々あったんだ。余計な詮索はするな」
「ほー。それが助けてもらおうってヤツの態度か?」
 秋水の言葉に「ぐっ」と漣は言葉を詰まらせる。 
 本当ならぶん殴ってしまいたいが、そうはいかない。脳裏にチラつく日無子の姿に、漣は怒りをなんとか堪えた。
「悪い悪い。ちょっとからかっただけだ。おまえが前と違うから、ついな」
「?」
 前と違う?
(確かに……半年前と違って今は生きたいと思ってはいるが……)
 それほど大きな変化は自分にはないはずだ。
 漣は一度視線を伏せ、それから真っ直ぐ秋水を見遣る。
「……草薙秋水、本当に俺の呪いは解けるのか?」
 期待してしまうと、駄目だった時に反動が大きい。漣自身だって落胆したくはないが、なにより日無子を悲しませたくなかった。だから何も告げずに出てきたのだ。
 秋水は漣を見つめる。
「おまえはその気があるからここに来たんじゃねえのか?」
「……その気はある。呪いが解け、俺の未来が手に入るのなら……。でも、もう俺だけの問題じゃなくなってるから……」
 自分だけなら、なんとでもなる。諦めもつく。だがそうはいかないのだ。
 ふ、と秋水は笑った。
「おまえが諦めてないんだったら、なんとでもなるさ」
「…………」
 無言で秋水を見返す漣だったが、その心中はというと……。
(なんだろう……やっぱり生理的に苦手なのか? ムカムカするな……)
 セリフといい動作といい、漣にとって秋水はどうしても腹の立つ相手らしい。なんだかそんな相手に助けられるのは癪だった。

 境内に佇む漣は深呼吸をする。秋水が何をするかは知らないが――不安だ。
(何をするんだ……?)
 そう思っていると、秋水のほうの準備ができたらしく、張り詰めた空気を纏って彼は閉じていた瞼を開けた。
「…………そこを動くなよ」
 静かに言う秋水が両手をぐっ、と合わせる。彼の両手に青白い光が集まってきた。
 ごくりと漣が息を呑む。身体が反応する。あの一撃を避けろと、訴える。
 集中力を高めている秋水は右と左の掌をゆっくりと離す。手に集まっていた光りがそれに合わせて左右に広がっていく。美しい光りの帯だった。
 一直線の帯は剣の大きさでそれ以上広がらなくなる。秋水は伸ばした光りを掴んだ。そして、まるで剣のように光りを構えた。
 「光の剣」と言うには、形が棒に近いので無理だろう。
 漣の額から頬にかけて汗が流れる。攻撃を――避けろ!
(ダメだ!)
 拳をぐっ、と作る。ここで逃げるわけにかいかない。そう決めたんだ!
 近づいて来る秋水から身体が自然に後退しようとする。だが漣はその場に踏みとどまった。
 秋水が剣を振り上げる。青白い光りの強さが増した。
「……ハっ!」
 気合い一閃!
 漣は咄嗟に瞼を閉じて、歯を食いしばった。その漣の身体を、秋水の剣が叩き斬る!
 剣は漣の肉体を袈裟斬りにし、そのまま破裂するように弾けた。秋水の掌にその破裂の痛みが走る。
「いづっ……!」
 掌に火傷が走っていた。秋水は小さく息を吐いて顔をしかめた。
(……斬られた!)
 漣は驚愕してその場に佇む。
 だが斬られたはずなのに血も流していない。傷もない。痛くない。
 どくん――。
(……あ、熱い……っ)
 拳を強く強く握りしめた漣は身体を通過し、ナニかを切り裂かれた感触があった。そして直後、まるで縛り付けていた鎖が解けたように、体の奥底から熱いものが溢れてくる。
 どくん。どくん――。
 心臓の鼓動の音がうるさい。熱くて吐きそうだ。そうだ。だったら……。
 吐き出せば、いい――!
