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青春の必然
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「ちょ、ちょちょちょちょ、待った！！ 待ったってあんた！！！」
駅のホームで大声を発する草間・武彦は、否応無しに目立っていた。
手を眼前で振りながら、にじりにじりと後退する腰は引けている。奇異な視線は彼だけに向けられ――相対するものが、誰一人見えていなかった。
だが武彦には、そんな事に構っている余裕は無い。気を抜けば武彦の相対する【幽霊】は、腰にしがみついて揺すっても剥がれやしないのだ。
変なものに目を付けられてしまったと嘆いても後の祭り。
ここで是と頷かない限り、草間にとり憑くと囁くソレ――。
「ああ、わかったよ！！ 協力する！ するからっ！！」
脅しとばかりに線路に引きずり込まれそうになって初めて、武彦はまいったと手を挙げた。
「お前に頼みがある」
草間・武彦から依頼の申し込みを受けて、【アナタ】は興信所を訪れていた。苦々しく笑う武彦に先を促すと、彼は頬を掻いて視線を明後日の方向に逃がした。
「依頼主は、誤って線路に落ち事故死した奴で……まあ、地縛霊なんだが。そいつが駅で見かけたお前に惚れたらしい」
【アナタ】は武彦の言葉の真意を掴みきれず小首を傾げた。幽霊と言えど、元は人間だ。感情は残っていておかしくない。それが自分に好意を示してくれても、然りだ。
「何でもそいつは一度も味わえなかった青春を謳歌したいらしく……つまり、お前とデートがしたいらしい」
つい、と彼が指差した扉の前に、いつの間にかソイツはいた。
「ツテで人型の人形を借りた。――人間にしか見えないが、中身は死人だ。奴とデートしてくれ。依頼料もねぇ。デート代もお前のポケットマネーで！！ 承諾してもらえねーと俺が呪い殺される……！」
最後には縋る様に手を伸ばしてきた武彦に、【アナタ】は的外れな事を一言だけ。
『謳歌したい青春がコレ？』
「何でも、恋愛は青春の必然らしい！！」
――半べぞの武彦は、あまりにも憐れ過ぎた。
●U●
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水滝・刃はソファに座り、ゆったりとした動作で煙草をふかす草間・武彦を、呆れたような面持ちで見た。
己は肩で息をしているというのに、この人は。
座り込みそうな体を支えたのは、第三者の姿があったからで、脱力した様に頭を下げるだけに留まった。
切羽詰った様子で携帯にかかってきた、【悪霊退治】の依頼。草間を信じた自分が馬鹿だったのか。
「大丈夫ですか？」
零の気遣いには頷く事で返して、刃は草間へと歩み寄った。
「で、悪霊は？」
草間は煙草を持った指で目の前の女性を指して、簡潔に。
「悪霊」
「へ？」
「あら、デートの依頼ですよ？」
嫌な顔一つ見せず笑みを浮かべる女性に、刃は視線をやった。白い長袖のワンピースには胸元に校章らしき金字の紋様がある。赤いリボンには華やかさより落ち着いた印象を覚える。お嬢様に似合いそうな清楚な制服だった。――どうやら女子高生らしい。
今一度草間に視線を戻して、刃は事情を問い質した。
女性、というよりは少女と呼んだ方が良いだろうか。卯月・果歩と名乗った少女は、街で見掛けた刃に一目惚れして、想いを寄せていたという。しかし想いを告げる前にホームでの事故で、十六歳にして命を落としてしまった。その彼女が一日のデートを、望んでいる。
草間の説明を聞き終えた後、刃は逡巡するかのように、零の出したコーヒーに口を付けた。
じっと懇願の瞳を向けてくる果歩に、嘘をついているような気配は無い。
肩に掛かる細い髪に少々釣り上がり気味な瞳。白い面に頬だけが紅を差したように色づいている。
どこか、知人に似ていた。
実の所刃は、デートをするかしないかで迷っていたのでは無い。ただ、果歩が知人に似ている事に動揺してしまったのだ。
（落ち着け、世の中に似た人間は何人もいるじゃないか！）
