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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


月下の怪盗、現る!



 ――飽きもせず、よくもまぁしゃべり続けられるもんだ。
 ろくに話も聞かず、そんなことを考えていたら、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
 ハッと気がついた時にはもう、目の前の男がふるふると拳を震わせていた。
「草間探偵! 聞いているのか私の話を!」
「……いや、まぁ。申し訳ない、少しぼうっとしていたようだ」
 気まずさを隠すために胸元へ手をやっても、ポケットのシガーケースはすでに空。思わず上目遣いに彼を見るが、金持ちのくせにケチなこの男、どうやらタバコ1本すら恵んでくれそうにない。
 諦めて、口寂しさをため息に紛らわせつつ、草間武彦は話を再開する。


 草間は現在、目の前にいるこのブルドックのような小男と、依頼内容についての打ち合わせ中だ。わざわざ出向いてきた彼自慢の屋敷はなるほど広かったが、いかんせん成金趣味がすぎる。
 久々の、「金になりそうな」依頼だった。しかもこれを引き受ければ今月のガスと水道代がなんとか払える、ともなれば、草間だってそれなりに張り切るつもりではあったのだ、最初は。
 しかし、こうも延々と愚痴と自慢ばかり続けられては、草間のなけなしのやる気など、すぐに底をつくというもの。

「で。俺の仕事は」
「だから、さっきから何度も何度も言っているではないか! 『怪盗ムーンリット』を捕まえろ! あいつは、あいつは……こんな、こんな予告状まで、ワシの元に送りつけてきたのだぞ!」
「……これも何度も言いますがね、俺はしがない興信所の探偵なんですよ。物捕帳は警察に任せたらどうです」
「警察なんぞ、ワシの家に入れられるか! 何をかぎつけられるか分からんではないか!」
 言いたいことは山ほどあったが、フリでもここは同意しておかねば面倒だ。そうでしたそうでした、と意味も無く大仰に頷きつつ、草間は再びテーブルの上のカードに視線を落とす。

 オ ツ キ サ マ ー
 頂 キ ニ マ イ ル
        怪盗ムーンリット

「この『オツキサマー』ってのは何なんでしょうかね。お月さま……か?」
「ああ! わが愛娘の夏緒には、隠れているように厳重に言っておかねば。……いや、ひょっとして怪盗の狙いは娘か?! か、可能性はある! あやつはワシに似てあんなに可愛いのだから!」
「そりゃあ大変不幸な……ああいや、響さん。他にも何か『月』にちなんだ宝物をお持ちで?」
「あ、ああ。『ムーン・プリンセス』というダイヤモンドが金庫の中にある。あの大きさ、カットの繊細さ、あれほどのすばらしい宝石を持つのは世界でもワシぐらいだろうて! ……アレはワシの物だ、見せんからな」
「はぁ……」
「それから……そうだな、怪盗が指定してきた日に花開くはずの、世界でも珍しい花がある。紫のバラだぞ紫の! これもまた、苦労して金を積んだ!」
「指定してきた日というのは?」
「もうじき中秋の名月だろう! その日だ!」

 なるほど、どこまでも『月』にこだわる怪盗らしい。
 ――宝石か、花か? 狙いはどちらだ?
「娘が狙われている! あああ、ワシはどうしたらいいんだ! あんな可愛い娘、狙われないわけがない!」
「……はいはい分かりました。娘さんも警備対象に入れておきますよ」





◇起◇シュラインとクミノ


「……なるほど、概要は分かった」
 部屋の中央、一つきりのソファに座っているのはササキビ・クミノだ。大きく身体をそらし、足まで組んで、一見埋もれそうにも見えるソファにしっかと座ってみせている。
 ちなみに、その対面に座るシュライン・エマは、部屋の片隅にあった四足椅子を持ち出して座っている。その背後で立ったまま紫煙をくゆらせている草間武彦は、別に座る場所がないわけではなく――何のことはない、壁際にしか換気扇がないからだ。
 重々しく頷いてみせるクミノに、シュラインもそうね、と同調する。そうして二人に事情を説明していた草間は、ようやくそこで言葉を切り――わずかの逡巡の末、短くなった煙草を携帯灰皿へと突っ込んだ。
「くそっ、なんでこの部屋には灰皿すらないんだ?」
「吸い過ぎよ、武彦さん」
「……分かってる、シュライン」


