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<東京怪談ノベル(シングル)>


Festival



「今度の週末に学園祭があるんだけど……よかったら来ねー?」
 梧北斗は内心どきどきしつつ、このセリフを相手に向けて言った。
 いまだにこの病院に入院している遠逆欠月は、どこかぽかんとした表情で北斗を見ている。
 ここは欠月の病室。個室である。ちなみに今、この個室には北斗と欠月しかいない。
 北斗は両手で抱えていた学生鞄を開け、中から学園祭の案内を取り出した。そして欠月に差し出す。
(人が多いところ、あんまり好きじゃないかもしんねーけど……)
 目の前のベッドに腰掛けている欠月も……普通に暮らしていれば高校生だ。
 17歳。北斗と同じ、高校二年生。
(少しでも……学生生活みたいな雰囲気を味わって楽しんでくれたら俺としては嬉しいんだけど)
 北斗が差し出した案内を受け取った欠月は、広げて見ている。
 興味を持ってくれただろうか? 北斗は欠月の様子をうかがう。欠月は無表情で案内に目を走らせていた。
 北斗は忘れないようにと、付け加える。
「あ、ちなみに俺のクラスはお化け屋敷やるからさ!
 前に言ってたじゃん? ホラー映画観ようって。なかなか機会なかったけど、お化け屋敷とかどー?」
(俺は実は部活の催し物のことで手一杯で、どんなのかしんねーんだけど)
 なんてことを思いつつ、北斗は欠月の表情を見ている。どうなんだ? 興味は出た?
 案内を一通り見た欠月は、北斗に視線を戻した。
 まったく先ほどと変わらない態度に、北斗は焦った。
「結構怖いって有名だし、他にも面白い出し物一杯あるからさ、な、な?」
「…………」
 無反応の欠月に、次第に北斗は不安になってくる。
(な、なんで何も言わねーんだ……?)
 落ち込みかけた時、欠月はにこっと微笑んだ。
「いいよ。行くよ」
「えっ!? マジで?」
「ははっ。マジだよ、マジ」
「な、なんだよー、驚かすなよー」
 ほー、と安堵した北斗に欠月はくすくすと笑う。
「あんまりキミが必死だからさ、つい」
「ついじゃねーよ! もー、おまえのことだから『ヤだよ、興味ないね』とかスカした感じで言われたらどうしようかと思ったぜ」
 欠月の真似までして言う北斗に、欠月は目を細めた。
「そりゃ……前のボクならそう言うだろうけど、今はそんな気にならないから安心してよね」
「え? そうなのか?」
「そうだよ。キミがお願いするなら、無理だなって思うこと以外はなんとか都合してみせましょう」
 ふ、と不敵に笑う欠月は、ベッド脇にある机の上の卓上カレンダーに書き込んでいく。
「今度の週末ね。わかった」
「ほ、ほんとに来てくれんのか?」
 なんだか信じられなくて、北斗は再度尋ねた。
 すると、欠月がカレンダーを戻してから北斗の顔に手を伸ばした。白く細い指が北斗の頬を撫でる。
 指先の冷たさに北斗がドキッとしたが、次の瞬間――。
「いだだだだっ!」
「どう? 夢じゃないって確信もてた?」
 抓っていた頬を解放すると、涙目になった北斗が欠月を睨みつける。
「いてーだろーが!」
「キミが疑ってるからでしょ」
 ツンとして言う欠月は、小さく笑ってみせたのだ。



