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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


月下の怪盗、現る!



 ――飽きもせず、よくもまぁしゃべり続けられるもんだ。
 ろくに話も聞かず、そんなことを考えていたら、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
 ハッと気がついた時にはもう、目の前の男がふるふると拳を震わせていた。
「草間探偵! 聞いているのか私の話を!」
「……いや、まぁ。申し訳ない、少しぼうっとしていたようだ」
 気まずさを隠すために胸元へ手をやっても、ポケットのシガーケースはすでに空。思わず上目遣いに彼を見るが、金持ちのくせにケチなこの男、どうやらタバコ1本すら恵んでくれそうにない。
 諦めて、口寂しさをため息に紛らわせつつ、草間武彦は話を再開する。


 草間は現在、目の前にいるこのブルドックのような小男と、依頼内容についての打ち合わせ中だ。わざわざ出向いてきた彼自慢の屋敷はなるほど広かったが、いかんせん成金趣味がすぎる。
 久々の、「金になりそうな」依頼だった。しかもこれを引き受ければ今月のガスと水道代がなんとか払える、ともなれば、草間だってそれなりに張り切るつもりではあったのだ、最初は。
 しかし、こうも延々と愚痴と自慢ばかり続けられては、草間のなけなしのやる気など、すぐに底をつくというもの。

「で。俺の仕事は」
「だから、さっきから何度も何度も言っているではないか! 『怪盗ムーンリット』を捕まえろ! あいつは、あいつは……こんな、こんな予告状まで、ワシの元に送りつけてきたのだぞ!」
「……これも何度も言いますがね、俺はしがない興信所の探偵なんですよ。物捕帳は警察に任せたらどうです」
「警察なんぞ、ワシの家に入れられるか! 何をかぎつけられるか分からんではないか!」
 言いたいことは山ほどあったが、フリでもここは同意しておかねば面倒だ。そうでしたそうでした、と意味も無く大仰に頷きつつ、草間は再びテーブルの上のカードに視線を落とす。

 オ ツ キ サ マ ー
 頂 キ ニ マ イ ル
        怪盗ムーンリット

「この『オツキサマー』ってのは何なんでしょうかね。お月さま……か?」
「ああ! わが愛娘の夏緒には、隠れているように厳重に言っておかねば。……いや、ひょっとして怪盗の狙いは娘か?! か、可能性はある! あやつはワシに似てあんなに可愛いのだから!」
「そりゃあ大変不幸な……ああいや、響さん。他にも何か『月』にちなんだ宝物をお持ちで?」
「あ、ああ。『ムーン・プリンセス』というダイヤモンドが金庫の中にある。あの大きさ、カットの繊細さ、あれほどのすばらしい宝石を持つのは世界でもワシぐらいだろうて! ……アレはワシの物だ、見せんからな」
「はぁ……」
「それから……そうだな、怪盗が指定してきた日に花開くはずの、世界でも珍しい花がある。紫のバラだぞ紫の! これもまた、苦労して金を積んだ!」
「指定してきた日というのは?」
「もうじき中秋の名月だろう! その日だ!」

 なるほど、どこまでも『月』にこだわる怪盗らしい。
 ――宝石か、花か? 狙いはどちらだ?
「娘が狙われている! あああ、ワシはどうしたらいいんだ! あんな可愛い娘、狙われないわけがない!」
「……はいはい分かりました。娘さんも警備対象に入れておきますよ」





