コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


大神家の一族【第3章・金沢編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『大神家の一族』――。
 半日ほどで事態は大きく動いていた。金沢の事件と、東京の事件を結ぶ糸が見えてきたのだ。糸の名前は金沢では『小田原興信所』、東京では『小田原探偵社』といった。
 真夜中の12時、『小田原興信所』の所長は金沢城公園の新丸広場にて誰かと会う約束をしていた。その相手の、判明した電話番号にかけてみると……電話に出たのは大神彰子。そう、大神家にかかったのだ!
 彰子はいったい『小田原興信所』の所長に何を頼んだというのか?
 また、大神大二郎毒殺の真相は?
 そして、金沢に漂う不穏な空気は今回の事件に関係しているのか?
 ともあれ……密会の現場は抑えなければならないだろう。それが何より、動かぬ証拠になることは間違いないはずなのだから。

●判明した事実【1】
 3日の夜――それまでホテルで泥のように眠っていた草間武彦の部屋に、これからの行動を話し合うべく一同が集まっていた。
「やっぱりベッドは寝心地がいいな。泊まるならやっぱりホテルだ」
「まあ普通、留置場というものは寝心地を追求していませんからね」
 草間の軽口に、警察の人間である葉月政人が苦笑いを浮かべながら答えた。
「武彦さん、多少は疲れ取れた?」
 シュラインが草間に尋ねた。見た感じ、朝よりも顔色がよくなっているように感じた。
「ああ。熱いシャワー浴びて、缶ビール1本空けてからぐっすりさ」
「そ」
 それを聞いて少しほっとするシュライン。すると草間零が口を挟んできた。
「心配するくらい、身動きもせず眠ってたんですよ」
「へ、まさかずっと見てたとか?」
 零の言葉を聞いて、守崎北斗が驚いたように尋ねた。
「あ、はい。ずっとここに居ました」
「1人で起きててご苦労なことだよなあ」
「1人じゃありませんでしたよ?」
「あ?」
 またしても驚く北斗。いや北斗の記憶に間違いなければ、確か草間と零以外の自分を含む全員は外へ出払っていたはず。
「そうなのでぇす」
 と、突然別の声が零の方から聞こえてくる。零の肩ごしに、ぴょこんと小さな顔が現れた――露樹八重だ。いきなりの八重の登場に一同驚きである。
「いつ来られたんですか?」
 素朴な疑問を天薙撫子が八重に投げかけた。
「あたしはずぅっといたでぇすよ?」
「いや、全然見てないし」
 何を言ってるのかと、北斗が八重に向かって言う。すると八重はくすくすと笑ってこう言った。
「北ちゃの非常食料の入ったリュックの中にいたでぇす♪」
「なっ……!」
 慌てて部屋を飛び出してゆく北斗。その後ろ姿を見つめながら、真名神慶悟がぽつり一言つぶやいた。
「荷物の中か、それは盲点だ」
「ほんと、身近に居たのにねえ……」
 しみじみと同意するシュライン。そして北斗がリュックを手に、落胆して部屋へ戻ってきた。
「……ごっそり減ってる……」
「美味しかったでぇすよ♪」
 どれだけ食べたんですか、八重さん。
「皆の話や意見を聞く前に、連絡がある。麗香から電話があった」
「東京の方で何か進展があったのですか?」
 皆の顔を見回して言った草間に、撫子が尋ねた。
「ああ。いくつもある。石坂双葉を襲撃させた『小田原探偵社』の社長が、事務所から逃げたらしい。まあ逃げた場所はつかんでいるそうだから、捕まえるのも時間の問題だろ。だが、その事務所で金沢と東京を繋ぐ証拠が見付かった」
「武彦さん、証拠って?」
「『小田原興信所』の所長が、ファックスで弟に送り付けた指示書だ。破ってゴミ箱に捨てられていたのを復元したそうだ。送信日時は5月1日の夜7時過ぎ……」
 言うまでもなく、大二郎殺害のあった当夜である。やっぱり、と撫子がつぶやいた。自分の考えが当たってしまったからである。
