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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


月下の怪盗、現る!



 ――飽きもせず、よくもまぁしゃべり続けられるもんだ。
 ろくに話も聞かず、そんなことを考えていたら、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
 ハッと気がついた時にはもう、目の前の男がふるふると拳を震わせていた。
「草間探偵! 聞いているのか私の話を!」
「……いや、まぁ。申し訳ない、少しぼうっとしていたようだ」
 気まずさを隠すために胸元へ手をやっても、ポケットのシガーケースはすでに空。思わず上目遣いに彼を見るが、金持ちのくせにケチなこの男、どうやらタバコ1本すら恵んでくれそうにない。
 諦めて、口寂しさをため息に紛らわせつつ、草間武彦は話を再開する。


 草間は現在、目の前にいるこのブルドックのような小男と、依頼内容についての打ち合わせ中だ。わざわざ出向いてきた彼自慢の屋敷はなるほど広かったが、いかんせん成金趣味がすぎる。
 久々の、「金になりそうな」依頼だった。しかもこれを引き受ければ今月のガスと水道代がなんとか払える、ともなれば、草間だってそれなりに張り切るつもりではあったのだ、最初は。
 しかし、こうも延々と愚痴と自慢ばかり続けられては、草間のなけなしのやる気など、すぐに底をつくというもの。

「で。俺の仕事は」
「だから、さっきから何度も何度も言っているではないか! 『怪盗ムーンリット』を捕まえろ! あいつは、あいつは……こんな、こんな予告状まで、ワシの元に送りつけてきたのだぞ!」
「……これも何度も言いますがね、俺はしがない興信所の探偵なんですよ。物捕帳は警察に任せたらどうです」
「警察なんぞ、ワシの家に入れられるか! 何をかぎつけられるか分からんではないか!」
 言いたいことは山ほどあったが、フリでもここは同意しておかねば面倒だ。そうでしたそうでした、と意味も無く大仰に頷きつつ、草間は再びテーブルの上のカードに視線を落とす。

 オ ツ キ サ マ ー
 頂 キ ニ マ イ ル
        怪盗ムーンリット

「この『オツキサマー』ってのは何なんでしょうかね。お月さま……か?」
「ああ! わが愛娘の夏緒には、隠れているように厳重に言っておかねば。……いや、ひょっとして怪盗の狙いは娘か?! か、可能性はある! あやつはワシに似てあんなに可愛いのだから!」
「そりゃあ大変不幸な……ああいや、響さん。他にも何か『月』にちなんだ宝物をお持ちで?」
「あ、ああ。『ムーン・プリンセス』というダイヤモンドが金庫の中にある。あの大きさ、カットの繊細さ、あれほどのすばらしい宝石を持つのは世界でもワシぐらいだろうて! ……アレはワシの物だ、見せんからな」
「はぁ……」
「それから……そうだな、怪盗が指定してきた日に花開くはずの、世界でも珍しい花がある。紫のバラだぞ紫の! これもまた、苦労して金を積んだ!」
「指定してきた日というのは?」
「もうじき中秋の名月だろう! その日だ!」

 なるほど、どこまでも『月』にこだわる怪盗らしい。
 ――宝石か、花か? 狙いはどちらだ?
「娘が狙われている! あああ、ワシはどうしたらいいんだ! あんな可愛い娘、狙われないわけがない!」
「……はいはい分かりました。娘さんも警備対象に入れておきますよ」





◇起◇シュラインとクミノ


「……なるほど、概要は分かった」
 部屋の中央、一つきりのソファに座っているのはササキビ・クミノだ。大きく身体をそらし、足まで組んで、一見埋もれそうにも見えるソファにしっかと座ってみせている。
 ちなみに、その対面に座るシュライン・エマは、部屋の片隅にあった四足椅子を持ち出して座っている。その背後で立ったまま紫煙をくゆらせている草間武彦は、別に座る場所がないわけではなく――何のことはない、壁際にしか換気扇がないからだ。
 重々しく頷いてみせるクミノに、シュラインもそうね、と同調する。そうして二人に事情を説明していた草間は、ようやくそこで言葉を切り――わずかの逡巡の末、短くなった煙草を携帯灰皿へと突っ込んだ。
「くそっ、なんでこの部屋には灰皿すらないんだ?」
「吸い過ぎよ、武彦さん」
「……分かってる、シュライン」