 待機用として、草間たち一行に与えられた小部屋。おそらく物置部屋か何かなのだろう、ごてごてと装飾過多な家具が、所狭しと積み上げられている。
 どうやら依頼人である響大吾郎は、必要のないもてなしはしない主義らしい。面会した応接間は早々に追い出され、余っているはずの他の部屋には通してもくれなかった。
 狭いこの部屋では、集まった面々が一同に会することも出来なかった。そこで挨拶もそこそこに、他のメンバーは屋敷内の見回りを始めている。
 ちなみに、この屋敷――響邸は、近所でも有名な豪邸だった。その豪華さもさることながら、何しろ屋敷の外見が「天守閣」を模しているのだ。
 周囲に石垣まではないものの、3階建て超の高さに瓦屋根、おまけにその上で反り返るしゃちほこ――対面の時に大吾郎にその点を自慢された時には、これはこれは、今晩の満月がきっと映えますね、としか草間は言えなかった。
 成金趣味、威圧的でおまけに非協力的とくれば――草間はため息をつくのを止められない。

 
「全く、俺はまともな仕事がしたいよ……」
「ぼやかないの、武彦さん。今回のこの依頼のおかげで、ガス代が払えるんだから」
「水道代もな」
「情けないな、草間。怪奇探偵の名が泣くぞ」
「そんなもの、泣いたって別に構わないがな」

 肩を落とす草間に、クミノは目を伏せ、クッと静かに笑う。
 そして瞬き、――つ、とシュラインに視線を流した。
 外見年齢に似合わぬ、大人びた仕草。シュラインは思わず背筋を伸ばす。
「シュラインさん。あなたとはまた、共に仕事がしたいと思っていました」
「……ええ。顔を合わせるのはこれで何度目かしらね」
 そこでクミノは言葉を切り、わずかに小首を傾げた。高く結った髪が、さらりと可愛らしく揺れる。
「一度、貴方とは勝負がしたかったのです。どうです? 今回は一つ、私と勝負と行きませんか」
 ――草間氏の前で。
 そうしてクミノは、シュラインを見つめながらにっこりと笑ってみせた。




◇承◇忍とクミノ


 ――怪盗ムーンリット。
 この名が世間を騒がせるようになったのは、ここ最近だ。
 出現はここ半年で10回近く、その全てが天気のよい晩だったという。そして今晩も天気予報は晴れを告げている。
 また、その手口は派手で鮮やか、それでいて後に証拠は全く残さない。そのお陰で、警察も随分と手を焼いているという噂だった。

 外からの襲撃にそなえ、日が落ちた今では屋敷の門の前に草間が立ち、周囲に目を光らせているはずだ。
 しかし、そこは警察と違い、人手の足りない民間の零細企業のすること。――今頃彼は、携帯を握り締めつつ怪しい影が近づいてこないかキョロキョロとしていることだろう。
「いいんだよ、俺たちは少数精鋭だ。お宝の前で犯人を捕まえるのが本当の狙いだからな」と草間は言っていたが、さてどこまでが彼の本気だっただろうか。