◇起◇忍とシオン


「そ〜うですか、忍さんも今回呼ばれて。あ、私もなんですけどねぇ」
「ああ、シオンさんも。今回の犯人は怪盗だそうですね。……一体どのような罠を仕掛けてくるでしょうか。シオンさんはどうお考えですか?」
「ええ。そんなことより、『しのぶ』と『しおん』って似てると思いませんか? ええ、そっくりです。いや〜これも縁ですね、忍さんよろしくヨロシク。あ、これ名刺です名刺、お仕事常時募集中」
「……はぁ」
 加藤忍とシオン・レ・ハイは、肩を並べて屋敷の廊下を歩いていた。
 傍らの窓の向こうは、日の沈みつつある夕暮れ時だ。屋敷内もまた、並ぶ大きな窓から茜色の光が差込み、一抹の寂しさを演出している。
 加藤とシオンは打ち合わせ部屋から出、警備対象のある部屋へと向かいながら――その実、時間が大層余っていて、集合時間までどうしたらよいものか、歩きながら忍は悩んでいた――廊下を延々と歩き続けていた。


 どうやら依頼人である響大吾郎は、必要のないもてなしはしない主義らしい。草間が依頼人と面会した応接間へは、他のメンバーは招き入れられる事もなく、余っているはずの他の部屋には通してもくれなかった。
 そうして打ち合わせ用として与えられたのは、狭い倉庫のような一室。あれでは、集まった面々が一同に会することも出来ない。
 ということで、挨拶もそこそこに、草間他数人以外のメンバーは、屋敷内の見回りを始めることになったのだ。
 ちなみに、この屋敷――響邸は、近所でも有名な豪邸だった。その豪華さもさることながら、何しろ屋敷の外見が「天守閣」を模しているからだ。
 周囲に石垣まではないものの、3階建て超の高さに瓦屋根、おまけにその上で反り返るしゃちほこ――対面の時に大吾郎にその点を自慢された時には、これはこれは、今晩の満月がきっと映えますね、としか草間は言えなかったらしい。
 成金趣味、威圧的でおまけに非協力的とくれば――彼でなくとも、ため息をつかずにはいられなかっただろう。



「そういえば、ご存知ですかシオンさん。……怪盗ムーンリットは、『マジシャン』か、もしくはそれに傾倒した人物ではないか、といわれているそうですよ。なんでもスモークだとか、トランプカードといった、いわゆるステージで使われる小道具が、実際の犯行で使われているらしくて」
「ああ、奇術ですね! ええ、ええ、私もマジック出来ますよ。忍さん、知ってます? 知ってます? こう、手の中の赤いハンカチが、わん、つー、すりー! で黄色くなるんです。あ、今やって見せましょうかえーっと」
「……あ、いえ。今は結構ですから」
 どうも会話がかみ合わないな、と忍は首を傾げる。
 と、窓の外に視線が行った。
「……?」
「どうかしましたか、忍さんー?」
「……いえ、ちょっと」
 ちなみに二人が今いるのは3階だ。「天守閣」の頂上階とも言える。かといって別に展望台があるわけではないが。
 加藤が目にしたのは眼下の一角だ。屋敷の庭、片隅に据えられている――温室だろうか? そこできらりと光った何か。
「……ふーん?」
「なんですか、なんですか? おもしろいものでも見つけました?」
「そうですね……おもしろいものがある……かもしれません」
 あとで行ってみる価値はあるようです。
 そんなことを呟きながら、さて、と忍はレオンに向き直った。
「そろそろ時間です。私はダイヤモンドの警備室へと行きますが……シオンさんはどうされます?」
「私ですか? 私はもうちょっとここにいます。ここ、他の建物よりも高くていろんな景色が見えておもしろいですからね! 私にピッタリです!」
「……?」
「忍さん、知ってます? 『バカと煙は高いところが好き』って。それ、私の座椅子の姪です!」
 大柄な身体いっぱいを使い、誇らしそうに胸を張るシオンに、忍は少し目を丸くして――数瞬の後に、「ああ、『座右の銘』と言いたかったのか」と納得する。
 ――でもあれって、そんな嬉しそうに語るほどの褒め言葉だったかな? ……嬉しそうだからいいのか。




◇承◇忍とクミノ


 ――怪盗ムーンリット。
 この名が世間を騒がせるようになったのは、ここ最近だ。
 出現はここ半年で10回近く、その全てが天気のよい晩だったという。そして今晩も天気予報は晴れを告げている。
 また、その手口は派手で鮮やか、それでいて後に証拠は全く残さない。そのお陰で、警察も随分と手を焼いているという噂だった。