 待機用として、草間たち一行に与えられた小部屋。おそらく物置部屋か何かなのだろう、ごてごてと装飾過多な家具が、所狭しと積み上げられている。
 どうやら依頼人である響大吾郎は、必要のないもてなしはしない主義らしい。面会した応接間は早々に追い出され、余っているはずの他の部屋には通してもくれなかった。
 狭いこの部屋では、集まった面々が一同に会することも出来なかった。そこで挨拶もそこそこに、他のメンバーは屋敷内の見回りを始めている。
 ちなみに、この屋敷――響邸は、近所でも有名な豪邸だった。その豪華さもさることながら、何しろ屋敷の外見が「天守閣」を模しているのだ。
 周囲に石垣まではないものの、3階建て超の高さに瓦屋根、おまけにその上で反り返るしゃちほこ――対面の時に大吾郎にその点を自慢された時には、これはこれは、今晩の満月がきっと映えますね、としか草間は言えなかった。
 成金趣味、威圧的でおまけに非協力的とくれば――草間はため息をつくのを止められない。

 
「全く、俺はまともな仕事がしたいよ……」
「ぼやかないの、武彦さん。今回のこの依頼のおかげで、ガス代が払えるんだから」
「水道代もな」
「情けないな、草間。怪奇探偵の名が泣くぞ」
「そんなもの、泣いたって別に構わないがな」

 肩を落とす草間に、クミノは目を伏せ、クッと静かに笑う。
 そして瞬き、――つ、とシュラインに視線を流した。
 外見年齢に似合わぬ、大人びた仕草。シュラインは思わず背筋を伸ばす。
「シュラインさん。あなたとはまた、共に仕事がしたいと思っていました」
「……ええ。顔を合わせるのはこれで何度目かしらね」
 そこでクミノは言葉を切り、わずかに小首を傾げた。高く結った髪が、さらりと可愛らしく揺れる。
「一度、貴方とは勝負がしたかったのです。どうです? 今回は一つ、私と勝負と行きませんか」
 ――草間氏の前で。
 そうしてクミノは、シュラインを見つめながらにっこりと笑ってみせた。




◇承◇シュラインと日和


 ――怪盗ムーンリット。
 この名が世間を騒がせるようになったのは、ここ最近だ。
 出現はここ半年で10回近く、その全てが天気のよい晩だったという。そして今晩も天気予報は晴れを告げている。
 また、その手口は派手で鮮やか、それでいて後に証拠は全く残さない。そのお陰で、警察も随分と手を焼いているという噂だった。

 外からの襲撃にそなえ、日が落ちた今では屋敷の門の前に草間が立ち、周囲に目を光らせているはずだ。
 しかし、そこは警察と違い、人手の足りない民間の零細企業のすること。――今頃彼は、携帯を握り締めつつ怪しい影が近づいてこないかキョロキョロとしていることだろう。
「いいんだよ、俺たちは少数精鋭だ。お宝の前で犯人を捕まえるのが本当の狙いだからな」と草間は言っていたが、さてどこまでが彼の本気だっただろうか。



「……怪盗ムーンリットは『マジシャン』か、もしくはそれに傾倒した人物ではないか、という推測が、警察ではなされているようです。というのも、スモークですとか、トランプカードといった、いわゆるステージで使われる小道具が、実際の犯行で使われているらしくて」
「マジシャン、か……それとも、いわゆる『怪盗』を気取ってるのかもしれないわね」

 ――ここは「天守閣」の一室。
 シュライン・エマと初瀬日和は、依頼人の愛娘、夏緒の部屋を訪れていた。
 共に、怪盗の狙いが娘ではないかと推測したからだ。何はともあれ、直接部屋に赴き彼女を警備するのが一番と、ここへやってきていたのだった。
「だけど日和ちゃん、すごく詳しいのね。情報は多い方がいいし、助かるわ」
「ここに来る前に、出来る範囲で調べておいた方がいいかなと思ったんです。それで少し」
「私も武彦さんも、依頼人の対応でそっちには手が回らなかったのよ。うんうん、やっぱり日和ちゃんは気が回るわね。頼りになる」
「いえ……お役に立てて嬉しいです。今回の事件の解決、がんばりましょうね、シュラインさん」
「ええ、頑張りましょうね!」