「防犯カメラ、赤外線センサー、熱感知システム。どれか一つでも異常を察知すれば、ただちに私設ボディーガード軍団が駆けつけてくるようになっておる。どうかね! 警備は万全だ、これで怪盗ムーンリットとやらも、犯行は不可能だろう!」
 『ムーン・プリンセス』が収められた金庫室。
 その扉の前には今、ササキビ・クミノと加藤忍、そして響大吾郎がいた。
 逆に言えば、この家具一つないがらんとした広い部屋に、その3人以外誰もいないというのは少し危ないのではないか。クミノなどはそう助言したが、結局のところ、大吾郎はやはり誰の話にも耳を貸さないらしい。
 そして、あくまで警察には頼らないつもりのようだ。いかに『私設ボディーガード軍団』が優秀かを、大吾郎は滔々と語り続け、そうして自信の根拠の程を、全て事実の3割増で話し終えた大吾郎は、最後のおまけとばかりに大口を開けて高笑いをした。
 だが、冷めた目つきのままのクミノや興味がないと言った様子の忍に鼻白んだのか、すぐに口をつぐんでしまった。そしてちっ、と下品な舌打ちを一つ。
「金庫番が、小娘に若造の二人とはな。結局草間とかいう探偵も大したことはなさそうだな」
「……貴様ッ」
「クミノさん」
 怒りに任せ、歩み寄ろうとしたところを、クミノは忍に留められる。
 その肩に置かれた手のぬくもりで、クミノは我に返った。
「……すみません」
「いいえ」
 忍は穏やかな物腰のまま、ただ一つ頷いてみせた。



     ■□■



 犯行予告は、確かに今日を指定していたらしい。
 だが、時刻までは分からない。犯人が訪れるのを、こちらはただひたすら待つしかないのだ。
 
 じりじりと流れていく時間。大吾郎は落ち着きなく、部屋の周囲を徘徊している。
 その姿を見やりつつ、背をあわせ立っていたクミノと忍だったが、ふとクミノが口をひらく。
「忍さん、と言いましたね。……今回の犯人、何が目的だと思いますか」
「……あなたは?」
「私は娘の夏緒さんだと思っています」
 きっぱりとクミノは言い切った。そうして忍もまた、その言葉に頷く。
「私もそう思っています」
「目的が字義通りであるなら、予告犯罪に利点などあるわけがありませんから。……警察の介入は無かった、だから草間興信所へ依頼が為された。そうして草間は依頼を受け、私たちがこうして警備に赴いた。この現況を見越したからこその、あの予告状ではないかと思いませんか?」
 クミノは後ろを振り向き、そして視線を上へ向け、忍を見やった。
 忍は応えないまま、視線をやって続きを促す。
「だから……当初、ひょっとしたら娘に箔を付ける為の大吾郎氏の自演か、それとも娘さんの駆け落ち予告か何かではないか、と私は疑ったのです。しかし……」
「しかし?」

 そこで、くくっ、とこらえきれなくなったように、クミノは笑った。
「聞きましたか。夏緒さんは、まだ年端も行かない女の子だそうですよ。今年小学校にあがったばかりだとか」
「……それはそれは」
 彼女もまた、外見だけは愛らしい女の子だ。だがその姿に似合わない大人びた仕草で、肩をすくめてみせる。
「だから、少なくともあの予告状は、夏緒さんが書いたものではない。私はそう思っています」
「そうですね。その年では、あの内容は書けないでしょうから」
「ということで、私の思惑は全て白紙となってしまいました。だから、あなたの計画をお聞かせいただけませんか」
 クミノの言葉に、ああ、そういうことですか、と忍は笑った。
「……なぜ笑うのですか」
「最初から、そういえばいいのに。随分と回りくどいなと思いまして」
「……放っておいて下さい」
 クミノは忍から視線を外し、再び向こうへと向いてしまう。
「どんな形であれ、あの親子の関係や周辺に特に気を配り、問題を無化する事を目指せばよいのです。……どちらにせよ草間の評判を落とさぬ様、早く解決しなければ……!」
 どこか思いつめたような、それでいて独り言めいたクミノのつぶやき。

 風の音に、窓がわずかに音を立てた。反射的にそちらに視線を向けてしまう二人だったが、何事もなかったのを確認してすぐに視線を金庫へと戻す。
 そうして、今度口を開いたのは、忍からだった。
「ご存知ですか? 泥棒というのは、入るより出る方が難しいのですよ」
「……なるほど」
「さきほど屋敷内を見て回りましたが、特に問題のありそうな箇所はなかったと思います。……いや、だからこそ、どこから来ると断定し切れない、というのが正確なところでしょうか。それに我々は、この屋敷の広さに対して、あまりにも人数が少なすぎる。これではどうにもなりません」
「……しかし、それでは」
「だからこそ。私たちは相手の出方を待った方がいい気がします。……準備は整いました。あとは相手に振り回されないよう、常に平常心を保っているのが何より」
「……納得です。勉強になりました」
「あとは……そう、味方の慢心に気をつけろ、といったところでしょうか」