 外からの襲撃にそなえ、日が落ちた今では屋敷の門の前に草間が立ち、周囲に目を光らせているはずだ。
 しかし、そこは警察と違い、人手の足りない民間の零細企業のすること。――今頃彼は、携帯を握り締めつつ怪しい影が近づいてこないかキョロキョロとしていることだろう。
「いいんだよ、俺たちは少数精鋭だ。お宝の前で犯人を捕まえるのが本当の狙いだからな」と草間は言っていたが、さてどこまでが彼の本気だっただろうか。



「防犯カメラ、赤外線センサー、熱感知システム。どれか一つでも異常を察知すれば、ただちに私設ボディーガード軍団が駆けつけてくるようになっておる。どうかね! 警備は万全だ、これで怪盗ムーンリットとやらも、犯行は不可能だろう!」
 『ムーン・プリンセス』が収められた金庫室。
 その扉の前には今、ササキビ・クミノと加藤忍、そして響大吾郎がいた。
 逆に言えば、この家具一つないがらんとした広い部屋に、その3人以外誰もいないというのは少し危ないのではないか。クミノなどはそう助言したが、結局のところ、大吾郎はやはり誰の話にも耳を貸さないらしい。
 そして、あくまで警察には頼らないつもりのようだ。いかに『私設ボディーガード軍団』が優秀かを、大吾郎は滔々と語り続け、そうして自信の根拠の程を、全て事実の3割増で話し終えた大吾郎は、最後のおまけとばかりに大口を開けて高笑いをした。
 だが、冷めた目つきのままのクミノや興味がないと言った様子の忍に鼻白んだのか、すぐに口をつぐんでしまった。そしてちっ、と下品な舌打ちを一つ。
「金庫番が、小娘に若造の二人とはな。結局草間とかいう探偵も大したことはなさそうだな」
「……貴様ッ」
「クミノさん」
 怒りに任せ、歩み寄ろうとしたところを、クミノは忍に留められる。
 その肩に置かれた手のぬくもりで、クミノは我に返った。
「……すみません」
「いいえ」
 忍は穏やかな物腰のまま、ただ一つ頷いてみせた。



     ■□■



 犯行予告は、確かに今日を指定していたらしい。
 だが、時刻までは分からない。犯人が訪れるのを、こちらはただひたすら待つしかないのだ。
 
 じりじりと流れていく時間。大吾郎は落ち着きなく、部屋の周囲を徘徊している。
 その姿を見やりつつ、背をあわせ立っていたクミノと忍だったが、ふとクミノが口をひらく。
「忍さん、と言いましたね。……今回の犯人、何が目的だと思いますか」
「……あなたは?」
「私は娘の夏緒さんだと思っています」
 きっぱりとクミノは言い切った。そうして忍もまた、その言葉に頷く。
「私もそう思っています」
「目的が字義通りであるなら、予告犯罪に利点などあるわけがありませんから。……警察の介入は無かった、だから草間興信所へ依頼が為された。そうして草間は依頼を受け、私たちがこうして警備に赴いた。この現況を見越したからこその、あの予告状ではないかと思いませんか?」
 クミノは後ろを振り向き、そして視線を上へ向け、忍を見やった。
 忍は応えないまま、視線をやって続きを促す。
「だから……当初、ひょっとしたら娘に箔を付ける為の大吾郎氏の自演か、それとも娘さんの駆け落ち予告か何かではないか、と私は疑ったのです。しかし……」
「しかし?」

