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<東京怪談・PCゲームノベル>


ハロウィンを見つけに


 アトラス編集部で受けていた仕事は案外とすんなり終える事が出来た。
 帰路途中、マリオン・バーガンディはなんとはなしに池袋の街中へと足を寄せた。
 街は、さすがにというべきなのか――ハロウィンの色で埋め尽くされている。魔女やカボチャ、多彩なデコレーションで彩られた街は、目的なくぶらつくだけでも心が弾む。
 ふらふらと気の向くままにあちらこちらと足を寄せていたマリオンだったが、その時、ふと、なにかに惹かれて視線を上げた。
 賑わうその中に、当て所もなく右往左往するカボチャがいる。否、正しくは、カボチャを被った子供がうろうろしているのだ。
 マリオンは吸い寄せられるように、その近くへと足を寄せた。はたして、そこにいたのは、確かにカボチャだった。それも、オレンジ色の、見事なまでの色艶だ。形も申し分ない。
 カボチャ頭に、体は黒いマントで覆い隠している。背格好からして、おそらくは小学校低学年程度といった年頃だろうか。
 マリオンの視界には、もはやさっきまで狙いすましていたスイーツの店は映っていない。ただまっすぐにカボチャ頭の子供を見つめ、心もち小走り気味に、雑踏の間をすり抜けていく。
「こんにちはなのです」
 程なくして子供の前で足を止め、マリオンはひょこりと首をかしげて微笑んだ。
 カボチャ頭が、マリオンの声で動きを止めて、弾かれたようにこちらを振り向く。
「捜し物ですか? 迷子さんなのでしょうか。私に出来る事があれば、お手伝いするのです」
 振り向いたカボチャ頭を改めて見れば、それは紛れもなくジャック・オー・ランタンそのものだった。
 見事なカボチャに、三角にくり抜かれた三つの穴。それとギザギザにくり抜かれた長い線上の穴。それはそれぞれ目鼻口を表している。
 その、目にあたるであろう穴の奥に、ぼうやりと光る灯のようなものが見えた。
 どうやら、眼前にいる存在は、人間がジャック・オー・ランタンの仮装に扮しているといった出で立ちではないようだ。
 マリオンは再びニコリと笑い、子供の視線に合わせて膝を屈めた。ついでに穴の奥を覗き見ようと試みてみたが――どうやら、中は空洞ではないらしい。
「おまえ、鍵を見なかったか」
 不意にカボチャがそう告げて、マリオンは思わず目をしばたかせる。
「鍵、ですか?」
 マリオンがそう問い返すと、おそらくは少年であろうと思しき子供は大きくうなずき、さらに言葉を告げた。
「そうだ、鍵だ。おれさまの住んでる城の鍵だ。しらないか?」
「お城の」
 ふむとうなずきを返し、マリオンはしばし辺りを見回した。
 そこかしこに、途絶える事のない人の歩みが流れている。
「鍵がないと、おれさま、城に入れないんだ。それはこまる」
「困りますよねえ」
「っていうか、ここはどこだ。おれさまおつかいの途中なんだ」
「ここは東京です。ええと、お遣いの途中だったのですか。えらいのです」
 なぜか胸を張ってふんぞり返っている少年に、マリオンはゆるゆると頬を緩めてうなずいた。
「でも、どうやらこの辺には鍵らしいものはないようなのです。もしもよければ、私が後ほど見つけて差し上げるのです」
「え、ホントか!?」
 少年の顔が――もっとも、表情には変化らしいものはまるで見受けられないが――、どこか安堵の色を浮かべ、明るいものへと変わる。
 マリオンが「もちろんなのです」と返してうなずくと、少年は再び胸を張ってふんぞり返り、
「よし、それじゃあ、おまえ、おれさまの手伝いをしろ」
 鼻息も荒くそう告げた。