 意味ありげに言葉を濁し、忍はつと首をめぐらし、視線をずらした。
 その視線の先にあったのは、『ムーン・プリンセス』が収められているはずの金庫。
「たとえばあの金庫。あの程度でしたら、私ならすぐに破れますね」
「……そうなんですか? どうやって」
「方法はいろいろです。蛇の道はヘビ、というでしょう」
 軽く驚いたクミノに、忍はまた笑ってみせた。



 
 その時。
 いきなり何かが部屋の中央で破裂した。強い閃光と白煙。ひるんだすきに2度、3度とそれは繰り返され、たちまち部屋は白煙で埋め尽くされてしまう。
 床が揺れる。強い振動に真っ直ぐ立っていられない。
「何事だ、これは!」
「怪盗か?! 誰か捕まえろ、早く!」


 破裂音はすぐに収まっていった。立ち込める白煙に催涙効果も懸念したが、これは単なる目くらましだけだったようだ。
 うすぼんやりとお互いの姿が見えるようになった頃、ようやく我に返ったらしき大吾郎が怒鳴り散らす。
「はやく、早く金庫の中を確認しろ!」

 ――だが。
 開けられた金庫の中にはすでにダイヤモンドの姿はなかった。
「やられた! 早く行け、お前ら行け!! 怪盗を捕まえろ!」
 言われるまでもない。煙が完全に晴れるのを待つまでもなく、二人は部屋から姿を消していた。
 
 


◇転◇シュライン VS クミノ


 ――違う方向から走り出た二人が、屋敷の庭で出くわしたのは、偶然がもたらした出来事。
 ぶつかる寸前、二人はその場に立ち止まりハッと息を飲む。
 その自失から先に抜け出したのは、クミノが先だった。
「……先手必勝です!」
「ちょ、ちょっとクミノちゃん!」
 手の中に自動小銃を『召喚』したクミノは、すかさずそれをシュラインに向け発砲する。最初の銃弾が反れたと見て取ったら、間髪入れず2発目、3発目を撃ち放つ。
 ターン、ターン、と、乾いた音が重なり、闇夜に響き渡っていく。
「どうしたの?! 同士討ちなんてしてる場合じゃないでしょう!」
「問答無用です、ご覚悟を!」
 だがシュラインも、そこはいくつもの事件を裏側を駆け抜けてきたつわものだ、弾の軌道をすんでのところでかわし続け、クミノの様子を伺い続ける。様子をうかがい、耳をすまして、その息遣いを探ろうとする。
 その心音を測ろうとする。

 ――いえ、違うわ。『私が』かわしてるんじゃない、『クミノちゃんが』外してくれてるんだわ。
 
 だったら。だからこそ。
 クミノの狙いが分からない。
 かわせるか否か、そのギリギリのライン。そこを狙って、クミノは銃を放ち続ける。
 弾が切れたらその銃に弾を込め直すなど、面倒な事はしない。次から次へと銃を『召喚』し続け、シュラインを翻弄し続けた。
 銃から立ち上る硝煙の煙が、クミノの周囲を取り囲むかのようにして立ち上っていく。
「おい、二人とも! 何やってんだ!」
「……武彦さん!」
 銃撃を聞きつけ、門の向こうから草間が二人の方へと駆けてきた。そのわずかな足音を聞きつけ、シュラインが背後に気を取られる。
「……隙あり、です!」
 それを、クミノは見逃さなかった。
 銃を両手で構え、クミノはシュラインに銃を向ける。身を庇おうとしてシュラインは体勢を崩す。
 崩れ落ちるシュライン。二人の間に草間が分け入ろうとする、だがもう間に合わない――
 
 
 その時だった。
 

 ――その場にいた者誰もが、後にそれら一連の出来事を正確に言い連ねる事は出来なかっただろう。
 大きな鳥が羽ばたいたかのような音。破裂音。風の唸り。地面から立ち上るようにして宙を走った閃光。
 全てのことが一度に起こり、そうしてその後に――周囲は一面の白煙に覆われていた。