ちらりと横目で見つめると、彼女はにこりと、小首を傾げるようにして微笑んだ。
動悸を抑えるようにしてコーヒーを嚥下してから、刃は肩を竦めて依頼に応じた。
――言ってくれれば、着替えてきたんだけど。
学校帰りの自分は、急を要する電話に当然制服のまま。結果的には制服デートとしゃれこめそうだが、せめて竹刀位は置いてこれただろうに。
刃のため息の理由など知らず、草間は諸手を上げて喜んでいた。
●V●
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興信所を出て街に出れば、辺りには高校生の類が溢れていた。刃と果歩と同じように、放課後デートを楽しむカップルの姿も多い。
二人は何とはなしに歩いていた。
「改めて、今日は本当に有難う御座います」
互いに自己紹介を終えると、果歩に深々と頭を下げられる。
「とても嬉しいです。勇気を出して良かった」
「そこまで喜んでもらえると、俺も承諾して良かったよ」
照れ隠しに後頭部を掻くと、クスリと笑みを零した果歩に釘付けになった。見れば見る程似ている。瓜二つとは言わないけれど、雰囲気が、だろうか。
「水滝さんは本当に優しいですね」
「俺が？」
「ええ、誰に対しても優しい。私、実は生前、駅でお友達と一緒に笑っている水滝さんを良く見ていたんです。私も友人と一緒に」
驚いたように目を見開けば、また笑みを零す。果歩はとても楽しそうに笑う少女だった。表情のどこにも悲壮感は無い。
「体調が悪そうなご友人に、何度も声をかけていて……荷物を持って上げていたり。それから、車内でおばあさんに席を譲って居た事も。大会での勇姿も素晴らしかったです」
「全然気付かなかったな……」
「もう二年も前の事です。竹刀を振っている水滝さんを羨ましく思った事もあります」
どうやら果歩の人生は二年前に終わったらしい。という事は生きていれば同学年という事か。
「私って、運動出来そうに見えます？」
「ああ」
素直に頷くと、果歩は悪戯を思いついた子供の様に目を眇めて。
「全く出来ないんです」
果歩はそう言って、自分の武勇伝を訥々と語りだした。
例えば逆上がり。小学生の頃手の皮が摺り剥けるまで毎日練習したのに、結局出来なかった事。百メートル走で唯一ビリから逃れたのは、転倒者が居たからだとか。バスケットのゴールを割る事、テニスのボールがコートに入る事、それは運が良い時だけだとか。
体型から見てもそんな風には見えなかったので、刃は思ったままを言葉にする。
「意外だな」
「そうでしょう？ 良く言われました」
しなやかな手、外人離れした長い足、引き締まった身体のどこにも無駄な贅肉が付いていない。それに快活な口調も手伝って、見た者に確かに、運動神経が良さそうだと思わせる。
「だからあんなに俊敏に動けて、凄いなって」
そう言った果歩が突然崩れ落ちたので、刃は慌ててその身体を支えた。
「な、何？」
「……足、挫いたみたいです……」
人形の身体だから痛みは無いんですけど、と伝える果歩だったが、特に躓くようなものが何も無い歩道での事だったので、ああこの子は本当に運動神経が無いのかもな、なんてどうでも良い事をしみじみと考えてしまう刃だった。
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しばらく雑談を繰り広げていた二人だったが、途中で缶ジュースを買って飲み歩いていると、沈黙が多く落ちるようになっていた。
既に缶コーヒーを飲み終えてしまった刃は手持ち無沙汰になって、冬枯れの街路樹を見渡した。遠くの空は沈みかけた太陽に真っ赤に染まっている。
こうやって歩いているだけでも、時間が経つのは早いものだ。
そんな風に思いを馳せていると、どうやら果歩も紅茶を飲み干したようだった。缶を受け取りながら、刃は気になっていた事を聞いてみる事にする。
「……俺の、どこに……惚れてくれたんだ？」
果歩は幾度か瞬きを繰り返した後、視線を外に逃がした刃を見て、噴出すようにして笑った。
「ふふ、どこって全部です」
「……全部？」
