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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 知ろうとすればするほど、かえって闇が深くなっていくように思えるのは何故だろう。
 一つ事実を知れば謎はまた闇を濃くし、深淵の縁へと自分を引き込むような気がする。それは今日のような秋の夜長のような冷たく凛とした闇ではなく、人の心の奥底やもっと異質な何かのようにねっとりとまとわりついてくような闇だ。
 それが足下からじわりと自分を浸食し、辺りを巻き込んで浸食しようとしているように…。
「これはなかなかに厄介そうですねぇ」
 陸玖 翠(りく・みどり)は、自宅の縁側で一枚の写真を見ながらふぅと息を吐いた。もう冬の足音が近づいているためか、吐く息は白く闇へと溶けていく。
 アトラス編集部で碇 麗香(いかり・れいか)から受けた依頼で、「チドリ」という鳥の名だけではなく研究所の名も知ったことから、翠は自ら『綾嵯峨野研究所』に関する調査をしていた。
 だが相手は流石にずっと闇にいた存在のようで、そう簡単に全貌を明かしてくれようとはしない。分かったことと言えば、せいぜい鳥の種類だけだった。
 コトリ、モズ、カワセミ、スズメ。メジロ、ハト、カッコウ。ヒバリにカラス。チドリとコマドリが二羽で一羽で、ツグミにツバメ、ヨタカ…。
 だがその中で翠が実際分かっているのはカッコウが死んだことと、カラスが代替わりしていること。そしてチドリが何処かで生きていることぐらいだ。しかも鳥の名前に関しては、まるで何者かが「それぐらいヒントを出してあげよう」とでも言うがごとく、謎を追っているとき不意に出てきた。知った所で何かが明かされたというわけではなく、それらの生死も能力も全く分からない。
「………」
 この謎は危険だ。翠の勘がそう告げる。
 個人で動いてるとはいえ式神や呪を使っているのに、どうして薄皮を剥がすようにしか謎が明かされないのだろう。『綾嵯峨野研究所』という名前さえ、やっと最近になって分かったことだ。
 誰かが細い糸を操り、謎を繋げようとしている。蜘蛛の糸のように絡みついたら逃げられないような強い力で…今なら引き返すことが出来るだろうが、翠にそんな気はさらさらなかった。危険なのは最初から知っている。それで引き返すつもりなら、最初から踏み込む気などさらさらない。
 風が木々を鳴らすと共に、手に持っていた古い写真が揺れる。
 写真は古く色あせているのに、そこに写っている一人の男が猛禽類のように鋭い視線でこっちを見ている。
「こちらは一度置いといて、久々に飲みに行きますか」
 謎を追いすぎて足下をすくわれても仕方がない。向こうが自分を謎に誘う気であれば、そのうち勝手に情報はやって来るだろう。何事も程々が丁度いい。
 それに蒼月亭で一緒に酒を飲むのもいいだろう。
 最後の鳥…ナイトホークがいる場所で。

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 土曜の深夜だというのに、蒼月亭は自分を待っていたかのようにひっそりと静まりかえっていた。閉店準備をしていたのかスピーカーからジャズも聞こえず、カウンターではナイトホークが食器を拭いていた食器を慌てて置きおしぼりを用意し始める。
「さっきまで客いたんだけど、帰ってから暇でさ。もう誰も来ないかと思ってたよ…ご注文は?」
 カウンターの一席に座り、翠は手に提げていた紙袋から一本のウイスキーを出した。
「一緒に飲みませんか?」
 サントリーの『響 三十年』…一年に二千本ぐらいしかできない貴重なもので、酒好きであれば一度は口にしたいブレンドウイスキーだ。それを見てナイトホークの動きが止まる。
「一緒に…はいいけど、それめちゃくちゃ高くなかったっけ?」
「飲まなければただの液体ですよ。明日は定休日ですし、二人で飲もうと思って持ってきたんですが、私とは嫌ですか?」
 静かに翠がそう言うと、ナイトホークはシガレットケースから煙草を出した。何かを警戒しているのか、それとも考えているのか…思案深げにマッチを擦り、天を仰ぎながら考えている。
 多分自分はナイトホークにそれほど信用されてはいないだろう。
 もしかしたらそれはただの思い過ごしなのかも知れないが、いつも店で人懐っこく挨拶をしていても、時々こうやって見せるその仕草がどうしても壁を感じさせる。なので、お互い名前で呼んでいるのに、翠はどうしても敬語が抜けない。
