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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【Stranded Ghost Ship】


 人類の進化の根底は、光の創造であったとも言える。太古、世界には星や月の光しか存在しなかった。しかし人類は炎という名の灯りを手に入れ、自らの意志で闇を照らせるようになる。初期の頃は不安定だった光の源も、時代を経るにつれて確実なものへと変わっていく。そして現代、人工の光は世界中を覆い尽くし、宇宙から見たときに大陸の形を判別できるまでとなった。
 しかし、光が生まれれば同時に影も生じる。世界が明るく照らされていく一方で、より色を濃くした影に潜み、光の世界の住人からは知られることなく活動をする裏世界の住人が生まれてしまったことを、果たして悔いている者がどれ程いようか。
 いや、影をいまだに直視できる者が、どれ程いようか。
「……まさか、こんな形で出戻りになるとは、考えてもいなかったぜ」
 京太郎は物陰に身を伏せ、わずかに上がった息を整えていた。京太郎は裏世界の住人であった。より正確に言うならば、表よりも裏で生きてきた時間のほうが長い。
 ニュースに取り上げられるような世界規模の対立が姿を潜めたとはいえ、世界はいまだ戦争に包みこまれている。ただそれはごくごく局地的なものであったり、あるいは諸々の理由で一般庶民が知ることなく行われているに過ぎない。つまり、文字通り表沙汰ではない。
 表沙汰でないがゆえに、その戦争に参加する人間もまた、表の人間ではない。京太郎が属していた組織も、そういった裏の戦争に兵士を送りこむ、いわゆる傭兵派遣を生業としていた。
 G.S.O.(Ghost Ship Order)と名乗っていたその組織は、どこからか購入した巨大武装客船を本部とし、世界中を航海しながら超法規的な活動をくり広げていた。所属する兵士のは数百とも言われている。ある時は高速艇による少数精鋭の隠密作戦、ある時は武装客船ごと乗りつけて全兵士による掃討作戦と戦術の幅は広く、兵士個々の戦闘力の高さと相まって、裏世界でその名は畏怖の対象ともなっていた。
 そんな組織が兵士の離脱を簡単に許してくれるはずもなく、京太郎と組織との決別は全くと言っていいほど穏やかなものではなかった。間違っても帰郷したくない故郷と言える。
「戻って来たのはいいとして……早く用事を済ませて、また出て行きたいんだが、アイツ、ちゃんとやってるのか?」
 京太郎が考えているのは、彼をここに出戻りさせる原因を作った友人、慎霰のことである。トラブルは決まって慎霰が運んでくる。今回もその鉄則が曲がることはなかった。


