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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


くりひろい



 今日も迷惑なサンタ娘は草間興信所へとやって来ていた。
「秋! 秋といえば、この国では栗、焼き芋! だと訊きましたが……そうなんですかぁ?」
 草間武彦は無視した。いつもいつもこいつのせいで厄介ごとに巻き込まれるのだ。無視するに限る。
 だが草間零は無視しなかった。
「秋の味覚といえば、代表的なのはそれだと思いますが。皆さん、頭にすぐ浮かぶというか」
「ほうほう!」
 ステラは興味津々のようだった。
「わたしの知っている栗も芋も、活きがいいですよ? 取りに行きますか?」
「……活きがいい?」
 ちょっと待て、と武彦がステラのほうを見遣る。だがステラはそれに気づかず、零に話しかけていた。
「そうですぅ。栗拾いに行きませんか〜? 美味しいって評判なので、以前レイと一緒に行ったんですけどぉ、栗が素早くて全然捕まえられなかったのですぅ」
「……栗が素早い?」
 武彦は嫌な予感がした。夏のスイカの件にしても、ステラの世界の食べ物は基本的に危険な代物ではないかと薄々感じていたからである。
「おいサンタ娘。それは本当に俺たちも食べられるのか?」
「失礼ですねぇ。食べれますよぉ、この栗に関しては。すっごく美味しいのですぅ!」
「…………」
「なんですその疑いの目は。一度だけ先輩に食べさせてもらったことがありますから、本当ですよぅ」
「もしやと思うが、サイズが異常にデカかったり、ぼごーんとぶつかってきたりしないだろうな……?」
「はあ〜? 大丈夫ですかぁ、草間さん?」
 なにをワケのわからないことを言っているのかと言わんばかりのステラの態度に、武彦は腹が立つ。
 ステラは座っていたソファから立ち上がり、腕まくりをする。
「よーし! 今回は草間さんも手伝ってくれるみたいだし、美味しい栗をゲットですぅ! 栗の料理ができる人がいれば尚良し、ですぅ!」
「こらぁぁぁ! なにを勝手に気合い入れてるんだ! 俺は手伝うなんて言ってないぞーっ!」
「やっぱりすぐに食べたいですもんねぇ〜。ここで栗パーティーなのです!」
 ステラの気合い一発! なセリフに零がぱちぱちと拍手をした。
 武彦は痛くなってくる頭を抱えた。絶対ふつうの栗じゃない……。そう思いながら。

***

「すいませ〜ん、参加希望者のステラですぅ」
 受付をしている入口で、ステラはそう声をかけた。
 テントの下にある簡素なテーブルの上で参加者名簿を整理していた男は、「ああ」と小さく声を出す。
「サンタ課の……話はきいてるよ。え〜と、何名?」
「ええっとぉ」
 ステラは振り向いて、連れて来た人々の顔を見る。
 ステラの視線に気づいて少し照れたように小さく手を振る静宮御津羽。武彦や零と何やら話し込んでいるシュライン・エマ。自分も入れて、5人だ。
 男に向き直り、ステラは掌を向ける。指は全て立てたまま。
「5人ですぅ」
「5人……と」
 受付表に書き込む男は、机の上に用意されていたダンボール箱から腕章を取り出す。腕章には栗の絵柄が描かれたマークが入っていた。
「はい、五つね。君はいいとしても、あちらの人たちは死なないように気をつけてね」
「あ、あはは……」
 苦笑いをするステラは腕章を受け取ったのだった。



 腕章を受け取ったシュラインは感心する。
「かわいいわね〜、これ」
「ですね」
 御津羽も同意した。いそいそと腕章をつけると、ボンッ、と音がして軍手が出現した。手に装着された軍手に御津羽は感心したような声を洩らす。
「ステラちゃん、籠はいらないってことだったけど、どこにあるの?」
「ん〜、とぉ」
 シュラインの問いかけにステラは仲間の腕章をじろじろ見る。まだつけていない零のところで立ち止まった。
「零ちゃんが籠係さんですぅ」
「カゴがかり???」
 シュラインと武彦が顔を見合わせる。
 零は無言でいたが、腕章をつけた。軍手だけではなく、背中には籠が現れた。零がぱちぱちと瞬きをして、呟く。
「……む。少し重いですね」
「栗が逃げないようにするために特殊加工がされてますぅ。メンバーで一番の力持ちさんの腕章に、ほら、栗のところに二重丸があります〜」
 ステラの説明通り、零の腕章に描かれた栗には二重丸がある。
 御津羽はきょろきょろと周囲を見回していたが首を傾げた。
「他にお客はいないのでしょうか? 私たちだけ……?」
 美しい山ではあるがひと気がなさすぎる。他にも栗拾いに来ている者がいてもおかしくないほど、のどかだというのに。
「いますよ〜? あー……でも空間をズラしているのでわからないと思いますぅ。
 さあさ、皆さんレッツゴーですよ! 美味しい栗を求めてがんばりましょー!」
 えいえいおー! とステラが掛け声をかけた。

