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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


月下の怪盗、現る!



 ――飽きもせず、よくもまぁしゃべり続けられるもんだ。
 ろくに話も聞かず、そんなことを考えていたら、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
 ハッと気がついた時にはもう、目の前の男がふるふると拳を震わせていた。
「草間探偵! 聞いているのか私の話を!」
「……いや、まぁ。申し訳ない、少しぼうっとしていたようだ」
 気まずさを隠すために胸元へ手をやっても、ポケットのシガーケースはすでに空。思わず上目遣いに彼を見るが、金持ちのくせにケチなこの男、どうやらタバコ1本すら恵んでくれそうにない。
 諦めて、口寂しさをため息に紛らわせつつ、草間武彦は話を再開する。


 草間は現在、目の前にいるこのブルドックのような小男と、依頼内容についての打ち合わせ中だ。わざわざ出向いてきた彼自慢の屋敷はなるほど広かったが、いかんせん成金趣味がすぎる。
 久々の、「金になりそうな」依頼だった。しかもこれを引き受ければ今月のガスと水道代がなんとか払える、ともなれば、草間だってそれなりに張り切るつもりではあったのだ、最初は。
 しかし、こうも延々と愚痴と自慢ばかり続けられては、草間のなけなしのやる気など、すぐに底をつくというもの。

「で。俺の仕事は」
「だから、さっきから何度も何度も言っているではないか! 『怪盗ムーンリット』を捕まえろ! あいつは、あいつは……こんな、こんな予告状まで、ワシの元に送りつけてきたのだぞ!」
「……これも何度も言いますがね、俺はしがない興信所の探偵なんですよ。物捕帳は警察に任せたらどうです」
「警察なんぞ、ワシの家に入れられるか! 何をかぎつけられるか分からんではないか!」
 言いたいことは山ほどあったが、フリでもここは同意しておかねば面倒だ。そうでしたそうでした、と意味も無く大仰に頷きつつ、草間は再びテーブルの上のカードに視線を落とす。

 オ ツ キ サ マ ー
 頂 キ ニ マ イ ル
        怪盗ムーンリット

「この『オツキサマー』ってのは何なんでしょうかね。お月さま……か?」
「ああ! わが愛娘の夏緒には、隠れているように厳重に言っておかねば。……いや、ひょっとして怪盗の狙いは娘か?! か、可能性はある! あやつはワシに似てあんなに可愛いのだから!」
「そりゃあ大変不幸な……ああいや、響さん。他にも何か『月』にちなんだ宝物をお持ちで?」
「あ、ああ。『ムーン・プリンセス』というダイヤモンドが金庫の中にある。あの大きさ、カットの繊細さ、あれほどのすばらしい宝石を持つのは世界でもワシぐらいだろうて! ……アレはワシの物だ、見せんからな」
「はぁ……」
「それから……そうだな、怪盗が指定してきた日に花開くはずの、世界でも珍しい花がある。紫のバラだぞ紫の! これもまた、苦労して金を積んだ!」
「指定してきた日というのは?」
「もうじき中秋の名月だろう! その日だ!」

 なるほど、どこまでも『月』にこだわる怪盗らしい。
 ――宝石か、花か? 狙いはどちらだ?
「娘が狙われている! あああ、ワシはどうしたらいいんだ! あんな可愛い娘、狙われないわけがない!」
「……はいはい分かりました。娘さんも警備対象に入れておきますよ」





◇起◇忍とシオン


「そ〜うですか、忍さんも今回呼ばれて。あ、私もなんですけどねぇ」
「ああ、シオンさんも。今回の犯人は怪盗だそうですね。……一体どのような罠を仕掛けてくるでしょうか。シオンさんはどうお考えですか?」
「ええ。そんなことより、『しのぶ』と『しおん』って似てると思いませんか? ええ、そっくりです。いや〜これも縁ですね、忍さんよろしくヨロシク。あ、これ名刺です名刺、お仕事常時募集中」
「……はぁ」
 加藤忍とシオン・レ・ハイは、肩を並べて屋敷の廊下を歩いていた。
 傍らの窓の向こうは、日の沈みつつある夕暮れ時だ。屋敷内もまた、並ぶ大きな窓から茜色の光が差込み、一抹の寂しさを演出している。
 加藤とシオンは打ち合わせ部屋から出、警備対象のある部屋へと向かいながら――その実、時間が大層余っていて、集合時間までどうしたらよいものか、歩きながら忍は悩んでいた――廊下を延々と歩き続けていた。