「……石坂双葉の殺害も含まれていた。ご丁寧に、なるべく事故や自殺に見せかけるようにと注釈つきだったそうだ」
 吐き捨てるように草間が言うと、慶悟が少し考えてから口を開いた。
「やはり……調査報告書を手に入れたことで、双葉殺害の引き金が引かれたようだな」
 これはもう間違いないだろう。大二郎が殺害された混乱に乗じて部屋に侵入し、調査報告書を社長は盗み出した。そしてその報告書の内容が双葉殺害を導き出し東京へ事件が波及し、彰子たちに対して強請る材料となった訳だ。
「それで、その証拠はどうしましたか」
 政人が草間へ尋ねた。
「今頃、警察の手に渡ってると思うぞ」
「そうですか。なら……今夜中に裏付けして、明日朝一番でこちらの警察へ要請ということになりそうですね」
 頭の中であれこれとシミュレートして政人が言った。
「で、その双葉のことなんだが」
 草間がそう言うと、一同は次の言葉を待った。
「石坂双葉の本当の父親は、どうやら大神大二郎氏であると考えてよさそうだ――」
 しんと静まる室内。最初に沈黙を破ったのはシュラインだった。
「武彦さんは知っていたんでしょう……?」
「いや、俺が調べた範囲では黒に近い灰色という印象だった。やっぱり組織が調べると、得られる情報の範囲も違ってくるもんだな」
 と言って撫子をちらりと見る草間。それでどこからの情報か、撫子には一瞬にして理解が出来た。
「何が決め手だったんだ」
 それは誰しも気になる所、慶悟が尋ねた。
「ああ、実際の出生日から2ヶ月も遅く出生届が出されてたんだ。今はもうない産院の院長もどうも協力したみたいだな……。ともあれ、そうすることによって一見どちらが父親か分からないようにしたようだ。実際の出生日だと、母親の上京時期からの計算が合わなくなるんだ」
「……そこまでして隠したかったのかしらね」
 シュラインがぼそっとつぶやく。それは娘に真実を知らせたくなかったからなのか、それともあるいは……。

●狙ったのは誰【2】
「……あれだな」
 草間が小さな溜息を吐いた。
「一連の事件の全ての発端はと尋ねられたなら、大神大二郎氏が石坂双葉の母親、明美に手を出したことから全ては始まるんだろう。だがもう時は過ぎ去っている。今をどうにかするしかないんだよな……」
「そうなのでぇす。時を捩っちゃダメなのでぇすよ」
 草間の言葉にこくこく大きく頷く八重。
「なら密会現場を押さえる他ないだろう」
 慶悟が草間に、いや皆に向かって言った。
「正一と彰子の経営状況が悪いと聞いた。そして所長がかけた先、電話口に出たのは彰子。所長はこう言っていた……『あんたたち』と。この一言が指すのが誰かもはや明白だろう」「彰子と……正一か」
 草間が聞き返すと、慶悟は無言で頷いた。
「キャラメルを食べたのは尚……つまり正一の倅。父親や身内なら、倅の菓子に毒物を仕込むことも可能だ。親子の関係にある者を『怪しい人物』とは見ない。ゆえに、聞き込みでも正一の名が出るはずがない……」
「……子供は親を疑いませんものね」
 うつむく撫子。
「百聞は一見にしかず――この言葉の意味をここまで強く感じることはなかったな」
 慶悟が天井を見上げて息を吐き出した。それだけ所長のあの現場は決定的であったということだ。
「狙われたのは誰か、か」
 皆の顔を見回してつぶやく草間。
「東京組からこんな意見が出たそうだ。三郎が狙われていたのではないかってな。毒入りキャラメルは元々三郎の部屋にあって、それを尚は大二郎氏に渡し、自分でも食べたんじゃないか……という推理だ」
「そうね、2回目の方はその可能性もあ……」
 とシュラインが言いかけると、草間が手で制した。
「だが俺は、その方面は動機の面でちょっと弱いんじゃないかと話を聞いて思った。三郎は大神家じゃ落ちこぼれなんだろう、それを理由にして排除されても不思議ではないのかもしれない。しかし、どうして今その必要があるんだ? 動機が遺産の方だとしても、今狙うことは犯人自身の首を絞めることになるんじゃないかと俺は思う。現実として毒入りキャラメルの存在はあったけれども、だ」
