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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


パンプキン・タウン発動!



「先輩! ここです! ここが、異常が発生している場所みたいです!」
 高良京悟が、八角総司に叫んだ。
 彼らに舞い込んだ依頼は、簡単なもの。
 取り壊す予定のビルの五階……その奥の部屋のドアから最近、声が聞こえてくるそうだ。
 地縛霊だの、地脈の乱れだの、妙な噂が立っている。そのために依頼が来たのだ。
 相当放置されていたビルは日の光もまともに入ってこない。
「先輩ってば!」
「聞こえてるっつーんだよ!」
 うるせえ! とばかりに八角が応えた。
 二人は閉じられたままの錆びたドアの前に立つ。
 様子をうかがう高良は小さく問う。
「試しにノックしてみましょうか……?」
「…………」
 八角の眉間に更に皺が寄り、高良は「冗談ですよ」とケロリと言った。
 ノブに手をかけ、恐る恐る回して……ドアを開く。
 部屋から押し寄せる圧迫感のある空気に、二人は目を閉じてしまう。
「はぅ〜! 誰か助けてぇ〜」
 ……あれ?
 二人とも瞼を開け、疑問符を浮かべた。今、女の子の泣き声がしたような。
 高良はドアの外から中をうかがう。
 殺風景な部屋の真ん中に座り込んでいる赤いモノがある。ごそごそと動いているソレに、高良は瞼を何度か擦った。消えない。幻じゃないみたいだ。
「あの〜、ちょっと」
 声をかけると、赤い物体が振り向いた。金髪の女の子である。
「ひ、人が来てくれましたぁ〜! やったあ!」
「やったあ、はいいとして、ここで何してるの?」
「よくぞ訊いてくれました! 実はこのパンプキン・タウンが壊れちゃって〜。うえ〜んっ」
 うえ〜ん、と泣かれても。
 それにしてもくるくると巻かれた髪といい、容姿といい、高良の目には愛くるしい人形のように見えてしまう。
 高良の後ろから部屋を覗き込んだ八角は、不機嫌そうに顔をしかめた。
「……なんだあのガキは」
 ぴーぴー泣いていた彼女がムッと唇を尖らせる。
「確かに16歳なので人間の尺度からすれば子供ですけど、これでも立派なサンタの一人! ガキって言わないでくださいっ」
「そうですよ先輩。あんなに可愛いのに……」
 へへ、と軽く笑う高良に、八角は半眼を向けた。こめかみに青筋も浮かんでいる。
 少女が屈んだままなのに気づき、八角が近づいてくる。部屋に一歩踏み込んだ。
「あっ! だ、だめです、入ってきたらっ!」
「なにっ!?」
 八角の視界に映る世界が変わる。殺風景だったはずの部屋が、騒がしいハロウィン・パーティの最中らしい町中へと変貌した。
「なっ、なんだこれは……!」
 異常事態である。
 不自然に町中に空いたドア型の空間から、高良が不思議そうにこちらを見ていた。
「どこのどなたか知りませんけど、もう脱出不可能ですぅ。だから入っちゃダメって言ったのに」
「せんぱ〜い? どうかしたんですか?」
「…………」
 八角は自身の両足に絡みついている蔦を見て、ますます眉間に皺を寄せた。見れば金髪少女は座ったまま蔦に拘束されているではないか。
(これは……部屋に入らないと見えないのか?)
「高良、部屋に入るな」
 鋭くそう言い、少女へと視線を移動させる。
「俺は八角総司。八角地質調査研究室の者だ」
「あ、俺は高良京悟って……」
「詳しい事情を聞こうか」
 高良の言葉を遮って、八角は少女の返答を待った。
 座り込んだままの彼女は口を開く。
「わたしはステラ=エルフ。これでもサンタさんですぅ。わたしの持ってきたパンプキン・タウンという、ハロウィン用の町の模型のオモチャが壊れてしまったんですぅ」
 呑気に言う彼女は、足が痺れているらしく、ぷるぷると震えていた。
「正しく可動させるには人数が足りないので、人数を集めてください」
「人数を集めてどうしろと?」
「そうしなければわたしたちは動くことすらできないですぅ。人数が集まるまで、タウンは拘束し続けますから」
「それで?」
「タウンを動かして、全員でタウン内を探すしかないですぅ。あ、ハロウィン用なので、ちゃんとお菓子を貰いながらですけど〜。みんなで一緒に移動ですかね」
「……異常を探せってことか、要するに」
 やれやれと八角は嘆息した。自分は動けないため、高良に人を集めてもらわなければならないようだ。
 というか……。
 ちらり、とステラのほうを見る。
(なにがサンタだ……)
 嘘くさい。
 ふと気づく。
「……おまえ何日前からここに居る?」
「ひえ? えーっと、もう三日になりますぅ。おなかすいたぁ〜」
 どうやらこの少女が延々と助けを呼んでいたようだ。原因はこの娘だったらしい。
 八角は不思議そうにしている高良へと言う。
「何人でもいいから集めて来い! いいな!」
「な、なんですか突然〜? 俺にも説明してくださいってば〜」
「うるせぇ! 早く行けッ!」