 盛り上がる二人。――と、そこで場違いなほど高い声が響き渡る。
「何二人で盛り上がってるのー。なつお、つまらないんだけど!」
 声をあげたのは、部屋の中央、ふかふかのクッションに埋もれるようにして、ちょこんと座っていた女の子――響夏緒、だった。
 御年、7歳。
 高く結われた栗色の髪。可愛らしく頬をぷぅと膨らませ、シュラインと日和を睨んでいる。
「ああ、ごめんなさい夏緒ちゃん。そういうつもりじゃなかったのよ」
「もっと遊んでよー、なつお、退屈しちゃった〜」
 癇癪を起こし始める少女を構いながら、二人はこっそり顔を見合わせる。
 その顔は共に苦笑していて――お互い、「こんなに若いとは思わなかったわね」と目で語り合っていた。
 
 
     ■□■


 夜半を過ぎても、少女はいっこうにベッドへ潜ろうとしない。きゃらきゃらと笑いながら、部屋中を駆け回る。着せ替え人形にままごとに――少女に付き合って遊んでいるうちに、二人がへとへとになる始末だった。
 子供というのは、どうしてこんなにもバイタリティがあるのだろう。共に疲れて、少し休憩をいただきたい。「ねぇ、もっと遊ぼうよ!」との誘いに、すぐには返事出来なかったほどだ。
 と。
「あ、それなーに!」
 少女の目線の先――二人が目線を追ったその先。
 日和の肩元に、白いイヅナが顔をひょこりと覗かせていた。夏緒に指をさされているのが分かったのか、イヅナはチチチ、と鳴いてみせる。
「……白露? どうしてここに」
「あら。それ、日和ちゃんの使役の……」
「あ、いえ、この子は私のではなくて」

 説明しようとした日和の言葉は、途端に夏緒に遮られる。
「かわいー! ねぇ、触らせて!」
 すたすたと寄ってきた夏緒は、むんずとイヅナを掴みあげる。
 幼い子供のこと、その掴む力に容赦はない。二人が止める間もなく、イヅナは途端にぐりぐりといじられている。
「おもしろーい! この子、なんていう動物? あはは、ふかふかしてる!」
「……だ、大丈夫かしら。えっと、アレって」
「あの子、本当は悠宇くんのイヅナなんです。白露っていうんですけど……え、えっと、一応あやかしですから、多分大丈夫だと、思うんです……けど」
 ひそひそと囁きあう二人。日和にいたっては、ごめんね白露、と付け足す事も忘れない。

「白露がここに来てるってことは、悠宇くんが少し心配してるのかも。……おいで、末葉」
 日和はくるりと後ろを向き、夏緒に背を向けた。そうしてスカートのポケットから銀のピルケースを取り出す。
 そこから顔を覗かせたのは、今夏緒の手の中にいるあやかしと、一見同じ姿かたちをしているもの。
「末葉。悠宇くんのところへ行ってあげて。……私は大丈夫って伝えて。それから悠宇くんを助けてあげてね」
 日和の言葉に、チチ、と鳴いたイヅナは、すぐにフッと姿を消した。
「……行った?」
「ええ」
 シュラインの言葉にうなずき、再び日和は前を向いた――が、白露を握り締めたまま、嬉しそうにぱたぱたと部屋を駆け回る夏緒に、どうしたものかと表情を曇らせる。
「わーい! ね、あなた、私のペットにしてあげる! ね、今日から仲良しよ!」
「ど、どうしましょう、シュラインさん」
「夏緒ちゃん、随分はしゃいでるわね。……しょうがないわ、少しだけ様子を見ましょう」
「で、でも」
「大丈夫よ、子供のことだもの。すぐに飽きるわ。それに人になれてるあやかしだもの、危害を加えることもないでしょうし。子供には勝てないってこと、つくづく分かったわ」
「……ごめんね白露、あとでちゃんと助けてあげるからね」


 床にぺたんと座り込む二人。しばらくは、はしゃぐ夏緒を目で追うばかりだった。
 と、シュラインが「ね、日和ちゃん」とささやきかける。
「私ね、今回の依頼……夏緒ちゃんのお母さんが何か関係してるんじゃないかって思ってたの」
「お母様が?」
「さっき武彦さんに話を聞いた時それは杞憂だって分かったけど……夏緒ちゃんね、お母さんを亡くしてるんですって」
「そうなんですか……」
「だから、私たちが来て……あんなにはしゃいでるのかもしれないわね」
 二人の視線の先で、夏緒はきゃらきゃらと笑い、それははしゃいで手の中のイヅナと戯れている。
「それから、実は……」
「実は?」

