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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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【虚無の影】尾行者
●オープニング【0】
「付き合わせて悪かったね」
ある夜、アンティークショップ・レンへの帰り道。風呂敷に包まれた箱を大事そうに抱えた碧摩蓮は、同行していた者たちへそう言った。
蓮は今日、前から約束していた品を受け取るために同業者の店を訪れていた。取りに来てほしいとその店の主人から電話が入ったのだ。で、同行していた者たちはその際にレンに居て、蓮から一緒に行くかと誘われたのだった。ちなみにアリアはお留守番である。
「…………?」
そんな時だった。何やら視線を感じたような気がして、同行者の1人が背後を振り返った。気配は……感じない。気のせいなのだろうか。
「どうしたんだい?」
蓮が背後を振り返った者へ話しかけた。
「……だったら誰かに見られているのかもしれないねえ」
話を聞いた蓮はそうつぶやく。気配など、隠す術は存在している訳なのだから。さて、何者かが尾行しているのだろうか。
レンへの道のりは、まだ遠い――。
●確認作業【1】
「誰かに尾行される覚えでもあるのか?」
歩き続けながら、守崎啓斗が小声で蓮へ尋ねる。
「ない……とは言えないねえ」
「客に吹っかけたとか……」
「だったらあたしより先に尾行されるのは、世の中に五万と居るんじゃないかい?」
続く啓斗の言葉に蓮はふっと笑った。
「むぅ……これが『すとっきんぐ』というやつでぇすか」
難しい表情でそうつぶやいたのは露樹八重だ。シュライン・エマの頭上に、ちょこんと乗っかっていた。よくある光景だ。
「それを言うなら『ストーキング』でしょ」
頭上の八重にシュラインから突っ込みが入った。
「そうとも言うのでぇす。けど、そうじゃなくって誰か知っている人が驚かせようと思って、出るタイミングを見計らっているだけだったりするのかもしれませんでぇすよ。『お菓子をくれない子はいねがー』って」
「それは、なまはげとハロウィンが変に混ざってはいないかな?」
諭すように八重にそう言ったのは小説家をしている九条宗介だ。小説家をしているだけあって、色々と知識は持ち合わせているのかもしれない。
「そうとも言うのでぇす」
またもや誤魔化す八重。すると杖を手に目を閉じてたどたどしく歩いていたツインテールの女性、パティ・ガントレットがやれやれといった様子でつぶやいた。
「せっかく、蓮様とえにしを深めていたところでしたのに、無粋な……」
「そういう輩は、こっちの都合ってものは一切考えないのさ」
苦笑いする蓮。パティが続けて言った。
「『一緒に遊ぼう』の一言も言えぬのですか」
いや、それは相手がどんな者かにもよると思いますが。例えば、トレンチコートの中が素っ裸な男であったならば、至急お帰りいただきたく。
「ん……誰かついてきてるのは確かみたい。微かに足音がしているもの。たぶん、1人だと思うけれど……」
耳を澄ませ様子を窺っていたシュラインが小声で皆に伝える。
「……気配を消しているのか」
しかし啓斗には気配を感じられない。シュラインが足音を捕捉していることからして、相手は気配を消すことに長けていると考えた方がよさそうである。
「さて、ターゲットは誰だろうねえ」
自分を含め6人の中に狙われている者が居るのではないかと推測する蓮。ところが、宗介がそれに異を唱えた。
「視られている、ね。それが誰か、とは限らないんじゃないかな」
と言った宗介の視線は蓮の手元へ注がれる。風呂敷に包まれた箱へだ。
「曰く付きの物なのか?」
啓斗が蓮へ尋ねた。
「これはそれほど曰くはなかったと思うんだけどねえ……」
やれやれと蓮は溜息を吐く。
「曰く付きには違いないんじゃないか」
啓斗さん、ごもっとも。
「IO2に目を付けられそうな品じゃないのよね?」
「まさか」
冗談めかして尋ねたシュラインに、蓮は笑って答えた。
「……虚無の境界とかは?」