「草間のおぢちゃ……」
 八重が草間を呼んだ。
「それじゃ、尚君のお父しゃんが利用したんでぇすか……よい子の尚君を……? それが正解ならあんまりでぇすよ……」
「…………」
 しかし、草間は無言のまま八重の質問には答えない。代わりに口を開いたのは政人である。
「……『警察はキャラメルと青酸を結びつける』、そう考えた犯人が青酸キャラメルを自ら食べればその瞬間から被害者側になり、容疑から逃れられる可能性は十分にある。単純ですが、単純ゆえに気付けぬことが少なくない。そして……キャラメルを食べるのは何も犯人自身じゃなくて構わない。自分の甥に食べさせ即座に発見し嘔吐させれば……助かる可能性は高い……」
 難しい表情でそう言い、最後にこう続けた。
「それが可能なのは、尚君の時の第1発見者であり叔母である大神彰子。叔母なら尚君が大二郎氏にキャラメルを渡したことも、尚君が三郎の部屋によく遊びに行くことも知っているはずですよ」
「正一が計画を立て彰子が実行したか……?」
 政人の話を聞いて思案する慶悟。その推理は成り立つだろう。
「そう……考えられますね、状況からして」
 同意とばかりに撫子がつぶやいた。
「よくさ?」
 不意に北斗が口を開いた。
「一昔前のサスペンスドラマ見てると、7割強のくらいの確立で犯人がやらかすんだよなー……自殺。んで、謎は迷宮入りになっちまいましたなんて」
「それは……」
 縁起でもないといった視線を零が北斗へ向けた。
「ま、真犯人は別に居て、死んだ奴は本当は利用されて身代わりに殺されるだけっつーのが王道なんだけど」
 そこまで言ってから、北斗は髪をくしゃくしゃと掻き回した。
「……つくづく、やっぱ俺にゃ推理、無理だわ。話聞いててそれがよーく分かった」
 自分でも色々と考えてはみたものの、他の皆のように北斗は上手くまとまらなかったようである。
「けどさ」
 シュラインの方へ向き直る北斗。
「尚に話を聞いた時の心音が妙だったんだろう?」
「ええ、一貫して変わらなかったわ」
 頷くシュライン。
「……嘘吐いて心拍数上がらねぇのってどうなのよ、それはさ。いい子って言ってるけど、素で嘘吐くのがいい子かぁ? 誰かかばっての嘘なら動揺の1つもするだろうし」
 そこの所に北斗は疑問を感じているようだ。と、今度はシュラインが草間へ尋ねた。
「そのことで、武彦さんに確認したいの」
「何だ、俺で分かることか」
「ええ、武彦さんでないと分からないことよ。尚くんのこと……大二郎氏や武彦さん自身はどう見ていたの。会食の場で話を聞かされたのよね」
「……聞かされたな。じゃあ、どっちを先にするんだ?」
「話しやすい方からでいいけど」
「よし、なら大二郎氏からいこう。孫には甘いんだろうな。ちょっとしたことでも褒めているように俺は感じた。けど実際、親とかの言うこともよく聞いて、問題を起こしたりもしない『いい子』であることは確かなんだろ……世間一般的には」
 何故か草間は妙な言い回しをした。
「武彦さん的には?」
「俺は……何て言うか、違和感を覚えた。さて、どう説明したものか……」
「草間のおぢちゃ。それは、お父しゃんが犯人なら嘘吐いてかばうよい子なのでぇすか? それとも、お父しゃんのすることに疑問の1つも持たない方のよい子なのでぇすか?」
 説明に困っている草間へ、八重が尋ねた。
「どっちでもあってどっちでもない感じかな……。そうだな……親とかの望むことを果たしている……という意味での『いい子』なんだろうか」
 考えつつ草間はそう説明した。
「……そう、それが武彦さんの見解なのね」
 小さく溜息を吐くシュラインの表情は、どことなく物憂気に感じられた。いったい何を思っているのだろう。
「ついでに言わせてもらうと、心拍数変わらないってのは一応説明出来るぞ。本人に嘘を吐いている自覚がないか、それとも嘘を吐くのが日常になっているような奴なら変化は表れないはずだ。そうだろう?」