 そこで、くくっ、とこらえきれなくなったように、クミノは笑った。
「聞きましたか。夏緒さんは、まだ年端も行かない女の子だそうですよ。今年小学校にあがったばかりだとか」
「……それはそれは」
 彼女もまた、外見だけは愛らしい女の子だ。だがその姿に似合わない大人びた仕草で、肩をすくめてみせる。
「だから、少なくともあの予告状は、夏緒さんが書いたものではない。私はそう思っています」
「そうですね。その年では、あの内容は書けないでしょうから」
「ということで、私の思惑は全て白紙となってしまいました。だから、あなたの計画をお聞かせいただけませんか」
 クミノの言葉に、ああ、そういうことですか、と忍は笑った。
「……なぜ笑うのですか」
「最初から、そういえばいいのに。随分と回りくどいなと思いまして」
「……放っておいて下さい」
 クミノは忍から視線を外し、再び向こうへと向いてしまう。
「どんな形であれ、あの親子の関係や周辺に特に気を配り、問題を無化する事を目指せばよいのです。……どちらにせよ草間の評判を落とさぬ様、早く解決しなければ……!」
 どこか思いつめたような、それでいて独り言めいたクミノのつぶやき。

 風の音に、窓がわずかに音を立てた。反射的にそちらに視線を向けてしまう二人だったが、何事もなかったのを確認してすぐに視線を金庫へと戻す。
 そうして、今度口を開いたのは、忍からだった。
「ご存知ですか? 泥棒というのは、入るより出る方が難しいのですよ」
「……なるほど」
「さきほど屋敷内を見て回りましたが、特に問題のありそうな箇所はなかったと思います。……いや、だからこそ、どこから来ると断定し切れない、というのが正確なところでしょうか。それに我々は、この屋敷の広さに対して、あまりにも人数が少なすぎる。これではどうにもなりません」
「……しかし、それでは」
「だからこそ。私たちは相手の出方を待った方がいい気がします。……準備は整いました。あとは相手に振り回されないよう、常に平常心を保っているのが何より」
「……納得です。勉強になりました」
「あとは……そう、味方の慢心に気をつけろ、といったところでしょうか」

 意味ありげに言葉を濁し、忍はつと首をめぐらし、視線をずらした。
 その視線の先にあったのは、『ムーン・プリンセス』が収められているはずの金庫。
「たとえばあの金庫。あの程度でしたら、私ならすぐに破れますね」
「……そうなんですか? どうやって」
「方法はいろいろです。蛇の道はヘビ、というでしょう」
 軽く驚いたクミノに、忍はまた笑ってみせた。



 
 その時。
 いきなり何かが部屋の中央で破裂した。強い閃光と白煙。ひるんだすきに2度、3度とそれは繰り返され、たちまち部屋は白煙で埋め尽くされてしまう。
 床が揺れる。強い振動に真っ直ぐ立っていられない。
「何事だ、これは!」
「怪盗か?! 誰か捕まえろ、早く!」


 破裂音はすぐに収まっていった。立ち込める白煙に催涙効果も懸念したが、これは単なる目くらましだけだったようだ。
 うすぼんやりとお互いの姿が見えるようになった頃、ようやく我に返ったらしき大吾郎が怒鳴り散らす。
「はやく、早く金庫の中を確認しろ!」

 ――だが。
 開けられた金庫の中にはすでにダイヤモンドの姿はなかった。
「やられた! 早く行け、お前ら行け!! 怪盗を捕まえろ!」
 言われるまでもない。煙が完全に晴れるのを待つまでもなく、二人は部屋から姿を消していた。
 
 