「な、なんだこれは!」
 途端に煙に覆われ、3人の姿はそれぞれは煙に埋没してしまう。
 ち、と舌打ちするクミノ。
「……どうして、こんな時に! あともう少しだったのに!」
「シュライン、どこだ!」
「武彦さん、そこ動かないで!」
 シュラインもまた、視界を奪われていたが――彼女はしかし、『聴覚』を奪われたわけではない。耳が聞こえる限り、彼女の超越した能力をもってすれば、誰がどの辺りにいるか手に取るようにして分かる。
「……形勢逆転、ね」
 クミノに、呟きは聞こえたのだろうか。ガタン、と何か重いものを地に取り落とした音がした。
 
 
 
 白煙はなおも立ち上り、ゴウという唸りをあげながら宙へと立ち上っていく。
 その行く末を見送った人々はそうして天を仰ぎ――やがてその頂点、天守閣の天辺にいる人影を、誰もが見た。
「……怪盗、ムーンリット……!」
 その呟きは、一体誰のものだっただろうか。
 
 彼が腕を一振りすると、途端に白煙は上昇をやめた。風に流れ、それは周囲へと広がっていく。
 やがてそれが次第に薄くなり、白い霧状になった時、天頂の彼はまた腕を振った。
 ――ぱりん、と何かが割れる音。
 
 

「……え、花?」
 天から降って来たのは花だった。花びら、ではなく、花の香り、でもない。
 手のひら大の白い花が、宙をくるくると回りながらあたり一面に降っていく。それも幾百、幾千も。
 花を輝かせるようにして、白煙までもがキラキラと輝き始めた。暗闇の中、氷砂糖を撒いたかのような輝き。
 その光景は雪にしては大きく、紙ふぶきにしては華麗すぎる。水辺を漂う睡蓮の様子にも似て、それは花がまるでワルツを踊っているようにも見えた。
「なんだこれ……」
 草間は手を伸ばし、花を手に取ろうとした。――が、その寸前で花は消えてしまう。
 かすかに指先に残ったのは、氷のかけらのような冷たい感触。
「これ……ホログラムだわ。それに、煙に微細の氷が混じって……ダイヤモンドダストね」
「なに? どういうことだ、シュライン」
 視界が覆われたまま、シュラインと草間は会話を交わす。煙の向こうで、クミノが息を飲んだ気配。
「この煙がスクリーンの役目を果たしてるのよ。どこかに光源があるんだと思うけど……そこからこの煙に向かって、花の映像を『映し出してる』みたい」
「……そうですか。先ほどから連続した『煙』は、これが狙いだったというのですね」
 クミノの呟きが聞こえる。
「な、なんでこんな大げさな事しでかしたんだ、あいつは。盗みが目的じゃないのか?」
「武彦さん」
 草間に呼びかけたシュラインは、天を仰いだまま続ける。
「怪盗はね、『マジシャン』なんですって。……随分と大掛かりなマジックじゃない」
 やられたわね、とシュラインは苦笑する。


 煙は風に流されていく。視界は徐々に晴れていき、3人の姿もまた、ぼんやりと浮かび上がっていく。
 やがて、何事もなかったかのように周囲は平穏さを取り戻した。夜空を見上げれば、そこは満点の星空だ。屋根の上にはもう、人影などない。
 草間にシュライン、そしてクミノは、戸惑ったように顔を見合わせ――そして、最初に我に返ったのはやはりクミノだった。
「……ご、ごめんなさい!」
「ちょ、ちょっとクミノちゃん?!」
 パッと頬を上記させ、意図不明な声をあげると、クミノはそのまま駆け去ってしまった。

 後に残された二人は呆然とするばかり。
「なんなのよ、もう……」
 怒るべきか嘆くべきか、それすらも分からなくて、シュラインはただ途方に暮れた。
 




◇結◇クミノとシオン



 そして。
 屋敷から立ち上った白煙をボヤとして119番通報された響邸は、そのまま警察に踏み込まれる事となってしまった。
 ひょっとしたら、結局捕まることなく姿を消した怪盗は、そこまで計算していたのかもしれない。

