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□ オレンジ色に染められて □
赤く染まった葉が地面に落ち、自然の絨毯を作る頃。
街を彩るのは、オレンジ色のカボチャが溢れる様になる。
本物ではなく、マスコットやぬいぐるみ、様々なグッズだ。
アメリカから渡ってきた、古くは古代ケルト人の祭りが時代を経て、ハロウィーンがイベントの一つとして習慣が根付いたのは、神道や仏道、八百万の神々を祭る日本だからだろう。
とはいえ、今では起源を知る者は少なく、純粋にイベントとして楽しむのが、今のハロウィーンだ。
そして、これはそんなハロウィーンが近い日のお話。
*オレンジ色の
たったったっ。
軽快に走るのは、藤井葛の同居人、藤井蘭だ。
ふんわりとした緑色の髪を風に靡かせ、大きな銀色の瞳をきらきらと輝かせて何処に行くんだろう、と葛は視線を動かす。
蘭はどうやら、葛が見ている事に気付いていないようだった。
葛は自分の視点が、かなり自由が利くと分かると、蘭の元へと近づけていく。
立ち止まって、じっとしているかと思えば、再び走り出す。
どうやら、立ち止まっているのは、植物に何か訊ねているらしかった。
時折、う〜ん? と首を傾げていたりしたが、やがて、目的の場所に辿り着く事ができたのか、蘭は振り返って、両手を振った。
途中、此処まで来る時に訊ねた植物にお礼をいっているらしい。
眼前に広がる広大な畑に足を踏み入れると、しゃがみこむ。
「えいっ、なの〜!」
そして、立ち上がった蘭が手にしていたのは、ハロウィーン用のカボチャ、おばけカボチャだ。おもちゃカボチャとも呼ばれている。
随分と大きなそれを両手に持てるだけ持って、よろよろと歩き出す。
蘭の両手にあるのは2個のカボチャ。
「俺なら、4個はいけそうだが……、カボチャをどうするつもりなんだ」
そんなにカボチャ料理が食べたいのか、そう解釈する葛。
世間にはハロウィーンというイベントがあるんですよ、葛さん。
カボチャ料理のレパートリーを考えている内に、蘭はふらふらと頼りない歩みでカボチャを持って戻ってくる。
何処へ戻ってくるんだろう、周りが全部植物なのに、と思った時には、葛の見ていた視点は段々と遠くなり、やがて真っ白に染められて、目が覚めた。
目覚めたのは自然にではなく、半ば強制的であったが。
*カボチャが
「重い……。どうして重い……?」
普段は、夜中にネットゲームをしているとはいえ、目覚めはまだすっきりな葛だ。
おかしい、そう思った葛は蘭が元気な寝相で上にでも乗っているのだと思っていたのだが、瞳を開けてみれば、そこにあったのは1個のカボチャだった。
「カボチャ……」
「わ〜い、なの〜」
葛はベッドから身体を起こして、隣で寝言を口にしている蘭を見れば、蘭の側にも2個のカボチャ。
まさか、と他にカボチャが無いかとまわりを見渡せば、ベッドの下にカボチャが更に3個。
「1+2+3=6……、6個!?」
秋になれば、朝方は寒い。寒さに弱い蘭は、布団の中でぬくぬくと寝眠っている。
「蘭、蘭」
なかなか起きない同居人に、葛は蘭の頬をむにーっと引っ張った。
「ふにゃふぇるにゃー」
起きたよー、といったらしい。
葛は手を離すと、にっこりとしていった。
「これは何だ?」
パジャマ姿の葛と蘭のまわりにカボチャが6個。
それもちょっと大きい。
「わーい、カボチャさんなのー!」
「それは分かる。寝る前になかったカボチャが朝起きたら、いきなり現れていたのは、蘭の夢が原因だと思うのだが」
両手でカボチャを抱えて、わーいなのー、といっている蘭を葛は膝を立てその上に肘を置いて眺める。
「うん、そうなの。きのう、野菜屋さんに、オレンジ色のカボチャさんがいたから、これなーにー? ってきいたなのー」
「うん」
「そうしたら、カボチャの種をまくらの下に敷いて寝ると、いろんな野菜さんがいっぱいある畑に行けるよっていってたなのー」
「あー、それでか」
ベッドの上には枕が一つ。ただし、二人でも大丈夫な長い枕だ。
葛は枕の下を覗く。そこには黄色がかった白い種が1つあった。葛は、蘭が枕の下に敷いた種に引きずられて野菜畑にお邪魔したらしかった。
