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<東京怪談・PCゲームノベル>


■□■□■ハーブ達のロジカル<3>■□■□■


「お届けものかね」
「あの娘かね」
「ハーブかね」

 同じ顔をしているのか、違うのか。ボロボロに腐ったような顔をした三人の老婆は代わる代わるにそんな言葉を繋げる。あれほど煩かった妖精達も、この家に入ってからは随分と大人しくなってしまっていた。籠の中に気配はあるが――何か、結界でも働いているのか。それともこの老婆達を恐れているのか。
 あの少女のように頭をローブで覆った老婆達は、代わる代わるの言葉を再びに繋げる。

「夜のハーブは受け取れないね」
「夜は妖精が湧いているだろう」
「そんなハーブでは使えないね」
「朝になるまで待っておいで」
「森に入り直せば妖精は消える」
「森を歩き回って朝を待つかね」

「ちょ、待って――」

「命令を三つ聞けば、受け取ろう」
「三つの命令を聞けば、受け取ろう」
「聞いた三つの命令を容れれば、受け取ろう」
「雪の欠片を柄杓に一杯分集めておいで」
「夜咲きの花を三つ見付け、その花弁を一枚ずつ持っておいで」

「……最後の一つは?」

 魔女達が笑い出す。ひひひと引き攣った声で。
 ループする声は悪意を含む。
 何を求めているのか判らない。
 だから言葉を待つ。

「私達の腐り落ちたこの醜い顔に口付けをしてごらん」


■□■□■

 老婆達の小屋を出たシュライン・エマと蕨野ビワは、殆ど同時に詰めていた息を零した。妖精達でなくとも、暗い小屋の中で笑う老婆達は多少不気味に思えて緊張感を煽る。悪意の篭った笑い声が未だ耳の奥にこびりついているような気がして、ふるふるっと頭を振ってしまう。

「どう、しましょう……か。ここまで来ています、から、……三つの命令、私は、構わないです。けど」
「私も特に異論はないわ。彼女達がこのハーブたちで何をするのか、少し興味もあるしね。さて、妖精さん達は、もう起きている?」

 とんとん、とシュラインが籠を叩くと、ハンカチの奥から小さな手足を零していた妖精達がちたぱたとうごめく気配がある。ぴょんっと顔を出した一人に続いて、わらわらとそれらは飛び出した。籠の容積を無視している人数と、振りまかれる淡い燐粉に、少しだけ目が眩む。騒がしかった様子はなく、彼女達は一様に緊張した面持ちでいた。ビワは小首を傾げ、問い掛ける。

「……眠いんですか? それとも、……お手洗い? さっき、いっぱい食べてました……し」

 空中で妖精達は総コケした。

「ち、違うんだよっ、妖精はお手洗い行かないんだよっ! アイドルだってそうだもんっ!」
「それは俗説……」
「じゃなくてーっ! ウィッカさん達のこと、ごめんなさいなんだよ……あたし達沸いちゃってるから、突っ返されちゃって。そのその、もしもし、さっきの命令聞くんなら、あたし達もいっぱいいっぱいお手伝いするんだよっ! 狼からも助けて貰ったし、妖精は恩義を忘れないんだよっ!」

 えっへん! と胸を張る姿は壮絶に頼りない。が、この森と言う異界に関してのことは、彼女達の助けがあった方がいくらかは能率的だろう――シュラインは口元に指先を当てる。夜咲きの花、雪の欠片、取り敢えずはこの二つ。それと、多少の、気になるところ。

「それじゃあ少し訊きたいんだけど、そうね……さっきの狼の狙いはあなた達だったみたいだけど、狼はあなた達を奪ってどうするつもりだったのかしら」
「そう、ですよね……こんなに小さいと、量食べても……あんまり、お腹にはたまらなそう。ですし。漬け込んだりすると、味が染み出す……とか、でしょうか。ちょっと、興味が」
「ビワちゃん何気に怖いこと言わないで欲しいんだよ!?」
「お菓子もたくさん、食べて……甘そう……冗談です、けど。半分は」
「残りの半分はっ!? うーんうーん、狼さんについては、あたし達もよく判んないんだよっ。妖精を食べる動物なんて聞いたことないし。あたし達なんて基本的にはハーブだから、それ以上の効果も質量もないんだよっ」