 週末、北斗の学校では毎年恒例の学園祭がおこなわれた。
 クラスや部活それぞれ、色々な出し物をしている。体育館では演劇などの出し物もある。
 弓道部所属の北斗は部の出し物のほうを手伝っていたが、そわそわしていたため、同じ部員に怪訝な目を向けられた。
「どうしたの? 梧くん、さっきからなんだかそわそわしてるけど……」
「えっ!? あ、いや……友達を今日呼んだんだけど……。ちゃんと来るのかなって思って……」
「そうなんだ。来てくれるって言ったの?」
「まぁ……一応」
「ふぅん。じゃあ来てくれるわよ、きっと」
 笑顔で言われて北斗は頷いてみせた。
 弓道部はドーナツ屋をやっている。店番中の北斗は、なんだか周囲が騒がしいことに気づいた。
「なんだぁ? なんかやけに隣が騒がし……」
 ひょこ、と店の前に誰かが立つ。私服姿の欠月だった。
「やあ。先に教室のほうへ行ったんだけど、こっちだって教えてもらってね」
「か、欠月……」
 目の前にいることに驚く北斗だったが、どうやら先ほどの騒ぎは欠月のせいらしい。ちらちらと欠月を見ている女子生徒の多いこと。
 同じ店番の女子部員も唖然とした表情で欠月を見ている。
「北斗はいつまでここで店番? 時間潰してくるよ」
「えっ、時間潰すって?」
「一緒に回るんじゃないの? まさか呼んでおいて、ボク一人で回らせる気だったわけ?」
 半眼で言われて北斗は慌てた。
「ま、まさか! えと、あと30分で大丈夫だ」
「そう。じゃあそれまで待つよ。30分したらまたここに来るね」
 立ち去ろうとした欠月に、北斗は急いでドーナツの入った袋を渡す。欠月はきょとんとした。
「それ食って待ってろ!」
「これ、代金……」
「それくらい奢ってやる! あと、目立たないようにしろよ。…………無理だと思うけど」

 欠月と共に校内を回る。どのクラスも趣向を凝らしていた。
「どうだ? やっぱその……迷惑だったか?」
 一緒に歩きながら尋ねると、欠月は微笑した。
「迷惑そうな顔なんてしてないはずだけど? 心配性だよねえ、キミってさ。
 あ、キミのクラスだ。ほら、これに入るんでしょ?」
 北斗のクラスの窓は全て黒い布で覆われ、外からは何も見えないようになっている。後ろ側のドアが入口なのだろう。生徒が宣伝のために立っていた。
「あ! 梧くんに、さっきの人! あ、い、いらっしゃいませ。よければ入ってみてください」
 頬を染めて言う女子たちの行動に、北斗は顔をしかめて横の欠月を見遣った。
(ほんとモテるヤツだよな、こいつは)
 笑顔の欠月は「じゃあ入ろう」と北斗を誘った。
 二人はドアをくぐり、室内に足を踏み入れる。なんだか寒いし、霧のようなもので視界がはっきりしない。
「凝ってるな〜……」
「そうだねぇ」
 のんびり言う欠月。
 迷路のようになっている教室の中を、進む。薄暗くてまともに見えないこともあり、北斗はやたらと警戒していた。
「怖かったら俺にしがみついてもいいんだぜ、欠月」
「……声が震えてるけど」
「だ、誰が……わっ!」
 いきなり首筋にぬるっとしたものが当たり、北斗はビクッとして周囲を見回した。
「なっ、なんだこれ……!」
「……あのさぁ、そんなに警戒しなくて……」
 目の前に突然火の玉が出る。思わず北斗は欠月の袖を掴んだ。
 平然としたままだった欠月は北斗の様子にぷっ、と吹き出す。くすくすと笑った。
 二人はそのまま奥へ奥へと進む。怖いという噂は本当だった。中途半端な仮装よりも凝っていたし、なにより驚かすタイミングが絶妙だったのである。
 出口に辿り着くまで北斗は「ひっ」とか「うっ」とか、単語しか口にできなかった。
 出口のドアをくぐり抜け、外の明るさに北斗は目を細めた。
「ありがとうございました〜」
 と、待ち受けていたクラスメートたちに言われて北斗は苦笑いをする。なんていうか、結構……怖かった。
 ぐったりしている北斗の横に立つ欠月は、「ふーん」と呟いた。
「面白かったね、今の」
「……なんでおまえ平気なんだよ?」
「え? まぁ……だって気配がしてるからすぐわかるじゃない?」
 にこ、と微笑んだ欠月は歩き出す。
「次はどこ行こうか。ドーナツだけじゃお腹はふくれないから、食べ物がいいなぁ。北斗のおすすめはどこ?」
「……おまえって、見かけによらずタフだよな……」
 はあ、と溜息をついて北斗は姿勢を正す。
「じゃ、お好み焼きしてるとこあったからそれ行くか! 焼きそばもあったな〜」
「はいはい。じゃ、それ行こうか」
「あ、おい待てよ!」
 北斗は慌てて欠月を追いかけたのだった。