 そうして響氏は、屋敷内に溜め込んでいたいろいろなものを『発見されてしまった』らしい。
 事件翌日に、響氏の写真と名前が新聞紙面いっぱいに踊っていた。あれほど名声を欲しがっていた彼のことだ、さぞ喜んでいることだろう。とはいっても、彼自身は格子の向こうに収監されてしまったようで、恐らく新聞そのものを見ていないだろうが。
 だが、料金は前払いですべてもらっていた草間にとっては、それらは全てどうでもいいこと。参加のメンバーが全て無事に返ってきて、報酬もたんまりとあっては、これ以上望んだらバチが当たるというものだろう。


     ■□■ 
 

 シオンはもぞもぞと尻を動かした。どうも座り心地が悪い。
 右に重心をかけたらなおさら収まりが悪くなった気がして、シオンは左に重心をかけなおした。
 ――うーん、やっぱりおケツがもぞもぞします。
「何をしているんですか」
 目の前に座るササキビ・クミノに冷たく言い放たれて、いえいえいえ、とシオン・レ・ハイは恐縮して見せた。
 今、本当は気持ちよく昼寝してる時間なんですけどねぇ、なんでこんなことに、という心の叫びは、必死に内に留めておく。

 
 うららかな天気の下、市民公園のベンチにて。周りでは、赤ちゃん連れの新妻(らしき)がにこやかに談笑なんかしていたりして。
 そんな平和な光景の元、40男が小さな女の子に説教を食らっている図というのは、ある意味シュールかもしれない。
「聞いているんですか、シオンさん」
「さっきからずっとこうして聞いてるじゃないですか〜。というか、何であなたが怒っているのか私には未ださっぱり分からないです」
「そんなことどうでもいいじゃないですか!」
「ええええ!」
 全くもう、と頬を膨らませる仕草は、やはり年相応の女の子だ。だがヘタにクミノを怒らせたら、彼女から年相応「でない」反撃が飛んでくることをシオンは知っている。だから、理不尽な怒りをぶつけられても、身体をびくびくとすくませるばかり。
「……スミマセン」
「そんな風に上目遣いで私を見たって、あなたは可愛くありません」
「そんなぁ〜」
 情けなくよよよ、と崩れて見せたシオン。
 
 と。
 あ、そうだ、と表情をがらりと変えて、いそいそと何かの包みを取り出した。
「そういえば、クミノさんにってお預かりしてたものがあるのです」
「……私に、ですか?」
「ええ。先の事件の依頼人の娘さんから」
「……夏緒さん、ですか」

 茶色の包装紙に包まれたそれを、クミノはばりばりと破っていく。
 そして出ていたのは小箱と、手紙だった。箱を脇に置き、クミノは手紙を開く。



「はじめまして。このまえのとき、あなたもいえに来てくれたのよね、ありがとう。

パパはつかまってしまったけれど、わたしはこれでよかったとおもってます。
だって、パパはわるいことをしたんだもの。
あなたや、ほかのひとが止めてくれたおかげです。ありがとう。いちおう、おれいはいっておきます

なつお」



「……私は、依頼人の娘さんに、何かしてあげられたというのでしょうか」
 手紙に視線を落としたまま、クミノはぽつりと呟いた。
「私は……どうしてもあの人に認められたかったんです。だから、あの人と仲良くしているあの人に対して、どうしようもなく悔しくなってしまいました」

 ――うらやましかったんです。
 ぽつんと呟かれたその言葉は、ひょっとしたらシオンの空耳だったのかもしれない。

 遠くから聞こえる、子供たちのはしゃぐ声。
「結局、今回はわがままに振舞うばかりで……私は、誰かの役に立つことが出来たんでしょうか。少しだけ、自己嫌悪……しました」
「クミノさん」