 どうやら依頼人である響大吾郎は、必要のないもてなしはしない主義らしい。草間が依頼人と面会した応接間へは、他のメンバーは招き入れられる事もなく、余っているはずの他の部屋には通してもくれなかった。
 そうして打ち合わせ用として与えられたのは、狭い倉庫のような一室。あれでは、集まった面々が一同に会することも出来ない。
 ということで、挨拶もそこそこに、草間他数人以外のメンバーは、屋敷内の見回りを始めることになったのだ。
 ちなみに、この屋敷――響邸は、近所でも有名な豪邸だった。その豪華さもさることながら、何しろ屋敷の外見が「天守閣」を模しているからだ。
 周囲に石垣まではないものの、3階建て超の高さに瓦屋根、おまけにその上で反り返るしゃちほこ――対面の時に大吾郎にその点を自慢された時には、これはこれは、今晩の満月がきっと映えますね、としか草間は言えなかったらしい。
 成金趣味、威圧的でおまけに非協力的とくれば――彼でなくとも、ため息をつかずにはいられなかっただろう。



「そういえば、ご存知ですかシオンさん。……怪盗ムーンリットは、『マジシャン』か、もしくはそれに傾倒した人物ではないか、といわれているそうですよ。なんでもスモークだとか、トランプカードといった、いわゆるステージで使われる小道具が、実際の犯行で使われているらしくて」
「ああ、奇術ですね! ええ、ええ、私もマジック出来ますよ。忍さん、知ってます? 知ってます? こう、手の中の赤いハンカチが、わん、つー、すりー! で黄色くなるんです。あ、今やって見せましょうかえーっと」
「……あ、いえ。今は結構ですから」
 どうも会話がかみ合わないな、と忍は首を傾げる。
 と、窓の外に視線が行った。
「……?」
「どうかしましたか、忍さんー?」
「……いえ、ちょっと」
 ちなみに二人が今いるのは3階だ。「天守閣」の頂上階とも言える。かといって別に展望台があるわけではないが。
 加藤が目にしたのは眼下の一角だ。屋敷の庭、片隅に据えられている――温室だろうか? そこできらりと光った何か。
「……ふーん?」
「なんですか、なんですか? おもしろいものでも見つけました?」
「そうですね……おもしろいものがある……かもしれません」
 あとで行ってみる価値はあるようです。
 そんなことを呟きながら、さて、と忍はレオンに向き直った。
「そろそろ時間です。私はダイヤモンドの警備室へと行きますが……シオンさんはどうされます?」
「私ですか? 私はもうちょっとここにいます。ここ、他の建物よりも高くていろんな景色が見えておもしろいですからね! 私にピッタリです!」
「……?」
「忍さん、知ってます? 『バカと煙は高いところが好き』って。それ、私の座椅子の姪です!」
 大柄な身体いっぱいを使い、誇らしそうに胸を張るシオンに、忍は少し目を丸くして――数瞬の後に、「ああ、『座右の銘』と言いたかったのか」と納得する。
 ――でもあれって、そんな嬉しそうに語るほどの褒め言葉だったかな? ……嬉しそうだからいいのか。




◇承◇シオンと悠宇


 ――怪盗ムーンリット。
 この名が世間を騒がせるようになったのは、ここ最近だ。
 出現はここ半年で10回近く、その全てが天気のよい晩だったという。そして今晩も天気予報は晴れを告げている。
 また、その手口は派手で鮮やか、それでいて後に証拠は全く残さない。そのお陰で、警察も随分と手を焼いているという噂だった。

 外からの襲撃にそなえ、日が完全に落ちた今では、屋敷の門の前に草間が立ち、周囲に目を光らせているはずだ。
 しかし、そこは警察と違い、人手の足りない民間の零細企業のすること。――今頃彼は、携帯を握り締めつつ怪しい影が近づいてこないかキョロキョロとしていることだろう。
「いいんだよ、俺たちは少数精鋭だ。お宝の前で犯人を捕まえるのが本当の狙いだからな」と草間は言っていたが、さてどこまでが彼の本気だっただろうか。



