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<東京怪談ノベル(シングル)>


Slow


 忙しい時間帯が過ぎ、気付けば昼とも夕方と言えないような時間帯。
 味や量から考えれば良心的な店だと評判だが、それでもこうして人の少ない時間帯というのはある物だ。
 いま店内にいるのは急ぐ様子もない、ゆっくりとした時間を楽しんでいる落ち着いた客が数人。
 少し休憩しても良い頃だと深山も自分用のコーヒーを一杯いれる。
 注文されて出すだけではなく、自ら入れて飲むのも大切なことだ。
 何時もと同じ味に満足しながら味わっていると、カラカラと音を立てて扉が開く。
「いらっしゃいませ」
 コーヒーカップをソーサーの上へ戻し、扉の方へと視線を移す。
 何か急いで走ってきた様で息も荒かったが、扉が閉まるとホッとしたように汗をぬぐった。
「何かあったようですね」
「ああ、まあちょっと追いかけられてて」
 何から、もしくは誰から逃げているかは大体想像が付く。
「ご苦労様です」
「出来ないもんは出来ないしな、だから気分転換」
 苦笑しながらカウンター座り、出された水をグッとあおる。
「今回はどの仕事ですか?」
「担当が一番鬼な所。厄介なんだよな、取り立てが容赦ないし」
 深々とため息を付く様子は借金取りに追われているかのようだが実際には違う。
 何を書いてるかまでは良く解らないが、物書きが彼の職業の一つだ。
「なんにしますか?」
「任せる、何か適当に」
「それなら好きにさせていただきますね」
 前来たときに何を頼んでいたかを思い出しながら選んでいると、ハタと思い出したように尋ねてきた。
「ここって色々な人が来るよな?」
「そうですね、若い子からお年寄りまで」
「んー……じゃあ中学生とか」
「もちろん、今時はめずらしくありませんよ」
 最初こそ意図が見えなかったが、どうやらそれで納得はしたようである。
「そっか、じゃあ……中学生だけで遠出とかしたりするもんなのか」
「ひとまとめには出来ませんが、今は多いですね。場所によっても変わりますし」
 続けて少し詳しく尋ねて来るりょうに、どうやら物書きの仕事に関係していることなのだと気づき納得がいった。
「だよなぁ……居るっちゃいるけど参考にならなくって」
「それはまたどうして?」
「んー……短編なんだけど、怪奇事件や何やらに巻き込まれたことのない普通の子の話なんだ」
「それは……確かに難しそうです」
「だろ?」 
 もちろん特殊な事件に日常的に巻き込まれた事のない中学生の方が、圧倒時に多いはずなのである。
 しかし居ない者は仕方ない。
「今書いてるのは?」
「実は……〆切はこっちの方が早くて、というかもう三日過ぎてて、こっちも泣かれてる」
 少し聞いただけで、大変な状態だと解るというのも困りものだ。
 なにしろ三日過ぎて真っ白。
 更にはもう一つ追いかけられる程度には時間が迫っているのだから。
「まあ、今悩んでるのは本〆切までもう少しあるし。表向きに怒られるのは俺じゃないから」
「……?」
「えっと、半分ぐらい手伝って書いてるんだ」
「そうでしたか」
 ゴーストライターのような物をやっていたという事実と、もう一つ。
「あっ、これは他言無用な。ばれたら怒られるから」
 くっくっと喉の奥で笑っているが、良いのだろうか?
