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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ウゴドラクの牙

 「また難儀なものが入ってきたねぇ…」
 小さな木箱の中には一対の鋭い牙。
「ウゴドラクの牙かい…こんなものを保存しているなんて…狩った奴ぁ随分自己顕示欲の強いことだ」
 セルビア語でヴァンパイア。
 イストリア語やスロヴェニア語では、クドラク。
 元は人狼を意味する言葉。
「さぁて…魔術が施されているようだが、此れをつければ人狼になれるってぇトコかね」
 誰ぞに売るべきか。
 処分するべきか。
 それとも魔術を解除してただの飾り物とすべきか。
 蓮が迷っているそんな時、アナタは来店します。
「ああ、いらっしゃい。ちょうどいいや、お前さんならこれをどうするね?」

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■内山時雨の場合

 「―――さて、これで残りはあと一つ。 順調に売れたがこの先どうやら?」
 出足は好調でも最後の最後で長く売れ残るということは往々にしてよくあることで、蓮は最後の木箱を見つめながら煙管を銜える。
 人が買うのか、それとも人ならざる者が買うのか。
 牙と惹き合う者は種族性別を超えて様々だ。
 これまでもそうだった。
「おや、お客が来たね」
 呼び鈴がかすかに揺れる。
 次のアクションで扉が開かれる。
「こんにちは、ちょいと覗かせてもらうよ」
「いらっしゃい、好きに選んどくれ」
 店に訪れたのは老人が外行きで着るような、一昔前のモダンを思わせる服を着こなした老人…ではなく、年の頃は二十歳前後の若い、恐らく女性であろう客。
 これほどはっきりと性別の判断が出来ない者もそうそう見かけない。
 客の素性を詮索するのは如何なものかという思いはありつつも、不可思議なものには思わず食指が伸びるのはこの商売のせいであろう。
「お前さん、この辺では見かけない顔だねぇ?」
「たまたまね。 普段はこっちの方まで足を伸ばさないんで。 面白そうな店を目にしたからにゃあ入らないのは失礼でしょう?」
 似たような調子で言葉を返し、ケラケラと笑う姿は粋な女性を思わせる。
 黙っている姿は男性的に見えるしぐさもあるのに。
 なかなか興味深い客だ。
「そう言って貰えりゃ、店を構える者として冥利に尽きるねぇ…で、何か目ぼしい物は見つかったかい?」
「それなんかどうだろう」
 カウンターに肘をつく蓮の傍に置かれた小さな木箱。
 様々な物珍しくも怪しげな品が店中に陳列されているのに、あえて蓮の傍にあるそれを選んだ。
 店主が傍に奥ということは、何かしら曰くのある品なのだろう。
 そして、不用意に店頭に並べるわけにはいかないモノと見た。
「……目の付け所が違うねぇ。 ホントにこの手の店は初めてなのかい?」
「長いこと生きてれば、物の本質はわからなくてもある程度直感で感じるのさ。 気になる品に飛びつくのは世の常。 悩んでる間に機会ってモンはするりと過ぎ去ってしまう」
 熟考すべき事柄もあるにはあるが、宝飾店やこの手の骨董屋で直感して欲しいと思ったものはその場で買っておかなければ後絶対後悔するものだ。
 その物の価値が如何であれ。
 要はその時の気分を満足させる為のものだろう。 それが高くつくか安くつくかの差に過ぎない。
 勿論、騙されることも往々にしてあるわけだからして、衝動買いが過ぎるのも考え物だが。
「―――なるほどねぇ。 その考えには共感できるよ。 ちなみにアンタが選んだこれは魔導具…人狼の牙に魔術を施したウゴドラクの牙って代物さ」
「ウゴドラクの牙――? その辺の言葉の響きだと中近東かもしくは地中海らへんの妖物ってことかい?」
「後者が正解だね。 セルビアあたりの代物らしい。 まぁ、この手のいかにも怪しげなアイテムなんかをたまによこす業者がいてねぇ…これも五つばかり送ってよこしたのさ」
「へぇ…それじゃ少なくとも五体の人狼がそれになったってぇ訳だ。 なかなか物騒な話だ」
 牙というからには犬歯が片方だけ、もしくは対であることが一般的だ。
 鮫の歯などはその顎を丸ごと使って鮫の歯のネックレスなど作る場合もあるが、如何に吸血鬼に次ぐ驚異的な回復力を誇る人狼とはいえ、次々に歯が生え変わるような生物でないことぐらいわかっている。
「ま、人狼を狩ったハンターは実に自己顕示欲の強い人物だったんだろうねぇ。 出なきゃこんな風に力の象徴である部分を切り取って保存したりはしないさ。 魔術を施したのは別の者だろうがねぇ…で? これがほしいのかい?」
「勿論」
 蓮の問いに、時雨はにやりと笑った。