「いや、個人的には頭を下げてでもご相伴にあずかりたい。酒は好きだけど、そいつを毎年買えるほど金持ちじゃないし」
 煙を吐きながら、緊張を緩めるようにナイトホークがふっと笑う。
「じゃあ一緒に飲みましょう。マスターと客ではなく友として」
「分かった。じゃあ鍵閉めてくるからちょっと待って…折角だから美味いチーズでも出して飲もうぜ。冷蔵庫漁ってくるから」
「いいですよ、秋の夜長は長いですからゆっくりいきましょう」
 看板が『Closed』にされ、入り口の照明が落とされる。
 しばらくするとカウンターの上にはミモレットチーズや、レバーペーストにクラッカー、ローストチキンのサラダ、生チョコなどが並んでいた。後は灰皿とシガレットケース、そしてチェイサー用の水が入ったピッチャーとグラスが置かれている。落とした照明は適度に暗く、静かに酒を飲むのに快適だ。
「サラダとかは店のあまりもんだけど…っと、七夜元気だったか?」
「ニャー」
 いつも連れている猫又の式神である七夜が、嬉しそうに擦り寄っていく。ナイトホークは猫好きなのか、七夜を見るとかまいたくて仕方がないらしい。その様子を見ながら翠は『響』の蓋を開け、ストレート用のグラスにそれを少しずつ注いだ。その瞬間、ラムレーズンにも似た甘い香りが立ち上る。
「これはストレートでいきましょうか」
 琥珀色の液体がグラスを満たし、翠は軽くグラスを持ち上げ乾杯する。実はただ二人で飲もうと思ってここに来たわけではない。ナイトホークが無防備な所を見せるほど酔うのか、それが見てみたかったのだ。酔い潰れた所を見たことがないので、それを見たいという気持ちもある。
 お互い静かにウイスキーを口に含むと、しばらくの沈黙の後ナイトホークが何故か七夜を抱きしめる。
「美味い。熟成長いとやっぱ余韻が…」
「気に入ってもらえたようで良かったです。ナイトホークはウイスキー好きみたいですしね」
 自分の好みであれば日本酒なのだが、今日はナイトホークの好きそうなものを選んできた。酒の味などの他愛ない話を続けながら、翠は何かを思い出したかのようにふと質問をする。
「しばらく会っていませんが、立花(たちばな)殿は元気にしてますか?」
「香里亜(かりあ)?寒くなってきたけど、あいつ北海道育ちだから元気だよ」
 ナイトホークが誘拐された事件の時ぐらいしか面識はないのだが、翠は香里亜のことも少し気にかけていた。あの事ナイトホークを誘拐したのは、誰かにそそのかされた者だと聞いた。だとしたら、本当に狙われていたのは香里亜の方なのではないか…そう翠は推測するのだが、なにぶんあまり顔を合わせたことがないので香里亜がどれだけの力を持っているかが分からない。ただ、何となくそうなのではないかと思うだけだ。
「そう言う翠はどうなのよ?」
 グラスを置きシガレットケースに手を伸ばそうとしながら、ナイトホークがふっと笑った。それが夜に浮かぶ月のように静かだ。
 自分は…どうなのだろう。毎日変わらぬ日々を過ごし、舞い込んでくる事件に対処し、時折ナイトホークに関する謎を追っている。
 もし何かいつもと違うことがあるというのなら…いや、それをナイトホークに言う必要はない。目の前のグラスをクイッと飲み干し一つ息をついた後、翠は生チョコを口に入れた。
「…特に変わりありませんよ。神無月は少し感傷的にはなりますが」
「そうか…まあ、俺も別に変わったことないな。毎日店開けてコーヒー入れて…って繰り返しだよ。それが嫌って訳じゃないけど」
 同じようにナイトホークもグラスを空ける。どうやら美味い酒のせいで、今日はお互いペースが少し早めのようだ。
「そういえば、ナイトホークは休日どうしてるのですか?いつもここにいるのしか見ていないので、休みの日に何をしてるか気になりますねぇ…」
 カウンターにいないナイトホークは一体何をしているのか。
 いつもここにいるせいで、蒼月亭にずっといるのではないかと錯覚しそうになるが、定休日があるということは人に見せないプライベートの部分があるのだろう。ナイトホークは七夜にチーズを少し食べさせながら、困ったようにグラスを揺らす。
「あー…休みの日の俺は仕事しないよ」
「どれぐらい仕事しないんですか?」
「飯作らないで、酒でカロリー取ってる。腹減ったらコンビニ行ったり、出前取ったりするけど」
「想像出来ませんねぇ…」