 カッと漣が瞼を開け、ぐっと上半身を前に少し倒す。堪えるように。
「うぐっ……」
 うめき声は一言。漣から抜け出るように霧がじわ、と立ち上った。だがそれは一瞬のことで、すぐに霧の量は増え、辺りに一斉に広がった。
 ひどい虚脱感を感じて漣は足がふらついた。
 視界があっという間に霧で占められ、何も見えない。
 浅葱家に受け継がれ続けていた不死と短命の呪……それが実体化しようとしている。
 霧が急速に引いた。波が引くのと同じように。
 一ヶ所に霧が収束して形をとる。だがそれを見届ける前に、霧が放った衝撃によって漣は吹き飛ばされた。
 すぐ隣が爆発したような力を発し、全身にそれをもろに受けた漣はすぐさま意識を放棄した。ひどく疲れていて、身体中のスイッチが切れた感じだったのだ。

 ――血の味がする。
 漣は口の中を確かめた。どこか切っているようで、血の味が確かにした。
(う……なんだ? 体中が打撲したように痛むんだが……)
 痛い?
 漣はぱち、と瞼を開けた。
 痛みがある……感じることができるということは、まだ生きているということだ!
(なるほど……まだ死んでないか)
 秋水の技が失敗した場合も、考慮していたのだ。ここに自分が生きているということは。
(成功した……? それに、呪の重苦しさがなくなっている……?)
 間違いない。成功し、自分の呪は断ち切られたのだ。
 漣は顔を歪めた。嬉しくてたまらない。だが素直に喜べなかった。だってここには日無子がいない。一番に伝えたい人がいない。
 腹這いになっていた漣はゆっくりと起き上がる。目の前に木があった。
(? あれ……俺、こんな木の近くに立ってたか……?)
 不思議に思っていて、ハッとした。そうだ。何かの力で吹き飛ばされたのだ。そして自分は途中で意識を失った。
 自分が先ほどまで立っていた方向を振り向くと、秋水と、見知らぬ女が視界に入る。女は尼僧だ。なぜこんなところに尼がいるんだ?
 秋水が両手を合わせ、顔をしかめたまま慎重に尼僧に近づいていく。尼僧は絶えず何か呟いていた。
(なんだ……? 人間の言葉じゃ、ない……?)
 唐突に、わかってしまった。
 あの尼僧は、自分の内側に巣食っていたモノだ。浅葱の一族が代々受け継いできた……呪そのもの。
 だからこんなに……!
(懐かしく……そしてひどく憎く感じるのか……!?)
 じりじりと歩いて近づく秋水は両手を左右に離す。青白い光りが再び剣として出現した。その様子に漣は驚いた。
 先ほど自分を斬った技……おそらく、なんらかの方法で因縁のようなものを断ち切るものだろう。
(草薙秋水……尼僧を斬ろうとしているのか?)
 そこまでする理由はないはずだ。放っておけばいいのに。
 漣は苦笑した。木の幹に手をつき、嘆息する。
(だからお節介だと言うんだ)
 秋水は覚悟を決めたようにだっ、と一気に駆け出した。
 尼僧が扇を顔の前に遣り、秋水のほうをちらりと見た。扇を振り上げる。
 漣の身体に染み付いた戦いの勘が告げる。あの扇は武器で、今から攻撃しようとしている。避けろ、それが無理なら防御結界を張るのだ! でなければ――。
 漣はすぐさま術の練成にかかる。
(! 呪がない分、練成しやすい! これなら――!)
 人差し指と中指を立てて剣指を作ると、漣はイメージする。結界を作るイメージだ。
 術とイメージを連結させ、発動させる。強度、カタチ、それら全てを凝縮し、この世に――。
 ビッ! と剣指を秋水のほうへ向けた。
(この世に顕現させる……っ!)
 何もないはずの空間に漣の作り上げた楯状の結界が出現した!
 それは尼僧が扇を振り下ろす、本当に『直前』の時間!