 ×  ×  ×


 話は数日前に遡る。
 ホームルームも終わり帰宅の途につこうとしたところを慎霰に呼び止められた時点で、京太郎はとても胸騒ぎがした。気づかぬふりをして歩き去ることもできたが、この友人の追撃を逃れるためには、かなりの体力と精神力を消費することになる。それらを天秤にかけた結果、京太郎はとりあえず慎霰の話を聞くことにし、足を止めて振り返ったのだった。
「何か用か、慎霰? 今日はこれから用事が……」
「またそんなこと言って、帰ってテレビが見たいだけなんだろ? 京太郎の好きなお笑い番組、確か18時半からだったもんなぁ。見逃すようなことはさせねェから、ちょっと話聞いてってくれよ」
 本当ならばテレビなどたいした問題ではなかった。確かに気になる番組ではあったが、それにしたって元はと言えば、たまたまその時間テレビの前にいたからという、それだけの理由に過ぎない。見始めてしまうと次が気になってしまうという、テレビの魔力に取り込まれていることも、また事実ではあったのだが……。
 半分ほど図星を指されてしまったせいで、京太郎は慎霰に返す言葉を迷ってしまった。それを見逃してくれる慎霰ではない。
「実は里から指令が来たんだよ。天狗の妖具について」
 慎霰は京太郎の肩に手をかけると、廊下を下駄箱のほうへ向かう生徒達の波を避けるようにして、廊下の反対側へ押していった。
「あのな、慎霰。それはお前の任務であって、俺はもう協力しないって言ったばかりだろ」
 実際、『天狗の葉衣』なる妖具を術師の屋敷から奪還した件では、奪還こそあまり苦労せず終わったものの、後日復讐にやって来た術師達と大規模な戦闘になり、大変な苦労をしたばかりであった。苦労したのは慎霰も同じはずなのだが、彼がそのことを気にかけている様子はない。それが使命感から来るものなのか、慎霰の楽観的な性格によるものなのか、京太郎には判断がつけられずにいたが。
「今度はちょっと違うんだって、京太郎。今度こそ本当に本当に本ッ当に、お前の力が必要なんだ」
 胡散臭そうな目の京太郎と、今にもすがりつきそうな勢いの慎霰。
「……で、どうしたんだ?」
 そんな慎霰を見て、京太郎はつい話の先を促してしまった。後悔は後先に立たない。
「もう場所は完全に分かってんだ。だからあちこち探し回る必要はねェ……んだけど、その場所ってのが、お邪魔しますって具合には入れてくれないところでさ」
 お邪魔しますと言って中へ入れてくれた場所が今までにあったろうかと、京太郎は思ったが、どうせ口を挟んだところで話を長引かせるだけなので止めておいた。慎霰は京太郎の葛藤に構わず話を続ける。
「それどころか、妖具は陸じゃなくて海の上、船ん中にあるみたいなんだ。ありえねェだろ? しかも船ったってタダの船じゃねェ、そうとうにヤバい船だ。船ん中に兵士を大量に囲って、あちこちで戦争やってる連中らしい」
「……船に……兵士、だって?」
「ハリウッド映画みたいな話だろ? どうもウソ臭いんだけど、里の連中が俺にウソをついて得することなんかないしな」
 慎霰は学生鞄からしわくちゃになった茶色い封筒を取り出し、その中身を京太郎へ見せた。
「船の足取りを――まぁ、船に足なんかついてねェけど――つかむのは、そりゃ苦労したらしいぜ。後も先もねェ、その日の1時間だけ、そこの港に停泊するらしい。たぶん、物資の補給か何かだろうな。そのタイミングを逃したら、次はマジでいつ捕捉できるか分かんねェ、ってことで、里の連中もかなり必死になってるみたいだ。必死になってる原因は、その船が神出鬼没ってだけじゃなくて、今回の目的である妖具にもあるんだけどな」
「お前らんとこの妖具がとんでもないもんばかりだってのは慣れてるけどよ。今回はそんなやばいのか?」
「ああ、ヤベぇ。しかも現役活動中だから、なおさら困るんだ」
 もったいぶるようにひと呼吸置いてから、慎霰は言葉を続ける。
「裂散花[サザンカ]って俺らは呼んでた。花は白くて胡蝶蘭みたいだが、特に匂いはない。ちょうど俺らぐらいの背丈の植物で、1年に2回、橙色の実を大量につける。問題は花じゃなくこの実で、ちょっと加工するだけでニトログリセリンの数倍の破壊力を秘めた爆薬になるんだ。見た目はただの実だから怪しまれることもない。船の連中はその実を爆弾や手榴弾として使ってるらしい」
「その実って……こんぐらいの大きさか?」
 京太郎は親指と人差し指の間に1センチ強の隙間を作る。慎霰は頷いてから、不思議そうに京太郎を見た。
「確かにそんなもんだけど、なんで京太郎が知ってんだ?」
「いや……」
 言うべきか京太郎は迷った。知っているどころか、京太郎はその実を使った手榴弾を“投げたこと”があった。あの船に所属していた頃、その手榴弾――船内では普通の手榴弾と区別するため、スプラッシュ・オレンジと呼ばれていた――は作戦のたびに京太郎のベルトに引っかかっていた。
 スプラッシュ・オレンジの破壊力は驚異的だった。退避する距離を見誤った兵士が、爆発に巻きこまれることも何度かあった。
 その破壊力を巧く操作して指向性を持たせた爆弾――こちらはキラービーと呼ばれていた――は戦車の装甲を容易に貫き、なかにいる兵士を殺傷することすらできた。キラービーの前では盾や壁など無意味と言っていい。どんな遮蔽物の陰に隠れていようが、その遮蔽物ごと強大な破壊力で“爆刺”させられるのだから。
「噂には聞いたことがあるだけだ。そういう危険なものがあるっていうな」
 今はまだ言わないほうがいい。京太郎は喉まで出掛かった言葉を飲みこんだ。
「何かヘンだぞ、京太郎。……それで、どうする? 俺としちゃ、どうしてもお前の協力が」
「行く」
 どういう風に京太郎を丸めこもうかと算段しながら話していた慎霰は、豆鉄砲を食らった鳩のような表情で京太郎の顔を見つめる。機嫌を取るために準備してあった2つ3つの策を使わずに済んだのは、幸運といえば確実に幸運なのだが。
「聞こえなかったのか? 行くって言ってるだろ、慎霰」
「あ、ああ。サンキュな」
 京太郎の瞳に秘められた厳しい光に、慎霰は気づかなかった。
 今までも協力の依頼をした時といえば、京太郎の苦々しく渋い表情しか記憶にないのだから、仕方ない。
「やっぱ、何かヘンだぞ、京太郎」