 草間が政人へ賛同を求める。政人は軽く息を吸ってから答えた。
「ポリグラフの原理からすると、その通りですね。逆のケースでは、非常に緊張しやすい人ですと、嘘を吐くことによる緊張であるかどうか判別がし難くなることがあります」
「……後者でいい子って言われても説得力ねぇなぁ」
 呆れ顔の北斗。
「あくまで可能性だ、あくまでな。実際どうだったか分からんよ」
 そんな北斗へ草間がフォローする。
「あの。……気になることがあって、少し調べてみたのですが」
 撫子が静かに口を開いた。それは神社回りをした際に聞き込んだ、邪気絡みの話であった。それでホテルに戻るまでに、撫子は図書館で3週間ほど前まで遡って地元の新聞記事を調べてきたのである。
「気のせいか、些細なことで事件を起こしたように思えるのがいくつか……。例えば、挨拶をしなかったことをきっかけに傷害事件となっていたりしていまして」
「具体的に、全体を見てどんな感じなんだ?」
 草間が撫子へ問う。
「本来でしたら理性で十分に踏みとどまれることだと思うのですけれど、まるで蛇口を捻るようにあっさりと事件を」
「起こしているって訳か」
「はい」
 撫子が大きく頷いた。
「『えっ、そんなことで?』……って事件ね」
 シュラインは先日高川めぐみと和泉葛葉から聞いた話を思い返していた。
「……気になることは数多あれど、いつまでもこうして話し合っているばかりという訳にゆくまい」
 時間を見て慶悟が皆に聞こえるように言った。あれこれと話し合っているうちに、かなり時間は経っていた。真夜中には密会があるのだ。その現場を押さえるにせよ何にせよ、そろそろ動き始めた方がよいだろう。
「『小田原興信所』の探偵が密会とあらば、現場に行くのが俺の筋か」
 どうやら慶悟は現場を押さえるつもりのようだ。
「……ではその前に、少し確認しておいた方がよさそうですかね。シュラインさん、一緒に来ていただけますか?」
 政人がシュラインへ頼む。シュラインはすぐに承諾した。
「じゃあ俺は他の重要参考人だっけ、それに尚との会話一部始終話して反応見てみるかな。三郎辺りなら、調査資料見せてもいいか……」
 北斗がそんなことを口にすると、突然八重がぴょこんと北斗へ飛び移り、頭へよじ登ってぽくぽくと脳天を叩き始めた。
「北ちゃ、調査資料というものは依頼人だけにみせる物なのでぇす。だから三郎さんにみせてはダメでぇす」
「ああ、接触は少し待ってもらえますか。1度に押しかけると、警戒される恐れがあるので」
 そう政人が北斗に向かって制止する。ということは、政人はシュラインを連れて重要参考人の誰かに接触するつもりなのだろう。
「あ? んー、なら他の行動取るか……」
 それならばと、北斗は他の行動を考え始める。
「約束の時間は真夜中12時だったな?」
 草間が慶悟に確認を取った。そう、所長は確かに真夜中12時と言っていた。
「よし、それまでにやれることをやっておこう」
 この草間の言葉を合図に、一同はぞろぞろと部屋を出てゆく。自分のすべきことを果たすために。
「真名神くん、ちょっと」
 そんな中、シュラインが慶悟を呼び止め何やら頼んでいた――。

●直撃【3】
 夜10時半頃――大神家のチャイムを鳴らす者が居た。モニター付きのインターフォン越しに応対したのは彰子である。
「はい、どちら様でしょうか」
 モニターに映し出されているのは1組の男女の姿。政人とシュラインであった。
「夜分遅く申し訳ありません、警察の者ですが。至急お伝えしたいことがありまして訪れさせていただきました。ほんの少しで結構ですので、お話させていただけないでしょうか」
 すらすらと一息に話す政人。やや間があって、彰子の返事があった。
「はあ……玄関先でもよろしければ」
「結構です」
 そして中へ入った2人は、玄関先で彰子と対峙した。
「お伝えしたいというのは……」