***

「八角さん、ステラちゃん大丈夫!?」
「大丈夫ですかステラさんっ?」
「壊したって、何したんだよ?」
「八角さん、無事ですか?」
 シュライン・エマ、菊坂静、弓削森羅、崎咲里美は案内した高良を押し退けて部屋を覗き込む。
 こちらに背を向けて屈んだままの金髪少女と、突っ立ったままの八角は出入り口のほうを見遣る。
「あぅ〜。エマさぁん、菊坂さぁん、弓削さぁん……たすけてぇ〜」
 涙をぼろぼろと流すステラの様子に三人はほっと安堵したような息を吐き出す。
 八角は四人の後ろから手を振る高良の様子に苛立ったような声をかけた。
「遅い!」
「これでも超特急ですってば!
 ステラちゃん、人数はこれで足りる?」
 八角に対する態度と違い、高良は座り込んだままのステラに優しく言う。俺と態度が違う、と八角がムッとした。
 ステラは自分を含めたメンバーの顔を見遣り、頷く。
「大丈夫ですぅ。7人で発動します!」
「あー、良かった」
 安心する高良に八角が怒鳴る。
「早く入って来い!」
「わかってますって。じゃあ皆さん入って入って」
 突然高良に後ろから押されて四人は部屋の中に踏み込んだ。不意打ちである。
 ドアの外から見ていた室内の様子が一変し、目の前に小さな町が広がる。まるでオモチャの町のようだ。町の中央にある大きな通りの両脇には家が並んでいた。どの家も一部屋分しか面積がなさそうな小さなものである。カボチャを模した提灯や、ハロウィン用の飾りがそれらの家を華やかにしている。空は星が占め、提灯と家の中の明るさによって、より幻想的な雰囲気が出ていた。
 ステラと八角以外の全員が戸惑う中、彼女はコテッと、その場に屈んでいた体勢のまま地面の上に転がる。
「ああっ! 大丈夫!? ステラさんっ」
 慌てて静が駆け寄った。シュラインも駆け寄って助け起こしている。
「大丈夫? おなか空いたでしょう? おにぎりとお茶を持ってきたわ」
「あ。僕も持ってきました、おにぎりとお茶……。シュラインさんとかぶってしまいましたね」
「うわ〜ん、二人とも本当にいい人ですぅ。あうぅ、足が痺れて起き上がれません〜」
「俺も手伝う。大丈夫かステラ?」
 森羅がステラの背中を押した。途端、彼女が悲鳴をあげる。
「いだいいだいっ! 弓削さん! もっと優しくしてくださいぃ!」
「わ、悪い。……相当痺れてるんだな……」
 だがそこでふと気づいた。森羅が顔を引きつらせる。
「……お、おいおまえ……そんな着ぐるみ姿だったか……?」
 気づけばステラは萎んだカボチャの着ぐるみを着ていた。着ぐるみの下から出ているのは白タイツの両足だ。
 森羅は目の前にいるシュラインと静の衣服も違うことに気づく。
 シュラインはサンタクロース姿だ。本来ならば赤のところが黒。白の部分がオレンジというハロウィンらしい色合いのサンタ衣装なのである。
 静は中国の死装束姿。森羅が昔テレビで見たキョンシーなるものの姿とそっくりだ。
 もしかして、と自分の姿を見下ろして驚く。狼の耳が頭から生え、尻尾まで。狼男スタイルである。
「八角さんに高良さんまで!」
 里美がびっくりして男二人を見遣る。
 八角はフランケンシュタイン。高良はハロウィン定番の吸血鬼の姿である。
 里美は自分が星の飾りのついた三角帽子を被っていることに気づいた。いつの間にか手には、先端に星の飾りがついているステッキが握られている。魔女、の格好だ。
「う、」
 ステラが溜めた息を吐き出して、一気に泣き出した。
「うわぁぁん! わたしが一番かっこわるぃ〜!」
 全員が「確かに」と思うほどステラの格好はみじめだった。干し柿に近いカボチャの着ぐるみなんて。
「もしかして……うまく発動したのかな、これ」
 高良はふぅんと呟く。