 ×  ×  ×


 夜の港とは不気味な場所だ。夜間はどうしても視覚的な注意力が落ちてしまうので、トラブルを避けるために積荷の運搬作業は昼に行われるのが普通である。あえて危険を冒してまで作業をしなければいけない理由は、時間に追われて急いでいるか、あるいは無関係の人間に見られてはいけないか、そんなところだろう。
 特に後者である場合、作業員は無駄口を叩くことなく黙々と作業を続けるので、聞こえる音といえば積荷を動かす音に、人が行き交う足音、それと機械の駆動音のみとなる。
 その不安定な静寂に潜むように、慎霰と京太郎は倉庫の陰に身を隠していた。
「本当に大丈夫なのかよ、京太郎。お前がどうしてもっつーから2時間ばかり遅らせたけど、積みこみが始まって人が増えちまったじゃん」
 不満そうな声で抗議をする慎霰。
「逆に考えてみろ。今、奴らの注意は外に向いてる。積みこみの最中におかしなことする奴がいないか、余計な好奇心で近寄ってくる奴がいないかどうか、そっちにな」
「ってことは、つまり……」
「つまり、船に忍びこもうとする奴への警戒は薄れてるはずだ。それに、さっき黒い車に乗っていった奴がいたろ? あいつは通称『船長』と呼ばれてて、この船を仕切ってる奴だ。あいつを陸に残して船が出港するなんてことは、まずありえない」
 慎霰はようやく合点がいったらしく、不満そうな表情がなくなった。そして懐から丁寧にたたまれた羽衣を取り出す。そは夜の闇に透けてしまいそうなほど薄く、かすかな風で流されてしまいそうなほどに軽い。
「ありえない、とは言ったが、万一のことも考えられる。沖に出られたら最悪だ。まず機関室を押さえよう」
「ようやく行動開始だな。ばっちり暴れてやろうぜェ、京太郎」
 ふたりの上に羽衣を被せながら、慎霰は意気揚々と遠くに聳える巨大客船へ顔を向ける。
 見つからないに超したことはない、と、京太郎は思うのだが、この状況で言っても仕方がないとも思っていた。