 「――さて――…時間も頃合、明日の天気も確認済み。 それじゃあ行ってみようか」
 牙を購入し、取り扱い説明書を読みながら、蓮が今までの購入者の経験談から、中止しておかなければならないと判断した事項を付け加えて説明された。
 効果は夜発揮され、朝日を浴びることによってその効果はリセットされ、分離する。
 しかし、朝日を浴びずに何日も過ごすと、満月の晩と同じ効果をもたらし自我を失う恐れがあるという。
 そして当然ながら満月の晩、月齢十五の夜には絶対使用しないこと。 人狼の魔力がその身に定着してしまうらしい。
 一日一回、夜使えば翌朝には朝日を浴びる。 それさえ守れば何度でも使用可能と言っていた。
 ただ、その条件もその日の天気に左右されるので、使う時には必ず翌日の朝の天気を確認すること。
 そうしなければ、翌日が曇りで日の光がないと言うことになれば、朝日を浴びれるまで何日も待たなければならなくなるらしい。
「来週は天気が崩れるって言ってたしね。 一回ぐらい試さないと面白くない」
 時雨は人気のない場所で牙を自分の犬歯にあてた。
 鬼が人狼になるとはどんな気分なんだろうか。
 持ち前のやや鋭い犬歯に、牙がみるみる同化していく。
 それと同時に、新たな力が体中に満ちていくのが分かる。
「―――こりゃすごい」
 今までの力に上乗せされたような、そんな高揚感が支配する。
 こんな力を一般人が手にしたらどうなのだろうか。
 人という柵を捨てて、人外への道を歩もうと思ってしまうのだろうか。
「ま、自分は自分。 他人は他人。 どんなもんかいっちょ跳んでみますかぁ!」
 念じれば姿が変化していく。
 完全獣化よりも半獣化あたりで止めておいた方が何かと便利そうだ。
 顔の形が変形し、鼻が遠くなり、耳が頭の上に移動していく。
 手足が大きくなっていき、このままでは上着や靴が破けそうだと感じた時雨は、誰が見ているわけでもない為、その場で上着と靴を脱いだ。
『なんだか、どこぞの格ゲーに出てきそうな外見だなぁ……って、声も若干変わったようだ』
 発する声は声帯の形もそうだが、頭骨や顎の形にも左右される。
 本来、こういった動物は鳴きはするものの言葉を発するような構造にはなっていない為に、あまり上手く発音できていない。
 自分自身では、こういう内容を話していると理解しているものの、他人が聞けばさぞかし聞き取りにくいことだろう。
『そんじゃ行きますか!』
 立派な黒い毛皮に覆われた全身が、跳躍した瞬間の空気の流れをじかに肌で感じる。
 風が全身を撫でているようで、聊かくすぐったくも感じた。
『お、おお? おおお!?』
 いつもの感覚で勢いよくビルの壁を蹴り、その反動で別のビルへ飛び移ろうと思ったのだが、壁を蹴った瞬間に頑丈な鉄筋コンクリートの壁が見事に凹んだ。
『ありゃぁ〜…』
 どうやらいつもの感覚で力を込めてはまずいらしい。
 ビルの壁が凹んだ為に、跳躍する気でいた体は失速し、半端な高さに跳んだかと思えばそのまま落下していく。
 咄嗟に窓枠の出っ張りに手をかけるも、めきりとサッシが拉げてしまった。
『……こりゃあ、まずは力加減を覚えんといかんようだ……』
 こんな調子で移動するたびに破壊していたのでは、いずれ誰かに目をつけられる。
 誰にも気づかれずひとしきりこの自由自在に動ける体を楽しむはずが、とんだ研究時間になってしまったようだ。
 一先ず、このままではいずれ誰かの目に留まる。
 更に人気の少ない郊外へと進路をとり、時雨は夜の闇に紛れて疾風のごとく街を駆け抜ける。
 高速を映す定点カメラを倍速にしたように、自分の視界を流れる車のヘッドライトが尾を引いて流れていく。
『光の河だ――』
 普段の自分でもある程度早くは走れる。 昔話にあるような、一晩で山を二つぐらい越えられる程度には。
 だが今の自分ならばホンの瞬きの間に山一つなど軽く超えられるであろう。
 それはまさに韋駄天のごとく。
 そして、街の明かりが遠のき、周辺はやがて月の光一つだけで青白く照らし出される。
 途中、少し大きめの池を見つけた。
 当然あたりには人気どころか民家もない。
 ちょうどいい、今時分がどんな姿になっているのか見てみよう。 時雨はそんな好奇心に駆られた。
 己の目で手足や体は見れても、鏡のように姿を映し出すものがなければ顔を見ることは出来ない。
 わざわざその辺の女のように手鏡を持ち歩いていてる訳でもない。
『へぇ…やっぱり、まんま狼の顔なんだ』
 波紋の少ない場所から池を覗き込み、そこに映った自分の姿をまじまじと見つめた。
 毛並みはもともとの色である黒い毛皮。
 だが、目の色だけは違った。
 普段の黒い瞳ではない。
 獣の目だ。
 黄金色の瞳だ。
 見開かれた瞳孔が妙にリアルな気分にさせる。
 その目でふと、空に浮かぶ月を見上げた。
 澄みわたった空に輝く、レモン型の月。
 まさに今の自分の目を思わせる光。
 だが…
『―――!?』
 一瞬にして総毛立つ。
 心臓が早鐘を打つ。
 全身の細胞という細胞が、更に活性化する。
 妙だ。 月を見ただけなのに。
 満月ではないのに。
『こ、れは…やばいんでないかい…?』
 しかし月から目がそらせない。
 まずい。
 このままでは恐らく自我がふっ飛んでしまう。
 