 ぱたぱたと手足をばたつかせる妖精達の様子に、シュラインは頷く。彼女達は化身に近い類の妖精なのだから、ハーブ以上の能力はないのだろう――通常よりも、強力ではあるが。狼の考えた使用用途。七匹の子山羊や仔豚たちを食べるためならば、それは。
 子山羊の童話なら、狼は彼らに家を開けさせる為にいくつかの試行錯誤を繰り返した。仔豚の童話も、力づくではどうにもならないレンガの家に対しては頭を使っていたように思える。家。どちらも共通する、その条件。
 どんな家にでも通風孔はあるわけで、ニオイはそこから入り込む。強力なハーブならば判断力を狂わせることぐらい出来るのかもしれない。過程だが、やはり彼女達の能力はその『香り』なのだろう――ならば、ウィッカと呼ばれる老婆達の使用目的は。

「ウィッカ……魔女……と言ったら、やっぱり怪しい薬……ですよね」

 ビワはぽつりと呟く。
 イモリの黒焼きやヤモリの炭火焼、虫やら草やら怪しげなものを煮詰めて、笑い声は『ヒーッヒッヒッヒ』。基本的な魔女のイメージを思い起こすと、やはり薬の材料と言うのが妥当な予想に思えた。真っ暗な部屋の中で真っ黒なローブ、巨大な瓶にぐつぐつ闇ナベのような薬。闇ナベ。闇と名前がつく割に黒とは限らないのがなんだか納得いかない。出汁としてカカオ分が99%のチョコレートを入れることぐらいは、推奨したい。
 否、思考が若干ずれている。ビワは思い出す――少女。ハーブの籠を渡してきた少女と、老婆達の関係はなんだろう。血縁関係があるなら孫か何かだろうか。足腰の弱った祖母達(数が多いことは気にしない)の為に、せっせと集めた薬草――あ。

 ぽむっと手を鳴らして、ビワは納得する。
 若返りの薬だ。
 ちゅーとか言ってるし、きっとそうだ。健気な孫に助けられながら、もう一度青春を!

「なるほど……そうなったら、早く行きましょう。探し物、探し物」
「え、ビワちゃん何を納得してるの? そして何処に行こうとしているの?」
「早く、お婆さん達のために行かなきゃと……青春は大切、です。黒い春がないのは、ちょっと納得行きませんけれど」
「いや何の話を。がむしゃらに行ったら戻って来れなくなっちゃうわ、私も行くから少し待って!」

■□■□■

 基準となるウィッカの家が見付かったことにより読めるようになった地図には、いくつかの印が付けられていた。まるでこの時の為に渡された地図のようにも見える、妖精の明かりに頼りながらシュラインは思う。道の類が記されていないのは多少不便だが、星で方角は大体わかった。しかし、印が何を表しているものなのかが判別しにくい。×が二つに△が五つ。はても、さても。

「雪の欠片……妖精さん達、には、心当たり……あるんです、か?」
「うーんうーん、雪って言ったら冷たいアレだけど、あたし達は見たことないんだよっ。寒いときって、枯れちゃうもんっ」
「……ですよね」
「そもそも雪なんて、溶けたら単純に水になってしまうわよね。何か謎掛けがしてあるのかしら――雪……童話なら、白雪姫かしら。でも、雪の欠片、だとね」

 ガラスの棺の中で眠る白雪姫の絵は綺麗なものだったと思う。ビワはローブの中から出した水晶球を眺めた。透明な棺の中に眠る、木炭の髪と雪の肌と血の赤をしたお姫様。割れたら刺さるし、擦れたら音が反響して煩そうだ。あのキョリキョリした音は背筋に来る。
 今まで辿ってきた道をゆっくりと水晶に映していくが、暗い森の道をぐるぐるとしているようにしか見えない。明度を上げてみるが、さてこれは何処だっただろう。子豚達の尻尾がぷりぷり映り込んでいるのが美味しそうだ、いやもっと他の場所を見なければ。歩いている時とは違う方に、認識を。