◇転◇加藤とシオン



「……なんであなたがここにいるんですか?」
「うーん、さっき同じような事を悠宇さんにも言われました」
「でしょうね。同じような事をしてたんでしたら」

 屋敷の喧騒をよそに、シオンと忍は庭に建てられた温室へと来ていた。
 忍はとある目的を持って、シオンは――ただ、なんとなく。
 ふらふらと音のある方へ歩いてきたところ、たまたま忍に出くわし、そのまま付いて来てしまったのだ。
「シオンさんは何か『嗅ぎつける』能力があるのかもしれませんね」
「お褒めに預かり恐縮です」
「いや、それ多分『貧乏性』って世間で言うやつですよ」
「ああ、やっぱり? 私もそれはうすうすと感じていました」
 建物は未だ、何かの破裂音と共に不気味に揺れている。怪盗は何を狙っているのだろうか? 大吾郎をまんまと出し抜いてみせた今では、もうここに留まる理由などないはずだ。
 ――いや、ひょっとして、理由は他にある?
「……まぁ、もう私には関係ありませんが」
「あれ、忍さんどこへ行かれるんですか?」
「温室の奥ですよ、奥」
 忍は迷いのない足取りで、温室をずんずんと進んでいく。
 緑の葉を生い茂らせた鉢植えが隙間なく並ぶ室内。垂れる葉の大きさはさまざまで、「かきわけていく」という形容詞がぴったりだ。それらは羊歯のようだったり、熱帯のものだったり――さまざまな形状をした植物の間を潜り抜け、忍は進んでいく。そしてその後ろをシオンがぴったりと付く。
「何がこの奥にあるか、分かっているんですか? 忍さん」
「ええ……私の推測が正しければ、恐らく先ほど見たものは……」
 


 その時だった。
 
 ――その場にいた者誰もが、後にそれら一連の出来事を正確に言い連ねる事は出来なかっただろう。
 大きな鳥が羽ばたいたかのような音。破裂音。風の唸り。地面から立ち上るようにして宙を走った閃光。
 全てのことが一度に起こり、そうしてその後に――周囲は一面の白煙に覆われていた。


 温室を覆っていたビニールシートが、一瞬にしてめくれ上がる。
 忍とシオンは慌てて顔を腕で覆った。視界をも奪われる風の強さ。立っていられず、二人はその場に膝を折る。
 鉢植えが倒れ、割れる音。悲惨な音を立て、植物たちが無残にあおられ、葉を切られ、その幹を折られていく。
「な、なんなんですか忍さーん!」
「分かりません、また怪盗が何かをやったんじゃないかとしか……!」


 
 白煙はなおも立ち上り、ゴウという唸りをあげながら宙へと立ち上っていく。
 その行く末を見送った人々はそうして天を仰ぎ――やがてその頂点、天守閣の天辺にいる人影を、誰もが見た。
「……怪盗、ムーンリット……!」
 その呟きは、一体誰のものだっただろうか。
 
 彼が腕を一振りすると、途端に白煙は上昇をやめた。風に流れ、それは周囲へと広がっていく。
 やがてそれが次第に薄くなり、白い霧状になった時、天頂の彼はまた腕を振った。
 ――ぱりん、と何かが割れる音。


「……え、花?」
 天から降って来たのは花だった。花びら、ではなく、花の香り、でもない。
 手のひら大の白い花が、宙をくるくると回りながらあたり一面に降っていく。それも幾百、幾千も。
 花を輝かせるようにして、白煙までもがキラキラと輝き始めた。暗闇の中、氷砂糖を撒いたかのような輝き。
 その光景は雪にしては大きく、紙ふぶきにしては華麗すぎる。水辺を漂う睡蓮の様子にも似て、それは花がまるでワルツを踊っているようにも見えた。
「なんですかこれ……」
 シオンは手を伸ばし、花を手に取ろうとした。――が、その寸前で花は消えてしまう。
 かすかに指先に残ったのは、氷のかけらのような冷たい感触。
「……ホログラム、それに……雪、いや氷かな。風に混じってる」
「え? なんと言いました忍さん」
「この霧状になった煙が、スクリーンの役目を果たしているようです。ほら、煙が薄くなるにつれ、花の姿もおぼろになっている。……どこかに光源があるんでしょう、そこからこの煙に向かって、花の映像を映し出しているんです」
 ――なるほど。先ほどから連続した『煙』は、この光景を作り出すことが狙いだったのか。
 『同業者』として、忍は心の内で賛辞を送った。