 マリオンの提案もあって、ふたりは連れ立って池袋の雑踏の中へと踏み出した。
 ハロウィンに沸く街中には、何らかの仮装を楽しむ者の姿もちらほらと目にする事が出来る。少年の姿も、その浮き足立った空気の中にするりと溶け込む事が出来て、必要以上に目立ったりといった事に遭わずに済んでいた。
「ああ、そうだ」
 横手に見えたビルの前で足を止めたマリオンは、そのまま少年の手を引いてビルの中へと足を寄せた。
「なんだ、どうしたんだ」
 マリオンに引かれながら少年が問い掛ける。
 マリオンはビルの中のエスカレーターに乗ってからようやく振り向いて、満面の笑みを浮かべながら応えた。
「ここは雑貨とかいろいろなものを扱っているところなのです。上の方にパーティーグッズ売り場があるので、そこへ行ってみようかと」
「パーティー? なんだ、おれさまを歓迎してパーティーでもやってくれるのか」
「それも楽しいのですが、ひとまずは私もハロウィンを楽しむのです」
「?」
 マリオンの言葉に首を捻る少年に、マリオンは辿り着いた階を慣れた調子で進みだした。
「私も変身するのですよ」

 満面に喜色を表したマリオンが購入したのは猫耳カチューシャだった。
 オートクチュールのスーツに猫耳という出で立ちは、本来ならばアンバランスで奇妙な印象を与えるのだろうが、マリオンは一見すればまだ二十をも超えない少年の姿をもっている。
 その姿は、むしろ行き交う人々の目を釘付けにするほどの愛らしいものとなっていた。

 猫耳姿のマリオンと、カボチャ頭の少年とは、それからひとしきりビルの中にある様々な店を堪能し、二時間ほど過ぎたところで再び街中へと繰り出した。
「ジャック君、お腹はすきませんか?」
 手を繋ぎ横を歩く少年を見やり、マリオンはふと首をかしげてそう問うた。
 ジャック君と呼ばれるようになった少年は、残る片方の手で腹を押さえ、ううむと唸ってからうなずき、マリオンの顔を仰いだ。
「でも……」
「? ああ、もしかして、食べられるものが限定されてしまうとか? ええと、ジャック君の住んでる悪魔界、でしたっけ。こことは環境も違うですよね」
 少しばかりもじもじとしている少年に気遣い、マリオンがしばし思案に耽りだした時。
「にんじんとブロッコリーは食べられないぞ。ママ上が、いっつも皿に乗せてくるんだ」
 思い切ったような口ぶりで少年がそう応えた。
「にんじんとブロッコリー」
 反復して首をかしげ、それからマリオンは小さな笑みを浮かべる。
「スイーツ……お菓子はなんでも食べられるですか?」
「ケーキは大好きだ!」
「良かった。じゃあ、私の知人が、確かこの近くの百貨店でパティスリーを任されてるはずなのです。そこに行ってみませんか?」
「ホントか! おれ、いっぱい食うぞ!」
「私もなのです、ふふふ」
 表情を輝かせて飛び跳ねる少年に、マリオンもまた頬を緩めた。
 そうしてふたりは、それからしばしの後に、池袋のとある百貨店の地下に足を寄せていたのだった。

「と、いうことなのです」
 地下の特設パティスリーは、期間限定で催されるイベントを執り行っていた。パティスリーを担うパティシエを、週代わりで交代していこうというものだ。
 女性客で賑わう店の中、その一画で、マリオンと少年は互いににこにこと頬を緩めながら眼前に立つパティシエを見上げる。
「ジャック君も食べられて、もちろん私も食べられる、美味しいスイーツをお願いするのです」
「それは構わんが、このカボチャ皇子の落し物とやらは捜しに行かなくてもいいのか」
 黒衣にカフェエプロンをしめたパティシエは田辺聖人だった。マリオンは田辺を訪ねて来たのだ。
「スイーツを食べてお腹が一杯になったら、ちょっと過去を覗きに行ってみるのです」
 応えたマリオンに、田辺は「ああ」とうなずき、前髪をかきあげる。
「そうか、おまえの力を使えば簡単な話か。……じゃあ、ちょっと待ってろ。ちょうど今いくつか出来たところだ。――飲み物は」
「紅茶で」
「了解」
 嬉しそうに目を細ませるマリオンに、田辺は恭しく腰を折り曲げた。接客の対応も、それなりに万全にいるらしい。
「田辺さんのスイーツは絶品なのです」
「おれさまの城のパティシエの腕もなかなかだぞ」
「へえ! 一度食べてみたいのです」
「パンプディングが最高なんだ」
「……パンプキンプディングではないですよね」
 ぼそりと呟いた言葉は、どうやら少年の耳には届いてはいないようだ。
 マリオンは運ばれてきたカップを口に運び、パタパタと足をばたつかせている少年の顔を、ただ静かに見つめる事にした。
 
