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ハロウィンを見つけに
「あ、おい、そこのおまえ」
興信所の用事で都内某所へと足を向けた、その帰路途中。
シュライン・エマは、おそらくは自分に向けて発せられたのだろうと思われる声に、思わず歩みを止めた。
忙しなく行き交う人混みを避けて声の主を確かめる。
声の主は、カボチャ頭の子供だった。
「ん? 今、私に声をかけたの?」
一応のために周りを見やり、自分以外にも足を止めている人間がいないかどうかを確かめながら、シュラインは改めて子供を見つめた。
それは見事なカボチャだ。色味も黒点ひとつないオレンジ色で、形もツヤも申し分ない。そこに目鼻口を模しているのであろう穴が四箇所ほどくり抜かれ、目にあたる穴の奥でぼうやりと点る灯のようなものが揺れている。
「そうだ、おまえに言ったんだ。おまえがあんまりに暇そうだったから」
シュラインの顔を仰ぎ見て、カボチャ頭の子供は得意げに胸をはった。
黒いマントを身につけた小さな体や発せられる声から察するに、子供はおそらくはせいぜいが七、八歳ぐらいといったところだろう。
親らしい大人は見当たらない。
シュラインは大仰な息を吐き出して、腰に両手をあてがった。
「悪いんだけど、私、こう見えても忙しい身なのよ。これから興信所へ戻って事務整理と買出しと……帳簿もつけておかないといけないし」
深々とため息を吐き、シュラインは軽く首を振る。
「え、おまえ、じゃあ行っちゃうのか」
子供は途端に焦りを帯びた声を発し、シュラインの裾をがしりと掴んだ。
「おれさま、お遣いの途中なんだ。でも城の鍵をなくしちゃったんだ。あれがないと、おれさま城にはいれないんだぞ」
「お遣い? あら、そうなの。えらいのね」
カボチャ頭を軽く撫で、シュラインは頬を緩めて微笑んだ。
「落し物しちゃったのね。それは困ってしまうわ」
応えながら、自分を見上げている子供の姿を改めて確める。
初めは、ハロウィンにちなんだ仮装をしているだけなのだろうと思った。街中にはそうした仮装に扮した人間も少なからず見受けられるし、昨今では日本においてもハロウィンというイベントも定着しつつある。
が。
今、自分が目の前にしている子供は、――どう見てもカボチャの被り物をしているようには見えないのだ。
「ところで、貴方、今、城って言ったわね。貴方、城に住んでるの?」
確認の意味をこめて訊ねかけたシュラインに、子供はふんぞり返ってうなずいた。
「おれさま、悪魔界の皇子だからな」
「悪魔界」
悪魔界という名の世界には覚えはないが、しかし、シュラインは妙に納得してうなずく。
「なるほど、そうなの」
「だから、おまえ、おれさまと一緒に鍵を捜してくれ」
「?」
「特別に、おれさまの手伝いをさせてやる」
「ああ、なるほど」
カボチャ皇子の言葉に、シュラインはにこりと微笑んだ。そして、皇子のカボチャ頭をコツコツとノックしながら口を開く。
「あのね、私は貴方の臣下じゃないし、悪魔界の人でもないのよ」
コツコツとノックする手を休める事なく、シュラインはさらに笑みを濃いものとする。
皇子はシュラインがノックするたびに「いてて」と身をよじらせ、両手で頭を抱え、かばう。
「人に物を頼むなら、一言忘れてないかしら? 私、料理も得意なのよ。カボチャの解体に関してはなかなかの手際よ?」
追い討ちをかけるようにして畳みかけ、とどめに鼻先でふふんと笑ってみせた。
皇子は慌てて後方へと飛びはね、
「ごごごごめんなさい」
そう口にして、ぺこりと頭を下げた。
「おれさまひとりだと、見つけられないんだ。おまえ、おれさまと一緒に捜してくれ。たのむから」
皇子がぺこりと頭を下げたのと同時に、シュラインは膝を折り曲げて視線を皇子のものと合わせ、うなずく。
「いいわよ、手伝ってあげる」
満面の微笑みと共に告げた言葉に、皇子は安堵したのか、表情の変化が窺えない顔でシュラインの顔を見つめた。
「ありがとう」
「どういたしまして。ええと、貴方の事はなんて呼ぼうかしら。……ジャック・オー・ランタンよね。……ふむ」
「城では皇子って呼ばれてるぞ」
「決めた。私はジャッくんて呼ぶわ。私の名前はシュライン・エマ。シュラインでいいわ」
名乗り、屈めていた膝を伸ばして皇子の手を握る。
「シュライン」
「そうよ」
「シュライン」
皇子の声が弾みを帯びる。表情の変化こそ窺えないが、どうやら機嫌よくしているようだ。
「ねえ、ジャッくん。鍵の形とか、大きさとか、教えてくれる?」
行き交う雑踏を見送りながら、ふたりは道路の端の方へと移動する。
「本なんだ」
「本?」
「城に入るには呪文を言わなくちゃだめなんだけど、呪文が長くて、おれ、覚えきれないんだよ。だから出かけるときには本を持ち歩くんだ」
「カンニングペーパーね。なるほど、それが”鍵”なのね」
「見つかるか?」
皇子が心配そうにシュラインを見上げている。
シュラインは満面の笑みをもって返し、それから皇子の手を引いて歩きだした。
「ここ、駅も近いし、いろいろあたってみましょ。駅の中の落し物受付とか、派出所とか」