 彰子がそう尋ねると、政人はすぐに答えた。
「はい。実は、犯人が尚君を再び狙う可能性がある……と、東京であるモデルを調査している記者から連絡がありました。ですので、くれぐれもご注意いただきたいと。もちろん我々警察も全力を尽しますが、万一ということがあってはいけませんので、こうしてお伝えさせていただきました」
「そ、そうですか。それはわざわざご丁寧に……」
 頭を下げる彰子。政人たちはその後すぐに大神家を後にした。
 大神家から離れ、政人がシュラインへ尋ねる。
「シュラインさん。……どこで彼女の心音が乱れましたか」
「ええ、それはもうはっきりと。『東京』と『モデル』、ここの乱れが一番大きかったわ」
「決まり、でしょうね」
 言わずもがな、な彰子の反応だった。
 そして戻ってゆく2人に擦れ違う影があった――北斗だ。これから北斗は彰子を見張るつもりなのである。密会場所で、またそこへ行くまでに何かあってはたまらないと思ったからだ。
(もしもってことがあるからなあ……)
 北斗はそんなことを思いながら、静かに大神家へ近付いていった。

●空振り【4】
 夜11時過ぎ――『小田原興信所』。窓の所に何やら大きな虫……もとい、八重が張り付いていた。
「むぅ、一向に戻ってこないでぇす……」
 八重がここに張り付いて様子を窺い始めてから、1時間以上は確実に経っただろうか。一向に所長が戻ってくるなり、別の誰かが来るなりのことがなかった。
(まっすぐ待ち合わせ場所に向かうつもりでぇすか?)
 その考えは恐らく正しい。ちなみに、慶悟の放った式神もここを見張っていたりすることを、八重が知っているかは怪しい。
 結局八重はほどほどで見張りを切り上げ、この場を立ち去ったのであった……。

●約束の場所【5】
 そして真夜中の12時直前。金沢城公園はしんと静まり返っていた。公園とはいうが、24時間開放されている訳ではない。時間になれば出入口は閉じられるのだ。もっとも、その気になれば忍び込めないこともない訳だが……普通はやらないことである。
 金沢城公園への出入口は複数あるが、密会の待ち合わせ場所に指定された新丸広場には大手門口が最寄りの出入口となる。近くには某公共放送の局社があったりするのは余談である。
 さてその新丸広場だが……一面の芝でとても見晴しがよい。何しろ一面に遮る物が何もないのだ。ここでかくれんぼしろと言われたら、困ってしまうこと請け合いだ。けれども、そのことを分かっていて相手も指定したのだろう。大人数で待ち伏せしたりするには、不向きな場所であるのは間違いないのだから。
 その一角にある屋根付きの休憩場所に女性の姿があった――彰子だ。手には何やら紙袋を下げていた。
 12時を過ぎて、そこへ白髪混じりの中年男が現れた。『小田原興信所』の所長である。
「へへ、どうも。どうやらあんただけのようですねえ」
「……1人の方が目立ちませんから」
 所長に視線を合わせない彰子。それを聞いて所長は卑しい笑みを浮かべた。
「そりゃそうですがねえ。ま、いい、とっとと済ませましょうや」
「報告書は持ってきたんでしょうね」
 彰子がそう尋ねると、所長はニヤリと笑った。
「……さて、何のことですかねえ」
「約束が違うじゃない!」
 彰子の顔色がさっと変わった。
「約束? そんなもん、交わした覚えはありませんがねえ。ま、払うもん払ってもらえりゃ、渡しますよ……いずれは、ねえ」
 典型的な強請りの手口であった。こうして所長は、出来る限り金を搾り取るつもりなのだろう。
「さ、調査料をいただきましょうか。その紙袋に入ってるんでしょう?」
 すっと手を差し出す所長。けれども彰子は紙袋をなかなか渡そうとしない。痺れを切らした所長が彰子に近付こうとした。
「……渡せって言ってるんだよ。こっちは別に、出すとこ出して全部ぶちまけたっていいんだぜ?」
 そう言って所長は足を1歩踏み出そうと……出来なかった。足が動かないのだ!