 尼僧の攻撃を弾いた結界の出現に秋水が驚き、こちらを振り向いた。秋水と漣の眼前それぞれに、楯状をした結界があるのだ。
 秋水はニッと笑った。
「……へっ、ようやくお目覚めか。これで心置きなくぶった斬れるぜ!」
 秋水は剣を構えて一気に距離を詰めた。尼僧が再び扇を構える。
「その不死性、斬らせてもらう!」
 扇が振られるよりも速く、秋水の剣が尼僧に届いた。一閃された刃が、弾け飛んだ。
 掌を再び灼熱が走り秋水が顔をしかめる。
 ず、と尼僧の身体が真っ二つにされた。少しずつズレていく切り口。血は零れはしないが、代わりに黒い霧が洩れ出ていた。
「………………」
 尼僧は何が起こったか理解していないようで呆然としていたが、ゆっくりと姿を消していく。
 そして漣は見た。消えゆく尼僧は、確かに微笑んだのだ。あれは……。
(救われた表情……?)
 アレは漣を苦しめていた短命と不死そのもの。
(…………短命には短命の……不死には不死の苦しみがあったんだろうか……)
 今となっては尼僧にそれを訊くことはできない。
 やれやれと息を吐いている秋水に、漣は声をかけるべきか迷っていたが……結局声をかけた。
「草薙」
 呼ばれた秋水はこちらを見遣る。木に体をぶつけた痛みに耐えて佇む漣が少し目を伏せ、あげた。
「世話になった。この借りは、必ず返す」
「…………」
 ぽかーんとした表情の秋水に、漣がむっ、と顔をしかめた。
「なんだその顔は」
「……いやー……おまえ可愛くなったなあと思って」
「なっ……! 誰が可愛いだと!?」
 赤くなって眉を吊り上げる漣に、秋水は耐え切れずに吹き出して笑う。だが身体中の痛みが響き、すぐに笑いを止めた。
「てて……。おまえが礼を言うとは……たいした進歩だ」
「失礼だぞ! 俺だって、礼儀くらいは……って、どこへ行くんだ!?」
 すたすたと歩き出した秋水が、漣に背中を向けたままひらひらと手を振った。そしてそのまま、この境内へと上がってくるための石の階段を降りていく。
 秋水が立ち去って、漣は小さく笑った。
(野暮なことを言ってしまったか。さて、俺も待っている日無子の元へ帰るか。心配かけただろうしな……)
 呪が解けたと早く報告したい。喜んでくれるだろうか?
 漣は星空を見上げて微笑んだ。
(約束は守ったぞ、日無子)
 彼女を置いて、いなくなったりしない。その約束は、守られたのだ――!



 はあ、と漣は溜息をついた。
 身体のあちこちが痛い。それに疲れた。
 アパートのドアの前で止まり、ポケットの中に入れていた鍵を探る。
(シャワーでも浴びて寝るか。傷に染みそうだな……)
 そう考えて苦笑する。今までは回復能力があったわけだから、こういう気持ちとは無縁に近かったわけだ。
 ドアの鍵を開けて中に入った瞬間、ぎょっとしてそこで立ち止まる。背後でドアがばたん、と閉まった。
 玄関先に寝巻き姿の日無子が立っていた。胸元に手を遣って、心配そうに漣を凝視している。
「あ……起こしてしまったか?」
「…………」
 無反応でいる日無子を不審そうに見て、漣は気づく。そうだ、きっと彼女は気づいている。自分がどこに行ってきたのかを。
 ばつの悪い顔をして、漣は視線を逸らした。心配をかけたくなくて、何も言わずに出てきてしまったのだが……。
「た、ただいま。あの、この間話した俺の呪いなんだが……なんとか、解けたか」
 ら、と言う前に胸の中に日無子が飛び込んできた。
「漣、漣……!」
 ぎゅう、と抱きつかれて漣はその場で完全に硬直してしまう。なんでそんな切ない声で呼ぶのか。
 というか……。
 漣は青くなって見下ろした。
(な、泣いてる……?)