 と、そこでシュラインは苦笑した。
「今となっては、これこそ考えすぎだったけど……実はね、夏緒ちゃんが今回の犯人となんらかの結びつきがあるんじゃないか、だなんて思ってたのよ」
「……共犯、ということですか?」
「可能性には全て備えておくのが、私のやり方だから。……例えば夏緒ちゃんが、犯人と一緒にこの屋敷を出ることを目的としたら」
「駆け落ちとか、ってことですか?」
「そう。もしそうだったら、今日でなく翌日こっそり抜け出したりすることの方が心配だったんだけど」

 ――そう、警備対象がこの少女だったとするならば、その心配は全てが杞憂と化すだろう。
 何しろ彼女は、年端も行かない幼い少女なのだから。
 ――だけど、胸騒ぎが収まらないのはなぜかしら?

 
 シュラインは静かに目を閉じ、耳を済ませてみる。
 夏緒から発せられる、音の『波動』――心音や呼吸音、それに足音――それらが少しだけ、浮ついているように思える。そう、まるで何かを期待して、胸躍らせているかのような。
 ――期待?
 シュラインは自分の考えにハッとする。
 まさか夏緒は、何かを待っているのでは……?
 


 
 その時。
 上の階からドン、と強い爆発音が響いてきた。天井からぱらぱらと埃が落ちる。屋敷全体が振動していた。
「何? 上でなにかあったの?!」
「上の階には、金庫が……!」
 突然の出来事に、シュラインと日和は共に天井に目を向け、身を緊張させる。
 
 ――だから、対応が一瞬遅れた。
「……夏緒ちゃん!」
 ぱっと白露を放り出した夏緒が、二人の傍らを駆け抜けていった。慌てて手を伸ばすがもう間に合わない。
 地の利を生かし、夏緒はすぐに廊下を曲がって見えなくなってしまった。
「追いかけなきゃ!」
「白露、おいで!」
 急きたてるかのように、再び上階では爆発音が鳴り響く。
 ハッと我に返った二人は慌てて部屋を飛び出した。そして肩に白露を乗せた日和はもちろん、夏緒の駆け去った左へと。そしてシュラインは――
「日和ちゃんは、夏緒ちゃんを追いかけて!」
「シュラインさん、どこへ!」
「武彦さんに応援を頼むわ、お願いね!」
 シュラインは廊下を右へ折れた。パンプスの音を響かせ、シュラインは迷いなく廊下を疾走する。
 一瞬迷った日和だったが、一つ頷いた後、彼女もまた身をひるがえした。



◇転◇シュライン VS クミノ


 ――違う方向から走り出た二人が、屋敷の庭で出くわしたのは、偶然がもたらした出来事。
 ぶつかる寸前、二人はその場に立ち止まりハッと息を飲む。
 その自失から先に抜け出したのは、クミノが先だった。
「……先手必勝です!」
「ちょ、ちょっとクミノちゃん!」
 手の中に自動小銃を『召喚』したクミノは、すかさずそれをシュラインに向け発砲する。最初の銃弾が反れたと見て取ったら、間髪入れず2発目、3発目を撃ち放つ。
 ターン、ターン、と、乾いた音が重なり、闇夜に響き渡っていく。
「どうしたの?! 同士討ちなんてしてる場合じゃないでしょう!」
「問答無用です、ご覚悟を!」
 だがシュラインも、そこはいくつもの事件を裏側を駆け抜けてきたつわものだ、弾の軌道をすんでのところでかわし続け、クミノの様子を伺い続ける。様子をうかがい、耳をすまして、その息遣いを探ろうとする。
 その心音を測ろうとする。