「いかにも悪党の考えそうなことだ――」
 遠くから声が聞こえてきた。慶悟の声である。
 それをきっかけに、潜んでいた一同が次々と姿を現した。万一のことを考えてあれこれと警戒したり準備したりしていたが、確実に所長と彰子しか居ないと判明したため、こうして姿を見せたのである。
「悪いが、動きを縛らせてもらった。逃がす訳にはゆかないのでな」
 2人へ向かって慶悟が静かに言い放つ。禁呪を施したのである。
 動けぬ2人を他所に、零が休憩所のベンチに近付いて裏から何かを回収した。
「シュラインさん、これですよね?」
「そうよ、合ってるわ零ちゃん」
 零が回収してシュラインに見せた物、それはICレコーダーであった。つまり、所長と彰子の会話は記録されていて……。
「証拠になるわよね?」
 シュラインが政人に尋ねた。
「ええ、貴重な証拠物件ですよ。差し当たって、脅迫の容疑でご同行願えませんかね」
 所長へ向かって言い放つ政人。それから彰子の方へも向き直って言った。
「大神彰子さん。あなたにも、色々と伺わないとならないようですね。あ、そうそう……石坂双葉さんを狙っていた連中は全て逮捕されましたから、そのおつもりで」
 実は30分ほど前に、逮捕の報が麗香から草間たちへ入っていたのである。つまり遅かれ早かれ、所長や彰子にも捜査の手が伸びる運命であったのだ。
「これで事件しゅーりょーでぇすか?」
 誰ともなく八重が尋ねた。しかし、それに答えられる者は誰も居なかった……。

●尚は『いい子』だから【6】
 それから翌日にかけて物事は大きく動いた。警察署へ連行された所長と彰子の供述と、警視庁からの要請もあって、正一にも逮捕の手は伸びた。正一は朝一番の刑事の来訪に、信じられぬといった表情を浮かべていたということだ。
 そして午後。政人が警察署で忙しく動き回っていたり、撫子が手配していた邪気払い神事の方へ向かっていたりする中、他の者たちは尚の入院している病院へ向かっていた。……政人から回ってきた情報によって、そうせざるを得なくなってしまったのだ。
 看護婦の制止を振り切り、まずはシュラインと草間、それから零が尚の病室へ足を踏み入れた。尚は開かれた窓のそばで椅子の上に立ち、外を眺めていた。気配に気付くと、ゆっくりとそちらへ振り返った。
「あ、きのうのおねえちゃんだ。どうしたのー?」
「……尚くんにね、もう1度聞きたいことがあって来たのよ」
 尚へそう言うシュラインの表情はどこか浮かない。いや、それは草間や零なども同様であった。
 深呼吸をしてから、シュラインは尚へ質問を始めた。
「尚くん。三郎おじさんの部屋にキャラメルがあること、知っていたんでしょう?」
「うん。ぼくしってたよ」
「そのキャラメルは……ひょっとして、尚くんが持ってきて置いた物かもしれないのかしら」
「うん。おねえちゃんよくしってるねー」
「……でも、昨日は知らないって言っていたでしょう?」
「だって、そのときはさぶろーおじさんのおへやにあるものだもん。ぼくがおいたものかどうかわからないから、しらないってこたえたんだよ」
 そこまで質問が進んだ時、看護婦を追い払った慶悟や北斗、八重たちも病室へ入ってきた。人数が増えた状態で、シュラインからの質問は続いてゆく。
「どうして、三郎おじさんの部屋に置いたの」
「んっとねー、なんとなくー。ひでふみおにいちゃんでもよかったんだー」
 悪びれた様子もなくあっさりと素直に答える尚。そんな尚の心拍数に、シュラインは相変わらず変化を感じることは出来ない。
「そのキャラメルは……誰からもらったのかしら」
 もっとも肝心な質問を尚へ投げかけるシュライン。尚はこれまた素直に答えてくれた。
「おねえちゃん。こーえんであそんでくれたやさしいおねえちゃんがくれたのー」
「ただくれるはずはないわよね。尚くん、そのお姉ちゃんに何か言わなかった?」