「あ」
「どうしたの? ビワちゃん」
「ここ、に……何か、映り込んでます。洞穴か、洞窟……のような」

 止めた映像は子豚の家からウィッカの小屋までの途中だった。シュラインは地図を広げてみる、子豚達の家の方角から――ウィッカ達のところまで。一直線に進んできたわけではなかっただろうが、そのラインに沿う箇所には×印と△印が一組、並んでいた。

「洞穴ね――昔は冬の間に作った氷を保存するのに、そういった天然の冷暗所を利用したと言うものね。偶然にしても、行ってみる価値はありそうだわ」
「道を、逆に……辿って、行けば。すぐに、見付けられます……付いて来てくだ、あうッ!」
「水晶球ばかり見て歩くのは危ないわ……。大丈夫よ、近くまで行ければ目もあるし、風の音や気流の変化なんかで見付けられるから」

 すってんとコケたビワのローブから土を払って、シュラインは苦笑する。妖精達は辺りに舞って、早速きょろきょろと辺りを眺め回していた。まだ早いだろうに。地図を見下ろしてから、シュラインは辺りの木々を観察する。
 すらりとした杉ばかりの中に、たまにぽつぽつと違うものが混じっている。意図的なものを感じさせる特異点だ。ビワの水晶球を覗き込めば、件の場所の近くにも一本そんな木が見える。見下ろした地図の、△と×。目印と目的地――どちらかが。シルエット的には、△が木を表しているのだろう。
 ウィッカ達の悪意混じりな様子とは逆に、森はこちらに道を示しているようだった。目印をこれ見よがしに置いている、これでは何を試すことにもなっていないような気すらした。何が目的なのか。ただ、こちらを遊んでいるのか。

「ビワちゃんは、あのウィッカさん達をどう思う? 私達に何か悪意があるとか、試しているとか、感じるかしら」
「悪意……ですか?」

 きょとん、とビワはシュラインを見上げる。

「特に、……感じられませんでした。……ローブ、黒でしたし」
「いやそこを判断基準にするのはちょっとどうかと思うのね」
「あう。でも……口で言うほどの悪意は、ないと……思いました。きっと。試してる、のは、あるのかも……ですけれど」

 出直して来いとか命令を聞けとか、そんな傲慢な言葉を向けられたら、きっと大多数の人間は反感を持つだろう。押し付けられたお使いともなれば尚更だ。夜まで辿り着けなかったならば、それなりの事情があったと汲んでくれるだろう――この森に住んでいるのならば。ビワは思考する。没頭してローブに爪先を突っ掛けそうになったが、妖精達にフードを引っ張られてどうにか踏みとどまる。
 気を取り直し。事情を加味しつつもあの物言いをするのだから、そこにはやはり何かを伺っているような意味合いはあるのだろう。出方を伺って、しかし、その後に続く言葉が出て来ない。試して、どうしたいのか。

「……身体を乗っ取る、とか……あの様子だと、若返るより乗り換えたほうが楽そう……ですし、そして黒い春を逆ナンしまくりつつ……謳歌したり……」
「黒い春? 若返り?」
「いえ、こちらの……」
「見付けた見付けた、なんだよーっ!」

 ゆっくりと歩いていた二人に先行して飛んでいた妖精達の一団が叫びながら腕を振っているのに、シュラインとビワは顔を上げた。

■□■□■

「あっちに洞窟見付けたんだよっ、まだまだ入ってないけどすっごく冷たい風が流れてるんだよっ! きっと雪の欠片って、そこにあると思うんだよっ!」

 はしゃぐ妖精達に引っ張られて行くと、木々の切れ間にぽっかりと巨大な洞窟が口を開けていた。零れだす冷気に肩を竦めながらも、シュラインは首を傾げる。なだらかな下り坂のようになっている、土の入り口。触れた感触はあるのに――風を、感じない。音の上で、そこは森の中と変わらない様子だった。異界の中でも、更なる異界のように。