「名前を出さなくて構わないのですか?」
「こっちは、まあ……おおやけにするわけにはいかないんだ。出てくるのが中高生って辺りで察してくれ」
「ああ、なるほど」
 ジャンルで言うなら、ライトノベル系の物を書いているのだろう。
 照れもあるのか名前が出せない。
 その結果として半ゴーストとして書いているわけだ。
「でもその小説も好きで書いてるのでは?」
「らしくないって言われたけど……納得がいけば一晩で何とか。もう一つは……後で考える。二、三発殴られれば何とかなるだろ」
 相変わらず過激な日常を送っているようだ。
 この様子では確かに『普通の中学生』を書くのに悩むのも無理はない。
「確かに急ぎの仕事のようですね、ですが悩みすぎるのもよくないですよ」
「そーなんだよ」
 はっきりと肩を落とすりょうの目の前に、暖かいレモンティーの入ったカップを置く。
「……?」
「これからの時期よく出ますよ。形から入ってみるのも良いかもしれません」
「なるほど、それもありだよな」
 白いティーカップを持ち上げ、少しずつ飲み始める。
 一度考え込んでしまうと何事も上手く行かなくなってしまう物だ、紅茶を飲んで落ち着くことが出来ればいいのだが。
 ぼんやりと空中を見る様子は考え事をしているともとれるが、このまま寝てしまいそうな様子でもあった。
 どちらとも言える様子は、暫く続いた後扉が開いた音に中断を余儀なくされる。
「!?」
「いらっしゃい」
 新しく来た客にお冷やを出してから、店の奥へと声をかけた。
「平気ですよ、お客さんを捜してる人じゃない」
「………」
 扉が開いた直後。
 カップを置いてからの逃げ足の速いことと言ったら。
「そっか、よかった」
「驚きしました」
「わるい、つい」
 後もう一瞬声をかけるのが遅かったら、どこかに行ってしまったのではないだろうかと思える程だ。
 もっともテーブルの下で耳を澄ましていたことも、しっかり気付いているからそれはないだろうと解っては居たのだが。
「早いですね」
「逃げ足には自信があるんだ」
 褒められる事ではないと思うのだが……時と場合によりけりだろう。
 元の席に座り直し、紅茶を飲み始める。
「ゆっくり出来るようにこれもお付けします」
 前に来たときに頼んでいたメニューを追加する。
 きれいにデコレーションされたチョコレートケーキだ。
「おおっ、サンキュ!」
 頼むときはチョコレートケーキが多かったのを思い出してのことだったが、当たりだったようでおいしそうに食べている。
「ケーキってどんなのがよく出てる?」
「そうですね、チーズケーキが多いですけが、チョコレートもよく出ます」
「そっかぁ」
 更に半分ほど食べてから、メモを取り出し走り書きを始めた。
 少しは役に立てたのなら良いのだが。
 書くのに集中している間に、新しく来たお客さんの元へと注文を取りに行く。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「なにかコーヒーを」
「かしこまりました」
 特に間を計らずとも、落ち着いた頃に声をかけられるのは経験のおかげだが、生まれ持った鋭さによる物が大きいだろう
 注文を取りに行ってもいい頃か?
 何を飲みたいか?
 どんな気分か?
 人をよく見る事で上手く行くのは、何をしていても同じだ。
 深山がカウンターの中、いつもの定位置に戻る頃にはペンの動きも止まっていたし、ケーキも変わらぬ状態ですぐ側に置かれている。
 そっとしておくべきかどうか迷いはしたが、少しだけなら構わないだろうかと思ってしまうのは深山の性格故だ。
「好きなようにやってみるのも、一つの手だと思います」
「……?」
「私はこの店を好きでやっていますが、人と話すこともコーヒーや紅茶を出すのも楽しくて仕方がありません」
 人にとって些細なことでも構わない。
 ゆっくりとくつろいでいる姿を見ることが出来だけでいい、紅茶やコーヒーをおいしいと言ってくれたのなら何よりだ。
「俺にも楽しめって?」
「それもありますが、お客さんの手が止まっているのは他にやりたい事があるからじゃないかなと思って」
「……あー」
 確かにとカウンターに肘をつきあごを乗せる。
 ほんの些細な事で答えを見つけられる時は、もう答えが決まっている事が多い。
 それでも迷うのは答えに気づけないだけか、あるいは何かを気にしているからだ。
「何か思い当たる事があったようですね」
「まあ、一応な。取りあえず話し合って決める」
 少しでも前に進めたのなら何よりだ。
 止まっていた手が動きだし、あっという間にケーキを食べ終えてしまう。
 紅茶を飲みながら何か短くメモを取り始め、その少し後。
 小銭をテーブルに置き席を立つ。
「ごちそうさん、おいしかった」
「いいえ、ありがとうございました」
 もう迷いはないようだ。
 カラカラと音を立てて閉まる扉。
 静かになった店内で、もう少しだけゆっくりとした時間を楽しむ事にした。
 次に来るお客を何時でもむかえる事が出来るように。