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いもほり
「お届けものでぇす」
アトラス編集部に入ってきたステラの姿に碇麗香が気づいた。
「いらっしゃい。こちらへ持ってきて」
「はぁい」
サンタの持つ白い袋を担いで歩いてくるステラは、雑多な編集部内を物珍しそうに眺めている。
「碇さん、前に訊かれたことですけどぉ」
麗香のデスクまで来ると、ステラはおずおずと切り出す。
「あのお芋を採ってくるには人手が足りません〜。誰か貸してください〜」
「そうね……」
ちょっと考えて麗香は、ちょうど戻ってきた三下忠雄の姿に目をとめた。
「アイツを連れて行っていいわ。こき使ってちょうだい」
「え……で、でも三下さんだけじゃまだ足りないですぅ」
「協力者を探せということね。わかったわ。
ちょっとさんしたくん! こっちに来なさい!」
麗香の呼び声に反応し、慌ててこちらに来る三下。途中で何かに躓いていたが、なんとか辿り着いた。
「は、はひっ、なんでしょうか?」
「三下さんこんにちは〜」
「あ、はい、こんにちは」
ステラの挨拶に三下はへこへこと頭をさげた。
「さんしたくん、彼女と一緒に芋掘りに行ってちょうだい」
「…………は?」
麗香の言葉に三下は目が点だ。
突然芋掘りとは……なぜ?
「な、なんで芋掘りなんですか……?」
「なぜ? 愚問ね。食べるために決まっているでしょ! さっさと人数を集めて芋を採ってくるのよ!」
「え、ええ〜っ!?」
「文句言わない!」
麗香の威圧に三下は小動物のように震え、「はぃ……」と小さく返事をしたのであった。
***
「どんなお芋なのか凄く興味があるわね」
シュライン・エマはやる気十分という態度で言い放つ。髪も纏めてバンダナで被い、ツナギ姿という出で立ちは、普段の彼女とはかなりギャップがある。
盲人用の杖をついているパティ・ガントレットは瞼をしっかり閉じたまま呟く。
「芋、わたくしも食べてよいのですよね?」
「勿論ですぅ」
彼女の声に応えたのは、金髪の少女・ステラである。
片目を開けてステラのほうを見遣ったパティは、彼女を凝視した。
「初めまして。わたくしはパティ・ガントレット」
「あ。えと、はじめまして〜」
ぺこ、とステラが頭をさげた。
「ステラ=エルフと申します〜」
「…………」
「あ、あのぉ?」
パティは開けていた片目を閉じ、頷く。なんだか嬉しそうだ。
「愛らしいですね。久方ぶりに目を開くと、こういう発見がとみに新鮮ですからとても良いです♪」
「???」
きょとんとしているステラに、別の人物から声がかけられる。
作業の邪魔にならないように髪を二つのお下げにしている少女は、白のラインの入った桃色のジャージ姿だ。
「ステラって言うの? 私は十種巴って名前。よろしくね!」
「うはっ。よろしくお願いします〜」
一番後ろの座席に座ってそんなやり取りをしている四人を三下はおどおどと見遣った。
五人を乗せた古めかしいバスは森の中に入って行く。そのことに不安を抱く三下は、楽しそうな女性陣に、
このバス、どこに行くんですか?