「真っ暗、ですね……妖精さんの明かり、大丈夫……でしょうか」
「そうね、凍えてしまったりしない? ここで待っていた方が良いかしら」
「大丈夫っ、みんな集まればあったかい!」

 言うや否や、彼女達はぎゅぎゅぎゅっ! っと密集してみせる。
 ミツバチは密集した体温でスズメバチを退けるらしい。何故かそんなことを思い出させる。

 集まって強くなった明かりを頼りに、二人は洞窟に足を踏み入れた。シュラインはやはり違和感を覚える――呼吸音や足音が、まるで反響していないのだ。土の壁に吸収されていると言うわけでもなく、聞こえるのは、森の中と変わらない程度の開けた音。
 その感覚は、妖精達の声によく似ていた。発せられているけれど反響はしない、認識の中にだけある音。ならばこの場所も認識の中だけにあるのだろうか。夢のように、空想のように――御伽の、ように。

 長い下り坂が終わり、唐突に場所が拓ける。
 認識が切り替えられるように。


 ぽっかり明いた空間には、巨大なレース編みのように、雪の結晶が聳えていた。


「――――、……」

 大きさは二階建ての家ほどだろうか。複雑に綾なされた糸が、ステンドグラスのように繊細な模様を描いている。透明なのにその輪郭は闇に浮かび上がっていた。吐いた息は空気の冷たさにも関わらず白くはならない。御伽の空間。

「雪、……ですよね」
「……でしょうね」
「雪の欠片って、ことは……これの欠片を、持って行けば……良いんでしょうか。傷つけて、……持って」

 それはなんだか、勿体無い。ビワは単純にそう思う。
 こんなに綺麗なものを壊してしまうのは、惜しい。

 ゆっくりと近付けば、糸の端があちらこちらから伸びているのに気付く。辿っていくと、氷の糸束がいくつか転がされていた。それらはゆっくりと動いて、今も結晶を編み込んでいるらしい。まだまだ広がっていくのだろう、やはり、ほつれさせるのは躊躇われる。どうしたものか。水晶球を腕の中で転がすと、カサリと音が立つ。
 見れば、青白い石の影に、同じく青白い妖精達が隠れていた。

「……お友達、ですか?」

 固まって震えていたハーブ達に尋ねると、ふるふる、頭を横に振られる。

「あの……すみません、少し記念念写を……」
「ビワちゃん? 誰に話しかけて――あら」

 すい、と水晶球を構えたビワに、シュラインも妖精達に気付く。怯えか警戒か、小さな身体をそれらはぶるぶると震わせていた。ハーブ達が葉のような衣類をつけているのと違って、こちらは淡い色のワンピースめいたものを纏っている。身体も陽の気配を感じさせない青白さで、どうやら、種類が違うらしいと判った。シュラインはしゃがみ込んで彼女達を見下ろす。ぴるぴるるるッと、縮こまられてしまった。

「悪さをしに来たんじゃないのよ、お使いなの。ウィッカさん、って、あなた達は知っている?」

 小さくそれらは頷くが、それ以上の仕種はない。

「雪の欠片を持って来い、って言われているの。あの結晶を編んだのはあなた達なのね? 良ければその糸束を、少し分けてくれないかしら」
「…………」
「少しで、構わないの。出来る限りのお礼はするから……そんなに、怯えないで?」

 ふるふると、それでも妖精達はただ身を寄せ合って震えていた。ビワはむぅっと考え込む――緊張されているのか、警戒されているのか。この様子は少し、子山羊達の時に似ている。
 籠から出したハーブは、凍えてしまっている所為かあまりニオイが強くはなかった。水晶球で昼間の記録を呼び出せば、光で多少は温まるだろうか。それともちょっと火をつけてみたり。いや、人肌にすれば案外とニオイが立つものなのかも。やはり炭化が良いだろうか。黒いし。黒焼き黒焼き。