 なんで???
 必死にしがみついている彼女は微かに震えていた。
「ど、どうした!? 何かあったか?」
「呪いを解きに行ったんでしょう!? あたしを置いていった……!」
 滲んだ声で言う日無子は、漣の胸に顔を埋めたままだ。
「……これは、俺の問題だから……。それに、日無子を置いていなくなったりしないって……」
「不安で、すごく怖かった……っ! 漣がもしも死んじゃったらどうしようって……!
 誰が死のうと気にもしなかったのに……! 漣のせいで、あたし壊れちゃったんだ……っ!」
 自分が死ぬかもしれないと思って、日無子は非常に精神が不安定になってしまったようだ。
 幼い子供のように泣きながら言う彼女を、漣は恐る恐る抱きしめる。どれほど勇ましくとも、どれほど戦士として優秀でも、漣にとってはたった一人のかけがえのない女の子なのだ。
「漣が死んだらあたし……生きていけない! 生きていけないよぉっ!」
 盛大に泣き出してしまった日無子の頭を撫でる。
 心配させてしまったことに対する罪悪感。こんなに激しい想いを抱いてくれたことに対する幸福感。
 ああ、どうしよう。愛しい。
 顔を上向かせて、ゆっくりと唇を重ねる。日無子がくぐもった声を出すのに構わず、玄関横の壁に彼女を押し付けて口付けを繰り返した。
 唇が離れると、もう泣いていない日無子の顔が目に入った。
「こうして俺は戻って来た。それじゃ……ダメか?」
「…………血の味がしたよ? 口の中切ってない?」
「……口の中も切ってるし、ちょっと全身を打って、痛い」
「じゃあ早く手当てしないと! ………………れ、漣?」
 じっ、と漣に見つめられて日無子は居心地が悪そうにする。今にも逃げそうな感じだが、漣が彼女の頭を挟むように壁に両手をついているので、そこから動けないようだ。
 いや……実際漣は逃がさないようにしている。
 日無子は慌てて話題を変えた。
「そ、そうだ! さ、さっきの……聞かなかったことに、してくれない?」
「さっきの?」
「壊れたとか……生きていけないとか……。うまく感情をセーブできなくて変なこと言っちゃって…………ごめんね。鬱陶しかったでしょ?」
 頬を少し赤く染め、日無子は顔を俯かせる。どうやら恥ずかしがっているようだ。
「鬱陶しいなんて、俺は思ってないぞ? なんでそんなこと言うんだ?」
「だ、だって漣に嫌われたく……な、ないもん」
 物凄く小さな声だった。今が夜中で、周囲が静寂で満ちていなければ聞き取れなかっただろう。
 彼女を凝視していると、日無子はますます顔を赤くしていく。耳まで真っ赤だ。
「ぁ……あの、あんまり見つめないで……」
 顔を隠そうとする日無子の様子が物珍しくて漣は驚いてしまう。いつもはこっちが慌てたり、狼狽するのに。
「俺に見られるの、嫌なのか……?」
 漣の言葉にかぁぁ、と日無子がさらに赤くなる。これ以上真っ赤になったら湯気でも出そうだ。
 不器用に顔を隠す日無子は囁いた。
「だ、だって……漣に見られてると…………緊張する……」
「…………」
 そんな素振り、今まで見たことない。
(あ、そうか)
 合点がいった。
 漣はどうしても彼女の視線に耐えられず、先に顔を逸らしてしまう。逸らさずにそのままじっと見つめていれば彼女はこういう反応をするのだ。 
(……かわいい)
 なんだか今日はいい日になりそうだ。呪もなくなったし、日無子のこんなに可愛い姿が拝めたのだから――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 浅葱様の呪に関わるお話はこれで終わり……ですよね。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、本当にありがとうございました! 大感謝です!