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五つの封印石〜第二話〜
さわやかな風が吹き、草木を揺らす。
そんな殺人的な日差しの中、神聖都学園のカフェテラスでお昼ご飯を食べていた大森と斉藤のカップルは、信じられないものを目にしてぽとりとフォークを落としてしまった。
二人の視線を独占しているその人物は、ゆっくりと彼らのいる場所まで歩んでくると、楽しそうに口を開く。
「…ふふ。どうしたんですか、幽霊でも見るような目で?」
注目の人物、吉良原 吉奈は彼らのテーブルの前まで来ると、開いている椅子に座った。
「私、パフェが食べたいんですけど」
そういいながら、彼女がぽんぽんとメニュー表を叩いてみせると、二人は青い顔をして互いに顔を見合わせ、食べかけの昼食をそのままに駆け出していった。吉奈はそんな彼らの後姿を満足そうに見送る。
そして、ふと先日のことを思い出して考え込む。
鬼、といっていたあの男。封印石から出たのだとも言っていた。封印石は五つあったのできっと後四人あのような輩がこの学校にいるのだと予測することができた。
「お、お待たせしました」
「あ、ありがとう」
目の前に置かれたのは種類が違う二つのパフェ。みずみずしいメロンの乗っているフルーツパフェと、茶色の彩が美しいチョコのパフェだった。吉奈はいったん思考を中断して、スプーンを取ると、そのパフェに食らいついた。
*
「ふーん、突然モテはじめた少年、ねぇ」
「はい、なんか、前はパッとしなかったのに急に親衛隊やらが結成されたらしいんです。二年三組の梧原 裕也、なんですけど、たぶん教室に行けば女の子に周りを固められているからわかるかと」
「へぇ」
二人に情報収集をさせていた吉奈は彼らの言葉に興味を持ったようだった。
「ありがと」
吉奈は彼女から解放されてほっと息を吐いた彼らを尻目に、二年三組の教室へと向かった。
「…さてはて。化け者かただの偶然か…」
そう独り言を呟きながら教室へと向かう。
二年三組の教室には、女の子の人だかりができていた。黄色い声に、嫌気がさす。
女の子たちを押しのけて、にらまれながらやっと見ることのできた彼は、薄い紫色の髪に白い瞳を持つ美少年だった。これならばもてるのも納得できる。だが、この状況は異常としか言いようがない。モテるにしても限度がある。
女の子に声をかけられ微笑む彼の瞳が、吉奈の姿を捉えた。
二人の視線は一瞬絡まりあい、吉奈が女の子に押しのけられるという形でほどけた。今日はあきらめるしかないか、と思ったそのとき、少年、梧原裕也が立ち上がって突然吉奈の方向へと向かってきたのだ。
女の子たちが騒ぐ中、わき目も振らずにまっすぐ歩んでくる彼の瞳は確実に吉奈を捉えていた。
彼は吉奈の前に現れると、たった一言こういった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
吉奈は唖然として、答える。挨拶をしただけだというのに、周りの女の子たちの殺気が痛い。
「僕のファン?」
「まさか」
「だよね」
失礼とも取れる吉奈の言葉に気分を害することなく裕也は平然と言い、笑った。
それは、先ほど浮かべていた笑顔をとは違い、まったく瞳が笑っていなかった。
吉奈は確信する。
彼は五つの封印石の中から飛び出したものの一人だと。
「名前は?」
「吉良原 吉奈」
「吉奈ちゃん、ね。今度一緒にお話しよう。また後日、連絡するよ」
「はい」
何を考えているのかわからない裕也の言葉に、吉奈はただうなずくことしかできなかった。確かに女の子に囲まれている今の状況が話し合いに適切な状況とは思えない。その点では、彼の判断はよいものだということが断言できるだろう。
やっと裕也から解放され、彼からの連絡待ちをしようと思い、帰ろうとしたその時、廊下で三人の女の子に囲まれる。
「……なんでしょうか」
「あなた、裕也様のなんなの?」
気の強そうなストレートの黒髪を持つ少女が、そういって突っかかってきた。先ほどの会話を見られていたようだ。
「今日会ったばかりです」
「じゃあ、もう近づかないでくれない?」
「わかりました、私からは近づきません」
私からは、という言葉の含みに気がついたのか、少女たちの頬が怒りに赤く染まった。
「裕也様に言われてもよ!」
「醜いですね」
吉奈はぴしゃりと強い言葉を投げつけて、彼女たちを冷め切った瞳で見つめる。その瞳を見て、少女たちはたじろいだ。
「嫉妬は、醜いですよ」
「な、なにを」
「愛する人の意思を無視して、あなたたちは何を求めているのですか? もし、あなた方の中の一人が彼と付き合ったとしたら、今仲間面をしている人が敵に回るだろうし、近づく女をことごとく排除するつもりですか?」
吉奈の言葉は的を得ていた。
彼女たちは何もいえなくなり、こぶしを握り締め口をつぐんだ。
吉奈は微笑むと、華麗にその場から脱出する。彼女たちの憎悪に満ちた視線を背中で受け止めながら、自分の教室へと戻っていった。
*
次の日、親衛隊女どもを引き連れた裕也が吉奈の教室までやってきた。
帰り支度をしていた吉奈は後ろにいる親衛隊どもに視線を向ける。昨日、吉奈に突っかかってきた女たちがそこにはいた。彼女たちは吉奈をにらみつけながら、そこにたたずんでいる。