「そう、全部！ さっき話したように気配り上手で優しくて。こうやって車道側を歩いてくれるさり気無さも。私は欲張りだから一つになんて絞れません。次から次へと出てきますよ」
風に靡く髪の毛が夕日に透けて、その時初めて、果歩と友人を全くの別人だと思える事が出来た。
果歩は、素直だ。どこかボケていて、そして彼女こそ、気遣いが上手い。さり気無い刃の行動にも気付いて、それに対して絶妙のタイミングで有難う、と呟く。
歩道側を女性に譲るのなんて当然の行為、とばかりに自然に出来る事だが、それを言われると何だかくすぐったい。
「でも切欠は、立ち姿です。ホームで電車を待っている水滝さんの、ぴんと張った背中。姿勢が綺麗で思わず目が釘付けになりました。……ほら、今も。夕日に染まった姿、あの時みたいです……」
眩しそうに眇められた瞳を縁取る長い睫毛が、濡れた粒を零した。
「その姿に、あの頃の私はとっても勇気付けられていました」
ツキリ、と胸が痛む。果たして自分に、そんな風に言ってもらえるだけの価値があるだろうか。自分は見つめられている事など知らずに、ここまで来てしまったというのに？
果歩の真っ直ぐな思いに、ツキリツキリと胸が痛む。
微笑む彼女が幸せそうなら幸せそうな程。
ごめん、と胸中で呟いた。
そんな刃の曇った表情に気付かないで、果歩は刃の袖を引っ張った。
「見て下さい、犬です！」
「……本当だ」
「こんな所にペットショップがあったんですね。ほら、可愛い」
ガラス張りの店内には、仕切られた箱の中に沢山の種類の犬が居座っていた。愛らしい目をくりくりと動かして、黒のダックスフンドがガラスに鼻を押し付けている。その鼻をガラス越しに突く果歩が「可愛い」を連発した。
しゃがみ込む果歩を自身も膝を折って、眺める。尻尾を振って確かに愛らしい子犬達は、構ってと言わんばかりだ。
「犬、好きなのか？」
「はい、家でも飼ってて……」
「へえ、種類は？」
「ブルドックです。鼻ぺちゃで可愛くて。あ、……ちなみに、名前はジンです……」
立ち上がりながら照れた様に笑った果歩に、何だか複雑な表情になった刃は見えていなかったらしい。
「ブルドック、ね……」
果歩はまた、そんな様子を無視して次の店へと向かう。
「こっちも可愛いです。雑貨屋さんも、あったんですね」
「……」
「水滝さん？」
「……ああ、ここらは最近開発された辺りだから……」
「そうなんですか……あれ、欲しいなぁ」
またも膝を折ってガラス越しの店内を物色する果歩が、一点を見つめて呟いたのを聞いて、落ち込み気味だった刃の心は一気に現実へと舞い戻った。
買って上げよう等と頭を掠めた感情に、頭を掻く。果歩はもう、この世に居ない筈の人間なのだ。この世に未練を残す原因になりえるものを、ほいほいと与えるわけにはいかないのだ。あまりにも精巧に表情を作るものだから、危うく忘れる所だった。
「何なら、中見てくれば良い。俺は、外で待ってるから」
「え、でも……」
「こういう可愛い店は、ちょっと入りにくいから」
「でも……あっ、あの……じゃあ、ちょっとだけ！」
そう言って申し訳無さそうに店内に駆け込んだ果歩に、また少し、胸が痛んだ。
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それから、日が暮れるまでは更に早く感じられた。
空が漆黒に染まり、星々光輝きを頼りに夜を告げる頃、二人は公園に行き着いた。外灯の下、果歩は頭を下げる。
「水滝さん、有難う御座いました」
柔らかく微笑むと目尻が下がって、綺麗というより可愛い少女の顔になる。
「俺こそ、楽しかった」
自分は上手く笑えずに硬い表情になってしまうが、外灯を背にしている自分の顔は果歩にとっては暗がりの中。それが唯一の救いだった。
果歩は刃の両手を取って、己のそれで握りこむ。
「……温かい……」
痛みも感じないのだから体温だって感じないだろうに、果歩の震えていた指は、刃の手に触れた瞬間震えを止めた。
冷たい筈の人形の手が、刃にも温かいものに思えた。
明滅するようにその指から、果歩の身体が淡くなる。終わりを明確に、伝えてくる。