「もう。そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃない、武彦さん。秋の味覚を楽しめるんだから」
「……そういう問題じゃない」
 奥へと歩きながら、むすっ、とした顔で応える武彦にシュラインはやれやれと嘆息した。
「栗は……後で食べるのですよね」
「静宮さんは栗はお嫌いですかぁ?」
 小さく呟いた御津羽の言葉にステラが首を傾げる。御津羽は「えっ」と洩らして軽く手を振った。
「嫌いというわけではないのじゃよ……いえ、ないのですよ?」
 ただ……料理をする時に包丁が使えないだけで。
 その言葉は口にはしなかった。
 零が、前を歩く武彦とシュラインのやり取りを眺めつつ口を開く。
「栗が嫌いならばここには来ていないと思いますけど、ステラさん」
「あ、そうですね。なるほど〜」
 頷くステラは「お」と声を出した。
 栗が落ちているのを見つける。ついついそれに手を伸ばした。
 しかし栗はぶるりと震えると地面に潜り込んでしまう。
 なぜに栗が地面を潜るのか???
 しーん、と静まり返った。
 シュラインと武彦が顔を見合わせてステラを見遣る。
「まぁ……最近の栗は潜るのですね。凄い」
 そんな呟きを洩らしている御津羽に誰も応えなかった。

「こんなこともあろうかと、色々と用意してきたのよ」
 シュラインは武彦に背負わせていたリュックからビニールシートを取り出す。
「私もです」
 御津羽も自分の荷物をごそごそと探って網などを引っ張り出した。
 ほえ〜、とステラが瞬きする。
「すごいですぅ。私は何も持ってきてません〜」
「それで、この栗はどういうものなの? 潜るだけ?」
 シュラインの質問にステラは「あー」と唸る。
「えっとぉ……捕まるのが嫌なので転がって逃げるとか……潜るとか、あと……防御しますかねえ?」
「防御……ですか?」
 御津羽の言葉にステラは頷いた。
「こう、ハリネズミみたいに、周りのトゲをズバー! って伸ばしたりするんですぅ。痛いので、下手をするとケガをしちゃいますよ?」
 無邪気な笑顔で言われたが、シュラインと御津羽は彼女を凝視した。もしかして、かなり危ないのではないのだろうか?
 武彦は頭を掻く。
「……で、どうするんだ? 追いかけても逃げるんなら、なんとかしないと栗が食べられないだろ」
「どうしたの武彦さん? さっきまであんなに嫌がってたじゃないの」
 驚くシュラインは「何か変なものでも食べた?」と心配してしまう。
 武彦は腕組みし、フンと鼻で息を吐く。
「ここまで来たのに痛い目にあって終わりなんて冗談じゃないからな。それに、美味い栗があるからここに来てるんだ。収穫がないまま帰れるわけないだろ」
「……つまりは、お腹が空いてきたのね……」
「…………さっさと帰りたいだけだ」
 というわけで。
 シュラインの指示で地面にビニールシートを敷く武彦と零。
 御津羽のほうはステラが手伝っていた。
「うは〜。まるであれですね。漁ですね! 大漁〜! って網を引っ張ると、うわーっと中にたくさん入ってるあれですね!」
「そうですね。うまく捕まえられるといいのじゃが……あ、いいのですけど」
「? 静宮さん、喋るの難しいのですかぁ? わたし、喋り方とか気にしませんよ?」
「あ、いえ、そういうわけでは……。癖……のようなものですから」
「はぁ……まあ静宮さんがそう言うなら」
 にこー、と笑うステラは、御津羽が出したビニールタイプのガムテープを見て不思議そうにした。
「これを木々の間に張り巡らせるのはいかがでしょう? 栗は跳んだりしませんか?」
「ああ! 跳んだ時のためにですね!」
 ほんわかした空気を流す二人と違い、シュラインたちはビニールシートを設置してその上に土をかけている。
 ビニールシートが完全に見えなくなると「よし!」とシュラインが立ち上がった。
「じゃあそれぞれ栗を追い込みましょう!」

