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<東京怪談・PCゲームノベル>


■□■□■ハーブ達のロジカル<1>■□■□■


「これを、ある人に届けて欲しいんです」

 頭をすっぽりとスカーフで隠した少女がそう言って籠を突き出す。
 週末、買い物に来ていた町中のことである。見知らぬ少女に声を掛けられ、道の端に引っ張られ、この台詞。自分にはそんなことをする義理も余裕も仕事も無いと一言切って捨てて歩き出す――のは、悪い大人のやることなので真似してはいけない。かと言って、何も聞かずに請合うのも危険である。
 惰性で籠を受け取れば、それはいやに軽かった。掛けられたチェック柄のハンカチを上げてみれば、中にあるのはハーブである。様々な種類、混じりあった様々のニオイ――少女の顔は見えない。だが、神妙そうな手付きで、一枚のメモ用紙を差し出す。

「ここに地図を記してあります。少し遠い場所ですけれど、許してください。頼めそうな人が見付からなくて、行きずりの人に頼んでしまうことになってしまいますけれど、お礼はきっとしますので――お願いしますっ」
「あ、ちょっ」
「間に合えば、途中で合流しますから!」

 そう言われても――。

 手元に残されたメモと、ハーブがいっぱいの籠。
 地図が示すのは、郊外の森。
 さてはて――どうしましょうか。


■□■□■

 妙なことに巻き込まれるのは慣れていた、だからたまの休みに買出しついでで街を歩いているところで『人でない』らしい何かにお使いを頼まれることも、初めてではない。ような気がする。膨大な怪異と関わってきたこれまでを振り返りながら、シュライン・エマは苦笑する。手には香ばしさやら清々しさやら、様々の香気を零れださせるハーブの籠。
 高層ビルの居並ぶ街中を歩いていたはずが、何故か路地の途切れ目に森が出来ている。今まで知覚も認識もしていなかったもので、おそらく周りを歩く人々は今もそうだろう。どうやらハーブを渡した少女に導かれているらしい。

「悪い感じはしなかったし――心配は、それほど必要ないか」

 もっとも、それもハーブの香気の所為かもしれないが。
 シュラインはバッグからぶら下がった携帯電話を取り、事務所で腹を空かせているだろう草間にメールを入れる。二・三日ぐらいは自分か妹かでどうにかするだろう。流石にそれ以上の時間、この異界に取り込まれるのは勘弁してもらいたいところだ。頼りになるかならないか、とりあえずお迎え依頼はしておく。
 何か携帯が喚くように着信を知らせているのにはとりあえず気付かないことにして、彼女は森に足を踏み入れた。

 こんな森があるのは練馬か原宿辺りしか思い付かない――ちらりと振り向くと、街の影はもう失せていた。使いが終わるまでは出して貰えないということらしい。見上げれば背の高い木が生い茂っているのに、光はちっとも遮られない様子だった。昔に読んだ童話の黒い森とは打って変わって、爽やかさすら感じさせる。木から分泌されるリラックス成分が充満しているようだ。
 獣道を辿って歩けば、慣らされているのか何か力が働いているのか靴が土に沈むこともない。快適な散歩に少し気分が良くなったところで――

 彼女は、ウサギの睨みあいを見つけた。
 否、黒頭巾と赤頭巾の膠着状態を、見つけた。
 ……ウサギにお願いするアニメのような光景だった。

■□■□■

 蕨野ビワは、対決していた。
 目の前にいるのは赤頭巾。
 その腕にあるのは、童話のようにおばあさんへと届けるワインとケーキ――ではなく、猟師よろしくの猟銃だった。

 少女に使いを頼まれて森に入った途端、獲物発見とばかりに発砲されたのだ。今日はちょっと黒が足りなかったのかもしれない、そうだ顔や手が白いし。これがいけなかったんだとばかりに黒いフードで頭をすっぽり隠してみれば、相手も警戒したのか一旦猟銃を止める。
 互いの出方を伺っての膠着状態。
 ……が、一時間経過していた。

