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<東京怪談・PCゲームノベル>


花逍遥〜黎明の秋〜



■ 序 ■

 時期を外した寝殿造りの庭先に微かな斜光が差し込んで、朽葉が金色に染まる中。庭木の下に佇む狩衣の青年に声を掛けられて、簀子に座す細長を着た一人の女が、ふと顔を上げた。
「今年はお呼びしたい方が居るのですが、宜しいでしょうか」
 遠慮がち、というよりは些か相手の気色を伺うように、狩衣の青年は問う。その問いに、女は至極驚いたような表情を見せるが、嫌悪の色は無い。
「暫く会わないうちに随分と人間に迎合したのね、坊や」
「そうでしょうか。元々僕は姉様ほど無関心という訳ではありませんよ」
「無関心なのではなくて、色々と面倒なのが嫌なだけ」
 青年の言葉に、女は優美な仕草で緩やかに波打つ自身の髪をかき上げる。
 そのままゆっくりと視線を青年へ向けると、女は微かに眉間に皺を寄せ、手招きをして己の傍近くに青年を呼び寄せた。
 言われるまま、陽炎のようにゆるりと歩み寄った青年の真っ直ぐな髪に、女は白い手を伸ばし、軽く漉いてやる。
「……全く、自分の力量を自覚なさいな」
「すみません。姉様がおいでになった時に立ち去るべきだったのですが……つい長居が過ぎてしまいました」
 夏の盛りの頃は、青年の髪も瞳も、きっと鮮やかな深い縹の色をしていたのだろう。
 だが秋の力が強まっている今。既にその色は褪せ、ともすればそのまま消え入ってしまうのではないかと思う程に透き通ってみえる。
 それでも尚、青年がこの場に留まっているのを見れば、このひと夏がいかに楽しく離れ難いものであったのかを、女は容易に想像する事が出来た。
「だから面倒だと言うのよ」
 女は青年には聞こえない程の小さな声音で囁くと、高欄から身を乗り出して青年を軽く抱きしめた。
「本当に仕様の無い子。力を貸してあげるから、私の元へ連れていらっしゃいな」
「はい。有難う御座います」
 女が溜息混じりに青年へそう告げると、青年は静かな笑顔を浮かべて礼を述べた。



■ 花・繚乱 ■

 ある日の放課後。嘉神真輝は至極ご満悦な表情で、学校の屋上にあるフェンスにもたれ掛かりながら、愛煙KOOLをふかしていた。
 本来ならば、放課後に職員会議が開かれる予定だったのだが、学校のお偉い様方ご一行に急遽出張の予定が入ったらしく、会議自体が一週間繰り下がってしまったのである。
 ぽっかりと空いた時間をもてあまし、さてどうしようかと思案した真輝の脳裏に一番最初に浮かんだのは、「久々に空手部の練習でも覗きに行こうか」という至って真面目な考えだった。
 だが、職員室から真っ直ぐに続く廊下を歩いていた真輝の視界に、雲ひとつ無い青空が入り込むと、そのあまりの清々しさに思わず踵を返して、真輝は屋上へと足を運んだのだった。


 相変わらず日差しは強いが、それに反して風はどこかひんやりとしている。
 それは既に夏が過ぎ去り、この地に秋が訪れている事を実感させた。
「やっと涼しくなって過ごし易くなって来たな。春は眠気で呆けるし、秋は良い! 仕事も捗る」
 真輝は自分の頬を掠め行く風の心地よさに、一度大きく伸びをすると、息を吐いて眼前に広がる光景を眺めた。
 夕暮れにはまだ少し早い時間帯ではあるが、やや朱の入った陽光が真輝の背後を照らし、もたれ掛かっているフェンスの影を長く伸ばしている。
 屋上から見える景色はどこまでも広く、青空の遥か向こうには、なだらかな山の稜線が見えた。
 そうして暫くの間、己の瞳に映る景色をぼんやりと眺めていた真輝だったが。
「……そういや、蔓王はもう行っちまったのか?」
 ふと蔓王を思い出すと、くわえていた煙草を携帯灰皿へ押し付けて、真輝はズボンの後ろポケットに入れてあったカードケースを取り出した。