これまた冗談口調なシュライン。でも、目はそう笑っていない。ふと以前のことを思い出したのである。
「そんな価値ある品じゃあないよ」
蓮はさらりと答えた。
「ならいいんだけど……」
それでもどこかしらシュラインは引っかかるものがあるようだ。
「ひとまず、ちょっと賑やかなお店か喫茶店に入って様子をみるでぇすよ♪」
八重がそんな提案をした。
「気のせいなら外に出る頃には気配はしないでしょうし、そうでないなら本当にご用事があるのでぇす♪」
一理ある。少なくともこれならば、安全に様子を見ることが出来る。店に入ってもついてきたりしているのなら、やはりそこは何かしらあるに違いなく。
そして一行は、最初に見付かった喫茶店へ一旦退避するのであった。
●様子を窺ってみる【2】
入った喫茶店では窓際に座らず、店内が見渡せる奥の席へ陣取った一行。他の客は居らず、誰か入ってくればすぐに分かるのは何よりな状況であった。
一通り注文をし、各自喉を潤すなり腹を満たすなりする。そうしながらも新聞や雑誌を取りに行く風を装いながら、啓斗やシュラインなどが入れ替わりに外の様子を窺いに行く。
「見える範囲には居ないようだが……気配を消せる相手だ、わざわざ姿を見せて待っているとも思えない」
啓斗の見解はこうであった。シュラインの方はといえば、足音などは聞こえないということだった。もしかして身じろぎもせず、一行が出てくるのを待っているのだろうか。
「尾行者は人ではあるんだろうね。まぁ、どうでもいいことだけど」
2人の見解を聞いていて、宗介がぼそりと言った。少なくとも自分に心当たりはなく、だとすれば傍観者の立場になってしまうのは仕方のないことであろう。
「そういえば受け取りに行った同業者の態度、不審な点は?」
思い出したように蓮へ尋ねるシュライン。
「いや、ないねえ。危ない物を扱ってる所でもないしさ」
そういうのはまた別のルートだよ、と蓮はしれっと付け加えた。
「用事があるのはお荷物なのか蓮しゃん本人なのか……それともお店なのでしょーか」
さてどれなんだろうと首を傾げる八重。蓮が少し考えてから答えた。
「タイミングからして、荷物かねえ。あたし本人なら直接店に来れば済むことだし、あたしを知ってる奴が店を知らないってのはちょっと考えにくいねえ」
たいした自信ですな、蓮さん。けども、もっともな部分もある。
「やはり、その荷物の匂いに惹かれていらっしゃるのでしょうかねえ?」
パティが静かに言った。しかしこの荷物にそれほど曰くはないと蓮は言っている。パティの言う通りだとしても、わざわざこの荷物を狙ってくるということは変わり者なのか、よっぽどこの荷物に関わり合う者なのだろうか。
「ともあれ、蓮が受け取った品が関係しているのは明白じゃないかな。危険な品には危険なモノが憑いているのが常。人だろうが、霊だろうが……ね」
他人事な態度で宗介が言った。だが宗介はおかしなことを言っていない。それだけの力を有する品が存在しているのは事実なのだから。
「真っ当にビジネスをすればよろしいのに……」
「ビジネスなら応相談だねえ」
パティの言葉に頷く蓮。このことからして、話や事情次第では譲ってもいいとは思っているのだろう。……もちろん強奪などは言語道断であるが。
「一応、アリアちゃんには警戒するよう連絡したけど……」
携帯電話を蓮へ見せるシュライン。液晶画面には『送信しました』と文字が表示されていた。
「いつまでも、ここにこうして居る訳にもゆかないからねえ」
思案する蓮。相手の目的や正体が分からないうちに店へ戻るのは危険だろう。
「……撒くか」
溜息を吐いて啓斗がつぶやく。八重が即座に反応した。
「まきびしでぇすね♪」
「違う」
即座に否定する啓斗。そっちではなく、追っ手をを引き剥がす方の意味だ。
「……別に撒く際にまきびし撒いたりしないからな」
念のために啓斗はそう付け加える。そもそもわざわざ相手に手がかりを残す必要もない訳で。
「裏口から……出てみる?」
シュラインが皆へ言ってみた。まあそれが無難であるだろう――。
●遭遇【3】
喫茶店の裏口からそそくさと出てゆく一行。誰の姿も見当たらない。静かに喫茶店を離れていったのだが、それを呼び止める男の声が背後からした。