「しっかし変わったオモチャだなぁ。どうやって壊したんだよ?」
 森羅はステラのほうを見る。ちょっと笑いそうになってしまうが、なんとか堪えた。
「私も気になっていたのよ、それ。教えてくれる? ステラちゃん」
 シュラインも笑顔で言う。
 足が痺れて満足に動けないステラは静の好意で背負われていた。そんな彼女はギクッとしたような顔をしてそっぽを向く。
「ど、どうやってって……こ、壊れちゃったものは壊れちゃったんですよぅ」
「コラ。目を逸らすな……!」
 八角の言葉にステラが涙を浮かべる。里美と高良が彼女を庇うように立ち塞がった。
「やめてくださいよ、先輩! 小さな女の子をいじめるのはっ!」
「そうだよ! ちっちゃい子にそんな言い方ってない……!」
「うわ〜ん! わたしは16歳ですぅ。ちっちゃくないぃ〜!」
 大泣きし始めたステラの様子に静が苦笑した。
(……まあ確かに、メンバー中で一番子供っぽいもんなぁ……)
 などと森羅が、シュラインから里美へ視線を移し、最後にステラを見て思う。
 頭が痛くなってきた八角は「もう知るか」と言わんばかりの態度で眉を吊り上げた。
 彼ら七人が居るこの小さな町。名をパンプキン・タウン。ステラが購入した怪しげなアイテムの一つだ。
 集まった人数をこのタウン内に収容し、ハロウィンを楽しむというものだ。
 日本では町を練り歩いてお菓子をもらうということがほとんどできない。それができるのがこのタウンということだ。
「本場の味わいってことなのかな」
「そうですね。小さめですけど、一応『町』みたいですし」
 首を傾げる里美に応えたのは静だ。
 目の前には町の入口の門がある。アーチ型の簡素な門だ。
 門の向こうにある町は賑やかな雰囲気だが、誰一人表を歩いていない。……それに、どこも壊れた様子はなかった。
 背中でぐずっているステラに静は声をかける。
「足は大丈夫?」
「はぅ〜。菊坂さんは優しい人ですねえ。かなりぴりぴりしてますけど、へ、平気ですぅ」
「で、どうやって壊したんだ?」
「あはは。試しに箱から出したら、床に落っことしちゃったんですぅ」
 森羅の声にうっかり応えてしまい、ステラが硬直して青ざめる。シュラインが嘆息した。
(やっぱりね。そういうことじゃないかなっていう予感はしてたのよ)
 自分が居る草間興信所での出来事が走馬灯のように思い出された。……そのほとんどが、あまり良い思い出ではない。
 うーんと唸っていた里美が門の向こうを覗く。
「可愛い造りの家ばっかり〜。この何処かに異常な場所があるなんて……頑張って探さなきゃだね!」
「そうね。落としたとはいえ、どんな風に壊れているのかはっきりとはわからないみたいだし……。露骨に異常が目に見えるなら助かるわね」
「具体的にはシュラインさんはどんな風に壊れていると思います?」
 静の質問にシュラインはちょっと考えた。
「トリック・オア・トリートのスペルが間違っているとか……。ランタンにも注目したほうがいいかも。家の中も壊れているかどうかチェックね」
「なるほどな。壊れたところってステラが直せるのか? 俺……日曜大工なら手伝えるけど」
 森羅の言葉にステラが「うー」と小さく言って静の背中に顔をくっつけた。八角が「おい!」と怒鳴る。
「なんでそんなにステラちゃんを怒るんですか、先輩ったら」
「うるせえ!」
 なんかイライラするんだよ! とは言えない。一応ここにいるメンバーの中でも最年長なのだ。
 小動物のようなステラの容姿もそうだが、すぐ泣くし、その泣き声はうるさい。八角の神経に障るのだ。
「……直せるかどうかは、壊れた様子にもよりますぅ」
 ステラはそれだけ言うと、また隠れるようにする。よっぽど負い目を感じているのだろう。