 秋が来たという事は、夏を司る蔓王は当然この地から去らなければならない。
「季節の移り変わり目に呼んでなとは言ったけど、あれから随分経っちまったしなぁ」
 スパッと忘れ去られているかもしんねーな。と、呟きながら真輝がカードケースを開くと、そこには綺麗な色合いの和紙が数枚、折れないよう丁寧に収められている。
 真輝がその中の一枚を手にとって青空にかざすと、和紙に漉き込まれていた花びらが浮き彫りになった。

 先般。他の季節の草花でも、押し花にすれば手にとって見る事が出来ると蔓王本人から言われた時は、「誰がそんな事をするか!」と却下の烙印を押した真輝ではあったが、教師を仕事としているからには面倒見は良い。次に蔓王に会えたら手渡そうと、真輝は授業の合間を縫って草花を摘みに行き、それらを漉きこんだ和紙を作っていたのだ。
「ま、今年渡せなかったら来年でも良いか。どうせ漣のところに行けば会えるだろ」
 日本から「夏」という存在が消え去らない限り、二度と会えない相手という訳でもない。
 毎年日本に夏がやってくる事を考えると、やはりどうしても憂鬱になってしまうのだが、漣や蔓王の傍では比較的涼しく過ごせた事を思えば、避暑地確保のために是が非でも蔓王には来て貰わなければならない。
 何とも矛盾した考えだと苦笑するうちに、真輝はハタとある事に気が付いて、ポンと両手を鳴らした。
「つーか、漣の家に行けば蔓王がもう行っちまったかどうか解るかも」
 空手部は一日二日サボったところで何とかなる。さらに出歩くには絶好の秋日和だ。
 思い立ったが吉日と、真輝は漣の家へ向かうためにカードケースを再びポケットへしまうと立ち上がった。
 その時。


 ひらりと、薄黄色の何かが緩やかな速度で舞い落ちてくるのを、真輝は視界の端に捉えた。
 なんだろうと思い、真輝がコンクリートに落ちたそれを見ると、一枚の花びらだった。
「屋上に、なんで花びらが降って来るんだ?」
 色鮮やかな花びらを拾い上げ、真輝は首をかしげる。
 グラウンドは遥か下方だ。強風が吹き抜けた訳でもないのに、屋上まで花びらが舞い上がって来たとは考え難い。
 それならばこの花びらは一体どこから来たのだろうと、真輝が漠然とした疑問を抱いた時。
 今度は別の色合いの花びらが真輝の傍らに降ってきた。
 二枚、三枚、四枚……。数が次々に増えてくる。
 何事かと空を見上げると、真輝はその光景に驚いて思わず瞳を見開いた。


 秋の高い高い透き通った青空。
 その遥か上空から地上へと、いつの間にか無数の花びらが雨のように降り注いでいたのだ。
 艶やかな紅、黄、淡紫。午後の光の中を繚乱する花びらの色彩を数え上げればきりが無い。
 束の間、真輝は呆気に取られながらその光景を見入っていたのだが。ふと我に返ってフェンス越しから下方を見ると、その場に居る誰一人として、降り注ぐ花びらに気付いている者はいないようだった。
「……俺だけかよ、見えるの」
 真輝が現状を把握してそう呟いた時。
 一陣の風が吹いて、花びらの流れに一筋の歪みが生じた。
 否、風ではない。
 それは遥か上空から一直線に真輝目掛けて下降してくる。
 何事かと、真輝が思わずその流れを目で追うと、青空の色とよく似た淡い縹色の何かが羽ばたくのが見えた。
「鳥!?」
 落ちているのか、飛んでいるのか。
 確実に己へと向かってくるそれに、ぶつかるのではないかと思わず真輝が身構えると、突如として意志を持った強い風が真輝の周囲を取り巻いた。
 自分の体が宙に浮いたような感覚に捉われ、風にあおられた花びらが視界を阻む。
 真輝はきつく瞳を閉じた。


 どれほどの時が流れただろう。
 気づけば突風は収まり、鳥の囀りと木々の葉擦れの音が真輝の周囲に響いていた。
 自分の身に一体何が起こったのかわからず、真輝は閉じていた瞳をうっすらと開く。すると、それまで雨の如く降り注いでいた花びらは既に無く、学校の校舎さえ跡形も無く消え失せていた。