「悠宇さん、どうですか一杯」
 勝手に入り込んだ茶室の一角。礼儀正しく正座をしたシオン・レ・ハイは、目の前であぐらをかく羽角悠宇に抹茶をすすめる。
 勧められた悠宇は、茶碗を持ち上げ、抹茶の匂いを眉をしかめつつ嗅ぎ、それを恐る恐るといった表情で口にした。
「……まずい」
「だめです悠宇さん。日本人たるもの、わびさびの心は常に持ち続けていなくては」
「なぁシオン、茶菓子ないの茶菓子」
「いやー、それが抹茶と茶道具一式しか押入れにはなかったんです。あ、ちなみに私は茶菓子ですときんつばが好きです」
「……ていうかさ、それ以前に、勝手にここ入ってよかったのか? 俺たち、明らかに不法侵入してるよなこの部屋に」

 頂上階でばったり出くわした悠宇とシオンは、なぜか今茶室で膝をつき合わせていた。一言でいえば成り行きで、詳しく言えば――茶室を発見し、そのことに目を輝かせたシオンが、悠宇を無理やり引っ張り込んだのだ。
 もちろん、悠宇だって好奇心に負けた以上、シオン一人の責任するつもりなど毛頭ないが。
「いいのかなあ。きっと下の階じゃ今頃、シリアスな展開やってると思うんだけど。……心配だな」
 急に不安になった悠宇は、一瞬逡巡した後、結局ポケットから銀のピルケースを取り出し、己の使役を呼び出した。
 出てきたのは白いイヅナだ。手のひらよりやや大きいほどのそれは、たちまち悠宇の身体を駆け上り、肩に上ってチチと鳴いてみせる。
「おい白露。お前日和んとこ行ってろ。何かあったら日和のこと、助けてやるんだぞ」
「悠宇さん、それ何ですか? カワイイですね」
「あ、こいつ俺のイヅナ。白露っていうんだ。……白露、ほら行けって……じゃなかった、ちょっと待った!」
 主人の命令に従おうとして駆け出そうとしたイヅナの尾を、悠宇は強く引っ張った。彼の手のひらの中でチチチ、と再び鳴いたのは、今度は抗議の意味合いだったに違いない。
「いいか? 勘違いするな、日和に遊んでもらったりとか絶対するんじゃないぞ。お前が日和を守ってやるんだぞ? 分かってるか? また日和にベタベタしたりしたら、お前今度こそピルケースに閉じ込めるからな」
 チチチ、と鳴いてイヅナは暴れ――そしてふっと姿を宙に消した。
「あー! あいつ逃げやがった! くっそー、あいつちゃんと話聞いてたかな」
「ふーむ、何か大変そうですが、まあまあ悠宇さん、お座りなさい。あ、今度は少しは正座してみたらどうですか? さ、ほらほら」

 膝立ちになった悠宇をシオンは変わらぬ調子でなだめる。
 その穏やかな、それでいてどこか抜けた物言いに毒気を抜かれた形で、悠宇もまた腰を下ろした。シオンのペースに巻き込まれていることにも気づかないまま、今度は正座を試みる。
「うーん、俺、正座苦手なんだよな……よっこらしょっと」
 ちなみに、シオンの茶道の心得はなかなかのものだった。こんな知識、彼はどこで見につけたのだろう? 振る舞いは決して急く事なく、終始余裕があって、さすが紳士を自称しているだけはある、と悠宇は変なところで感心してしまった。
 ――こういうのを『ちょいワルオヤジ』っていうのか? いや、シオンの場合、『ちょいダメオヤジ』ってとこか?
 
 
「ど〜うですか悠宇さん、抹茶をもう一杯」
「え、勘弁してくれよ。それ飲んだらもう4杯目だぜ? さすがにもう飲めないって」
 わずかに顔を強張らせつつ、半ば本気で悠宇は断る。悠宇なりに気を使ったつもりだったが、シオンはあからさまに肩を落とした。
「そうですか、実はボールいっぱいの分量で抹茶を立ててしまったのですが……どうしましょうか、悠宇さん」
「ええ! そんなに入れちまったの? じゃあシオンが飲めばいいじゃん」
「私は抹茶は嫌いです」
「……あ、そう」
 取り合ってられない、と悠宇は一旦は明後日の方を向いたものの、見捨てるのも後味が悪い。結局は二人して入れすぎた抹茶を前に、うーんと頭を悩ませる。
 と。
「では、僕がいただきます」
 聞き覚えのない声。
 いつの間にか、二人の間に見知らぬ少年が座っていた。二人の視線をにっこりと笑って受け止めると、置かれた茶碗を手に持ち、そしてそれをあおる。
「……結構なお手前で」
「ありがとうございます」
 平然と返すシオンに、悠宇はただぽかんとするばかり。
「ちょ、ちょっと……お前、誰だ?」
「いえ、怪しいものではありません」
「その返答、すごく怪しいんだけど」
 少年が身にまとっている、全身白の服装。
 背にはおっているのは、大げさなほどひらひらしている、これもまた白いマント。
 どこか悠然としているこの少年が装うと、不思議と似合っていると言えないでもないが――それにしても怪しい格好だ。
「おいお前、もしかして……」