 ――いえ、違うわ。『私が』かわしてるんじゃない、『クミノちゃんが』外してくれてるんだわ。
 
 だったら。だからこそ。
 クミノの狙いが分からない。
 かわせるか否か、そのギリギリのライン。そこを狙って、クミノは銃を放ち続ける。
 弾が切れたらその銃に弾を込め直すなど、面倒な事はしない。次から次へと銃を『召喚』し続け、シュラインを翻弄し続けた。
 銃から立ち上る硝煙の煙が、クミノの周囲を取り囲むかのようにして立ち上っていく。
「おい、二人とも! 何やってんだ!」
「……武彦さん!」
 銃撃を聞きつけ、門の向こうから草間が二人の方へと駆けてきた。そのわずかな足音を聞きつけ、シュラインが背後に気を取られる。
「……隙あり、です!」
 それを、クミノは見逃さなかった。
 銃を両手で構え、クミノはシュラインに銃を向ける。身を庇おうとしてシュラインは体勢を崩す。
 崩れ落ちるシュライン。二人の間に草間が分け入ろうとする、だがもう間に合わない――
 
 
 その時だった。
 

 ――その場にいた者誰もが、後にそれら一連の出来事を正確に言い連ねる事は出来なかっただろう。
 大きな鳥が羽ばたいたかのような音。破裂音。風の唸り。地面から立ち上るようにして宙を走った閃光。
 全てのことが一度に起こり、そうしてその後に――周囲は一面の白煙に覆われていた。

「な、なんだこれは!」
 途端に煙に覆われ、3人の姿はそれぞれは煙に埋没してしまう。
 ち、と舌打ちするクミノ。
「……どうして、こんな時に! あともう少しだったのに!」
「シュライン、どこだ!」
「武彦さん、そこ動かないで!」
 シュラインもまた、視界を奪われていたが――彼女はしかし、『聴覚』を奪われたわけではない。耳が聞こえる限り、彼女の超越した能力をもってすれば、誰がどの辺りにいるか手に取るようにして分かる。
「……形勢逆転、ね」
 クミノに、呟きは聞こえたのだろうか。ガタン、と何か重いものを地に取り落とした音がした。
 
 
 
 白煙はなおも立ち上り、ゴウという唸りをあげながら宙へと立ち上っていく。
 その行く末を見送った人々はそうして天を仰ぎ――やがてその頂点、天守閣の天辺にいる人影を、誰もが見た。
「……怪盗、ムーンリット……!」
 その呟きは、一体誰のものだっただろうか。
 
 彼が腕を一振りすると、途端に白煙は上昇をやめた。風に流れ、それは周囲へと広がっていく。
 やがてそれが次第に薄くなり、白い霧状になった時、天頂の彼はまた腕を振った。
 ――ぱりん、と何かが割れる音。
 
 

「……え、花?」
 天から降って来たのは花だった。花びら、ではなく、花の香り、でもない。
 手のひら大の白い花が、宙をくるくると回りながらあたり一面に降っていく。それも幾百、幾千も。
 花を輝かせるようにして、白煙までもがキラキラと輝き始めた。暗闇の中、氷砂糖を撒いたかのような輝き。
 その光景は雪にしては大きく、紙ふぶきにしては華麗すぎる。水辺を漂う睡蓮の様子にも似て、それは花がまるでワルツを踊っているようにも見えた。
「なんだこれ……」
 草間は手を伸ばし、花を手に取ろうとした。――が、その寸前で花は消えてしまう。
 かすかに指先に残ったのは、氷のかけらのような冷たい感触。
「これ……ホログラムだわ。それに、煙に微細の氷が混じって……ダイヤモンドダストね」
「なに? どういうことだ、シュライン」
 視界が覆われたまま、シュラインと草間は会話を交わす。煙の向こうで、クミノが息を飲んだ気配。
「この煙がスクリーンの役目を果たしてるのよ。どこかに光源があるんだと思うけど……そこからこの煙に向かって、花の映像を『映し出してる』みたい」
「……そうですか。先ほどから連続した『煙』は、これが狙いだったというのですね」
 クミノの呟きが聞こえる。
「な、なんでこんな大げさな事しでかしたんだ、あいつは。盗みが目的じゃないのか?」
「武彦さん」
 草間に呼びかけたシュラインは、天を仰いだまま続ける。
「怪盗はね、『マジシャン』なんですって。……随分と大掛かりなマジックじゃない」
 やられたわね、とシュラインは苦笑する。


 煙は風に流されていく。視界は徐々に晴れていき、3人の姿もまた、ぼんやりと浮かび上がっていく。
 やがて、何事もなかったかのように周囲は平穏さを取り戻した。夜空を見上げれば、そこは満点の星空だ。屋根の上にはもう、人影などない。
 草間にシュライン、そしてクミノは、戸惑ったように顔を見合わせ――そして、最初に我に返ったのはやはりクミノだった。
「……ご、ごめんなさい!」
「ちょ、ちょっとクミノちゃん?!」
 パッと頬を上記させ、意図不明な声をあげると、クミノはそのまま駆け去ってしまった。