「…………」
「…………」

 じりじりじりじり。
 ガサリ。

 不意に音がした方を見れば、自分と同じようにハーブの籠を持った女性が立っている。
 気を取られた一瞬の隙を、相手は逃さなかった。

「うらぁぁああひゃッはぁあ!!」
「わ……わわ!」

 トリガーハッピーよろしくに雄たけびと共にぶっ放された弾を避けようとするが、フードを深く被りすぎたのか足元が見えずに木の根に蹴躓いてしまう。ぼふんっと土に抱き締められるように転んだ、その鼻先を銃弾が掠めた。どうやら弾に向かって避けていたらしいのに気付き、やっぱり黒が足りなかったのかと一人納得する。が、二発目がさらにフードを掠めて、あわあわと身体を起こした。パァン、パァンと乾いた音が続くのに、フードがずり落ちる。慌てて押さえると、また転んだ。

「ちょ、ちょっと何をしているのよ!?」
「じゃかぁしい、アタシの猟場に落ちたんならアタシの獲物だっつーんだよ! おらおら狼共がぁ、腹ァ掻っ捌いてやっからさっさと当たれぇぇえ!!」
「腹裂き占い……内臓の色で健康状態を当てる……これは流行るかも」
「そんな不穏な占い流行らないわよ!! 良いから早く立って、こっち!」

 シュラインに腕を掴まれたビワはずりずり引き摺られるように赤頭巾と距離を取る。そう言われれば、こういう状況では逃げたほうが良いのかもしれない。うんうんと納得していたところで、ローブの中で抱えていた水晶玉がうっかりと落ちる。子供の頭ほどもあるそれ、そういえば喫茶店での占い仕事に行く途中だったっけ――と。

「んぎゃ!!」

 狼のように一足飛びで距離を詰めようとした赤頭巾の脚が見事に水晶玉に突っ掛け、豪快にすっ転んだ。
 拍子に引き金を引かれた猟銃からは、ぱすん、と気の抜けた音がした。
 赤頭巾は動かない――石に顔面激突したらしく、目を回していた。

「あ、猟銃占い」
「え?」
「良い音がしなかったから……運が悪くて、転んじゃった」
「……転んでから鳴っても意味はないでしょう」

 がっくり、シュラインは肩を落として突っ込みを入れてしまった。

■□■□■

「それじゃあ貴女も、あの女の子に頼まれてここに入ったのね」
「はい……お仕事、行く途中だったんですけれど……」
「このフィールドに人を引き入れるつもりだったとして、その目的がよく判らないわね」

 ふむ、とシュラインは指先でコルクを弄ぶ。
 赤頭巾が気絶している隙に没収しておいた猟銃だったが、調べればなんのことはない、オモチャのような代物だった。空気の代わりに少量の火薬で発射する夜店の銃程度のもの。発射されていたのはコルクで、これでは当たってもただ痛いだけだろう。猟師ごっこをしていて、うっかりトリガーハッピーに目覚めてしまったと言うところだろうか。
 とりあえずこちらの命を危険に晒すつもりはないらしいのだが、やはり意図が読めない。サバゲーの一環にしても、戦略性が無さ過ぎるし。

「目的、は多分……このハーブだったと、思います」
「ハーブ?」
「はい。……何度か撃たれ……たんです、けれど、身体よりは手元……籠を、狙われていたように思います。ちょっとハンカチ、退けていた時……だったので」

 確かハーブには興奮作用のあるものも存在する。籠にこんもりと盛られた緑の中に、そういった類のものでもあったのかもしれない。香り占いの分野の本で読んだことには、人によって相性の悪い香りもあるらしい――離れていても匂うと判るとか。人間は、苦手な物の方に感覚が鋭い。
 ハンカチを掛けている分にはそれほど香ることは無いようだが、またファンキーな相手に出会うのはあまり歓迎できないし、早く使いを済ませてしまったほうが良さそうだとビワは思う。占い仕事もあるし。あまり客足は、芳しくないのだけれど。

「入った場所が悪かったということなのかしら――ん」

 タタン、タタン。
 森は木々が多くて音の反響が良い。殆ど世界が無音に感じられるからかもしれない。シュラインは足を止めて耳を澄ます、聞こえるのは――硬い、リズミカルな音だった。人工的なそれは、タップダンスのように軽やかで、ステップに迷いがない。