と……尋ねたくてもできない雰囲気に嘆息したのだった。
*
バスから降りた先に、畑がある。森に囲まれた畑だ。
山奥に存在するその畑は広く、巴が「わ〜!」と驚きの声をあげた。
「なにこれ!? すごいすごい! お芋以外にもありそう〜!」
きょろきょろと見回す巴の横で、シュラインが「へぇ」と声を洩らす。見たところ、トマトやナス、ネギやタマネギもありそうだ。ビニールハウスもあるのが見える。
「いらっしゃい」
背後から声をかけられ、三下がびくっと反応してパティの陰に隠れた。
長靴を履き、麦藁帽子を被った中年男性が立っている。帽子のつばの部分のせいか、顔がよく見えない。
「連絡は受けてるよ。…………どれを採っていくんだね?」
低い声でゆっくりと喋る男にステラだけは物怖じせずに答える。
「お芋ですぅ」
「ああ…………あれね。…………掘り起こすには人数足りないんじゃないのかな……?」
「平気ですぅ。三下さんが頑張りますぅ」
「ええ〜っ!?」
ガーンとショックを受ける三下は放っておき、男の案内で一行は芋の畑へと向かった。
一番端の、何もない場所の前で男は立ち止まる。
「この下にあるから…………一つあれば十分じゃないかね?」
「小粒もください〜」
「あぁ……一緒についてくるから大丈夫だろう」
ぼそぼそと呟く男は帽子を深く被り直し、去っていく。
シュラインは首を傾げた。
「小粒とか一緒についてくるからとか……どういう意味かしら?」
なんだか少し嫌な予感がする。草間興信所を出てくる時に草間武彦が「やめておけ〜」と必死に引きとめていた姿を思い返した。
だだっ広い畑を見て巴はステラの肩をつつく。
「ねえねえ、ここにお芋があるの? そうは……見えないんだけど」
「……そうですね。確かに、何もない畑にしか見えません」
パティも瞼を開いて言う。
どう見ても何もない。何かが植えてあるようには見えなかった。三下もこくこくと同意の頷きを何度もしている。
「ええ〜? ありますよぉ。皆さんガッツでいきましょ〜!」
どこに???
全員が不思議そうにするが、ステラは履いていたスニーカーを長靴に履き替えた。もんぺ姿の彼女は軍手をつけるとその場に屈んで土を手で掘り返し始める。
「ステラちゃん……お芋だったらその、葉っぱとか……あのね?」
シュラインのかける言葉も無視してステラは犬掻きをして掘っていく。やがて彼女は何かを見つけたらしく、顔を輝かせる。
「見つけましたぁ。皆さん頑張りましょう〜」
「見つけたって、何をですか?」
パティがステラの足もとを覗き込む。蔓が土の中に埋まっているのが見えた。
巴は蔓の太さを怪訝に思いながら、尋ねる。
「あれ? こんなところにお芋の蔓が……。葉っぱは?」
「別の場所ですぅ。蔓が長いので、ここらへんで引っ張りましょう」
腰に縛り付けていたサンタ袋から鍬やスコップを取り出す。全員がそれらを受け取って、手分けして土を掘り返す。
軍手をつけてスコップで丁寧に土を掘っていたシュラインは、掘れば掘るほど不安が強くなっていった。どう見ても蔓が太めのゴムホースにしか見えない。いや、綱引きの綱のほうが近いかもしれなかった。
ざっ、ざっ、と土を鍬で掘り返しているパティ。とにかく土を柔らかくしなければスコップでも掘り起こすのは難しい。そのためにスコップを持つ他のメンバーより先に鍬で土を掘り返しているのだ。
蔓に鍬が当たった瞬間、パティは「…………」と手を止める。ゴムの塊に当たったような感触があった。
(これだけの太さということは、お芋は……)
いや、そもそもなぜ芋が全く見えないのだろう?
「そんじゃあ、このくらいで引っ張るのですぅ!」
ステラが立ち上がって合図をしたが、巴が「ええ〜っ!?」と不満そうな声をあげた。
「引っ張るって、綱引きじゃないんだよ? お芋は?」
「この蔓の先ですぅ。でっかいのがどごーんと埋まってますよ?」
「……どのくらいの大きさなのかしら?」
冷静に尋ねるシュラインに、ステラは目をくりくりと動かしただけだ。嫌な予感がする。
(武彦さん……予想は当たってたかもしれないわ……)
でも美味しいというお芋は欲しい……!