 後に残された二人は呆然とするばかり。
「なんなのよ、もう……」
 怒るべきか嘆くべきか、それすらも分からなくて、シュラインはただ途方に暮れた。
 



◇結◇シュラインと悠宇



 そして。
 屋敷から立ち上った白煙をボヤとして119番通報された響邸は、そのまま警察に踏み込まれる事となってしまった。
 ひょっとしたら、結局捕まることなく姿を消した怪盗は、そこまで計算していたのかもしれない。

 そうして響氏は、屋敷内に溜め込んでいたいろいろなものを『発見されてしまった』らしい。
 事件翌日に、響氏の写真と名前が新聞紙面いっぱいに踊っていた。あれほど名声を欲しがっていた彼のことだ、さぞ喜んでいることだろう。とはいっても、彼自身は格子の向こうに収監されてしまったようで、恐らく新聞そのものを見ていないだろうが。
 だが、料金は前払いですべてもらっていた草間にとっては、それらは全てどうでもいいこと。参加のメンバーが全て無事に返ってきて、報酬もたんまりとあっては、これ以上望んだらバチが当たるというものだろう。

 世は並べて事なきかな。暑くもなく寒くもなく、雨も降らずにいい天気。
 ああ、今日もまた平和だ――
 
 
 
 ――そんな後日。
「へーっくしょん!」
 古びた興信所から、くしゃみの声が響く。
 窓の外で寝そべっていた猫が、驚きに飛び上がり、にゃーんと一声、逃げ去った。
「草間さん、うるさいってば」
「バカヤロウ、病人のいるとこに来る奴があるかよ、全く……は、ハクション!」
「ほらほら、武彦さん。寝てなきゃダメじゃない」


 この秋の夜、薄着のまま一晩外にいたのが効いたらしい。
 あの事件で、草間は風邪という全くありがたくない報酬までいただいてきてしまった。ここ数日寝込むばかりで全く仕事にならない。
 最も、そうでなくとも仕事は今現在全くないのだが。
「ああもう、俺にうつさないでくれよ? 大人しく寝てろって」
「ま、こればっかりは悠宇君の言う通りだわ。武彦さん、ほら布団に入って」
 シュライン・エマと、事件後の報告ついでに興信所を訪れていた羽角悠宇になだめられ、草間はぐずぐずと鼻を鳴らしながら布団にくるまる。

「全く、草間さんもとことんツイてないよなぁ。なんでそんな風邪ひいちまうんだか。……って」
 同情半分、からかい半分の目を草間に向けていた悠宇だったが、その視線をふとシュラインへと向ける。
「あれ? シュラインさん、その腕んとこ、どうしたの?」
「腕? ……ああ」
 シュラインの左の手首に、今は包帯が巻かれていた。悠宇の視線を受け、シュラインは苦笑してみせる。
「大した事ないんだけどね。ちょっとあの事件の時に、クミノちゃんとケンカしちゃって」
「……? ふーん」
「ケンカっていうのか、あれは。シュライン」
「いいのよ、武彦さん。……ふふ、実はね。さっきシオンさんから電話があったの」
「シオンのやつが? 何言って来たんだ」
 いまいち正体不明のシオン・レ・ハイのことを、草間は少し警戒しているらしい。わずかに眉間を曇らせた草間に、シュラインは笑いかけてみせる。
「あのね。……私と武彦さんに妬いてたんですって」
「は?」
「だからね。クミノちゃん、武彦さんに憧れてるでしょう? ……それで、武彦さんと仲のよかった私が悔しかったんですって」
「……って、シオンが言ってたのか」
「ええ、そう」
「……それで、なんでお前はそんなに上機嫌になってんだ?」
「あら、分からない? 武彦さん」
「分かるか」
「あ、なんだよ草間さん。俺にだって分かるぜそんなの」
「そうよねー、悠宇君」
 頷きあう二人をよそに、首をかしげる草間。ついでにくしゃみも一つ。