「う、うん」
しかし、そのどちらにも、皇子の捜す落し物は届けられてはいなかった。
「じゃあ、あれね。捜査には足を使うものよね」
交番を後にしたシュラインは、気を取り直して小さなガッツポーズを作る。
「足を使うのか?」
皇子が疑問を口にするが、シュラインは「そうよ、ふふ」と笑ってみせるだけ。
次にふたりが向かったのは、皇子が初めにウロついていた通りの近くにあるコンビニやスーパーだった。そこでも落し物の確認をしてはみたが、それらしいものは見つからなかった。
「ここには貼り紙をお願いするの。もしも誰かが拾ってくれて、その貼り紙を見てくれたら、お店のほうに預けておいてくださいって」
「おお、なるほど!」
納得した皇子に笑みを浮かべ、シュラインは合計して数軒の店舗に貼り紙を依頼して回った。
それから再び通りへと戻り、今度はどこか悪戯めいた笑みを満面に浮かべる。
「さて、ジャッくん」
「なんだ、シュライン」
「貴方の出番よ」
「おれさまの?」
首をかしげる皇子の手を引いて、シュラインは雑踏の中へと踏み出した。
「ティッシュを配ってる方とか、呼び込みしてる方たちにも聞いて回るのよ。今日はハロウィンだもの。そして貴方はジャッくん!」
シュラインが向かった先には数人のティッシュ配りたちがいた。
「トリック・オア・トリート! お菓子か悪戯か、それとも落し物か!」
小さな騒ぎを巻き起こし、シュラインと皇子はそこかしこを回る。
当然、彼らの多くはお菓子を持ってはいない。代わりに大量のティッシュをもらったり(興信所の備品として活用する気でいるらしい)、割引券をもらったり。ついでに周りの人間たちをも巻き込んで、通りはちょっとしたハロウィン色で染められたのだった。
「うふふ、おもしろかったわね、ジャッくん」
小一時間ほどそうして回った後、ふたりは通りをわずかに離れた公園の中にいた。
ベンチに腰をおろし、買ってきた缶ジュースと、あちこちで貰ったお菓子、シュラインがもともと持っていたお菓子などを広げている。
「みんなびっくりしてたな」
皇子も満足げに足をバタつかせている。
「ハロウィンだもの。お祭は楽しまなくちゃね」
皇子と目を合わせ、シュラインもまた満足げに頬を緩めた――、その時。
「あ」
シュラインの耳が、とてもかすかな音を拾った。
それは公園の中から聴こえたもので、本かなにかが地面に落ちたような、そんな音だった。
「ねえ、ジャッくん、こっち」
菓子を口にしている皇子を手招いて、音がしたほうへと足を寄せる。
公園の花壇、その芝生の上に、はたして、本は確かに落ちていた。
「あ」
皇子が本に向かって駆け出していく。
「おれさまのだ!」
本を拾い上げて中を確め、皇子がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「見つかったのね」
その後を追いかけて、シュラインも本の中身を覗き見た。
子供の手にちょうどいい大きさの、例えるなら文庫本程度の大きさをしたそれには、見た事もない文字がつらつらと記されている。
「おれさま、これで城に帰れるぞ!」
皇子の声が弾んでいる。
「よかったわね、ジャッくん」
「シュラインのおかげだ。ありがとうだ、シュライン」
「どういたしまして。……たぶん、ジャッくんが通ってきた道が歪んで、時間差みたいなのを生じたのかもしれないわね。今まではこことは違う次元上に落ちてたのよ、きっと。捜しても見つからないはずだわ」
皇子の頭を優しく撫で回し、シュラインはそう述べて小さく首をかしげた。
「お菓子を食べてく時間ぐらいはあるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、もう少しだけゆっくりしましょ。私が作ったクッキーもあるのよ。万が一のために持ち歩いておいて良かったわ」
「シュラインのクッキー!」
嬉しそうに飛び跳ねた皇子が手にしたのは、カボチャのペーストや種をふんだんに使ったパンプキンクッキーだった。
おいしそうに食べる皇子を眺めるシュラインがクッキーを食す事が出来なかったのは、言うまでもない。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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ライター通信
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださり、まことにありがとうございます。
今回はのんびりまったり、のほほんとしたノベルとなりました。
ジャッくんはこの後お遣いに向かい、国へと帰るのでしょうが、もしかしたら時々はシュライン様のところへ遊びに寄るかもしれません。
まあ、それはさておき。
少しでもお楽しみいただけていればと思います。
それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。
たのしいハロウィンを。
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