パシャン


『!』
 池で魚が跳ねた。
 その音で、はたと我に返り月から目をそらす。
『あ〜びっくりした…』
 今魚が跳ねなければ、そのまま月に魅入られ野性の本能が目覚めていたことだろう。
 何が、という確たる証拠はない。
 そう思ったのも、この力によって更に研ぎ澄まされた直感の賜物に過ぎないと思う。
『満月の夜が危ないんじゃなかったっけか?』
 今はとうに満月など過ぎている。
 およそ月齢二十ぐらいの月のはずだ。
 さすがの時雨も予想外の自体に驚きを隠せない。
『…まさか…元の力に比例するんじゃないだろうな』
 それを考えれば最初の力の加減に関しても納得できる。
 これまで牙を買い上げた物の中で、実際に変身したのは二人。
 魔力に乗っ取られかけた時に、人狼としての本来の力が出たような話は連から聞いたが、それでも自分のようにその気もないのに器物損壊に至ったという話はなかった。
 この鬼の身が、この鬼の身に人狼の力が上乗せされているに違いない。
 予想以上に魔力が高くなっているのだろう。
 だからこそ、月齢十五を過ぎた月でも、その月の魔力と同調しかけたと推測できる。
『こりゃあ、やばいね』
 とりあえずこのままなりを潜めて朝が来るのを待とう。
 こうして時雨は、初変身の夜からいきなり身の危険を感じつつも、一先ず眠るなりして朝日を待った。


「―――ふっ―――あぁ…あ〜〜〜……よく寝た……んぉ?」
 起き上がった途端、コロンと胸元から転げ落ちる一対の牙。
 そういえば朝日を浴びるのを忘れていた、と思ったが、自分が寝転がっていた位置も朝日が当たる場所だったらしい。
 地面に落ちた牙を手に取り、時雨はポツリと呟く。
「まぁそう急くこともないわな。 注意点や使い方はこれからじっくり学べばいいや」
 そして調子に乗って遠くまで来過ぎたことに今更ながら気づき、自業自得と自分に言い聞かせつつ、道なき道を歩いて家路につく。
 戻ってくると買い付けた時の木箱にしっかりと収め、コレクションとして大事に保管した。
「他の用途も探せばありそうだし、いい品物が手に入ったモンだ」
 これからも時々こっそり使う心算のようだ。




 木箱は眠る。
 自分の新たな持ち主のもとで。
 それぞれの木箱が主のもとで新たな時を刻み、新たな珍事を招くのはまた別のお話。


 勿論、取り扱いにはくれぐれもご注意を。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5484 / 内山・時雨 / 男性 / 20歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
ウゴドラクの牙、お買い上げありがとうございます。
指定のあったように、家についての詳細な内容には触れないようにしましたが、如何でしたでしょうか?
お気に召しましたなら幸いです。

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。