「あの、あの」

 小さな声が足元から響いて、ビワは視線を下げる。
 小さな雪の妖精が、ちたちたと手を伸ばしていた。

「それ、一本くださいませんか」
「……この、ハーブ?」
「はい。わたしたち、おひさまは見れないから……」

 そう言えば、ハーブ達も雪は見ることが出来ないと言っていた。その時は枯れてしまっているから。雪である彼女達にも、同じことが言えるのかもしれない。おひさまは、見れない。緑も。
 一本ぐらいなら、きっと構わないだろう。ビワはそっと、手に持ったラベンダーを差し出した。
 妖精は嬉しそうに笑って、ぺこりと丁寧に頭を下げる。そのまま岩陰に走って、小さな腕にやっと抱えられるぐらいの器を運んでくる。それは丁度柄杓程度の大きさだった。中には、氷に閉じ込められた――雪のレースが、何枚も重ねられている。ガラスの棺に入った、白雪姫のように。

「これで、たりますか?」
「ええ、きっと十分よ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございましたっ!」

 笑った妖精達に背を向けて、二人は洞窟を後にした。
 振り向くと、ぽっかり口を開けていたはずの暗闇はない。
 ただ名残の冷気だけが、そこに漂っていた。

■□■□■

 空を見上げれば、月も西に下り始めていた。凍えた妖精達を籠に戻して抱き締めながら、シュラインとビワは地図を見下ろす。△と×の羅列、そして、ウィッカの家。

「こう……△印を辿って行くと、もう一つの×印に……」
「場所を示しているのだとしたら、きっとそうなのでしょうね。夜咲きでもいくらか光は要るでしょうから、木々の拓けた所も重点的に探した方が良いかしら。交渉は、妖精さん達に任せたいのだけれど」
「がんばるよっ!」
「ちなみに、そういった花への心当たりは」
「全然ないんだよっ!」

 元気なだけの返事に、思わず苦笑が零れてくる。
 ようやく身体の凍えが取れたらしい妖精達を放して、二人は歩き出す。シュラインは風の音に集中し、木の葉の気配を探った。同じ風が形の違うものを抜ければ、その風速や音程には特徴が出る。闇の中、眼で探すよりは効果的だ。
 ビワは水晶の中に周りを映しこみ、月光で明度を上げながら辺りを探す。しかし、花の詳細が判らないのではいけない。闇の中だ、保護色状態に黒い花だったりしたら確実に見落としてしまう。黒い花。でもそれなら徹夜で探しても良いぐらいにときめくかもしれない。押し花にでもしたら、良さそうな。

「あ」
「どうしたの、ビワちゃん?」

 二本目の木を見付けた所でビワが小さく呟く声に、シュラインは彼女を見遣る。

「この辺り……昼に、眠り姫さん……が、いた。近く、です。水晶が、道を……覚えて」
「と言うことは、道が近くにあるのね」
「はい……あ、こっち」

 とて、とビワが脚を進めた方向は、地図が示す方角と同じだった。シュラインは耳を済ませて風を辿る。木々の途切れている気配が、前方にあるらしかった。水晶球の中を見下ろしながら道を辿るビワが、時々転びそうになるのを支えてやる。暗さとローブの長さ、そして足元を確認しない三重苦では、何度も脚が縺れてしまう。

「ぁうっ」

 よろりとした手から水晶球が離れて、柔らかい土の上を転がって行った。
 追い掛けると唐突に空が開けて、道に出る。
 そこには、斧が裂いていた。

 一瞬脚を止めたシュラインに対して、ビワは猫のように水晶を追う。こつん、硬質的な音を立ててやっと止まったそれに手を伸ばしてから、ふと水晶を止めたものを見遣る。地面に突き刺さった斧の柄、木製の部分がまるで枝のように節くれ立ち――そこから、花が伸びている。
 細い花弁をいくつも持つそれは、白い菊のような印象だった。木の花と言う印象ではないのに、それは枝から伸びている。否、そもそも、斧から枝が伸びると言う状況がおかしいのか。辺りを眺めてみれば、同じような斧がぽつぽつと地面に突き刺さっている。昼間の名残、か。