「えー、コホン。では全員でお菓子をもらいに行きましょう!」
 ちょっとだけ鼻息荒く言う高良に、八角は不機嫌そうな視線を向けた。そんな彼を「まあまあ」とシュラインが抑える。
「全部の家からお菓子を貰って歩けばとりあえずイベント終了なんだね。うん! じゃ、行こうよみんな!」
 里美が門から一歩分踏み込む。町全体に妙な波紋が広がった。
 全員が町に入り終えた瞬間、何かのスイッチが入ったように一斉に町に音楽が流れ始めた。
「うわっ、うわ〜!」
 感激する里美。
「かわいい曲! オルゴールっぽい感じもなんだかいいね! ね!? 八角さんもそう思うでしょ?」
 里美に向けて、そうかぁ? という顔をする八角の脇をシュラインが突付く。苦笑する高良が返事をした。
「可愛いよね。ざっと見て道の両脇にある家は全部で……20くらい? 本当に、見事に不思議な空間だなぁ。シュラインさんはステラちゃんと知り合いなんですよね?」
「ええ。色々面白いことを起こす天才なのよ」
 高良に説明すると、彼は「そうなんだぁ」と小さく呟く。そんな彼は静のほうへ視線を向けたが「あれ!?」と驚いた。つい先ほどまで里美の横に立っていた静の姿がない。
 コンコンコン、とノックの音が響く。そちらへ全員が視線を向けた。
 右側に並ぶ、彼らから一番近い家のドアの前に……ステラを背負った静が立っている。ノックをしているのは静だ。
 ぎょっとする残ったメンバー。同時にドアが開いた。ドアの向こうから現れたのは、ドアと同じくらいの背丈のクマのぬいぐるみだ。
 ぬいぐるみ!?
 と、全員が驚く。
「えと……トリック・オア・トリート! い、いたずらしますよ」
 戸惑いながら言う静を、巨大なクマが見下ろす。食べられちゃう! と里美がおろおろした。
「これでいいの? ステラさん?」
 こそこそと小声でステラに尋ねる静。ステラは頷いた。
 クマはまじまじと静を見ていたが、そっ、と右手を差し出してきた。拳を開いたそこには、掌に乗ったお菓子の包み。可愛らしくリボンを結ばれた袋の中はクッキーのようだ。
 クマは背後に遣っていた左手を前に出す。スケッチブックを持っている。
 ぺら、と開かれたスケッチブックには「はっぴー・はろうぃん」と汚い字で書かれていた。クマは一歩後ろに退がるとドアをバタン! と勢いよく閉める。
 ぽかーんとしていた静はいつの間にか渡されていたお菓子を見遣った。
「こ、こんなのなんだ……ここって」
「面白いでしょう? どんなのが出てくるかわからないんですぅ。どきどきしません?」
 明るく言うステラの言葉に、様子を見守っていた他のメンバーが顔を見合わせる。人間がいるとは期待していなかったが……まさかアンナモノが家の中から登場するとは。
「ど、どうしましょう! ねえ先輩、すごく可愛いですね!」
 きらきらと瞳を輝かせる高良の足を八角が蹴りつけた。