 真輝の視界に映るもの。
 それは、青空と黄金色に染まる山々。
 そして見渡す限り秋の草花に埋め尽くされた、広大な大地だった。



■ 黎明の秋 ■

「広い空! 鮮やかな紅葉! 絶景かな……って誰が思うかーっ!」
 見渡す限りの大自然に囲まれた場所に突如放り出された真輝は、つい先程までの出来事を反芻しながら、広い野原の中心で怒りながら叫んでいた。
 超常現象的なことには比較的耐性がある。余程の事が無い限りは平然と対処もできる。だが今回は、学校の屋上からいきなり「山」である。
「何処だここは! つーか帰り方を教えろ!」
「煩くてよ。私の地で大声を出さないで」
 叫ぶ真輝の背後から、ふと高慢そうな声が聞こえてきた。
 いつの間に背後を取られたのだろう。慌てて真輝が振返ると、そこには平安時代を髣髴とさせる細長を身に纏った、一人の女が佇んでいた。
 緩やかなウェーブの髪を風に靡かせている姿は何とも艶やかではあるのだが、やや見下し加減に真輝を検分してくる女の視線に、真輝は微かな既視感を覚えた。
「……なんつーか、このパターン。前にもあったような気がするのは気のせいか?」
 現実離れした相手の風貌。
 秋一色に彩られた世界。
 今回は夢という形ではないにせよ、いきなり別世界に飛ばされたその場所で、「四季をおさめる神と遭遇する」という経験を何度かしている真輝だ。
 二度あることは三度あるというフレーズの如く、まず間違いなく自分の前に立つ女も、四季神の一人なのだろうと想像がつく。
「んだよ。俺の顔に何かついてるか?」
 ぶすっとした表情で告げる真輝の言葉が耳に届いていないのか、女は答えを返さない。
 その代わり、真輝をじっと眺めていた女は、真紅の瞳に楽しそうな色を浮かべながら微笑んだ。
「坊やが招きたいと言うからどんな人間かと思っていたのだけれど……坊やもすみに置けないわねぇ♪ 女の子じゃないの」
「てゆーか女じゃねぇし!! 人の話はちゃんと聞け!!」
 一瞬も間を置かずに、真輝はズガンと女へツッコミを入れる。
 そんな怒髪天の真輝を助けるべく、女にフォローを入れる声があった。
「真輝さんは女性ではありませんよ、姉様」
 聞き覚えのあるその声の主へ真輝が視線を向けると、いつの間にそこに居たのだろうか。苦笑の入り混じった笑顔を湛えた蔓王が静かに佇んでいた。

「お久しぶりです、真輝さん」
「おー、お前まだ残ってたんか……って何か色薄くなってねーか?」
 近づく蔓王の様子が普段と違う事に気付いて、真輝は挨拶のかわりに思わず眉間にしわを寄せた。
 真夏に会った折、蔓王の髪と瞳はもっと深い縹色をしていたはずだった。それが今では、見る影も無い程淡い色彩に変色している。
「こんな姿をお見せするのは恥ずかしいのですが……もう秋ですから。僕が他の季節に身を置くと、こうなってしまいます」
 隣接する秋でこれなのだから、無理矢理冬に飛んでみたらどうなるのでしょうね、と自分の髪を軽くつまんで冗談交じりに笑う蔓王を、真輝は真顔で心配した。
「つーか大丈夫なのかよそんなで! さっさと行っちまえ、って……あー、別にお前が嫌とかそんなじゃねーぞ?」
 誤解するなよと付け加える真輝に、蔓王は穏やかな表情で頷いた。
「僕ももう限界です。だから真輝さんをお呼びしたのですよ」
「……?」
「先日お会いした折に、夏秋の入れ替わる時期にお招きしますと約束をしました。覚えていらっしゃいませんか?」
 蔓王が軽く首を傾げながら真輝に問う。
 随分前の事ですがと告げる蔓王の言葉に、真輝はニカッと満面の笑みを浮かべた。
「覚えてるに決まってるだろ。季節の入れ替わりなんて、滅多に見られるものでも無いからな。まぁ、お前が行っちまうのは何か寂しい気はするが」
 季節は廻るしな。と、真輝は励ますように蔓王の背中をポンポンと叩く。
 そんな真輝と蔓王の会話を静かに聞いていた女が、おもむろに口を挟んだ。
「坊やたっての願いだから聞いてあげたのよ。感謝なさい? 本来なら人間ごときに見せるものではないのだから」
「……つーか、やっぱりこの姉ちゃんが秋の神?」
 真輝が女を指差して問うと、蔓王は慌てて頷いた。
「あ、はい。姉様……ええと、露月様です。秋を司っていらっしゃいます」
「どっかの誰かに凄ぇ似てる気がすんだが……」
 真輝の言葉に蔓王が首を傾げるが、真輝はあえて言葉にしなかった。
 出会った瞬間からどうにも誰かと被る気がしてならなかったのだが、この外見にこの気質。どちらをとっても自分に近しい某誰かを思い出させる。
 恐らく二人を並べたら、最強のコンビが出来上がるのではなかろうかと思うと、真輝は思わず遠い目をした。
 当の露月は、フフンと軽く鼻をならして己の肩にかかる柔らかな髪をかき上げると、
「この私に似ているというのなら、さぞ美しいのでしょうね」
 まぁ、私には負けるでしょうけれど、と思い切り高笑いを響かせる。
 最強どころではなく最恐かもしれない……。
 よくここまで自分に自信が持てるものだと、真輝が露月王に何か言葉を紡ごうとするのを、蔓王が制した。
「真輝さん。姉様には反抗しない方が身のためです。1を告げると10000倍になって返ってきます」
 静かで穏やかな時間を過ごしたいのならば、何も言わずに笑顔で頷くのが一番です。と、苦労の垣間見える言葉を蔓王が引きつった笑顔で言う。
「……いや、なんつーかそれは、身をもって体験しているからなんとなく想像がつく」
 真輝は露月王を眺めながら、蔓王の言葉に大きく頷いて同意した。