「これ、あの眠り姫さんが投げてた斧――よね」

 花を覗き込んで、シュラインは確認するように問いかける。

「月光で、柄の木で出来た部分が育ったみたいだけど……加工された木は、いくら水を吸わせてみたって腐敗が進むだけのはずだわ。もう一度生命が芽生えるなんて、これじゃあまるで」

 種のようだ、と思う。
 意思の伴わない夢遊病の姫が、台風のように暴れながらこの種を飛ばしでもしたかのようだ。空想だとは思うが、この異界は童話をいくつも体現している。こんなことがあっても構わないのかもしれないが――そっと、シュラインは花に手を伸ばす。
 細い花弁は金属のように固く、そして鋭い。指先に小さく走った痛みに顔を潜めれば、針に刺されたような傷が出来ていた。眠り姫の、針か――軽く血を吸いだす。毒がないとも、限らない。傍らに飛んでいた妖精を見上げる。

「この花にも妖精の気配はあるのかしら。姿は見えないようだけど」
「うーんうーんうーん。これ、花じゃないんだよー」
「花じゃない?」

 うんうん、頷いた妖精は小さな身体を花に近付けて覗き込む。すんすんとニオイを嗅いだり、小さな指先で突いてみたり、固まって相談をしたり。ビワも同じように、花を覗き込んだ。硬質的に尖ったそれは、確かに植物のような瑞々しさを感じさせない。だが木から伸びているし、地図にも合っている。そもそも、探し物の外見すら教えられないとはどういうことなのか。見れば判るとでも。否、しかし。

「これって草でも花でもないんだよ、だから妖精も住んでないんだよ」
「でも、この柄から生えているわよね。それ自体なんだかおかしいけれど」
「そうなんだよ、おかしいんだよっ。でもでも」

 妖精は小さな足で花弁の一枚に体重を乗せる。それはぽきんっと、硬い音を立てて地面に落ちた。葉のクッションでそれを受け止めた他の妖精達が飛んで、それを二人に示す。

「木でも花でも草でもないんだよ。なんだか、こう、何かが寄り集まってこの形をしてるみたいな――ぎゅーってぎゅーって固まって、この形をしてるみたいなっ」
「何かって、何が? ここには何も――」

 ふ、とシュラインは気付く。
 何かを凝縮した、と言うならば、雪の欠片もそれと同一の類だろう。水の分子を凝縮させて加工させた糸。あれは洞窟と言うフィールドを異界の中で更に異界化させていた。しかしこの道は二重異界状態にはなっていない――空気の密度や辺りに変調は、見られない。影響を与えないものを凝縮しているのなら。夜咲きの花。
 西に下り始めていた月を見上げる。森の中では木に隠れかけていたが、拓けた道にはよく月光が差していた。なのに、森の中と明度に差を感じない。

「光を、凝縮している? 夜咲きは――夜を、裂く、光の花。夜裂き、か」

 妖精から葉を受け取って、シュラインは苦笑する。童話が好む韻踏み遊びか。ともかく気をつけて、あとの二枚も取らせて貰おう――

「あ、水晶で……叩くと、良い感じに……落ちます、ね。これ」
「って、鈍器で撲殺!? って言うか潰れないのそれ!?」
「大丈夫です……駄目だったら、黒く……なかったから、です。黒いお花なら……平気、だったのに」
「いえいえいえ、それは暴論で」
「あ」

 ぐしゃ。

「何今の音」
「…………黒くなかったから」
「ああッ惨殺されてるんだよ!?」

■□■□■

「三位一体の女神は色々な神話に出て来るのよね。北欧ならノルンだし、ギリシャならモノライ。ファーティなんかは三人の老婆で、丁度良いのかもしれないわね。宗教侵略に遭った土地では、元々信仰されていた神が魔女と呼ばれることもある」
「魔女……つまりウィッカ、ですね。魔術はあまり、明るく……ありません、けれど。神話は、占いと密接……です。から。いくらかは、聞いたことが……あります。ウルシトワーレやウリスニツァ、運命は三つの……要素で、動かされる。密接な、数字。この花弁も」