「なんの音……でしょう?」
「向こうから響いているみたいね。誰かいるみたいだから、ちょっと行ってみましょうか」

 森の獣道を辿り、長い草に分け入る。音のする方向にまっすぐに向かうと、人工的な道に入った。馬車の轍を辿っていくと、村らしい拓けた場所が見える。少し歩調を速めていくと――

 祭りに使うのだろう広場のステージの上で、少女が一人ひたすらに、タップダンスをしていた。
 迷いのないリズムでハイテンポに脚が浮き、舞台を打ち鳴らしている。
 街は静まり返っていた。
 道端に、死屍累々で。

「だ、大丈夫……ですか?」

 手近なところに倒れている男を慌てて起こしたビワに、ぐったりと青ざめた顔で彼は薄目を開けた。目の下には青い隈が濃く出来ていて、どうやら寝不足らしいと判る。あちらこちらに倒れている人々も、よく見れば同じような様相だった。ぐったりと気絶するように道に突っ伏して、眠っている。
 ……そういえば昔、隣家のピアノが煩いとかでノイローゼになり、殺人事件にまで発展した事例があったような気が。

「ああ……なんだい、お客さんかい……ふふふ、みっともない姿見せちまったな。悪いがあんた達、村を助けちゃくれまいか……」
「一体何が起こっているんです? 見たところ、村全体で寝不足……みたいな様相だけれど」
「へへ、その通りさ……教会に赤い靴を履いてった女の子が神罰を受けて、タップダンスに目覚めちまった……罰は村全体に回って……四六時中アレだから、俺らはもう寝不足で辛抱堪らん……」

 ノイローゼにも、気力のあるノイローゼとないノイローゼがある。広場の舞台は音が響く、森にまで聞こえるほどだ。もっと近くで日常生活をしていたら、四六時中やまないのだとしたら、こうもなるのかもしれない。家畜たちも軒並みぐったりとしているようだし、中々に、由々しき問題だ。

「豚は尾齧り、牛は乳も出ない、鶏も錯乱して卵を突いて割る始末……ふふ、俺たちはもう駄目さ、駄目駄目なの……さ……」

 がくっ。

「……眠ってしまい、ました」
「見事なものだけれど、確かにこれはちょっとね。騒音公害になってるんじゃ……止めようはないのかしら」
「あ、無理だ」
「あら生き返った」
「取り押さえようと近付いたら、サマーソルトキック繰り出してきやがった。じゃ」
「あ、……寝ました」

 ふむ。シュラインは軽く鼻を鳴らす。
 止められないのならせめて移動させられれば良いのだが、近付くと攻撃されるなら強制的には無理だろう。自主的に移動して貰う――にしても、広場の少女は陶酔したように踊り狂っている。簡単に言えば、眼が四次元の方向を向いている。上手くそそのかして移動させる――否。

「そもそも移動させる場所がない、か。森の中で響いていても動物達がぐったりするでしょうし、タップダンスシューズは音を響かせるものだから、室内に行かせても根本的解決にはならない――音のしない場所になんて、行ってはくれないでしょうし」
「……シュラインさん、この近く……水場が、あります」
「水場?」

 男性を寝かせたまま道に座り込んでいたビワの膝には、水晶玉がちょこんと置かれていた。男性の手を翳させて、記憶を写し込ませているらしい。ぼやけた像ではあるが、滝のような影が見えた。
 シュラインは辺りを見回す。通りの向こうには細い川が流れていて、傍に水車小屋がいくつか居並んでいた。
 細い川はそれなりに流れがあることを示している。水車を回せる程度の流れならば、近くに水源があるのだろう。水晶の中の像を見るからに、村人には馴染んだ滝か何かがあるのかもしれない――滝、叩き付けられる水。多少の反響はプラスマイナスゼロ、か。

「ビワちゃんは少しここで待っていてね、私は少し彼女と話をしてみるわ」
「あ……はい」
「とは言え……」

 声を掛けて聞こえるものか。多少は悩む。
 シュラインは広場の舞台の前に向かう。少女は髪を振り乱しながら、口元に笑みを浮かべて踊り狂う。狂う。まさにそんな様子だ。しかしこちらを意識してはいるらしい―― 一瞬乱れたリズムから、察せられる。と言うことは、攻撃もわりと本心からなのだろう。サマーソルトか。脚力が格段に発達しているらしいし、あまり近付かないでおこう。