 零は籠を背負ったまま機敏に栗を追いかけた。自分を捕まえられるという瞬間に栗は反応し、物凄いスピードで転がって逃げ出したのである。
「うぉ……! 凄い光景だな」
「見てないで武彦さんも追い込むのよ!」
「あ、ああ」
 シュラインに言われて武彦ものろのろと動く。
 一方ステラは待ち構えている御津羽のほうへヨタヨタと栗を追いつめるようにしていた。そもそも運動神経が良いほうではないのでどうも動きが遅い。
「わ、わ〜ん! うまくできませ……あひゃ〜!」
 なんとなく想像はしていたが、御津羽が張ったガムテープにステラが絡みついてしまった。何をやっているのだろう、この娘は。
「た、助けてぇ〜」
 しくしくと泣き出したステラのほうを見たが、御津羽はそれどころではない。
 少しだが集まった栗を、網を引っ張って絡み取った。その瞬間、ハリネズミのようになる栗に御津羽はビクッとする。
 これは軍手でも危ない。手が串刺し状態になってしまう。しかも予想したよりも動きが速い。
 シュラインも地面に潜り込もうとしていた栗を、持っていた網に引っ掛けて捕まえていた。
 一方が追い込み、一方が捕まえる。これならかなり栗を捕まえられる。
 捕まえた栗は零が背負っている籠に入れられた。籠に入れられた途端、凍結したように栗は完全に動きを止める。
 零が少しだけ顔をしかめる。
「……なんだか、かなり重くなっているんですけど……」
「え? そう? でもそんなに入ってないと思うけど」
 シュラインが不思議そうにしたので、ステラが説明する。
「栗を動けなくしている分、負荷が大きいのです。たくさん集めれば、かなり重くなりますよ?」
「…………だそうよ、零ちゃん」
「頑張ります」
 こくんと頷く零は、籠を背負い直した。
 捕まえた網の間からトゲを伸ばしている栗を見て御津羽は、持っていた手を自分から少し離した。だがふと気になる。
「あの……」
 御津羽がそっと、網を持っていないほうの手を挙げた。
「捕まえるのはいいのですけど……調理する時はどうしたらいいのでしょうか……?」
「……それもそうね。ステラちゃん、そこはどうなってるの?」
「えっとぉ……受付のところでなんとかしてくれますぅ。息の根を止めるのですぅ」
「い、息の根を止める?」
 シュラインが疑問符を頭の上にたくさん浮かべていたが、御津羽は安堵していた。
「そうですか。なら、安心ですね。せっかく捕まえても食べられないのでは残念ですから」
「食べられない栗なんか捕まえに来ませんよぉ〜」
 あははぁ、と笑うステラ。
 そもそも、栗は「逃げる」という行為をしないものなのだが……そこにいた誰も突っ込まなかった。



 草間興信所では栗パーティーなるものが催されていた。
 栗を使って料理をしているシュラインの手伝いをしていた御津羽が、栗ご飯を運んでくる。
 テーブルの上には他にも渋皮煮や蒸した栗もあった。
 シュラインが台所から姿を現した。
「デザートは栗のマフィンよ。後で出すわ」
 全員がソファに腰掛け、両手を合わせる。
「いただきます」
 全員の声が合わさった。
 早速栗ご飯を口に運んだステラが「はぅ〜!」と感激の声をあげた。
「美味しいですぅ〜!」
「本当!」
 シュラインも感動して栗の味を堪能する。御津羽も美味しさに驚いていた。
「こ、これ、本当に栗なんでしょうか!? いえ、栗なのじゃが、私の知っている栗とは大きく違っておる!」
 口調が完全に老人のものになっているが、御津羽は気づかずにもう一口、と箸を動かした。
 武彦も「美味い……!」と何やらショックを受けている。
(どうしよう……おかわりしたい……。でも、あまり食べるとデザートが……)
(こんな栗、もう二度と食べられないかもしれないです……。でも食べ過ぎると……)
 シュラインと御津羽は茶碗を片手に悩み出した。そんな二人の葛藤に気づかず、武彦がさっさと二杯目をよそったのを、二人はどこか憎らしそうに見遣った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5612/静宮・御津羽(しずみや・みつは)/女/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 草間兄妹と共に栗集め、そして栗の料理までしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!