 突然。
 ドン、という強い爆発音が階下から響いてきた。振動する屋敷内。
 シオンと悠宇は慌てて立ち上がる。
「な、なんだこの揺れ……!」
「地震でしょうかね?」
「んなわけないだろ!」
「ああ、始まりましたか」
 二人に遅れ、純白の衣装をまとった少年が、やはりどこか悠然と立ち上がる。二人と目が合うと、えへへと彼は笑った。
「あぶないですから、しばらくこの下と……あと上には行かない方がいいですよ」
「上?! ここは最上階だぞ?」
「ええ、だからさらに上」
 さらに爆発音。
 屋敷が揺れ、畳の上で茶碗が倒れる。がらがらと転がる茶道具。
「あち、あちちち、湯が足に、足にっ! 悠宇さん熱いです熱い!」
「シオンうるさい! ……あ!」
 その時どこからともなく、白いものが悠宇へと駆け寄ってきた。――イヅナだ。
「おや、白露さん!」
「違う、これは俺んじゃない! ……どうした末葉、日和はどうした!」
 白露とつがいのイヅナ、末葉。こちらの主人は悠宇ではなく――先ほどから悠宇がしきりに気にかけていた人物。
 悠宇の言葉に、チチチ、と鳴いてみせると、末葉は途端に駆け出した。
 振り返ってみれば、いつの間にかあの白い衣装の少年もいない。胸の内で募る不安感が、悠宇を行動へと急きたてる。
「くそっ……! ひょっとしてあいつが、怪盗ムーンリットなのか?! ……末葉! 日和んとこへ俺を連れて行け!」
 イヅナを追い、悠宇は部屋を飛び出した。


「……あ、あれ? 悠宇サ〜ン? 私、足火傷しちゃったかも、なんです、けど」
 そうして、ぽつんと一人、シオンは部屋に残される。
 きょろきょろと周りを見回し、どうしたものかと迷い、結局その場に座りこんでしまった。
 ちなみに、おかげさまで足は大丈夫なようだ。スラックスの裾をちらとめくってみても、火傷を危惧する赤い痕すら残っていない。
「さて、どうしましょうかこれから。そうですねぇ……」
 階下からの振動は収まりつつある。うーん、と声に出して悩んでから、シオンはぽんと一つ手を叩いた。
「では、下へ様子を見に行ってみましょう。何か面白いことが起きているのかもしれませんから」




◇転◇加藤とシオン



「……なんであなたがここにいるんですか?」
「うーん、さっき同じような事を悠宇さんにも言われました」
「でしょうね。同じような事をしてたんでしたら」

 屋敷の喧騒をよそに、シオンと忍は庭に建てられた温室へと来ていた。
 忍はとある目的を持って、シオンは――ただ、なんとなく。
 ふらふらと音のある方へ歩いてきたところ、たまたま忍に出くわし、そのまま付いて来てしまったのだ。
「シオンさんは何か『嗅ぎつける』能力があるのかもしれませんね」
「お褒めに預かり恐縮です」
「いや、それ多分『貧乏性』って世間で言うやつですよ」
「ああ、やっぱり? 私もそれはうすうすと感じていました」
 建物は未だ、何かの破裂音と共に不気味に揺れている。怪盗は何を狙っているのだろうか? 大吾郎をまんまと出し抜いてみせた今では、もうここに留まる理由などないはずだ。
 ――いや、ひょっとして、理由は他にある?
「……まぁ、もう私には関係ありませんが」
「あれ、忍さんどこへ行かれるんですか?」
「温室の奥ですよ、奥」
 忍は迷いのない足取りで、温室をずんずんと進んでいく。
 緑の葉を生い茂らせた鉢植えが隙間なく並ぶ室内。垂れる葉の大きさはさまざまで、「かきわけていく」という形容詞がぴったりだ。それらは羊歯のようだったり、熱帯のものだったり――さまざまな形状をした植物の間を潜り抜け、忍は進んでいく。そしてその後ろをシオンがぴったりと付く。
「何がこの奥にあるか、分かっているんですか? 忍さん」
「ええ……私の推測が正しければ、恐らく先ほど見たものは……」
 