 ハロウィンのランタンは、カボチャの中身を抜き出して作るものだ。三角穴などを切り抜きやすくするため、なるべく中を薄めにするのがコツでもある。
 が、カボチャ皇子――ジャックの顔は、どうも空洞ではないように見える。叩いてみたりすればわかるのかもしれないが、さすがにそれは少しばかり気が引ける。
 テーブルの上に頬杖をつき、少年の顔に心惹かれているうちに、気付けばテーブルの上には何枚ものスイーツの皿が並べられていた。
 定番のモンブランにマロンパイ、キャラメルポワールにいちぢくのババロア。ブドウやカシスを使ったブラマンジェ。秋を思わせるケーキがいくつも並ぶテーブルは、さすがに圧巻だ。
 カボチャを使ったケーキがないのを確めて、マリオンは心の中だけで小さな息を吐く。おそらくは――というよりは、さすがに、田辺もそれはためらわれたのだろう。
 喜色を満面に浮かべて食す少年を見やり、マリオンもまたケーキにフォークをつきたてた。
「今度はジャック君のお城でスイーツを食べてみたいのです」
 にこりと微笑めば、応えるように、少年もふがふがとうなずいた。
「マリオンも遊びにきたらいいぞ。おれ、待ってるから」

 スイーツで空腹を満たした後は、約束通り、マリオンの能力を用いて鍵を捜す事にした。
 鍵は、少年いわく、どうやら本であるらしい。
「城にはいるには呪文が必要なんだ。でも、あんまりながくて、おれ、おぼえきれてないんだ。だから本を持ち歩いてんだぞ」
 なぜか胸を張って威張りながら述べた少年に、マリオンはしばし目を輝かせる。
「見つけたら、ちょっとでいいから読ませてほしいのです」
「いいけど、おれさま以外にはよめないようになってるぞ」
 目をしばたかせた少年に、しかしマリオンは嬉々としてうなずいた。
 異界の城に立ち入るための呪文が記されてある本。
 関心を寄せないほうがおかしい。

 マリオンが開いた”扉”は、少年が東京に迷い込んできた時間のただなかに通じていた。
 街中の小路、壁に口を開いた小さな穴が、カボチャ頭の少年を吐き出す。同時、少年が手にしていた本もまた道の上に転がった。それは道を行く誰かの足によって蹴飛ばされ、数メートルほど離れた場所で、違う誰かの手が拾い上げる。
「追いかけるぞ、マリオン!」
 駆け出そうとした少年を、マリオンはやんわりと制した。
「過去は変えてはいけないものなのです」
 
 本は、結果的に、近くの交番へと届けられていた。
 扉を開けて再び元の場所まで戻ったふたりは、その交番へと足を向けて無事に本を取り戻す事に成功したのだった。
 
「じゃあ、おれさまはそろそろ行くぞ」
 初めの場所に開いた穴の中に片足を突っ込みながら、少年は肩越しにマリオンを振り向いた。
「ぜったいに遊びにこいよな」
「きっと遊びに行くのです」
「きっとだぞ」
 何度も念を押してくる少年に何度もうなずいて、マリオンは静かに手を振る。
 少年が姿を消した後も、街中にはハロウィンが色濃く広がり、人々は浮き足立っている。 
 少年が帰っていった穴の塞がった壁をしばらく見つめていたマリオンだったが、やがてきびすを返して喧騒の中へと踏み出した。
「カボチャがたくさん住んでいるお城で食べるスイーツなのです。……楽しみです」
 くすりと微笑み、マリオンはやがて街中へと消えていった。

  






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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】


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          ライター通信          
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
出来ればハロウィン当日にお届けしたかったのですが、スケジュール管理が行き届かず、申し訳ない結果となってしまいました。

マリオンさまの能力を使えば、捜し物なども比較的あっさりと見つかってしまうのですよね。
今回はその辺に甘えさせていただきまして、捜し物シーンはちょろっとだけの描写とあいなりました。
田辺もちょろっとだけの登場ですが、その分、カボチャ皇子との時間を多めに書かせていただくこととなりました。
楽しんでいただけていればと思います。

それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。