発光する小さな粒へと成り代わる果歩が、幸せそうに笑う。その顔で、幸せだと呟く。
「水滝さん、最後にお願い」
「お願い？」
「最後に寄った雑貨屋さん、覚えてますか？ 明日、あの店に行って下さい」
「店？」
訝しげに眉根を寄せると、次の瞬間には、果歩の姿は無かった。
はっとして顔を上げると、発光体が天へと昇っていく様子――残されたのは、抜け殻の人形と刃だけだった――。
「こんにちわ、草間さん」
ノックの後興信所の扉を開けるなり、飛び込んできた何時も通りの草間に、刃は軽く手を上げて挨拶した。
相変わらず古いソファーに腰掛けて紫煙を吐いている草間は、眼鏡の奥で目を開いた。
「何だ、お前か。今日は別に依頼は無いぞ」
「知ってる。今日は昨日の報告に」
ああ、と片眉を上げる草間は、まるでその事を今思い出したかのようだ。昨日の今日の事なのに、この人は。頭を抱えたくなるが、ため息だけに納めて、刃は草間の前に越しかけた。
「――っていう事で、あいつならいい顔してた」
「そんで、お前はその顔なわけ？」
指摘された顔については既に友人に突っ込まれた後だ。苦笑して続ける。
「未練がましいか？ 俺って」
草間はそれには応えず、肩を竦めただけだった。
早々に興信所を切り上げて、刃は件の雑貨屋を目指した。昨日と同じ道に吹き抜ける風は、既に冬の匂いを帯びている。
雑貨屋には思った通り、女性客ばかりで賑わっていた。
入るのを躊躇われ、彼女等が出て行ってからなんて思って数分待ってみたものの、一行に出てくる気配は無い。
男一人でファンシーグッズの店に入るには勇気が居るが、何時までもそうしているわけには行かないので、意を決して扉に手をかけた。
かけた所で、内側から勢い良くドアが開いた。
びっくりして後ずさると、店の名前の入ったエプロンをした、どうやら女性定員が刃を指差した。
「昨日のっ！」
「は？」
隠しもせず訝しげに漏らした刃の言葉を、定員は笑顔で流した。
「予約、貰ってます。昨日の聖蘭女学院の生徒さんから！ 貴方が来たら渡してくれって。あ、包装しないでって言われたからそのままなんですけど、今持ってきます」
そのまま店内に戻った定員が再び戻るまで、一分とかからなかった。
呆ける刃の手に定員はティーカップを押し付けると、更に続けた。
「伝言も貰ってます。彼女が出来たら使って下さいって。……じゃ、忙しいので！」
何を勘違いしたのか同情の篭った目で言って、店員は室内へ消えた。
刃はペアのカップを見つめたまま、暫く動けないでいた。
聖蘭女学院――ああ、どこかで見たと思ったらあの制服はそこだったのか、とか。
このカップは果歩がじっと見ていて、欲しいって言ってたやつだ、とか。
店内でこんなのを買ってたのか、とか。なら買ってあげれば良かったのか、とか。
恐らく果歩に「次の彼女と使ってね」と振られたんだとあの店員は思った事だろう。
そんな事を訥々と考えていた。
END
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●登場人物●
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
【3860／水滝・刃[ﾐﾅﾀｷ・ｼﾞﾝ]／男性／18歳／高校生／陰陽師】
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●ライター通信●
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初めまして、この度は発注有難う御座いました。
そして、大変大変お待たせしてしまいまして、本当に申し訳ありません。お待たせしただけでは飽き足らず、お問い合わせまでして頂いて……お怒りの類は、ぜひぶつけて下さい。
それでも、少しでもお楽しみ頂ければ、嬉しく思います。
またどこかでお会いできましたら……。
有難う御座いました。
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