 その時だった。
 
 ――その場にいた者誰もが、後にそれら一連の出来事を正確に言い連ねる事は出来なかっただろう。
 大きな鳥が羽ばたいたかのような音。破裂音。風の唸り。地面から立ち上るようにして宙を走った閃光。
 全てのことが一度に起こり、そうしてその後に――周囲は一面の白煙に覆われていた。


 温室を覆っていたビニールシートが、一瞬にしてめくれ上がる。
 忍とシオンは慌てて顔を腕で覆った。視界をも奪われる風の強さ。立っていられず、二人はその場に膝を折る。
 鉢植えが倒れ、割れる音。悲惨な音を立て、植物たちが無残にあおられ、葉を切られ、その幹を折られていく。
「な、なんなんですか忍さーん!」
「分かりません、また怪盗が何かをやったんじゃないかとしか……!」


 
 白煙はなおも立ち上り、ゴウという唸りをあげながら宙へと立ち上っていく。
 その行く末を見送った人々はそうして天を仰ぎ――やがてその頂点、天守閣の天辺にいる人影を、誰もが見た。
「……怪盗、ムーンリット……!」
 その呟きは、一体誰のものだっただろうか。
 
 彼が腕を一振りすると、途端に白煙は上昇をやめた。風に流れ、それは周囲へと広がっていく。
 やがてそれが次第に薄くなり、白い霧状になった時、天頂の彼はまた腕を振った。
 ――ぱりん、と何かが割れる音。


「……え、花?」
 天から降って来たのは花だった。花びら、ではなく、花の香り、でもない。
 手のひら大の白い花が、宙をくるくると回りながらあたり一面に降っていく。それも幾百、幾千も。
 花を輝かせるようにして、白煙までもがキラキラと輝き始めた。暗闇の中、氷砂糖を撒いたかのような輝き。
 その光景は雪にしては大きく、紙ふぶきにしては華麗すぎる。水辺を漂う睡蓮の様子にも似て、それは花がまるでワルツを踊っているようにも見えた。
「なんですかこれ……」
 シオンは手を伸ばし、花を手に取ろうとした。――が、その寸前で花は消えてしまう。
 かすかに指先に残ったのは、氷のかけらのような冷たい感触。
「……ホログラム、それに……雪、いや氷かな。風に混じってる」
「え? なんと言いました忍さん」
「この霧状になった煙が、スクリーンの役目を果たしているようです。ほら、煙が薄くなるにつれ、花の姿もおぼろになっている。……どこかに光源があるんでしょう、そこからこの煙に向かって、花の映像を映し出しているんです」
 ――なるほど。先ほどから連続した『煙』は、この光景を作り出すことが狙いだったのか。
 『同業者』として、忍は心の内で賛辞を送った。

 忍は盗人だ。その行動は常に、決して目立たないことを旨とする。
 だが、怪盗ムーンリットのように、逆に華々しく目だって見せることもまた、立派な作戦のうちのひとつ。
 その見かけの華々しさに人は目を取られ、その影に隠れた真意にまで意識が回らない。
「……では、彼に負けてはいられません。私も早いところ一仕事終えるとしましょう」
「え、一仕事ですか? それは大変です、お手伝いしましょう」
「ありがとうございます、シオンさん。……ああ、お礼にこれを差し上げますよ」


 忍にぽん、と放られたのは、――手のひら大のダイヤモンドだった。
 シオンが目を丸くする前で、それはピンク色のまばゆい輝きを放ってみせる。
「こ、これ……『ムーン・プリンセス』ではないですか!」
「違いますよ」
「え、だってだってコレ」
 慌てふためくシオンに、忍は振り向き笑って見せた。
「確かに、それは先ほどまで私たちが警備していた宝石です。しかし……それはニセモノなんですよ。ただのガラスの塊だ」
「ど、どうしたんですかこれ、コレ!」
「ああ、騒ぎに乗じてちょっと拝借を、ね」
「えええ?!」
 ムンクの叫びにも似た形相で驚き続けたシオンだったが、最後の最後でじゃあ、と尋ねる。
「ニセモノということは、私が心置きなくもらってもよいということですね!」
「……ええ、そうだと思いますよ。私もそれには興味がないですし」