「やっぱり、男性は優しさね。女心を分かってくれるし」
「まーね。俺は誰より日和のこと理解してるって自信あるし」
「あら、ご馳走様」
「シュラインさんは大変だよなぁ。毎日毎日、こんな草間さんの相手ばっかりじゃ」
「うるさいぞ、羽角。さっさとどこかへ行っちまえ」
 ふて腐れたような草間のダミ声も、悠宇は意に介した様子はない。
「もうすぐ日和がここに来るんだ。ここで待ち合わせなんだけど、それまで待っててもいいよな、シュラインさん」
「ええ、もちろん」
「おい、ここは俺の事務所だぞ」
「そういえばさ、俺のイヅナが……あ、白露ってんだけど。この前の事件以来なんかぐったりしてんだよなぁ。なぁシュラインさん、こういうあやかしってさ、何か食べさせたら元気になったりすんのかな」
「あら、この子大丈夫だった? あらあら、まだ疲れてるのかしら」
「おい! 所長の俺を無視するな! ……へ、へ、へくしょん!!」





 そして、後日。
 シュラインの元へ、一つの小包が届いた。差出人は、響夏緒。

「パパはつかまってしまったけれど、わたしはこれでよかったとおもってます。
だって、パパはわるいことをしたんだもの。
あなたや、ほかのひとが止めてくれたおかげです。ありがとう。いちおう、おれいはいっておきます


なつお

ついしん またあそんでね」


 たどたどしい字で書かれた手紙と共に、夏緒からの贈り物がそこには入っていた。






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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【0086/シュライン・エマ/しゅらいん・えま/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524/初瀬日和/はつせ・ひより/女/16歳/高校生】
【3525/羽角悠宇/はすみ・ゆう/男/16歳/高校生】
【5745/加藤忍/かとう・しのぶ/男/25歳/泥棒】
【1166/ササキビ・クミノ/ささきび・クミノ/女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【3356/シオン・レ・ハイ/しおん・れ・はい/男/42歳/紳士きどりの内職人+高校生?+α】

(受注順)


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          ライター通信           
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こんにちは、つなみりょうです。今回はご発注下さり、誠にありがとうございました。
さて、大変お待たせしてすみませんでした。今回のお話をお届けいたします。
少しでもご期待に添えていればよいのですが。

今回は主に(OP&)起、承、転、結の4パートに分かれています。
もちろん、最初から最後まで、それぞれのPCさまが主人公の独立した話なのですが、今回他の参加者様のお話も「同時進行」という形で時間が流れています。
合わせて他の方の作品を読んでいただけると、他の場所で何が起こっていたのかが分かって楽しいかもしれません。

あと、OPの謎かけの答えですが……「オ付summer」で夏緒が狙い、というのが正解でした。
みなさまの正答率の高さにびっくりしました……簡単すぎたでしょうか?(笑)
それから、次の文も「頂に参る」……ということで、「頂上に行く」という意味の二重がけがしてありました。こちらはオマケのような伏線のような、ぐらいの意味合いだったのですが、それにもツッコミを入れられてた方がいてびっくりです。
(正解者の方にはちょっとしたアイテムが夏緒さんから贈られました、おめでとうございます


シュラインさん、今回もありがとうございます〜
毎度鋭いプレイング、ありがとうございます。『イタダキニマイル』の方に触れていたのはシュラインさんだけでした。さすがです。ああそう、あと依頼人とのやりとりのことで草間氏を労わっていたのもシュラインさんだけでした(笑)
そんな優しいところもシュラインさんらしいかな、と。
あと、今回クミノさんとの絡みで少しハードな展開もご用意させていただいたのですが……これも「ライバル心」と「やきもち」がちょっと行き過ぎちゃった……ぐらいに思っていただけると……嬉しいのですが。
お二人の相関を(ライバル→友人)拝見して、こんな話を思いついてしまいました。クミノさんには罪はありませんので、今後はぜひ仲良くしていただけると(というか、これが機になっていっそう仲良くなっていただけるともっと)嬉しいです。



私事ではありますが、今回の納品をもちまして、テラでの納品が100作品を突破しました。活動期間からするとあまり多い方ではないと思うのですが、これを機に心機一転(?)気持ちを引き締めなおしつつ、今後もまだまだ活動して行こうかと思います。
見かけた際は、またぜひご一緒して下さいませ! どうぞよろしくお願いいたします〜

ではでは、つなみりょうでした。