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<東京怪談ノベル(シングル)>


特訓しましょ!

 秋の雨ふる午後。
 休日だと言うのに朝からシトシトと雨が落ちていた。
 小降りと言うわけでもなく、ザンザン振りと言うわけでもない。
 実に中途半端な雨だった。
 そんな雨を眺めるでも無し、黒・冥月は草間興信所で黙々と本を読み続けていた。
「なぁ〜師匠〜」
 少年の声に、冥月はチラリと視線をやる。
 その先には小太郎と言う名の少年が。
 以前、とある一件を機に草間興信所で住み込みで働いている中学生だ。
 その事件の間に冥月が彼に幾つか助言を与えていると、いつの間にか彼から師匠と呼ばれるようになっていたのだ。
 それを彼女が善しと思っているのかどうかは定かでない。
「なぁ〜師匠ってば」
「なんだ」
 数十分前から続く呼びかけに、冥月はため息混じりに答えた。
「こないだの事件から全く鍛えてくれないじゃんかぁ。なんか無いの? 一子相伝の奥義! とか」
「そんな奥義があったとしても、今のお前に教えられるものじゃないな。と言うか、言っただろう『技は見て盗め』と」
「そんな事言ったってさぁ、師匠が技を見せるところって最近無いじゃん」
 つまるところ、興信所に依頼が来てない事を言っているのだ。
 興信所の主が聞いたら青筋を立てそうな台詞だが、所長は今のところ、その妹と共に外出中だ。
「普通に生活するのに能力使ってるところなんて見た事無いし。実際盗む機会がないじゃん」
「……まぁ、そうか……」
 小太郎に言われて冥月も思い返してみるが、ここ最近能力を使った覚えは無い。
「ふむ、仕方ない」
 呟いて、冥月は読んでいた本をパタンと閉じた。
「稽古つけてくれるのか!?」
「ああ、少しだけだがな。準備があるからそこで待ってろ」
 冥月の言葉に目を爛々と輝かせる小太郎。
 その希望に満ちた視線を背に、冥月は興信所の物置へ向かった。

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 冥月が帰って来た時、その手に持っていたのは埃をかぶった将棋盤。
「……何? その薄汚い台」
「将棋盤だ。今から将棋をするぞ」
 冥月に言われ、小太郎は露骨に嫌な顔をした。
「え〜、それが稽古!? もっと他にあるじゃん! 滝にうたれたり、山籠もりしたりさ!」
「この秋の寒い日に滝にうたれたいと言うなら止めはしないし、私が満足できるような険しい山に入って生きてこれる自信があるならそれでも構わん」
「……将棋で我慢します」
 と言うわけで、将棋が始まる。

「あれ? でも駒が無いじゃん」
「それが稽古だ。駒は自分の能力で作れ。私は影で、お前は光でだ。敵味方がわかりやすいだろう」
 言う間に冥月は盤上に影の駒を並べた。駒の識別をつけるために文字も彫られている。
「さぁ、お前も駒を並べろ。全部並べ終わるまで私は先程の続きを読んでいるからな」
 そう言って冥月は椅子に座ってまた本を開いた。
「っな!? 馬鹿にすんなよ! 俺だって駒並べるくらいすぐにできるっつの!」
 小太郎はすぐに右手に光を集める。
 それはだんだんと形を取り、ややしばらくして五角形を作った。
「ほ、ほら出来た!」
「その大きさでどうやってこの盤で将棋をするんだ?」
 小太郎の作り出した駒は、よくある王将の置物サイズ。つまりとてつもなくデカイ。
 その一枚だけで盤の蓋が出来るほどだ。
「もっと小さく削れ。それぐらいの量があれば二十枚ぐらいすぐに作れるだろう」
「ぐぬぬ……おおおぉぉぉ」
 唸りながらどうにかこうにか二十枚の駒を揃えるには大分時間がかかった。

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 十五戦目。
「……ぬぅ」
「ぬぅ、じゃない。詰みだ」
「ま、参りました」
 小太郎の玉は盤の隅で完全に詰まれていた。
「六枚落ちでやっても私が勝つとは……ある意味才能だぞ」
「う、うるせぇ! どーせ俺は頭使うゲームなんか苦手だよ!」
「それだ。お前の欠点。戦略性の無さ」
 指をさされて欠点を指摘された小太郎はうっと口篭る。
「身体能力はそれなりのクセに、無鉄砲に動き、その後の展開を考えない。今の世の中、そのタイプの思考はかなり致命的だな」
「くそぅ、情報化社会なんて、情報化社会なんてーっ!!」
 嘆きながら小太郎は盤をひっくり返した。
「それと、能力の維持時間がかなり短いな。持久戦になるとそれも致命的だ」
 ゲーム中、幾度と無く駒が幾つか消えたりした。
 実のところ、十五戦中八戦は小太郎の玉が消えて冥月の勝利だったりする。
「その辺の特訓をするのに、将棋も悪くあるまい?」
「……そ、そうかも」
 言われて見て、この将棋の特訓にやっと意味を見出した小太郎はしきりに頷いていた。
「じゃあ、もう一局!」
「これ以上は私がやっててもつまらん。次に移るぞ」
 そう言って冥月は将棋盤を脇へ追いやった。