 ウィッカの小屋が見えてきたところで、二人は改めて確認する。小さな柄杓に閉じられた雪の欠片と、妖精の葉に包まれた夜裂き――夜咲きの花弁。残った一つの命令を聞けば、少女に頼まれた使いも終わる。
 ドアを開ければ、家の中は月光の入る外よりも暗く感じられた。僅かに灯る暖炉の明かり、その前には等間隔で三つの安楽椅子が並んでいる。三人の老婆達は、その丸い背を扉に向けていた。キィ、キィと床が軋む一定のリズムは、糸車を連想させる。

「お帰りかね」
「戻ったようだね」
「揃ったようだね」

 くひひひひ。漏らされた甲高い声には相変わらずの悪意が込められていて、シュラインは苦笑する。

「最後だね」
「どうするね」
「出来るかね」
「醜いよ」
「朽ち果てて」
「この世のものとは」
「三つ目だ」
「三回だ」
「重ねられるかね」

 輪唱のように繰り返される声に、ビワはゆっくりと足を踏み出した。

 暖炉の前に周れば、埋もれた火がゆらゆらと不気味に老婆達の顔を照らしている。黒いローブに目元を隠させているその顔は、たるんで深い皺が刻まれていた。そこに影が入って余計に老いた気配を醸し出している。ここまでのものだと、クリームや軟膏の類はあまり役に立たないのだろうな――ぼんやりと、彼女は考える。
 しかし、誰にだって人生を楽しむ資格はあるだろう。もしかしたら魔術に夢中で、彼女達はその春を通り過ぎてしまったのかもしれない。そうなったら若返りでもなんでもしたくなるだろう、同じ黒いローブの友として、もう一度彼女達に黒い春を与えることに、やぶさかではない。だから。
 ビワは軽く、老婆の頬に口付けをする。

 簡単な口付けをぽんぽんと終えるビワに微笑して、シュラインもそれに倣った。間近に観察すれば、その顔の乾き方が何かを連想させる。冬に乾いて幾分痩せる木々は、こんな風に深い皺を寄せている。年輪を重ねて、堂々と、大量の葉や枝で身体を覆いながら。そう、こんなローブを纏うように。
 ハーブの籠に柄杓と花弁を入れ、シュラインは一人の老婆の膝にそれを乗せた。ビワも自分の籠をそっと差し出す。受け取った老婆達は、やんわりと、ただ単純に柔らかく――微笑した。

 立ち上がった老婆達からローブが落ちると、そこに朽ちた顔はなく、若く白い肌が覗いた。

「……やっぱり、若返りの薬……」
「え、若返り!? でもまだ何もしては!?」
「……吸われた? エキスとか、エナジー……とか」
「いえいえ吸われても!?」

 くすくすくす、と女達の笑いが輪唱する。ふわりと浮いた籠からはハーブや花弁が浮かび、辺りに浮かび上がっていた。優しげな面差しと肌、パーツは認識できるのに、目が眩んだように全体の顔は判らない。ただ、足元に落ちたローブの黒だけが強くうつる。金の斧の銀の斧、泉の女神は、こんな感じだろうか。ふっとそんな考えが浮かんでは、ゆっくり消える。

「良かった、来てくれて」
「良かった、助けてくれて」
「良かった、頼まれてくれて」

 輪唱の声も違う。ふわりとウィッカ達は花弁を寄せた。二枚が一人に渡って鋏になり、もう一枚が違う一人の手に渡って針になる。そして、残った一人が、雪の糸を解いた。
 ハッと気付いた妖精達が、ハーブを運んで身を寄せる。そのまま、溶けるように草の中に消えていった。