 次の家には里美とシュラインが並んでドアの前に立つ。家はどれもこれもドア前が狭く、全員が並んで立てない。
「トリック・オア・トリート!」
 二人が、ドアが開いたと同時に言う。ドアの向こうから現れたのはうさぎだ。うさぎの人形が巨大化したものである。愛嬌のある表情のうさぎが耳をだらんと垂らした。
「いたずらしちゃうぞ!」
 里美が慌てて言う。ステッキも振ってみた。……とはいえ、ステッキの先からは何も噴出しないが。
 しーん、と静まり返る。
 シュラインはニコ、と笑ってみせた。つい、うさぎの耳に手が伸びる。うさぎは二人の間近に顔を近づけているので少し手を伸ばせば、耳に届く。
 くいくいっ、と引っ張ると柔らかい。ふわふわしている。
「ちょ、シュラインさんっ!」
 小声で焦って里美が言うと、シュラインはハッとして手を止めてから頬を赤くする。こほんと咳をした。
「ごめんなさい……つい。触りたくなって」
 タオル地だったうさぎの外側は気持ちよかった。それは耳もだ。
 うさぎはじっ、と二人を見てから耳をピン! と立てる。そしておもむろに二人に小さなビンを押し付けた。
 ビンにはキャンディが入っているようだった。ご丁寧に全てのキャンディを包む紙にうさぎマークが入っている。
 ばいばい、と言うようにうさぎが手を開いたり閉じたりしてドアを閉める。
 シュラインはハッとした。
「しまった! 家の中を見てないわ!」
「ああっ、そういえば! す、すみません、開けて〜!」
 ドンドンとドアを叩くが、びくともしない。それに開く気配もなかった。
 窓から中を覗くが、うさぎが普通に生活をしているのが見えただけだ。カントリー調の家具に囲まれた室内はかなり狭い。
「う〜ん、どこも怪しいところはないみたいだね」
「そうね……。しかしすごく狭そうね」
「体操してますね、あのうさぎ」

 水性マジックを片手に、ドアを開けた相手に森羅は言う。
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれ!」
 その様子を道から見ていた里美はキャンディを食べつつ周りを観察する。どこにも異常は見当たらない。
 ドアの向こうから現れた巨大なカエルに森羅はぎょっとする。カエルはつぶらな瞳でじぃっと森羅を見ているだけだ。
(な、なんだ? 何か足りないのか?)
 いらずら、とか?
 持っていた水性マジックのフタをとると、間近にあるカエルの顔に落書きをしてみる。きゅきゅきゅ、という音を立てて書いていくが、カエルは微動だにしない。
 ほっぺに渦巻き状のマークを書いてからうかがうと、カエルは身を引いてから森羅にお菓子の包みを差し出す。
「あ、どうも」
 掌を上に向けると、カエルはそこにちょこんと包みを置いてドアを閉めてしまった。
 あっ、と気づいて森羅は窓から中を覗く。カエルは室内でくるくると回転していた。
「………………」
 呆れるような表情でいた森羅は「うー」と唸って後ろを振り向く。何もなさそうだ、と告げるつもりだったが……。
 全員がもらったお菓子をもぐもぐと口に含んでいたのを見てがっくりと肩を落とした。
 自分の貰ったお菓子に視線を遣る。マシュマロが入っていた。