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「次はジャンケンだ」
「……ジャンケン?」
 真顔で言う冥月に、小太郎は懐疑の視線を向けた。
「それってなんかの特訓になるのか?」
「ジャンケンを行う手も能力で作り出す。だがそれははただの前振りだ。本当の特訓はその後にある」
 冥月は影を操って、右手にピコピコハンマー、左手にヘルメットを作り出す。
「ジャンケンに勝った方がハンマーで相手を打ち、負けた方はそれを防ぐためにヘルメットで頭部を防ぐ」
「い、いわゆる『叩いてかぶって』ってヤツだな」
 説明を受けて小太郎は何となく内容を理解したが……。
「お、俺が殴ってもやり返してきたりしないよな?」
「ルールはルールだ。やり返したりはすまい。第一、それはお前のハンマーが私に届けばの話だろう?」
 にやりと不敵な笑みを浮かべる冥月に、小太郎は顔を真っ赤にして戦意を露わにした。

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 ピコっと影のハンマーが小太郎の頭を打った。
「四十五連勝目。いい加減、成長が無いな?」
「ぐ、ぬぬぬ」
 頭をさすりながら、小太郎は顔を上げる。
 先程からジャンケンに勝つことはある小太郎だが、ハンマーを当てることが出来ない。
 それと言うのも、冥月のヘルメットはほとんど反射の速度で生成されるため、ジャンケンの勝敗を確認してから攻撃行動に移っている小太郎のハンマーは悠々とヘルメットにぶつかるのだ。
「まだやるのか?」
「当たり前だ! 絶対勝ってやるからな!」
 勇む小太郎とは対照的に、冥月は本を読みながら余裕綽々の態度を見せ付けていた。
 それが小太郎の闘争本能を煽っているのだろう。
「叩いて被って、最初はグー! ジャンケンポン!!」
 小太郎勝利。
 それを確認した後、すぐに小太郎はハンマーを生成する。
 そして一撃!
「不成立。私の防御成功だ」
 易々とヘルメットに防がれていた。
 そして次の瞬間には冥月のハリセンが小太郎の頬を打っていた。
「ついでに力の調節が出来てない。先程の将棋の駒もそうだが、いきなり全力でハンマーを作ってはこの特訓の意味が無いぞ」
「なんだよ! ドカンと一発やった方が、楽で良いじゃんか!!」
「お前は能力の維持、生成共に得意ではないんだ。全開の力を放出し続けたらすぐにバテるぞ?」
 MPが切れてボスで魔法が使えなくては苦戦は必至。悪い場合だとゲームオーバーだ。
「それに、何度も言うようだが、お前はナイフを媒体にしないようになってからは、武器の生成に瞬発力を失っている。もっと素早くしろ」
「わかってるよ! それがすぐにやれたら苦労しないって!」
「それに、ヘルメットの生成も遅い。防御が遅れれば即死に繋がるぞ」
「だぁーっ、もう! 頭じゃわかってるのに実行出来ねーってこんなに腹立つことだったのかよ!」
 頭をワシワシ掻きながら苛立ちを吐露する小太郎。
「ぬぁ〜! ……でも今までのが正論だからと言って今の師匠の態度は気に喰わない!」
「……何がだ?」
「その態度だよ! なんで本読みながら特訓してるんだよ!? しかもこんな遊びじみたヤツばっかりでさ!」
「ほぅ、ならばお前は本気の私と戦いたい、と言いたいわけだな?」
 冥月は本を閉じ、スッと立ち上がる。その傍らにはいつの間にか陰で出来た巨大なハンマーがあった。
 それは不意に興信所にある所長の机をぶち壊し、ぐしゃぐしゃの鉄塊に変えた。
「本気の私はあらゆる点で手加減しないぞ?」
 最早原形を留めない机を横目に、小太郎は言葉を無くした。
「ふむ、だがまぁ、本の読みすぎで肩が凝ったな。丁度雨も上がったようだし、ちょっと屋上に出ろ」
「は?」

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 バタン、と小太郎の背中がコンクリの床に強か打ちつけられた。
「げふ!」
「こんなものか。これで今日の稽古は終わりだな」
 日が暮れ始めるころに、冥月は一息ついて影で作った椅子に腰掛けた。
 叩いてかぶってジャンケンが終わった後、数時間ほど屋上で組み手をやっていたのだ。
 能力使用有りの実戦に近い組み手をやったつもりだったが、冥月の手加減不足か、彼女の圧勝だった。
「あ、ありがとぉございました……」
 倒れたまま、小太郎が気の抜けた声を出した。
 どうやら稽古をつけたことに対する謝辞らしい。
 冥月はその様子に小さく笑い、陰からペットボトルを一本取り出す。
「ほら、飲め」
 それを放って小太郎に渡す。
 それは市販のスポーツドリンクだった。
「……これ、どこから取り出した?」
「影の中からだ。仕入れルートは教えんぞ」
 冥月はもう一本、スポーツドリンクを取り出してその口をあけていた。
「今後の課題点は能力生成の瞬発力、維持力、戦略、力の微調整だ。これぐらいなら一人でも出来るだろう」
「わかった。これから将棋盤は必携だな」
 ポータブルの将棋盤でも買うつもりだろうか?
 それだけ小さくなれば駒の生成も大変だろうに、と思いつつも冥月は声に出さなかった。
 技は見て盗め、習うより慣れろ、なのだ。
「そろそろ買い物に行っていた奴らも帰ってくる頃だろう。興信所に戻るぞ」
「あ、うん」
 そうして休日は終わりを告げた。
 心なしか、聞き覚えのある男性の声で『俺の机がぁ!!』と聞こえた気がした。