 忍は盗人だ。その行動は常に、決して目立たないことを旨とする。
 だが、怪盗ムーンリットのように、逆に華々しく目だって見せることもまた、立派な作戦のうちのひとつ。
 その見かけの華々しさに人は目を取られ、その影に隠れた真意にまで意識が回らない。
「……では、彼に負けてはいられません。私も早いところ一仕事終えるとしましょう」
「え、一仕事ですか? それは大変です、お手伝いしましょう」
「ありがとうございます、シオンさん。……ああ、お礼にこれを差し上げますよ」


 忍にぽん、と放られたのは、――手のひら大のダイヤモンドだった。
 シオンが目を丸くする前で、それはピンク色のまばゆい輝きを放ってみせる。
「こ、これ……『ムーン・プリンセス』ではないですか!」
「違いますよ」
「え、だってだってコレ」
 慌てふためくシオンに、忍は振り向き笑って見せた。
「確かに、それは先ほどまで私たちが警備していた宝石です。しかし……それはニセモノなんですよ。ただのガラスの塊だ」
「ど、どうしたんですかこれ、コレ!」
「ああ、騒ぎに乗じてちょっと拝借を、ね」
「えええ?!」
 ムンクの叫びにも似た形相で驚き続けたシオンだったが、最後の最後でじゃあ、と尋ねる。
「ニセモノということは、私が心置きなくもらってもよいということですね!」
「……ええ、そうだと思いますよ。私もそれには興味がないですし」


 ひゃっほー、と声をあげてはしゃぎまわるシオンをよそに、忍はまた奥へと歩みを進めていく。
 そしてそこにあったのは――今回のターゲット、紫のバラ。
「ようやく見つけました。……こんなところにあったんですね」
 花は小さな鉢に植えられ、そして厳重にケースに入れられていた。お陰で、先ほどの嵐にも傷一つついていない。
 鍵をなんなく解除し、忍は鉢を手に取る。そして一人、密やかに笑った。





◇結◇忍と日和




 そして。
 屋敷から立ち上った白煙をボヤとして119番通報された響邸は、そのまま警察に踏み込まれる事となってしまった。
 ひょっとしたら、結局捕まることなく姿を消した怪盗は、そこまで計算していたのかもしれない。

 そうして響氏は、屋敷内に溜め込んでいたいろいろなものを『発見されてしまった』らしい。
 事件翌日に、響氏の写真と名前が新聞紙面いっぱいに踊っていた。あれほど名声を欲しがっていた彼のことだ、さぞ喜んでいることだろう。とはいっても、彼自身は格子の向こうに収監されてしまったようで、恐らく新聞そのものを見ていないだろうが。
 だが、料金は前払いですべてもらっていた草間にとっては、それらは全てどうでもいいこと。参加のメンバーが全て無事に返ってきて、報酬もたんまりとあっては、これ以上望んだらバチが当たるというものだろう。

 世は並べて事なきかな。暑くもなく寒くもなく、雨も降らずにいい天気。
 ああ、今日もまた平和だ――
 
 
 
 ――そんな後日。
「日和さん」
 物陰から突然声をかけられて、初瀬日和は飛び上がるほど驚いた。が、振り向き、認めた姿が見知ったものだったので、ああ、と安堵の息を漏らす。
「こんにちは、忍さん」
「あの事件以来でしたが、お元気でしたか」
 今回の一件で顔をあわせた加藤忍が、にこやかな表情で立っていた。
 その腕に抱えていたのは鉢植え。その中央に小さな苗木が植わっている。一見したところ、そこから伸びるつるには花がついておらず、ただ棘のある様子から「バラかな?」と日和は判断する。