 と。ずず、とクミノの前に進み出たは、その手を彼女の目の前で握ってみせ――その中からぽん、と一輪、花を出してみせた。
「…………なんですか?」
「はい、手品です。他にも出来ますよ〜、手の中の赤いハンカチがわん、つー、すりー! で黄色くなるんです。……えっと、出来るのはこの二つだけですけど」
「だから、なんですか?」
「はい、元気でましたか、クミノさん?」
 ああそうか、シオンは自分は元気付けようとしたのかと、今さらながらクミノは気がつき――気がついた後は、なんだか無性におかしくなった。
「そんなんじゃ、元気なんて出ません」
 笑顔を取り戻しながら、クミノは立ち上がった。ぱんぱん、とスカートをはたき、ぺこりと頭を下げてみせる。
「だけど、言うだけ言ったらすっきりしました。ありがとう、シオンさん、それじゃあ」
「え、クミノさん! あの、私には事情がまださっぱりつかめていないのですが」
「別につかまなくていいです。それじゃ」


 シオンの抗議も空しく、クミノは背筋をピンと伸ばし、凛とした姿勢でくるりと背を向ける。
 ―― 世は並べて事なきかな。暑くもなく寒くもなく、雨も降らずにいい天気。
 ああ、今日もまた平和だ――






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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【0086/シュライン・エマ/しゅらいん・えま/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524/初瀬日和/はつせ・ひより/女/16歳/高校生】
【3525/羽角悠宇/はすみ・ゆう/男/16歳/高校生】
【5745/加藤忍/かとう・しのぶ/男/25歳/泥棒】
【1166/ササキビ・クミノ/ささきび・クミノ/女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【3356/シオン・レ・ハイ/しおん・れ・はい/男/42歳/紳士きどりの内職人+高校生?+α】

(受注順)


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          ライター通信           
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こんにちは、つなみりょうです。今回はご発注下さり、誠にありがとうございました。
さて、大変お待たせしてすみませんでした。今回のお話をお届けいたします。
少しでもご期待に添えていればよいのですが。

今回は主に(OP&)起、承、転、結の4パートに分かれています。
もちろん、最初から最後まで、それぞれのPCさまが主人公の独立した話なのですが、今回他の参加者様のお話も「同時進行」という形で時間が流れています。
合わせて他の方の作品を読んでいただけると、他の場所で何が起こっていたのかが分かって楽しいかもしれません。

あと、OPの謎かけの答えですが……「オ付summer」で夏緒が狙い、というのが正解でした。
みなさまの正答率の高さにびっくりしました……簡単すぎたでしょうか?(笑)
それから、次の文も「頂に参る」……ということで、「頂上に行く」という意味の二重がけがしてありました。こちらはオマケのような伏線のような、ぐらいの意味合いだったのですが、それにもツッコミを入れられてた方がいてびっくりです。
(正解者の方にはちょっとしたアイテムが夏緒さんから贈られました、おめでとうございます)


クミノさん、初めまして。お会いできて嬉しいです。楽しんでいただけましたでしょうか? 不安でドキドキです(笑)
プレイングや過去の納品を拝見させていただきまして、クミノさんらしいクールな振る舞いと……あと今回、年相応といいますか、「女の子」っぽいところを少し描写させていただきました。楽しんでいただけてればいいのですが。
あと、今回シュラインさんとの絡みで、少しハードな展開もご用意させていただいたのですが……これも「ライバル心」と「やきもち」がちょっと行き過ぎちゃった……ぐらいに思っていただけると……嬉しいのですが。
お二人の相関を(ライバル→友人)拝見して、あと比較的納品の中でお会いしてる仲のようだなーと、それでこんな話を思いついてしまいました。シュラインさんとは、今後ともぜひ仲良くしていただけると(というか、これが機になっていっそう仲良くなっていただけるともっと)嬉しいです。



私事ではありますが、今回の納品をもちまして、テラでの納品が100作品を突破しました。活動期間からするとあまり多い方ではないと思うのですが、これを機に心機一転(?)気持ちを引き締めなおしつつ、今後もまだまだ活動して行こうかと思います。
見かけた際は、またぜひご一緒して下さいませ! どうぞよろしくお願いいたします〜

ではでは、つなみりょうでした。