「うん。いったよー」
「……何て言ったんだ、尚」
 北斗が思わず割り込んできた。
「あのね、あのねー。パパのおしごとがたいへんだっていったのー。ぼくきいたんだー。おそとがまだくらいときにねー、おトイレにいったときー。パパとおばさんのこえがきこえてきたのー。おかねがない、おかねがないって、たいへんだってー。でも、おじいちゃんがいなくなったら、おかねができるんだっていってたんだよー」
 尚のそんな返事を聞いて、一同は非常に嫌な予感がした。けれども、確かめなければならない。北斗が、話の先を促した。
「それで……」
「そのことをおねえちゃんにいったらねー、つぎにあったときにキャラメルをくれたのー。そのキャラメルをつかうと、パパがたすかるっておしえてくれたのー。だからぼく、つかってみたんだよー」
「……あ……」
 零が思わず口元を押さえた。つまり、この尚の言葉が意味することは――大二郎殺害の自白。
「どうりで大二郎殺害について否定する訳だ……こういうことでは、な」
 慶悟はそう言い、ゆっくりと頭を振った。政人から回ってきた情報、それは所長や彰子や正一たちが一様に大二郎殺害を否定したこと。政人にはそれが嘘を吐いているようには思えなかったのだ。
「……ダメなのでぇすよ……そんなことをしちゃダメなのでぇす……」
 八重が泣きそうな表情で尚に言った。けれども、尚はもうそれをやってしまったのだ。
「尚……お前、お爺さん好きだって言ってたろ。あれは嘘だったのか?」
 北斗が尚をじっと見つめ尋ねる。尚は首を横に振った。
「ううん。おじいちゃんぼくすきだったよー。でもねー、ぼくがいちばんすきなのはパパなんだー。ぼく『いいこ』だから、パパによろこんでほしいんだー」
 にぱっと笑顔で答える尚。その無邪気さが……とても怖かった。
「……間違ってますよ……そんなの……」
 口元を押さえたまま、ふるふると頭を振る零。そんな零に、尚が言った。
「どうしてー? パパのよろこぶことしちゃいけないのー?」
「……パパが喜ぼうがダメなんですよ……そんなこと……そんな、悪いこと……」
「わるいことー?」
 零のつぶやきに尚が反応した。
「……そうです……悪いことです……」
「じゃあぼく、『わるいこ』なのー?」
 尚が尋ねた。沈黙が病室を支配する。ややあって、草間が意を決して言った。
「ああ……『悪い子』だよ。そんなことしても、父親は喜ばない」
「そうかー、ぼく『わるいこ』なんだー……」
 突然、尚が皆に背を向けた。尚の正面には、開かれた窓がある。
「『わるいこ』はおしおきうけるんだって、パパいってた……」
 尚の身体が、開かれた窓の方へ傾く。
 それを見た北斗が咄嗟に飛び出してゆく。
 しかし次の瞬間……尚の天地はひっくり返り、身体は全て窓の外にあった。
 病室の時が凍り付いた瞬間だった。

●その一手【7】
 尚の身体は真っ逆さまに地上に叩き付け……られることはなかった。見えない手が、尚の両足をしっかとつかんでいたからである。
「尚! 待ってろ、今すぐ引き上げてやるからなっ!!」
 北斗が宙ぶらりん状態の尚を病室へと引き上げる。それを見て慶悟が大きく安堵の息を吐き出した。
「頼まれた通り、式を立てていたのが幸いしたか……」
 尚をつかんだ見えない手、その正体は慶悟が放っていた式神であった。そうしてくれるようシュラインが頼んでいたのである。そのことが結果的に、尚の生命を救うことになったのだった。

●奇妙な一致【8】
 同じ頃、金沢中央警察署では政人が所轄の刑事と言葉を交わしていた。
「気にはなりませんか」
「気になるも何も、口からでまかせでしょう、あんなのは。私はそう思いますよ、葉月警部殿」
 政人の言葉に所轄の刑事が反論した。政人が気になっていたのは、所長や彰子、そして正一までもが取り調べにおいて、ある女への恨み言を口にしたことである。