*


 ふと冷涼な風が吹きぬけて、秋の草花で彩られた大地を揺らしていった。
 その風を受けて蔓王は一度静かに瞳を閉じると、大きく深呼吸をする。
 やがて清清しい表情で何かを吹っ切るように蔓は瞳を開くと、明るく真輝に告げた。
「最後に真輝さんとお会いする事が出来てよかった。そろそろ行きます。これ以上こちらに留まっていると、僕自身どうなってしまうのか想像がつきません」
 ふわりと宙に浮かび上がった蔓王を見て、真輝が思わず蔓王を呼び止める。
「まった! 会ったら渡そうと思ってたモンがあるんだ」
 真輝は慌ててズボンのポケットからカードケースを取り出すと、蔓王へ作った先ほどの和紙の中から、桜の花を漉きこんだものを取り出して蔓王へと手渡した。
「蔓王には……流石に季節遡るのは無理だったから、ほれ。ラミネート栞じゃ味気ない気がしてな」
 真輝から受け取った和紙を蔓王が空に透かして見ると、そこには色鮮やかな桜の花びらが在った。蔓王は一瞬目を瞬かせると、真輝と和紙とを交互に見合わせた後で、微かに苦笑を零す。
「もしかして押し花、でしょうか?」
「って『結局やってる』って感じに笑うな蔓王!」
「あはは、申し訳ありません。何だか真輝さんが押し花をしているところを想像したら、全然違和感がなかったものですから」
「……まぁ、手先の細かい作業は苦手じゃないからな」
「有難うございます、真輝さん」
 蔓王は至極嬉しそうに微笑みながら深々と頭を下げて真輝に礼を述べると、一度露月王へと視線を移した。
「姉様も良い季節をお過ごし下さいね。冬王様にもよろしくお伝え下さい」
「次の季節に。それまでにはもう少し自己鍛錬なさいな」
「はい」
 言われ、蔓王は満面の笑みを浮かべて頷くと、一度空高くその身を浮かび上がらせ、空気に溶け込むようにして姿を消した。


 周囲が、一瞬の静寂に包まれる。
 冬と春の変遷とは異なり、あっけなく蔓王が姿を消したのは、やはり蔓王には冬王や朧王程の力が無いからなのだろうかと、真輝が思った次の瞬間。
 大地が割れんばかりの、大きな地響きが起こった。
 その音に呼応するかのごとく、遥か向こうに見える山々から数多の鳥が飛び立ち始める。
 何千、何万の鳥の群れは、黄金色の山々の合間を縫って、遥か青空へと飛んで行く。
 その大きな動きに、紅葉した木々が揺れて葉を落としているのだろう。舞い散る色とりどりの葉が秋の斜陽を受けて輝き、何とも幻想的な様相を呈していた。