「……女神、」
「いいえ、いいえ、いいえ。今はただの名前のないウィッカ」

 くすくすと笑みが零れて、ウィッカ達が笑う。

「御伽は完全な空想」
「妖や物の怪とは違う、現実の伴わない妄想」
「共同されなければ力を失ってしまう幻想」

「外が共有してくれないければ消えてしまう世界」
「何もかもが流れ着いて希薄さばかりが増して行く異界」
「瓦解してしまう子供達の視界」

 ああ、だから。
 すとん、と納得した。
 だから、外の世界を直接取り込んだのだろう。
 この不条理な空想に耐えるだけの人間を選んで、取り込んで。

 担がれたらしい。シュラインは苦笑する。
 やっぱり吸われた気がする。ビワは思う。
 姿を変えたウィッカ達に反応したと言うことは、妖精達も気付いていたのかもしれない。

「でも――じゃあ、あの女の子は?」

 くるくると雪の糸を編んでハーブ達を包んで行くウィッカに、シュラインは問いかける。自分達をこの異界、否、空想に連れてきたのは一体誰だったのか。三人の女神達とはまた違う、別の因子。外に働きかけるだけの力を持っていた彼女。
 ウィッカは笑う。同じ顔を同じように笑ませながら、悪戯に自身の頭に手を立てて見せた。ウサギの耳のようなそのジェスチャーに、ああ、とビワが頷く。

「外と中を繋ぐ、のは――ウサギ。アリスは永遠の少女……ウサギ、ハーブは好物。です、からね。新鮮な種が……入ってこないと、困る」
「食べるって……それは」
「やっぱり、黒焼きがお勧め……です。ハーブもウサギも、黒焼き黒焼き……黒は良いです、黒は。ウィッカさん達も、ローブは黒々してると……逆ナンとか、成功……」
「ビワちゃんそれは一体何の話」
「え、じゃあ今度行ってみる?」「マジで? ちょい恥ずかしくね?」「でも息抜きしないと持たねーべ?」
「ノらないでそこの女神達!! って言うか空想世界の壊れ方ってそう言うものなの!? 確かに赤頭巾とかそんな感じだったけど、なんか違うわ!!」

「そうそう、そうやってイメージを提示してもらえると助かるの」

 くるるん。
 繰られた糸がしゃきんっと月光の鋏に立たれて、二人の手元にレース編みのサシェが落ちる。



「だから、ありがとう」

 そうして笑ったウィッカの顔は、少し子供の頃の自分に似ていた気がした。

■□■□■

 気がつくと明るくて、それがいつもの東京の夜だと気付く。どうやら異界から解放されたらしい――シュラインは場所を確認する。入った時と同じ、場所だ。夜だと言うのに明るくて、こんなネオンの煩い場所には夢や幻想が似つかわしくないような気がする。
 夜が消えた世界に空想はない。現代には闇が足りない。言っていたのはどこの妖怪漫画家だったっけ。夢も静かに見られない世界。だけど。



 手の中でひんやりとしたサシェを握り締めると、僅かに森のニオイが漂う。



 ビワはにぎにぎとそれを繰り返した。雪の糸で作ったものだから当然それは白い。なのに香るのは緑で、さっきまで漂っていた深い夜を思い出す。月も隠してしまう木の葉達の夜。魔女がローブで覆い隠したような、柔らかな闇。
 後で黒いリボンを飾ろう。いや、そのままぐるぐる巻きにしても良いかもしれない。染めると匂いが消えてしまいそうだから、頑張って黒の部分を増やして。あの夜のように、優しい黒を。



 そして、優しい空想をしよう。






■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6587 / 蕨野ビワ     /  十八歳 / 女性 / 占い師

<受付順>


■□■□■ 配布アイテム ■□■□■

☆ウィッカのサシェ(全員)


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 大分時間が掛かってしまいましたが、ハーブ達のロジカル<3>をお届けします、ライターの哉色です。難産でかなり長くなってしまい、申し訳ございませんorz
 童話も神話も児童文学も妖怪漫画もごちゃまぜに空想と一緒くたにした珍妙空間になりましたが、少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。