 クスクスと翠が笑うと、ナイトホークも一緒になってふっと笑った。コンビニにいるナイトホークというのはなんだか不思議だ。煙草を買うのならともかく、弁当を買っている所が上手く想像出来ない。
「いや、本気で自堕落だから。店閉めてから自分の部屋で延々一人で飲んでて、夕方まで寝てたりする。俺縄張り狭いから、ほとんど出かけないし」
 縄張りが狭い。その言葉が翠は何となく納得できる。きっとナイトホークは蒼月亭を中心にして、あまり遠くへ出かけたりはしないのだろう。それは何かを警戒して隠れるように生きているからなのか、それとも単に性格的なものなのか。
 だが、長いこと生きているとそうやって自分の居場所を持ちたくなる。死なないからこそ自分が地に足を着けていられる場所が欲しい。その気持ちは翠にもよく分かる。
「確かに長く生きると色んなことが面倒になりますね」
「うん。だから店やってるんだけどな。そうでもしないと、多分退屈で死にそうになるから」
 そう呟きナイトホークはグラスを空け、煙草に火を付ける。
 その煙が静かに天井に溶け込んでいった。

 それからどれぐらいの時間が経っていただろうか。少しずつ窓の外に広がる夜の闇が薄まっていき、辺りの空気がシンとした冷たさを含んでくる。
 飲んでいた『響』の中身は残り少なくなり、ナイトホークはカウンターに突っ伏していた。
「あー眠い。仕事した後にストレートで飲むと効く…あと七夜が膝に乗ってて暖かくて気持ちいい…」
 ずっと立ちっぱなしで仕事をしていた後に早いペースで飲んでいたせいか、かなり眠そうだ。そうやって目を閉じているナイトホークを見て、翠はぽつりと呟いた。
「もし死にたくなったら言って下さい。殺して差し上げますから…」
 お互い不死であることは分かっているが、翠はそれを殺すことが出来る術を知っていた。
 贄が不死でもその命を奪えるほどの大きな術…遠い昔にそれを実践したこともある。それであれば、正常な輪廻の輪にナイトホークを還すこともできる。
 生きていくことは絶望の連続だ。自分だけが時の流れを無視し、大事な者が死んでいくのを黙って見ていることしかできない。お互いそれを嫌というほど味わっている。
 するとナイトホークが目を閉じたままふっと笑った。
「誰かに絶望を託すぐらいなら、足掻いてでも生きるさ…友人にそれを頼めるほど神経太くないよ」
 絶望を託す…確かにナイトホークの言うとおりだ。
 それでも人として死にたいと思うときが来るかも知れない。先のことは分からないし、それを越えるほどの絶望が来ないとは言えない。それと共に翠は気になった一言があった。
「友人…ですか?」
 警戒されていて信用されていないと思っていたのに、そう言われたことがなんだかくすぐったい。自分の腕を枕代わりにし、突っ伏したままで頷きながら眠そうにナイトホークが呟く。
「友達じゃない奴と一緒に徹夜で飲ま…ごめん、眠い。五分だけ寝かせて…あと、もうちょっと酒残しといて…」
 消え入るように話すと、スースーと呼吸が深くなった。酔い潰れたというわけではなく、本当に眠かったようだ。膝の上では七夜がすっかり落ち着いて、目を閉じながらゴロゴロと喉を鳴らしている。その様子に翠は昔のことを思い出していた。
 神無月…「あ奴」の祥月。
 心に刻まれた傷が痛む季節…。いつもとは確かに違う特別な時。
「私も酔ったのかも知れませんね…」
 スッと音もなく立ち上がり、翠はテーブル席のあるスペースを使い舞い踊る。
 過ぎ去った絶望、生き続ける絶望。そしてやって来る希望と、生き続けたい願望…そのどちらが勝るのかは分からない。だが、確かに自分は長い刻を生き続けている。それだけは変わらない事実だ。
「闇は絶対ではない。ならば私は闇を討つ光の一筋にでもなれるでしょうか…」
 この舞は死んでいった者のためか、それとも生き続ける者のためか。それとも自分自身のためか…薄闇の中舞い続けていても、翠にその答えは出なかった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師

◆ライター通信◆
お酒のお誘いありがとうございます、水月小織です。
翠さんが手に入れた情報を整理した後、「一緒に飲みませんか?」という事でお互い他愛のない話をしながら距離感などを計る話になっています。誰かを送ったことはたくさんあるのでしょうが、その中でも「大事な人との別れ」に関して似ている所があるのかも知れません。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。