「良い音ね、リズムにも乱れがなくて」
「…………」
「でも少し、勿体無いんじゃないかしら」
「……、」

 ぴくり、一瞬腕が反応した。
 聞こえても、いるらしい。やはり自発的に村人を無視しているのか。一つのことにこれほど集中できるのは良いことだと思うが、村を見ていると一概にそうとも言えない。

「舞台の土台が少し緩いみたいね、あまり続けていると、どんどん音が悪くなってしまうわよ。もっと響くところに行った方が、音が生きると思うのだけれど」
「…………」
「ある程度の硬さがないと澄んだ音って出ないもの。お互いに削りあうぐらいが丁度良いわ、あなたも水源の滝は知っているのでしょう?」
「……、……」
「近くには良い岩場があるはずよ。そうそう崩れない舞台だし、誰にも邪魔されず丁度良いんじゃないかしら――うわ」

 ぎゅるん。
 脚を掲げた少女は、スケートのようにくるくると回り始める。その回転がどんどんと増して行く、とうとう目が追いつかなくなったところで――少女は腕を広げた。その角度は少し竹とんぼに似ている。風を巻き起こし、さらに加速し――
 少女は飛んでいった。
 多分、滝の方に飛んだのだろう。
 しかし……。

「…………赤い靴の結末としては、こっちの方が後味は良いのかしらね……」

 村人は騒音がなくなったところで、ぐっすりと眠っていた。
 誰も目を覚まさなかった。

■□■□■

「道も尋ねられないとは……思いません、でしたね」
「まあ、人間の道が見付かっただけで御の字としましょうか。いつまでも獣道じゃ、どうにも迷っているみたいで落ち着かないものだし」

 人々に踏み均された広い道を辿りながら森を歩き、二人は苦笑を交わす。少女に渡された地図も、方角や現在位置が判らなければ殆ど意味をなさないものだ。しかし、誰かに尋ねようにもその機会に恵まれないとはどういうことなのか。森を迷うことを望まれて、なかば楽しまれているような――。
 それでもけっして不愉快と感じないのは、やはりこのハーブの香気に当てられているのだろうか? 不用意にハンカチをずらすとまた赤頭巾のようなものに襲われるかもしれないから、確認は出来ないが。

 それにここは、なんだか懐かしい。
 覚えは無いのに、心がそれを訴えてくる。
 幼い頃、人にせがんで読んでもらった話。
 なんだか、その時の心地を思い出させて。
 これもやはり、ハーブの所為なのだろうか。

 なんとない無言の中で記憶のないノスタルジーに浸っていたその時。

「うわあああん、うわああああん!!」
「おかあさんおかあさんこわいよー!!」
「ひっくひっく、おおかみがー!!」
「きゃ!?」
「あう」

 角を曲がったところで、猛進してきた子山羊達の一団に正面衝突と相成ってしまった。
 子山羊達は嵐のように通り過ぎて行くが、錯乱しているのかぐるぐると同じところを回って前進しない。後退したり木とぶつかって泣き叫んだり、その声にまた錯乱の度合いが深まったりと、実に忙しない様子だった。
 二足歩行で人語を解する子山羊達だということは、童話の主人公に据えられていたのだろう。思いつくのは――シュラインはううん、と抱きかかえたハーブの籠の無事を確認する。

「狼と七匹の子山羊、かしらね」
「いたい……」
「大丈夫、ビワちゃん。それにしてもどうしたのかしら、狼が、って言うならもうあの子達は食べられていなきゃおかしいはずなのに」

 数えようにもぐるぐる走り回っていては見分けがつかない。とにかく落ち着かせなければ――シュラインは籠から顔を出す小さな花を手に取った。ドライフラワー状にされているが、香りは悪くない。元々強い効能があるようなのだし――ちろりと指を舐めて風を見る。丁度子山羊達に対して、こちらが風上だった。