 ひゃっほー、と声をあげてはしゃぎまわるシオンをよそに、忍はまた奥へと歩みを進めていく。
 そしてそこにあったのは――今回のターゲット、紫のバラ。
「ようやく見つけました。……こんなところにあったんですね」
 花は小さな鉢に植えられ、そして厳重にケースに入れられていた。お陰で、先ほどの嵐にも傷一つついていない。
 鍵をなんなく解除し、忍は鉢を手に取る。そして一人、密やかに笑った。





◇結◇クミノとシオン



 そして。
 屋敷から立ち上った白煙をボヤとして119番通報された響邸は、そのまま警察に踏み込まれる事となってしまった。
 ひょっとしたら、結局捕まることなく姿を消した怪盗は、そこまで計算していたのかもしれない。

 そうして響氏は、屋敷内に溜め込んでいたいろいろなものを『発見されてしまった』らしい。
 事件翌日に、響氏の写真と名前が新聞紙面いっぱいに踊っていた。あれほど名声を欲しがっていた彼のことだ、さぞ喜んでいることだろう。とはいっても、彼自身は格子の向こうに収監されてしまったようで、恐らく新聞そのものを見ていないだろうが。
 だが、料金は前払いですべてもらっていた草間にとっては、それらは全てどうでもいいこと。参加のメンバーが全て無事に返ってきて、報酬もたんまりとあっては、これ以上望んだらバチが当たるというものだろう。


     ■□■ 
 

 シオンはもぞもぞと尻を動かした。どうも座り心地が悪い。
 右に重心をかけたらなおさら収まりが悪くなった気がして、シオンは左に重心をかけなおした。
 ――うーん、やっぱりおケツがもぞもぞします。
「何をしているんですか」
 目の前に座るササキビ・クミノに冷たく言い放たれて、いえいえいえ、とシオン・レ・ハイは恐縮して見せた。
 今、本当は気持ちよく昼寝してる時間なんですけどねぇ、なんでこんなことに、という心の叫びは、必死に内に留めておく。

 
 うららかな天気の下、市民公園のベンチにて。周りでは、赤ちゃん連れの新妻(らしき)がにこやかに談笑なんかしていたりして。
 そんな平和な光景の元、40男が小さな女の子に説教を食らっている図というのは、ある意味シュールかもしれない。
「聞いているんですか、シオンさん」
「さっきからずっとこうして聞いてるじゃないですか〜。というか、何であなたが怒っているのか私には未ださっぱり分からないです」
「そんなことどうでもいいじゃないですか!」
「ええええ!」
 全くもう、と頬を膨らませる仕草は、やはり年相応の女の子だ。だがヘタにクミノを怒らせたら、彼女から年相応「でない」反撃が飛んでくることをシオンは知っている。だから、理不尽な怒りをぶつけられても、身体をびくびくとすくませるばかり。
「……スミマセン」
「そんな風に上目遣いで私を見たって、あなたは可愛くありません」
「そんなぁ〜」
 情けなくよよよ、と崩れて見せたシオン。
 
 と。
 あ、そうだ、と表情をがらりと変えて、いそいそと何かの包みを取り出した。
「そういえば、クミノさんにってお預かりしてたものがあるのです」
「……私に、ですか?」
「ええ。先の事件の依頼人の娘さんから」
「……夏緒さん、ですか」

 茶色の包装紙に包まれたそれを、クミノはばりばりと破っていく。
 そして出ていたのは小箱と、手紙だった。箱を脇に置き、クミノは手紙を開く。



「はじめまして。このまえのとき、あなたもいえに来てくれたのよね、ありがとう。

パパはつかまってしまったけれど、わたしはこれでよかったとおもってます。
だって、パパはわるいことをしたんだもの。
あなたや、ほかのひとが止めてくれたおかげです。ありがとう。いちおう、おれいはいっておきます