 飲み屋で、店で、街中で各々偶然出会った女。だが揃ってその女からこんなことを言われたのだという。『自らの心に、正直になった方がよいでしょう』などと。
「そんなことよりも、これから調査報告書とやらを回収に行くんで私は忙しいんです。では失礼、葉月警部殿」
 所轄の刑事はそう言ってそそくさと政人から離れていった。
「……でまかせだと切り捨てていいんでしょうかね」
 政人はぽつりつぶやいた。

●ある女【9】
 やはり同じ頃、金沢駅。
「はい、香子です。ええ、今から大阪に向かおうかと思っています。何やら始めた者が居るようですから、ええ、はい」
 小柄で地味目の優しそうな女性が、携帯電話で会話をしていた。女性は穏やかな口調でゆっくりと話していた。
「ええ、リハビリはぼちぼちといった所でしょうか。完全にとは言いませんが、それなりには」
 くすりと笑みを浮かべる女性。
「もうしばらく東京には戻りません。早くても……冬でしょうか。それではまた、ニーベル様」
 女性は電話を切ると、そのまま改札を抜けて大阪方面行きのホームへ向かっていった……。

●効果のほどは【10】
 撫子が邪気払い神事を終えた頃、辺りは日も傾いて夕方といってよい時刻になっていた。念入りに邪気払いを行っていたのだろう、撫子は汗まみれであった。
 穏やかな風を受けながら、汗を拭う撫子。邪気払いを行ったからだろうか、空気が爽やかに感じられる。いや、確実に空気は変わっていた。妙な気がまるで感じられない。
(……あまりに早くありませんか?)
 撫子の胸がざわついた。これは本当に邪気払い神事の効果であるのか?
 あまりに謎の多かった今回の事件。一応の解決となったとはいえ、未だ謎は多く残されている――。

【大神家の一族【第3章・金沢編】 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
          / 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1855 / 葉月・政人(はづき・まさと)
   / 男 / 25 / 警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせして申し訳ありませんでした。ここに最終第4話、金沢編をお届けいたします。そうです、最終話です。色々と調整して判断した結果、『大神家の一族』は一応の完結となりました。が、『補遺』という形で草間興信所の方で1回だけ出すことを決定しました。気になることがあるという場合は、こちらにご参加いただければと思います。ちなみに物語時間は事件から半年経った11月、つまり現実の時間と同一となりますので。
・『補遺』を出すことになったくらいですから、謎が全部解消されたという訳ではありません。けれど、一応の謎の答えは東京編と合わせてあれこれ出したと思うのですが……さて、どうだったでしょうか。
・今回のお話を読んでいただければお分かりかと思うのですが、実は高原は尚を死なせる気が当初からありました。もし当初の高原の予定通りに進んでいたならば、最後に至る直前には双葉が絡んでもっと酷いことになっていたと思います。しかし初回の時点で予定から外れてゆき、このようになりました。ともあれ、予定とは外れたとはいえども本当にぎりぎりのラインを進んでいたのです。最悪の事態を回避出来たのは、金沢編および東京編に参加していただいた皆さんの行動の賜物だと思います。
・シュライン・エマさん、113度目のご参加ありがとうございます。手を打っておいて大正解でした。あれがなかったら、高原は容赦なく尚を落下させていたと思います。その他、色々と推測当たっていたのではないでしょうか。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。