「……♪」

 花を口元に当てて、軽く子守唄のメロディを口ずさむ。音の振動で零れだした香りが子山羊達に向かって行った。鼻を閉じることは出来ないだろうから、鎮静作用で落ち着いてくるだろう――自分達の悲鳴で聾されていた耳も、それなら外部の音に気を向ける。騒ぎがゆっくりと小さくなって、小さくしゃくりあげる六匹の子山羊が――道に、座り込んでいた。
 手早く籠に花を戻し、ローズの頭を出させながらシュラインは子山羊達を覗き込む。真っ白な顔をくしくし擦る様子に、ビワは呟いた。

「黒山羊だったら……黒山羊占い……シャッフルして選んで貰ったり……」
「いやいやいや。さて、どうしたのかしら? 落ち着いたなら少し、お話をしてくれない?」

 緊張を解す香りを風上の位置からたなびかせ、シュラインは優しく笑ってみせる。くしくし、鼻を鳴らしていた小さな山羊達は、申し合わせたように交互にその口を開いた。

「狼が来たの、おうちが大変なの!」
「斧でばんばんされたの、怖い怖いなのー」
「お母さんお出かけで帰ってこないの、こわいなの!」
「おおかみこわいのー、いじめられたのー」
「弟が取られたの、食べられちゃうのー!!」
「食べられたら痛いなの、こわいなの!」

「……狼が家に来て、斧で家を壊して……弟がまだ残ってて……お母さんは出かけてて、食べられちゃうから……。それじゃあ貴方達は、何を……して?」
「誰か呼ぼうと思ったの、でもどっちに行ったら良いのか判んなくなっちゃったの」
「迷子か――おうちがどっちだかは、判ってる?」
「あっちのお山なの!」

 二つに割れた爪を持つ手が六本、びしっと道の向こうを指した。小高い丘が見えて、その上にそれらしい廃屋が見える。廃屋。しかし、これはおかしくはないだろうか――ビワは首を傾げて、シュラインを見上げる。

「お話の筋が、違います……よね。多分。狼が随分、乱暴。です」
「そうね、何か別の話が組み合わされているのかも――」

 ヒュン。
 背後からぶん投げられた斧が、二人の丁度真ん中を通過した。
 はらりと散るのは数本の髪、そして、傷つけられたローブの繊維。
 きゃああっと騒いだ子山羊達が、シュライン達の足元に群れて震えた。

 …………。
 今のナニ。
 斧?

「おおかみだぁああ、おおかみだぁああ!!」
「え、えぇ!?」
「んんー、むにゃむにゃにゃ……」

 子山羊達の悲鳴が響くが、しかし、森から出て来たのは長い金髪を揺らしたドレス姿の女性だった。

 頭には小さなティアラが飾られ、上等なシルクらしいドレスがふわりと地面の上をたなびいている。しかし、緩くウェーブした金髪にもドレスにも、あちこちに葉や枝が引っ掛かっていた。何より、女性は眠っていた。目を閉じてふらふらと覚束ない足取りのまま、道に出てくる。その腕には茨の絡みついた斧がぶら下がり、そして、一匹の子山羊がしがみ付いている。と言うよりは、硬直して動けなくなっている。
 ……狼?
 ……眠り姫。
 …………夢遊病!?

「……斧投げ占い? これはまた、奇抜な……」
「いやそれは違う! と言うか逃げた方が良いわ、本物の斧だけにさっきの赤頭巾より性質が悪い、」
「もう食べられ、ませんのー」

 ビュン!
 古典的な寝言と共に繰り出される斧は洒落にならない速さで飛び、近くの木に炸裂していた。もしかしたら偽物の斧――木製とか――かもしれないが、この速さの前ではそれも意味のない設定だ。子山羊達は散らばって森に入り、木陰からびくびくと様子を伺っている。相手は赤頭巾よりも本格的な意味で話が通じないようだし、こちらも子山羊に倣って今は逃げるが勝ちだ。シュラインはビワの手を取る。
 が。