 銃弾が通路に跳ね返って明後日の方向へと飛んでいく。
 機関室に辿り着く前に気付かれてしまったのは、失態と言うしかなかった。しかし京太郎が船に所属していた頃は、船内に大層な警備システムは導入されていなかった。それがまさか、船員の体内に埋めこまれたICチップを瞬時に読み取って解析する、大規模なレーザー監視システムが配備されていようとは。
 何事もなく船内に入れただけでも、幸運だったのかもしれない。
 しかし入ってすぐ、通路を歩いていただけで船員に囲まれ、慎霰とは落ち合う場所を機関室と決めて別れた。別行動をしたほうが敵の戦力も分散させやすい。
 京太郎が怯んでいると判断したのだろう。ゆっくりと接近してくる敵の足音が聞こえる。
「昔のこともあるし、やりづれえけど……やるしかないな」
 敵の影が通路の曲がり角に写った瞬間に、京太郎は床を転がって飛び出すと、先頭にいた船員の腹を銃底で殴りつけた。不意の攻撃に反応もできず、意識を刈り取られた船員はゆっくり前へ倒れこむ。
 残り……2……いや、3人。
 前を歩いていた船員がやられたことに全く怯まず、後ろに控えていた船員は、射角が被らないよう素早く隊列を組みなおそうとしている。プロフェッショナルだけに、セオリー通り、味方への被害をなくすことを第一に考える。そこが狙い目でもあった。この瞬間に自由に発砲できるのは、2番目にいる船員だけだ。
 今まさに放たれようとしているサブマシンガンの銃口へ鋼線を絡ませ、上へ向けさせる。火を噴いた銃は天井へと弾を撒き散らし、呆気に取られた船員の動きが止まった。京太郎は船員の懐まで身体を捻りながら一気に飛びこみ、勢いをつけた回し蹴りを鳩尾へ叩きこむ。「ぐえっ」と短い呻きを最後に、船員は腹を抱えてその場に崩れ落ちる。
 崩れ落ちそうになっている船員の体を支え、それを盾のように残り2人の方へ突きつけた。映画の悪役がやるようなシチュエーションだ。まさか慣れているはずもないだろう。
 右手で銃を引き抜くと、気絶している船員の脇の下へ銃口を差しこんで狙いを定め、肩を狙ってトリガーを引く。一瞬の後、肩を銃弾に貫かれた激痛のせいで、船員は悲鳴を上げながらサブマシンガンを取り落としていた。
 肩ぐらいで悲鳴を上げるなんて、まだ新入りだろう。京太郎は盾代わりにしていた船員の身体を思い切り蹴り飛ばした。反射的に受け止めようとしてしまった船員は、片腕が使えないことも忘れて両手を差し出そうとし、結果、意識のない人間の体に押しつぶされることになった。
 最後の1人は冷静だった。攻防をくり広げていた地点からは少し距離を取り、京太郎の隙を狙って拳銃を構えている。仲間の盾がなくなるや否や、船員は無防備になった京太郎へ発砲した。その船員の動きに気付いていた京太郎は、どうにか体をずらして直撃を避ける。足元に転がる船員の体につまずき、転がるように床へ倒れる。
「動くな!」
 船員の鋭い声。京太郎は動きを止めた。
 警戒しながらも接近してくる船員。
「銃を床に置いて手を挙げろ」
「……分かった」
 手を開いてゆっくりと挙げる。おかしなことが起こった。京太郎の手の動きにあわせて、拳銃を握っている男の両手も上に挙がったのだ。わけも分からず船員はうろたえる。
 京太郎は床を蹴って、体重を乗せた肘鉄を船員の腹へめりこませた。肺に食いこんだ肘は船員に悲鳴を上げさせることを許さず、船員は全身から力を失ってずるずるとその場に崩れ落ちた。拳銃に絡ませていた鋼線を回収し、京太郎は張り詰めた体を緩めるように、深い息をつく。
「プロ相手は、これだから嫌なんだ」
 誰に言っているわけでもない。本当に、ただの愚痴。
 周囲に他の船員が潜んでいないことを確認し、京太郎は再び機関室へ向けて歩き出した。