「最後、って訳でも無いな。また来年も会えるだろ、蔓王」
 別れ際の蔓王の言葉を思い出しながら、秋野を去り行く鳥達の姿に瞳を細めて、真輝は独り言のように呟いた。
 真輝の言葉を聞いて、露月王は微かな溜息を零す。
「束の間だけでも誰かと出会えて嬉しいと思うか。それとも別れを悲しんで出会う事を恐れるか。坊やが前者なのは、きっと若いからね……」
 呟いた露月王の言葉には、蔓王を蔑視する色は無い。むしろ露月王が、真っ直ぐに人と向き合う蔓王をうらやんでいる様に聞こえて、真輝は思わず露月王へ視線を向けた。
「あんたは、人と出会う事を恐れてるのか?」
 唐突に真輝に問われた露月王はきょとんと瞳をしばたたかせる。
 そんな事を言われるとは思っても見なかったのだろう。先程までの高慢そうな表情から一転して、素で驚いているようだった。けれどそれも束の間。露月王は真輝の言葉に静かに首を横へ振った。
「……いいえ。私は単に面倒くさいだけ」
「面倒くさいって事もねーだろ。出逢ったことには必ず意味があるって、俺はそう信じてるけどな。ほれ、露月王にも」
 真輝は再びカードケースを開くと、中から数枚の和紙を取り出して、露月王へと差し出す。
「額紫陽花、小輪向日葵、桔梗、下野…夏の花を色々押し花にしてみた」
 訝しそうにしている露月王に、「コレを見て、時々蔓王を思い出せばいい」と真輝は人懐こい笑顔を浮かべた。
 その表情に、露月王は微かな苦笑を零すと、真輝へと手を差し出す。
「あなた、こんなものを作るなんて余程ひまなのね」
「悪かったな暇人で! つーかいらねーなら返しやがれ!」
 額に怒りマークをつけながら、真輝は今しがた露月王へ渡した和紙を奪い取ろうとしたのだが。真輝の動きをひらりとかわした露月王は、最初に会ったときのような高飛車な表情で、フフンと鼻で笑いながら和紙をひらひらと真輝の目の前で揺らした。
「これは頂いておくわ。折角だから」
「素直じゃねーな、あんた」
「そういう性分なの。悪いかしら」
 全く悪びれずにしれっと言ってのける露月王に、ここで反抗したら、先ほど蔓王が告げたように、確実に10000倍返しになって悪口雑言が飛んでくるのだろうと真輝は思う。
「……でも、ありがとう」
 真輝が溜息をついた時、聞こえるか否かの小さな声で露月王が真輝に対して礼を述べたのが聞こえて、真輝は思わず露月王をまじまじと眺めた。
 和紙を見つめる露月王の横顔は、遠く離れた弟を想う姉のようだった。
「ほんと、素直じゃねーな」
 真輝はそんな露月王に一度笑顔を見せると、やがて秋の野辺へとゆっくり視線を向けた。
「秋はしなやかな色の移ろいが……日本に来てから、特に綺麗だと思ったよ」

 風に秋の草花が揺れ、柔らかな香りが周囲に満ちて行く。
 静かに、けれど確実に時は流れる。
 次に蔓王や露月王と会う時は、もっと沢山の押し花を用意しておこう。
 そんな事を思いながら、真輝は過ぎ去った今年の夏を追思し、これから始まる秋に思いを馳せた。




<了>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


【2227/嘉神・真輝(かがみ・まさき)/男性/24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

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【NPC/蔓王(かずら)/男性/?歳/夏の四季神】
【NPC/露月王(つゆつき)/女性/?歳/秋の四季神】


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■         ライター通信          ■
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嘉神・真輝 様

 こんにちは、綾塚です。
 いつもお世話になっております。この度は『黎明〜』をご発注下さいまして有難うございました!
 今回「花鳥風月」いずれかをお選び頂きましたが、そちらは露月王が力を使用する時に、それがどのような形となって現れるか……という部分に該当いたします。さほど大きく話には影響しませんが、花の描写を楽しんで頂ければと思います。
 そしていつにもまして長くなり、本当に申し訳ないと思いつつも、再びこのまま続けたい衝動と戦っておりました(笑)そして蔓に和紙を下さいましてありがとうございました。間違いなく喜んでいる事と思いますw
 それでは、またご縁がございましたらどうぞ宜しくお願いいたしますね(^-^)