 なんとなくそのまま二人は肩を並べ、同じ歩調で歩き出した。
 時は休日の午後だ。暑くもなく寒くもない、人がよく「今が一番いい季節だ」という頃合。散歩もまた気分がいい。
「ひょっとして日和さん、響さんの御宅へ行かれていたんですか」
 問いかけられ、日和は驚きつつも素直に頷いた。
「ええ。……夏緒ちゃんが心配だったので」
「ああ、お父さんがあんなことになりましたからね」
「まだ幼い年頃ですし、だからちょっとだけ心配で……お屋敷に行ってみたんです。そうしたら親切な親戚の方がいらしたから、もう心配はなさそうでした。元気そうな夏緒ちゃんの顔も見れたし、私も安心しました」
「この前の依頼の時には、私は顔を合わせる機会がなかったのですが……どうやら随分と個性的なお嬢さんだったらしいですね」
 遠まわしな言い方に、日和は苦笑する。
「夏緒ちゃん、お嬢様らしくわがままいっぱいに育ったみたいで。この前は随分手を焼かされました……でも」
「でも?」
「好きな人に……とても素直なところは、ちょっと見習いたいな、と思って」


 見上げた空は随分と高く、点々と連なるいわし雲が、建ち並ぶ街並みの向こうまで続いていた。
 風は気持ちいいが、一週間前よりは確実に冷たい。「そろそろマフラー出してもいいでしょうか」「そうですね」などとたわいもない会話をしながら、二人は坂道を下っていく。
「ところで、どうして私が夏緒ちゃんのところへ行ったんだって、すぐ分かったんですか? 先ほどばったり会ったの、お屋敷の近くじゃなかったですよね」
「ああ、それは簡単ですよ。……行ってしまえば何のことはありませんが、私も実は先ほどまで屋敷にいたのです。その時にあなたの姿をお見受けしただけで」
「え? そうだったんですか?」
「まあ、私の場合はこっそりとあのお屋敷にお邪魔してたんですが」
 驚きに目を丸くする日和を見やり、穏やかに忍は笑った。
「……何をしていたのか聞きたい、といった表情ですね」
「あ、いえ、別に」
 即座に頬に朱を散らす日和に、ぷ、と忍はふき出す。
「冗談です。……ああ、日和さんをからかったことが知れたら、悠宇さんに怒られてしまうな」
「もう、これ以上からかわないでください」
「すみません。ではお詫びに、私もお話しますよ」


 忍は抱えていた鉢植えを軽く示してみせた。
「これ、響邸にあった『幻の紫のバラ』の苗木です。前回の時は成木しか持って帰れなかったものですから……今日こっそりと、その『子供』もいただいてきたのですよ。ほとぼりが冷めるのを待っていたのですが……ようやくこれで、『紫のバラ』に関するものは全て、あの方のところへお届け出来ます」
「え? えっと……その、忍さん?」
「『勝手に盗ってはいけないだろう』と?」
 言いたいことを先回りされ、日和はこくんと頷くばかり。
「ええまぁ、でも私は盗人ですから。……というのはまぁ開き直りですね」
 苦笑して見せてから、ふと忍は遠くを見つめた。――その先に、ここではないどこかを見ていた。
「実はこれ、とある人からの依頼品なんです。『私が精魂込めて作り上げた紫のバラを、完全に取り戻して下さい』とね」


 ――その園芸職人は、紫のバラを作り上げることに、生涯をかけていた。
 何十年という時間と、そして何度やったか数え切れないほどの品種改良――その末、ようやく作り上げた、紫のバラ「かもしれない」苗木。
 あともう少しで花が開く、後もう少しで自分の人生の結果が示される――だがその直前、花は盗まれてしまった。職人は、それはそれは落胆した。
 そして、忍の元に依頼が来たのだ。「どうか、あの花を取り戻してはくれまいか」と。

 遠い目をしたまま、忍はその場に立ち止まる。
「私が今回、依頼に参加したのは、何よりその依頼があったからなんですよ」
「……その方、よろこんでましたか?」
「ええ。私がその人の下へ花を持っていったのは、もう花が開いた後でしたからね。『咲く瞬間が見られなかったことだけは残念だったけど』なんて言ってましたけど」