なつお」



「……私は、依頼人の娘さんに、何かしてあげられたというのでしょうか」
 手紙に視線を落としたまま、クミノはぽつりと呟いた。
「私は……どうしてもあの人に認められたかったんです。だから、あの人と仲良くしているあの人に対して、どうしようもなく悔しくなってしまいました」

 ――うらやましかったんです。
 ぽつんと呟かれたその言葉は、ひょっとしたらシオンの空耳だったのかもしれない。

 遠くから聞こえる、子供たちのはしゃぐ声。
「結局、今回はわがままに振舞うばかりで……私は、誰かの役に立つことが出来たんでしょうか。少しだけ、自己嫌悪……しました」
「クミノさん」

 と。ずず、とクミノの前に進み出たは、その手を彼女の目の前で握ってみせ――その中からぽん、と一輪、花を出してみせた。
「…………なんですか?」
「はい、手品です。他にも出来ますよ〜、手の中の赤いハンカチがわん、つー、すりー! で黄色くなるんです。……えっと、出来るのはこの二つだけですけど」
「だから、なんですか?」
「はい、元気でましたか、クミノさん?」
 ああそうか、シオンは自分は元気付けようとしたのかと、今さらながらクミノは気がつき――気がついた後は、なんだか無性におかしくなった。
「そんなんじゃ、元気なんて出ません」
 笑顔を取り戻しながら、クミノは立ち上がった。ぱんぱん、とスカートをはたき、ぺこりと頭を下げてみせる。
「だけど、言うだけ言ったらすっきりしました。ありがとう、シオンさん、それじゃあ」
「え、クミノさん! あの、私には事情がまださっぱりつかめていないのですが」
「別につかまなくていいです。それじゃ」


 シオンの抗議も空しく、クミノは背筋をピンと伸ばし、凛とした姿勢でくるりと背を向ける。
 ―― 世は並べて事なきかな。暑くもなく寒くもなく、雨も降らずにいい天気。
 ああ、今日もまた平和だ――







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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【0086/シュライン・エマ/しゅらいん・えま/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524/初瀬日和/はつせ・ひより/女/16歳/高校生】
【3525/羽角悠宇/はすみ・ゆう/男/16歳/高校生】
【5745/加藤忍/かとう・しのぶ/男/25歳/泥棒】
【1166/ササキビ・クミノ/ささきび・クミノ/女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【3356/シオン・レ・ハイ/しおん・れ・はい/男/42歳/紳士きどりの内職人+高校生?+α】

(受注順)


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          ライター通信           
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こんにちは、つなみりょうです。今回はご発注下さり、誠にありがとうございました。
さて、大変お待たせしてすみませんでした。今回のお話をお届けいたします。
少しでもご期待に添えていればよいのですが。

今回は主に(OP&)起、承、転、結の4パートに分かれています。
もちろん、最初から最後まで、それぞれのPCさまが主人公の独立した話なのですが、今回他の参加者様のお話も「同時進行」という形で時間が流れています。
合わせて他の方の作品を読んでいただけると、他の場所で何が起こっていたのかが分かって楽しいかもしれません。

あと、OPの謎かけの答えですが……「オ付summer」で夏緒が狙い、というのが正解でした。
みなさまの正答率の高さにびっくりしました……簡単すぎたでしょうか?(笑)
それから、次の文も「頂に参る」……ということで、「頂上に行く」という意味の二重がけがしてありました。こちらはオマケのような伏線のような、ぐらいの意味合いだったのですが、それにもツッコミを入れられてた方がいてびっくりです。


シオンさんおひさしぶりです、またお会いできて嬉しいです!
さて今回は……どちらかというと裏方役でしょうか。それでも今回の物語になくてはならない役割を担当していただきました。地味は地味かもしれませんが、今回は随分とシオンさんに助けてもらってしまった気がします。
正しい答えもお分かりだったようですので、全てを見透かし、それでも陰に回る存在――みたいな描写を目指したつもりです。いかがでしたでしょうか?


私事ではありますが、今回の納品をもちまして、テラでの納品が100作品を突破しました。活動期間からするとあまり多い方ではないと思うのですが、これを機に心機一転(?)気持ちを引き締めなおしつつ、今後もまだまだ活動して行こうかと思います。
見かけた際は、またぜひご一緒して下さいませ! どうぞよろしくお願いいたします〜

ではでは、つなみりょうでした。