「もうちょっと……待ってください、湾曲しててピントが……」

 水晶玉を使って、滅茶苦茶念写中だった。
 つか、ピントあるんかい。

「ちょっと、あまり近付いたらッ」

 水晶玉の中に移りこむ像に気を取られ、気付かずとてとてと眠り姫に近付いていくビワにシュラインは声を掛ける――が、あまり騒いでも相手の気を高ぶらせるだけかもしれない。どっちにしてもこちらの位置を知らせることにはなっているだろう。何か心を落ち着けさせるハーブを、と思うが、既にビワは姫の目の前まで行ってしまっていた。それはピントが更に合わないんじゃ、思ったところで。
 彼女は豪快に、姫の頭に頭突きしていた。
 ……敗因は前を見ていなかったことだろうか。

「あうっ」
「いたい、ですわー……」

 うとうとりん、ぼんやり目を開けた姫は、きょとんと二人を見た。そして自分の手に握られている斧――どうやら本物らしかった――を見て、ぽっと頬を赤らめる。

「ごめんなさぁい、また、してしまったみたぁいで――」
「また、って……あなた一体どうしたの? 眠り姫は王子が来るまで、城で眠っているものでしょう?」

 呆れたシュラインの言葉に、ほにゃあ、と笑った姫はまったりとした声でうとうとと応じる。

「あんまり王子様が来ないから、迎えに行ってるんですのー……でも、つい眠っちゃって……そしたら、いつまで来ない気だって、夢で追い掛けちゃう……よう、ですのぉー」
「…………何年、眠っていた……んです、か?」

 記念写真ならぬ記念念写を終えて清々しく顔を上げたビワの言葉に、姫はうぅーんと小首を傾げてみせる。

「十五年、ぐらぁい……かしらぁー」
「……たしか、王子様が来るのは……百年後だったと、思います……だから、あと八十五年は待たないと……まだ、生まれてもいない……と」
「あらあらあらぁ……」
「では貴女が安眠……出来るよう、に、私からお守りのブラックペッパーを……黒は良いですよ、黒は……」
「いやビワちゃん、どうして胡椒なんて持ち歩いて!?」
「黒ですから……」
「黒いけれどそれはなんだか違うわ!」
「くかー」

 寝落ちした姫に気付き、シュラインは今度こそビワの腕を取って逃げた。ついでに硬直してしがみ付いていた七匹目の子山羊も回収していく。
 また斧を投げられたら流石に避けられるかは判らない、とにかく開けた直線状からは逃げようとシュラインは森に飛び込む。子山羊達を抱きかかえ、とにかく障害の中を選びながら走り抜けた。

■□■□■

 姫をまいて子山羊達を家に送り届けると、すっかり外は暗く日が落ちてしまっていた。森の中で随分時間を食ってしまったようだ――星が妙に明るい中、二人はあちらこちらを確認しながら脚を進める。こんな視界の中で斧を投げられても、猟銃で撃たれても、堪ったものじゃない。

「……すっかり夜、ですね……結局子山羊達も、地図の先……や、ハーブの女の子のこと……知らない、みたいでしたし」
「そうね、ちょっと困ったかも」

 手近な岩に腰を下ろし、ふうっとシュラインは息を吐く。ビワも木の幹にちょこんと寄り掛かり、籠に顎を乗せた。異界の力なのか肉体的な疲れはそれほどでもないが、精神的な疲れは流石に干渉されない。視界の無い夜を歩く警戒心は、その消耗に随分貢献してくれる。
 地面はふかふかと土が柔らかく、寒さもないが、流石に森で一夜を明かすのは勘弁してもらいたかった。どうにか地図の読める誰かを捕まえて、早く用事を済ませてしまいたい。

 疲れた息を吐くと、ひらり、ハーブの籠に掛けられたハンカチが揺れた。

「お困りみたい、なんだよねっ!」

 ……籠の中から、声が響いた。




■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6587 / 蕨野ビワ     /  十八歳 / 女性 / 占い師

<受付順>


■□■□■ 配布アイテム ■□■□■

これが勝利への鍵だ!
☆ハーブの籠(全員)


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 始めまして、またはご無沙汰しております、ライターの哉色です。このたびは『ハーブ達のロジカル<1>』にご参加頂きありがとうございました、早速納品させて頂きます。
 続き物なので引きが最後になってしまいましたが……童話ネタを弄繰り回すつもりなので、次回もまたいくつかの童話で話を繋げていきたいと思います。
 多少冗長になってしまった感はありますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。それでは、失礼をば。