 ――だけど、花がこの手に帰って来たことだけで嬉しい。
 ――ああ、こんなにも鮮やかに、紫色に花を開かせて。
 ――この目で確かめられたんだ、これほど嬉しい事はあろうか。ありがとう、忍君。ありがとう……。



「……忍さん」
「ああいけない、長話につき合わせてしまいました」
 我に返った忍は、日和を促しつつ再び歩き出した。
 出来る限り早足で、しかし日和にも決して早過ぎることのない、紳士たる速度で。
「さあ、草間さんのところへ急ぎましょう。実は私も草間さんの所へ届けものがあるんですよ。……全く、草間さんへの預かり物は、どれもこれもいわくがありすぎて、ちょっと困りものです」
「私も、実は悠宇くんと待ち合わせしてるんです、草間さんのところで。早く行かなきゃ、今頃悠宇くん待ちくたびれてるかも」
「では日和さん、急ぎましょうか」
「そうしましょう、忍さん」






 そして、後日。
 忍の元へ、一つの小包が届いた。差出人は、響夏緒。

「はじめまして。このまえのとき、あなたもいえに来てくれたのよね、ありがとう。

パパはつかまってしまったけれど、わたしはこれでよかったとおもってます。
だって、パパはわるいことをしたんだもの。
あなたや、ほかのひとが止めてくれたおかげです。ありがとう。いちおう、おれいはいっておきます


なつお」


 たどたどしい字で書かれた手紙と共に、夏緒からの贈り物がそこには入っていた。





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【0086/シュライン・エマ/しゅらいん・えま/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524/初瀬日和/はつせ・ひより/女/16歳/高校生】
【3525/羽角悠宇/はすみ・ゆう/男/16歳/高校生】
【5745/加藤忍/かとう・しのぶ/男/25歳/泥棒】
【1166/ササキビ・クミノ/ささきび・クミノ/女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【3356/シオン・レ・ハイ/しおん・れ・はい/男/42歳/紳士きどりの内職人+高校生?+α】

(受注順)


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          ライター通信           
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こんにちは、つなみりょうです。今回はご発注下さり、誠にありがとうございました。
さて、大変お待たせしてすみませんでした。今回のお話をお届けいたします。
少しでもご期待に添えていればよいのですが。

今回は主に(OP&)起、承、転、結の4パートに分かれています。
もちろん、最初から最後まで、それぞれのPCさまが主人公の独立した話なのですが、今回他の参加者様のお話も「同時進行」という形で時間が流れています。
合わせて他の方の作品を読んでいただけると、他の場所で何が起こっていたのかが分かって楽しいかもしれません。

あと、OPの謎かけの答えですが……「オ付summer」で夏緒が狙い、というのが正解でした。
みなさまの正答率の高さにびっくりしました……簡単すぎたでしょうか?(笑)
それから、次の文も「頂に参る」……ということで、「頂上に行く」という意味の二重がけがしてありました。こちらはオマケのような伏線のような、ぐらいの意味合いだったのですが、それにもツッコミを入れられてた方がいてびっくりです
(正解者の方にはちょっとしたアイテムが夏緒さんから贈られました、おめでとうございます)


忍さん初めまして! 今回はお目にとめていただき、ありがとうございました。お会いできて嬉しいです。
今回の納品はいかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけてれば何よりです。
さて、プレイングがズバリ的中だったのは見事でした。理由も完璧で、思わず参りましたと平伏したくなったほどです(笑)あと、「盗む側」からの視点が新鮮でした。そうですよね、入より出の方が難しいですよね。今回、その辺りを作品作りにも生かさせてもらったつもりですが、さていかがでしたでしょうか?


私事ではありますが、今回の納品をもちまして、テラでの納品が100作品を突破しました。活動期間からするとあまり多い方ではないと思うのですが、これを機に心機一転(?)気持ちを引き締めなおしつつ、今後もまだまだ活動して行こうかと思います。
見かけた際は、またぜひご一緒して下さいませ! どうぞよろしくお願いいたします〜

ではでは、つなみりょうでした。