「待て……」
足を止め、背後を振り返る一同。啓斗とパティが蓮を護るようにずいと前に足を踏み出した。
屋根の上から降り立つ影が1つ。がっしりとした背の高い男が、一行の目の前に現れた。
「屋根の上にいたでぇすか!」
驚く八重。それじゃあ裏口から出てもすぐにばれる訳だ。
「…………」
シュラインが無言で携帯電話を蓮に見せる。素早く入力したのだろう、液晶画面には『みおぼえある?』と表示されていた。しかし蓮は無言で頭を振った。どうも初めて見る顔らしい。
「その品を、渡してもらいたい」
左手を前に差し出し、男はそう言ってきた。
「蓮様は、真っ当なビジネスなら応じるとのことですが?」
相変わらず目を閉じたまま、パティが男へ向かって言った。警戒は怠らずに。
「あいにくだ。交渉なら多少応じてもいいが、ビジネスをする気はないな……」
男がそう言った次の瞬間、男の右手に光の剣が生まれた。宗介がそれを凝視して口を開く。
「気……オーラ使いだね。瞬時にああいう芸当が出来るんだ、相当な使い手だろうね」
一瞬の出来事からそこまで分析する宗介。蓮が尋ねてきた。
「具体的にはどうなんだい」
「オーラを僕ら全員に飛ばしてきても全然不思議じゃなさそうだよ。……もしかすると、気配を感じなかったのもオーラを使っていたのかもね」
「そんなことできるのでぇすか?」
八重が宗介に尋ねた。
「出来るよ。オーラを反対に作用させて、打ち消すのに使うんだ」
「……それで気配は消せても、音までは不完全なのね」
宗介の説明に納得するシュライン。
「この品をどうするつもりだ」
啓斗が男に向かって尋ねた。
「それはあんたらには関係のないことだ。渡すのか、渡さないのか」
淡々と話し続ける男。その瞳はどこか遠くを見つめているようにも感じられた。断ったなら、間違いなく襲いかかってくることだろう。
と――突然蓮が風呂敷を外し、箱の中に入っている物を取り出した。
「これが欲しいのかい?」
蓮が男に見せ付けた物、それは小振りの白き壷であった。しばし壷を見つめる男。ややあって、こう答えた。
「……本当に、それなのか……?」
「そうさ。すり替えも何もしてないさ」
「そうか……。どうやら、こちらの勘違いだったようだ」
男はそうつぶやくと、踵を返しその場から立ち去ろうとした。
「待て! お前は何者なんだ」
啓斗が男に向かって尋ねると、男は顔だけ振り返り名を名乗った。
「飛王だ。無礼な真似をして、悪かったな」
そして男は足早に消えていった。
「……また何か、妙なことになっているのかしら……」
夜空を見上げ、シュラインは大きく息を吐き出した。
男――飛王はいったい何を求めていたのだろうか。
【【虚無の影】尾行者 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
/ 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】
【 4538 / パティ・ガントレット(ぱてぃ・がんとれっと)
/ 女 / 28 / 魔人マフィアの頭目 】
【 6585 / 九条・宗介(くじょう・そうすけ)
/ 男 / 27 / 三流作家 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、ここに蓮との帰り道の模様をお届けいたします。結末としてはあれなのですが、もとより向こうの勘違いでしたから戦いもなく終わったのは非常によかったと思います。もし皆さんが好戦的だったら、確実に多少なりとも被害が出ていたことでしょう。
・飛王の正体については本文では触れていませんが、勘のいい方なら想像は付くかもしれませんね。何しろタイトルがあれですから。
・シュライン・エマさん、114度目のご参加ありがとうございます。あれこれと想定して警戒していたのは正しい方向性だったと思います。今後が気になる所です、ええ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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