覗く感じになっていたのは、多分、種が一つだったからだ。一つで、一人分なのだろう。
「はろうぃんはカボチャさんがいっぱいなのー」
「ハロウィンじゃなくて、ハロウィーンだ」
思わず突っ込む葛。
「はろうぃーん、なのー!」
「確かに、カボチャは多いな。大半は玩具とか、陶器で出来てたりするが」
暗にリアルで作るのはあまりないといいたかったのだが、蘭は作る気満々だ。
葛は、仕方ない、と苦笑すると蘭の勢いに流される事にした。
「今日は休日だし、作るか」
「はいなの〜!」
*やってきた
着替えを済ませて、朝食も終えてから、二人はエプロンをつけ、テーブルに向かい合っていた。
葛は長い黒髪を後ろで一纏めにしている。片手には滑らないように軍手。
テーブルの上にはひとまず2個のカボチャ。6個は流石にテーブルの上に乗りきらなかったのだ。
「蓋は横に切っておいてある。後は中身をくり抜くんだが……」
ふう、と溜息をつく葛。
不思議に思った蘭が首を傾げて聞く。
「どうしたの、なのー?」
「おもちゃカボチャは食用じゃないんだ。……あぁ、もったいないっ!」
6個もくり抜けば、カボチャの果肉はかなりのものだろう。
食べ物を粗末にするのが嫌いな葛にとって、食用じゃない果肉の処分は悩ましかった。
「何か思いつくといいのなのー」
「作り終わる頃には思いつくか」
「なの〜」
ステンレスのボウルにくり抜いた果肉をさくさく投入していく。
大人の頭程の大きさのカボチャを丁寧にくり抜き、6個全てくり抜き終わった頃には、昼になっていた。
葛制作、4個。
蘭制作、2個。
テーブルの上がカボチャに占領されていたので、簡単に出来るサンドイッチを作り、手際よく食べた後、やる気を継続中の蘭に合わせて、葛もラストスパートに入った。
「さて、後は顔の制作だが」
「はーい、なの!」
葛は机の上のペン立てから黒マジックを持ってくると、蘭に手渡す。
「まずは作りたい顔をマジックで描いてからだ。怖いお化け風でも、泣き虫さんでも、猫でも。それが出来たら、切り抜く」
「持ち主さんは、どんな顔にするのなの?」
「ん? それは出来てからのお楽しみだ」
ささっとマジックで下描きすると、手元が狂わないように集中して、手際よく切り抜いていく。
1個出来上がってから蘭を見れば、まだ描いている。
「出来たなのー!」
「4個全部描いていたのか」
葛は蘭の方へまわって覗き込む。葛の表情が自然と優しくなる。
「そうか、ならば、残る1個は決まりだな」
葛は、そういうと、まだ描き込まれていないカボチャにマジックを入れた。
*後は届けるだけ
蘭が描いていたのは、大切な家族の顔だった。
お陰でカボチャは全然怖くない。
賑やかなランタンだ。
葛が描いていたのは、蘭と、後は気になる人物の顔だ。
にこっとした蘭の顔を上手く表現している。
もう一つは、ちょっと情けない感じで、何か貧乏くじ引いたっぽい表情だ。
「5個は、一度に届けるのは大変だから、毎日1個ずつ届けると良いんじゃないか?」
「わ〜い、毎日お届け物なのー!」
「今日から届けるとハロウィーンにちょうど5個目になる。最後に届けるのは蘭の顔のカボチャにして、一緒に何か料理を持っていこう」
「はーい、なのー!」
カボチャを包んで、落とさないように丁寧に持つと、蘭はクマさんリュックを背負う。
「行ってらっしゃい」
ドアを開けて、蘭を送り出すと、届け先へと連絡を取った。
そして、良い事を思いついたとばかりに、山になったカボチャの果肉を見て、きらーんと瞳を輝かせる。
何か貧乏くじ引いたっぽい表情のカボチャを見て思いついたとかは内緒だ。
「ミキサーにかけて、味をととのえて、パンプキンパイにすれば、食べられるかも……?」
ちょっと無茶だと思ったりもするが、大丈夫、あの人は気にしないと、意地悪を思いついて、6個分の果肉をミキサーにかけ始める。
「非常食用とか冷凍にしておいてもいけるし……」
でも、味見はしないでおこうと思う葛だった。
Fin
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