パティ以外の全員が軍手をはめている。準備はいいだろう。
掘り起こした蔓を手に握る。まるで綱引きだ。
一番先頭に三下。そのすぐ後ろにシュライン。そして巴、ステラと続き、一番後ろにパティが並ぶ。
「ああああの……っ、お芋は掘るものじゃないんですかぁ???」
恐々と言う三下だったが、ステラが頬を膨らませる。
「うだうだ言ってないで引っ張ってください!」
「ひゃっ! は、はいっ」
三下がぐいっと蔓を引っ張る。遅れて後ろの四人が引っ張った。息が合っていない。
ぐいぐいと引っ張っても手応えがなかった。シュラインが声をあげる。
「息を合わせましょう! 号令をかけるわよ、いいわねみんな!?」
よーいしょ、と一斉に全員が腰を落として引っ張る。
とんでもなく重いものを相手にしているようだ。微動だにしない。
「これは……かなり重いのではないですか?」
篭手を外せないのでつけたままのパティは、素手で蔓を握っていることになる。しっかりと握っていても汗をかけば手が滑る。
女が四人に、男が一人。とはいえ、五人で引っ張っても動かないとなるとかなりの重量だ。
「す、ステラちゃん……もしかして栗の時のように生きてるとか……?」
必死に引っ張りながら言うシュライン。
「あんなに激しくないですってばぁ。抵抗してるだけですぅ。土から出るのが嫌なんですよぅ」
「??? 意味、わかんないぃぃぃ〜っ」
歯を食いしばって引っ張る巴は、ステラの答えが理解できないようだ。いや、それはそうだろう。
とりあえず力を抜いて全員は休憩した。
「三下さん、もっと頑張ってくださいよう! 男の人じゃないですかぁ!」
「えええーっ!? そんなぁ」
ステラが唇を尖らせて三下にぶーぶー文句を言う様子を、パティは微笑ましそうに見ている。なんという可愛い少女だ。持って帰って撫で撫でしたい。
巴は蔓を軽く引いてみる。
「本当にお芋が食べられるのかなぁ……」
「十種さんもそう思う? ちょっとこの人数の腕力では難しいかもしれないわね」
「あ……うーん。でも食べたいです。せっかく来ましたし」
「…………」
巴の言葉にシュラインは悩んだ。引っ張っても完全に力負けしているわけだから、なんとかしなくては。
(茎や蔓をくすぐってもダメなのかしら……)
試しに自分が握っている部分の蔓をくすぐってみる。しかし変化はない。
(土の中の居心地を悪くさせるというのはどうかしら……。声の振動を使ったり……。でも野菜にストレスを与えるのはよくないって聞いたことあるし……)
うーんうーんと悩んでいるシュラインの後ろにいる巴が、パティのほうを見る。
「何かいいアイデアはありませんか?」
「……そうですね。引っ張る以外に方法があればいいのですけれど……。サンタのお嬢さん、何かありませんか?」
「引っ張るしかないですぅ。でも根比べですから、きっと大丈夫ですよ!」
「ええ〜? 根比べって、どれくらい時間がかかるの……?」
巴ががっくりと座り込んだ。
それから一時間近く全員で何度も何度も蔓を引っ張った。本当に根比べだ。
オーエス、オーエス、と掛け声が畑に響く。
「むぎぎぎぎ……っ」
「んんんんーっ!」
歯を食いしばって全員で一斉に引っ張る。全員が後ろに少しずつ退がった。もう少し……あと少しだ!
全員の後退する速度があがる。
――と。
土がごぼっ、と盛り上がって、引いた勢いによって全員が尻餅をつく。
土の中から姿を現した芋は……3メートルはありそうな巨大な芋だった。芋の外側には小粒の、普通サイズの芋がところどころくっついている。
想像を超えた姿に、ステラ以外のメンバーは言葉もなかったという……。
*
周囲は森なので枯れ葉はすぐに集められる。
巨大芋の外側についていた小粒のものを取り、焼き芋にすることにした。
「うわ〜、泥だらけだ」
巴が自身の姿に笑う。
パティは篭手に詰まった土をどうするべきかと考えていた。
シュラインは持ってきたポットからお茶を紙コップに注いでいる。その手伝いをするステラ。
「焼けたみたいですね」
三下が枯れ葉を避けて芋を取り出す。
さて。芋の味はというと……。
「……美味しい」
強烈な甘さと、口当たりの良さにパティが愕然としていた。
(どうしよう……! たくさん食べると太っちゃう! で、でももっと欲しい!)
女の子らしい悩みを持ちつつもはぐはぐと食べる巴。
感動していたシュラインは、帰ってからどんなお芋料理にするかと早速考えていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4538/パティ・ガントレット(ぱてぃ・がんとれっと)/女/28/魔人マフィアの頭目】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
最後はみんなで焼き芋でしたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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