「話をしに着たんじゃないんですか?」
後ろの女が暗に邪魔だと告げると、裕也は笑う。
「ここで話すわけじゃないよ」
「じゃあ、どこで?」
「遊園地v」
「ゆうえん……って、え!?」
さすがの吉奈も、裕也の突拍子もない言葉に驚愕を隠し切れない。
「なぜ、私がそんなところに」
「いいじゃん!」
「いや、にらまれてますし」
「気にしない気にしない、それに」
裕也は一度言葉を切り、彼女の顔に吐息がかかるほどに近づいた。
「そこでないと、話さないよ」
「っっ……」
にっこーりと楽しそうに笑う裕也の顔を殴ってやりたい衝動に駆られたが、ぐっと彼女はそれを我慢し、降参のため息を吐き出した。
「わかりましたよ」
「まじ、ラッキー」
「ただし」
吉奈は後ろで耳をそばだてている親衛隊たちに聞こえないように、裕也の耳元に唇を近づけた。
「邪魔者は、いりませんから」
「わかってる」
苦笑した裕也の顔が今まで見た中でも一番まともな顔に見えたのは、真剣な彼の心が映し出されていたからだろう。
*
青い空、綿菓子のような雲が棚引き、暑い日ざしが肌を焦がす。天気にも恵まれ、絶好のデート日だった。待ち合わせ場所である遊園地の入り口に立っているキャラクターのモニュメントを見ると、時間ぴったりだというのに裕也がすでにそこにたたずんでいた。
「早いですね」
「女の子を待たせるわけには行かないからね。さ、行こう」
自然な動作で手をつかまれる。吉奈は異様に近い彼の顔に少々驚きながらも、聞きたいことに意識を集中させた。
チケットを購入し、遊園地の中へと入る。家族連れやカップルなどさまざまな人々が楽しそうに遊んでいた。
「おし、あれに乗ろう」
「いいですけど、目的忘れてないですよね」
「忘れてるわけないだろー。でもさ、せっかく来たんだし、楽しまないとな」
「しょうがないですね」
そういって吉奈は彼の希望である恐ろしいぐらい高い場所から落ちる乗り物に乗り込む羽目に陥った。
彼女が裕也にまともに話を聞けるようになったのは、それから三時間後、設置されているベンチに腰を下ろしたそのときだった。
「いい加減に、してくださいよ。話してもらいますからね」
軽くキレる吉奈に裕也は苦笑した。
「はぁい」
裕也はお手上げだというように手を上げて、吉奈の瞳を真正面から見つめた。
「で、何が聞きたいんだ?」
「わかっているでしょう」
「まぁ、なんとなくは、な」
「このごろ、学園の中にいると首筋がぴりぴりするんです。貴方たちのせいですね。封印石から解き放たれた人なのに人ではない者」
「ご名答。鬼に聞いたのかなぁ」
「爆破しちゃいましたけど」
「あいつは品性ってもんがないね、殺人快楽主義者だから」
「貴方にはあるっていうんですか?」
「俺は品性の塊みたいな男だろ。レディファーストだし、女の子はとってもとっても大事にするよ。ただ、好色すぎて人の道から外れちゃっただけさ」
裕也は魅惑的な微笑を顔に浮かべ、吉奈の髪を手に取った。
「わかっていたんだ」
突然彼が言った。
「俺たちはもう、死んでいる存在。そして、もう生きていてはいけない存在なんだって」
顔が近い。
突然彼は立ち上がった。
「人気のない場所に行こうか」
これから起こることを考えれば、賛成だった。
*
遊園地を出て、人気のない公園へとやってきた。ろくに見る場所もないのに広すぎて人口密度が低く、あまり回りに人がいないだけの公園だ。
「たった少しの学園生活、たった一日の遊園地。でも、楽しかった」
赤い夕日が彼の背を照らす。
彼は吉奈に近づいた。
そして、突然彼女の唇に口付ける。
あまりに突然のことに、吉奈は防御できなかった。ただ、やわらかく暖かな感触が唇につき、離れていく。
最後の思い出。
吉奈は手の平で彼に触れた。
裕也はわかっているようだった。
彼の頭や腕や足に触れた手。それが何を意味するのか。
「じゃな、遊んでくれてサンキュー」
死ぬとわかっていても、彼は決して笑顔を崩さなかった。
彼の顔を真正面から眺め、吉奈は呟いた。
「点火」
裕也の頭が飛び、手がちぎれ、足がなくなる。
爆音に気がついた誰かが現れるよりも先に吉奈は退散しなくてはならなかった。
「おじ様系なら、生かしてた、か、な…」
残念そうにそう呟いて、彼女はぼろぼろの裕也の亡骸を見つめた。
エンド
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3704 / 吉良原 吉奈 / 女 / 15 / 神聖都学園高等部全日制普通科に通う高校一年生、キラープリンセス】
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■ ライター通信
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吉奈様
なかなか裕也君が好きでした。
でも、怪異なので死んでしまいましたが。。。
いかがでしたでしょうか?
気に入ってもらえたらうれしいです。
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