 ×  ×  ×


「遅いぜェ、京太郎。やられちまったのかと心配したじゃんか」
 その後も何回かの戦闘に巻きこまれ、ようやく辿り着いた機関室では、慎霰が余裕の表情で待っていた。いや、待っていたのは慎霰だけではない。おそらくここ、機関室の担当だったのであろう船員や整備員が、糸にでも操られているかのような奇妙な踊りをしている。
 意識は……あるのかどうか、見ただけでは判別がつかない。
「機関室を押さえるって言っても、俺、止め方とか分からねェしさ。この部屋にいるヤツなら、普通知ってるんだろ?」
「知らないと言っている」
 どうやら意識はあるらしい。無様に踊らされている船員の1人が、憎々しげに返事をした。
「あのさ、俺が見た目ガキだからって、あんまナメねェほうがいいと思うぜ? さっさとゲロってくれよ」
 軽く笛を吹いたかと思うと、返事をした船員の上半身を右に、下半身を左に“動かさせ”ながら、慎霰が問い直す。かなり苦痛を感じているはずだが、船員は歯を食いしばって悲鳴を堪え、何も答えようとはしない。
 拷問と言えば拷問なのだろうが、慎霰のそれは残虐さに欠ける。気が進まないが自分の出番か、と、京太郎が慎霰に声をかけようとした時だった。
「じゃあ……こうしてやるっ」
 慎霰がまた笛を吹く。ピュルヒロリロ〜と祭りで流れていそうな間抜けな音が、無骨な機械やパイプで埋め尽くされた機関室に響き渡ると、踊らされている船員と整備員全員の手が自身の脇腹へ向いた。無邪気であり邪悪な笑いを浮かべた慎霰とは逆に、船員たちはさっと顔を青ざめる。自分たちがこれからされるであろうことを想像して。
「さァて、何分ぐらいだったら我慢できっかな?」
 軽快な笛の音を合図に、船員たちは自分の手で自分の脇腹をくすぐり始めた。
 それは京太郎ですら目を背けたくなるような、滑稽で凄惨な光景であった……。

「プロフェッショナルだ何だ、っつーけどよ、京太郎」
 笛の手入れをしながら、慎霰が京太郎に話しかける。京太郎はぐったりとして放心状態になっている船員たちを縛り上げているところだ。気絶ぐらいさせておいた方が安心なのかもしれないが、この状態でまだ抵抗する気力が残っているとは考えづらかった。
 仲間に連絡されるのも面倒だし、万一のことを考えて縛り上げているだけだ。
「テレビやマンガじゃ、ちょっとやそっとの拷問じゃゲロしないように、超訓練してるって話だけどよ」
 手入れの終わった笛を元通り細長い袋に入れ、懐へとしまって立ち上がる。
「意外と現実って、そこまでハードじゃねェんだな」
「……」
 京太郎は何も言えなかった。自分が同じことをされたとして、口を割らずに耐えていられる自信はない。脇腹と足裏は、生半可な手段では鍛えることができない部位なのだ。
 もちろん、慎霰がそこまで見越してやったとは考えづらいのだが。
「……それより慎霰。機関室に異常があったと知られたら、人が集まってくる。これからが大変だ」
「分かってるって。裂散花のある場所も大体聞けたし、今度こそ時間との勝負、だろ?」
「そういうことだ」

 同じ頃、巨大武装客船内のブリッジ。
 積みこみ作業の最中に侵入者を許したという情報は、ブリッジを戦場のように慌しくさせていた。
 すぐにでも全員体勢で侵入者を排除しなければならないが、それが原因で積みこみ作業に遅れを生じさせてはならない。出港の時間は既に決められており、1秒たりともオーバーするわけにはいかないのだ。
 指揮官らしき男のところへ、1人の船員が小走りで近寄ってくる。
「副船長、報告します!」
「何だ」
 近寄ってきた船員の顔は明らかに緊張しており、言わずとも報告の内容が推察できる。緊張しているのはおそらく、怒鳴られるのを覚悟してだろう。侵入者を許したのは彼の責任ではないが、理不尽に怒鳴られるのもある意味では仕事の一部であり、不運と言うしかない。
「侵入者について判明したことがあります。人数は2名。そして……」
 手元の紙を見ながら、船員が言いよどむ。しかし副船長と呼ばれた男に睨みつけられ、慌てて後を続ける。
「2名とも……子供です。まだ20にも満たないだろという報告が」
 ダガンッッ!!
 副船長と呼ばれた男は、衝動的に机へ拳を叩きつける。机の上に乗っていた数本のペンが、ばらばらと床へ散らばっていった。
「ガキが2人だけ、だと……?」