「な、なんか力抜けるなぁ……出てくるヤツによって」
 と言いつつ森羅がマシュマロを頬張った。美味しい。
「う、美味い……!」
「でしょう!? こっちのキャンディもとっても美味なんだよ!」
 里美が嬉しそうにビンを見せてくる。
 残る家もあと2軒。
 シュラインは嫌々ながら連れて行かれた八角の様子を見遣った。高良と八角は家のドアをノックしていた。
「ほらほら先輩! ドアが開くからきちんと言ってくださいね」
「い、嫌だとさっきから……」
 ふ、と八角は視線に気づく。静の背中越しにステラがじーっと八角を見ていたのだ。
(……な、なんだあの目は……!?)
 何か期待されている???
 ドアが開いて現れたのはカボチャのオバケだった。頭はカボチャ。胴体はマントで見えない。頭のほうがかなり大きいのでアンバランスである。
「トリック・オア……」
 高良が言っている最中に、カボチャが右腕を差し出してくる。その手には斧が握られていた。
 両手で握ると高良に突きつける。
「………………す、すごい仕掛け……」
「じゃないですよ! 高良さん、それが『壊れてるところ』ですぅ!」
「ええっ!?」
 斧を振り下ろされて、間一髪のところで八角と高良は後退して避けた。鼻先を斧の刃が通り抜ける。
 シュラインは家の表に書かれている文字のスペルが違っていることに気づく。
「じゃあこの家が壊れてるの!?」
「たぶんココ、本当は存在してないんですぅ!」
 ひゃあっ、とステラが静の背後に隠れた。
 高良がカボチャを迎え撃とうとするが、カボチャの姿にノイズが走り、姿が消える。
「え? ど、どこ行っちゃったの!?」
 戸惑う里美がきょろきょろと辺りを見回す。
 ステラが叫んだ。
「早く! 今のうちに他の家を回るんですぅ! やっつけられません! 最後まで行けばきっと……!」
 ヴン、と音がして森羅の背後にカボチャオバケが現れる。わあっ、と森羅が斧の一撃を避けた。すると再びカボチャオバケは姿を消す。
「急いで家を回りましょう!」
 シュラインが先頭に立って走り出す。次の家のドアを叩いた。残る家はあと1軒だ。
 激しくノックするシュラインがノブを掴んだ。森羅も掴む。
「早く開けろ〜!」
 力任せに森羅がノブを回そうとする。だが内側から開いて、二人は吹っ飛ばされた。
 シュラインを受け止めたのは里美。森羅を受け止めたのは高良だ。
 出てきたのは二足歩行の巨大なブタだった。
 八角が言う。
「さっさと菓子をよこせ!」
「ちょっと先輩! その言い方じゃ、お菓子をもらえませんよ!」
「なんでだ!」
「……なんでだって……イタズラしないためにお菓子もらうんだから……」
 呆れる高良の横を通って、静がブタの目の前に立つ。
「トリック・オア・トリート! 早くしてください!」
 きっぱりと言う静にブタが頬を赤らめ、お菓子を差し出した。くねくねと腰を曲げるブタを放っておき、静がドアを閉める。
「これで全部だね! あ、もしかしてあそこの門って、出口!?」
 里美の声に全員がそちらを向く。入口のところにあったものと似た門が、すぐそこにあった。
「わあ! 来た!」
 声をあげた森羅が指差す。
 ノイズを混じられた姿でカボチャオバケが斧を振り上げて歩いてきている。
 慌てて全員が門に向かった。ちょうど最後の一人が門を越えたところで――――オルゴールの音が止まった。



 気づけばそこは元の室内だった。全員が顔を見合わせる。
「あーっ!」
 ステラが床に落ちている小さな町の模型を見て悲鳴をあげた。どう見ても完全に壊れている。
「一回のプレイにも耐えられないなんて……! 安物はこれだからぁ〜! ふえ〜ん!」
 静の背中でビービー泣く彼女の声が響き渡った。

 お菓子は消えなかったため、全員で分けて持って帰ることになった。
「八角さんもどうぞ」
 シュラインが包みを差し出す。八角が甘いものを好きなのを知っているからだ。
 いらない、と言いかけた八角の横から高良がありがたくそれを受け取った。
 やれやれと嘆息する森羅が呟く。
「いや……しかし、すごいところだったな。ブタとかカエルとか……」
「そうだね。でも僕、なかなか面白かったと思うけどな」
「私も楽しかった! 美味しいお菓子もたくさん貰えたし」
 そんな三人が、床の上でめそめそ泣くステラを見て、肩をすくめたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2836/崎咲・里美(さきざき・さとみ)/女/19/敏腕新聞記者】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
【6157/弓削・森羅(ゆげ・しんら)/男/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 タウン内をお菓子をもらいながら回っていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!